3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『緑の髪のパオリーノ』

ジャンニ・ロダーリ著、内田洋子訳
 畑で働くピエトロの家に生まれたのは、緑色の髪の赤ん坊だった。その子は「サラダのパオリーノ」と呼ばれるようになり、髪の毛はやがて大きな木になっていった。本著の題名の元になった「パオリーノの木」を始め、ちょっと不思議でユーモラスばお話を集めた短編集。
 オチをつけようという意欲があまりない、目の前の子供に即興で語りかけるような語り口だ。私にとってのロダーリ作品は『チポリーノの冒険』なので、こういう作品も書く人だったのかと新鮮だった。最後、急にあなたはどう思います?と投げっぱなしにしたり、微妙に説教くさくなったりするところも「語り」っぽさがある。えっこういう終わらせ方しちゃうんだ…というかなりいい加減に見えるものもあるのだが、それも自由でいい。寓話的なものや、著者自らイソップっぽいと称しているいかにも童話的なものも多いが、「月の思い出」「空」のような作品の方が詩的で自分にははまった。「パオリーノの木」は童話寄りではあるが、イメージがとても詩的だと思う。そして猫!ロダーリは猫が好きなんだな~としみじみかみしめた。猫が登場する作品、特に猫主観の世界が見られる『しゃべる猫』『クリスマスツリーの陰で』はユーモラスで楽しい。一方、狐は常にずるがしこい悪者扱いなのは納得いかないなー(ヨーロッパ圏ではそういうイメージだということなんだろうけど、そういう所で型にはまらなくてもいいのよ…)。

緑の髪のパオリーノ (講談社文庫)
ジャンニ・ロダーリ
講談社
2020-11-13


猫とともに去りぬ (光文社古典新訳文庫)
ジャンニ ロダーリ
光文社
2006-09-07




『三つ編み』

レティシア・コロンバニ著、齋藤可津子訳
 インドに不可触民(ダリッド)として生まれたスミタは悲惨な境遇から抜け出すために娘を学校に通わせようとするが、社会のシステムの前に希望を断ち切られる。イタリアで父親が経営する毛髪加工工場で働くジュリアは、工場の経営危機に直面し、金の工面の為望まぬ結婚を迫られる。カナダで弁護士として順調なキャリアを積んでいるシングルマザーのサラは癌を告知された。3人の女性の人生がある一点で交錯する。
 髪の毛のリレーで3人の女性が、自分たちではそうとは知らずにつながっていく。彼女らは3人とも女性に課された抑圧から逃れ、自由を手にしようとする。スミタが生きるインドでは生まれた階層から移動することは容易ではない。女性ならなおさらだ。人生の選択肢が極端に少ない。それに比べるとジュリアやサラは自由と言えば自由。しかしジュリアもお金の為の結婚を期待されるし、人生勝ち組のように見えたサラも、その勝ち組になるには絶対に弱みは見せられないし負けられない、男性よりも失敗が許されないという理不尽な社会の壁にぶち当たる。彼女たちがその社会の枠組みから少しだけ自由になり、自分の人生に手を伸ばす様は清々しい。
 が、本作はいわゆる女性の連帯につながるわけではない。3人が物理的にお互いのことを全く知らないというのも一因なのだが、3人が置かれている社会背景、経済状況がかなり異なる。3人とも自分の人生を掴もうとする点では共通しているが、ジュリアのビジネス、またサラのある決意は、スミタのような境遇の人達を搾取する行為と言えるだろう。需要と供給といえばそれまでかもしれないが、その不均等が気になるといわゆる「いい話」とは読めなくなってくる。3人が持つ苦しみが同じものとは言えないし、持っている選択肢の数が全然違う。階層の違いという部分で越えられない溝を感じた。

