3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本・題名は行

『文学こそ最高の教養である』

駒井稔+「光文社古典新訳文庫」編集部編著
 古典文学の新訳を次々リリースし若い世代の読者も開拓している光文社古典新訳文庫。本シリーズの出版に伴い、出版社と紀伊国屋書店電子書籍サービス(Kinoppy)のコラボレーション企画として、翻訳者を招いた読書会「紀伊国屋書店Kinoppy=光文社古典新訳文庫 Readers Club Reading Session」でのトークを書き起こしたベストセレクション。
 私もこの読書会には何度か参加したことがある(本作収録分だとロブ=グリエ『消しゴム』、トーマス・マン『ヴェネツィアに死す』『だまされた女/すげかえられた首』の回)のだが、毎回面白い。現在、新型コロナ対策の為に中断中だが、機会があればまたぜひ参加したい。
 古典翻訳は現代の作品の翻訳とはまた違った難しさがあるということが、翻訳者の皆さんの話からはわかる。過去の翻訳を踏まえたうえで、意訳しすぎず原典に忠実でありつつ、どのように現代にマッチする日本語にしていくか、悪戦苦闘の数々が語られる。また文学研究の積み重ねやインターネットによる情報入手のスピード化・グローバル化に伴い新たな側面も見えてくる。読者にとっても昔の翻訳で植え付けられたイメージって大きかったんだなと再認識することにもなった。古典新訳文庫の良さは、キャッチフレーズのとおり「いま、息をしている言葉で」古典作品とフレッシュな出会い・再会をさせてくれることだろう。作品の背景を知ると、更に読みたい作品が増えた。とりあえずまだ読んだことがないプレヴォ『マノン・レスコー』、ナボコフ『カメラ・オブスクーラ』を読んでみたくなったし、プラトン『ソクラテスの弁明』は再読したくなった。






『P分署捜査班 集結』

マウリツィオ・ジョバンニ著、直良和美訳
 独自の捜査方針を貫く切れ者と評判、しかし倦厭されがちなロヤコーノ警部は、ピッツォファルコーネ署への異動を命じられる。ナポリで最も治安が悪い地区の所轄で、捜査班の多くが汚職で逮捕されたために至急の人員補充が必要だったのだ。しかし集められたのは何らかの問題があり、他の分署が持て余した人材ばかりだった。
 著者が真っ先に謝辞を送っているのがエド・マクベインというあたりでわかるように、オーソドックスな警察群像劇。当座しのぎのチームが複数の事件にあたっていく中で、メンバーそれぞれの個性・人生が垣間見えていく。裕福なスノードームコレクターの殺害事件、アパートの一室に女性が閉じ込められているのではという疑惑、どちらも決して派手な事件ではないし、真相にあっと驚くような意外性はない。しかし個々の刑事たちが地道に聞き込みをし、真実にたどり着こうとする様は正に警察小説の王道。刑事たちの造形が多面的で、職場での顔と家庭での顔があり、それぞれいかんともしがたい問題を抱えている様子も印象に残る。特にカラブレーゼの、夫と息子に対する思い。誰もが子供をひたむきに愛せるわけではないんだよな…。シリーズ作品だそうなので、この問題は次作に引っ張られる、またシリーズ通して解決していくのでは?という事件の断片も見え隠れしている。本作単品というより、この先のシリーズとしての展開が楽しみな作品。

集結 P分署捜査班 (創元推理文庫)
マウリツィオ・デ・ジョバンニ
東京創元社
2020-05-29



警官嫌い (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 13‐1))
エド・マクベイン
早川書房
1976-04-20


