3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名な行

『なにかが首のまわりに』

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著、くぼたのぞみ訳
 ラゴスからアメリカに移民した若い女性は、毎晩何かが首のまわりに絡みつくような息苦しさを感じていた。ある日彼女は大学に通う白人青年と親しくなる。表題作を始め、兄がカルトのメンバーと間違えられ投獄された経緯を静かに綴る『セル・ワン』、夫に連れられナイジェリアからアメリカへ移り住んだ女性の夫への疑念を描く『イミテーション』等、文化、ジェンダー、家族の中にある溝とすれ違いを描いた短篇集。
「異文化」に対する理解のなさ、あるいは理解している風に見せかけることの無神経さが、「異文化」側から描かれる。異文化は、アフリカであったりアメリカであったりする。周囲が彼/彼女らの母国文化に対して無関心だったり理解がないのはまだましで、厄介なのは理解しているというパフォーマンスをするが、実際の所何もわかっていないという相手の時だろう。それは異国に対してだけではなく、男女の間であったり、家族のあり方に対してだったりする。自分の頭の中にある異国であったり異性であったりに対するイメージで括られ、そのイメージや役割を押し付けられることは不愉快であり、また苦しいことだ。『ジャンピング・モンキー・ヒル』はアフリカ出身作家の為のワークショップが舞台だが、アフリカ人ではない講師の言う「アフリカらしさ」とは何なのか(よしんば講師がアフリカ人だったとしても)お前が言うなよ!って話だろう。主人公が書こうとしていることは彼女にとって重要なことで「アフリカらしさ」はさしあたり前面に出る要素ではない。このギャップをユーモラスかつ辛辣に描いており面白かったし、主人公がある場面で怒れなかった、笑って流してしまったことを後で嫌悪するというくだりが身に染みる。ああここでもか・・・とげんなりする。こういう場面ではもう、怒っていいんだよね。彼女もそれに気づくのだ。
なにかが首のまわりに (河出文庫)
チママンダ・ンゴズィ アディーチェ
河出書房新社
2019-07-08





明日は遠すぎて
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
河出書房新社
2012-03-13







『逃れる者と留まる者 ナポリの物語3』

エレナ・フェッランテ著、飯田亮介訳
作家として処女作が大ヒットし、名門一家出身の将来有望な研究者と結婚したエレナ。子供も生まれ生活は順調なように思えたが、徐々に夫との間には溝が生まれ始める。そんな折、かつて片思いをしていた相手に再会する。一方、ナポリに留まったリラは、工場で働きながらパートナーと共にコンピューターを学び、才能を発揮させつつあった。
大人になりそれぞれ家庭を持つようになったリラとエレナに大きな転機が訪れるシリーズ3作目。エレナは作家として成功するが、「書かれた(セクシャルな)出来事は実体験なのか」としつこく読者に聞かれる、は頬やからははふしだらなことを書いたと非難されるというエピソードがなかなか辛い。今までも多分にそうなのだが、特に今回エレナが悩んだり傷ついたりする原因は、女性に対して向けられる目とそれに沿えない、また過剰に沿おうとしてしまうことにある。1970年代の物語だが今でもあまり変わっていないことにげんなりした。特に夫の育児に対する無知・無理解が厳しい。エレナが何者かになりたかったけど「何」に当てはまるものがない、からっぽだと感じる姿がちょっと痛々しかった。だから何か理想的と思えるモデルに過剰に沿おうとしてしまうんだろうけど・・・。かつては(そして今も)リラがその理想だったが、恋人や読者が求める姿に沿ってしまう所がもどかしくもある。一方リラはエンジンが過剰にかかっているというか、疾走しすぎていて怖い。いつか大転倒するのではとひやひやする。そこが彼女の魅力でもあるのだが。

逃れる者と留まる者 (ナポリの物語3)
エレナ フェッランテ
早川書房
2019-03-20


新しい名字 (ナポリの物語2)
エレナ フェッランテ
早川書房
2018-05-17



『ネクスト・ギグ』

鵜林伸也著
 カリスマ的なギタリスト、クスミを擁するバンド「赤い青」。そのライブステージでボーカルのヨースケが死んだ。死因は千枚通しによる刺殺。ライブ中、暗闇の中での犯行は部外者には難しく、犯人はバンドメンバーかライブハウスの関係者ではと考えられた。ライブハウスのスタッフである私は、事件の真相を探り始める。
 一応本格ミステリというくくりで、事件のトリック(というよりも「そうなってしまった」状況の解説)は理屈が通ったもの。エレベーターの使い方はなるほどなというツボの押さえ方だったし、取って付けたようではあるが名探偵も一応登場する。とは言え本作、バンドを描いた小説、ロックって何なんだという音楽関係者の葛藤を描く小説としての側面の方が心に響いた。バンドを続けること、ロックを続けることの喜びと困難。青春小説ぽいほろ苦さがある。もはや大きなムーブメントではなく、小さな熱狂が点在しているような今のロックの状況と重ねると何か切なくなるよ・・・。しかしロックは死なない、転がり続けるのだ。実在のミュージシャンやバンドの名前が頻発しており、そこが嬉しくもあり、物語の内容を考えるとちょっと切なくもあり。私が好きなミュージシャン、ロックンローラーの皆様には、新作リリースしなくてもいいし私が好きなタイプの音楽をやらなくなってももういいので、元気で楽しく生きていてほしい。長生きしてね。


