3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『満潮(上、下)』

シッラ&ロルフ・ボリリンド著、久山葉子訳
警察大学の学生オリヴィアは、未解決事件を調べる課題として、刑事だった亡き父が担当していたノードコステル島の殺人事件を選ぶ。臨月の女性が砂浜に生き埋めにされ、満潮により溺死したのだ。オリヴィアは父の同僚だった男性を探すが彼は刑事を辞め失踪していた。一方、町ではホームレス襲撃事件が起きていた。
過去の殺人事件やホームレス襲撃事件、大企業の役員が抱える秘密など、様々な要素、様々な人々の過去と現在が絡み合っていく。要素が多いので真相のフェイクとなる部分も多く、えっそっち?と驚かされる。裏と表がくるくる入れ替わるパズルのような印象があった。ピースの組み合わせ直しが頻繁に行われ、話がどんどん広がっていくのだが、着地点がまた意外。個人的な怨恨が、一番突発的に発露されるものなのかも。オリヴィアの若さ故の正義感と無鉄砲さ、夢中になりやすや見込みの甘さ(現職警官たちとの見解の相違がな・・・)微笑ましくもあり、彼女の今後を応援したくなる。

『窓の向こうのガーシュウィン』

宮下奈都著
 周囲に馴染めず自分に何かできるという自信もないまま、19歳になった「私」は、ホームヘルパーとして横江先生の家に通うようになる。そこで出会った額装家の男性の、「幸せな風景を切り取る」という言葉にひかれて、ヘルパーの傍ら、額装を手伝うようになる。
 ガーシュウィンの「summertime」がモチーフのひとつとなっている。「私」がこの曲から想像するものは、この曲が意味する所とは大分違うのだが、大事なのは曲そのものというよりも、それに付随する「私」の記憶の方だ。額装が記憶を引き出したことで、「私」は自分の家族との関係、家族のこれまでを少し俯瞰することが出来たのだと思う。
 「私」は未熟児で生まれたにも関わらず保育器に入れられなかったせいで少し耳が悪く(と本人は思っている)、周囲の会話の内容が頭に入ってこなかったり、相手の意図の理解が遅くてずれた会話になってしまったりする。語彙も少なく、要領よく話すことが苦手だ。そういう人の一人称による語りなので、正直、読んでいてかなりまどろっこしい。「私」の世界の見方が変わっていく様を追体験することにはなるが、表現が幼すぎてフラストレーションがたまるところも。

『町へゆく道』

ナターリア・ギンツブルグ著、望月紀子訳
世間に交われず親の期待を裏切り続ける弟の婚約の顛末を描く『ヴァレンティーノ』、プライドが高く現状に満足しない母親が友人との事業を夢見る『射手座』、16歳の「私」の現状への焦りと、親戚の青年との思いのすれ違いを描く『町へゆく道』等、中篇3篇と短編3篇を収録。『夜の声』と同じく著者の初期作品集だが、本作収録の『不在』が17歳(1933年)の作品だというから恐れ入る。『不在』は関係に隙間風が吹きちぐはぐな夫婦を、夫の独白で描いているのだが、よくまあこんな倦んだ関係を書くよなと。他の作品ももれなくどんよりと重苦しい。舞台は郊外や田舎の町だが、この場所=家から出ていけない、新しい時代がきつつあることはわかっているのに、この場所にはこないというもどかしさみたいなものを感じた。男女関係がおおむね破綻していくのも共通している。対して親子・親戚関係は断ちたくても断てない。時代背景を感じさせる閉塞感がある。特に女性の人生における選択肢が結婚しかないところが辛い(結婚しない人もいることはいるが、変わり者扱い)。

『増山超能力師事務所』

誉田哲也著
超能力の存在が公式に認められ、一定の試験に合格した超能力者は「超能力師」としてその能力を仕事に使えるようになった日本。有能な超能力師・増山が所長を務める増山超能力事務所は、能力の種類も質もバラバラな所員を抱え、浮気調査、家出人探しや企業の面接等に奔走する。ヘタレな新入所員や、気は優しいが押しが弱い中堅、能力も性格もルックスもキレ味抜群なエース、どっしり構える事務員ら、個性はバラバラな所員それぞれが主人公を務める連作短篇集。超能力と言っても、その言葉のイメージと比べて、出来ることは結構限定されており不自由だという所が、地に足ついた設定。最終的には人対人でどうにかしなければならない話になる。そこで解決できないことは、多分超能力を使っても解決できない。新人の「明美」を巡って、ちょっとこの表現セクハラっぽいなと思った部分が、後の「明美」主人公回でリカバリーされる等、連作ならではの話が広がっていく面白さがある。終盤、急にシリアスになって次回へ続く!的な引きを持ってくるのは、ちょっとずるいが。超能力師事務所の営業形態は探偵事務所や興信所がモデルなのだろうが、序盤に出てくる契約書のくだりなど結構説得力あって、ちゃんと取材しているんだろうなという感じがする。こういう部分を書くか書かないかで、お話としての手応えって随分変わってくると思う。そのへんの目配りは職人的。