三つ編み
レティシア コロンバニ
早川書房
2019-04-26


リラとわたし (ナポリの物語(1))
Elena Ferrante
早川書房
2017-07-06








『湖の男』

アーナルデュル・インドリダソン著、柳沢由美子訳
 アイスランドのクレイヴァルヴァトゥン湖で、白骨が発見された。頭蓋骨には穴が空いており、ソ連製の盗聴器が体に結びつけられていたことから、他殺と判断された。レイキャヴィク警察犯罪捜査官のエーレンデュルは、部下のエリンボルク、シグルデュル=オーリと共に捜査を開始する。聞き込みの結果、農業機械のセールスマンが恋人を残し消息を絶った事件が浮上した。
 失踪した恋人を待ち続ける女性に、エーレンデュルはあなたは彼について何を知っているんだと問う。しかし何をもって知っていると言えるのだろうか。本作では様々な形で、あの人は何者だったのか・あの人を知っていたと言えるのかというモチーフが繰り返される。冷戦下の東ドイツにおけるエピソードでは正に、その人が見せようとしている面しか知りようがないという状況が続く。知らなかったことが悲劇を深めるのだ。
 とは言え、恋人を待ち続ける女性に、あなたは彼のことを知らなかったのだとは言えないのがエーレンデュルの慎み深い所だろう。エーレンデュル自身、疎遠だった息子、娘の知らなかった一面を知ることになる。知っている気になっていたのは彼の怠慢、というと手厳しすぎるかもしれないが、無関心だったからだ。あの女性とは違い、彼は知ろうとすることすら放棄していたのだから。
 エーレンデュルが弟に対して抱き続ける自責の念は以前解けていないし、子供たちとの不和も継続している。父親としてやり直すなどそうそうできないのだ。また今回はシグルデュル=オーリに父親との確執がある様子、またある事故の遺族からの電話に悩まされ続けている様が描かれる。人間の造形の奥行、白でも黒でもない様が渋い。シグルデュル=オーリと家族の関係については今後のシリーズ作品でも言及ありそうな予感。

湖の男 エーレンデュル捜査官シリーズ (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2020-03-19


厳寒の町 エーレンデュル捜査官シリーズ
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2019-08-22




『ミドルマーチ3』

ジョージ・エリオット著、廣野由美子訳
 カソーボンの妻ドロシアと、カソーボンの伯母の孫であるウィル・ラディスローは惹かれあっているが、お互いに気持ちを確認することはできず、カソーボンの死と彼の遺言がきっかけで仲を引き裂かれる。ウィルはミドルマーチを去ることにするが、銀行家バルストロードから意外な事実を知らされる。一方、ヴィンシー家の長男フレッドは地所管理人ケイレブ・ガースの元で働き始め、ガース家の長女メアリとの結婚を望む。またリドゲイト医師と妻ロザモンドの間には借金問題が立ちはだかる。
 イギリスの地方都市に暮らす人々を描く群像劇だが、徐々にドロシア&ウィル、フレッド&メアリ、リドゲイド&ロザモンドという3組のカップルが軸となってきた。そしてそれぞれの人間性がよりくっきりしてくる。初登場時と比べると大分変化もしてきた。ドロシアの思い込みの激しさや視野の狭さは薄れ、より精神性の高い、献身的な人物になっていく。お金にだらしなく頼りなかったフレッドはようやく手に職をつけようとするが、父親の望む社会的地位からは降りることになってしまう。リドゲイドとロザモンドは育ちの良さから来るやりくりへの無頓着さが表面化していく。この作品、一貫してお金の問題が扱われているな…。お金がないのは辛い、「世間並」にこだわるのならなおさら、というわけだ。リドゲイドもロザモンドもお金に困ったことがない人で、自分の収入と支出のバランスをわかっていない、わかっていても快適さを優先させちゃうんだよね…。
 人間のみっともない部分や姑息な部分を克明に描くので、なかなか辛い。滑稽さもあるのだが、人間て本当に意志の弱い生き物だなと実感させられるのだ。弱さのあり方が時代を越えている。

