3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『レクイエムの名手 菊地成孔追悼文集』

菊地成孔著
著者が10数年にわたって綴ってきた追悼文をまとめた、サブタイトルの通り追悼文集。著者の職業上、ミュージシャンやジャズ評論家への追悼文が多い。実際に著者と交流があった人へのものも、そうでないが著者にとって大切だった人へのものも(エリザベス・テイラーとかマイルス・デイヴィスとか)ある。当然のことではあるが相手との関係によって文章のテンション、どこまで踏み込むか(自分の知り合いだから踏み込める/踏み込めない場合、面識はない「有名人」だから踏み込める/踏み込めない場合があるなと)が変化してきて、その距離感みたいなものが興味深かった。著者の文章は概ね躁的でどんどん書き飛ばしていく(もちろん推敲されているはずだが)イメージがあるのだが、所々で、この人についてはこれ以上は書けないという壁のようなものが出現することがあるのだ。それとは別に強く印象に残ったのは「加藤和彦氏逝去」。故人の仕事に対する深い敬意と愛があると同時に、(故人に対してとは限らない)苛立ちのような、そうじゃないだろう!という苦渋のようなものが入り混じっているように思った。

『レモン畑の吸血鬼』

カレン・ラッセル著、松田青子訳
 イタリアのレモン畑の側にたたずむ老人は、実は吸血鬼。レモンの果汁には血液への渇望を抑える鎮静効果があるのだ。同じく吸血鬼だが血は吸わず、日光も恐れない妻と出会って以来、彼もそうなるべく努力をしてきたが。表題作をはじめ、奇妙な設定・味わいの短編8編を収録。
 世界の隙間に落っこちてしまったような人が登場する作品が多い。吸血鬼はもちろんだが、日本の製糸工場からアイディアを得た『お国の為の糸繰り』は産業の為に踏みつけにされていく若い女性達の物語だし、『証明』は開拓時代のアメリカで、実際にあったという奇妙な法律に翻弄される少年を描く。『任期終わりの厩』は何と歴代のアメリカ大統領が馬に転生して集っているという設定で、そもそも人間ではない!また『エリック・ミューティスの墓なし人形』は、隙間に落ちてしまったような人をそうではない人から見た話であり、加えてそうではない人が更に突き落としてしまった顛末とも言える。
 なぜ自分がなのか、どうすれば人並み(と世間で思われている様)になれるのかという苦しみが見え隠れし、全般的にユーモラスだがもの悲しく痛切。特に『お国の為の糸繰り』は人為的に世間から外され隠蔽されてしまった人たちの呪詛と復讐であり、「変態」の仕方はSF的な味わいもあった。特に痛切さを感じたのは『帰還兵』。題名の通り、PTSDに苦しむ帰還兵とマッサージ師の交流だが、過去由来の苦しみを取り除くことの是非を考えさせられる。取り除くということは現在のその人を構成するものが変わってしまうということだが、かといって苦しみで摩耗していくのを見過ごせるのか。彼女の選択が正しかったのかどうかはわからないままだ。