『秘めた情事が終わるとき』

コリーン・フーヴァー著、相山夏奏訳
 作家としては無名なローウェンの元に、ベストセラー作家ヴェリテの共著者として人気シリーズの執筆をしないかというオファーが舞い込む。ヴェリテは事故に遭い、執筆できる状態にないというのだ。魅力的なオファーだがなぜ自分に?といぶかしむローウェン。更にヴェリテの夫ジェレミーは、トラブルに遭ったローウェンをたまたま助けてくれた人だった。ヴェリテ夫妻の自宅で資料を見ることにしたローウェンだが、ヴェリテの自伝らしき原稿を見つける。
 名のある女性の後釜として屋敷に赴きその夫に惹かれる、しかし彼女の影が付きまとうという展開は『レベッカ』的だが、段々様子が異なってくる。ヴェリテの残した原稿にはジェレミーとの出会いから結婚、出産を経ていく様が綴られていくが、そこには驚くような出来事が記されていた。ローウェンは原稿に引き込まれつつも、そこに書かれた出来事に恐れおののく。普通ミステリだったら、その原稿に書かれていることは事実なのかフィクションなのか?何か仕掛けがあるのでは?と読者としては疑いつつ読むところだが、不思議なことにローウェンはそれが事実だと疑わない。そして意外と額面通りにストーリー展開するのだ。えっそれそのまんまなの?と拍子抜け…していたら最後の最後でそうきたか!しかしそれも額面通りといえば額面通りなのだが。ぐいぐい読ませるがミステリの仕掛けとしてはどうなんだろうな…。
 ただ、ヴェリテが作家、しかも才能ある作家という点が大きな装置になっているところは面白い。ローウェンが原稿を読まずにいられなかったのは好奇心だけではなくその原稿が不愉快な内容であっても上手い、読ませるものだったからだろう。それ故、どこまで「読ませる」ためのものだったのか?どこまで意図しているのか?とざわつかせるのだ。いわゆるロマンチックサスペンスジャンルの作品だしロマンスはあるのだが、ロマンチックが吹き飛んでいる。

秘めた情事が終わるとき (ザ・ミステリ・コレクション)
フーヴァー,コリーン
二見書房
2019-12-19



レベッカ (上) (新潮文庫)
ダフネ・デュ・モーリア
新潮社
2008-02-28


『翡翠城市』

フォンダ・リー著、大谷真弓訳
 翡翠のエネルギーにより怪力、敏捷、感知などに超人的な能力を発揮できるグリーンボーンたちの国、ケコン島。島の中心地であるジャンルーンを仕切るのは、コール家を中心とする「無峰会」。若き「柱」ランとその弟で武闘派の「角」ヒロ。ライバル組織「山岳会」との抗争を繰り広げていたが、事態は大きく動く。
 特殊能力者の世界の中のピラミッド構造と縄張り争いを描く、SFファンタジーヤクザ小説みたいな作品。組織の中でも鍔迫り合いや疑心暗鬼、裏切りが繰り広げられる。ランとヒロらが生きるのはそうした世界だが、彼らの妹シェイは海外の大学に通い、異文化の中で生活した経験がある。自分が一族に保護されていることへの屈託もあり、自立心と一族への愛情とが相反している。
 世界ではおそらくケコンの外の方がスタンダードで、ケコンはある種の異界として見なされている。ケコンの強みである翡翠の力も、個人の力を増強するものではあるが、それが強みになるのはあくまでグリーンボーン同士の個人戦、つまり決闘というシステムが有効な文化圏の中、あるいは組織に属さないアウトローとして生きる時だ。翡翠の力を民族の誇りとるす無峰会にしろ、海外との交渉材料にしようとする山岳会にしろ、資本主義と外交という世界の多数派のルールにのってしまった時点で、強みは失われていくように思う。彼らがいるのは旧世界で、この先独自性を保っていくのは厳しいのではないか。そもそも個人の力を増強しても、量産された武器・兵器に対抗できるほどではないだろう。翡翠の力の希少性は、おそらくそれほど高いものではなくなっていく。
 シェイはそういったギャップを知っているはずなのに、自分の一族の仕組みの中に自ら参入していかざるを得ない。コール家もケコンの文化そのものもいずれ廃れていくのではないかという予兆をはらんでおり、どこか寂寥感をはらんでいる。

翡翠城市 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
フォンダ リー
早川書房
2019-10-17


サイバラバード・デイズ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
イアン マクドナルド
早川書房
2012-04-01


『ブルックリン・フォリーズ』

ポール・オースター著、柴田元幸訳
 60歳を前にし、がんを患い離婚して静かに晩年を過ごそうと決意したネイサンは、馴染みのあるブルックリンに戻ってきた。街の古本屋で甥のトムと再会し、古本屋店主のハリーに紹介される。更に予想外の出会いと出来事が生じ始める。
 ネイサンは自分の人生を振り返り、かつ暇を持て余して「人間愚行(フォリーズ)の書」を書いており、本著の題名はここからとられている。ネイサンは頭はいいが誘惑に弱く、かつ自分本位でちょいちょい「愚行」を行いがち。彼を取り巻く人々も決して聖人君子ではなく色々と難点が多く、それぞれ様々な愚行を犯している。しかしだからこそ愛すべき人たちなのだ。ネイサンは最初、かなりいけすかない、女性に対して手癖の悪い男(元妻や娘に対する態度は結構ひどいし、お気に入りのウェイトレスに対する振る舞いも悪意はないが考えなしだと思う)なのだが、生真面目な甥トムや、姪の娘ルーシーとの交流で、徐々に変化していく。愚者は愚者かもしれないが、自分のことだけでなく他人のことを思いやり、力になろうとしていくのだ。人間60手前になっても変われる、成長できるぞというほのかな希望が感じられる。
 ネイサンだけでなく、詐欺師の前歴があり色々とうさん臭く享楽的なハリーの、隠された思いやりと愛情にもほろりとさせられた。しかしアメリカ同時多発テロ事件への言及もあり、彼らの世界が読者の世界と地続きであり、この先起こる悲劇も示唆される。でも今この瞬間は幸福だ、ということの代えがたさと危うさを感じさせるラストだ。

