3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本・題名ま行

『ミドルマーチ2』

ジョージ・エリオット著、廣野由美子訳
 ミドルマーチ市長の息子フレッド・ヴィンシーは、金策に失敗し借金返済の目論見も外れ、思いを寄せるメアリがいるガース家に迷惑をかけてしまう。そのメアリは資産家の叔父フェザストーン老人の遺言を巡る騒動に巻き込まれてしまう。一方、エドワードとドロシアのカソーボン夫妻の夫婦生活にも危機が訪れる。
 エドワードとドロシアは、双方が相手の中に見たいものを見て勢いで結婚したという向きが強かったので、まあそうなるよね…という展開なのだが、2人の食い違いや、お互いへの期待が時に的外れであるという部分の描写がなかなかエグい。また、フレッドの金銭面のだらしなさや生活の計画性のなさ、見込みの甘さなど、結構容赦のない造形だ。人間の至らなさやかっこ悪さにフォーカスした群像劇とも言える。時にコミカルですらあるのだ。人間の営み、感情のあり方は100年200年くらいでは(本作の冒頭は1829年が舞台)変わらないものだとつくづく思うし、それを克明に写し取り構成したエリオットの眼と筆力はさすが。なお、メアリが仕事に出なくてすむことなり本人も家族もほっとするというくだりがあり、女性が働くというのはあまりいいイメージではない(働く=生活に困って致し方なく)んだなとはっとしたし、そういう時代とは言え悲しくなった。働く女性はいたものの、女性の自立までまだまだ道のりが遠い時代だったのだ。

ミドルマーチ2 (光文社古典新訳文庫)
エリオット,ジョージ
光文社
2019-11-08


ミドルマーチ1 (光文社古典新訳文庫)
エリオット,ジョージ
光文社
2019-01-08


『名探偵の密室』

クリス・マクジョージ著、不二俶子訳
 かつて少年探偵として名をはせ、今はバラエティ番組の「名探偵」MCとしてタレント活動をしているモーガン・シェパードは、気付くとホテルのベッドに手錠で繋がれていた。その部屋には見知らぬ男女5人が閉じ込められていた。外に出る手段が見つからない中、バスルームで男性の死体が発見される。そして備え付けのTVに男が映し出され、3時間以内に殺人犯を見つけなければホテルを爆破すると告げる。
 密室、死体、そして探偵という直球の本格ミステリではあるのだが、「誰が」あるいは「誰なのか」という部分で何重かの仕掛けがされている。アルコールとドラッグに依存気味なシェパードの語りの信用できなさも含め、登場人物全員の話があやしく信用できない。殺人犯は誰なのか、彼らは何者なのか、犯人の狙いは何なのか。ばらばらに見えた要素が一つの目的に集約されていく。ケレンの強い、謎解きというよりもジェットコースタードラマ的なミステリ。明かされる仕掛けが大仰すぎてちょっと「本格」感が薄れてしまった。め、めんどくさいことやってるな犯人!終盤、ある人物の語り口調が急に不自然なものに変わるのだが、原文のニュアンスってどういう感じなのかな?不自然、人工的な口調になったということ?

名探偵の密室 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
マクジョージ,クリス
早川書房
2019-08-06




『息子と狩猟に』

服部文祥著
 倉内は週末だけハンターとして狩猟をしている。ある日、小学生の息子を連れて鹿を追っていたところ
、死体を抱えた詐欺集団リーダーの加藤と遭遇してしまう。表題作の他、世界最難関のゆく山での登山家たちの極限状態を描く「K2」の2編を収録した作品集。
 一方で倉内が鹿や熊を追って撃ち取る狩猟の様子、もう一方で加藤が「オレオレ詐欺」その他の特殊詐欺でターゲットから金銭をむしりとっていく様子、2つの「狩り」が同時進行していき、ある一点で交錯する。よりによって最悪のタイミングで出会ってしまう。そこからまた「狩り」が始まるのだが、どちらがどちらを狩るのかスリリングだ。倉内が身を置く狩猟の場は生き物対生き物という、ある意味対等かつプリミティブな世界(人間社会の倫理と生き物としての在り方の間でゆらぐ倉内は少々危ういが)なのだが、そこに加藤が属する欲と金の世界、弱者を食い物にする世界が混入してくる。動物の弱肉強食と、人間間の弱肉強食は全然意味合いが違うという対比がある。狩猟も特殊詐欺も手順の描写が非常に具体的で新鮮だった。「K2」も雪山登山の寒さと危険がひしひしと伝わってくる。どちらの作品も、人間社会の倫理と生物としての本能とのせめぎあいがスリリングで、極限状態の犯罪小説としても読める。