『霊の棲む島 エリカ&パトリック事件簿』

カミラ・レックバリ著、富山クラーソン陽子訳
初夏の夜、1人の女性が血まみれの手で何かから逃げるように、フェイルバッカ沖のグローシャール島を目指していた。女性の連れは幼い息子1人。島には古い家と灯台だけがあり、幽霊が住みついているという伝説があった。数日後、自治体の大きなリゾート・プロジェクトに関わっていた経理担当者が、自宅で銃殺された。男は死ぬ直前にグローシャール島を訪れていたらしい。刑事パトリックと、その妻で作家のエリカは捜査に乗り出す。エリカ&パトリックシリーズ7作目。2人の間に双子が生まれているが、その直前には大きな悲劇があり、エリカの妹アンナは立ち直れず、エリカも罪悪感にさいなまれている。家族内の大きな問題と、殺人事件の捜査が平行していく、更に事件の背後にいる人物の立ち回り、加えて19世紀のある女性の運命が並走する。いくつもの筋が並走していく構成だ。本作では、女性のDV被害が大きな要素になっている。北欧のミステリを読むと、男女平等に社会参加をし福祉が充実しているという北欧諸国のイメージって何なの?というくらい、DV問題や極端な女性差別が描かれている。差別的というよりも、もっと根深いところでの憎悪(相手が女性だったり異民族だったりする)があるような雰囲気で、なかなかげっそりさせてくれる。19世紀のエピソードにおける女性嫌悪は、その原因の設定にちょっと問題がある(というか、嫌悪するようになるというのはわかるが、原因としてイコールではないというフォローがないと、また別の嫌悪につながるのではないかと)思うが・・・。パトリックら地元の警官たちは、無能ではないが極めて有能というわけでもない(というよりも、田舎なので大きな事件に慣れていない)。しばしば聞き逃し、チェックし忘れをする。それでもシリーズ開始時から比べると、各段に仕事のできる人たちになっている!成長しているなぁ。

『レズビアン短編小説集』

ヴァージニア・ウルフ他著、利根川真紀編訳
19世紀末から20世紀前半、女性、また男女両方のパートナーを持った女性作家たちによる、女性の物語17編を収録したアンソロジー。ウルフを筆頭にキャサリン・マンスフィールド、ガートルート・スタインなどの有名どころから日本ではあまりなじみのない作家まで、色々読めてお得感あり。1人の作家につき複数作収録されているところが、アンソロジーとしては珍しいかもしれない。同じレーベルから発行されている『ゲイ短編小説集』と対になる感じか。ただ、本作の方が、一個人の心の機微、葛藤に切り込んでいるように思え(どれも書かれた時代が比較的現代に近いからかもしれないが)、個人的には心にしみる作品が多かった。世の中に自分の居場所がない、しっくりこない感じとどう向き合う、ないしはやりすごすのか。いわゆる「人並み」であることが自分にとっての幸せになりえないということが、今よりももっともっときつい時代だったんだなぁとしみじみとした。それにしてもガートルート・スタインの文体は独特すぎるな!これ当時はどういうスタンスで読まれていたんだろう・・・。

『霊応ゲーム』

パトリック・レドモンド著、広瀬順弘訳
イギリスのパブリック・スクールの学生で14歳のジョナサンは、同級生にいじめられ、教師にも目の敵にされ、辛い思いをしていた。しかしある日、一匹狼的な学生リチャードと親しくなる。大人びて自信に満ちたリチャードにジョナサンは憧れ、彼との友情に夢中になるが、一方でそれまで友人同士だった同級生とは距離が出来ていく。同時に、ジョナサンをいじめていた同級生たちの身に次々と異変が起こる。幻の傑作、待望の文庫化との触れ込みだが、確かにこれは傑作レベルの面白さ。結構なボリュームにも関わらず一気読みだった。霊応ゲーム(日本でいうコックリさんみたいなもの)を小道具としてオカルト的な雰囲気でカモフラージュしたミステリかと思って読んでいたら、意外とホラーの方向性が強い。しかし恐ろしいのは霊や悪魔ではなく、人の心。霊や悪魔は、人の中の悪を盛り上げる補助的なものにすぎない。ジョナサンとリチャードの友情は最初は瑞々しく美しいものだ。しかし、相手への執着が強まるとそれはもう友情とは言えないものになっていく。大人からしたらなぜそんなことでと思うかもしれないが、世界が学校の中(しかも全寮制)のみで、独特のヒエラルキーに従わざるを得ないことで、選択肢がそれしかないと思い込んでしまうのだ。追い詰められていく少年たちの姿は痛ましい。とはいえ、子供だけではなく大人も相手を所有しコントロールする欲望から逃れられない。人間関係が密封されている学校や家庭だとよけいにそれがつのるのだろう。逃げ場がないもんなぁ。もうちょっと違った環境だったら、リチャードとジョナサンの関係はよい友達として継続していたかもしれないと思うと、やりきれないものがある。

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