3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本・題名ま行

『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』

栗原康著
 女性を縛る結婚制度や社会道徳に反旗を翻し、平塚らいてうと共に文筆家として青鞜社で活躍、パートナーの大杉栄と共に国家に惨殺されたアナキスト・伊藤野枝。彼女の28年の生涯を追う評伝。
 岩波現代文庫版で読んだが滅茶滅茶面白い!ハードカバーで出版された当時に何で読まなかったんだ!と歯噛みするくらい面白い。野枝の人生自体はもちろん、それを綴る著者の文体に妙なグルーヴ感があってぐいぐい読ませる。ノリと勢いが良すぎて抵抗があるという読者もいるかもしれないが、野枝の人生の勢いの良さとマッチしていたと思う。
 野枝の当時としては異例な先進性、あくまで「個」であろうとする姿はギラギラとまぶしい。自分がやりたいことしかやらない、欲しいものは何としても欲しい、貧乏なんてへっちゃら、生きていれば何とかなるという振り切った生き方は彼女の死から100年近くたった今でも突き抜けすぎたものに思えるかもしれないが、いっそ清々しい。なんにせよ人生が面白すぎる人だ。本書内で引用されている彼女の文章も抜群のパンチライン。「あなたは一国の為政者でも私よりは弱い」なんてかっこよすぎるだろう。一方で、ジェンダー(という概念は当時なかったが)に縛られない個の尊重と自由を唱えつつも、大杉の為に家事に励み「良き妻」として振舞ってしまう矛盾への自省、そういう振る舞いを無意識に女性の身に沁みつかせる社会の構造への指摘は全く古びていない。面白いのは、野枝の場合思想が先にあるのではなく、こうしたいという欲望が先にあり、そこに思想がついてくるように見える所だ。だからやっていることにはいろいろ矛盾も出てくるのだが、本人たぶん気にしていない。やりたいことをやる。いやなら逃げる。世間とか知るか。それでいいのだ。


伊藤野枝の手紙
伊藤 野枝
土曜社
2019-05-08




『見習い警官殺し(上下)』

レイフ・GW・ペーション著、久山葉子訳
 バカンスシーズンのスウェーデン、ヴェクシェー。警官見習いの若い女性・リンダの遺体が、母親のマンションで発見された。彼女は強姦され絞殺されていた。県警本部長は国家犯罪捜査局に応援を要請、エーヴェルト・ベックストレーム警部が派遣されることになった。捜査チームが早速捜査を開始するが。
 CWA賞やガラスの鍵賞を受賞した著者の『許されざる者』を読んだ後に本作を読むと、あれ?だいぶ雰囲気違うな?と思うかもしれない。『許されざる者』の主人公は超切れ者の元警察官ヨハンソン(本作にも現役警官としてちょっと登場する)だが、本作の主人公といえるベックストレームは相当問題がある。セクハラ、モラハラ、経費の使い込みは日常茶飯事。かつ、警官としてあまり有能でない!そしてその自覚がない!普通の警察小説だったら素行は悪いが能力はあるというのがセオリーなのに、ベックストレームはそもそも捜査能力が低いのだ。これが逆に新鮮だった。ほんとに頭悪いんだ…と。
 彼だけでなく、バカンスシーズン故にたまたま手が空いていた人の寄せ集め的な構成の捜査班はお世辞にも腕がいいとは言い難い。まあ普通なのだ。そんな普通の警官たちが右往左往しつつ、地道に事実を拾い上げていくところが本作の読みどころなのだろう。容疑者特定もいきなり出てきたな!って感じの唐突さ。ただ、その唐突さとそこから先の決定打の出せなさがリアル。時に誇張された登場人物の描写とはうらはらだ。文章が少々大げさで鼻につくところがあったが、警察群像小説としてはむしろ地味な展開だろう。

