3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

悲しみのイレーヌ を含む記事

『傷だらけのカミーユ』

ピエール・ルメートル著、橘明美訳
 カミーユ・ヴェルーヴェン警部の恋人アンナが、強盗事件に巻き込まれ重傷を負った。カミーユは強引に事件を担当し、犯人を捜す。しかし犯人は執拗にアンナを狙ってくる。
 『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』(作中時系列順)に続く、カミーユ・ヴェルーヴェン警部三部作完結編。とうとうカミーユの名前が題名にあがるわけだが、題名が内容そのもので、もう初っ端から傷だらけである。1ページ目で、あっこれまずいやつ・・・だめだめ!と顔を覆いたくなる不吉さ。カミーユの行動も、自分で自分を泥沼に追い込んでいくような、理性的に考えたら選択ミスの連続のように思える。しかし、その非合理さ、理屈に合わなさが、彼のアンヌに対する思い、彼が抱える問題故のものなのだということもよくわかる。冷静で理知的なカミーユだが、事件が自分のことになった途端、平静ではいられなくなってしまうのだ。その傷だらけになりつつ地獄へ突っ込んでいく感じ、そしてどうしてもそうなってしまうという抗えなさが、過去2作よりも作品のノワール風味を強めている。また過去2作と同様に、ある地点でがらっと風景が変わって見える、ミステリのけれん味たっぷりな作品なのだが、その見えてくる景色が辛い。当事者も辛いことがわかっているので、大変荒涼としてやりきれない気持ちになる。とても面白いのでシリーズ続編を望む声も大きいようだが、私はカミーユの物語はこれで終わるのがふさわしいと思う。もう彼は全部やりつくしたのだろう。


2015年ベスト本

相変わらず新刊はなかなか手に取れないが、より翻訳小説への志向が自分の中で強まってきたように思う。

1.『20世紀イギリス短篇選(上、下)』
有名どころから日本ではそれほど知名度が高くない作家まで、活躍時期も幅広く収録されており、名品揃いのお得な短編アンソロジー。翻訳小説好きの方には強くお勧めする。

2.ホレス・マッコイ著『彼らは廃馬を撃つ
ひと山いくらみたいな扱いをされる人間が、取り繕えないほど精神がすりきれてしまう様が痛々しい。1930年代の話なのに今日的。

3.ウィリアム・トレヴァー著『恋と夏』
夏のきらめきとはかなさが瑞々しく描かれる。題名がど直球!トレヴァーの作品の中では割と軽やか(陰はあるが)だと思う。

4.トム・マクナブ著『遥かなるセントラルパーク(上、下)
スポーツ小説の名作であると同時に、どの分野にもプロがおり、プロの本気はかっこいいぞ!と思わせてくれる。

5.エドワード・P・ジョーンズ著『地図になかった世界』
奴隷制がしかれるアメリカ南部を中心に、時代も場所もいったりきたりしつつ世界が描かれていく。ある境界と、そこを越えようとする人たち、越えられた人たちの物語。

6.ラッセル・ブラッドン著『ウィンブルドン』
これまたスポーツ小説の傑作。そのスポーツのことを知らなくても面白い小説は面白い。なおキングとツァラプキンのいちゃいちゃ感、もとい友情の深さにぐっとくる。

7.尾崎真理子著『ひみつの王国 評伝 石井桃子』
『くまのプーさん』の翻訳家として有名な石井桃子の評伝。本人があまり自分のことを語りたがらない人だったそうだが、周辺の人たちへの取材を積み重ね、パズルのピースを埋めていく労作。石井の生真面目、潔癖な一面が印象に残った。

8.稲泉連著『復興の書店』
東日本大震災で被災した各地の書店が、なぜ営業再開へ踏切り、どのように軌道に乗せていったのか、苦闘を追ったルポ。人はどういう状況でも、生活にプラスアルファのものが必要なのだ。

9.エリザベス・ボウエン著『パリの家』
子供たちへと繋がる大人たちのいざこざとすれ違いは、静かなトーンで描かれるものの苛立ちに満ちている。人生の不自由さがしみる。右往左往すらできない不自由さがあるのだ。

10.ピエール・ルメートル著『その女アレックス』
今年出版された同著者の『悲しみのイレーヌ』にすればいいじゃないかと突っ込まれそうだが、こっちの方がやっぱりインパクトあるんだよな(笑)。




『悲しみのイレーヌ』

ピエール・ルメートル著、橘明美訳
女性2人の惨殺死体が発見された。捜査担当になったカミーユ・ヴェルーヴェン警部は部下らと共に奔走するが、やがて第二の殺人が起こる。ヴェルーヴェン警部は事件の共通点に気付き、恐ろしく入念に計画された連続殺人と判断する。『その女アレックス』が大ヒットしたルメートルのデビュー作にして、カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの1作目。これでデビュー作かよ!と思わずうなる面白さ。『~アレックス』とはまた違ったひねり方で魅せてくれる。ある時点で、自分がこれまで読まされてきたものは何だったのかと戦慄させられた。ただ、基本的にものすごくクオリティの高い一発芸的な作風だなとは思う。そもそも、フランスのミステリは割とそういう傾向がある気がする。ミステリとしてあッと言わせられるというだけではなく、カミーユとその部下たちの造形やバックグラウンドの作り方にも味わいがあり、楽しい。先に『~アレックス』を読んでいるので、あの人はこの後こういうことに・・・とほろ苦い気持ちになったり、あの人は実はこうなんだよなぁとニヤリとしたりという、シリーズ作品を遡って読む時ならではの楽しみ方が出来た。プロットの鮮烈さばかりが印象に残りがちだけど、実は人間の造形や関係性の設定の仕方、見せ方に長けているんだよなと再確認。

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