3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『私のカトリック少女時代』

メアリー・マッカーシー著、若島正訳
 裕福な両親を早くに亡くし、父方の大叔母夫妻の元で、後に母方の祖父母の元でカソリック教徒として育ち、12歳で信仰の道から離れた著者が少女時代の思い出を綴った回想録。
 物にも愛情にも恵まれた環境から、いきなり子供に不慣れな叔母とケチな叔父の元に送り込まれたメアリーの困惑や、みすぼらしい恰好とみなしごであるという境遇から周囲の子供たちから奇異な目で見られる様、それに対するメアリーの反応、またカソリック系の学校に入学してからの女王様的同級生たちへのあこがれと彼女らの歓心を買おうとする必死さ等、軽快だが容赦がない描き方。また、信仰に対する疑問とそれを神父にぶつけていく様、それまでの価値観から軌道を変えていく様など鮮やかだ。子供時代の著者自身のことも家族のことも、思い出としてのノスタルジーを排している。更に各章の後に、章の内容と自分の実体験の記憶に齟齬があるのではという検証、思い出と事実のすり合わせがなされているという念の入れ方。書いたものが嘘にならないようにという意志の強さ(このあたりが信仰の道から離れた要因の一つではないかとも思われた)を感じるのだが、そもそも著者の主観で書かれた時点で純粋な事実とは言えないように思う。更に読者にとっては著者の「検証」自体がフィクションなのでは?とも読める。著者の意図とは違うのかもしれないがメタフィクション的な側面が生じているのだ。

私のカトリック少女時代 (須賀敦子の本棚)
メアリー・マッカーシー
河出書房新社
2019-04-23


 

『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』

くどうれいん
 2016年6月から2017年6月まで、日々の料理や思い出の料理等、食が頻出する日記。ちんまりとした造本も魅力。
 著者は歌人・俳人・文筆家だそうだが、私はこの随筆集で初めてその名前を知った。日記のタイトルが俳句になっているので、随筆部分とのコントラストもまた楽しい。文章は率直でユーモアがあるが、正直故に辛辣な時も。時に意固地さや傲慢さ、気弱さを見せたりと、表情がくるくる変わる。一つ一つの素材は特に珍しいものではないかもしれないが、その変り方を一歩引いた所から観察し記す視線があるから、読ませるのだ。まだ自分のトーンが定まり切っていない、勢いと危うさのようなものをはらんでいて瑞々しい。そして著者が食べることが好き、料理が好きであることがよくわかる。食べ物そのものの描写や食べたときの感触だけでなく、それを作る時の動き、手さばきの表現に料理し慣れている人のそれを感じた。


口福無限 (講談社文芸文庫)
草野心平
講談社
2014-03-28




『若草物語』

ルイーザ・メイ・オルコット著、麻生九美訳
 メグ、ジョー、ベス、エイミーの四姉妹は、優しい母親と共に家を守り、南北戦争に従軍している父親の無事を祈っていた。隣家のローレンス氏やその孫のローリーらと親しくなり、成長していく姉妹の1年間。
 光文社古典新訳文庫版で読んだ。150年の間少女たち(だけではないが)に愛読されてきただけのことはあって、やはり面白い。四姉妹の姿が生き生きと立ち上がってくる。読書を愛し文筆家を目指す、率直で自立心が高いジョーが読者には一番人気があるのだろう(私も好きだ)が、新訳で改めて読むと、他の3人もそれぞれ個性がはっきりしており魅力がある。メグのいかにも「お姉さん」的な振る舞いとちょっと虚栄心に負けそうになるところや、ベスが人と接することを前よりも怖がらなくなっていく様、エイミーの気取り屋さんぶりの微笑ましさ等、書き分けがはっきりしており、彼女らの欠点も愛らしく見えてくる。何より、四姉妹にしろローリーにしろ、ちゃんと「子供」として描かれているということがよくわかった。家族の一員としての責任は求められるが、まだよく遊び良く学ぶ途上にある存在として位置づけられている。キリスト教的な教条や愛国心は現代の目からするとさすがに古いし、キリスト教下の家父長制はジョーの独立心とは矛盾する。それでもこの四姉妹のような女の子は今もいると思える、躍動感が感じられた。新訳でのジョーやローリーの話し言葉のニュアンスも、ほどよい砕け加減と性別のニュートラルさがあって良い。

若草物語 (光文社古典新訳文庫)
オルコット,ルイーザ・メイ
光文社
2017-10-11


若草物語 コレクターズ・エディション [DVD]
キルスティン・ダンスト
ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
2009-09-02


