3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ぼくにはこれしかなかった』

早坂大輔著
 岩手県盛岡市にある古書・新刊書店BOOK NERD。会社員として働いていた著者は、2017年にこの店を開いた。それまでの仕事とは全くの畑違いである書店を始めた理由、経営上の困難、そして働くとは何なのか。現在進行形で書店店主として働く著者のエッセイ。
 盛岡に旅行した時BOOK NERDに立ち寄ったのだが(本著内でも「いつの間にか本を作っていた」という章で触れられている、くどうれいん『わたしを空腹にしない方がいい』を買うため)、私個人の読書傾向とは品ぞろえが違うものの、店の方向性がはっきりとしていてユニークだし洒落ているなという印象だった。てっきり書店勤務ないしは出版系の仕事経験のある人が独立して始めた書店なのかと思っていたら、想像とは全然違う経緯で店を始めておりちょっと驚いた。本著序盤のばりばり働いていたサラリーマン時代の話、40代が近づき仕事への意欲が急になくなるくだり(これ鬱の初期症状では…と心配になる感じのスイッチの切れ方)、そして独立して起業(最初に書店以外で起業していたのも意外だった)とその顛末など、なかなか胃が痛くなりそうな話が続く。特に最初の起業の話と書店が軌道にのる前の話は、独立・起業を考えている人は読んでおいたほうがいいと思う。友達との起業はするな。
 なお著者は決して文章が流暢というわけではなく、個人的に好みの文章でもない。私の好みからすると装飾と情緒が過多で、ナルシズムが少々鼻につくし、「きみたち」への呼びかけも必要性がわからない。ただ、なぜこの仕事でないとだめだったのか、相当苦くてもなぜ続けている(続けざるを得ない)のかという切実さが刻まれており、そこは読ませる。巻末の「ぼくの50冊」もブックレビューとして良い。

ぼくにはこれしかなかった。
早坂大輔
木楽舎
2021-03-26




『ホテル・ネヴァーシンク』

アダム・オファロン・プライス著、青木純子訳
 ニューヨーク州、キャッツキル山地にある「ホテル・ネヴァーシンク」。ポーランド系ユダヤ人のシコルスキー一家が大邸宅を買い取って開業し、やがて屈指のリゾートホテルに成長した。しかし幼い子供が行方不明になる事件が起き、決して沈まないと思われたホテルにも凋落の兆しが見え始めた。
 ホテルの経営者一族、従業員、宿泊客ら等、ホテルに関係した様々な人たちの語りによってつながれていくゴシック・ミステリ。大型観光ホテルは日本でも一時期大盛況だったが、やがて下火になったし今ではそう人気もないだろう。アメリカでもそうだったのだろうか。移民のいちかばちかの賭けから始まり、商機をつかんでどんどん成長するがやがて衰退していくという、おもしろうてやがて哀しき、といった味わいが全編に満ちている。人の人生の奇妙さや真っ暗ではないが陰になっているような微妙な部分が立ち現れていく。
 とは言え、ホテル誕生時に既に呪いがかけられているようなエピソードもあるのだが…。更に行方不明事件の謎がずっと解けないまま残り、ホテルに影を落とす。行方不明事件のせいで、ホテルそのものに不吉な場としての呪いがかかってしまったようでもあり、その謎の引っ張り方が、本作をミステリではなく「ゴシック・ミステリ」にしている。ホテルという場の力、そして過去への引き戻しの力が強いのだ。
 語り手たちは子供の失踪事件やホテルそのものについて直接的に語るわけではない。彼らが語るのはあくまで自身の人生だ。しかしその背景にはホテルがあり、行方不明事件に関わる情報がちらちらと見え隠れする。ただ、それぞれ主観による語りなので、真相「らしきもの」という曖昧さが最後まで残る。そこもゴシック・ミステリぽい。