ミドルマーチ 3 (光文社古典新訳文庫)
ジョージ・エリオット
光文社
2020-07-08


ミドルマーチ2 (光文社古典新訳文庫)
エリオット,ジョージ
光文社
2019-11-08



『ミドルマーチ2』

ジョージ・エリオット著、廣野由美子訳
 ミドルマーチ市長の息子フレッド・ヴィンシーは、金策に失敗し借金返済の目論見も外れ、思いを寄せるメアリがいるガース家に迷惑をかけてしまう。そのメアリは資産家の叔父フェザストーン老人の遺言を巡る騒動に巻き込まれてしまう。一方、エドワードとドロシアのカソーボン夫妻の夫婦生活にも危機が訪れる。
 エドワードとドロシアは、双方が相手の中に見たいものを見て勢いで結婚したという向きが強かったので、まあそうなるよね…という展開なのだが、2人の食い違いや、お互いへの期待が時に的外れであるという部分の描写がなかなかエグい。また、フレッドの金銭面のだらしなさや生活の計画性のなさ、見込みの甘さなど、結構容赦のない造形だ。人間の至らなさやかっこ悪さにフォーカスした群像劇とも言える。時にコミカルですらあるのだ。人間の営み、感情のあり方は100年200年くらいでは(本作の冒頭は1829年が舞台)変わらないものだとつくづく思うし、それを克明に写し取り構成したエリオットの眼と筆力はさすが。なお、メアリが仕事に出なくてすむことなり本人も家族もほっとするというくだりがあり、女性が働くというのはあまりいいイメージではない(働く=生活に困って致し方なく)んだなとはっとしたし、そういう時代とは言え悲しくなった。働く女性はいたものの、女性の自立までまだまだ道のりが遠い時代だったのだ。

ミドルマーチ2 (光文社古典新訳文庫)
エリオット,ジョージ
光文社
2019-11-08


ミドルマーチ1 (光文社古典新訳文庫)
エリオット,ジョージ
光文社
2019-01-08


『蜜のように甘く』

イーディス・パールマン著、古屋美登里訳
 戦争で夫を亡くしたペイジは足専門のケアサロンを営業している。店の向いに住む大学教師のベンは、店にいるペイジを眺めるのを密かに楽しみにしていた。ある日ベンは思い切ってサロンに訪れる(「初心」)。私立女子高の校長アリスは、極端に痩せた生徒エイミーを案じていた。エミリーは食事を厭い、蟻の生態研究に情熱を傾ける。アリスの恋人リチャードには妻子がいた(『蜜のように甘く』)。現存するアメリカ最高の短編作家とも称される著者の作品集。
 著者の邦訳作品1作目『双眼鏡からの眺め』に心をつかまれ、2作目が出ないのかずっと待っていたのだが、ようやく出版された!うれしい!正直なところ『双眼鏡~』の方が自分の中でのインパクトが大きいのだが、本作も渋く読み応えがあった。どんな人生も具体的に不幸でなくてもどこか寂しかったり、ままならないものを抱えていたりするが、一つのシーンの切り取り方でその人生のさびしさ、ままならなさがよりくっきりと立ち上がってくる。また、まちまちの年代の人たち、また同じ人物であっても若いころと老齢とが登場する作品が多く、年代の違いによる見えている世界の違いが垣間見える。年を取って失われるものがあるというよりも、若いころ見えなかったものが年齢を重ねることで見えてくることもあるという方にスポットが当たっているように思った。一人でも、寂しくてもまあまあ大丈夫と思えてくる。これは自分が年齢を重ねてきたからかもしれないが…。「石」や「妖精パック」はこれからの人生に対する予習みたいにも思えた。
 ある場所を中心に様々な老若男女の新しい人生と別れとを描く「お城四号」、思わぬ形で人生が動きかつ幸せは人それぞれと示唆する「帽子の手品」、その一瞬の幸せの理由が胸を刺す「幸福の子孫」が特に印象に残った。

