3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本・題名は行

『ひとり暮らしの戦後史 戦中世代の婦人たち』

塩沢美代子・島田とみ子著
 太平洋戦争により夫を奪われる、また男性人口が一気に減ったために結婚の機会を失い、一人で生きることを余儀なくされた女性たち。生活苦に追われながら戦後を生き抜く女性たちへの聞き取り調査と統計から、戦後生活史の様々な側面をたどる。
 1975年に出版された本だが地味に版を重ね、近年再注目されているそうだ(私の手元にあるのは2015年の第5刷)。本著が再注目されたのは、女性の自立やキャリア構築を阻む日本の社会制度が、未だに根深いからだろう。労働運動に内部矛盾と行き詰まりを感じる女性が「保守・革新を問わず共通な日本人の精神構造に深く根差しているような気がして、そう簡単に展望がもてないんですね」と語るのにはため息が出た。本当にそうなんだよな…。
 一応男女平等という建前にはなったが、本著で聞き取りに応じた女性たちが置かれた立場や直面している困難の数々は、現代でも驚くほど変わらない。確かに男女雇用機会均等法は出来たし当時に比べればずっとましにはなっている。が、社会の性質や、社会の仕組みを作る立場にいるのが男性ばかりだという状況はあまり変わっていない。女性は結婚して仕事をやめ家庭に入るもの、長期で働くことはないという前提の元に雇用制度が作られていたために、本著に登場する女性たちは職を転々としたり、長く働いても昇給は男性に比べると圧倒的に少なく当然年金額も僅かになってしまう。いまだに同じ構造だ。単身で働き続ける女性は増えたのにも関わらず、女性は労働力の調整弁として扱われがちだ。また単身高齢者の住居確保の難しさは、男女関係なく現代では更に度合いが増しているように思う(収入に占める家賃の割合は現代の方が厳しいかも)。70年代の問題が今も現役であるというのが何か情けなくなってしまう。老若男女の多様な生き方が尊重され安心して生活できる社会保障制度を全く作ってこられなかったということだから。
 自分が体験してきた(している)苦しさ、将来直面するであろう困難が記されており正直読んでいてかなりしんどかった。が、こういう声を拾い集め記録し、これは社会の問題で社会の仕組みから変えなくてはならないのだと、声を上げる人たちのリレーを続けるしかないのだろうなと思う。ちょっとづつでもましにしたいよね…。


三ギニー (平凡社ライブラリー)
ウルフ,ヴァージニア
平凡社
2017-10-10


『ぼくにはこれしかなかった』

早坂大輔著
 岩手県盛岡市にある古書・新刊書店BOOK NERD。会社員として働いていた著者は、2017年にこの店を開いた。それまでの仕事とは全くの畑違いである書店を始めた理由、経営上の困難、そして働くとは何なのか。現在進行形で書店店主として働く著者のエッセイ。
 盛岡に旅行した時BOOK NERDに立ち寄ったのだが(本著内でも「いつの間にか本を作っていた」という章で触れられている、くどうれいん『わたしを空腹にしない方がいい』を買うため)、私個人の読書傾向とは品ぞろえが違うものの、店の方向性がはっきりとしていてユニークだし洒落ているなという印象だった。てっきり書店勤務ないしは出版系の仕事経験のある人が独立して始めた書店なのかと思っていたら、想像とは全然違う経緯で店を始めておりちょっと驚いた。本著序盤のばりばり働いていたサラリーマン時代の話、40代が近づき仕事への意欲が急になくなるくだり(これ鬱の初期症状では…と心配になる感じのスイッチの切れ方)、そして独立して起業(最初に書店以外で起業していたのも意外だった)とその顛末など、なかなか胃が痛くなりそうな話が続く。特に最初の起業の話と書店が軌道にのる前の話は、独立・起業を考えている人は読んでおいたほうがいいと思う。友達との起業はするな。
 なお著者は決して文章が流暢というわけではなく、個人的に好みの文章でもない。私の好みからすると装飾と情緒が過多で、ナルシズムが少々鼻につくし、「きみたち」への呼びかけも必要性がわからない。ただ、なぜこの仕事でないとだめだったのか、相当苦くてもなぜ続けている(続けざるを得ない)のかという切実さが刻まれており、そこは読ませる。巻末の「ぼくの50冊」もブックレビューとして良い。

