3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『方丈記』

鴨長明著、蜂飼耳訳
 歌人として活躍したが50歳で和歌所から出奔した著者による随筆。本著が成立したのは58歳位のころと考えられている。
 日本語が日本語に翻訳されるというのは不思議な気がするが、古典新訳と言われるとそれもそうか。蜂飼による訳は意外とあっさりとしていて読みやすい。原典がそもそもあっさりとした描写なのだろう。訳文と原典、両方収録されている(『方丈記』って短かったんだな・・・)ので、読み比べることが出来て便利。訳者による解説、エッセイも面白い
 火災や飢饉、地震の記述が度々あり、天災が頻発する時代を生きた人だったことがわかる。災害時の建物の潰れ方とか人の死に方とか、意外と生々しい。賀茂川の川辺に死体があふれている様など、さらっと書かれているけど災害の深刻度がわかる。著者はこういった災害に関心があるというよりも、何であれ目の前で起こることを観察してしまう人だったように思った。波乱万丈な人生にも見えるが、文面からはどんな出来事も受けて流す、という感じの諦念が感じられる。加えて仕事の上でも運に恵まれず、不遇の人生だったと言う。天災と不運が合わさってそういった人生を受け入れる諦念の境地に、と読者としては受け取りがちだが、本当は色々執着や諦めきれなさがあったのではないかという訳者の見解が面白い。確かに、本当に諦念の境地にあったらわざわざ文章を残したりはしなさそうな気がする。


方丈記 (岩波文庫)
鴨 長明
岩波書店
1989-05-16


『星の文学館 銀河も彗星も』

和田博文編
星モチーフの小説と言えば外せないであろう稲垣足穂『星を造る人』、宮澤賢治『よだかの星』。天体観測にちなんだ森繁久彌や中村紘子のエッセイ。宇宙を想う谷川俊太郎の詩や埴生雄高の評論など、星にまつわる作品36篇をあつめた文学アンソロジー。
アンソロジーの面白さは、普段なら手に取らない作家の作品や全く知らなかった作家の作品、また、この人こんな作品書いていたのか!という意外性と出会えるところにあるだろう。本作はそんなアンソロジーの楽しみを十二分に味わうことができる。三浦しをんや川上未映子など現代の作家のものから、川端康成や内田百閒など古典作品まで、また小説家だけでなく歌人や歴史学者、批評家などの幅広い作品がそろっている。個々の作品だけでなく編集者の力量を実感できお勧め。個人的には、森繁久彌のエッセイ『ハレー彗星』がユーモラスで楽しかった。文才もある人だったんだなー。また宮本百合子『ようか月の晩』は正に夜と星のイメージに溢れた美しい童話。これも、この人こういうの書いてたんだ!という意外さがあった。


天体嗜好症: 一千一秒物語 (河出文庫)
稲垣 足穂
河出書房新社
2017-04-06






『ボックス21』

アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム著、ヘレンハルメ美穂訳
 リトアニアジン娼婦リディアは、激しい暴行を受け病院に搬送された。搬送先の病院で、彼女は予想外の行動に出る。医師と研修医たちを人質に、爆弾を持って立てこもったのだ。病院で薬物依存者死亡事件を捜査していたグレーンス警部は立てこもり事件の対応にあたるが。
 なかなかのイヤミスだった『制裁』の著者によるシリーズ作品だが、今回もなかなかのイヤさ。グレーンスが常にイライラしているし何だか情緒不安定な言動なので、『制裁』よりも読み進めにくいように思う。リディアは騙されてスウェーデンに連れてこられ、悲惨な境遇で生きてきた。そこからの起死回生ではなくこのような道を選ばざるを得なかったことには、怒りとやりきれなさを感じる。そして、彼女の声を封殺しようとする人たちがいることにも。よりによってお前がそれをするのか!と。自分たちがしてきたことを全否定するようなことなのにそれでもやるの?それで守れるものって何なの?ともやもやが止まらない。ラストは触れ込み通り確かに衝撃なのだが、そっちの方向での衝撃かー!その衝撃欲しくなかったわー!罪と罰、ではなく罪と恥の物語。恥を隠し続けることこそ恥なのだが、彼らにその意識はあるのだろうか。しかもシリーズまだ続くというあたりが怖い・・・。

