アレクサンダル・ヘモン著、柴田元幸/秋草俊一郎訳
子供時代に家族でムリェト島を訪れた夏の思い出(「島」)、ある一族のルーツの背景にボスニアの歴史が横たわる(「心地よい言葉のやりとり」)、ユーゴスラヴィアからアメリカにやってきた作家の異国悲喜こもごも(「ブラインド・ヨゼフ・プロネク&死せる魂たち」)。ボスニア・ヘルツェゴビナからアメリカへわたり英語で執筆をつづけた著者の短篇集。
前述の作品だけではなく、著者の実体験を色濃く反映したと思われる作品が多い。「ブラインド・ヨゼフ・プロネク&死せる魂たち」の主人公であるプロネクが、文化交流プログラムで来米したものの故郷の政治的混乱により帰国できなくなるという流れは著者自身が体験したもので、自伝的な側面が強い作品だそうだ。この作品は収録作の中でも特に長く、異文化の中でとまどうプロネクの生活が時にユーモラス、時にシニカルに描かれて比較的読みやすい。が、読んでいるうちに段々怖くなってくる。母国の情勢は段々悪化し収拾がつかなくなり、プロネクの人生は考えていたものと全然別のものになっていってしまう。更にアメリカの生活に適応していくにつれ、ここが彼にとって異国・異文化であるということがきわだつ。アメリカの人々にとってプロネクの故郷の事情がいかに他人事かということも端々で見られるのだ。ここにいるのに居場所にならないままで、プロネク自身が何者なのか、どこにいるべきなのかあやふやになっていく。著者は自分の母国語以外の言語で執筆しているわけだが、その行為が生む文章に対する微妙な距離感、異物感みたいなものが漂ってくるように思った。時々すごくシニカルなのはこの執筆スタイルによる距離感が生むものではないだろうか(母国の状況が洒落にならないというのもあるだろうが)。子供の頃のちょっと面白おかしいエピソードが、背景を踏まえて読むとなかなかぞっとするという、おかしみと恐怖が入り混じった味わいが強く印象に残る。