3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『フィフティ・ピープル』

チョン・セラン著、斎藤真理子訳
 ある大病院を中心に、50人の人々の人生がすれ違い絡まり合う。老若男女、年齢も立場もまちまちな人たちの悲喜交々を描く連作短編集。
 医師がおり、患者がおり、病院の事務員や用務員がおり、生きている人も死んでいく人もいる。ある町を舞台に様々な人たちの人生が展開していく。それが当人たちも知らないうちに、影響しあい、時に誰かの支えになったりもする。人は一人では生きられないとよく言うが、一人になろうと思ってもなかなか難しい、生きている以上関わり合わざるを得ないという方が正しいのだろう。ある時代、ある場所(つまり現代の韓国の地方都市ということになる)の物語を様々な角度で切り取ったものとして読めた。なので当然、社会問題が様々な形で顔をのぞかせる。様々な人が登場するほど、それぞれの立場で直面する様々な問題が見えてくるのだ。社会規範、「~らしさ」の圧力の不条理さ(特に女性が主人公のエピソードでは強く感じられた)を感じるエピソードは多く、その圧力は鬱陶しいが、本作の登場人物たちはそうそうへこたれないし、軽やかに乗り越えていく人もいる所に救いを感じた。
 妻から見た状況と夫から見た状況、親から見た状況と子から見た状況、同じ場にいても立場が違えば当然違った風景で、その違う風景を様々見ていくことで世界が豊かになる。独りよがりさが抑制されているのだ。鬱陶しさ世界は断片から成っていると同時に断片もまたひとつの世界だという構成が上手いし、個人あっての他人との関わり合いだよなと思わせる。本作、なにより人間の善性と勇気に信頼を置いているところに救われた。思いもよらない悲劇が起きても、たとえ立場が違っても知らない人同士でも、手を差し伸べ支え合うことができるはずという祈りのようなものがある。今の時代だからこそ読みたい、同時に時代を越えた普遍性がある作品だと思う。

『プロジェクト・シャーロック 年間日本SF傑作選』

大森望・日下三蔵編
 2017年の日本SF短編を選りすぐったアンソロジー。第9回創元SF短編賞受賞作である八島游舷「天駆せよ法勝寺」とその選評も収録された。
「天駆せよ法勝寺」の評判は各所で目にしていたが、確かにユニーク。仏教という要素をSFに持ち込んだらどうなるか、というアイディアがアイディア倒れに終わっておらず、SF的展開とがっちり組みあっている。これは果たして真顔で読むものなのか?という気もするが、ある場面で市川春子の漫画『宝石の国』に出てくる月人を連想した。ビジュアルを見て見たくなる作品。
 表題作は別のアンソロジーで読んだことがあったが、SF要素と本格ミステリ要素のバランスが取れている良作。個人的に気に入ったのは、彩瀬まる「山の同窓会」、酉島伝法「彗星狩り」、山尾悠子「親水性について」。「山の同窓会」は、ある生態系のシステムをそこからはみ出す存在も含めて、どこか寂しい情感で描く。私はこういう生態系の中では生きたくないけど、別ルールの世界を見せるSFならではの面白さがある。水気が多そうで有機的な「山の~」に対して硬質な別生態系を描く「彗星狩り」もイメージ豊かでユニーク。この生き物が生活するならこういう感じになるだろう、という世界の構築の仕方がやはり強い。そして「親水性について」はイメージが積み重なる夢の中のような世界。岡上淑子のコラージュ作品を思わせる危うい美しさ。世界の終りの気配がする。


『ブルーバード、ブルーバード』

アッティカ・ロック著、高山真由美訳
 テキサス州の田舎町。沼地で黒人男性弁護士の死体が発見された。次いでカフェの裏手で地元の白人女性の死体が発見される。停職処分中の黒人テキサス・レンジャー、ダレンはFBIの友人に頼まれ、探りを入れる為に現地へ向かうが。
 テキサスという土地の風土、文化が色濃く表れている。人種差別のきつい(KKK的な組織が現役で活躍中)地域であることが事件の見え方にも大きく影響しているのだ。一時代前の話かと思ったらばっちり現代の話でショックというかげんなりするというか・・・。都会育ちの被害者の妻が、現地の微妙な空気感や一触即発な状況にぴんときていないというのも無理はない。こういう土地で黒人として生まれ育つというのがどういうことなのか、外側からは黒人同士でも実感できない部分があるのだ。そういう意味では、本作はある土地に生まれつき、そこから離れられない人たちの業のようなもので出来ているようにも思った。ダレンと妻の間の溝、また被害者であるマイケルとその妻ランディの間の溝は、この故郷に対する思い入れへのギャップからも生まれている。
 男女の惹かれあう様、すれ違う様が、(解説でも言及されているように)何度も反復・呼応していく構成の妙があった。最初はストーリーの進め方がちょっとかったるく、ダレンの行動を見る限りではあまりレンジャー向きな人ではないのでは?と思ったのだが、だんだんそのかったるさというか、事件の芯が見えているようでなかなか近付けない所が本作の肝なのだとわかってくる。起こったこと自体は単純なのだが、主に風土に根差すフィルターでややこしく見えてしまうのだ。ダレンがレンジャー向きとは思えないのにレンジャーとして生きていくというのも、風土の中で培われた価値観に動かされた面が少なからずあると思う。それだけに、最後の1章はあまりに皮肉だ。


