3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『未来のイブ』

ヴィリエ・ド・リラダン著、斎藤磯雄訳
 青年貴族エドワルドは、ヴィーナスのような肉体と完璧な美貌を持つアリシヤを恋人にしていた。しかし彼女の魂は卑俗で、エドワルドは苦悩する。彼の苦悩を知った発明家のエディソンは、人造人間ハダリーにアリシヤを写した肉体を与える。
 エディソンとエドワルドが語る女性論は、1886年に発表された小説、また異端の作家の作品だということを差し引いても(だって1870年代にイプセンやトルストイやドストエフスキーがいるし、同時代にはモーパッサンやゾラがいるのに・・・。まあリラダンはリアリズム的に人間の心理や社会を描いた文学には興味がなかったんだろうけど)、ちょっとミソジニーがひどいんじゃないかな・・・。エディソンが発明した電話の発展形のような通信機器や、彼の屋敷の仕掛け、ハダリーの「中身」の描写等、SF的なエッセンスは時代を先取りしている感がありさほど色あせていない(一つの様式美として生き残っている)が、ピュグマリオン的願望とアリシヤに対するdisに関しては、当然のことながら現代の視線で読むとかなりきつい。エドワルドは理想の女性として人造人間を手に入れるが、彼にとっての理想の女性というのは、あくまで自分が想定している範疇から出ない存在であり、自分の延長線上の存在と言える。どこまで行っても自分でしかなく、そこに他者は存在しない。人形愛というのならわかるが、中途半端に人格を欲しているのが性質悪い。貞淑で聡明であれ、しかし自分より聡明であるなというのがな・・・。アリシヤの肉体を愛しつつ精神を軽蔑するエドワルドの苦悩にも、肉欲なら肉欲でいいじゃん!と突っ込みたくなる。このあたりは、さすがに時代を超えるのは難しいだろう。そもそも、それはアリシヤのせいじゃなくて肉体に惹かれてやまない自分の問題だよね・・・。

未来のイヴ (創元ライブラリ)
ヴィリエ・ド・リラダン
東京創元社
1996-05-01


メトロポリス / Metropolis CCP-315 [DVD]
アルフレート・アーベル
株式会社コスミック出版
2012-03-26

『ミステリ国の人々』

有栖川有栖著
 ミステリ小説には様々な人々が登場する。探偵やその助手、犯人や被害者だけではない。そんな「ミステリ国の人々」52人を紹介していくブックガイド。各章に添えられた挿画も、取り上げられた作品をなるほど!という形でモチーフ化しているものが多く楽しかった。
 登場人物に焦点を当てたブックガイドは多々あるが、その登場人物がメイン登場人物とは限らないという所がユニーク。もちろん探偵・悪漢・ヒーローも多く登場するが、えっその人モブじゃなかったけ・・・?という人も。目の付け所が上手い。その登場人物のチャーミングさ(ないしは不愉快さ)を紹介すると共に、登場する作品も紹介していく。更に、そもそもミステリとはどういうジャンルなのか、ミステリにおける仕掛け・文脈とは何か、どのような歴史背景があるのかまで関連付けて解説するという、ミステリというジャンルの解説本としての側面もある。まえがきで自認しているように、著者はこういうのが上手い(笑)。決して美文・流麗というわけではないが、解析・説明の的確さ(つまり著者自身が優れたミステリの読み手であり書き手である)がある。なお、個人的にはフィリップ・マーロウではなくリュウ・アーチャーを取り上げている所に拍手したい。

『蜜蜂と遠雷』

恩田陸著
3年ごとに日本で開催される芳ヶ江国際ピアノコンクールは近年注目を集めており、新たな才能の発見が音楽業界内でも待たれていた。かつて天才少女として名を馳せたものの母の死以来ピアノ演奏から離れていた栄伝亜夜(20歳)、ジュリアード音楽院の英才マサル・C・レヴィ=アナトール(19歳)、楽器店勤務のサラリーマンで出場年齢制限ぎりぎりの高島明石(28歳)、そして養蜂家の父と共に各地を転々とし、自分のピアノを持たないという風間塵(15歳)。それぞれ異なる才能を持ったピアニストたちが競うコンテストを描く。
1つのコンクールの1次予選から3次予選、そして本選までを通して描くので、ピアノコンクールというものがどういうシステムで稼働しており、どういう人たちが関わっており、出場者たちの心情はどういうものなのかという業界もののような面白さがあった。ピアニストたちにだけスポットを当てているのかと思っていたが、コンテストの審査委員やコンサートホールの運営側、オーケストラ(本選はオーケストラとの共演なので)指揮者や調律師、またピアニストたちの家族や恩師、友人たちなど、様々な人の視線からコンクール全体、そして彼らの音楽の有り方が描かれ、群像劇としても面白い。音楽の有り方は正に十人十色なのだが、ずば抜けた演奏の下では一つの色に引っ張られ、同じ風景を見ることがある。そこが聴衆を前にした演奏の面白さなのかもしれない。
とてもよく調べて丁寧に書かれた労作・力作で、リーダビリティも高い。音楽をやる、というのがどういうことなのかという説得力もある。ただ、よく書かれているが故に、音楽を小説で表現することの限界も感じずにはいられない。演奏している奏者はどういう状態なのか、ということは十分に表現できても、どういう音楽であるかという部分は、書かれれば書かれるほど空々しく感じられてしまう。かなりの文字数でどういう感じの演奏なのか、ということを描いているのだが、段々飽きてきてしまった。

