3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ローズ・アンダーファイア』

エリザベス・ウェイン著、吉澤康子訳
 1944年9月、イギリス補助航空部隊の飛行士ローズは、輸送の途中でドイツ軍に捕えられ、ラーフェンスブリュック強制収容所に送られる。そこでの生活は、飢えや寒さの中労働を強いられ、いつ処刑されるかもわからないというものだった。彼女を支えたのは同じ収容者仲間の女性達だった。彼女らの多くは「ウサギ」と呼ばれる非人道的な人体実験の被験者だった。
 『コードネーム・ヴェリティ』の姉妹編で、前作に登場した人たちもちらほら姿を見せる。最初は色々な人からの手紙や手記、そしてローズの手による本編という構成。ローズが手記を書こうとしていることから、彼女が生き延びたということは最初からわかっている。しかし緊張が途切れなかった。ホローコーストからの生存者にインタビューしたドキュメンタリー『ショア』(クロード・ランズマン監督)を思い出した。収容所の中で行われていることがあまりに残酷で、人間は歯止めがなければいくらでもひどいことを出来るのだと慄然とする(人体実験がとにかくひどい)。人間の尊厳(と生命)を剥奪する実験のようだ。その一方で、心身ともにぎりぎりの状態の中で他人を助け「人間らしさ」を維持しようとする人たちがいる。人間のおぞましい部分と崇高な部分とか同じ場所で展開されているのだ。ローズが詩によって自分を、そして仲間の心を支え続ける様には目頭熱くなった。書くこと、語る事が前作に引き続き大きなファクターになっている。それは死んでいった仲間の記憶を留め伝えることなのだ。
 収容所内での描写もきついのだが、一番はっとしたのは、ローズが助かったにも関わらず母には会えない、会いたくないと思うという所だ。収容所の生活で変わり果てた姿になってしまったからというのもあるが、内面が変わってしまった、もう母の知っている自分ではなくなってしまったからだ。説明しえない、言葉に出来ない体験というものがあるのだ。しかし彼女は「私たちのことを知らせて」という仲間の願いを忘れない。終盤、もう一人「バラ」の名前を持つ収容所仲間のローザの振る舞いの理由にローズがはたと気づく所も痛切。

ローズ・アンダーファイア (創元推理文庫)
エリザベス・ウェイン
東京創元社
2018-08-30


コードネーム・ヴェリティ (創元推理文庫)
エリザベス・ウェイン
東京創元社
2017-03-18


『ローガン・ラッキー』

 脚が不自由なことを理由に工事現場での仕事をクビになったジミー・ローガン(チャニング・テイタム)は、イラクで片腕を失った元兵士の弟クライド(アダム・ドライバー)と一攫千金を企む。アメリカ最大のモーターイベント、NASCARレース会場に集まった現金を強奪しようというのだ。美容師でカーマニアンの妹メリー(ライリー・キーオ)も計画に加え、爆破のプロとして服役中のジョー・バング(ダニエル・クレイグ)に協力を求める。監督はスティーブン・ソダーバーグ。
 ソダーバーグの映画監督復帰第1作。小気味良い快作で、脚本(レベッカ・ブラウン)にほれ込んだと言う話にも頷ける。想像していたよりも1ターン多い感じというか、ちょっと長すぎないかなとは思ったが、登場人物が皆生き生きとしていてとても楽しかった。俳優が活かされているなぁと嬉しくなる。テイタムにしろドライバーにしろ、二枚目のはずなのに何とも言えない情けなさ、ボンクラ感を漂わせていている。また、久しぶりにチープかつ悪そうなダニエル・クレイグを見ることが出来てうれしい。刑務所の面会室で「服・役・中・だぞ」とやるシーンが妙にツボだった。ジョーはなかなかいいキャラクターで、爆破準備中に壁に化学式を書いて説明し始める所とか、見た目に寄らず几帳面で妙に可愛い。
 ローガン一族はやることなすこと上手くいかない、不幸な星のもとに生まれているのだとクライドは悲観している。実際、ジミーは失職し別れた妻との間にいる娘ともなかなか会えなくなりそうだし、携帯は通話料延滞で止められているし、色々と詰んでいる。クライドも、兄弟内で最もタフそうなメリーも傍から見たらぱっとしない。そんな彼らが一発逆転しようと奮起するので、犯罪ではあるがついつい応援したくなる。本作の語り口も、彼らの抜けている所を見せつつも、バカにしたり断罪したりはしない。意外に優しい視線が注がれている。根っからの悪人はおらず、犯罪者であっても彼らなりのマナー、良心がある。ジミーの作った「リスト」が意外とストーリーに反映されているにはにやりとさせられた。筋が通っているのだ。
 ソダーバーグ作品はクール、知的、スタイリッシュというイメージで、当人も労働者階級という感じではない(育つ過程でお金の苦労はしていなさそう・・・)のだが、泥臭い世界、お金のなさの実感、あるいはアメリカの「地方」感を意外と上手く描くし、そこに生きる人たちへの誠実さがあるように思う。本作、泥棒という要素では『オーシャンズ11』を連想するが、どちらかというと『エリン・ブロコビッチ』寄りかな。