蜜のように甘く
イーディス・パールマン
亜紀書房
2020-05-26


双眼鏡からの眺め
Edith Pearlman
早川書房
2013-05-24




『ミスコン女王が殺された』

ジャナ・デリオン著、島村浩子訳
 南部の田舎町シンフルに身をひそめるCIA工作員のフォーチュン。厄介事を片づけ平和が訪れたと思ったのもつかの間、元ミスコン女王のパンジーが帰省し、さっそく大衝突してしまう。しかもその後、パンジーは他殺死体として発見されたのだ。容疑をかけられたフォーチュンは地元婦人会の曲者アイダ・ベルとガーティと共に真犯人捜しに乗り出す。
 前作からの作中時間、わずか1日(も経っていない)。この町トラブル起きすぎだしさすがにフォーチュンを狙う暗殺者たちが嗅ぎつけてくるのでは?と心配になってしまう。アイダ・ベルとガーティの自由奔放さも絶好調。フォーチュンを翻弄し続ける。ドタバタ感とカラっとしたユーモアが楽しい作品だ。南部におけるいわゆる「女らしさ」やつつしみとは無縁のフォーチュンは、町の中では異色だし、アイダ・ベルたちの対抗派閥の反感をかいまくる。とはいえ本作のいいところは、フォーチュンとそりの合わない人、価値観が違う人のことも貶めた描き方ではない、そういう人を否定はしていない所だと思う。色々な人がいて、面倒くさいけど面白い。クセが強くてもいいじゃない。また、前作に引き続き、世代を越えたシスターフッドが見られるのもいい。女性達がとにかく生き生きとしており、「女らしく」なんてものを蹴散らしてくれる。

ミスコン女王が殺された (創元推理文庫)
ジャナ・デリオン
東京創元社
2018-09-20





ワニの町へ来たスパイ (創元推理文庫)
ジャナ・デリオン
東京創元社
2017-12-11

『ミドルマーチ1』

ジョージ・エリオット著、廣野由美子訳
  イングランド中部の商業都市ミドルマーチ。知的で美しい、二十歳そこそこのドロシア・ブルックは、信仰心厚く、自分の人生を大きな目的に捧げようという情熱に燃えていた。ハンサムで資産のあるチェッタム卿の求婚を退け、彼女は27歳も年上のカソーボン牧師との結婚を選ぶ。研究者であるカソーボンへの尊敬を覚え、彼への献身を決意したのだ。周囲の人々はこの結婚に賛成しきれずにいた。
 イギリス小説の最高峰と評される『ミドルマーチ』の第一巻。光文社古典新訳文庫から出たのを機に読み始めたのだが、中流階級の人々の生活が生き生きと描かれており、大変面白い。人の行動にしろ内面にしろ、また世情やお金の話にしろ、諸々がすごく具体的だ。群像劇でもあるが、個人の内面が手に取ってわかるような描き方。ドロシアの情熱が段々裏切られていく様、カソーボンとの擦れ違いはさもありなんなのだが、彼女が生きていたのがこの時代(ヴィクトリア朝)でなければもっと違った生き方があったのにと惜しくなってしまう。ドロシアは知性豊かだし勉強意欲もあるのだが、当時の女性にとって勉強して良しとされる分野はごく限られていた。限られた世界の中の知識で判断しやりくりするしかないというのは歯がゆい。現代の視点から読んでいるから歯がゆく感じられるのだが、当時の女性の中にも、鬱憤が溜まっている人はいたのではないかなと思う。
 また群像劇としては、街の重要人物たちのパワーゲームが少々脂っこく滑稽。ザ・村社会!どんな文化圏でも人が集まれば政治が生まれるというわけか。嫉妬や駆け引きはあるが、どこか長閑でもある。さほど規模が大きくない都市、地方都市的なスケールの話だというのも一因か。

