3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名な行

『ノックス・マシン』

法月綸太郎著
2058年、小説はプログラムにより自動生成されるようになった世界。20世紀の探偵小説の研究者ユアン・チンルウは、国家科学技術局から呼び出された。「ノックスの十戒」第5項について彼が立てた仮説が、史上初の双方向タイムトラベル成功の鍵になるというのだ。本格ミステリ作家である著者によるSF、だがやはり本格ミステリ。そもそもノックスを持ちだす時点で(知らなくても楽しめるように書いてはあるけど)本格ミステリ読者以外は食いつきにくいそう。しかし本格ミステリが好きな人は、やるなぁ!と唸らせられるのではないだろうか。SFとしてちょっと懐かしい味わいもありつつ、ミステリに関するペダントリィとパロディ精神に満ちている。表題作の「ノックス・マシン」 、その続編「論理蒸発 ノックス・マシン2」は、著者の本格ミステリに対する愛と敬意を感じさせ目がしら熱くなる。更に、小説というもの、そのものへの愛と敬意が詰まっているのだ。法月先生、実は熱い人だよな!と改めて感じる。

『20世紀イギリス短篇選(上、下)』

小野寺健編訳
キップリングからモーム、ウルフ、ジョイス、D.H.ロレンスを経てドリス・ドレッシング、ウィリアム・トレヴァー、そしてスーアン・ヒル。20世紀に活躍したイギリスの小説家の作品を収録した短編集。上下巻、時代順で収録されているので、小説の時代背景の変遷もたどることができる。普段、なかなか読む機会のない作家の作品も(特に下巻では)多く、粒ぞろいでとても読み応えがあった。どこか苦味やブラックユーモア、寂寥感、生きることの悲しみが漂う作品が多いのは、編者の趣味なのか、イギリスのお国柄なのか。そんな中、キュートと言えばキュートだが冷静に考えるとちょっと怖い、P・G・ウドハウス(岩波文庫ではウドハウス表記)の「上の部屋の男」、最後の最後で人生は悪くないと思えるノーラ・ロフツ「この四十年」がアクセントになっている。個人的には、視点がミクロからマクロへゆらゆらゆれてどこか幻想的なヴァージニア・ウルフ「キュー植物園」、ジョイスってこんなのも書いてたんだ!と新鮮だったジェイムズ・ジョイス「痛ましい事件」、異邦人としての疎外感と差別への怒りが根底に流れるジーン・リース「あいつらのジャズ」を推す。

『七人目の子(上、下)』

エーリク・ヴァレア著、長谷川圭訳
デンマークの砂浜で女性の死体が発見された。不自然な遺留品から他殺も考えられたが捜査は打ち切られる。数年後、女性のポケットに入っていた写真が、国内でも最も威厳のある児童養護施設だとわかる。一方、国務省参謀管理局長のオアラの元に、奇妙な郵便が届く。同じものが複数名に送りつけられたらしいのだ。やがて養護施設に隠された秘密が浮き上がる。デンマークのベストセラーミステリーだそうだが、奇妙な味わい。「私」という主体が誰なのか曖昧(これは翻訳のせいなのかもしれないが)なパートや、幻想のようなパートが入り混じり、どこまでが信用できる語りなのかわからなくなってくる。効果なのか単に下手なのか判断に迷った(笑)。また、これってそんなに必死に隠すこと?ないしは知ろうとすること?と思ったところも。ただ、どうしてもそうしたい、というのは他人にはわからないことなのかもしれない。本作のキーワードのひとつに「憧れ」というものがある。「憧れ」が強すぎるので、よかれと思ってやったことが実際は求められていない、むしろ迷惑なものだったりするが、当人にはそれがわからない。本当に「憧れ」る価値があったのか?とも思うが、それこそ当人にしかその価値はわからないのだろう。

『眠りなき狙撃者』

ジャン=パトリック・マンシェット著、中条省平訳
殺し屋のマルタン・テリエはある仕事を最後に引退を決意する。しかし組織の刺客や彼に恨みを持つ者が、彼を狙い始める。冷徹といっていいほどクールかつ、余計なものをそぎ落とした文体。翻訳の良さもあるのだろうが、ゴツゴツ、殺伐として読んでいる側に切りつけてくるようなスタイルだ。それがテリエの人としてどこか足りないような、偏った言動とマッチしている。はたから見ているとちょっと理屈がおかしいのだが、本人はいたって真面目だしこういうやり方しかできないという不器用さと、それゆえ訪れるラストがやるせない。それを突き放した文体で語っていくのでなおさらだ。


『NOVA+ バベル 書き下ろし日本SFコレクション』

大森望責任編集
大森望が編集する、日本SFアンソロジーシリーズ「NOVA」の新シリーズ。今までのNOVAは読んでいなかったが、本作は月村了衛「機龍警察」のシリーズ短編を収録しているので読んでみた。で、機龍警察はもちろん面白かったのだが、他の作品も更に面白い!特に酉島伝法「奏で手のヌフレツン」は私の中では圧巻。この世界をこのように解釈するのか!という驚きと新鮮さがあった。グロテスクであり過剰でもあるがイマジネーションが抜群だと思う。また、SFの“現実のちょっと先”という側面としては、長谷敏司「バベル」はまさにそれだと思う。そして最後に収録された円城塔「Φ」は、確かに最後にふさわしい。宮部みゆきの職人的安定感を味わえたのも嬉しかった。