ボックス21 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ ルースルンド
早川書房
2017-11-21


制裁 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンド
早川書房
2017-02-23



『ぼくらが漁師だったころ』

チゴズィエ・オビオマ著、粟飯原文子訳
 1996年、ナイジェリアに住むアグウ家では父親が単身赴任に出た。厳しい父親の不在により4兄弟のたがが緩み、学校をさぼってぶらつくようになる。ある日近所の川で釣りをしていると、1人の狂人が長兄イケンナについて恐ろしい予言をする。予言を信じたイケンナは人が変わったようになり、家族は崩壊している。
 現代の物語で具体的なナイジェリアの情勢が背景にあるが、ベンジャミンたちは未だ呪いや予言が力を持つ神話・伝説の世界に生きているようだ。信じなければ呪いは呪いにならない、信じるから呪いとして発動してしまうのだ。兄たちはそれぞれ聡明で行動力もあるのに、次々と狂人の言葉に絡め取られ自滅していく。子供故の知識のなさや世界の狭さが事態を悪化させていく(冷静に考えればそんなことする必要ないのに!という局面が多々ある)のがもどかしい。また背景には当時のナイジェリアの情勢の不安定さがある。実際問題として、大人の世界においても彼らに危険が迫るのだ。それがまた事態をややこしくしていくのだが・・・。9歳の四男ベンジャミンの語りによって物語は進行する。この語りがどういう状況下で始まったものなのかわかると、彼らの運命の奇妙さ、残酷さに更にやりきれなくなった。

ぼくらが漁師だったころ
チゴズィエ オビオマ
早川書房
2017-09-21


あたらしい名前
ノヴァイオレット ブラワヨ
早川書房
2016-07-22

『亡霊星域』

アン・レッキー著、大野万紀訳
 かつては宇宙戦艦のAIだったが、いまはただひとりの生物兵器“属躰”となったブレクは、属躰であることを隠し長い年月を生き延びてきた。宿敵である星間国家ラドチの支配者アナーンダから艦隊司令官に任じられたブレクは、正体を隠したまま新たな艦で出航する。目的地の星系には、彼女がかつて大切にしていた人の妹が住んでいた。
 『叛逆航路』の続編となるシリーズ2作目。言語上性差がない(全て「彼女」「母」「娘」で表す)文化圏、戦艦には“属躰”と呼ばれる分身のようなものが多数あり、支配者アナーンダは自身の属躰同士で分裂し抗争中という、世界設定がややこしいので、前作の記憶がはっきりしているうちに読むべきだったな・・・。前作は世捨て人のようだったブレクが再起し旅に出るという、動きの大きな物語だった。対して本作は舞台が一つの星系内での政治的ないざこざにブレクたちが巻き込まれていくという話なので、少々こぢんまりとした感じはする。
 とは言え、植民地における支配層と被支配層の関係や、異民族に対する意識等、作品世界の描写は面白い。植民地化した方は文明化だと思っていても、された側にとっては蹂躙であり支配であるということ、支配者層の被支配層への無頓着さが前作以上に際立つ。人間ではないブレクの感覚の方がまともで、この文化の中で生きていた人間たちの感覚の方が偏っているように見えるのだ。