トラフィック [DVD]
マイケル・ダグラス
東宝ビデオ
2001-12-21


エリン・ブロコビッチ コレクターズ・エディション [DVD]
ジュリア・ロバーツ.アルバート・フィニー.アーロン・エッカート
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2007-07-25

『ロボット・イン・ザ・ガーデン』

デボラ・インストール著、松原葉子訳
 様々な仕事をするアンドロイドが普及した近未来のイギリス。両親を亡くして家と遺産を相続したものの無職のままのベンは、弁護士として活躍する妻エイミーを苛立たせていた。ある日ベンは、自宅の庭に古びた旧式ロボットがいるのを発見する。なぜかそのロボットを特別だと感じたベンは、彼を「タング」と名付ける。彼を修理できる作り主を探しに、タングと共に旅に出るが。
 弱気な男とロボットとの珍道中を描くロードムービー的な作品だが、タングの造形はロボットというよりも、幼い子供のそれだ。そこが可愛らしくて楽しいという人もいるだろうが、私はどうも物足りなかった。ロボットならロボット、AIとしての知性と成長を持つはずで、人間のそれとは違うからこそ面白いのに!と。著者はSF的な意図は本作に込めておらず、子供のメタファーとしてのロボットとして描いているのだろう。でもそれだったらロボット設定にしなくていいよね(笑)。当初ベンは自分自身未熟で子供の親なんてとてもとても、という感じなのだが、手間のかかるタングと共に生活することで、誰かをケアすること、心を配ることを学んでいく。本作冒頭、家庭内でのベンの振る舞いは、エイミーが出ていくのも当然だよ!というしょうもないもの。このしょうもなさ、周囲への配慮のなさが妙に生々しく説得力があった。なお、ベンとタングが日本に行くパートがあるのだが、日本人はロボット好きというのはもう定説になっているのか・・・

ロボット・イン・ザ・ガーデン (小学館文庫)
デボラ インストール
小学館
2016-06-07






『六白金星・可能性の文学 他十一篇』

織田作之助著
 何をやってもどん臭い青年・楢雄の人生を描く表題作の他、著者が戦後に発表した短編小説11篇と評論2篇を収録した岩波文庫版。
『夫婦善哉』収録作と比べると、作品単体の構成のバランスが良くなっており、『夫婦善哉』ばかりが有名なのは勿体ないことだなと改めて思った。1篇内の構成がかなり整理されるようになっている(特に『アド・バルーン』は語りの組み立てが活きていると思う)ので読みやすく、かつ独特の奇妙なグルーヴ感は保たれている。表題作をはじめ、著者の小説では主人公が一定の行動原理から抜け出さずに延々とループしていくような感覚があるのだが、それがグルーヴ感のようなものになっている。この人なんでこんなしょうもないことばっかりやっているのかと思いつつ、持って生まれた業ならもうしょうがないわという気分にもなってくる。この、そう生まれたんだからそう生きるしかない、という諦念のようなものが底辺に流れているように思う。評論『可能性の文学』では、志賀直哉(というよりも彼の文学に対するフォロワーの無批判性)に対する反抗心を表明しているが、逆に志賀の文学が文壇にいかに絶対的な影響を与えていたのかわかる。私小説的なもの、自然主義的なものが作ってしまった文学表現の一つの限界は、早い段階から指摘されていたことが垣間見える。なお本編中、著者が太宰治、坂口安吾と飲んでいる時のエピソードが披露されるのだが、「お前は何を言っておるのか」と真顔になる部分も。文士同士のわちゃわちゃに萌える方は目を通してみては。



