3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『約束』

ロバート・クレイス著、高橋恭美子訳
 ロス市警警察犬隊のスコット・ジェイムズ巡査と、相棒であるシェパードのマギーは、逃亡中の容疑者を捜索していた。住宅地内の一軒家の中で倒れている容疑者を発見するが、同時に大量の爆発物が屋内にあることがわかる。一方、私立探偵のエルヴィス・コールは、その一軒家にある人物を訪ねに来ていた。失踪したある女性の捜索の一環として訪問したのだが、殺人容疑をかけられてしまう。
 スコット&マギーの出会い編である『容疑者』のシリーズ続編だが、本作単品でも楽しめる。更に、コールは著者の別シリーズ(こちらの方が古く作品数も多い)コール&パイクシリーズの主役だそうだ。青年と犬の再生を描く警察小説だった前作と比べると、コールの活躍のせいかハードボイルドとしての側面が強い。コールは自分の流儀・職業倫理に忠実で、警察に容疑者扱いされても一貫して依頼者と捜索対象を守ろうとする。ただその忠実さ故、ちょっと自警団ぽい行動になってくるのは気になった。情報収集のやり方といい、人脈含め万能すぎない?スコットの振る舞いや対人態度はが等身大で時にドジだったり不器用だったりするのでギャップが際立つ。
 とは言え、意外な展開を見せて面白かった。警察犬・マギーの忠実さ、可愛らしさも魅力の一つだが、擬人化されすぎず、喜びも悲しみもあくまで「犬」として存在する(当然喋ったりしない)ところがとてもいい。また、ある女性をコールの仲間である傭兵が「知っている」ということの意味は胸を打つ。

約束 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス
東京創元社
2017-05-11



『野生の樹木園』

マーリオ・リゴーニ・ステルン著、志村啓子訳
カラマツ、モミ、マツやクルミ、リンゴ等、身近な樹木について綴られる随筆集。一篇一篇が集まって、1冊の本が樹木園のようになっている。樹木の植物としての特質、その樹木が人間にどのように利用されてきたのか、神話や文学作品の中でどのように言及されてきたのか、そして著者自身の樹木との関わりの思い出。文章はくどくなく控えめなのだが、樹木に対する親密さが感じられる。自分にとって親しい存在を紹介するという、実体験に即した文章なのだ。私は植物にはそんなに詳しくはないが、樹木の傍にいると落ちつく感じはよくわかる。眺めているだけでも、なんとなくほっとするもんね。どこの国でもこの感覚は変わらないのだろうか。イタリアは日本と植栽がわりと似ている(ただ、馴染みのない樹木も登場するが)からかな。

『屋根裏の仏さま』

ジュリー・オオツカ著、岩本正恵・小林由美子訳
 20世紀初頭、相手の写真だけを頼りに日本からアメリカへ嫁いで行った「写真花嫁」たち。写真は全くの別人、現地では過酷な労働が待っていることも多々あったが、少しずつ、つつましやかではあるが生活は軌道に乗っていく。しかし日米開戦と共に日系人の強制収容が始まる。
 「わたしたち」という主語により語られる物語。「わたしたち」は嫁いで行った大勢の娘たちの声の総体であり、一つの声のようでいて多種多様なあり方を見せる。語りが合唱のようなハーモニーを形成しており、大きな声のうねりとなっていると同時に、実は「わたしたち」というものはなくて「わたし」が大勢いる、同じ「わたし」はいないのだと感じさせるのだ。対して、最後の章の「わたしたち」のみ、日系女性たちではなく、彼女らが町からいなくなった後に残った住民たち、日系ではないアメリカ人たちを指す。こちらは個人の声の総体ではなく、「わたしたち」という大きな主語の影に個人が隠れている。「わたしたち」は関わったが「わたし」は関わっていないというように、「わたし」という個人の要素を薄めているという対比がなされているように思う。「わたしたち」という主語のあやうさを含む機能を味わえる作品。

『野蛮な読書』

平松洋子著
ご飯を食べたり散歩をしたり仕事に奔走したりする日々の中、一冊の本を手にとると次の一冊がまた現れていく書評集。私は特に著者の文体が好きというわけではなく、ちょっと文章が歌いすぎだなとか飾りと感嘆が大杉だなと思うこともある。しかし、こことここが繋がるのか!という、ジャンルも方向性も違う本が著者の中でイメージが連鎖していく様が楽しく、そしてうらやましい。頭の中に本のプールがあって、そこからひょいひょいと題名を取り出せるというのは、いいなぁ。本の優劣がないところ(叶恭子のエッセイまで出てくる)もいい。本が好きな人ってそういうことだよなと。
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