ホテル・ネヴァーシンク (ハヤカワ・ミステリ)
アダム オファロン プライス
早川書房
2020-12-03


ゴスフォード・パーク [DVD]
ヘレン・ミレン
ジェネオン・ユニバーサル
2012-05-09



『保健室のアン・ウニョン先生』

チョン・セラン著、斎藤真理子訳
 私立M高校に勤務する、養護教諭のアン・ウニョン。学校では怪奇現象や霊の仕業に思える不思議な出来事が次々と起こる。アン・ウニョンは幼いころから持っていた霊能力を駆使し、おもちゃの剣とBB弾の拳銃を手に、漢文教師ホン・インビョと共に怪現象に立ち向かう。
 アン・ウニョンのちょっと雑な性格がチャーミング。身だしなみもいまいち大雑把で、口紅の塗り方や爪の切り方が全然上達していないとかむだ毛の処理がいいかげんとか、親近感が湧きっぱなしだ。何より、ぶっきらぼうではあるが生徒たちの行く末を案じ、時にそっと手助けする。生徒=子供=守るべき存在と相対する職業であることが弁えられているのだ。ウニョンの霊能力は、金儲けに使うこともできるし、実際にそういう使い方をしている霊能力者に「金になることをやれよ」とバカにされたりもする。ウニョンの生き方は得にはならない。が、彼女は自分が正しいと思うやり方をやり続ける。それは、親切にするということだ。そして、その生き方を肯定するのがインビョ。“どうせいつか負けることになってるんです(中略)絶対に勝てないことも親切さの一部なんだから、いいんです。” 
 ウニョンだけでなく、歴史教師のパク・デフンも、生物教師のハン・アルムも、いわゆる正義感に燃えた人というわけでも聖人君子というわけでもないが、そういう部分があるように思った。得をしない生き方かもしれないが、それでもいいのだ、そしてそういう生き方をしている人は結構多いのかもしれないと思わせられる。
 なおウニョンの子供時代の友人とのエピソードの中で、ウニョンは『スレイヤーズ』(まさか韓国の小説に『スレイヤーズ』が出てくるとは…)のあるキャラクターが好きだったという話が出てくるのだが、このチョイス!ウニョンがどういう子供だったかすごくわかるし、なぜそのキャラクターが好きなのかと考えると、何か泣けてくるものがあった。










『忘却についての一般論』

ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ著、木下眞穂訳
 両親を相次いで亡くしたルドヴィカ。姉オデッテの夫オルランドが所有する、アンゴラの首都ルアンダにあるマンションに移り住んだルドヴィカ。ポルトガルからの解放闘争が激化する中、姉夫婦が行方不明になり、ルドヴィカは部屋の入り口をセメントで塗り固め、引きこもって暮らすようになる。
 ルドヴィカが残した文章を元に構成されたフィクション、という体の小説。ルドヴィカは文字通り引きこもり生活、それも徹底した引きこもり状態で自給自足の生活をしており、彼女の生活・心情に生じるささやかな変化が綴られる。食料も燃料も尽きてぎりぎりの状況なのにどこか長閑。一方、マンションの外の世界では、植民地からの脱却、それに続く内戦の中で人びとは疲弊し、体制側も反体制側もどちらにも与しない市民も、様々な人たちが死んだり行方不明になったりする。望む望まないに関わらず、忘れ去られてしまう・あるいは忘れられたいと望む人たちがいるのだ。ルドヴィカという1人の女性の人生と、アンゴラという国のある時代・ある局面とが呼応していく。ルドヴィカも誰にも知られず忘れられていこうとしていたが、そこを(物理的にも)打開する返す展開が鮮やか。少なくとも文章を残すということは、自分をどこかに刻んでおきたいということだろう。
 正直、アンゴラという国の歴史(とポルトガルとの関係)をあまり知らなかったので咀嚼しきれない部分もあるのだが、ある人にまつわる謎が他の人のエピソードで解明されるというような、ミステリ的な構成にもなっており、こことあそこが繋がるのか!というサプライズが多々ある。一見散漫としているが実は緻密な構成が上手い。

忘却についての一般論 (エクス・リブリス)
ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ
白水社
2020-08-28


ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)
ペイショット,ジョゼ・ルイス
新潮社
2018-07-31


