3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本・題名ま行

『湖の男』

アーナルデュル・インドリダソン著、柳沢由美子訳
 アイスランドのクレイヴァルヴァトゥン湖で、白骨が発見された。頭蓋骨には穴が空いており、ソ連製の盗聴器が体に結びつけられていたことから、他殺と判断された。レイキャヴィク警察犯罪捜査官のエーレンデュルは、部下のエリンボルク、シグルデュル=オーリと共に捜査を開始する。聞き込みの結果、農業機械のセールスマンが恋人を残し消息を絶った事件が浮上した。
 失踪した恋人を待ち続ける女性に、エーレンデュルはあなたは彼について何を知っているんだと問う。しかし何をもって知っていると言えるのだろうか。本作では様々な形で、あの人は何者だったのか・あの人を知っていたと言えるのかというモチーフが繰り返される。冷戦下の東ドイツにおけるエピソードでは正に、その人が見せようとしている面しか知りようがないという状況が続く。知らなかったことが悲劇を深めるのだ。
 とは言え、恋人を待ち続ける女性に、あなたは彼のことを知らなかったのだとは言えないのがエーレンデュルの慎み深い所だろう。エーレンデュル自身、疎遠だった息子、娘の知らなかった一面を知ることになる。知っている気になっていたのは彼の怠慢、というと手厳しすぎるかもしれないが、無関心だったからだ。あの女性とは違い、彼は知ろうとすることすら放棄していたのだから。
 エーレンデュルが弟に対して抱き続ける自責の念は以前解けていないし、子供たちとの不和も継続している。父親としてやり直すなどそうそうできないのだ。また今回はシグルデュル=オーリに父親との確執がある様子、またある事故の遺族からの電話に悩まされ続けている様が描かれる。人間の造形の奥行、白でも黒でもない様が渋い。シグルデュル=オーリと家族の関係については今後のシリーズ作品でも言及ありそうな予感。

湖の男 エーレンデュル捜査官シリーズ (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2020-03-19


厳寒の町 エーレンデュル捜査官シリーズ
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2019-08-22




『ミドルマーチ3』

ジョージ・エリオット著、廣野由美子訳
 カソーボンの妻ドロシアと、カソーボンの伯母の孫であるウィル・ラディスローは惹かれあっているが、お互いに気持ちを確認することはできず、カソーボンの死と彼の遺言がきっかけで仲を引き裂かれる。ウィルはミドルマーチを去ることにするが、銀行家バルストロードから意外な事実を知らされる。一方、ヴィンシー家の長男フレッドは地所管理人ケイレブ・ガースの元で働き始め、ガース家の長女メアリとの結婚を望む。またリドゲイト医師と妻ロザモンドの間には借金問題が立ちはだかる。
 イギリスの地方都市に暮らす人々を描く群像劇だが、徐々にドロシア&ウィル、フレッド&メアリ、リドゲイド&ロザモンドという3組のカップルが軸となってきた。そしてそれぞれの人間性がよりくっきりしてくる。初登場時と比べると大分変化もしてきた。ドロシアの思い込みの激しさや視野の狭さは薄れ、より精神性の高い、献身的な人物になっていく。お金にだらしなく頼りなかったフレッドはようやく手に職をつけようとするが、父親の望む社会的地位からは降りることになってしまう。リドゲイドとロザモンドは育ちの良さから来るやりくりへの無頓着さが表面化していく。この作品、一貫してお金の問題が扱われているな…。お金がないのは辛い、「世間並」にこだわるのならなおさら、というわけだ。リドゲイドもロザモンドもお金に困ったことがない人で、自分の収入と支出のバランスをわかっていない、わかっていても快適さを優先させちゃうんだよね…。
 人間のみっともない部分や姑息な部分を克明に描くので、なかなか辛い。滑稽さもあるのだが、人間て本当に意志の弱い生き物だなと実感させられるのだ。弱さのあり方が時代を越えている。

