3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名な行

『残り全部バケーション』

伊坂幸太郎著
当たり屋、恐喝などあくどい仕事を生業とする溝口と部下の岡田。ある日岡田は、足を洗いたいと打ち明ける。溝口は「適当な携帯電話の番号に電話し、出た相手と友達になれたら許す」という条件を出す。岡田がかけた番号に出たのは、離婚寸前の男。岡田はその男と、なぜか男の妻子も一緒にドライブする羽目になる。表題作を含む中編5編から成る連作集。いやー上手い!いつもの伊坂といえばいつもの伊坂だが伏線と構成のあざとさには唸る。しかも、収録中1~4章は別々の媒体に掲載されていたもの(つまり初出は連作ではない)で、書き下ろしの5章を加えることで連作として完成し、物語が円環するのだ。本作に限ったことではないが、人のちょっとした善意が(誰かにとっての)世界をちょっと良くするという希望が底辺にあると思う。そういう描き方は愚直に見えるかもしれないが、そこに徹するところが作品の強さ(著者の意志の強さでもある)になっていると思う。後味もいい。題名もいい。人生の残りは全部バケーション、おまけみたいなものだと思えば、ちょっとは生きるのが楽になるかな。

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『野原をゆく』

西脇順三郎著
詩人であり英文学者でもあった著者の、随筆集。題名の通り、野山の散策や、専門である英文学についての話が多い。著者は旅行というよりもハイキングのような散策が好きだったようで、特に多摩川近辺は度々登場する。当時は多摩川越えれば東京の別荘地、みたいな感覚だったようだ。わかりやすく華やかな花よりも野の花を好むが、かといっていわゆる「侘び寂び」は金持ちの道楽だ、貧乏と簡素は違う、みたいな身も蓋もない話も出てきて、時に辛辣。著者はオックスフォード大学に留学しており当然英語堪能であり、帰国後はシュルレアリスム運動を代表する詩人として著名になったが、本作に収録されている話によると、子供の頃は読書は苦手で、全然日本語の文字を読む意欲がわかなかったそうで、とても意外だった。英語に触れるようになってから、言語としての構造や文学に関心が生まれたそうだ。文学というよりもむしろ言語というシステムの方からこの世界に入ってきた人なのだが、文学者でこういうタイプの人は珍しい気がする。

『ノックス・マシン』

法月綸太郎著
2058年、小説はプログラムにより自動生成されるようになった世界。20世紀の探偵小説の研究者ユアン・チンルウは、国家科学技術局から呼び出された。「ノックスの十戒」第5項について彼が立てた仮説が、史上初の双方向タイムトラベル成功の鍵になるというのだ。本格ミステリ作家である著者によるSF、だがやはり本格ミステリ。そもそもノックスを持ちだす時点で(知らなくても楽しめるように書いてはあるけど)本格ミステリ読者以外は食いつきにくいそう。しかし本格ミステリが好きな人は、やるなぁ!と唸らせられるのではないだろうか。SFとしてちょっと懐かしい味わいもありつつ、ミステリに関するペダントリィとパロディ精神に満ちている。表題作の「ノックス・マシン」 、その続編「論理蒸発 ノックス・マシン2」は、著者の本格ミステリに対する愛と敬意を感じさせ目がしら熱くなる。更に、小説というもの、そのものへの愛と敬意が詰まっているのだ。法月先生、実は熱い人だよな!と改めて感じる。

『20世紀イギリス短篇選(上、下)』

小野寺健編訳
キップリングからモーム、ウルフ、ジョイス、D.H.ロレンスを経てドリス・ドレッシング、ウィリアム・トレヴァー、そしてスーアン・ヒル。20世紀に活躍したイギリスの小説家の作品を収録した短編集。上下巻、時代順で収録されているので、小説の時代背景の変遷もたどることができる。普段、なかなか読む機会のない作家の作品も(特に下巻では)多く、粒ぞろいでとても読み応えがあった。どこか苦味やブラックユーモア、寂寥感、生きることの悲しみが漂う作品が多いのは、編者の趣味なのか、イギリスのお国柄なのか。そんな中、キュートと言えばキュートだが冷静に考えるとちょっと怖い、P・G・ウドハウス(岩波文庫ではウドハウス表記)の「上の部屋の男」、最後の最後で人生は悪くないと思えるノーラ・ロフツ「この四十年」がアクセントになっている。個人的には、視点がミクロからマクロへゆらゆらゆれてどこか幻想的なヴァージニア・ウルフ「キュー植物園」、ジョイスってこんなのも書いてたんだ!と新鮮だったジェイムズ・ジョイス「痛ましい事件」、異邦人としての疎外感と差別への怒りが根底に流れるジーン・リース「あいつらのジャズ」を推す。