ブルックリン・フォリーズ (新潮文庫)
オースター,ポール
新潮社
2020-05-28


サンセット・パーク
オースター,ポール
新潮社
2020-02-27




『華やかな食物誌』

澁澤龍彦著
 古代ローマの豪華かつ奇矯な料理の数々、フランスの宮廷料理やそこに集った美食家たち、中国の文人が記した食譜など、美食にまつわるものを中心に、美術・芸術にまつわるエッセイを収録した1冊。
 美食を極めると味の良し悪しとはもはや別次元の世界になってくるのか。古代ローマの饗宴も、フランスの宮廷の晩餐会も、ばかばかしいくらい豪華だ。遠方から珍しい食材を取りよせられるということが財力・権力の証だし、宴会の企画力みたいなものもセンスとして問われたのだろう。それにしても、それ本当においしいの?!大丈夫?!みたいな料理が多くて笑ってしまう。18世紀パリで一人ミシュランみたいな存在だったグリモ・ド・ラ・レニエール主催の晩餐は一つのコンセプトアート(趣味がいいかどうかはともかく)のようでもある。なぜ食にここまで情熱を傾けてしまうのか…。
 なお題名には「食物誌」とあるが、実は食に関係ない美術エッセイの方が多い。著者のエッセイを初めて読んだ当時は、出てくる全ての美術品に図版がついているというわけではなかったので(文庫版は特に図版省略されているので)、いったいどういう美術品なんだろうと想像巡らせたものだった。現代はありがたいことにインターネットがあるので、さっと調べることができる。ただ、わかってしまうことで妄想・期待が膨らまないという面もあるな。

華やかな食物誌 新装版 (河出文庫)
澁澤龍彦
河出書房新社
2017-07-28


バベットの晩餐会 (ちくま文庫)
イサク ディーネセン
筑摩書房
1992-02-01




 

『パリのアパルトマン』

ギョーム・ミュッソ著、吉田恒雄訳
 元刑事のマデリンと劇作家のガスパールは、パリのアパルトマンで出会う。急死した天才画家の部屋の賃貸契約が、管理人のミスによってかち合ってしまったのだ。2人は死んだ画家の遺作三点を一緒に探し始める。画家の家族にはある悲劇が起きており、2人の遺作創作はその悲劇の謎とも絡み合っていく。
 個人的には著者の前作『ブルックリンの少女』の方が好みだが、読者に先を気にさせる構造、予想のつかなさ(というか超展開すれすれ…)は本作の方が上回っているように思う。最初はアート探偵のような行為から始まるが、事件の深刻さが増していく。一方で、ストーリー上美術の話題、実在のアーティスト名が頻出したり、著者の趣味なのか映画の話題がちらほら出てくる所が楽しい。このアーティスト、俳優をどういう形で引き合いに出すのかセンスが問われるところだと思うが、なかなかの説得力だと思う。引き合いに出すことで、画家とその作品がどういうポジションなのか想像しやすい。
 マデリンはともかく、ガスパールはかなり問題のある人で、彼の暴走からミステリとして話が動き出すと言ってもいい。それ調べる必要も権限もないよね!?と突っ込みたくなるし、マデリンに対する態度もデリカシーがない。基本的に失礼なのだ。なお、マデリンもガスパールも子供を持つということに別々の形ではあるが、葛藤・問題を抱えている。それだけに倫理的にどうなのと疑問に思う所も多々あった。子供が自分の欠損を埋める道具になってしまっていないか?