黒き水のうねり (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アッティカ・ロック
早川書房
2011-02-28



 

『ブルックリンの少女』

ギョーム・ミュッソ著、吉田恒雄訳
小説家のラファエルは、恋人アンナとの結婚を控えていた。過去をひた隠しにするアンナに詰めよると、彼女は衝撃的な写真を提示し、「私がやったこと」だと言う。動揺するラファエルを置いて彼女は立ち去るが、そのまま失踪してしまう。ラファエルは元刑事マルクの助けを借りて彼女の行方を追うが、かつて起きた連続誘拐事件や不審な事故が浮上する。アンナは一体何者なのか。
章が進むごとに「えっそうなの?」とサプライズが訪れる、二転三転どころか転転転が連続する構成。こういうケレンというか、妙な派手さがフランスのミステリっぽいなぁと思う。恋人の過去という発端から、大分遠い所まで話が展開していくのだ。終盤でチート的キャラクターを出してくるのは都合が良すぎる気がするが、どんどんラファエルらの手に余る展開になっていく所は面白い。真相が非常に辛い話だし、彼ら彼女らの未来が元通りに修復されるのかというと、かなり怪しいと思う。少なくともラファエルとアンナの関係においては、ラファエルが彼女の過去を問い詰めた時点で致命的に変わってしまったのではないか。

ブルックリンの少女 (集英社文庫)
ギヨーム ミュッソ
集英社
2018-06-21


あなた、そこにいてくれますか (潮文庫)
ギヨーム・ミュッソ
潮出版社
2017-10-05


『冬の炎』

グレン・エリック・ハミルトン著、山中朝晶訳
 軍を除隊し、故郷で求職中のバン・ショウに、祖父の友人だったウィラードが頼みごとをしてくる。恋人と共に山荘に出かけたきり戻らない姪のエラナを探してほしいというのだ。雪山へ出向いたバンは、若い男女の死体を発見する。死体の損傷は激しく、男性がエラナを射殺し自殺したように見えたが。
 『眠る狼』に続くシリーズ第2作。バンが事件を追っていく経緯と、過去の出来事とが交互に語られるのは前作通り。ただ、現在の事件の追い方がちょっとでこぼこというか、強引なように思った。ちょっと後出しジャンケンぽいかな・・・。とはいえ、戦地で傷を負ったバンのトラウマは、本作の方がよりはっきりと描かれているように思う。バンの部下だった元レンジャーのレオが登場するが、彼もまた精神的なダメージを負っている。バンの前に現れた時の、当たりはやわらかだがどこか落ち着きがなく、不安定さが垣間見える所作が印象に残った。隣家の犬と触れあうくだりはちょっと可愛いのだが痛ましくもある。人間相手だと安心できないということだから。傷を理解し合う者としてのバンとレオのバディ感も良い。ただ、バンと恋人ルースとの関係は反比例で危うくなる。バンが過去の自分を追い物騒なものに惹かれ続ける(本作でもわざわざ自分で事態を面倒くさくしたり相手を無駄に挑発する傾向あり)限り、ルースは彼と生きていくことはできない。3作目(日本では未訳)ではどうなっているのか気になる。