亡霊星域 (創元SF文庫)
アン・レッキー
東京創元社
2016-04-21



『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』

山中伸弥・羽生善治・是枝裕和・山際壽一・永田和宏著
 京都産業大学での講演・対談シリーズ「マイ・チャレンジ一歩踏み出せば、何かが始まる!」を文字起こししたもの。各分野で既に「何者」かになった山中伸弥・羽生善治・是枝裕和・山際壽一に、細胞生物学者で歌人の永田和宏(当時は京都産業大学教授)が聞く。
 対談をした4人は既にその道の大家と言ってもいい存在だが、駆け出しの頃には五里霧中で手さぐりだった頃もある(羽生さんはあんまりそういう感じではないんですが・・・)。未知の領域に踏み出すことを躊躇しがちな今の学生たちの背中を押したいという意図で企画された対談だが、むしろ、今すごいことになっている人はやっぱり若い頃からすごかったということを突き付けられた気がする(笑)。なるべくして今のポジションにいるので、学生たちの参考になるかというと、正直あまりならないのでは。とは言え、各分野の第一線にいる人たちによる対談としてはとても面白いので、一読の価値はある。山際先生のお話は、先生のキャリア変遷云々というよりもゴリラ研究内容がすごく面白くて、むしろ全編ゴリラで!と思っちゃった(笑)。
 ただ、全員に共通しているのは、何かを始める時の思いきりの良さというか、先をそれほど考えずにえいやっと飛び込める所。これは(突出した才能有無に関わらず)生きていく上で結構大事だよなと思う。私には欠けている資質なので、ちょっと我が身を省みて辛くなりましたね・・・。



現代秀歌 (岩波新書)
永田 和宏
岩波書店
2014-10-22

『本屋、はじめました 新刊書店Title開業の記録』

辻山良雄著
 2016年、東京・荻窪に新刊書店「Title」を開業した著者。元はリブロの社員として各地の書店に勤務し、店舗運営、イベント企画などを担ってきたいわゆる名物書店員だった著者が、なぜ書店経営に踏み切り、どのような過程で店が出来上がってきたのかを綴る。
 著者は書店員を経て書店経営を始めたわけだが、書店以外でも、「自分の店」を始める時ってこういう感じなんだなと、大変面白かった。ある仕事のルポとしてはもちろん、今、自営の店をやっている人、これから始めたい人の参考にもなるのではないかと思う。なんと巻末に事業計画書と開店初年度の営業成績表も掲載するという太っ腹。特に事業計画書をあらかじめ作っておいたということで、銀行からの貸付にしろ不動産賃貸契約にしろ、有利になる部分が大きかったそうだ。本文の中でも具体的なお金の話が結構出てくるので、大体こういう感じなんだなというイメージがつかみやすいし参考になる(支払のタイミングのずらし方とか、出版業界ならではなのかもしれないけどなるほどなと。図書カードでの支払いがどういう扱いになっているのか、最近よく見るiPadを使ったレジシステムのコストはどのくらいかなど、色々新鮮)。著者はあくまで自分の経験として綴っているが、文体のごくごく抑えたトーンといい、客観性が高く読みやすい。言うまでもなく書店というジャンルは厳しい状況にある。その中で今、個人で出店するのはなぜか、「良い書店員」とはどんな存在か、本作を通して見えてくるように思う。
 なお、Titleの棚は見応えがある。読書好きならどこかしら訴えかけられるものがあると思うし、明らかに力のある書店員が作っているとわかる。近くにいらした方はぜひ立ち寄ってお買いものしてほしい。