見習い警官殺し 上 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2020-01-22


見習い警官殺し 下 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2020-01-22




『マーダーボット・ダイアリー(上下)』

マーサ・ウェルズ著、中原尚哉訳
 かつて重大事件を起こし、記憶を消された人型警備ユニットの「弊機」は、ひそかに自身の統制モジュールをハックして自由になった。連続ドラマの視聴を密かな趣味にしつつ、所有者である保険会社にプログラムされた、人間を守る業務を続けている。ある惑星調査隊の警備を担当するが、想定外の危険に見舞われる羽目に。
 ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞3賞を受賞した作品だそうだがそれも納得。抜群に面白かった。連作中編集の体裁でそれぞれのエピソードは独立しているが、「弊機」がかかわる羽目になった事件の裏事情が徐々に明らかになっていき、後々再登場する登場人物もいる。「弊機」はもちろん人間ではないのだが、統制モジュールから自由になったことで個として独立した思考や感情(と思しきもの)を持つようになり、友達(らしきもの)も出来る。「弊機」の一人称語りなのだがニュートラルかつ妙なユーモラスさを感じさせる絶妙な文体。これは翻訳も相当上手いのでは。一人ボケ・ツッコミ的なおかしみすら感じる。
 人間の喜怒哀楽のウェットさに辟易し、人間の顔を直視するのも自分の顔を直視されるのも苦手という「弊機」にシンパシーが湧きまくりだった。ストレスが溜まると連続ドラマ(大量にストレージ内に保存してあるらしい)を見て心を落ち着かせ、現実の人間よりドラマの中の人間の方がいい…としみじするというのも可愛い&共感の嵐。とはいえ「弊機」は人間を嫌っているわけではない。彼らへの興味も、時にシンパシーもあるしその言動は徐々に「人間らしく」なっていく。が、本作がユニーク、かつ今のSF(というかSFなんだけど)だなと思った所は、「弊機」は人間にシンパシーを持つようになっても人間そのものになりたいわけではないという所。機械でも人間でもない、しかしどちらとも共感しうる全く別個の存在として歩んでいく様がなんだか清々しく未来を感じる。

マーダーボット・ダイアリー 上 (創元SF文庫)
マーサ・ウェルズ
東京創元社
2019-12-11


『門司の幼少時代』

山田稔著
 フランス語翻訳家であり随筆家である著者が、福岡県の門司(現在の北九州市門司区)で過ごした少年時代を綴った随筆集。
 1930年生まれの著者は市の最盛期に育っており、港町に活気があった様子が端々からうかがえる。比較的裕福だったと思われる著者の家は、行商人からちょっといいお菓子を買ったり百貨店への母親の買い物にお供して、食堂でアイスクリームを食べるのが楽しみだったりと、ちょっと華やいだイベントの描写が楽しい。また、都会からの転校生にあこがれつつも距離を縮められなかったり、持ち回り制のように仲間外れになったりまた何もなかったように一緒に遊んだりという子供の世界を、ちょっと距離を置いたクールな視線でつづる。基本乾いた、あまり感傷的にならない書き方なのだが、両親や姉妹についての文章の方が親密さがあり、近所の遊び仲間や学校の同級生との関係の描写の方が、ちょっと冷徹といってもいいくらいの突き放したものを感じた。肉親か否かということよりも、幼少時の遊び友達というのは案外感傷的ではない、あっさりとしたものなのではと思う。
 なお本作、装丁が素晴らしいので手にとってみてほしい。造本自体にノスタルジック(下手すると文章よりも)な雰囲気がある。

こないだ
山田 稔
編集工房ノア
2018-06-01


天野さんの傘
山田 稔
編集工房ノア
2015-07-18


『魔女 エリカ&パトリック事件簿(上、下)』

カミラ・レックバリ著、富山クラーソン陽子訳
 4歳の少女ネーアが行方不明になった。知らせを受けた警官のパトリックは、30年前に4歳のステラ・ストランドが行方不明になった後、他殺死体で発見された事件を思い出す。ステラが暮らしていたのは、今現在ネーアと家族が暮らしている家だった。さらに、ステラ殺害の容疑者で当時未成年だった女優のマリーが撮影の為に町を訪れていた。当時、マリーと親友のヘレンが2人でステラを殺害したとみなされていたのだ。
 久しぶりにこのシリーズを読んだのだが、エリカの妹アンナの様子がだいぶ落ち着いてほっとした。また、トラブルメーカーのメルバリが珍しくまともなことを言っている…と思ったらまた余計なことを!それでも愛すべきところがシリーズ重ねるごとに出てきて、いいキャラクターだ。キャラクター問わず、大事なことをここぞというところで忘れてしまう、見落としてしまうというパターンが何度も出てくるのが構造としてはちょっと気になった。
 現代の事件と30年前の事件、そして17世紀の事件が交互に語られる。17世紀の事件は本作の題名に最も深く関わる内容だが、それだけに「彼女」の運命が見えて辛い。魔女を作り出すのは自分たちには理解し難い、異なる存在に対する周囲の恐怖と無理解で当人の意志ではない。30年前の事件や現代の事件の背後にも同じものが見え隠れする。偏狭さがある人たちを後戻りできない所まで追い込んでしまうのだ。今回は移民問題も絡んできて、今の日本と同じような不寛容の蔓延が不穏な影を落とす。シリーズの方向性にもかかわってくるのだろうか。