ぼくにはこれしかなかった。
早坂大輔
木楽舎
2021-03-26




『日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年』

田口俊樹著
 ローレンス・ブロック作品をはじめ、数々の訳書(約200冊だとか)を手掛けた翻訳家が、自身の翻訳家人生を振り返り、訳書を読み直すエッセイ集。
 単行本の帯に「和臭か、無臭か、洋臭か!?」とあるのだが、これは翻訳永遠のテーマなのでは。時代ごとのトレンドや翻訳家の嗜好、読者の嗜好によって変わってくるだろう。昔は翻訳ものには翻訳ものならではの文章の味わいが求められる「洋臭」が主流だったが、最近は日本の小説と同じような文章のこなれかた・読みやすさの「和臭」が好まれるようだ。翻訳として正しいのはどちらでもない、外国語で書かれた文意をそのまま日本語に置き換える「無臭」なのかもしれないが、読み物として「無臭」が読みやすい・面白いとは限らない。業務上の書類とかなら無臭一択なんでしょうが…。英語を全くできない(から翻訳家の存在は私にとってはとても大きい!)者が読んでも翻訳のあれこれ、著者の苦闘が面白い一冊だった。何が書いてあるのかわかれば必ず翻訳できる(日本語でどう表現すればいいのかわからないと言ってしまう人は翻訳家には不向き)という著者の指針は明快。翻訳って日本語の読解表現力も必要なんですよね。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』のある一文の翻訳家ごとの比較は、それぞれの翻訳に対する考え方と、先達の解釈をどの程度踏まえるかという部分が垣間見えて興味深い。固有名詞の扱いや人名・土地名などについては、GoogleとAmazonの登場で翻訳の作業工程ががらっと変わったんだろうなということもわかる。
 なお著者がやらかした誤訳の数々も紹介されているのだが、業界の大先輩である小鷹信光からの指摘が他人事とは言えぞっとする。仕事に慣れてきたころにやらかすというのは、どの業種・職種でも同じなんですね。またマイクル・Z・リューインが人徳ありすぎてびっくりした。自分の著作以外のことでも翻訳上の質問に答えてくれるってなんていい人なんだ…。

日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年
田口俊樹
本の雑誌社
2021-03-03





刑事の誇り (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 165-7))
マイクル・Z・リューイン
早川書房
1995-07T


『ホテル・ネヴァーシンク』

アダム・オファロン・プライス著、青木純子訳
 ニューヨーク州、キャッツキル山地にある「ホテル・ネヴァーシンク」。ポーランド系ユダヤ人のシコルスキー一家が大邸宅を買い取って開業し、やがて屈指のリゾートホテルに成長した。しかし幼い子供が行方不明になる事件が起き、決して沈まないと思われたホテルにも凋落の兆しが見え始めた。
 ホテルの経営者一族、従業員、宿泊客ら等、ホテルに関係した様々な人たちの語りによってつながれていくゴシック・ミステリ。大型観光ホテルは日本でも一時期大盛況だったが、やがて下火になったし今ではそう人気もないだろう。アメリカでもそうだったのだろうか。移民のいちかばちかの賭けから始まり、商機をつかんでどんどん成長するがやがて衰退していくという、おもしろうてやがて哀しき、といった味わいが全編に満ちている。人の人生の奇妙さや真っ暗ではないが陰になっているような微妙な部分が立ち現れていく。
 とは言え、ホテル誕生時に既に呪いがかけられているようなエピソードもあるのだが…。更に行方不明事件の謎がずっと解けないまま残り、ホテルに影を落とす。行方不明事件のせいで、ホテルそのものに不吉な場としての呪いがかかってしまったようでもあり、その謎の引っ張り方が、本作をミステリではなく「ゴシック・ミステリ」にしている。ホテルという場の力、そして過去への引き戻しの力が強いのだ。
 語り手たちは子供の失踪事件やホテルそのものについて直接的に語るわけではない。彼らが語るのはあくまで自身の人生だ。しかしその背景にはホテルがあり、行方不明事件に関わる情報がちらちらと見え隠れする。ただ、それぞれ主観による語りなので、真相「らしきもの」という曖昧さが最後まで残る。そこもゴシック・ミステリぽい。