ミドルマーチ 3 (光文社古典新訳文庫)
ジョージ・エリオット
光文社
2020-07-08


ミドルマーチ2 (光文社古典新訳文庫)
エリオット,ジョージ
光文社
2019-11-08



『もう終わりにしよう』

イアン・リード著、坂本あおい訳
 わたしは付き合ってそれほど経っていないジェイクと、彼の両親が住む農場へ向かっている。しかしわたしは2人の関係は終わりにしたいと彼に言い出せずにいた。わたしの携帯電話には正体不明の男からの着信が入り続けている。男は「答えを出すべき問いは、ただひとつ」というメッセージを残していた。
 多分、読み始めから読者が想像する話とは大分違う方向にぶん投げられていくのでは。帯の文句「ひとりより、ふたり。そのはずだった」という言葉の意味はそういうことだったのか…。これは出版社が上手いことやったなー。思わせぶりな対話パートも読み終わるとそういうふうに活きてくるのか!と納得。逆に言うと、読んでいる間はどういう活かされ方をするのか今一つわからない(というよりもそういうわからせ方は狙っていない)作品ではある。冒頭から不穏ではあるのだが、不穏さの種類がいつのまにか変わってしまうのだ。予備知識ないまま読むことをお勧めする。
 家族であっても恋人であっても他人は他人で、実際の所相手が何を考えているのか、何者なのかは完全にはわからない。しかし、しかし「それ」であってもそんなにもわからないのかという(ネタバレになるので、歯に物が挟まったような言い方になっていますが)寂寥感が漂う。読む人によってはなんだよこれ!とか笑っちゃったりするかもしれないオチだけど…。


13のショック (異色作家短篇集)
リチャード マシスン
早川書房
2005-11T


『ミドルマーチ2』

ジョージ・エリオット著、廣野由美子訳
 ミドルマーチ市長の息子フレッド・ヴィンシーは、金策に失敗し借金返済の目論見も外れ、思いを寄せるメアリがいるガース家に迷惑をかけてしまう。そのメアリは資産家の叔父フェザストーン老人の遺言を巡る騒動に巻き込まれてしまう。一方、エドワードとドロシアのカソーボン夫妻の夫婦生活にも危機が訪れる。
 エドワードとドロシアは、双方が相手の中に見たいものを見て勢いで結婚したという向きが強かったので、まあそうなるよね…という展開なのだが、2人の食い違いや、お互いへの期待が時に的外れであるという部分の描写がなかなかエグい。また、フレッドの金銭面のだらしなさや生活の計画性のなさ、見込みの甘さなど、結構容赦のない造形だ。人間の至らなさやかっこ悪さにフォーカスした群像劇とも言える。時にコミカルですらあるのだ。人間の営み、感情のあり方は100年200年くらいでは(本作の冒頭は1829年が舞台)変わらないものだとつくづく思うし、それを克明に写し取り構成したエリオットの眼と筆力はさすが。なお、メアリが仕事に出なくてすむことなり本人も家族もほっとするというくだりがあり、女性が働くというのはあまりいいイメージではない(働く=生活に困って致し方なく)んだなとはっとしたし、そういう時代とは言え悲しくなった。働く女性はいたものの、女性の自立までまだまだ道のりが遠い時代だったのだ。

ミドルマーチ2 (光文社古典新訳文庫)
エリオット,ジョージ
光文社
2019-11-08


ミドルマーチ1 (光文社古典新訳文庫)
エリオット,ジョージ
光文社
2019-01-08


『名探偵の密室』

クリス・マクジョージ著、不二俶子訳
 かつて少年探偵として名をはせ、今はバラエティ番組の「名探偵」MCとしてタレント活動をしているモーガン・シェパードは、気付くとホテルのベッドに手錠で繋がれていた。その部屋には見知らぬ男女5人が閉じ込められていた。外に出る手段が見つからない中、バスルームで男性の死体が発見される。そして備え付けのTVに男が映し出され、3時間以内に殺人犯を見つけなければホテルを爆破すると告げる。
 密室、死体、そして探偵という直球の本格ミステリではあるのだが、「誰が」あるいは「誰なのか」という部分で何重かの仕掛けがされている。アルコールとドラッグに依存気味なシェパードの語りの信用できなさも含め、登場人物全員の話があやしく信用できない。殺人犯は誰なのか、彼らは何者なのか、犯人の狙いは何なのか。ばらばらに見えた要素が一つの目的に集約されていく。ケレンの強い、謎解きというよりもジェットコースタードラマ的なミステリ。明かされる仕掛けが大仰すぎてちょっと「本格」感が薄れてしまった。め、めんどくさいことやってるな犯人!終盤、ある人物の語り口調が急に不自然なものに変わるのだが、原文のニュアンスってどういう感じなのかな?不自然、人工的な口調になったということ?