『七人目の子(上、下)』

エーリク・ヴァレア著、長谷川圭訳
デンマークの砂浜で女性の死体が発見された。不自然な遺留品から他殺も考えられたが捜査は打ち切られる。数年後、女性のポケットに入っていた写真が、国内でも最も威厳のある児童養護施設だとわかる。一方、国務省参謀管理局長のオアラの元に、奇妙な郵便が届く。同じものが複数名に送りつけられたらしいのだ。やがて養護施設に隠された秘密が浮き上がる。デンマークのベストセラーミステリーだそうだが、奇妙な味わい。「私」という主体が誰なのか曖昧(これは翻訳のせいなのかもしれないが)なパートや、幻想のようなパートが入り混じり、どこまでが信用できる語りなのかわからなくなってくる。効果なのか単に下手なのか判断に迷った(笑)。また、これってそんなに必死に隠すこと?ないしは知ろうとすること?と思ったところも。ただ、どうしてもそうしたい、というのは他人にはわからないことなのかもしれない。本作のキーワードのひとつに「憧れ」というものがある。「憧れ」が強すぎるので、よかれと思ってやったことが実際は求められていない、むしろ迷惑なものだったりするが、当人にはそれがわからない。本当に「憧れ」る価値があったのか?とも思うが、それこそ当人にしかその価値はわからないのだろう。

『眠りなき狙撃者』

ジャン=パトリック・マンシェット著、中条省平訳
殺し屋のマルタン・テリエはある仕事を最後に引退を決意する。しかし組織の刺客や彼に恨みを持つ者が、彼を狙い始める。冷徹といっていいほどクールかつ、余計なものをそぎ落とした文体。翻訳の良さもあるのだろうが、ゴツゴツ、殺伐として読んでいる側に切りつけてくるようなスタイルだ。それがテリエの人としてどこか足りないような、偏った言動とマッチしている。はたから見ているとちょっと理屈がおかしいのだが、本人はいたって真面目だしこういうやり方しかできないという不器用さと、それゆえ訪れるラストがやるせない。それを突き放した文体で語っていくのでなおさらだ。


『NOVA+ バベル 書き下ろし日本SFコレクション』

大森望責任編集
大森望が編集する、日本SFアンソロジーシリーズ「NOVA」の新シリーズ。今までのNOVAは読んでいなかったが、本作は月村了衛「機龍警察」のシリーズ短編を収録しているので読んでみた。で、機龍警察はもちろん面白かったのだが、他の作品も更に面白い!特に酉島伝法「奏で手のヌフレツン」は私の中では圧巻。この世界をこのように解釈するのか!という驚きと新鮮さがあった。グロテスクであり過剰でもあるがイマジネーションが抜群だと思う。また、SFの“現実のちょっと先”という側面としては、長谷敏司「バベル」はまさにそれだと思う。そして最後に収録された円城塔「Φ」は、確かに最後にふさわしい。宮部みゆきの職人的安定感を味わえたのも嬉しかった。

『逃げる幻』

ヘレン・マクロイ著、駒月雅子訳
ある事情からハイランド地方の村を訪れたダンバー大尉は、家出を繰り返す少年が、ムア(荒野)で突然消えたという話を聞く。少年はほどなく戻ってきたが、彼は何かを異様に恐れていた。そして、少年の家庭教師が殺された。ヘレン・マクロイのミステリは折り目正しくて好ましいなぁ。色気を出し過ぎず、出さなすぎもせずというバランスがいい。本作では人間消失と密室殺人という2つの要素が盛り込まれているが、実はそこ以外の部分の謎に対する解が、おおなるほど!という納得感が強く、どんでん返し的なサービスにもなっていて満足度が高かった。ロジカルな部分以外でも、ハイランド地方の風土の描写やムアの風景、そして人間の機微など、小説としての彩の部分がきちんとしているので、そこでも安心して読める。第二次大戦後の社会の雰囲気が伝わってくる(そして事件とも深くかかわってくる)ところも興味深い。

『嘆きの橋』

オレン・スタインハウアー著、村上博基訳
1948年、東ヨーロッパの某国。人民軍警察殺人捜査課に配属された新人刑事エミールは、同僚らの嫌がらせにあいつつも、作曲家が殺された事件の捜査にあたる。共産主義政府高官が関わったと推理するが、捜査中止命令が出、被害者の未亡人にも危険が迫っていた。舞台は架空の国なのだが、ナチスとソ連との戦いの傷跡の色濃く、共産主義政権下にある。文体がかなり独特でなかなか読みづらかったのだが、舞台が置かれている背景事態がかなりややこしいというのも一因だろう。当時の東ドイツないしウクライナないしは、実際こういう雰囲気だったのだろうか。物事が全て額面通りではなく腹芸で進んでいるような感じなのだ。そして徹底的に監視されており、監視しているということを特に隠そうともしていない社会。エミールは時に情緒不安定ぽいのだが、こういう社会背景と彼の不安、不安定感とが相乗効果で募っていく。

『日本映画史110年』

四方田犬彦著
2000年に刊行された『日本映画史100年』の増補改訂版。2000年以降の日本映画の動向、研究成果についても加筆されている。私は映画はよく見ているものの、日本映画の時代的な流れ、映画史についてはあまり知らなかった(特に撮影所時代については無知)なので、流れを押さえる為に読んでみた。新書なので手に取りやすいしわかりやすくまとまっていて、元となった『日本映画史100年』が大学などのテキストとしても選ばれ版を重ねているというのには納得。時代ごとのムーブメントとあわせ、主要なスタッフ(主に監督)の名前も把握できるので便利だ。日本映画には歴史的な視座が乏しいという指摘が度々されるのだが、これは映画に限ったことじゃないよなー。

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