『水の葬送』

アン・クリーヴス著、玉木亨訳
 シェトランド島の湾岸で、小船に乗せられた死体を地方検察官ローナが発見した。死体はシェトランド出身の若い記者のものだった。本土から派遣された女性警部ウィローは地元警察署のサンディ刑事と調査を開始、病気療養中だったペレス警部も調査に加わる。殺された記者は地元では好かれておらず、加えて彼が島のエネルギー産業問題に興味を示していたことがわかってくる。ペレス警部を主人公とした“シェトランド四重奏”に続く続編シリーズの1作目だそうだ。“シェトランド四重奏”は1作目の『大鴉の啼く冬』しか読んでいない、というのも、『大鴉~』は文章や話の展開がちょっとかったるかったんですよね・・・。しかし間3作飛ばして5作目の本作は面白い!目くらましをふんだんに用意しており、謎解きミステリとしては配分バランスが妙なのだが、その分ラストまで引っ張る。1作目よりも格段にリーダビリティが高いが、ネタがいいというよりも著者が作家として熟練してきたんだろうなぁ。ペレスが前作で見舞われた悲劇に言及されているので、本来は順を追って読んだ方がいいのだろうが、本作1作だけでも十分面白かった。警察官3人の立場や性格の違い、そこから生じる人間関係の描き方が丁寧。特に決して刑事に向いているわけではないと自覚している(警察の仕事が好きなわけでもない)し上司であるペレスからもそう思われているサンディが、不向きなりに少しずつ頑張る姿は応援したくなった。また、死体の第一発見者として事件に関わるローナは、気位が高いと地元では好かれていないのだが、私はこういう人それほど嫌いではない。周囲と交わらない彼女の態度は、気安く付き合うのは難しそうだけど、ちょっと島の中で嫌われすぎじゃないかな。こういうタイプの人が倦厭される村社会って住みにくいそう・・・。

『ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件』

ミッチ・カリン著、駒月雅子訳
探偵業を引退し、サセックスで養蜂を営むシャーロック・ホームズは、養蜂の手伝いをしていた少年・ロジャーが死亡しているのを発見した。なぜ少年は死んだのか、考えを巡らせるが思いは過去へと漂う。ベイカー街時代の手記や手紙、そして少年が持っていたミツバチの標本。過去の2つの事件、そして現在の事件から晩年のホームズを描くパスティーシュ。3つの時代を行ったり来たりする少々読みにくい構造なのだが、過去の2つの事件を持ち出す必要があまりなかったんじゃないかなという気もした。小説として、過去と現在を絡ませる構造がこなれていなくてぎこちないのだ。無理しなくてもいいよ、と思ってしまった。しかし、ちょっと痴呆も始まった探偵の一人称視点の世界の描き方には興味を引かれた。体は動かなくなり、一つのことに集中するのが難しく、思考は散漫になっていく。思考に特化した名探偵であるホームズにとってこの変化は辛いのではないかと思ったが、そこまでではなさそうな所も、加齢による変化を思わせる。本作のホームズはちょっとロマンチストなんじゃないかなと言う気がしたが、それも年齢を重ねたからか。なお、過去の事件として、ホームズが第二次大戦直後の日本を訪れるエピソードがある。なんで日本を選んだのかなー。そんなに必要性を感じないので、著者の趣味なのかな。

