アーナルデュル・インドリダソン著、柳沢由美子訳
アイスランドのクレイヴァルヴァトゥン湖で、白骨が発見された。頭蓋骨には穴が空いており、ソ連製の盗聴器が体に結びつけられていたことから、他殺と判断された。レイキャヴィク警察犯罪捜査官のエーレンデュルは、部下のエリンボルク、シグルデュル=オーリと共に捜査を開始する。聞き込みの結果、農業機械のセールスマンが恋人を残し消息を絶った事件が浮上した。
失踪した恋人を待ち続ける女性に、エーレンデュルはあなたは彼について何を知っているんだと問う。しかし何をもって知っていると言えるのだろうか。本作では様々な形で、あの人は何者だったのか・あの人を知っていたと言えるのかというモチーフが繰り返される。冷戦下の東ドイツにおけるエピソードでは正に、その人が見せようとしている面しか知りようがないという状況が続く。知らなかったことが悲劇を深めるのだ。
とは言え、恋人を待ち続ける女性に、あなたは彼のことを知らなかったのだとは言えないのがエーレンデュルの慎み深い所だろう。エーレンデュル自身、疎遠だった息子、娘の知らなかった一面を知ることになる。知っている気になっていたのは彼の怠慢、というと手厳しすぎるかもしれないが、無関心だったからだ。あの女性とは違い、彼は知ろうとすることすら放棄していたのだから。
エーレンデュルが弟に対して抱き続ける自責の念は以前解けていないし、子供たちとの不和も継続している。父親としてやり直すなどそうそうできないのだ。また今回はシグルデュル=オーリに父親との確執がある様子、またある事故の遺族からの電話に悩まされ続けている様が描かれる。人間の造形の奥行、白でも黒でもない様が渋い。シグルデュル=オーリと家族の関係については今後のシリーズ作品でも言及ありそうな予感。