全ロック史
西崎 憲
人文書院
2019-02-21





『ノーラ・ウェブスター』

コルム・トビーン著、栩木 伸明
 教師をしていた夫を病気で亡くした46歳のノーラ・ウェブスター。学生である長女と次女は家を離れているが、ローティーンの息子2人はまだ目を離せない。生活の為21年ぶりに会社に復職し、かつての同僚からの嫌がらせを受けつつも仕事に慣れていく。労働組合活動に共感し、音楽への愛着を思い出し、自分なりの生活を築いていく彼女の3年間を描く。
 ノーラは自分が気難しいとか強いとかとはあまり思っていない。夫を亡くして途方に暮れており、子どもたちとも親密とは言い難いと感じている。しかし周囲からは、彼女は結構頑固で、時にとっつきにくいとも思われているようだ。三人称語りながらノーラ視点のみで描かれるので、あくまでそういう様子が見え隠れするということなのだが、実の姉妹からも時に距離を置かれる、親族の中でどうも彼女はちょっと異質らしいぞという様子が窺えることが面白い。更に、ノーラは子供を愛しているがお互いに適切に理解しているかというとそういうわけでもないし(お互い様である)、時にすごく面倒くさかったり疎ましくも思う。自分が思う自分と、(家族であっても)他人が思う自分は違うし、母、妻という役割には嵌まりきらないのだ。ノーラは他人にどう思われるかということを、だんだん気にしなくなっていく。すごく逞しい、生活力があるというわけではないが、自分に出来ることをちゃんとやろうとする様、そして出来ることをやっていくうちに、「未亡人」ではなく「ノーラ・ウェブスター」としての立ち位置を発見していく様が清々しい。普通に生きることの悲喜こもごもと面白さがある。
 個人的なことではあるが、ノーラの姿が自分の母親と重なり、ちょっと平静でいられないところがあった。ノーラと同じく専業主婦だった母も、父が亡くなった後こんな気持ちだったのだろうかと。私と弟は父が亡くなった時に丁度ノーラの長男次男と同じくらいの年齢で、彼らに輪をかけて面倒くさい子供だったので、ノーラの不安と苛立ちを目にするたび何か申し訳ない気分になった。


『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』

ロバート・ロプレスティ著、高山真由美訳
 ミステリ作家のシャンクスは、度々不可思議な事件に巻き込まれる。その度に推理を披露し、時には見事解決に導くが、「事件を解決するのは警察、僕は話を作るだけ」と宣言している。起こったかもしれない犯罪の予知や防犯、盗難事件から殺人事件まで、バラエティに富んだ連作短編集。
 題名には「お茶を」とあるが、お茶よりもお酒の方を好み荘(そして妻に怒られそう)な主人公シャンクス。シャンクスの本名はレオポルド・ロングシャンクスなのだが、妻もいまだに名字の短縮形であるシャンクスの名前で呼んでいる所がちょっと面白い。結婚前の呼び方をそのまま使っているのかな等と、シャンクス夫婦の若かりし頃への想像も膨らむ。短編ミステリ集だが、シャンクスが想像の中だけで事件を想定・解決する安楽椅子探偵的なものから、パズルミステリ、クライムノベル風、オーソドックスな本格ミステリ等、ミステリのあり方のバリエーションが豊富で、連作のお手本のよう。主人公が作家ということで、作家視点の読者や出版エージェントに対するうっすらとした毒も混じっている。とは言え概ねほがらかに気楽に読める好作。各章の後に著者によるコメントが付けられているのも楽しい。