天衣無縫 (角川文庫)
織田 作之助
KADOKAWA
2016-10-06

『路地裏の迷宮踏査』

杉江松恋著
本格ミステリ黎明期から1960年代くらいまでを中心に、数々の作品を残した海外の作家53人を紹介する書評、というよりも作家ガイドブック。日本ではあまり知られていない作家も多く含まれる。作家のプロフィール、おすすめ作品紹介はもちろん、当時の世相、社会背景までさらっと解説しており、著者の知識の幅と過不足のないバランス感が実感できる。一見、時代性とは無縁に思える作品であっても、その時代からは逃れられないし、積極的に時代性(ないしは時代に対するアンチテーゼ)を取り込み生き残る作品もあって、指摘されないとここは意識しなかったなと既読作品に対して気付いたところも。正直、大半の作家の作品は手に取ったことがない(多少読んでいるのはバークリー、ウォー、ブラウン、リューインくらいだもんなぁ・・・)が、ちゃんと読んでみたくさせるところが著者の腕。意外なところではO・ヘンリーをミステリ枠で扱っている。ミステリ小説に多少関心のある人にとっては、軽い読み物としてちょうどいいと思う。一気読みというよりも、休憩時間や寝る前に1章だけ読みたいという感じ。なお、著者はバランス感覚に優れているとは思うのだが、一か所これはちょっと言葉遣いのミスしたなという所があり、そこだけひっかかった。

『老首長の国 ドリス・レッシングアフリカ小説集』

ドリス・ドレッシング著、青柳伸子訳
アフリカで育った経験を持つ著者による中編集。1964年に出版された(1973年に再編集版を出版、日本では2008年出版)とアフリカの風土、そして(当時は)植民地であるという背景が色濃い作品集だ。エキゾチズムが前面に出ているのかなと思ったら、確かにそういう側面もあるにはあるのだが、心をガツンと殴ってくるような暴力的なものをはらんでいる。今までなじんでいた世界から隔絶しているような状況、あるいは、その土地に長年暮らしてきたはずなのに、その土地のものとして真には受け入れられないという感覚がある。白人女性と地人の使用人少年のすれ違いを描く「リトル・テンピ」は、2人の間に決して相互理解は生まれない、女性は少年が望んだものが何なのかわからないままだろうとやりきれない気持ちにさせる。女性にとって少年は同じ土俵に立っている相手ではないのだ。この、入植者たちは原住民を別の動物として見ているということがどの作品でも前提としてある。しかしそうではない世代も出てきて、彼らはおぼろげながらも新しい世界の為に戦おうとする「アリ塚」のような作品も。一方、植民地の白人たちは、土地の広さとは対称的に狭い世界で生きており、それが息苦しさをつのらせる。少女の目からそれを描いた「ジョン爺さんの屋敷」や、愛し合っていたのは誰と誰だったのかと茫然とする「七月の冬」が印象に残った。