冬の炎 (ハヤカワ文庫NV)
グレン・エリック・ハミルトン
早川書房
2018-05-17





眠る狼 (ハヤカワ文庫NV)
グレン・エリック・ハミルトン
早川書房
2017-04-06

『ふたつの人生』

ウィリアム・トレヴァー著、栩木伸明訳
 長年施設で暮らすメアリー・ルイーズの耳には、ロシアの小説を朗読する幼馴染の青年の声が今でも聞こえている。約40年前、彼女は年上の商人エルマーと結婚し、彼の2人の姉と共に暮らし始めたのだが。メアリーの人生を描く「ツルゲーネフを読む声」の他、列車内で爆発事件に巻き込まれた作家エミリー・デラハンティと、同じ事件で生き残った3人の被害者を描く「ウンブリアのわたしの家」の2編を収録。
 ある女性の人生を描いた作品2編を収録しているから『ふたつの人生』なのだが、それぞれの作品の主人公がある意味で「ふたつの人生」を生きているという、二重の意味合いになっている。メアリーはエルマーと結婚するが、ぼんやりとした夫と批判的な義姉たちとの慣れない生活は、決して満たされるものではなかった。そんな折、いとこのロバートと再会し、彼との交流が心の支えになっていく。彼への思い、彼との生活に対する夢想はやがて彼女の生活を侵食していくのだ。エルマーと結婚した人生とロバートと共に歩む人生、2つの人生が彼女の中に併存している。他人には狂っていると思われるんだろうけど、自分にとってより真実味が感じられるものこそが真実ではないかと思わずにいられない。ラストには震えた。「現実」とやらに居場所がないなら他に居場所を作って何が悪い、と言わんばかりのメアリーの生き方は心に突き刺さる。
 一方、「ウンブリアのわたしの家」の語り手であるエミリーはロマンス小説作家であり、それこそ望ましい人生を頭の中で生み出すことを生業としている。彼女が語りだすそれぞれの人生は、彼女が相手から聞いたことなのか、彼女の空想の中身なのか、だんだんわからなくなっていく。彼女もまた積極的に「もうひとつの人生」を生きようとする人なのだ。


聖母の贈り物 (短篇小説の快楽)
ウィリアム トレヴァー
国書刊行会
2007-02-01


『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家 小泉八雲』

久賀里世著
 歌手だった母親を亡くしたオーランドは、名門である亡き父の一族に疎まれ、北イングランドの寄宿制神学校に送られる。学校へ向かう汽車の中で、風変りな少年が声をかけてきた。かつて汽車の中から姿を消した子供が、生者を道連れに誘うのだと言う。若き日のラフカディオ・ハーン=小泉八雲が怪異を解き明かす連作集。
 ハーンは作中ではパトリックという名で呼ばれており(ハーンの出生名はパトリック・ラフカディオ・ハーン)、彼が作家「ラフカディオ・ハーン/小泉八雲」になる前の青春譚とも言えるだろう。性格等のキャラクター造形はほぼオリジナルと言ってもいいと思うが、生い立ちや目が悪かったこと等は史実通り。日本への憧れに繋がる伏線も出てくる。古典作家の「キャラ」化が最近盛んだが、八雲は実際に相当クセのある人だったみたいだし、キャラ化に向いているのかも。
 妖怪・幽霊譚を取り入れたミステリは、「この世」が担当する部分と「あの世」が担当する部分の兼ね合いが難しいように思う。本作も、これだったら全部妖怪・妖精の仕業にしてしまってもいいのでは、あるいはオカルトを否定するミステリとしてもいいのではという部分があり中途半端な印象はある。とは言え、遭遇する怪異を通してオーランドが母親に対する思いのわだかまりをほどいていく過程や、学園ドラマ的な同級生とのやりとり等はこなれていて読ませる。



小泉八雲集 (新潮文庫)
小泉 八雲
新潮社
1975-03-18

『ブラックパンサー』

 アフリカにある王国ワカンダは、絶大な力を秘めた鉱石ヴィブラニウムを利用し、密かに超文明を築いていた。ヴィブラニウムが悪用されることを防ぐ為、代々の国王の元、秘密を守ってきたのだ。父である前国王の死により王位を継承したティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)は、王位継承の儀式の中でブラックパンサーとしての超人的な力を得る。ヴィブラニウムの輸出をもくろむ武器商人のユリシーズ・クロウ(アンディ・サーキス)と彼に協力する元工作員エリック・キルモンガー(マイケル・B・ジョーダン)の存在を知り、国を守る為に元婚約者で諜報員のナキア(ルピア・ニョンゴ)、王国最強の戦士オコエ(ダナイ・グリラ)らと動き始めるが。監督はライアン・クーグラー。
 クーグラー監督の前作『クリード チャンプを継ぐ男』はザ・少年漫画!的な王道感が熱かったが、本作もなかなかの少年漫画感。アベンジャーズシリーズで既に登場しているブラックパンサー=ティ・チャラは大変クールでかっこよく陛下素敵!超頼もしい!と思っていたのだが、本作を見てみると、最初は意外と未熟で悩める青年という感じ。ナキアはじめ周囲の女性たち(ハーレム的でなく女性に囲まれているヒーローが登場するようになったんだなとも)の方がよっぽど頼もしい。そんなティ・チャラが国を守るとは、良き王になるとはどういうことなのかと葛藤し、前王を越えていく、ストレートな成長物語だ。なので、そんなに捻ったストーリー展開ではないしストーリーに限って言うとそれほど突出して面白いわけではない。アクションシーンも3Dを意識しているのかカメラがぐるぐる動き、目まぐるしくて期待していたほどではなかった。
 とは言え本作、今、現代のヒーロー映画で「国王」というキャラクターを使って何を物語るか、国を愛する・守るとはどういうことなのかと果敢に挑んでおり、そこがとても面白かった。ワカンダはヴィブラニウムの存在を秘密にし自国の中だけで使うことで、繁栄を保っていた。しかし諜報員として他諸国の紛争や困窮を知るナキアは、自国の利益を守るだけではだめだ、技術や資源を提供して世界が抱える困難の解決に取り組むべきではと訴える。ティ・チャラは歴代の王たちの方針に則り、自国の技術や資源を外に出すことには反対する。しかしキルモンガーの出現で、それが揺らいでいくのだ。キルモンガーのやり方は許されることではないが、彼の理念は実はナキアに近い。本作、ティ・チャラとキルモンガーが光と影になっているのではなく、ナキアとキルモンガーが光と影になっているようにも思えた。
 終盤でティ・チャラはあるスピーチをする。本作の物語は、このスピーチに説得力を持たせる為に紡がれてきたようなものだろう。このシーンが力を持っていれば、本作は成功なのだ。アメコミのヒーローである「国王」(そもそも正式な手続きに則って就任すれば正しい王と言えるのか?という要素も本作には含まれている。ワカンダの伝統的な王位継承システムは「王位継承者はそれなりに有能で倫理的」という大前提に基づいてるよね・・・)にこのスピーチをさせることに、本作の矜持が見られると思う。

