イーディス・ウォートン著、川島弘美訳
1870年代初頭のニューヨーク。若く美しい令嬢メイとの婚約発表を控えたニューランドは、社交界の人々が集う劇場に観劇に出かける。そこで年上の幼馴染の女性・エレンと再会する。彼女はヨーロッパの貴族と結婚してアメリカを離れていたが、夫との関係は不和で、親戚のいるニューヨークに戻ってきていたのだ。ヨーロッパの文化習慣を身に着け夫との離婚を望むエレンは、ニューヨークの社交界では噂の種だった。ニューランドはメイを愛しながらエレンに強く惹かれていく。
女性作家初のピューリッツァー賞受賞作(1921年)ということで少々気負って読んだが、そんな必要は全くなく、一気に読んだ。基本はニューランドとメイ、エレンというタイプの違う2人の女性との三角関係というメロドラマなのだが、当時のニューヨークの上流階級の生活文化や価値観が描かれており、ある時代のある階層を描く風俗小説として非常に面白かった。実在の場所や作家・芸術家名が出てきて、当時の社交界でどういうものが流行っていたのかがよくわかる。ファッションの描写も楽しい。ただしかなり閉鎖的な世界で家柄と血筋が非常に大きなウェイトを占める。豊かな村社会みたいな感じなのだ。アメリカというと自由と平等の国というイメージだが、新世界であるアメリカの方が旧態然としているのだ。その古さはヨーロッパを模した上に築かれたものなのだろうが、貴族社会のパロディのようでもある。
ニューランドは女性も男性同様に自由であるべきだと考えており、当時としてはかなり先進的な人物と言えるだろう。しかし一方で自分が属する上流社会の通念・慣習は深く身に染み込んでいる。エレンに惹かれつつ全面的に彼女の味方をすることはできず、自分の将来の安泰を保証するメイとの結婚を断念することもできない。本作は一貫してニューランドの視点で語られるがこれはニューランドには見えていなかったエレンやメイの姿があるということを意味するだろう。ニューランドはこのように受け取ったが、彼女らはこの時本当はこういうことを思っていたのではと、背景を想像させる所が端々にあった。ニューランドが見ていたのは物事のほんの一部だ。終盤でもその一旦が明らかになるのだが、ラストシーンまで陰影が深く素晴らしい。