ホテル・ネヴァーシンク (ハヤカワ・ミステリ)
アダム オファロン プライス
早川書房
2020-12-03


ゴスフォード・パーク [DVD]
ヘレン・ミレン
ジェネオン・ユニバーサル
2012-05-09



『保健室のアン・ウニョン先生』

チョン・セラン著、斎藤真理子訳
 私立M高校に勤務する、養護教諭のアン・ウニョン。学校では怪奇現象や霊の仕業に思える不思議な出来事が次々と起こる。アン・ウニョンは幼いころから持っていた霊能力を駆使し、おもちゃの剣とBB弾の拳銃を手に、漢文教師ホン・インビョと共に怪現象に立ち向かう。
 アン・ウニョンのちょっと雑な性格がチャーミング。身だしなみもいまいち大雑把で、口紅の塗り方や爪の切り方が全然上達していないとかむだ毛の処理がいいかげんとか、親近感が湧きっぱなしだ。何より、ぶっきらぼうではあるが生徒たちの行く末を案じ、時にそっと手助けする。生徒=子供=守るべき存在と相対する職業であることが弁えられているのだ。ウニョンの霊能力は、金儲けに使うこともできるし、実際にそういう使い方をしている霊能力者に「金になることをやれよ」とバカにされたりもする。ウニョンの生き方は得にはならない。が、彼女は自分が正しいと思うやり方をやり続ける。それは、親切にするということだ。そして、その生き方を肯定するのがインビョ。“どうせいつか負けることになってるんです(中略)絶対に勝てないことも親切さの一部なんだから、いいんです。” 
 ウニョンだけでなく、歴史教師のパク・デフンも、生物教師のハン・アルムも、いわゆる正義感に燃えた人というわけでも聖人君子というわけでもないが、そういう部分があるように思った。得をしない生き方かもしれないが、それでもいいのだ、そしてそういう生き方をしている人は結構多いのかもしれないと思わせられる。
 なおウニョンの子供時代の友人とのエピソードの中で、ウニョンは『スレイヤーズ』(まさか韓国の小説に『スレイヤーズ』が出てくるとは…)のあるキャラクターが好きだったという話が出てくるのだが、このチョイス!ウニョンがどういう子供だったかすごくわかるし、なぜそのキャラクターが好きなのかと考えると、何か泣けてくるものがあった。










『フォックス家の殺人』

エラリイ・クイーン著、越前敏弥訳
 飛行士として戦争で活躍したデイヴィー・フォックス大尉は故郷のライツヴィルに帰ってきた。激戦で深い心の傷を負った彼は、妻リンダの首を絞めようとしてしまう。彼の行動には、かつて自分の父ベイヤードが母を毒殺した事件が影を落としていた。かつてライツヴィルと縁があったエラリイ・クイーンは、相談を受けベイヤードの無実を証明するため、再びこの町を訪れる。
 戦争の英雄が故郷に戻ってくるが戦禍により深いトラウマを負っている、家族の間にも隠された秘密があり、かつ町は長年暮らしている民ばかりで閉鎖的という、横溝正史か!と突っこみたくなるような序盤だが、クイーン作品の中でもかなり引きの強い導入の仕方ではないだろうか。この引きの強さは新訳の良さもあるのだと思う。クイーン作品は読みにくくって…という人にこそお勧めしたい。過去の捜査をそのままなぞり堂々巡りになるかのようなエラリイの行動、その中から少しずつ過去との齟齬が現れてくる。冷静に考えると最初からこれしか結論が思い浮かばないという所から、また一転させていく。
 本格ミステリの醍醐味(目くらましがあからさますぎるなーと思ったらそういう機能でしたか!かつて読者から指摘されたであろう微妙な部分に作中でわざわざ注釈いれているのはご愛敬ですが)があると同時に、戦争の傷の深さが刻まれている所に本作が書かれた時代背景を感じた。小説としては必ずしも帰還兵でなくてもいいし、終盤に登場するある人の設定など、特に必然性はない。それでも織り込んだという所に作家の意志を感じた。
 なお本作の事件の真相は大変痛ましいものだが、エラリイの「途方もなく重い責任がともないますね」という言葉に対するある人の返しは、エラリイとクイーン警視の関係にも薄く重なってくるように思う。


