3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本・題名は行

『濱地健三郎の霊なる事件簿』

有栖川有栖著
 探偵・濱地健三郎は幽霊を見る力を持っている。彼の依頼人は、原因不明の奇妙な現象に悩む人たち。その奇妙な現象の影には幽霊がいるのでは?濱地は助手の志摩と共に、死者が訴える謎に挑む短編集。
 ホラー+本格ミステリは王道の組み合わせのようでいて、実は相反する。ホラーは道理が通り過ぎると興ざめ、本格ミステリは道理を通さないと存在意義がない。本作はその2つの部分のバランスがとれており、状況の解明は本格ミステリだがその背景はホラー仕様。またその2つの配分がエピソードごとに異なり、「それは怪異なのかどうか」という線引きについてちょっとした実験をやっている感じ。本格ミステリとしては禁じ手なトリックをあっさり使っている(著者の『ペルシャ猫の謎』を思い出したよ…)のはご愛敬か。なお本作、著者の他の作品よりも昭和感が強い(作中スマホが出てくるので現代が舞台ですが)というか、登場人物の言動がちょっと古い感じ。女性の描き方もおじさん目線感が強くてちょっとひいた。作家の油断か。

濱地健三郎の霊なる事件簿 (角川文庫)
有栖川 有栖
KADOKAWA
2020-02-21


謎のクィン氏 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ・クリスティー
早川書房
2004-11-18


『ペスト』

カミュ著、宮崎嶺雄訳
 アルジェリアのオラン市でペストが流行し始める。医師のリウーは病気の妻を転地の為に送り出し、自身は病に倒れる人たちを助ける為に奔走する。しかしペストは広がり続け、リウーをはじめ治療に携わる人たちは疲弊していく。
 新型コロナウイルス流行に伴いにわかに注目されたカミュの作品。確かに今読まないとこの先読み逃し続ける気がしたので手に取った。どちらかというと抽象・観念的な小説かと思ったら、むしろルポルタージュ的な、記録小説的なタッチで意外。他のカミュ作品と比べても大分リアリズム寄りなように思う。疫病が蔓延し始めたら人びとはどのように行動するのか、行政は、医療はどうなるのか、ちゃんと想定して書かれている。特に集団がどのように動くかという部分には、今まさにリアルタイムで体感しているものだと感じた。感染対策にちょっと疲れた人たちの気が抜けてやや浮かれちゃうところとか、なかなかリアルだ。追い詰められた状況で人の高潔さが現れる、が、むしろそれ以上に暴力性や愚かさが目立ってしまう。ペスト流行の中に自分の居場所を見つけてしまう(つまり病気の恐怖の元では皆平等だから)男の姿には危うさを感じた。

ペスト (新潮文庫)
カミュ
新潮社
1969-10-30


『ポルトガル短編小説傑作集 よみがえるルーススの声』

ルイ・ズィンク、黒澤直俊編
 アフリカを行進する兵士たち、自分の家を手に入れ舞い上がった男に降りかかる災難、病の中創作に向き合う詩人。ポルトガル現代文学を代表する12人の作家による短編集。
 ポルトガル文学にはあまり触れたことがなかったのだが、入門編として最適な短編集ではないかと思う。作風・傾向の異なる作家の作品をまとめて読むことができるのでお勧め。マリオ・デ・カルバーリョ『少尉の災難 遠いはるかな地で』の、終盤ちょっといい話なのかと思わせてからのひっくり返し方や、イネス・ペドローザ『美容師』の、あれ?この語り手はもしや、と少しずつ背景が見えてくる構造などストレートに面白い。またポルトガルの歴史・文化的背景が垣間見えるヴァルテル・ウーゴ・マイン『ヨーロッパの幸せ』、テレーザ・ヴェイガ『植民地のあとに残ったもの』はペドロ・コスタの映像作品を連想した。私にとってはポルトガルというと文学より映画なんだよな…。そういう側面から読むと、ジョルジュ・デ・セナ『バビロン川のほとりで』、やジョゼ・ルイス・ペイショット『川辺の寡婦』は時に辛辣な語り口や時間のスケール感とロマンチシズムが、マノエル・ド・オリヴェイラ監督の映画に似た雰囲気があった。