名探偵の密室 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
マクジョージ,クリス
早川書房
2019-08-06




『息子と狩猟に』

服部文祥著
 倉内は週末だけハンターとして狩猟をしている。ある日、小学生の息子を連れて鹿を追っていたところ
、死体を抱えた詐欺集団リーダーの加藤と遭遇してしまう。表題作の他、世界最難関のゆく山での登山家たちの極限状態を描く「K2」の2編を収録した作品集。
 一方で倉内が鹿や熊を追って撃ち取る狩猟の様子、もう一方で加藤が「オレオレ詐欺」その他の特殊詐欺でターゲットから金銭をむしりとっていく様子、2つの「狩り」が同時進行していき、ある一点で交錯する。よりによって最悪のタイミングで出会ってしまう。そこからまた「狩り」が始まるのだが、どちらがどちらを狩るのかスリリングだ。倉内が身を置く狩猟の場は生き物対生き物という、ある意味対等かつプリミティブな世界(人間社会の倫理と生き物としての在り方の間でゆらぐ倉内は少々危ういが)なのだが、そこに加藤が属する欲と金の世界、弱者を食い物にする世界が混入してくる。動物の弱肉強食と、人間間の弱肉強食は全然意味合いが違うという対比がある。狩猟も特殊詐欺も手順の描写が非常に具体的で新鮮だった。「K2」も雪山登山の寒さと危険がひしひしと伝わってくる。どちらの作品も、人間社会の倫理と生物としての本能とのせめぎあいがスリリングで、極限状態の犯罪小説としても読める。

息子と狩猟に (新潮文庫)
服部 文祥
新潮社
2020-04-25


はっとりさんちの狩猟な毎日
服部文祥
河出書房新社
2019-05-21


『蜜のように甘く』

イーディス・パールマン著、古屋美登里訳
 戦争で夫を亡くしたペイジは足専門のケアサロンを営業している。店の向いに住む大学教師のベンは、店にいるペイジを眺めるのを密かに楽しみにしていた。ある日ベンは思い切ってサロンに訪れる(「初心」)。私立女子高の校長アリスは、極端に痩せた生徒エイミーを案じていた。エミリーは食事を厭い、蟻の生態研究に情熱を傾ける。アリスの恋人リチャードには妻子がいた(『蜜のように甘く』)。現存するアメリカ最高の短編作家とも称される著者の作品集。
 著者の邦訳作品1作目『双眼鏡からの眺め』に心をつかまれ、2作目が出ないのかずっと待っていたのだが、ようやく出版された!うれしい!正直なところ『双眼鏡~』の方が自分の中でのインパクトが大きいのだが、本作も渋く読み応えがあった。どんな人生も具体的に不幸でなくてもどこか寂しかったり、ままならないものを抱えていたりするが、一つのシーンの切り取り方でその人生のさびしさ、ままならなさがよりくっきりと立ち上がってくる。また、まちまちの年代の人たち、また同じ人物であっても若いころと老齢とが登場する作品が多く、年代の違いによる見えている世界の違いが垣間見える。年を取って失われるものがあるというよりも、若いころ見えなかったものが年齢を重ねることで見えてくることもあるという方にスポットが当たっているように思った。一人でも、寂しくてもまあまあ大丈夫と思えてくる。これは自分が年齢を重ねてきたからかもしれないが…。「石」や「妖精パック」はこれからの人生に対する予習みたいにも思えた。
 ある場所を中心に様々な老若男女の新しい人生と別れとを描く「お城四号」、思わぬ形で人生が動きかつ幸せは人それぞれと示唆する「帽子の手品」、その一瞬の幸せの理由が胸を刺す「幸福の子孫」が特に印象に残った。

蜜のように甘く
イーディス・パールマン
亜紀書房
2020-05-26


双眼鏡からの眺め
Edith Pearlman
早川書房
2013-05-24




『街と山のあいだ』

若菜晃子著
 山岳専門誌『山と渓谷』の編集者である著者が、編集者として駆け出しの時代の回想や、お気に入りの山、自分なりの山の楽しみ方などを綴った随筆集。挿画も著者によるもの。
 まず装丁がいい!こぢんまりとした大きさに、控え目で品のいい、かつどこか朴訥としたデザインと佇まい。見た目でこれはいい本なのでは、と感じさせるよい作りだと思う。著者の文章は気取りがなく、何かを劇的に綴るわけではない。とつとつとした語り口調で器用な文という印象ではないのだが、描写しようとする対象に対する誠実さが感じられる。ちゃんと見て、ちゃんと考えている文なのだ。特に編集仲間、先輩らについての文章には相手に対する敬意が感じられる。と同時に、彼らに対する若いころの鬱屈や、気持ちのひっかかりの残滓みたいなものも見つめている文だと思う。決して人間関係に器用とは言えない人柄が文章からも垣間見えるのだが、だからこそ人に対してひっかかった部分をずっと覚えていられるのかなとも思った。そして何より、山や野山の描写がとても楽しい。私は本格的な登山はやらないが、低い山を歩く時の気持ちの良さや解放感が読んでいると甦ってくる。