息子と狩猟に (新潮文庫)
服部 文祥
新潮社
2020-04-25


はっとりさんちの狩猟な毎日
服部文祥
河出書房新社
2019-05-21


『蜜のように甘く』

イーディス・パールマン著、古屋美登里訳
 戦争で夫を亡くしたペイジは足専門のケアサロンを営業している。店の向いに住む大学教師のベンは、店にいるペイジを眺めるのを密かに楽しみにしていた。ある日ベンは思い切ってサロンに訪れる(「初心」)。私立女子高の校長アリスは、極端に痩せた生徒エイミーを案じていた。エミリーは食事を厭い、蟻の生態研究に情熱を傾ける。アリスの恋人リチャードには妻子がいた(『蜜のように甘く』)。現存するアメリカ最高の短編作家とも称される著者の作品集。
 著者の邦訳作品1作目『双眼鏡からの眺め』に心をつかまれ、2作目が出ないのかずっと待っていたのだが、ようやく出版された!うれしい!正直なところ『双眼鏡~』の方が自分の中でのインパクトが大きいのだが、本作も渋く読み応えがあった。どんな人生も具体的に不幸でなくてもどこか寂しかったり、ままならないものを抱えていたりするが、一つのシーンの切り取り方でその人生のさびしさ、ままならなさがよりくっきりと立ち上がってくる。また、まちまちの年代の人たち、また同じ人物であっても若いころと老齢とが登場する作品が多く、年代の違いによる見えている世界の違いが垣間見える。年を取って失われるものがあるというよりも、若いころ見えなかったものが年齢を重ねることで見えてくることもあるという方にスポットが当たっているように思った。一人でも、寂しくてもまあまあ大丈夫と思えてくる。これは自分が年齢を重ねてきたからかもしれないが…。「石」や「妖精パック」はこれからの人生に対する予習みたいにも思えた。
 ある場所を中心に様々な老若男女の新しい人生と別れとを描く「お城四号」、思わぬ形で人生が動きかつ幸せは人それぞれと示唆する「帽子の手品」、その一瞬の幸せの理由が胸を刺す「幸福の子孫」が特に印象に残った。

蜜のように甘く
イーディス・パールマン
亜紀書房
2020-05-26


双眼鏡からの眺め
Edith Pearlman
早川書房
2013-05-24




『街と山のあいだ』

若菜晃子著
 山岳専門誌『山と渓谷』の編集者である著者が、編集者として駆け出しの時代の回想や、お気に入りの山、自分なりの山の楽しみ方などを綴った随筆集。挿画も著者によるもの。
 まず装丁がいい!こぢんまりとした大きさに、控え目で品のいい、かつどこか朴訥としたデザインと佇まい。見た目でこれはいい本なのでは、と感じさせるよい作りだと思う。著者の文章は気取りがなく、何かを劇的に綴るわけではない。とつとつとした語り口調で器用な文という印象ではないのだが、描写しようとする対象に対する誠実さが感じられる。ちゃんと見て、ちゃんと考えている文なのだ。特に編集仲間、先輩らについての文章には相手に対する敬意が感じられる。と同時に、彼らに対する若いころの鬱屈や、気持ちのひっかかりの残滓みたいなものも見つめている文だと思う。決して人間関係に器用とは言えない人柄が文章からも垣間見えるのだが、だからこそ人に対してひっかかった部分をずっと覚えていられるのかなとも思った。そして何より、山や野山の描写がとても楽しい。私は本格的な登山はやらないが、低い山を歩く時の気持ちの良さや解放感が読んでいると甦ってくる。

