ジョルジュ・シムノン著、高野優訳
パリの高級ホテルの地階で死体が発見された。被害者はアメリカから来た実業家の妻。第一発見者のドンジュというホテル従業員が疑われたが、ドンジュは犯行を否定。メグレは捜査の中で、被害者がカンヌのキャバレーで働いていた当時、ドンジュと関係があったことを知る。しかしメグレは真犯人は別にいると考えていた。
シムノンの作品としては中期のものにあたるそうだが、初期作品から新訳出版された『メグレと若い女の死』『ジャン・フォリアン教会の首吊り男』とは大分雰囲気が異なる。初期の2作は陰影が濃くかなり渋い。一方で本作には活劇的な華やかさやユーモアが見える。メグレらとフランス語が全くわからないアメリカ人実業家とのともすると漫才みたいなやりとりや、メグレとメグレ夫人のお茶目なやりとり、また典型的な「現場を知らないお偉方」の的外れな言動(そして反骨精神旺盛なメグレのやんちゃぶり)など、少々戯画的なくらいだ。リアリズムから劇画調に方向転換した感じで、キャッチーさが増している。ちゃんと「関係者全員を集めて謎解き」という本格ミステリの定番シチュエーションまである。
個人的には前2作の方が好みに合うのだが、これはこれで楽しい。何より、巻末解説で指摘されているように謎解きミステリとしては意外とフェアなのではないか。事件のタイムラインの提示の仕方など、これは重要な所だなとわかるように提示されている。ある設定が唐突に出てきたなという印象は受けたが、そこに至るまでにちゃんとパーツを提示しているので、何となく構図の予想がつくのだ。