ミドルマーチ1 (光文社古典翻訳文庫)
ジョージ エリオット
光文社
2019-01-08


ミドルマーチ〈1〉 (講談社文芸文庫)
ジョージ エリオット
講談社
1998-08


『港の底』

ジョゼフ・ミッチェル著、上野元美訳
 港や河畔、桟橋等、ニューヨークの水辺で生きる人たち、また摩天楼を臨む町中、あるいは郊外に住む労働者たちのスケッチ。ニューヨーカーのスタッフライターで、同誌の最も優れたライターの一人と言われた著者の作品集。
 収録されている作品の初出を見ると、1940年代から50年代。しかし、全く古さを感じさせず、生き生きとしたタッチで描かれており未だ新鮮。恥ずかしながら著者のことは全く知らなかったのだが、こんな素敵な書き手がいたのか!とこれまた新鮮な気持ちになった。面白い出来事があったから書いた、というよりも、面白い人、興味深い人がいたからその人のことを書いた、という趣。登場する人たちの語り口がとても魅力的だ。特別にドラマティックなエピソードで盛り上げるわけではなく、また著者自身の見解や、書いている対象に対する強い思い入れ等も文面には殆ど出さない。しかし大変面白い。こういう面白さは、一見地味なんだけどなかなかやろうとすると難しいのでは。魚市場や牡蠣が養殖されていた海底(牡蠣が養殖されていたと初めて知った!海がきれいだったんだな・・・。ご多分に漏れず排水による汚染で牡蠣は取れなくなったんだとか)、またネズミがはびこるビルなど、大都市ニューヨークの華やかとは言い難い部分を好んで取り上げているが、どこ・誰に対しても著者の視点がフラットで、そこにあるもの、生きる人に等しく価値があるという姿勢が感じられる。

港の底 (ジョゼフ・ミッチェル作品集)
ジョゼフ ミッチェル
柏書房
2017-11-01


『未来のイブ』

ヴィリエ・ド・リラダン著、斎藤磯雄訳
 青年貴族エドワルドは、ヴィーナスのような肉体と完璧な美貌を持つアリシヤを恋人にしていた。しかし彼女の魂は卑俗で、エドワルドは苦悩する。彼の苦悩を知った発明家のエディソンは、人造人間ハダリーにアリシヤを写した肉体を与える。
 エディソンとエドワルドが語る女性論は、1886年に発表された小説、また異端の作家の作品だということを差し引いても(だって1870年代にイプセンやトルストイやドストエフスキーがいるし、同時代にはモーパッサンやゾラがいるのに・・・。まあリラダンはリアリズム的に人間の心理や社会を描いた文学には興味がなかったんだろうけど)、ちょっとミソジニーがひどいんじゃないかな・・・。エディソンが発明した電話の発展形のような通信機器や、彼の屋敷の仕掛け、ハダリーの「中身」の描写等、SF的なエッセンスは時代を先取りしている感がありさほど色あせていない(一つの様式美として生き残っている)が、ピュグマリオン的願望とアリシヤに対するdisに関しては、当然のことながら現代の視線で読むとかなりきつい。エドワルドは理想の女性として人造人間を手に入れるが、彼にとっての理想の女性というのは、あくまで自分が想定している範疇から出ない存在であり、自分の延長線上の存在と言える。どこまで行っても自分でしかなく、そこに他者は存在しない。人形愛というのならわかるが、中途半端に人格を欲しているのが性質悪い。貞淑で聡明であれ、しかし自分より聡明であるなというのがな・・・。アリシヤの肉体を愛しつつ精神を軽蔑するエドワルドの苦悩にも、肉欲なら肉欲でいいじゃん!と突っ込みたくなる。このあたりは、さすがに時代を超えるのは難しいだろう。そもそも、それはアリシヤのせいじゃなくて肉体に惹かれてやまない自分の問題だよね・・・。

未来のイヴ (創元ライブラリ)
ヴィリエ・ド・リラダン
東京創元社
1996-05-01


メトロポリス / Metropolis CCP-315 [DVD]
アルフレート・アーベル
株式会社コスミック出版
2012-03-26

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