街と山のあいだ
若菜晃子
アノニマ・スタジオ
2017-09-22


旅の断片
若菜晃子
アノニマ・スタジオ
2019-12-20


『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』

栗原康著
 女性を縛る結婚制度や社会道徳に反旗を翻し、平塚らいてうと共に文筆家として青鞜社で活躍、パートナーの大杉栄と共に国家に惨殺されたアナキスト・伊藤野枝。彼女の28年の生涯を追う評伝。
 岩波現代文庫版で読んだが滅茶滅茶面白い!ハードカバーで出版された当時に何で読まなかったんだ!と歯噛みするくらい面白い。野枝の人生自体はもちろん、それを綴る著者の文体に妙なグルーヴ感があってぐいぐい読ませる。ノリと勢いが良すぎて抵抗があるという読者もいるかもしれないが、野枝の人生の勢いの良さとマッチしていたと思う。
 野枝の当時としては異例な先進性、あくまで「個」であろうとする姿はギラギラとまぶしい。自分がやりたいことしかやらない、欲しいものは何としても欲しい、貧乏なんてへっちゃら、生きていれば何とかなるという振り切った生き方は彼女の死から100年近くたった今でも突き抜けすぎたものに思えるかもしれないが、いっそ清々しい。なんにせよ人生が面白すぎる人だ。本書内で引用されている彼女の文章も抜群のパンチライン。「あなたは一国の為政者でも私よりは弱い」なんてかっこよすぎるだろう。一方で、ジェンダー(という概念は当時なかったが)に縛られない個の尊重と自由を唱えつつも、大杉の為に家事に励み「良き妻」として振舞ってしまう矛盾への自省、そういう振る舞いを無意識に女性の身に沁みつかせる社会の構造への指摘は全く古びていない。面白いのは、野枝の場合思想が先にあるのではなく、こうしたいという欲望が先にあり、そこに思想がついてくるように見える所だ。だからやっていることにはいろいろ矛盾も出てくるのだが、本人たぶん気にしていない。やりたいことをやる。いやなら逃げる。世間とか知るか。それでいいのだ。


伊藤野枝の手紙
伊藤 野枝
土曜社
2019-05-08




『見習い警官殺し(上下)』

レイフ・GW・ペーション著、久山葉子訳
 バカンスシーズンのスウェーデン、ヴェクシェー。警官見習いの若い女性・リンダの遺体が、母親のマンションで発見された。彼女は強姦され絞殺されていた。県警本部長は国家犯罪捜査局に応援を要請、エーヴェルト・ベックストレーム警部が派遣されることになった。捜査チームが早速捜査を開始するが。
 CWA賞やガラスの鍵賞を受賞した著者の『許されざる者』を読んだ後に本作を読むと、あれ?だいぶ雰囲気違うな?と思うかもしれない。『許されざる者』の主人公は超切れ者の元警察官ヨハンソン(本作にも現役警官としてちょっと登場する)だが、本作の主人公といえるベックストレームは相当問題がある。セクハラ、モラハラ、経費の使い込みは日常茶飯事。かつ、警官としてあまり有能でない!そしてその自覚がない!普通の警察小説だったら素行は悪いが能力はあるというのがセオリーなのに、ベックストレームはそもそも捜査能力が低いのだ。これが逆に新鮮だった。ほんとに頭悪いんだ…と。
 彼だけでなく、バカンスシーズン故にたまたま手が空いていた人の寄せ集め的な構成の捜査班はお世辞にも腕がいいとは言い難い。まあ普通なのだ。そんな普通の警官たちが右往左往しつつ、地道に事実を拾い上げていくところが本作の読みどころなのだろう。容疑者特定もいきなり出てきたな!って感じの唐突さ。ただ、その唐突さとそこから先の決定打の出せなさがリアル。時に誇張された登場人物の描写とはうらはらだ。文章が少々大げさで鼻につくところがあったが、警察群像小説としてはむしろ地味な展開だろう。

