3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。

『ノヴァ・ヘラス ギリシャSF傑作選』

フランチェスカ・T・バルビニ&フランチェスコ・ヴァルソ編、中村融他訳
 世界初のSF小説(ルキアノス『本当の話』)が書かれた国でもあるというギリシャ。しかしその後はSFは活性化せず、海外に紹介されることもなかった。SFが盛んになるのは2000年前後から、更にギリシャSFがまとまった形でギリシャの外に出るのは今回が初めてだと言う。本著はイタリア人である編者が選んだ現代ギリシャSFのベストセレクション。
 日本でも当然初のギリシャSFアンソロジー。よくぞ出版してくれました。日本でギリシャといえばギリシャ神話や観光地としてのイメージが強いのではないかと思うが、本著に収録されている作品は現代ギリシャの社会問題を反映しているものばかり。観光地として海外の富裕層から搾取され続けるという構造が背景にあるヴァッソ・フリストウ『ローズウィード』、移民問題やレイシズムを伺わせるイオナ・ブラゾプル『人間都市アテネ』、ケリー・セオドラコブル『T2』など。元々小説は社会的な問題を扱うものだという風潮がギリシャでは強かったそうだが、それがSFジャンルでも踏襲されている。しかし未来のことを描きつつ現代の問題を描くというSFの一つの性質からすると、その方向は正しいのでは。現代のギリシャが抱えている問題が随所に投影されているので、本著解説で言及されているようにディストピアSF的な側面が強く全体的に物悲しい。明るい未来を描ける作品は皆無といってもよく、人間社会に対する諦念が滲む。その一方でミステリ的な要素もあるディミトラ・ニコライドウ『いにしえの疾病』、スタマティス・スタマトプロス『わたしを規定する色』が印象に残った。

ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス (竹書房文庫)
フランチェスコ・ヴァルソ
竹書房
2023-04-21


『農場にくらして』

アリソン・アトリー著、上條由美子・松野正子訳
 丘の上の農場に住む少女スーザンは、家畜や野生の動物、鳥、様々な木々や花々、そして森の中や家の暗がりに潜む「ものたち」を友人として生活している。子供の目を通して英国の田舎の四季を描いた、児童文学作家である著者の自伝的小説。挿画も素晴らしい。
 1931年に出版された作品だそうで、著者の子供時代ということは20世紀初頭が舞台なのだろう。農場を取り囲む森や身近な植物や動物の生態、また農場の家庭の日々の生活や仕事の内容が綴られており、これを面白いと思うかどうかで好みが分かれそう。私は細かく具体的な物事の描写が好き、かつ自然描写の分量の多い作品が好きなので本作はツボだった。ただ、文章としては、事象のひとつひとつの描写がなされている、また主題があっちこっちにふらふらして長くなりがちで、少々読みづらいところはある。読んでいる間に気が散りがちなように思った。このあっちこっちにふらふらする感じは、子供の気がそれて次々別の行動をし始める感じに似ているので、スーザンに寄り添った書き方とも言える。実際、スーザンは目の前の事象だけでなくそこから引き起こされる想像の世界にも没入していき、どんどん気がそれていくのだ。
 スーザンの両親は良い両親ではあるのだろうが、あまり愛情深いという感じではなく、娘が見ているものや考えていることにはあまり興味・理解がない様子なのが興味深かった。この家族固有のものというより、当時の親子関係というのはこういうものだったのかなと。何しろ農場の仕事は多忙で子供にかまけている暇はなさそうなのだ。一人で想像を巡らせることが好きなスーザンにとっては、むしろいい環境だったのかもしれない。

農場にくらして (岩波少年文庫 (511))
アリソン・アトリー
岩波書店
2000-06-16


時の旅人 (岩波少年文庫)
アリソン アトリー
岩波書店
2000-11-17




『逃れる者と留まる者 ナポリの物語3』

エレナ・フェッランテ著、飯田亮介訳
作家として処女作が大ヒットし、名門一家出身の将来有望な研究者と結婚したエレナ。子供も生まれ生活は順調なように思えたが、徐々に夫との間には溝が生まれ始める。そんな折、かつて片思いをしていた相手に再会する。一方、ナポリに留まったリラは、工場で働きながらパートナーと共にコンピューターを学び、才能を発揮させつつあった。
大人になりそれぞれ家庭を持つようになったリラとエレナに大きな転機が訪れるシリーズ3作目。エレナは作家として成功するが、「書かれた(セクシャルな)出来事は実体験なのか」としつこく読者に聞かれる、は頬やからははふしだらなことを書いたと非難されるというエピソードがなかなか辛い。今までも多分にそうなのだが、特に今回エレナが悩んだり傷ついたりする原因は、女性に対して向けられる目とそれに沿えない、また過剰に沿おうとしてしまうことにある。1970年代の物語だが今でもあまり変わっていないことにげんなりした。特に夫の育児に対する無知・無理解が厳しい。エレナが何者かになりたかったけど「何」に当てはまるものがない、からっぽだと感じる姿がちょっと痛々しかった。だから何か理想的と思えるモデルに過剰に沿おうとしてしまうんだろうけど・・・。かつては(そして今も)リラがその理想だったが、恋人や読者が求める姿に沿ってしまう所がもどかしくもある。一方リラはエンジンが過剰にかかっているというか、疾走しすぎていて怖い。いつか大転倒するのではとひやひやする。そこが彼女の魅力でもあるのだが。

