3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『路地裏の迷宮踏査』

杉江松恋著
本格ミステリ黎明期から1960年代くらいまでを中心に、数々の作品を残した海外の作家53人を紹介する書評、というよりも作家ガイドブック。日本ではあまり知られていない作家も多く含まれる。作家のプロフィール、おすすめ作品紹介はもちろん、当時の世相、社会背景までさらっと解説しており、著者の知識の幅と過不足のないバランス感が実感できる。一見、時代性とは無縁に思える作品であっても、その時代からは逃れられないし、積極的に時代性(ないしは時代に対するアンチテーゼ)を取り込み生き残る作品もあって、指摘されないとここは意識しなかったなと既読作品に対して気付いたところも。正直、大半の作家の作品は手に取ったことがない(多少読んでいるのはバークリー、ウォー、ブラウン、リューインくらいだもんなぁ・・・)が、ちゃんと読んでみたくさせるところが著者の腕。意外なところではO・ヘンリーをミステリ枠で扱っている。ミステリ小説に多少関心のある人にとっては、軽い読み物としてちょうどいいと思う。一気読みというよりも、休憩時間や寝る前に1章だけ読みたいという感じ。なお、著者はバランス感覚に優れているとは思うのだが、一か所これはちょっと言葉遣いのミスしたなという所があり、そこだけひっかかった。

『老首長の国 ドリス・レッシングアフリカ小説集』

ドリス・ドレッシング著、青柳伸子訳
アフリカで育った経験を持つ著者による中編集。1964年に出版された(1973年に再編集版を出版、日本では2008年出版)とアフリカの風土、そして(当時は)植民地であるという背景が色濃い作品集だ。エキゾチズムが前面に出ているのかなと思ったら、確かにそういう側面もあるにはあるのだが、心をガツンと殴ってくるような暴力的なものをはらんでいる。今までなじんでいた世界から隔絶しているような状況、あるいは、その土地に長年暮らしてきたはずなのに、その土地のものとして真には受け入れられないという感覚がある。白人女性と地人の使用人少年のすれ違いを描く「リトル・テンピ」は、2人の間に決して相互理解は生まれない、女性は少年が望んだものが何なのかわからないままだろうとやりきれない気持ちにさせる。女性にとって少年は同じ土俵に立っている相手ではないのだ。この、入植者たちは原住民を別の動物として見ているということがどの作品でも前提としてある。しかしそうではない世代も出てきて、彼らはおぼろげながらも新しい世界の為に戦おうとする「アリ塚」のような作品も。一方、植民地の白人たちは、土地の広さとは対称的に狭い世界で生きており、それが息苦しさをつのらせる。少女の目からそれを描いた「ジョン爺さんの屋敷」や、愛し合っていたのは誰と誰だったのかと茫然とする「七月の冬」が印象に残った。

『ロセアンナ 刑事マルティン・ベック』

マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー著、柳沢由美子訳
全裸の女性死体が閘門で発見された。女性は他殺されたということの他、手がかりは乏しく身元もなかなか判明しない。刑事マルティン・ベックらが奔走する中、アメリカの州警察から連絡が入り、遺体はロセアンナ・マッグロー、アメリカの警察は行方不明になった彼女を捜索していたことが判明する。北欧警察小説の金字塔とも言うべきマルティン・ベックシリーズ1作目。マルティン・ベックシリーズと言えば『笑う警官』が有名(というか日本での北欧ミステリブーム到来前は、長らく『笑う警官』しか入手できなかったんじゃなかったっけ。北欧ミステリブームありがとう・・・)だで、1作目である本作はあんまり出来栄えが・・・なんて話も聞いたことがあったが、なんだ面白いじゃないですか!確かに、華やかなトリックや謎解きを期待すると、捜査がなかなか進まずまどろっこしいかもしれないが、本作の魅力はそのまどろっこさだ。手がかりらしきものを一つずつ確認していくしかないという捜査の地道さこそ、警察小説の醍醐味だろう。そしてマルティン・ベックが終始一貫(心身ともに)調子悪そうなところも読み所。調子悪くても事件には真摯に向き合うプロの姿勢がいい(さすがに同僚からも休めって言われるのだが)。

『64(ロクヨン)(上、下)』

横山秀夫著
昭和64年にD県警管轄内で起きた少女誘拐殺害事件。いまだに犯人逮捕に至らず、警察内では「64(ロクヨン)」の符牒で刻印を残していた。その64、更には本庁の意向を巡ってD県警刑事部と警務部は全面戦争に突入する。広報官の三上は刑事の仕事に未練を残しつつも、事態の収拾に奔走するが。文庫版で読んだ(単行本は分冊されていない。文庫化するにしても分冊するほどのことでは・・・)。著者の他シリーズの主人公である二渡(『陰の季節』など)も登場するが、いわゆる「現場」から見ると二渡ってこういう見られ方しているのかーという面白さもあった。同じ警察官でも立ち位置や見ている風景が全然違う。著者の一連の警察小説は、立場によって組織が別の顔を見せてくる、全ての作品を通して警察という組織の姿が立ち上がってくることを意図しているのかもしれない。ただ、本作で起こる刑事部と警務部の間の「事件」は、警察の外から見ると、まあどうでもいいことではある。警察官以外にとっては、警察は社会の安全を守り犯罪を捜査することが目的の組織で、その中の派閥争いや面子の張り合いによって捜査が妨げられるなら本末転倒だろう。本作の登場人物の何人かも、おそらく同様のことを思い、だからこそ「事件」が起きる。そういう事件が起こりうること自体が、警察という組織の特異な点とも思えるが、多かれ少なかれ組織にはそういう側面があるのだろうか。とにかく組織の嫌な部分が描かれた作品で、ぐいぐい読み進んではしまうが同時にげんなりともする(それだけ丹念によく書けているということなんだろう)。ミステリとしても、ある執念の行きつく先に、終盤でどっとなだれ込みやりきれない。そこまで引っ張るかー!と唸りはしたが。

『ロス・マクドナルド傑作集 ミッドナイト・ブルー』

ロス・マクドナルド著、小鷹信光訳
表題作を含む短編4編、長編『運命』の原型である中編、評論「主人公(ヒーロー)としての探偵と作家」を収録した著者の作品集。古典的探偵小説的な短編は、嫉妬や執着が引き起こした悲劇が中心にあり、どこかさびしい後味。中編は長編化したものよりも事件の中核がわかりやすいかもしれない。一番読み応えがある、というかファンにとってうれしいのは評論だろう。先駆者、特に引き合いに出されることも多かったろうチャンドラーとの比較で自身の作風、そして主人公であるリュウ・アーチャーを語る。マーロウよりはアーチャーの方が人間味があるというか(評論中でも言及されているが、チャンドラーの方が文体のスタイルを固持していて、それにキャラクターがひきずられるからかもしれない)、他人の弱さに対して優しさがあるように思う。著者によると、アーチャーもその他の登場人物も、少しずつ自身の投影であると言う。そう思いながらリュウ・アーチャーのシリーズを読むと、なんだかちょっと嬉しい。

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