『わが母なるロージー』

ピエール・ルメートル著、橘明美訳
 パリで起きた爆破事件。事件の直後に警察に出頭してきた青年ジャン・ガルニエは、爆弾はあと6つ仕掛けられていると告げ、逃走資金を要求する。カミーユ・ヴェルーヴェン警部は取り調べにあたるが、ジャンが本当に金目当てなのか疑問を持つ。
 カミーユ警部3部作の番外編にあたる作品で、ボリュームもコンパクト。冒頭の描写はどこかユーモラスでもある。そのユーモラスさを切り裂くのが爆破事件と、犯人であるジャンの不可解さだ。爆破事件は非常に計画的でありつつ、爆発物に関しては素人というちぐはぐさが面白い。このちぐはぐさを理詰めで説明するのではなくほぼ放置しているあたりがカミーユ警部3部作に比べるとおおらかだが、逆にリアルでもあった。そして邦題から窺えるように、ここでもまた事件の背後には「母」がいる。ラストはあっけなく唐突でもあるのだが、犯人がなぜそうせざるを得なかった考えると痛ましい。ルメートルの作品は、密度はまちまちであれどの作品もこういった、何かの絆に絡め取られる痛ましさをはらんでいるように思う。

わが母なるロージー (文春文庫)
ピエール ルメートル
文藝春秋
2019-09-03





傷だらけのカミーユ (文春文庫) (文春文庫 ル 6-4)
ピエール・ルメートル
文藝春秋
2016-10-07

『我らが少女A』

高村薫著
 12年前のクリスマス。早朝、東京郊外の野川公園で、元・中学校の美術教師である年配女性がスケッチ中に殺害された。犯人は特定できず、当時捜査責任者だった合田雄一郎は後悔を抱き続けていた。そして12年後、1人の女性が同棲相手に殺害された。その女性・朱美は、12年前に殺された元・美術教師の教え子で、事件への関与をほのめかすような言葉を残していた。
 合田が警官としての現役を退き、警察大学で教鞭をとっている(57歳だそうです・・・)ことに呆然とするというか感慨深さがあるというか・・・。読者にとってだけではなく、本作の登場人物全員にとって、時間の経過はひとつのテーマになっている。朱美と幼馴染だった真弓にしろ、同級生の浅井や小野にしろ、その親たちにしろ、事件当時は気付かなかったが時間がたつと見えてくるもの、気付きたくなかったが気付いてしまうものがぽろぽろと出てきて、そこがうっすらと怖い。その一方で、真弓と朱美の母親たちのように、年月を経たからこそ新たに関係を築いていけることもある。
 2つの殺人事件が中心にあるが、事件そのものではなくそれによって揺り動かされる人たちの群像劇としての側面が強い。とは言え、事件によって関係者の人生に生じた諸々は、事件がなくてもいずれは表面化したのではないかというものだ。事件の当事者は不在のまま、誰かの口から語られる彼女たちのままで、それが物悲しくもあるし本作の題名は皮肉なのでは。

我らが少女A
髙村 薫
毎日新聞出版
2019-07-20


冷血(上) (新潮文庫)
髙村 薫
新潮社
2018-10-27




『私に付け足されるもの』

長嶋有著
 女性たちを主人公にした、12編の短編集。どの作品でも、あまり小説の中では取り上げられなさそうな、言語化のしにくい部分を掬い取っている。主人公の年齢は10代から40代まで幅広いのだが、どの年齢であってもそんなに思考回路というか、「大人」度合いが変わらない感じがするところが面白い。もちろん成長するにつて色々智恵は付き、身の処し方も慣れたものになっていく。とは言え、いくつになっても自分がどの程度のものであるのか、自分のリアクションというものは上手く測れない。その予測できなかった部分が出現した瞬間を本作は描いているように思う。この瞬間、よくぞ捉えた!と拍手したくなった。感情が先にあるというというだけでなく、言語化されることで、そこにその感情があるということが確定されるという面もあるのかなと思う。言語化された瞬間、登場人物の内面でぱっと何かが飛躍する、ちょっと自由になる感じがして、鮮やか。


三の隣は五号室
長嶋 有
中央公論新社
2016-06-08


『ワニの町へ来たスパイ』

ジャナ・デリオン著、島村浩子訳
 凄腕CIA工作員の「わたし」、フォーチュンは潜入任務で騒動を起こし、敵対組織に狙われる羽目に。上司に一時潜伏を命じられた先はルイジアナの田舎町シンフル。「この町に住んでおり既に亡くなっている女性の姪で、元ミスコン女王、今は司書として働き趣味は編み物」という設定で暮らせというのだ。自分とは正反対の女性に成りすまし静かに暮らすはずだったが、家の裏の川で人骨を発見してしまう。保安官助手に目を付けられつつも、地元を仕切る老婦人たちに無理矢理協力させられ、人骨事件の真相を探ることになってしまう。
 「我が人生最悪の時」とでも言いたくなるフォーチュンの巻き込まれ体質には同情するが笑ってしまう。冷静・冷徹なスパイのはずなのに老夫人たちの説得に乗ってしまう脇の甘さや、無駄に軋轢を起こしそうな向こうっ気の強さを持ったフォーチュンのキャラクターが楽しいし、老婦人たちのボケとツッコミのような息の合ったやりとりと大活躍も楽しい。女性たちが皆生き生きとしており、女性の連帯がキーになった話でもある。フォーチュンが赤の他人である「叔母」に段々シンパシーを感じていく過程も(笑っちゃうんだけど)いい。一応イケメン枠として保安官助手がいるが、正直いらない気がしてきた。