逃れる者と留まる者 (ナポリの物語3)
エレナ フェッランテ
早川書房
2019-03-20


新しい名字 (ナポリの物語2)
エレナ フェッランテ
早川書房
2018-05-17



『ノーラ・ウェブスター』

コルム・トビーン著、栩木 伸明
 教師をしていた夫を病気で亡くした46歳のノーラ・ウェブスター。学生である長女と次女は家を離れているが、ローティーンの息子2人はまだ目を離せない。生活の為21年ぶりに会社に復職し、かつての同僚からの嫌がらせを受けつつも仕事に慣れていく。労働組合活動に共感し、音楽への愛着を思い出し、自分なりの生活を築いていく彼女の3年間を描く。
 ノーラは自分が気難しいとか強いとかとはあまり思っていない。夫を亡くして途方に暮れており、子どもたちとも親密とは言い難いと感じている。しかし周囲からは、彼女は結構頑固で、時にとっつきにくいとも思われているようだ。三人称語りながらノーラ視点のみで描かれるので、あくまでそういう様子が見え隠れするということなのだが、実の姉妹からも時に距離を置かれる、親族の中でどうも彼女はちょっと異質らしいぞという様子が窺えることが面白い。更に、ノーラは子供を愛しているがお互いに適切に理解しているかというとそういうわけでもないし(お互い様である)、時にすごく面倒くさかったり疎ましくも思う。自分が思う自分と、(家族であっても)他人が思う自分は違うし、母、妻という役割には嵌まりきらないのだ。ノーラは他人にどう思われるかということを、だんだん気にしなくなっていく。すごく逞しい、生活力があるというわけではないが、自分に出来ることをちゃんとやろうとする様、そして出来ることをやっていくうちに、「未亡人」ではなく「ノーラ・ウェブスター」としての立ち位置を発見していく様が清々しい。普通に生きることの悲喜こもごもと面白さがある。
 個人的なことではあるが、ノーラの姿が自分の母親と重なり、ちょっと平静でいられないところがあった。ノーラと同じく専業主婦だった母も、父が亡くなった後こんな気持ちだったのだろうかと。私と弟は父が亡くなった時に丁度ノーラの長男次男と同じくらいの年齢で、彼らに輪をかけて面倒くさい子供だったので、ノーラの不安と苛立ちを目にするたび何か申し訳ない気分になった。


『呪われた腕 ハーディ傑作選』

トマス・ハーディ著、河野一郎訳
村の乳搾りの女ローダは、かつて農場主のロッジと恋仲にあり子供もいたが、ロッジは彼女を捨て、若く美しいガートルードと結婚した。ローダはガートルードを倦厭していたものの、とあるきっかけで親しくなっていく。ある晩ローダは夢の中で女性の腕を掴む。しばらくするとガートルードの腕に原因不明の痣が出来、悪化していった。19世紀末、ヴィクトリア時代のイギリスを代表する作家の傑作短篇集。新潮文庫の「村上柴田翻訳堂」シリーズから復刊・改題された。小説の原型みたいな短篇集だ。ここから更に、色々な形状の小説に発展していきそうな、人の感情や物語の型が出揃っているように思った。その分、ちょっとそっけない、骨っぽすぎるという印象もあるが。また、人と人の心、あるいは人生のタイミングのすれ違いを描いた作品が多い。運命のいたずら、みたいなシチュエーションを好む作家だったのか。個人の力ではどうにもコントロールできないものとの対峙には、どこか諦念もにじむ。