ブラックパンサー・ザ・アルバム
オムニバス
ユニバーサル ミュージック
2018-02-28


ブラックパンサー (ShoPro Books)
レジナルド・ハドリン
小学館集英社プロダクション
2016-04-20



『プルーストと過ごす夏』

アントワーヌ・コンパニョン、ジュリア・クリステヴァ他著、國分俊宏訳
プルーストの『失われた時を求めて』を、8人の筆者がそれぞれの切り口で解説する。テーマは個々の登場人物であったり、時間であったり、芸術であったりと様々。
8人はいずれもプルーストの熱心な読者で、研究書の出版や映像作品の製作を手掛けたいわば手練れだが、意外なほど読みやすく平易な書き方になっている。本作に掲載された内容は、元々、ラジオ番組(「~と過ごす夏」という教養番組シリーズがあるそうだ)の為の講演内容だそうで、間口は広く設定してある。プルーストというとどうも敷居が高いし、そもそも『失われた時を求めて』を完読したわけでもないし・・・としり込みしていたが、本作はむしろまだ読んでいないけどちょっと興味があるという人、今読んでいる途中だという人にお勧めしたくなる。『失われた~』の研究、批評というよりも、この作品にはこういう魅力がありますよ、プルーストはこういう意図を込めているんですよというナビゲーションとして機能している。私は『失われた~』は光文社古典新訳文庫で読んでいる為に、まだ読みかけなのだが、早く続きを読みたくなった。プルーストがちょっと身近に感じられる。特にプルーストの読書についての言及は、深く納得がいくもの。彼は読者、鑑賞者としても優れていたんだろうなとわかるのだ。

プルーストと過ごす夏
アントワーヌ・コンパニョン
光文社
2017-02-16


『プラージュ』

誉田哲也著
 たった一度、魔が差したせいで薬物に手を出し、仕事も住む場所も失った元サラリーマンの貴生。怪しい不動産屋から紹介されたのは、「プラージュ」というシェアハウスだった。住人達は皆個性が強く、貴生同様に訳ありらしい。家主の潤子が1階で営むカフェを手伝いつつ、人生をやりなおそうとする貴生だが。
 貴生視点のパートが比較的多いものの、プラージュの住人達それぞれの視点が入れ替わる群像劇と言った方がいいかもしれない。その視点変更する構成を使ったミステリも仕込んであるのだが、これは正直中途半端かなぁ・・・。こういう仕掛けがあった方がよかろうと、無理矢理ねじ込んだ感じがする。やるならもっと徹底してやってほしい。住民の中では貴生が一番アクがなく、良くも悪くも普通の人なのだが、こういう人でも何かの歯車がずれると、人生とんでもないことになってしまうという生々しさはある。誰にでも起こりうることなのだ。そして、人生のレールは一度外れると軌道修正するのは至難の業であり、過去の過ちはレッテルとしてずっと剥がれない。だから脛に傷持つ人に対してもう少しフラットな姿勢があってもいいのではという希望、とは言えやってしまったことはなかったことにならない、その上でどうやりなおしていくのかだという決意がシェアハウスを支えている。ただ、この希望と決意の物語化がわりと典型的なので、あまり深みのある味わいにはなっていない。さらっと読むように書いたのかなという雰囲気。ドラマ化されたそうだが、そのさほど深くはない所がアレンジしやすくて映像化素材に向いているのかも

プラージュ (幻冬舎文庫)
誉田 哲也
幻冬舎
2017-06-28


豆の上で眠る (新潮文庫)
湊 かなえ
新潮社
2017-06-28

ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