『ポルトガル短編小説傑作集 よみがえるルーススの声』

ルイ・ズィンク、黒澤直俊編
 アフリカを行進する兵士たち、自分の家を手に入れ舞い上がった男に降りかかる災難、病の中創作に向き合う詩人。ポルトガル現代文学を代表する12人の作家による短編集。
 ポルトガル文学にはあまり触れたことがなかったのだが、入門編として最適な短編集ではないかと思う。作風・傾向の異なる作家の作品をまとめて読むことができるのでお勧め。マリオ・デ・カルバーリョ『少尉の災難 遠いはるかな地で』の、終盤ちょっといい話なのかと思わせてからのひっくり返し方や、イネス・ペドローザ『美容師』の、あれ?この語り手はもしや、と少しずつ背景が見えてくる構造などストレートに面白い。またポルトガルの歴史・文化的背景が垣間見えるヴァルテル・ウーゴ・マイン『ヨーロッパの幸せ』、テレーザ・ヴェイガ『植民地のあとに残ったもの』はペドロ・コスタの映像作品を連想した。私にとってはポルトガルというと文学より映画なんだよな…。そういう側面から読むと、ジョルジュ・デ・セナ『バビロン川のほとりで』、やジョゼ・ルイス・ペイショット『川辺の寡婦』は時に辛辣な語り口や時間のスケール感とロマンチシズムが、マノエル・ド・オリヴェイラ監督の映画に似た雰囲気があった。


俺の歯の話
バレリア・ルイセリ
白水社
2019-12-27



『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ヒーローズ:ライジング』

 緑谷出久(山下大輝)ら雄英高校ヒーロー科1年A組の生徒たちは、南方の島・那歩島でヒーロー活動の実習をしていた。そんな中、「ナイン」(井上芳雄)と名乗る男が率いるヴィランたちが襲来し、島の施設を破壊していく。原作は堀越耕平の同名漫画、監督は長崎健司。
 多くの人間が何らかの特殊能力を持ち、特に強い能力を持つ人間はプロの「ヒーロー」として社会を守っているという世界が舞台。出久たちはプロのヒーローを養成するための学校に通う学生なのだ。原作もTVアニメシリーズも斜め読み程度なのだが、十分楽しめた。エンターテイメントとしての盛りがよくて、お正月にぴったりの華やかさと楽しさ。特にクライマックスのバトルシーンは特殊作画盛り盛りなのだが、効果音や台詞は一切つけずに絵と音楽のみで魅せたのは大正解だったと思う。
 ヒーローとは何なのかという問いが一つのテーマになっているシリーズなのだろうが、本作でもヒーローに憧れる幼い少年が登場する。彼の能力はいわゆる戦うヒーロー的なものではない。しかし出久は彼のヒーローになりたいという思いを肯定する。何の為に戦うのか、どのように戦うのかは人それぞれ、様々なヒーロー像があるのだと。A組の生徒たちの能力もヒーローとしてのスタイルもまちまち(出番の少ない人もどういう能力なのかちゃんと見せているところが良かった)で、誰かを守りたい、役に立ちたいという人もいるしとにかく強くなりたいという人もいる。そしてその動機はどれも(今のところ)否定されない。その延長線上に「戦う」ことはヒーローの条件なのか?という問いが発生しそうだけど原作では言及されてるのかな?
 ところで昨今「男のクソデカ感情」というパワーワードが散見されるようになったが、本作でもクソデカ感情としか言いようのない感情の発露が見受けられた。爆豪(岡本信彦)君、そんな子だったっけ?!私TVシリーズでは色々見落としてたの?!


『星戀』

野尻抱影・山口誓子著
天文民族学者・野尻抱影の随筆と、俳人・山口誓子の俳句を収録した一冊。テーマはもちろん星空。四季、12か月を通してその月々に沿った作品が配置されている。
星の和名収拾研究家である野尻の随筆は、端正なたたずまいだが素朴。昔から、色々な地方の生活と天体とが繋がっている様子がわかる。星の名前の付け方に、その地方の生活形態、産業が反映されているのだ。また、星を取り入れた俳句が結構多いことも新鮮。12か月分のストックができるくらいだから、誓子に限らず題材として魅力があるということなんだろうな。星空が季節により変化していくのを追うように、俳句の季節感が移り変わっていくのを楽しめる。美しい言葉がたくさんちりばめられており、季節が変わるごとにぱらっとめくって拾い読みをしたくなる。

