3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『忘れられた巨人』

カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳
中世らしきブリテン島に暮らす老夫婦、アクセルとベアトリス。2人は離れて暮らす息子に会いに旅に出る。2人は色々なことを忘れているような気がしていた。そして村の人々も、物事をすぐに忘れてしまうようだった。6世紀~7世紀ごろを舞台とした時代小説かと思いきや、どうやらアーサー王伝説を下敷きにした部分もあるらしく、徐々に伝説や魔法の世界の色合いが強まっていく。著者の作品はしばしば、あるジャンルの形式をとりつつ、そこからはみ出していく、あるいは別のジャンルに移行していくような構造をしているが、本作も同様。過去作だと『わたしたちが孤児だったころ』の作りに近いように思った。終盤でどんどん別の領域に入っていく感じがするところと、登場人物の記憶がそれぞれ食い違ってくる、穴のあいた部分が出てくるところが、そう思わせるのかもしれない(そして終盤のぶん投げてるっぽさも・・・)。記憶は本作の大きなモチーフだ。アクセルとエリザベスの記憶はしばしば食い違う。深く愛し合う2人であっても見ている景色は別である、愛し合っているということ自体がお互いの認識違いかもしれないという意識の曖昧さが、不安を高める。もしかすると、2人は記憶をなくすことでかろうじて共に居続けられたのかもしれないのだ。そして記憶は、個人のものだけではなく集団のものでもある。記憶をなくすことの功罪についての問答は、現代の戦争責任問題にも通ずるだろう。忘れるしか解決法はないのか。だとすると、歴史には何の意味もないことになってしまう。かといって歴史を(善意によるものでも)ねつ造してしまうのも危険だが。ブリテン人とサクソン人の対立を背景にした、記憶をめぐるやりとりには、不穏な空気がまとわりつく。

『ワーカーズ・ダイジェスト』

津村記久子著
大阪のデザイン事務所に勤める奈加子は取引先の建築会社との打ち合わせで、自分と同じく32歳で同じく苗字が佐藤、しかも誕生日も同じという重信と会う。重信は東京支社所属で、たまたま大阪に来ていたのだ。将来の具体的な夢や目標があるわけでもなく、日々の仕事をそこそこの意欲でこなしていく2人の1年間を描く。男女が出会ったらそこから何かが始まる、というパターンが小説にしろ映画にしろつきものだが、本作の2人はたまたま仕事で会っただけで、別に始まらない。しかし折に触れて「佐藤さん」のことをふと思い出す。この距離感がよかった。仕事で誰かに会うのって大概そういうことだ。また、2人が仕事に大層な情熱を注いでいるわけでもなく、それが日常だから、生活だから働くという働き方なところもいい。だからといって仕事が大嫌いだというわけではないし、そういう働き方だから人生がつまらない、なんてことはないのだ。そりゃあそうだよな!平熱で、日常の一環として仕事をする人の日々を丹念に(でもさらっと)描いている。本作、仕事のディティールが具体的で、こういうお客さんいるよなとか、こういうクレームあるよなとか、胃が痛くなる様まで想像できる。奈加子が悩まされるクライアントのゴネ方は、これまさに私の上司(あれっ客じゃないや)!と思った。
 
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