マギー・オファーレル著、小竹由美子訳
16世紀イタリア、フィレンツェで栄華を極めたメディチ家の娘・ルクレツィアは、病死した姉の代わりにフェラーラ公アルフォンソ2世に嫁ぐことになった。歳の離れた夫は表面上は優しく振舞うが、ルクレツィアに求められているのは世継ぎを生むことだった。彼女は徐々に身の危険を感じるようになる。
ルクレツィアは歴史上実在した人物だが、その生涯についてはアルフォンソ2世公に嫁いだこと、16歳で死亡し夫による他殺の噂があったという程度の僅かな記録しか残っていない。そのわずかな情報から、著者の手によって1人の女性の人生が立ち上がっていく。フィクションではあるのだがルクレツィアは本当にこのような女性だったのでは(詳しくわかっていない以上本作で描かれるような人物だった可能性もあるわけだ)と人物像の手ごたえ、生き生きとした姿が迫ってくる様が素晴らしかった。
ルクレツィアは家族の中では重要視されていないが、優れた記憶力と観察眼、そして絵の才能を持つ。現代の視点で見たら魅力的で聡明な人物だ。しかし彼女の生きる世界では女性に対しそういった能力は求められない。健康で多産で夫に対して従順で「女らしく」あることが価値を持つ。その価値は女性本人にとっての価値というよりも、彼女を自身の財産・権力を増す為の「資産」として扱う男性にとっての価値なのだ。ルクレツィアはこういった扱いに馴染むことができない。彼女が抵抗し続け魂を削られていく様は痛ましいのだが、現代でも女性が個人として生きようとすると直面しがちな諸々の問題と重なって見えてくる。だからこそ、彼女が知恵を駆使して魂を守ろうとする姿、そしてラストの余韻が胸を打つ。