俺の歯の話
バレリア・ルイセリ
白水社
2019-12-27



『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ヒーローズ:ライジング』

 緑谷出久(山下大輝)ら雄英高校ヒーロー科1年A組の生徒たちは、南方の島・那歩島でヒーロー活動の実習をしていた。そんな中、「ナイン」(井上芳雄)と名乗る男が率いるヴィランたちが襲来し、島の施設を破壊していく。原作は堀越耕平の同名漫画、監督は長崎健司。
 多くの人間が何らかの特殊能力を持ち、特に強い能力を持つ人間はプロの「ヒーロー」として社会を守っているという世界が舞台。出久たちはプロのヒーローを養成するための学校に通う学生なのだ。原作もTVアニメシリーズも斜め読み程度なのだが、十分楽しめた。エンターテイメントとしての盛りがよくて、お正月にぴったりの華やかさと楽しさ。特にクライマックスのバトルシーンは特殊作画盛り盛りなのだが、効果音や台詞は一切つけずに絵と音楽のみで魅せたのは大正解だったと思う。
 ヒーローとは何なのかという問いが一つのテーマになっているシリーズなのだろうが、本作でもヒーローに憧れる幼い少年が登場する。彼の能力はいわゆる戦うヒーロー的なものではない。しかし出久は彼のヒーローになりたいという思いを肯定する。何の為に戦うのか、どのように戦うのかは人それぞれ、様々なヒーロー像があるのだと。A組の生徒たちの能力もヒーローとしてのスタイルもまちまち(出番の少ない人もどういう能力なのかちゃんと見せているところが良かった)で、誰かを守りたい、役に立ちたいという人もいるしとにかく強くなりたいという人もいる。そしてその動機はどれも(今のところ)否定されない。その延長線上に「戦う」ことはヒーローの条件なのか?という問いが発生しそうだけど原作では言及されてるのかな?
 ところで昨今「男のクソデカ感情」というパワーワードが散見されるようになったが、本作でもクソデカ感情としか言いようのない感情の発露が見受けられた。爆豪(岡本信彦)君、そんな子だったっけ?!私TVシリーズでは色々見落としてたの?!


『俳句は入門できる』

長嶋有著
 作家、コラムニスト業の傍ら、俳人としても活動し「NHK俳句」選者も務めた著者が、俳句という表現はどういうものなのか、俳句会の独特な空気や不可思議なルールについて初心者にもわかるように解説していく。
 実は最近、俳句にちょっと興味が湧いてきたのだが、鑑賞するのはともかく、自分でやってみようとしたときの取っ掛かりってどうすればいいのかなと思っていた。そんな折本著が出たのでさっそく手にとってみた。ユーモラスだが忌憚ない語り口で、部外者から見ると不可思議に思える俳句界のあれこれを解説しており勉強になったしとても面白かった。思っていたよりも俳句の世界は(結社にもよるのかもしれないけど)自由っぽいし、一人でもできるし他者とでもできるという所も面白いのだと教えてくれる。「NHK俳句」の添削システムについて、たまに添削前の方がいいんじゃない?と思うことはあるが、先生もまた表現者であり、(文学だから)正解はないところ「よりよい」と自分が思う所を言い放つ様こそ見どころであり先生の矜持であるという解説には納得。
 軽妙な文章だが、第4章「どこまで俳句にできるか」内で言及される「今の俳句の世界に足りないもの」には著者の真剣さ、表現で飯を食うものとしてのシビアさが垣間見える。俳句界以外が主戦場な著者だからこそ指摘できることだろう。(なお、句集を出版する際の慣習についてはちょっとびっくりしましたよ…出版社の商売としてそれでいいのか…)

俳句は入門できる (朝日新書)
長嶋 有
朝日新聞出版
2019-12-13


『星戀』

野尻抱影・山口誓子著
天文民族学者・野尻抱影の随筆と、俳人・山口誓子の俳句を収録した一冊。テーマはもちろん星空。四季、12か月を通してその月々に沿った作品が配置されている。
星の和名収拾研究家である野尻の随筆は、端正なたたずまいだが素朴。昔から、色々な地方の生活と天体とが繋がっている様子がわかる。星の名前の付け方に、その地方の生活形態、産業が反映されているのだ。また、星を取り入れた俳句が結構多いことも新鮮。12か月分のストックができるくらいだから、誓子に限らず題材として魅力があるということなんだろうな。星空が季節により変化していくのを追うように、俳句の季節感が移り変わっていくのを楽しめる。美しい言葉がたくさんちりばめられており、季節が変わるごとにぱらっとめくって拾い読みをしたくなる。