災厄の町〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
エラリイ・クイーン
早川書房
2014-12-05



『忘却についての一般論』

ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ著、木下眞穂訳
 両親を相次いで亡くしたルドヴィカ。姉オデッテの夫オルランドが所有する、アンゴラの首都ルアンダにあるマンションに移り住んだルドヴィカ。ポルトガルからの解放闘争が激化する中、姉夫婦が行方不明になり、ルドヴィカは部屋の入り口をセメントで塗り固め、引きこもって暮らすようになる。
 ルドヴィカが残した文章を元に構成されたフィクション、という体の小説。ルドヴィカは文字通り引きこもり生活、それも徹底した引きこもり状態で自給自足の生活をしており、彼女の生活・心情に生じるささやかな変化が綴られる。食料も燃料も尽きてぎりぎりの状況なのにどこか長閑。一方、マンションの外の世界では、植民地からの脱却、それに続く内戦の中で人びとは疲弊し、体制側も反体制側もどちらにも与しない市民も、様々な人たちが死んだり行方不明になったりする。望む望まないに関わらず、忘れ去られてしまう・あるいは忘れられたいと望む人たちがいるのだ。ルドヴィカという1人の女性の人生と、アンゴラという国のある時代・ある局面とが呼応していく。ルドヴィカも誰にも知られず忘れられていこうとしていたが、そこを(物理的にも)打開する返す展開が鮮やか。少なくとも文章を残すということは、自分をどこかに刻んでおきたいということだろう。
 正直、アンゴラという国の歴史(とポルトガルとの関係)をあまり知らなかったので咀嚼しきれない部分もあるのだが、ある人にまつわる謎が他の人のエピソードで解明されるというような、ミステリ的な構成にもなっており、こことあそこが繋がるのか!というサプライズが多々ある。一見散漫としているが実は緻密な構成が上手い。

忘却についての一般論 (エクス・リブリス)
ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ
白水社
2020-08-28


ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)
ペイショット,ジョゼ・ルイス
新潮社
2018-07-31


『冬将軍が来た夏』

甘耀明著、白水紀子訳
 「私」はセレブ向け幼稚園で働く女性保育士。ある日、幼稚園の園長の息子にレイプされてしまう。深く傷ついた私は園長の息子を告訴し仕事もやめる。彼女を支えるのは十数年音信不通だったが、突然会いに来た祖母と、彼女と共同生活している老女たちだった。
 「私」の祖母は曲芸の心得があり、家具にこっそり潜り込んで「私」を見守っていた。更に同性のパートナーを得て、水を張っていないプールの底を住み家にして仲間たちと暮らしている。「私」が直面する問題・苦しさはジェンダーや労働問題、経済問題など女性であることに起因するものが多々あるのだが、彼女を癒すのは女性同士の繋がり、支え合いだ。老女たちもまた、女性であるが故の不利・苦しみを味わってきた人たちだ。世代間のギャップはあるものの、同年代のシスターフッドが年代を越えて「私」を支えていく。「私」とより関係が強いはずの母親は「私」の支えにはならない、むしろレイプを示談に持ち込み「世間」の理論を持ち込もうとして彼女を傷つける。死に近くなった祖母の方が「世間」からより自由なのだ。個性の強い老女たちの言動は時にコミカルだが、そのコミカルさは人生のしんどさを乗り越えてきた上で発されるものでもある。おかしみとかなしみが交互にやってくるような味わい。