パリのアパルトマン (集英社文庫)
ギヨーム・ミュッソ
集英社
2019-11-20


ブルックリンの少女 (集英社文庫)
ギヨーム・ミュッソ
集英社
2018-06-21






『富士日記を読む』

中央公論新社編
 武田百合子が夫・武田泰淳に勧められて書き始めた、富士山麓の山荘での生活を記録した『富士日記』。幅広い読者に愛されてきたこの随筆を、各紙誌に掲載された書評と小川洋子らによる書下ろしエッセイからその魅力に迫る。更に百合子、泰淳による関連作品を収録した1冊。
 『富士日記』が出版された当時は、武田百合子は「武田泰淳の妻」という認識だったのだろうが、今や泰淳の『富士』よりも百合子の『富士日記』の方が広く読まれ知名度が高いのではないだろうか。百合子の文章の面白み、観察眼の鋭さや表現の切れの良さは『富士日記』が出版された当時の書評や解説でも言及されていたが、日記文学としての『富士日記』の凄みは当時よりも近年の方が実感されているのではないかと思う。毎日の食事と出来事の記録がなぜこうも面白いのか。これは「生活は面白い」という認識が定着したからかなという気もする。その方が時代、思想を越えて読み続けられるのかなと。本著内でも言及されているが、泰淳の文章を口述していたことの影響等が近年の批評ではあまり指摘されなくなっている(言わずもがなということかもしれないが)のは、それとは別に、百合子固有の文章、視線の強度があることが浸透していったのでは。

富士日記を読む (中公文庫)
中央公論新社
2019-10-18


『弁護士ダニエル・ローリンズ』

ヴィクター・メソス著、関麻衣子訳
 ソルトレイク・シティの刑事弁護士ダニエル・ローリンズは、麻薬密売容疑をかけられた黒人少年テディの弁護を依頼される。未成年かつテディには知的障害があり、麻薬取引などできそうもないので不起訴処分に持ち込めるかに思えたが、なぜか検察も裁判所も実刑判決にする意志が固い。少年は誰かに利用されたとしか思えないダニエルは、彼を守り法を守る為に奔走する。
 連日二日酔いでよれよれだが、正義感が強くお人よしなダニエル。話し言葉の語尾を「~だな」「~だよ」と性別分けがニュートラルにしている翻訳文が彼女のキャラクターにはまっており好感度高い。ダニエルは無茶な仕事のやり方もするが、基本的に法の正しさ、公正さを信じている。テディの処遇に憤慨した彼女が暴れまわることで、検事、裁判官、証人など関係者たちの偏見や不公正さが浮き彫りになっていく。厄介なのは、彼ら自身はそれを不公正だとか偏見だとかは思っていないという所だ。彼らにとってはそれが正しさだから説得も出来ない。様々な側面からこういった不公正さが垣間見えるような構造の話だ。テディに対する世間の態度だけではない。ちょっとした部分なのだが、ダニエルの元夫ステファンが、LAで男として育つ辛さを語り、この街(ソルトレイク・シティ)はいい所だ、息子を育てるならこの街がいいという。ただその「いい街」と思えるのは、彼がそこそこ裕福な白人男性だからではないか。ダニエルが相対する事件の背景にあるのはそういうものなのだ。
 なおダニエルはこの元夫ステファンに未練たらたらなのだが、それがちょっと不思議だった。ステファンに魅力がないというわけではなく、ダニエルは過去に執着するタイプに思えないからだ。かといって彼女に思いを寄せているウィルを選べばいいのにとも思えなかった。ウィルはやはり「親友」かつ仕事の理解者でいてほしい。ダニエルは「どん底にいる時が一番輝く」とある人から評されるのだが、そういう人は幸せかつ安定したパートナーシップにはそもそも向いていないのでは…。




『濱地健三郎の霊なる事件簿』

有栖川有栖著
 探偵・濱地健三郎は幽霊を見る力を持っている。彼の依頼人は、原因不明の奇妙な現象に悩む人たち。その奇妙な現象の影には幽霊がいるのでは?濱地は助手の志摩と共に、死者が訴える謎に挑む短編集。
 ホラー+本格ミステリは王道の組み合わせのようでいて、実は相反する。ホラーは道理が通り過ぎると興ざめ、本格ミステリは道理を通さないと存在意義がない。本作はその2つの部分のバランスがとれており、状況の解明は本格ミステリだがその背景はホラー仕様。またその2つの配分がエピソードごとに異なり、「それは怪異なのかどうか」という線引きについてちょっとした実験をやっている感じ。本格ミステリとしては禁じ手なトリックをあっさり使っている(著者の『ペルシャ猫の謎』を思い出したよ…)のはご愛敬か。なお本作、著者の他の作品よりも昭和感が強い(作中スマホが出てくるので現代が舞台ですが)というか、登場人物の言動がちょっと古い感じ。女性の描き方もおじさん目線感が強くてちょっとひいた。作家の油断か。

濱地健三郎の霊なる事件簿 (角川文庫)
有栖川 有栖
KADOKAWA
2020-02-21


謎のクィン氏 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ・クリスティー
早川書房
2004-11-18


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