星戀 (中公文庫)
野尻 抱影
中央公論新社
2017-07-21




星の文人 野尻抱影伝 (中公文庫)
石田 五郎
中央公論新社
2019-02-22


『ヒッキーヒッキーシェイク』

津原泰美著
 4人の引きこもりの元に、「人間創りに参加してほしい。不気味の谷を越えたい」という誘いが舞い込む。誘ったのはヒキコモリ支援センター代表のカウンセラーJJ。パセリ、セージ、ローズマリー、タイムという、年齢性別さまざまな4人の引きこもりを連携させてプロジェクトを動かそうというのだ。戸惑いつつ外界と関わろうとする4人だったが。
 4人プラスJJの間にははっきりした友情や愛情があるわけではない。ただ、ちょっとずつ距離感は縮まり、信頼感も芽生えていく。そのゆっくりさというか、保留付きの信頼のようなものが結構リアルだと思う。とはいえ、プロジェクト自体にはそんなに面白みを感じなかった。私は文庫化されたものを読んだのだが、文庫化までの経年で新鮮度が薄れてしまったかな…。また、4人が引きこもりである意味もさほど感じない。ただ、それでよかったと思う。ひきこもりだから何かできた、特別な能力があった、あるいは極端に人として欠陥があったとかではなく、「たまたま」なるのがひきこもりだと思うので。



11 eleven (河出文庫)
津原 泰水
河出書房新社
2014-04-08




『パリ警視庁迷宮捜査班』

ソフィー・エナフ著、山本知子・川口明百美訳
 6か月の停職から復帰したアンヌ・カペスタン警視正は、親切された特別捜査班のリーダーに任命される。しかし集められたメンバーは売れっ子小説家との兼業警部、組んだ相手が次々と事故に合う悪運の持ち主、大酒呑み、生真面目な堅物、ギャンブル依存症ら、パリ警視庁の厄介者ばかりだった。カペスタンは彼らと共に、20男前と8年前に起きた2つの未解決殺人事件の捜査を始める。
 フランスの『特捜部Q』と評されているそうだが、確かに似ている。ただ、本作の方が軽快でコミカル。特捜班のリーダーであるカペスタンのへこたれなさや、何をやるにも自分流を貫きあっけらかんとしたロジエール、気難しく厳格だが実直なルブルトン、そして他人に不幸を運ぶと自認している故に気が優しいトレズ。キャラクターが立っていて楽しい。皆問題児扱いされるだけあって、色々と難がある人たちではある。しかし上手くはまれば高いパフォーマンスを発揮するし、難点こそが面白みにもなっている。それぞれの個性を活かしチームを機能させていくことは、カペスタンにとってはリーダーとしての腕の見せ所と言える。彼女の、基本的にチームのメンバーを信じる姿勢が、彼らの信頼を得ていくのだ。どのメンバーも魅力があるが、一見全く共通項がなさそうなオジエールとルブルトンのコンビネーションが、意外と上手くかみ合っていく様がよかった。仕事をするってこういう側面があるよなと。また、男女の間もあくまで同僚、仕事仲間であって色恋が絡まないところもいい。
 殺人事件自体はちょっと行き当たりばったりっぽくあまり精緻ではないのだが、捜査陣や事件を取り巻く人々の人間味に魅力がある。捜査本部の内装まで自分達でやる(というかほぼロジエールの趣味で・・・)という所もおかしい。改装していいのか!という驚きも。フランスでは普通なの?!