『メインテーマは殺人』

アンソニー・ホロヴィッツ著、山田蘭訳
 資産家の老婦人が、自身の葬儀の打ち合わせをした直後に自宅で殺害された。彼女は死を予感していたのか?“わたし”こと作家のホロヴィッツは、ドラマの脚本執筆に協力してもらったことがある元刑事ホーソーンから、自分がこの事件を捜査するから取材して本にしないかと話を持ち掛けられる。傲慢なホーソーンとはうまが合わないものの、事件の不可解さに惹かれて執筆を引き受けるが。
 『カササギ殺人事件』で小説家としても高評価された著者だが、元は(今も)脚本家。本作には、ホロヴィッツがワトソン役で登場するというと同時に、ホロヴィッツが手掛けたドラマの題名や出演俳優の名前も次々と出てくる。また、ドラマ・映画界の住民がワトソン役なので、映像作品の制作にまつわる小ネタがふんだんにあるのも楽しい。あのビッグネーム映画監督2名が実名で登場するのには笑ってしまった(作中でこの2人が取り組んでいる作品は日本では興行大コケでしたが…)。そしてミステリーとしては、クリスティへのオマージュ、パロディがベースにあった『カササギ~』よりもよりスタンダードな本格。著者(と同名の人物)が語り手で実在の人物の名前が出てくるという変化球はあっても、複線の敷き方や犯人特定の道筋は、まさに犯人当ての王道。1冊で完結しているというのも好感度高い。
 探偵役のホーソーンは人としては少々不愉快、謎が多くしかし捜査官としては有能という癖のあるキャラクター。やはり探偵は癖があるキャラなのが王道か。ワトソンがほどよく抜けているのも王道。

 
メインテーマは殺人 (創元推理文庫)
アンソニー・ホロヴィッツ
東京創元社
2019-09-28


シャーロック・ホームズ 絹の家 (角川文庫)
アンソニー・ホロヴィッツ
KADOKAWA/角川書店
2015-10-24


 

『マンソン・ファミリー 悪魔に捧げた私の22カ月』

 ダイアン・レイク、デボラ・ハーマン著、山北めぐみ訳
ヒッピー文化に染まった両親に連れられ、あちこちを転々としてきた14歳のダイアンは、チャールズという男と彼の仲間の女性達と知り合う。家庭に居場所がなかったダイアンはチャールズらが本当の“ファミリー”だと感じて彼らの仲間に加わる。しかし、ファミリーはカルト集団に変貌していき、やがて無差別殺人を犯すのだった。“マンソン・ファミリー”の一員だった著者に手記。
 マンソンファミリーといえばシャロン・テート殺人事件。とはいえ著者は殺人事件に直接的には関わっておらず、事件についての言及も多くはない。本作はあくまで著者の体験談で、14歳の少女だった著者にチャールズがどのようにつけこみ、自分のコントロール下においていくのかという過程がありありと記録されている。自分の体験を客観化し読み解いており、チャールズの人心掌握術の分析も的確なことから、ダイアンが本来聡明(作中、勉強は好きで成績もよかったし学校には通いたかったと何度か言及されている)なことが窺える。また、母親の手伝いをしている描写からは器用で要領もいい様子が見て取れる。そういう人がどうしてマンソン・ファミリーに魅力を感じ抜け出せなくなったのか。カルトやDVパートナーに付け込まれやすいのはどういう人なのか、取り込まれていくとその人の認知がどのように歪んでいくのかという典型的な事例だと思うし、それ故にとても怖い。
 ダイアンの場合は両親が保護者であることを引き受け切らず、十分に「子供」として保護されなかったことが大きな要因だろう。父親は家庭への責任を忌避し(このあたりの描写はかなり冷静に観察されており辛辣)、母親は子供への愛情はあるが父親の言いなり。2人は娘を一人前扱いするが、それは自分達にとって都合のいい一人前扱い、つまり子供へのケアを放棄して構わないということでしかない。そんな家庭の中にはダイアンが安心できる、必要とされる場所がないから外部に居場所を求め、最悪の選択をしてしまうのだ。チャールズの元に集まってきた人たちは多かれ少なかれそのような一面があったことも垣間見える。その行きつく先が無差別殺人というのはやりきれないよな・・・。