『逃げる幻』

ヘレン・マクロイ著、駒月雅子訳
ある事情からハイランド地方の村を訪れたダンバー大尉は、家出を繰り返す少年が、ムア(荒野)で突然消えたという話を聞く。少年はほどなく戻ってきたが、彼は何かを異様に恐れていた。そして、少年の家庭教師が殺された。ヘレン・マクロイのミステリは折り目正しくて好ましいなぁ。色気を出し過ぎず、出さなすぎもせずというバランスがいい。本作では人間消失と密室殺人という2つの要素が盛り込まれているが、実はそこ以外の部分の謎に対する解が、おおなるほど!という納得感が強く、どんでん返し的なサービスにもなっていて満足度が高かった。ロジカルな部分以外でも、ハイランド地方の風土の描写やムアの風景、そして人間の機微など、小説としての彩の部分がきちんとしているので、そこでも安心して読める。第二次大戦後の社会の雰囲気が伝わってくる(そして事件とも深くかかわってくる)ところも興味深い。

『嘆きの橋』

オレン・スタインハウアー著、村上博基訳
1948年、東ヨーロッパの某国。人民軍警察殺人捜査課に配属された新人刑事エミールは、同僚らの嫌がらせにあいつつも、作曲家が殺された事件の捜査にあたる。共産主義政府高官が関わったと推理するが、捜査中止命令が出、被害者の未亡人にも危険が迫っていた。舞台は架空の国なのだが、ナチスとソ連との戦いの傷跡の色濃く、共産主義政権下にある。文体がかなり独特でなかなか読みづらかったのだが、舞台が置かれている背景事態がかなりややこしいというのも一因だろう。当時の東ドイツないしウクライナないしは、実際こういう雰囲気だったのだろうか。物事が全て額面通りではなく腹芸で進んでいるような感じなのだ。そして徹底的に監視されており、監視しているということを特に隠そうともしていない社会。エミールは時に情緒不安定ぽいのだが、こういう社会背景と彼の不安、不安定感とが相乗効果で募っていく。

『日本映画史110年』

四方田犬彦著
2000年に刊行された『日本映画史100年』の増補改訂版。2000年以降の日本映画の動向、研究成果についても加筆されている。私は映画はよく見ているものの、日本映画の時代的な流れ、映画史についてはあまり知らなかった(特に撮影所時代については無知)なので、流れを押さえる為に読んでみた。新書なので手に取りやすいしわかりやすくまとまっていて、元となった『日本映画史100年』が大学などのテキストとしても選ばれ版を重ねているというのには納得。時代ごとのムーブメントとあわせ、主要なスタッフ(主に監督)の名前も把握できるので便利だ。日本映画には歴史的な視座が乏しいという指摘が度々されるのだが、これは映画に限ったことじゃないよなー。

『二千万ドルと鰯一匹』

カトリーヌ・アルレー著、安堂信也訳
看護師のヘルタは、個人宅に雇われある「仕事」をすることで定評があった。1人の未亡人が彼女の元を訪れる。再婚相手の夫は莫大な財産を残したものの、その相続は義理の息子に有利な条件だった。義理の息子が事故にあい自由に動けなくなっているところを、あの世に送ってほしいと、未亡人はヘルタに依頼する。遺産の10%を報酬とする条件でヘルタは「仕事」を引き受ける。コンパクトにまとまっており面白い!いわゆる「悪女」というよりも、徹底して現実的かつ狡猾な女性を主人公としたピカレスクロマン的なサスペンス。状況がどんどん変化していくなか、ヘルタがどう対応するのか、はたして報酬を手にできるのか、わくわくしてしまう。未亡人との間に生じる妙な連帯感も味わい深い。

『ネルーダ事件』

ロベルト・アンブエロ著、宮崎真紀訳
チリで探偵をしているカジェタノは、この仕事を始めるきっかけとなった出来事を思い出す。1973年、アジェンデ大統領が樹立した社会主義政権は、大きく揺らいでいた。そんな中、国民的詩人のネルーダと知り合い、彼にある人物を探してほしいと頼まれる。カジェタノはチリ国内にみならず、メキシコやキューバ、更に東ドイツにまで足を延ばす羽目になるが、依頼にはネルーダの別の目的が隠されていた。日本で翻訳される機会は少ないであろう南米ミステリだが、これは面白い。本作がシリーズ6作目だそうなのだが、主人公が探偵になったきっかけの物語なので、最初に読むにはよかったのかな。カジェタノが人生のある季節を終え次に進む物語であると同時に、その背景としてチリのある時代の終わりが描かれており、悲哀が漂う。ネルーダを始め実在の人物が登場することに加え、時代背景を多少知っていないとわかりにくい(ので、訳者解説を先に読んでもいいと思う)かもしれない。ネルーダのカリスマ性とともに、自分の才能を最優先する傲慢さ、そこから生じる弱さもどこか物悲しかった。
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