3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本・題名は行

『ブルックリンの少女』

ギョーム・ミュッソ著、吉田恒雄訳
小説家のラファエルは、恋人アンナとの結婚を控えていた。過去をひた隠しにするアンナに詰めよると、彼女は衝撃的な写真を提示し、「私がやったこと」だと言う。動揺するラファエルを置いて彼女は立ち去るが、そのまま失踪してしまう。ラファエルは元刑事マルクの助けを借りて彼女の行方を追うが、かつて起きた連続誘拐事件や不審な事故が浮上する。アンナは一体何者なのか。
章が進むごとに「えっそうなの?」とサプライズが訪れる、二転三転どころか転転転が連続する構成。こういうケレンというか、妙な派手さがフランスのミステリっぽいなぁと思う。恋人の過去という発端から、大分遠い所まで話が展開していくのだ。終盤でチート的キャラクターを出してくるのは都合が良すぎる気がするが、どんどんラファエルらの手に余る展開になっていく所は面白い。真相が非常に辛い話だし、彼ら彼女らの未来が元通りに修復されるのかというと、かなり怪しいと思う。少なくともラファエルとアンナの関係においては、ラファエルが彼女の過去を問い詰めた時点で致命的に変わってしまったのではないか。

ブルックリンの少女 (集英社文庫)
ギヨーム ミュッソ
集英社
2018-06-21


あなた、そこにいてくれますか (潮文庫)
ギヨーム・ミュッソ
潮出版社
2017-10-05


『炎の色(上、下)』

ピエール・ルメートル著、平岡敦訳
 1927年。パリの資産家ペリクール家の長女・マドレーヌは、銀行家の父を亡くし、莫大な遺産を相続する。彼女は経営や資産運用のことは教えられておらず、幼い一人息子ポールが関心の全てだった。事故に遭ったポールの看病に全力を注ぐマドレーヌだが、彼女の富を狙う人々がいた。地位も資産も失った彼女は、ある復讐を決意する。
 『天国でまた会おう』に続く三部作第二部。前作は第一次世界大戦からその後にかかる話だったが、本作は第一次大戦と第二次大戦の間、ヨーロッパにファシズムが影を落としていく時期だ。時代ものとして、ピカレスクロマンとしてとても面白かった。前半は歴史もの+経済小説みたいで今一つ興が乗らなかったのだが、マドレーヌが覚醒する後半はどんどん先を読みたくなった。主要な登場人物全員、最初に登場した時とはどんどん変化し別人みたいなのだ。守られることをやめたマーガレットも、体制に一矢報いるある歌姫も力強くタフさを増していく。歴史の流れに翻弄される人々、それを利用する人々の姿がドラマティック。歴史の流れの組みこみ方が上手く、歴史小説を背景にピカレスクロマンが展開される感じ。この三部作はピカレスクであることが強く意識されていると思う。
 デュマやユーゴーみたいな引きの強さとドラマの盛り方だなと思っていたら、献辞にデュマの名前が出てきてなるほどなと。そういう面ではフランスの文芸小説の王道を狙っていると言える。

炎の色 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピエール ルメートル
早川書房
2018-11-20


炎の色 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピエール ルメートル
早川書房
2018-11-20


『花殺し月の殺人 インディアン連続殺人とFBIの誕生』

デイヴィッド・グラン著、倉田真木訳
 1920年代、禁酒法時代のアメリカ、オクラホマ州。先住民オセージ族が20数人、相次いで不審死を遂げる連続殺人事件が起きる。私立探偵や地元当局もお手上げの中、のちのFBI長官J・エドガー・フーヴァーは、テキサス・レンジャー出身の捜査官トム・ホワイトに現地での捜査を命ずる。近代的な捜査組織の成立を計画していたフーヴァーにとって、この案件は試金石でもあった。しかし調査は困難を極める。手がかりが少なく科学捜査もまだ存在しない上、嘘の証言や目撃者の失踪など、妨害工作らしきものが起こっていたのだ。
 ノンフィクションだが、アメリカ探偵作家クラブ賞を受賞している。ノンフィクションでも受賞可だったのか・・・。それはさておき、大変な力作。何しろ20年代でリアルタイムを知る証言者はほぼいない状態なので、公文書をしらみつぶしに調べ、子孫からの伝聞を辿りという、作業量を想像すると大変なことになっている。そして事件の内容が衝撃的。アメリカの暗部がでろでろ流れ出ているような事態になっている。
 連続殺人の裏には石油利権と先住民に対する人種差別、権利の不均衡がある。本来居住していた地域を追われたオセージ族の移動先が、たまたま石油の出る土地だったのだ。オセージ族は土地の利権で豊かになったが、その富と利権を狙う者たちがいる。奪取のやり方があまりにも非道で絶句しそうなのだが、おそらく相手が白人だったら、彼らはここまで極端なことはやらなかっただろう。オセージ族相手だからここまでやってもいい、捜査もまともにされないし彼らの命や権利を守ろうとする人もいないだろうという、侮りがベースにあるのだ。人間の欲望の留まるところのなさに心が竦む(事件の首謀者は多分にサイコパス気質だったんだと思うけど)が、同時に、相手を「こういうことをしてもいい相手」だと判断すると人間はいくらでもひどいことが出来るということにもぞっとする。そういうことが、ごく普通に行われていた時代だったのだ。
 そんな中で、ホワイトの振る舞いのまともさ、他人へのフェアさは際立つ。この事件最大の功労者と言えるだろう。彼や彼の仲間が後のFBIの礎になった。フーヴァーは彼らのことはすぐに忘れちゃったみたいだけど。