街と山のあいだ
若菜晃子
アノニマ・スタジオ
2017-09-22


旅の断片
若菜晃子
アノニマ・スタジオ
2019-12-20


『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』

栗原康著
 女性を縛る結婚制度や社会道徳に反旗を翻し、平塚らいてうと共に文筆家として青鞜社で活躍、パートナーの大杉栄と共に国家に惨殺されたアナキスト・伊藤野枝。彼女の28年の生涯を追う評伝。
 岩波現代文庫版で読んだが滅茶滅茶面白い!ハードカバーで出版された当時に何で読まなかったんだ!と歯噛みするくらい面白い。野枝の人生自体はもちろん、それを綴る著者の文体に妙なグルーヴ感があってぐいぐい読ませる。ノリと勢いが良すぎて抵抗があるという読者もいるかもしれないが、野枝の人生の勢いの良さとマッチしていたと思う。
 野枝の当時としては異例な先進性、あくまで「個」であろうとする姿はギラギラとまぶしい。自分がやりたいことしかやらない、欲しいものは何としても欲しい、貧乏なんてへっちゃら、生きていれば何とかなるという振り切った生き方は彼女の死から100年近くたった今でも突き抜けすぎたものに思えるかもしれないが、いっそ清々しい。なんにせよ人生が面白すぎる人だ。本書内で引用されている彼女の文章も抜群のパンチライン。「あなたは一国の為政者でも私よりは弱い」なんてかっこよすぎるだろう。一方で、ジェンダー(という概念は当時なかったが)に縛られない個の尊重と自由を唱えつつも、大杉の為に家事に励み「良き妻」として振舞ってしまう矛盾への自省、そういう振る舞いを無意識に女性の身に沁みつかせる社会の構造への指摘は全く古びていない。面白いのは、野枝の場合思想が先にあるのではなく、こうしたいという欲望が先にあり、そこに思想がついてくるように見える所だ。だからやっていることにはいろいろ矛盾も出てくるのだが、本人たぶん気にしていない。やりたいことをやる。いやなら逃げる。世間とか知るか。それでいいのだ。


伊藤野枝の手紙
伊藤 野枝
土曜社
2019-05-08




『見習い警官殺し(上下)』

レイフ・GW・ペーション著、久山葉子訳
 バカンスシーズンのスウェーデン、ヴェクシェー。警官見習いの若い女性・リンダの遺体が、母親のマンションで発見された。彼女は強姦され絞殺されていた。県警本部長は国家犯罪捜査局に応援を要請、エーヴェルト・ベックストレーム警部が派遣されることになった。捜査チームが早速捜査を開始するが。
 CWA賞やガラスの鍵賞を受賞した著者の『許されざる者』を読んだ後に本作を読むと、あれ?だいぶ雰囲気違うな?と思うかもしれない。『許されざる者』の主人公は超切れ者の元警察官ヨハンソン(本作にも現役警官としてちょっと登場する)だが、本作の主人公といえるベックストレームは相当問題がある。セクハラ、モラハラ、経費の使い込みは日常茶飯事。かつ、警官としてあまり有能でない!そしてその自覚がない!普通の警察小説だったら素行は悪いが能力はあるというのがセオリーなのに、ベックストレームはそもそも捜査能力が低いのだ。これが逆に新鮮だった。ほんとに頭悪いんだ…と。
 彼だけでなく、バカンスシーズン故にたまたま手が空いていた人の寄せ集め的な構成の捜査班はお世辞にも腕がいいとは言い難い。まあ普通なのだ。そんな普通の警官たちが右往左往しつつ、地道に事実を拾い上げていくところが本作の読みどころなのだろう。容疑者特定もいきなり出てきたな!って感じの唐突さ。ただ、その唐突さとそこから先の決定打の出せなさがリアル。時に誇張された登場人物の描写とはうらはらだ。文章が少々大げさで鼻につくところがあったが、警察群像小説としてはむしろ地味な展開だろう。

見習い警官殺し 上 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2020-01-22


見習い警官殺し 下 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2020-01-22




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