見習い警官殺し 上 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2020-01-22


見習い警官殺し 下 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2020-01-22




『マーダーボット・ダイアリー(上下)』

マーサ・ウェルズ著、中原尚哉訳
 かつて重大事件を起こし、記憶を消された人型警備ユニットの「弊機」は、ひそかに自身の統制モジュールをハックして自由になった。連続ドラマの視聴を密かな趣味にしつつ、所有者である保険会社にプログラムされた、人間を守る業務を続けている。ある惑星調査隊の警備を担当するが、想定外の危険に見舞われる羽目に。
 ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞3賞を受賞した作品だそうだがそれも納得。抜群に面白かった。連作中編集の体裁でそれぞれのエピソードは独立しているが、「弊機」がかかわる羽目になった事件の裏事情が徐々に明らかになっていき、後々再登場する登場人物もいる。「弊機」はもちろん人間ではないのだが、統制モジュールから自由になったことで個として独立した思考や感情(と思しきもの)を持つようになり、友達(らしきもの)も出来る。「弊機」の一人称語りなのだがニュートラルかつ妙なユーモラスさを感じさせる絶妙な文体。これは翻訳も相当上手いのでは。一人ボケ・ツッコミ的なおかしみすら感じる。
 人間の喜怒哀楽のウェットさに辟易し、人間の顔を直視するのも自分の顔を直視されるのも苦手という「弊機」にシンパシーが湧きまくりだった。ストレスが溜まると連続ドラマ(大量にストレージ内に保存してあるらしい)を見て心を落ち着かせ、現実の人間よりドラマの中の人間の方がいい…としみじするというのも可愛い&共感の嵐。とはいえ「弊機」は人間を嫌っているわけではない。彼らへの興味も、時にシンパシーもあるしその言動は徐々に「人間らしく」なっていく。が、本作がユニーク、かつ今のSF(というかSFなんだけど)だなと思った所は、「弊機」は人間にシンパシーを持つようになっても人間そのものになりたいわけではないという所。機械でも人間でもない、しかしどちらとも共感しうる全く別個の存在として歩んでいく様がなんだか清々しく未来を感じる。

マーダーボット・ダイアリー 上 (創元SF文庫)
マーサ・ウェルズ
東京創元社
2019-12-11


『門司の幼少時代』

山田稔著
 フランス語翻訳家であり随筆家である著者が、福岡県の門司(現在の北九州市門司区)で過ごした少年時代を綴った随筆集。
 1930年生まれの著者は市の最盛期に育っており、港町に活気があった様子が端々からうかがえる。比較的裕福だったと思われる著者の家は、行商人からちょっといいお菓子を買ったり百貨店への母親の買い物にお供して、食堂でアイスクリームを食べるのが楽しみだったりと、ちょっと華やいだイベントの描写が楽しい。また、都会からの転校生にあこがれつつも距離を縮められなかったり、持ち回り制のように仲間外れになったりまた何もなかったように一緒に遊んだりという子供の世界を、ちょっと距離を置いたクールな視線でつづる。基本乾いた、あまり感傷的にならない書き方なのだが、両親や姉妹についての文章の方が親密さがあり、近所の遊び仲間や学校の同級生との関係の描写の方が、ちょっと冷徹といってもいいくらいの突き放したものを感じた。肉親か否かということよりも、幼少時の遊び友達というのは案外感傷的ではない、あっさりとしたものなのではと思う。
 なお本作、装丁が素晴らしいので手にとってみてほしい。造本自体にノスタルジック(下手すると文章よりも)な雰囲気がある。

こないだ
山田 稔
編集工房ノア
2018-06-01


天野さんの傘
山田 稔
編集工房ノア
2015-07-18


『魔女 エリカ&パトリック事件簿(上、下)』

カミラ・レックバリ著、富山クラーソン陽子訳
 4歳の少女ネーアが行方不明になった。知らせを受けた警官のパトリックは、30年前に4歳のステラ・ストランドが行方不明になった後、他殺死体で発見された事件を思い出す。ステラが暮らしていたのは、今現在ネーアと家族が暮らしている家だった。さらに、ステラ殺害の容疑者で当時未成年だった女優のマリーが撮影の為に町を訪れていた。当時、マリーと親友のヘレンが2人でステラを殺害したとみなされていたのだ。
 久しぶりにこのシリーズを読んだのだが、エリカの妹アンナの様子がだいぶ落ち着いてほっとした。また、トラブルメーカーのメルバリが珍しくまともなことを言っている…と思ったらまた余計なことを!それでも愛すべきところがシリーズ重ねるごとに出てきて、いいキャラクターだ。キャラクター問わず、大事なことをここぞというところで忘れてしまう、見落としてしまうというパターンが何度も出てくるのが構造としてはちょっと気になった。
 現代の事件と30年前の事件、そして17世紀の事件が交互に語られる。17世紀の事件は本作の題名に最も深く関わる内容だが、それだけに「彼女」の運命が見えて辛い。魔女を作り出すのは自分たちには理解し難い、異なる存在に対する周囲の恐怖と無理解で当人の意志ではない。30年前の事件や現代の事件の背後にも同じものが見え隠れする。偏狭さがある人たちを後戻りできない所まで追い込んでしまうのだ。今回は移民問題も絡んできて、今の日本と同じような不寛容の蔓延が不穏な影を落とす。シリーズの方向性にもかかわってくるのだろうか。

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