星戀 (中公文庫)
野尻 抱影
中央公論新社
2017-07-21




星の文人 野尻抱影伝 (中公文庫)
石田 五郎
中央公論新社
2019-02-22


『炎の色(上、下)』

ピエール・ルメートル著、平岡敦訳
 1927年。パリの資産家ペリクール家の長女・マドレーヌは、銀行家の父を亡くし、莫大な遺産を相続する。彼女は経営や資産運用のことは教えられておらず、幼い一人息子ポールが関心の全てだった。事故に遭ったポールの看病に全力を注ぐマドレーヌだが、彼女の富を狙う人々がいた。地位も資産も失った彼女は、ある復讐を決意する。
 『天国でまた会おう』に続く三部作第二部。前作は第一次世界大戦からその後にかかる話だったが、本作は第一次大戦と第二次大戦の間、ヨーロッパにファシズムが影を落としていく時期だ。時代ものとして、ピカレスクロマンとしてとても面白かった。前半は歴史もの+経済小説みたいで今一つ興が乗らなかったのだが、マドレーヌが覚醒する後半はどんどん先を読みたくなった。主要な登場人物全員、最初に登場した時とはどんどん変化し別人みたいなのだ。守られることをやめたマーガレットも、体制に一矢報いるある歌姫も力強くタフさを増していく。歴史の流れに翻弄される人々、それを利用する人々の姿がドラマティック。歴史の流れの組みこみ方が上手く、歴史小説を背景にピカレスクロマンが展開される感じ。この三部作はピカレスクであることが強く意識されていると思う。
 デュマやユーゴーみたいな引きの強さとドラマの盛り方だなと思っていたら、献辞にデュマの名前が出てきてなるほどなと。そういう面ではフランスの文芸小説の王道を狙っていると言える。

炎の色 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピエール ルメートル
早川書房
2018-11-20


炎の色 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピエール ルメートル
早川書房
2018-11-20


『方丈記』

鴨長明著、蜂飼耳訳
 歌人として活躍したが50歳で和歌所から出奔した著者による随筆。本著が成立したのは58歳位のころと考えられている。
 日本語が日本語に翻訳されるというのは不思議な気がするが、古典新訳と言われるとそれもそうか。蜂飼による訳は意外とあっさりとしていて読みやすい。原典がそもそもあっさりとした描写なのだろう。訳文と原典、両方収録されている(『方丈記』って短かったんだな・・・)ので、読み比べることが出来て便利。訳者による解説、エッセイも面白い
 火災や飢饉、地震の記述が度々あり、天災が頻発する時代を生きた人だったことがわかる。災害時の建物の潰れ方とか人の死に方とか、意外と生々しい。賀茂川の川辺に死体があふれている様など、さらっと書かれているけど災害の深刻度がわかる。著者はこういった災害に関心があるというよりも、何であれ目の前で起こることを観察してしまう人だったように思った。波乱万丈な人生にも見えるが、文面からはどんな出来事も受けて流す、という感じの諦念が感じられる。加えて仕事の上でも運に恵まれず、不遇の人生だったと言う。天災と不運が合わさってそういった人生を受け入れる諦念の境地に、と読者としては受け取りがちだが、本当は色々執着や諦めきれなさがあったのではないかという訳者の見解が面白い。確かに、本当に諦念の境地にあったらわざわざ文章を残したりはしなさそうな気がする。


方丈記 (岩波文庫)
鴨 長明
岩波書店
1989-05-16


『星の文学館 銀河も彗星も』

和田博文編
星モチーフの小説と言えば外せないであろう稲垣足穂『星を造る人』、宮澤賢治『よだかの星』。天体観測にちなんだ森繁久彌や中村紘子のエッセイ。宇宙を想う谷川俊太郎の詩や埴生雄高の評論など、星にまつわる作品36篇をあつめた文学アンソロジー。
アンソロジーの面白さは、普段なら手に取らない作家の作品や全く知らなかった作家の作品、また、この人こんな作品書いていたのか!という意外性と出会えるところにあるだろう。本作はそんなアンソロジーの楽しみを十二分に味わうことができる。三浦しをんや川上未映子など現代の作家のものから、川端康成や内田百閒など古典作品まで、また小説家だけでなく歌人や歴史学者、批評家などの幅広い作品がそろっている。個々の作品だけでなく編集者の力量を実感できお勧め。個人的には、森繁久彌のエッセイ『ハレー彗星』がユーモラスで楽しかった。文才もある人だったんだなー。また宮本百合子『ようか月の晩』は正に夜と星のイメージに溢れた美しい童話。これも、この人こういうの書いてたんだ!という意外さがあった。


天体嗜好症: 一千一秒物語 (河出文庫)
稲垣 足穂
河出書房新社
2017-04-06






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