『円山町瀬戸際日記 名画座シネマヴェーラ渋谷の10年』

内藤篤著
渋谷の名画座、シネマヴェーラの開設者にして経営者である著者による、2006年から2009年、2014年から2015年にかけて綴られた業務日誌的エッセイ。間が空いているのは掲載雑誌への連載が一旦終了した後、単行本化を見込んで再開されたからだそうだ。シネマヴェーラにお世話になっている映画ファンは少なくないだろうし、土日に行くとそこそこ混んでいるイメージ(ものによっては満席もしばしば見かけたし)があったが、やはり経営は厳しいという台所事情が辛い・・・そりゃあ儲かりはしなさそうだけど。それでも名画座の運営や企画の立て方、日々の業務の回し方など、内幕が見られるのは楽しい。また、名画座をめぐる諸々の課題(経営的なもの以外にも、デジタル上映が主となってフィルム上映が難しくなってきたという機材面の問題等)やフィルムの入手方法なども、知っている人には言うまでもないのだろうが、そういうことなのかと勉強になった。ちょっとした言葉の使い方など、あーオジサンの文章だなーという部分もあるのだが、上映された映画、著者が見た映画の感想も面白い。なお、巻末にシネマヴェーラの番組一覧がついている。

『マリワナ・ピープル』

E・R・ブラウン著、真崎義博訳
17歳のテイトはカナダの国境近くのカフェでアルバイトをしている。14歳で大学入学を果たし天才児ともてはやされたが、諸般の事情で退学し、今はガンの闘病中の母親と妹を養っている。ある日、常連客のランドルから仕事の手伝いを頼まれる。怪しみつつも破格の給料にひかれて手伝うテイトだが、ランドルはマリワナの製造・流通業者だった。テイトもその仕組みに徐々に取り込まれていく。テイトにはお金も学歴も腕っぷしも身分も、運転免許証すらなく、頼りになるのは自分の知恵と、一見童顔なので相手が油断するという特徴のみ。テイトは頭はいいのだが、あくまで17歳の少年(しかもどちらかというと世間知らずな)としての聡明さなので、様々な所で危なっかしい。そこをなんとか切り抜けていくという成長物語でもあるのだが、扱っているブツがブツなので、どういう顛末になるかは何となく察しが付く。察しがついちゃうくらいテイトが危なっかしいということなんだけど・・・。聡明なはずの彼がなぜ引き返せなくなるかというと、お金の問題、母親が保護者としての体を成していないという問題があるからだ。親が親をそれなりにやってくれないと子供はほんと困るよなぁ・・・。そしてランドルがテイトの能力を評価したこと、ひとかどの人物として扱ったことが、テイトに一線を越えさせてしまう(もちろんランドルはそのつもりで褒めているし、テイトもそれはわかっているのだが)というのがどこか痛ましい。テイトの評価されたい、何者かでありたいという渇望の裏には、子供の頃から大事な存在としてちゃんと扱われなかったのではという気配が見え隠れしてしまうのだ。


『幕が上がる』

平田オリザ著
地方の高校で演劇部に所属している高橋さおり。新しく顧問になった教師は大学演劇で有名だった人物だった。彼女の指導のもと、部長となった高橋を筆頭に部員たちは演劇の面白さ、厳しさに目覚めていく。高校演劇ってこういう感じなのか、という雰囲気や、高校演劇の地区・全国大会のシステム(ちょっと変わっているので驚いた)、演劇の指導の仕方など、「現場」感が濃厚なのは劇作家・演出家である著者ならではか。高橋たちがやっている舞台の雰囲気や情景といったものは、正直あまりたちあがってこないのだが、演劇の仕組みとか、演出家や俳優(どちらも高校生ではあるが)のメンタリティなど、裏側の面白さで読ませる。何より、なぜ演劇をするのか、という部分が、なぜ人にはフィクションが必要なのかという理由と重なってきてぐっときた。

『まぐだら屋のマリア』

原田マハ著
東京の料亭で板前見習いをしていた紫紋は、死に場所を求めて、北の港町「尽果」バス停に降りた。そこで出会ったのは、小さな食堂「まぐだら屋」の女主人マリア。マリアが作った食事に救われた紫紋は、店を手伝うようになる。マリアは紫紋の過去について何も聞かなかったが、マリアにも消せない過去があるようだった。題名や登場人物の名前は聖書から取られたものだが、聖母も救世主も登場しない。マリアは一見聖母のような、包容力のある女性だ。しかしその包容力は、彼女もある罪をおかし、その償いの為に生きてきた故のものだ。「まぐだら屋」は。過去を断ち切れない人々が、その過去と共に生きられるようになるまでの咀嚼の場のような、保留の場のようだ。固有名詞を聖書から取っているので寓話ぽさが漂い、いわゆる「いい話」もすんなりと読める。何より登場する料理に全部手ごたえがあっておいしそう!

『幻の翼』

逢坂剛著
『百舌の叫ぶ夜』に続くシリーズ2作目。かつて断崖に消えた“百舌”は北朝鮮の密航船に助けられ、北の工作員として再び日本に潜入した。一方、稜徳会病院で起きた大量殺人事件は突然捜査打ち切りとなり、背景には政治的な駆け引きがあるのではとマスコミに取りざたされていた。事件を追っていた倉木警視は、何者かの妨害を受けながらも大杉警部補、明星部長刑事と共に事件を追い続ける。前々から、「『百舌の叫ぶ夜」と『幻の翼』は必ず順番に読め」とは聞いていたのだが、それも納得。一応単体でも読めるが、事件の内容が『百舌の~』と直接関連があり、一部前作のネタバレになっている。また、2作で使われているあるトリックに連続性があり、そこがシリーズの醍醐味になっていると思われるので、極力セットで読むことをお勧めする。1作目同様、面白くて一気読みしてしまった。倉木、大杉、明星の間に、ある種の絆が生まれている所も見どころ。なお、この頃の逢坂先生は、色っぽいシーンを描くのがあまりうまくない(笑)。その部分だけ取って付けたようで苦笑してしまった。

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