『残り全部バケーション』

伊坂幸太郎著
当たり屋、恐喝などあくどい仕事を生業とする溝口と部下の岡田。ある日岡田は、足を洗いたいと打ち明ける。溝口は「適当な携帯電話の番号に電話し、出た相手と友達になれたら許す」という条件を出す。岡田がかけた番号に出たのは、離婚寸前の男。岡田はその男と、なぜか男の妻子も一緒にドライブする羽目になる。表題作を含む中編5編から成る連作集。いやー上手い!いつもの伊坂といえばいつもの伊坂だが伏線と構成のあざとさには唸る。しかも、収録中1~4章は別々の媒体に掲載されていたもの(つまり初出は連作ではない)で、書き下ろしの5章を加えることで連作として完成し、物語が円環するのだ。本作に限ったことではないが、人のちょっとした善意が(誰かにとっての)世界をちょっと良くするという希望が底辺にあると思う。そういう描き方は愚直に見えるかもしれないが、そこに徹するところが作品の強さ(著者の意志の強さでもある)になっていると思う。後味もいい。題名もいい。人生の残りは全部バケーション、おまけみたいなものだと思えば、ちょっとは生きるのが楽になるかな。

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『野原をゆく』

西脇順三郎著
詩人であり英文学者でもあった著者の、随筆集。題名の通り、野山の散策や、専門である英文学についての話が多い。著者は旅行というよりもハイキングのような散策が好きだったようで、特に多摩川近辺は度々登場する。当時は多摩川越えれば東京の別荘地、みたいな感覚だったようだ。わかりやすく華やかな花よりも野の花を好むが、かといっていわゆる「侘び寂び」は金持ちの道楽だ、貧乏と簡素は違う、みたいな身も蓋もない話も出てきて、時に辛辣。著者はオックスフォード大学に留学しており当然英語堪能であり、帰国後はシュルレアリスム運動を代表する詩人として著名になったが、本作に収録されている話によると、子供の頃は読書は苦手で、全然日本語の文字を読む意欲がわかなかったそうで、とても意外だった。英語に触れるようになってから、言語としての構造や文学に関心が生まれたそうだ。文学というよりもむしろ言語というシステムの方からこの世界に入ってきた人なのだが、文学者でこういうタイプの人は珍しい気がする。

『ノックス・マシン』

法月綸太郎著
2058年、小説はプログラムにより自動生成されるようになった世界。20世紀の探偵小説の研究者ユアン・チンルウは、国家科学技術局から呼び出された。「ノックスの十戒」第5項について彼が立てた仮説が、史上初の双方向タイムトラベル成功の鍵になるというのだ。本格ミステリ作家である著者によるSF、だがやはり本格ミステリ。そもそもノックスを持ちだす時点で(知らなくても楽しめるように書いてはあるけど)本格ミステリ読者以外は食いつきにくいそう。しかし本格ミステリが好きな人は、やるなぁ!と唸らせられるのではないだろうか。SFとしてちょっと懐かしい味わいもありつつ、ミステリに関するペダントリィとパロディ精神に満ちている。表題作の「ノックス・マシン」 、その続編「論理蒸発 ノックス・マシン2」は、著者の本格ミステリに対する愛と敬意を感じさせ目がしら熱くなる。更に、小説というもの、そのものへの愛と敬意が詰まっているのだ。法月先生、実は熱い人だよな!と改めて感じる。

『NOVA+ バベル 書き下ろし日本SFコレクション』

大森望責任編集
大森望が編集する、日本SFアンソロジーシリーズ「NOVA」の新シリーズ。今までのNOVAは読んでいなかったが、本作は月村了衛「機龍警察」のシリーズ短編を収録しているので読んでみた。で、機龍警察はもちろん面白かったのだが、他の作品も更に面白い!特に酉島伝法「奏で手のヌフレツン」は私の中では圧巻。この世界をこのように解釈するのか!という驚きと新鮮さがあった。グロテスクであり過剰でもあるがイマジネーションが抜群だと思う。また、SFの“現実のちょっと先”という側面としては、長谷敏司「バベル」はまさにそれだと思う。そして最後に収録された円城塔「Φ」は、確かに最後にふさわしい。宮部みゆきの職人的安定感を味わえたのも嬉しかった。

『know』

野崎まど著
2040年に情報インフラが革新的に飛躍し、2053年、超情報化対策として人間の脳に「電子葉」が植えられた。電子葉が一般化した2081年、情報庁所属の若き官僚・御野・連レルは、情報素子コードの中に行方不明の研究者であり恩師でもある道終・常イチが残した暗号を発見する。暗号を読み解き恩師と再会した御野は、少女・知ルを託される。SFが今の世界の行く先を想像する、この路線の上だと世界がどう変容していくのか思いめぐらす文芸だとするなら、本作は正にSFだろう。情報化社会の行きつく先の描かれ方は、なるほどという説得力をもつものだった。人間の本性に「知る」ことへの欲望が含まれているのなら、これも進化の形なのだろうと。ただ、本作が最後に示唆する世界は、ある種のディストピアにも見える。ここまでいっちゃうと「個人」の意味はなくなるのではないか。

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