『宮沢賢治覚書』

草野心平著
詩人である著者が、詩人としての宮沢賢治を考察する。賢治が『春と修羅』を上梓した大正13年、22歳だった著者は読んで衝撃を受けたそうだ。それが高じて賢治作品の評論、初の全集の編集を手掛けるに至った。当時(今もかもしれないが)賢治は童話作家と認識されており、詩人としての一面はあまり注目されなかったようだ。しかし著者にとっては賢治はまず詩人だった。イマジネーションの奔流、直観的なものとしてとらえられがちなところを、自然を観察する目の鋭さとそれをまさに「心象スケッチ」として記していく言葉のデッサン力に注目しているところが興味深かった。賢治は詩人と自称するのに遠慮があったようで、むしろサイエンティストとしては自負があると記しているが、彼の詩作の特徴ゆえにそう考えていたのかもしれないと言う。また、詩一篇の長さ、製作の速さにも特徴があり、これは指摘されて初めて気づいた。確かに短期間でえらい量を書いている。遺された作品に推敲中のもの、未完成のものが多いのも、言葉があふれるスピードに推敲が追い付かなかったからだろう。賢治による訂正箇所には、ここは最初のバージョンの方がいいんじゃないかなと思うところもある。著者は読まれた作品は作者だけのものではなく、読み手は解釈を許されていると考えており、そこの風通しがよかった。

『みがけば光る』

石井桃子著
児童文学翻訳の第一人者として数々の名作を残した著者の随筆集。本作では、身の回りのことや生活全般、時代背景が感じられるものなどがまとめられている。ごくごく短い、コラムのようなものも多いが、どれも率直であっさりとしている。児童文学についてほどは饒舌ではないが、専門分野ではないからというよりも、自分自身のことを語るのが苦手だったのではないかな。ものによっては、お題を渡されて書いたものなのか、やりにくそうだなぁという印象のものがあったり、意外と通り一遍のことしか書いてなかったりするものもある(笑)。著者は自分のことを頭の動きがのろい(著者の残した仕事の量と質を考えると絶対にそんなことないのだが)と言うが、色々と深く考え躊躇してしまうから、文章としてなかなか上がってこないんだろうなぁ。そんな中、働くこと、特に女性が働くこと、当時の日本での女性の生活に言及する部分ではするどい、時に手厳しい物言いが見られた。多分、著者自身が働く女性として痛感してきたことなんだろうなと。

『水時計』

ジム・ケリー著、玉木亨訳
イギリス東部の町イーリーで、氷結した川から車が引き上げられた。トランクには他殺死体が。一方、イーリーの大聖堂の屋根の上で白骨死体が発見される。ローカル誌の記者トライデンは調査を始める。全く関係ないように見えた2つの事件の間に、徐々につながりが見えてくる。途中で挿入される関係者の「過去」が、後追いで、そういうことだったのか!と効いてくる構成が雰囲気を盛り上げる。また、トライデンの子供の頃のトラウマ、そのトラウマが招いた(と本人が思いこんでいる)妻をめぐる悲劇のエピソードが並走している。事件の解決とトラウマの解消がリンクしていき、これがミステリであると同時に、トライデンのごく私的な物語だったということがわかるのだ。

『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』

仁木稔著
“妖精”、やがて”亜人”と呼ばれるようになった人口生命体が、人類により使役されている未来。最初は労働力として使われていた亜人だが、やがて亜人同士を戦わせエンターテイメントとしての戦争が提供されるようになる。人間より一段階下位の存在である亜人を存在させることにより、人類は絶対平和を確立していた。暴力を亜人に担わせることで人類は暴力から解放され、他人への思いやりを維持することができる、というのだが、それは暴力の当事者でないということになるのだろうか。エンターテイメントとしての戦争、そしてそれに伴う物語を享受する行為は、読者である私たちの行為そのものでもある。人類の「繁栄」が行くところまで行きつき、やがて破たんの兆しが見える最終章「“STORY” Never Ends!」は、景気のいい題名とはうらはらに、物語を求め続け消費をやめられない“読者”、そして創作者の業とリンクしていくかのようだ。


『ミステリマガジン700 海外篇 創刊700号記念アンソロジー』

杉江松恋編
早川書房が世界に誇るミステリ専門誌「ミステリマガジン」の創刊700号を記念したアンソロジーの海外篇。早川といえば翻訳ミステリでしょう!と思っているのでこれは嬉しい。いや国内篇もうれしかったですけど!でもこちらの方が馴染みのある作家が多くてとっつきやすかった。フレドリック・ブラウン、パトリシア・ハイスミス、クリスチアナ・ブランド、イアン・ランキン、レジナルド・ヒル、ピーター・ラヴゼイら豪華でありつつ渋い面子、かつなかなか日本語で読める機会が少ない短編なのでお得感も高い。国内篇と同じく、ミステリというくくりの中ではあっても作品の方向性にバリエーションを持たせているので、楽しみの幅が広い。ミステリ初心者でも大丈夫なのでは。個人的に気に入っているのは逆アリバイ崩しかつ人間描写巧みなシャーロット・アームソトロング『アリバイさがし』、これぞ職人技本格なクリスチアナ・ブランド『拝啓、編集長様』、長編とはまた違うトリッキーな魅力があるイアン・ランキン『ソフト・スポット』、悪夢に終わりはないジョイス・キャロル・オーツ『フルーツセラー』。
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