冬将軍が来た夏
甘耀明
白水社
2018-06-19


鬼殺し(上) (EXLIBRIS)
甘耀明
白水社
2016-12-28


『薄情』

絲山秋子著
 群馬の実家で暮らす宇田川静生は、人と深く関わることを避けて生きてきた。夏には嬬恋のキャベツ畑に長期バイトに行き、東京から移住してきた木工職人・鹿谷さんの工房でしがらみのないお喋りを楽しんだりと、実家の神社を継ぐとも継がないともつかない日々だ。しかし名古屋から帰省した同級生の蜂須賀と再会してから、少しづつ生活が変化していく。
 地方の生活が描かれているが、地元というものの居心地の良さと同時に「世間」の強固さ、また都会に出ていく人、「出戻る」人への微妙な暗い気持ちが生々しい。文章のトーン自体は温度が低く乾いているのだが、暗い部分にねっとり感がある。個人的に都会から地方へのステキ感ある移住生活にはうっすら憧れつつも何となくうさんくさく思ってしまうのだが、このあたりの薄暗い気持ちを感知するからだろうか。去ろうと思えば去れる立場だもんね、と思ってしまう。
 宇田川は地元の強固な「世間」に適応しきれず、かといって地元を飛び出し根無し草になるほど無軌道にはなれない。一見自由な鹿谷さんの顛末には、「世間」からのセイフティゾーンに「世間」が割り込んできたような居心地の悪さがある。宇田川もそこにいたたまれなくなるのだろう。中途半端な存在でこそいたい、というのが宇田川の生き方だがそれを続けるのは結構胆力がいるのかもしれない。私は地方在住というわけではないが、宇田川の「もうどうでもいい」感には共感してしまう。情熱なく生きるのだ。

薄情 (河出文庫)
絲山秋子
河出書房新社
2018-07-05


離陸 (文春文庫)
秋子, 絲山
文藝春秋
2017-04-07


『ブックオフ大学ぶらぶら学部』

島田潤一郎他著
 言わずと知れた一大新古書店ブックオフ。出版関係者や新刊書店関係者からはあまりいい顔をされない新古書店だが、そのブックオフをこよなく愛する人たち(皆読書家である)もいる。その愛が炸裂した、奇しくもブックオフ創業30周年に出版された一冊。
 私は一時期郊外や地方に出向く仕事が多かったのだが、ブックオフを見かけると何だかほっとしてついつい立ち寄ってしまっていた。そういうたまたまの立ち寄り先で思わぬ出物があるとやたらと嬉しい。何店舗もこなしている(こなしているという表現は妙なんだけどブックオフ巡回って「こなしている」って感じなんだよな…)と、無個性に見えて店舗ごとの個性がそこはかとなくあることがわかってきて面白い。本著中でも言及されているが、基本的に「かつて売れた本」が占める割合が高い、ポピュリズムと大量消費の権化のような存在なのに、よくよく見るとやたらとニッチなものが混じっているというカオスが魅力なのだ。近年は値引き度合いが低くなってうまみは減ったものの、未だに均一棚は貧乏人の味方だ。ブックオフの歴史、ブックオフ利用法についての著者らそれぞれのマイルール、せどり師にとってのブックオフの存在、時間はあったがお金はない青春におけるブックオフの立ち位置など、なぜか心打たれてしまう。また装丁がめちゃめちゃ冴えている!裏表紙、カバー下の芸の細かさに笑ってしまった。
 なお、私の自宅の最寄ブックオフは小規模店(本当に小さい)なのだが、最近明らかに本をちゃんと読んでいるタイプの店員が加入したらしく、棚がいきなり整い始めた。分類がちゃんとしている。翻訳文学も結構いいの入っているんだよな…客層がいいのか。


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