ワニの町へ来たスパイ (創元推理文庫)
ジャナ・デリオン
東京創元社
2017-12-11




ミスコン女王が殺された (創元推理文庫)
ジャナ・デリオン
東京創元社
2018-09-20


『悪い夢さえ見なければ ロングビーチ市警殺人課』

タイラー・ディルツ著、安達眞弓訳
 全身をナイフで切り裂かれた女性の死体が発見された。地元高校の教師だったその女性に、刑事ダニーはなぜか見覚えがあるような気がした。目撃者も目ぼしい手がかりもない中、ダニーと相棒のジェンは捜査に奔走する。
 ダニーは中年、初老に近いくらいの年齢なのかと思って読んでいたら、全然若い!私より若い!嘘でしょ!これは年齢設定ミスマッチ等ではなく、ダニーはそのくらい疲れ切っているということなので、まずそこにショックを受けた。彼は過去のある事件によって深く傷つき、アルコール依存症に近い状態で、過去の記憶による悪夢に悩まされている。その苦しみが彼から活力や若々しさを奪っているのだ。過去の記憶、傷が表面化しなくても癒えておらず、じわじわと浸食し続けるしんどさ。この過去からの絶え間ない浸食による苦しみはは、被害者が味わっていたものと似ているのかもしれない。被害者の過去がまたきついのだ。どこの世界にもろくでなしがいるな!
 時に暴走しそうなダニーを支えるのが日系女性刑事のジェン。格闘技に秀でており、地元の子供たちに道場で稽古もつけている。恋愛要素はなく、お互いに対する思いやりのある関係な所がいい。地道な捜査による警察小説で、犯人の特定などなかなかまどろっこしいのだが、ダニーとジェンという人たちの物語として今後の伸びしろが期待できそう。





『悪いうさぎ』

若竹七海著
 家出した女子高生ミチルを連れ戻す仕事に成功(しかし負傷)した私は、これがきっかけで失踪したミチルの同級生の捜索依頼も受ける。同級生・美和は無断で外泊するような娘ではないと言うのだ。美和の失踪を調べるうち、彼女の周囲の少女たちが他にも姿を消していることがわかる。
 私=葉村晶は探偵としてはそこそこ優秀なようだがすごく頭が切れるというわけではないし、人脈もそこそこ、体力は人並みだしお金にはそれほど余裕はないようだ。能力的にも人柄的にも、普通かつ至ってまともだからこそ、彼女が相対する人たちの異常さが際立っていく。少女の失踪を主軸として複数のトラブルに葉村は巻き込まれていくのだが、どの事件も自分より弱い相手を虐げたい・相手を支配し自分に力があると実感したいという欲望・悪意が根底にある。女性である葉村にもその悪意は向けられるのだ。葉村は窮地でパニックに陥ったり、理不尽や悪意に怒ることはあるが基本理性的。その理性が読者を引っ張っていき読みやすい。

悪いうさぎ (文春文庫)
若竹 七海
文藝春秋
2004-07-01


依頼人は死んだ (文春文庫)
若竹 七海
文藝春秋
2003-06-01



『わたしの本当の子供たち』

ジョー・ウォルトン著、茂木健訳
 1949年、マークからのプロポーズを機にパトリシアの世界はふたつに分岐した。マークと結婚した世界、結婚を断った世界、彼女は全く異なる人生を歩んでいく。どちらの人生が本当の彼女の人生なのか?
 パトリシアは、マークと結婚した場合もしなかった場合も、全く別のものではあるが喜びと悲しみ、そして子どもたちを得ていく。どちらがより良い、彼女に最適かなど読者にも判断できない(実際。どちらの人生も読んでいてすごく面白い!)。時間の不可逆性、一度に両方は生きられないという切なさが、彼女の人生が進むにつれ切実に迫ってくる。どちらの人生でも彼女は大きなものを得るが、同時に得られなかったもの、失ったものの大きさも迫ってくるのだ。生きていくことは、そういった「やむなし」感と付き合っていくことなんだなと。終盤のパトリシアはある意味、「やむなし」を否定しているとも思えるのだが。
 彼女が生きる2つの世界の歴史は、現実の(読者の)歴史とは少しずつ違う。その少し違う部分が読む側の心にひっかかりをつくっていく。もしかしたら第3のパトリシアがいて、その世界は読者が生きる世界と同一のものかもしれないと。

わたしの本当の子どもたち (創元SF文庫)
ジョー・ウォルトン
東京創元社
2017-08-31


図書室の魔法 上 (創元SF文庫)
ジョー・ウォルトン
東京創元社
2014-04-27


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