『ひとり旅立つ少年よ』

ボストン・テラン著、田口俊樹訳
 1850年代、アメリカ。12歳の少年チャーリーは、詐欺師の父親を殺され、父から託された大金を奴隷制廃止運動家の元に届けようと決意する。ブルックリンからミズーリを目指すが、彼の金を狙う犯罪者と逃亡奴隷の2人組が執拗に追ってくる。
 奴隷制度と人種差別がごく普通のものだった時代のアメリカで、チャーリーは自分と父が行った詐欺行為の償いとして奴隷制廃止運動家に資金(武器を買う為の金だというのがまた時代性を感じさせるが・・・)を渡そうとするのだが、詐欺の前には人種も性別も年齢も平等であるという所が皮肉だ。 チャーリーの父親は根っからの詐欺師、山師で息子のことも平気で騙すのだが、妙に憎めない所がある。この困った人であり客観的には悪党なのだがチャーミングで嫌いになり切れないという造形がうまい。チャーリーが父を愛し続けてしまう(そもそも12歳の子供にとって他に頼れるものはないのだが)気持ちに説得力があった。チャーリーにとって不本意かもしれないが、父親の詐欺師としての才能と愛嬌みたいなものはチャーリーにも受け継がれており、それが彼を助けることになる。
 父親だけでなく、彼と関わり助ける大人たちの造形がどれもよい。彼らの列車内で知り合う女性の善意と勇気、一見シニカルな“葬儀屋”の気骨にしろ、それぞれの美点がチャーリーの中に受け継がれていくように思った。悪人たちは徹底して悪人という割り切りの良さが少々単純ではあるのだが、本作を神話、ファンタジー的なものにもしている。
 作中、実在の人物や文学がしばしば登場、引用される。チャーリーに自作の詩の一篇を手渡す人物にしろ、奴隷制反対派牧師の姉妹が書いたある小説にしろ、チャーリーが迷い込む見世物小屋にしろ、それらが全てチャーリーの旅を象徴するようなものだ。チャーリーは最初、詩を理解できない。しかし、徐々に実感として何が表現されているのか掴んでいく。彼が自分の旅、自分の人生を俯瞰できるようになり、それが大人になっていくということなのだろう。ちりばめられた史実や実在の人物、文学は、アメリカという国を象徴するものでもある。本作は著者の前作『その犬の歩むところ』と似た構造で、アメリカという国を小さきものの視点を借りて旅し俯瞰すのだ。『その犬~』は「今のアメリカ」だが、本作は今に至るターニングポイントとなった時代のアメリカとも言える。

ひとり旅立つ少年よ (文春文庫)
ボストン テラン
文藝春秋
2019-08-06





その犬の歩むところ (文春文庫)
ボストン テラン
文藝春秋
2017-06-08


『フィフティ・ピープル』

チョン・セラン著、斎藤真理子訳
 ある大病院を中心に、50人の人々の人生がすれ違い絡まり合う。老若男女、年齢も立場もまちまちな人たちの悲喜交々を描く連作短編集。
 医師がおり、患者がおり、病院の事務員や用務員がおり、生きている人も死んでいく人もいる。ある町を舞台に様々な人たちの人生が展開していく。それが当人たちも知らないうちに、影響しあい、時に誰かの支えになったりもする。人は一人では生きられないとよく言うが、一人になろうと思ってもなかなか難しい、生きている以上関わり合わざるを得ないという方が正しいのだろう。ある時代、ある場所(つまり現代の韓国の地方都市ということになる)の物語を様々な角度で切り取ったものとして読めた。なので当然、社会問題が様々な形で顔をのぞかせる。様々な人が登場するほど、それぞれの立場で直面する様々な問題が見えてくるのだ。社会規範、「~らしさ」の圧力の不条理さ(特に女性が主人公のエピソードでは強く感じられた)を感じるエピソードは多く、その圧力は鬱陶しいが、本作の登場人物たちはそうそうへこたれないし、軽やかに乗り越えていく人もいる所に救いを感じた。
 妻から見た状況と夫から見た状況、親から見た状況と子から見た状況、同じ場にいても立場が違えば当然違った風景で、その違う風景を様々見ていくことで世界が豊かになる。独りよがりさが抑制されているのだ。鬱陶しさ世界は断片から成っていると同時に断片もまたひとつの世界だという構成が上手いし、個人あっての他人との関わり合いだよなと思わせる。本作、なにより人間の善性と勇気に信頼を置いているところに救われた。思いもよらない悲劇が起きても、たとえ立場が違っても知らない人同士でも、手を差し伸べ支え合うことができるはずという祈りのようなものがある。今の時代だからこそ読みたい、同時に時代を越えた普遍性がある作品だと思う。

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