『迷彩の森』

河野典生著
 ある夜、小説家の藤田はジャズ仲間だった三村恭子と酒場で再会する。泥酔した恭子を自宅まで車で送った藤田だが、その直後、彼女のマンションで爆発事件が起きたことを知る。留守番電話には恭子からの不審なメッセージが残されていたが、彼女は自宅にも実家にも戻っておらず行方不明のままだった。藤田は友人のルポライター井口の力を借り、彼女の行方を追い始める。
 1982年の作品なので流石に古さは感じるが、ストイックで古典的な魅力のあるハードボイルド。文章と会話のきれは今読んでも良い(レトロさを楽しむという側面が強くなってしまうのはやむを得ないが・・・)し、人情や男女の関係がべたべたしていないあっさり目なところもいい。女性登場人物の振る舞いに意外と媚がなくて、彼女らそれぞれの流儀にのっとり振る舞っているという感じがした。情感のあっさり度に対し、ミステリ要素にインド独立運動家のチャンドラ・ボースの死の謎を絡めてくるなど、こちらは妙に壮大。いや、正確にはボースの死謎の「利用」なわけだから壮大ってわけでもないか・・・。正統派ハードボイルドにインドの近代史を絡めてくるというところがユニーク、かつ著者の趣味色が色濃い。インド関係の著作もある作家だったんですね。
 馴染みのある場所が次々と出てきて、作中地図を頭に浮かべて読むことが出来たのは楽しかった。30年近く前の話だが、それほど雰囲気は変わっていないと思う。その土地に対するイメージが私の中で固まったままというだけかもしれないが。

『ミスコン女王が殺された』

ジャナ・デリオン著、島村浩子訳
 南部の田舎町シンフルに身をひそめるCIA工作員のフォーチュン。厄介事を片づけ平和が訪れたと思ったのもつかの間、元ミスコン女王のパンジーが帰省し、さっそく大衝突してしまう。しかもその後、パンジーは他殺死体として発見されたのだ。容疑をかけられたフォーチュンは地元婦人会の曲者アイダ・ベルとガーティと共に真犯人捜しに乗り出す。
 前作からの作中時間、わずか1日(も経っていない)。この町トラブル起きすぎだしさすがにフォーチュンを狙う暗殺者たちが嗅ぎつけてくるのでは?と心配になってしまう。アイダ・ベルとガーティの自由奔放さも絶好調。フォーチュンを翻弄し続ける。ドタバタ感とカラっとしたユーモアが楽しい作品だ。南部におけるいわゆる「女らしさ」やつつしみとは無縁のフォーチュンは、町の中では異色だし、アイダ・ベルたちの対抗派閥の反感をかいまくる。とはいえ本作のいいところは、フォーチュンとそりの合わない人、価値観が違う人のことも貶めた描き方ではない、そういう人を否定はしていない所だと思う。色々な人がいて、面倒くさいけど面白い。クセが強くてもいいじゃない。また、前作に引き続き、世代を越えたシスターフッドが見られるのもいい。女性達がとにかく生き生きとしており、「女らしく」なんてものを蹴散らしてくれる。

ミスコン女王が殺された (創元推理文庫)
ジャナ・デリオン
東京創元社
2018-09-20





ワニの町へ来たスパイ (創元推理文庫)
ジャナ・デリオン
東京創元社
2017-12-11

『娘について』

キム・ヘジン著、古川綾子訳
 老人介護施設で働く「私」の元に、住む場所をなくした30代の娘がしばらく住まわせてくれと転がり込んでくる。更に娘は1人ではなく、同性のパートナーを連れてきた。娘の将来を案じる「私」は猛反発する。
 LGBT、老い、介護、老後の経済問題等、様々な問題が折り重なっており、読んでいて気分が重くなる。特に、全ての問題の背後にお金の問題が透けて見えるところが個人的には非常に辛かった。「私」は決して裕福ではなく、夫が死んだ後は介護職で食いつ居ないでいた。自宅は持ち家で上階を人に貸してはいるが、水漏れを修理できるような余力はない。「私」は娘を大学にやるために教育にお金を惜しまなかったのにその見返りが何もない、娘は無職だし子供を残せるとも思えないと嘆くが、もし「私」に十分な経済力があって、老後に娘を頼らなくてもなんとかなりそうだったら、娘に対する失望も怒りもここまで強烈ではなかったのでは。なぜ娘は普通の幸せを拒むのか、普通に生きられないのかと「私」は考えるが、そもそも普通って何だよ!娘にとっては今のやり方が普通ではないんだろうか。2人の考え方のギャップが大きすぎる。世代間ギャップが日本よりも更に激しいように思った。急激に社会が変化したことの影響なのか。
 娘は大学教員の同僚が不当に解雇されたことに対して抗議運動をしている。「私」は自分の得にならないし世の中から白眼視されるだけなのに何でそんなことをするのか、普通に生きることはできないのかとなじる。しかし「私」もやがて、自分の得にはならないことをして世の中に反旗を翻すのだ。「私」と娘がやっていることは同じタイプのことで、そこには2人の不和を乗り越える希望がほのかに感じられる。とは言え「私」はその同質さに気付かないままなのだが。


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