『ロセアンナ 刑事マルティン・ベック』

マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー著、柳沢由美子訳
全裸の女性死体が閘門で発見された。女性は他殺されたということの他、手がかりは乏しく身元もなかなか判明しない。刑事マルティン・ベックらが奔走する中、アメリカの州警察から連絡が入り、遺体はロセアンナ・マッグロー、アメリカの警察は行方不明になった彼女を捜索していたことが判明する。北欧警察小説の金字塔とも言うべきマルティン・ベックシリーズ1作目。マルティン・ベックシリーズと言えば『笑う警官』が有名(というか日本での北欧ミステリブーム到来前は、長らく『笑う警官』しか入手できなかったんじゃなかったっけ。北欧ミステリブームありがとう・・・)だで、1作目である本作はあんまり出来栄えが・・・なんて話も聞いたことがあったが、なんだ面白いじゃないですか!確かに、華やかなトリックや謎解きを期待すると、捜査がなかなか進まずまどろっこしいかもしれないが、本作の魅力はそのまどろっこさだ。手がかりらしきものを一つずつ確認していくしかないという捜査の地道さこそ、警察小説の醍醐味だろう。そしてマルティン・ベックが終始一貫(心身ともに)調子悪そうなところも読み所。調子悪くても事件には真摯に向き合うプロの姿勢がいい(さすがに同僚からも休めって言われるのだが)。

『64(ロクヨン)(上、下)』

横山秀夫著
昭和64年にD県警管轄内で起きた少女誘拐殺害事件。いまだに犯人逮捕に至らず、警察内では「64(ロクヨン)」の符牒で刻印を残していた。その64、更には本庁の意向を巡ってD県警刑事部と警務部は全面戦争に突入する。広報官の三上は刑事の仕事に未練を残しつつも、事態の収拾に奔走するが。文庫版で読んだ(単行本は分冊されていない。文庫化するにしても分冊するほどのことでは・・・)。著者の他シリーズの主人公である二渡(『陰の季節』など)も登場するが、いわゆる「現場」から見ると二渡ってこういう見られ方しているのかーという面白さもあった。同じ警察官でも立ち位置や見ている風景が全然違う。著者の一連の警察小説は、立場によって組織が別の顔を見せてくる、全ての作品を通して警察という組織の姿が立ち上がってくることを意図しているのかもしれない。ただ、本作で起こる刑事部と警務部の間の「事件」は、警察の外から見ると、まあどうでもいいことではある。警察官以外にとっては、警察は社会の安全を守り犯罪を捜査することが目的の組織で、その中の派閥争いや面子の張り合いによって捜査が妨げられるなら本末転倒だろう。本作の登場人物の何人かも、おそらく同様のことを思い、だからこそ「事件」が起きる。そういう事件が起こりうること自体が、警察という組織の特異な点とも思えるが、多かれ少なかれ組織にはそういう側面があるのだろうか。とにかく組織の嫌な部分が描かれた作品で、ぐいぐい読み進んではしまうが同時にげんなりともする(それだけ丹念によく書けているということなんだろう)。ミステリとしても、ある執念の行きつく先に、終盤でどっとなだれ込みやりきれない。そこまで引っ張るかー!と唸りはしたが。

『ロス・マクドナルド傑作集 ミッドナイト・ブルー』

ロス・マクドナルド著、小鷹信光訳
表題作を含む短編4編、長編『運命』の原型である中編、評論「主人公(ヒーロー)としての探偵と作家」を収録した著者の作品集。古典的探偵小説的な短編は、嫉妬や執着が引き起こした悲劇が中心にあり、どこかさびしい後味。中編は長編化したものよりも事件の中核がわかりやすいかもしれない。一番読み応えがある、というかファンにとってうれしいのは評論だろう。先駆者、特に引き合いに出されることも多かったろうチャンドラーとの比較で自身の作風、そして主人公であるリュウ・アーチャーを語る。マーロウよりはアーチャーの方が人間味があるというか(評論中でも言及されているが、チャンドラーの方が文体のスタイルを固持していて、それにキャラクターがひきずられるからかもしれない)、他人の弱さに対して優しさがあるように思う。著者によると、アーチャーもその他の登場人物も、少しずつ自身の投影であると言う。そう思いながらリュウ・アーチャーのシリーズを読むと、なんだかちょっと嬉しい。

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