石油!
アプトン・シンクレア
平凡社
2008-04-18


『方丈記』

鴨長明著、蜂飼耳訳
 歌人として活躍したが50歳で和歌所から出奔した著者による随筆。本著が成立したのは58歳位のころと考えられている。
 日本語が日本語に翻訳されるというのは不思議な気がするが、古典新訳と言われるとそれもそうか。蜂飼による訳は意外とあっさりとしていて読みやすい。原典がそもそもあっさりとした描写なのだろう。訳文と原典、両方収録されている(『方丈記』って短かったんだな・・・)ので、読み比べることが出来て便利。訳者による解説、エッセイも面白い
 火災や飢饉、地震の記述が度々あり、天災が頻発する時代を生きた人だったことがわかる。災害時の建物の潰れ方とか人の死に方とか、意外と生々しい。賀茂川の川辺に死体があふれている様など、さらっと書かれているけど災害の深刻度がわかる。著者はこういった災害に関心があるというよりも、何であれ目の前で起こることを観察してしまう人だったように思った。波乱万丈な人生にも見えるが、文面からはどんな出来事も受けて流す、という感じの諦念が感じられる。加えて仕事の上でも運に恵まれず、不遇の人生だったと言う。天災と不運が合わさってそういった人生を受け入れる諦念の境地に、と読者としては受け取りがちだが、本当は色々執着や諦めきれなさがあったのではないかという訳者の見解が面白い。確かに、本当に諦念の境地にあったらわざわざ文章を残したりはしなさそうな気がする。


方丈記 (岩波文庫)
鴨 長明
岩波書店
1989-05-16


『初恋』

トゥルゲーネフ著、沼野恭子訳
 16歳の少年ウラジーミルは、別荘の隣に住む21歳の公爵令嬢ジナイーダに一目惚れする。ジナイーダはいつもとりまきの男性たちに囲まれており、ウラジーミルは翻弄され思いは強まっていった。しかしある日、彼女が恋に落ちたと気付く。
 先日読んだウィリアム・トレヴァー『ふたつの人生』収録「ツルゲーネフを読む声」(光文社古典新訳文庫のみトゥルゲーネフ表記)の中に本作(とその他のトゥルゲーネフ作品)からの引用が多々あったので、気になって読んでしまった。昔は他愛ない話という印象だったが、新訳で読むと少年の恋にのぼせ上った舞い上がり方、鋭敏さと視野の狭さがいっしょくたになっている様が瑞々しく微笑ましい。また、ジナイーダにしろ彼女のとりまきにしろ、まだ半分子供であるウラジーミルの前では、大人として振舞おうとする。本当は彼女らもいっぱいいっぱいで、必ずしも世慣れているというわけでもないのだが、せめて彼の前では大人としての思いやりを発揮しようとしていたことが、今読むとわかる。その思いやりと、ウラジーミルはそれと気づかないのだが。

