マーサ・ウェルズ著、中原尚哉訳
人型警備ユニットの“弊機”は、恩人であるメンサー博士の依頼で、ある惑星調査任務に就く。しかし何者かに船に侵入され危機に陥る。メンサー博士の娘・アメナをはじめとする人間のクルーたちを守りながら、“弊機”は事態を打開しようとする。
ヒューゴー賞、ネビュラ賞、日本翻訳対象『マーダーボット・ダイアリー』の続編。“弊機”という一人称は大発明だよなと改めて思った。この一人称を使うだけで、“弊機”が自分をどのように認識しているのかわかるし、妙なユーモラスさ、可愛げが出てくる。“弊機”は過去に大量に人間を殺したといういわくつきの機体なのだが、自分内のシステムを密かに改造し、企業から独立した自我と価値基準を持っている。人間は面倒だとぼやきつつ、人間たちを守る為に尽力し、ストレスが溜まるとドラマアーカイブに耽溺する姿はなんだか可愛い。おそらく初めての「友だち」であるART(あるフレーズの省略なのだがなかなかひどい)との憎まれ口のたたき合いも愉快だ。とは言え、人間たちは“弊機”に人間性投影をしすぎなきらいがあり(体への気遣いはともかく、アメナが“弊機”とARTの関係をやたらとロマンチックに捉えるのには、“弊機”ならずとも勘弁してほしくなるだろう)、“弊機”をうんざりさせる。“弊機”は自分で考えているよりも大分人間に近づいているし人間が好きだと思うのだが、やはり人間とは一線を画した存在だという行動原理に味わいがある。
本作は『マーダーボット・ダイアリー』よりも作中時間は圧縮されており濃密なはずなのに、前作より少々散漫な印象なところが不思議。連作を1冊にまとめた前作の方が、なぜか一貫性があるように思えた。本作は“弊機”の過去案件ファイルが所々に挿入され、全体として何が進行しているのか捉えにくい。一方で、企業倫理のあてにならなさ、資本主義の酷薄さへの言及は一貫している。企業の所有物である“弊機”の視点でそういう世界構造が語られる所がユーモラスでもあるのだが、現実を顧みると笑えない。