善き書店員
木村俊介
ミシマ社
2013-11-13


『本屋さんのダイアナ』

柚木麻子著
 ギャンブラーだったという父親に付けられた「大穴(ダイアナ)」という名前がコンプレックスとなっていた少女は、同級生の彩子に『赤毛のアン』に出てくる「腹心の友」の名前だと言われた。育った環境も見た目も正反対な2人は、本がきっかけで親友になる。
 2人の少女が小学生から中学生、高校生になりやがて大人になっていく過程を描く成長物語。2人とも読書が大好きで、様々な本の題名が登場するところが楽しい。生きていく中でなぜ本、ことに小説が必要なのかということが描かれており、読書好きは共感するのでは(作中作があんまりおもしろくなさそうなのが難点なのだが・・・)。この切実さは、分からない人にはずっとわからない(そしてその方が生きやすい)のかもしれないけど・・・。
 ダイアナは洗練され知的な彩子とその両親を素敵だと思い憧れるが、彩子は彩子で型破りなダイアナと母親の自由さ(と彩子には見える)に憧れる。ダイアナも彩子も実は美形で、それぞれの親にはそれぞれ違った良さと難点があることが読者には徐々にわかってくるのだが、2人にはそれは見えていない。2人はあることがきっかけで絶縁状態になってしまうが、その原因もまたお互いにお互いのある部分が見えていなかったことによるものだと思う。しかし、そうであっても友情があったことには変わりはなく、時間を経ても、よみがえるものもある。2人の仲立ちをするのがやはり本だという所がにくい。なお、ダイアナも彩子も成長するにつれ、様々な問題、トラブルに直面していく。特に彩子が直面するものが、彼女が女性だから生じる(彼女に責任があるわけではなく、女性だからいけないということでもない)ものだというのが辛い。彩子は聡明でしっかりした人のはずなのに、そういう人でも世間がこうだと思い込んでいる「女性」としての立ち居振る舞いに準じてしまうものなのかと。そういうものから自由になる手がかりとなるのもまた、友人であり本であるのだ。


赤毛のアン―赤毛のアン・シリーズ〈1〉 (新潮文庫)
ルーシー・モード・モンゴメリ
新潮社
2008-02-26



『ホリデー・イン』

坂木司著
元ヤンでホストの沖田大和と突然彼の前に現れた小学生の息子・進。彼の出現により宅配便会社で働くようになった大和と進の生活を描く『ワーキング・ホリデー』シリーズから、スピンオフの短編集。これまでの作品で登場した脇役たちが主役を務める。
スピンオフといっても、本編を読んだのが大分前なので誰が誰だったか記憶があやふや・・・。読んでいるうちに、そういえばこんな人いたな、こういう人だったなと思いだし始めた。著者の作品は基本的に人に対する優しさ、信頼があるので、ちょっと難ありだったり冷たい面がある人でも、その裏にはこんなものがあるんだよとどの短編でもそっと提示してくる。さらっと読める、というかさほど読み応えはないのでファンに対してのおまけ的な短編集か。とはいえ、進が大和を訪ねていった経緯の話などは、母親の対応含めちょっといい。改札からは出ないとか、ちょっとした拘りに説得力がある。

ホリデー・イン (文春文庫)
坂木 司
文藝春秋
2017-04-07





ワーキング・ホリデー (文春文庫)


『歩道橋の魔術師』

呉明益著、天野健太郎訳
1979年の台湾、台北。西門町と台北駅の間には、幹線道路に沿って立ち並ぶショッピングモール「中華商場」があった。歩道橋には子供達に手品を見せて手品用具を売る「魔術師」がいた。「ぼく」は旧友と会い、魔術師の記憶を呼び覚ましていく。
中華商場を舞台とした連作集。どれも大人となった「ぼく」「わたし」が子供時代を回想するという構造で、そのどこかしらに魔術師が登場する。過ぎ去ってしまった時代の、今はもう存在しない場所(中華商場は取り壊されている)を舞台としておりノスタルジックさが漂うが、その思い出、あるいはその過去から繋がる現在にはしばしば身近な人の死が関わっており、どこか影がある。子供時代の傷や後悔は、大人になってもずっと尾を引き時にその人を蝕み続けるという側面も感じさせるのだ。良かれ悪しかれ、子供時代の体験はその人の人生に影響し続ける。しかし、本作では子供の頃のどうということない日常の中に、ふっと魔法がかかる瞬間がある。この魔法がかかる瞬間を日常とシームレスにつないでいく、文章の平熱感がいい。この人にとってはそういうことだから、これはこれで真実だと思わせる。

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