初恋 (光文社古典新訳文庫)
トゥルゲーネフ
光文社
2006-09-07


猟人日記 上 (岩波文庫 赤 608-1)
ツルゲーネフ
岩波書店
1958-05-06


『冬の炎』

グレン・エリック・ハミルトン著、山中朝晶訳
 軍を除隊し、故郷で求職中のバン・ショウに、祖父の友人だったウィラードが頼みごとをしてくる。恋人と共に山荘に出かけたきり戻らない姪のエラナを探してほしいというのだ。雪山へ出向いたバンは、若い男女の死体を発見する。死体の損傷は激しく、男性がエラナを射殺し自殺したように見えたが。
 『眠る狼』に続くシリーズ第2作。バンが事件を追っていく経緯と、過去の出来事とが交互に語られるのは前作通り。ただ、現在の事件の追い方がちょっとでこぼこというか、強引なように思った。ちょっと後出しジャンケンぽいかな・・・。とはいえ、戦地で傷を負ったバンのトラウマは、本作の方がよりはっきりと描かれているように思う。バンの部下だった元レンジャーのレオが登場するが、彼もまた精神的なダメージを負っている。バンの前に現れた時の、当たりはやわらかだがどこか落ち着きがなく、不安定さが垣間見える所作が印象に残った。隣家の犬と触れあうくだりはちょっと可愛いのだが痛ましくもある。人間相手だと安心できないということだから。傷を理解し合う者としてのバンとレオのバディ感も良い。ただ、バンと恋人ルースとの関係は反比例で危うくなる。バンが過去の自分を追い物騒なものに惹かれ続ける(本作でもわざわざ自分で事態を面倒くさくしたり相手を無駄に挑発する傾向あり)限り、ルースは彼と生きていくことはできない。3作目(日本では未訳)ではどうなっているのか気になる。

冬の炎 (ハヤカワ文庫NV)
グレン・エリック・ハミルトン
早川書房
2018-05-17





眠る狼 (ハヤカワ文庫NV)
グレン・エリック・ハミルトン
早川書房
2017-04-06

『ふたつの人生』

ウィリアム・トレヴァー著、栩木伸明訳
 長年施設で暮らすメアリー・ルイーズの耳には、ロシアの小説を朗読する幼馴染の青年の声が今でも聞こえている。約40年前、彼女は年上の商人エルマーと結婚し、彼の2人の姉と共に暮らし始めたのだが。メアリーの人生を描く「ツルゲーネフを読む声」の他、列車内で爆発事件に巻き込まれた作家エミリー・デラハンティと、同じ事件で生き残った3人の被害者を描く「ウンブリアのわたしの家」の2編を収録。
 ある女性の人生を描いた作品2編を収録しているから『ふたつの人生』なのだが、それぞれの作品の主人公がある意味で「ふたつの人生」を生きているという、二重の意味合いになっている。メアリーはエルマーと結婚するが、ぼんやりとした夫と批判的な義姉たちとの慣れない生活は、決して満たされるものではなかった。そんな折、いとこのロバートと再会し、彼との交流が心の支えになっていく。彼への思い、彼との生活に対する夢想はやがて彼女の生活を侵食していくのだ。エルマーと結婚した人生とロバートと共に歩む人生、2つの人生が彼女の中に併存している。他人には狂っていると思われるんだろうけど、自分にとってより真実味が感じられるものこそが真実ではないかと思わずにいられない。ラストには震えた。「現実」とやらに居場所がないなら他に居場所を作って何が悪い、と言わんばかりのメアリーの生き方は心に突き刺さる。
 一方、「ウンブリアのわたしの家」の語り手であるエミリーはロマンス小説作家であり、それこそ望ましい人生を頭の中で生み出すことを生業としている。彼女が語りだすそれぞれの人生は、彼女が相手から聞いたことなのか、彼女の空想の中身なのか、だんだんわからなくなっていく。彼女もまた積極的に「もうひとつの人生」を生きようとする人なのだ。


聖母の贈り物 (短篇小説の快楽)
ウィリアム トレヴァー
国書刊行会
2007-02-01


『響きと怒り』

ウィリアム・フォークナー著、高橋正雄訳
アメリカ南部の名門コンプソン家。当主のジェイソンは酒に溺れ、妻キャロラインは夫に不満を持っている。長男クェンティン、長女キャンダシー、二男ジェイソン四世、三男ベンジャミンと彼らに使える黒人一家の生活の変化を描く。
1910年パートと1928年パートがある。各章の主人公が異なるが、第一章、知的障害があるベンジャミンのパートは彼の主観が非常に強く、彼が今現在見聞きしているものと過去の記憶とが頻繁に行き来し混じり合う。この章が一番読みにくい。ベンジャミンの知覚に振り回されてしまうのだ。クェンティンの章、ジェイソンの章と進むうちに、客観性が強くなり主人公の感覚、記憶の入り混じった表現は減っていく。クェンティンは内省的な人物だが、ジェイソンは現実的で内面人物。2人の性格の違いが文章にも表れているのだ。コンプソン家の両親は過去のものとなりつつありつつある南部の伝統的な世界の中で生き、自分達が没落していくことを直視しようとしない。クェンティンとキャンダシーはそれぞれ異なるやりかたで伝統や因習にあらがっているように見えるが、結局は因習に絡め取られ自由にはなれない。最も時代に即し没落を自覚しているジェイソンは、家族が抱える伝統・因習に足を引っ張られる。家族を憎みつつも見捨てられないジェイソンの不自由さは最も現代に近いかもしれない。著者の『八月の光』では「放蕩娘」を父親が追い出し、父親は娘の間違いを許さない、一方母親はそれでも一緒に暮らし続けるというような記述があったが、本作のシチュエーションは逆。母親のプライドは娘の奔放さを決して許さないのだ。


響きと怒り (講談社文芸文庫)
ウィリアム・フォークナー
講談社
1997-07-10


エミリーに薔薇を (福武文庫―海外文学シリーズ)
ウィリアム フォークナー
福武書店
1988-05

『八月の光』

ウィリアム・フォークナー著、黒原敏行訳
 お腹の子供の父親を追って旅するリーナ、当所もなくさまようクリスマス、支離滅裂な言動により辞職を求められた牧師ハイタワー、リーナに一目惚れし彼女を気に掛けるバイロン。アメリカ南部の町ジェファーソンに辿りついた人々の運命は、ある事件へと集約されていく。
 難解だと定評のあるフォークナーだが、この度新訳がリリースされたので思い切って読んでみた。こまめに付けられた注釈が、読み進める為の補助線になっている。本作、時間の流れ、時制の切り替えが曖昧でかなりわかりにくいので、そこを指摘してもらえるだけでも大分楽。これから読む人には迷わず光文社古典新訳文庫をお勧めする。
 黒人の血が流れていると噂されるクリスマスは、その噂を否定することなくむしろ自ら噂を広めるかのような振舞をする。当時のアメリカ南部でそれをやることは、自らの死に繋がりかねない。クリスマスが噂を否定しないのは、自分の出生に誇りをもっているというわけではなく、緩慢な自殺のように見える。一方で、黒人の血が流れていることを一つのスティグマのように捉え、武器として使っているようにも思える。クリスマスという名はキリストとの関連を示唆するが、彼は何かを救う為に犠牲になるわけではない。スケープゴード的な立ち位置ではあるが、それにより何かがなされるわけではないのだ。彼のアイデンティティは大分屈折しており、特に女性に対してその屈折が如実に現れる。
 女性との関係で言うと、ハイタワーは妻に実質逃げられているし、バイロンは童貞。女性への憎悪や軽蔑、偏見(本作が書かれた当時はそれが「普通」ってことだったんだろうけど)がちょっとしたところに滲んでいるのでなかなか鬱陶しい。クリスマスやハイタワーの造形と比べると、リーナの造形はテンプレの「母」「女」的で陰影がない。
 クリスマスとハイタワー、屈折した2人の生い立ちを序盤と終盤に配置すること、そしてリーナの旅が冒頭と終盤に配置されたことで、円環構造のような趣を見せる。シチュエーションとしては旅立ちだが、果たして旅立てているのだろうかと不安になる。また本作、南北戦争の禍根がハイタワーの生い立ちとそこから生まれる妄想等に見え隠れしているのだが、終盤に登場する若者たちには現代に通じるものを感じぞわぞわした。物事をあまりに単純に見ており、独善的。いつの時代もこういう人たちがいたのか。


八月の光 (光文社古典新訳文庫)
ウィリアム フォークナー
光文社
2018-05-09


『ハンティング(上、下)』

カリン・スローター著、鈴木美朋訳
 郊外の車道で車にはねられたという、意識不明の女性がERに運び込まれた。彼女は裸で体には拘束・拷問された跡があり、肋骨が一本抜き取られていた。ジョージア州捜査局特別捜査官ウィル・トレントは現場に急行し、森の中で地下に掘られた拷問部屋を発見する。部屋の形跡からは、女性はもう1人いたのではないかと思われた。
 ウィル・トレントシリーズ3作目(日本での出版は2作目。実際の順番とちぐはぐでわかりにくいな・・・)。シリーズ前作『砕かれた少女』で初登場した人物が再登場し、えっあの後そんなことになっていなのか!とびっくりしたり心配になったりするところも。事件は相変わらず血なまぐさいのだが、地元警察に足を引っ張られることで話が長くなっている(捜査が進まない)ように思える。特別捜査官てそんなに嫌われるの?アメリカの捜査機関の縄張り意識のニュアンス、いまいちわからないんだよなー。犯人の特定が少々唐突で都合良すぎる気もするが、その唐突な登場は犯人の周到さ、粘着さを表すものでもある。
 なお、ウィルと周囲の女性たちとの関係が相変わらずもたついている。ウィルは自分の生い立ちや識字障害を頑なに隠そうとし、その気持ちはわかるのだが、その部分を整理しないとアンジーとの関係はこう着状態だし他の女性(に限らず他人)との関係が深まることもないんだろうな。

ハンティング 上 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-01-25


ハンティング 下 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-01-25


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