日曜の午後はミステリ作家とお茶を (創元推理文庫)
ロバート・ロプレスティ
東京創元社
2018-05-11


ミステリ作家の嵐の一夜 (創元推理文庫)
G・M・マリエット
東京創元社
2012-10-30


『眠る狼』

グレン・エリック・ハミルトン著、山中朝晶訳
  祖父と確執により10年前に故郷を離れた陸軍兵・バンの元に、その祖父からの手紙が届く。プロの泥棒として腕の立った冷静な祖父の言葉とは思えない、「もどってきてくれ」とのメッセージに違和感を感じたバンは、休暇を取って実家を訪ねる。そこで彼が目にしたのは、銃撃を受け意識を失くした祖父の姿だった。
 アンソニー賞、マカヴィティ賞、ストランド・マガジン批評家賞最優秀新人賞受賞作だそうだが、確かに新人の作品でこの面白さはすごい。帰省したらいきなり祖父が撃たれているという導入部で一気に引き込まれ、時間制限のある(バンは10日間の休暇が終わると軍に戻らなければならない)犯人探しが行われる現在、祖父が何をやっていたのか、なぜ2人は決別したのかという過去とが並列して描かれ、犯人との対峙で結びつく。途中少々もどかしいが、いい構成だと思う。ある人物のバンに対する態度にずっと微妙な違和感を感じていたのだが、それがこういう形でつながるのか!というすっきり感も。バンと祖父はいわゆる「仲がいい」家族ではないしお互いに反目する部分は多々ある。しかし、2人の間には好き嫌いを越えた、根っこの所での信頼と理解があるのだ。ある人物との関係は一見円満で愛と信頼があるように見える。しかし、根底では理解しあっていない。お互いに相手を見間違っているのだ。

眠る狼 (ハヤカワ文庫NV)
グレン・エリック・ハミルトン
早川書房
2017-04-06

ネバー・ゴー・バック(上) (講談社文庫)
リー・チャイルド
講談社
2016-11-15

『ニック・メイソンの第二の人生』

スティーヴ・ハミルトン著、越前敏弥訳
警官殺しの罪で懲役25年を言い渡されていたニック・メイソンは、同じ刑務所に収監されていた暗黒街の大物、ダライアス・コールとの取引により5年目で出所する。取引内容は、携帯電話が鳴ったら必ず出てどんな指示にも従うこと。何の為なのか、自分がこの先どうなるのか見当もつかないまま、メイソンは指示に従わざるを得なかった。
著者の『解錠師』は面白かったが主人公の脇が甘すぎる(主人公がとても若いからってのも一因だが)のが気になった。本作の主人公であるメイソンはもっと年長だし世の中のことをよりわかってはいるが、やはりどこか脇が甘い。その状況で家族に会いに行くなんて、弱点をさらしているのと同じだぞ!と突っ込みたくなる。メイソンは妻と娘に会いたい一心で取引に応じるが、妻子にとっては彼はトラブルの元凶であり、関係回復なんて望むべくもないんだよね・・・。理性ではわかっていても一抹の希望にすがってしまうメイソンの姿がどうにももどかしかった。先の展開が気になり読み飛ばしてしまったが、時制の前後の仕方があまりスムーズでなく、意図的なものなのか単に雑なのかちょっとよくわからなかった。また、コールの計画は、その目的を知ってしまうとメイソンを引き込む必要ってあんまりなかったんじゃないかな・・・。何かもっとてっとりばやい方法ありそう・・・。

『夜の声』

ナターリア・ギンツブルグ著、望月紀子訳
「私」はある日、夫の目を銃で射抜く。ここに至るまでに何があったのか妻が綴る『こんな風でした』。無難に思えた結婚だがお互いの気持ちが相手に届かない『私の夫』、お互いを思いやりつつも一緒やっていくことはできない幼馴染と、彼らの背景にある一族を描く『夜の声』、3つの中編を収録。著者の初期作品集だが、本作収録の作品は似通ったモチーフが度々使われており、著者の子供の頃の記憶や実体験に基づいているのかなと思った。どれも夫との破局、あるいは結婚に至れない関係性、また両親の不和や無理解、親戚関係のしがらみが描かれている。家族にしろ伴侶にしろ、円満な関係が非常に希薄で、「私」はいつも居場所がなさげだし、ここから抜け出す手段もない。別の時代、もっと現代に近い(本作は1940~60年代に書かれた)時代を舞台としていたら、この閉塞感は少しは薄れたのかもしれない。特に『夜の声』には、結婚や家族という価値観、そのあり方が変わりつつあった時代に、世代の狭間で迷い悩むという側面があるのではないかと思う。

『夏を殺す少女』

アンドレアス・グルーバー著、酒寄進一訳
弁護士のエヴァリーンは、寄った元小児科医がマンホールで溺死するという事件に関わる。調べるうちにエヴァリーンは、、一見無関係に見えた市会議員の交通事故死等複数の事件との関連を疑い始める。同じころ、ライプツィヒ警察の刑事ヴァルターは、病院での少女の変死を捜査していたが、類似の事件が最近起きていたことに気づく。2つの捜査線が交互に語られ、この2線がいつ交わるのかとドキドキしながら一気読みした。読んでいるとどんどん引っ張られていく上手い構成だった。事件の背景はかなりおぞましいものなのだが、エヴァリーンもヴァルターも、それに対してちゃんと怒れる人なので、物語のトーンが陰惨な方向に行きすぎない。「それは絶対に間違っている」という指針がはっきりとしているのだ。そして2人とも諦めない、タフな人だ。どちらもいいキャラクターなので、続編が読みたくなる。

『呪われた腕 ハーディ傑作選』

トマス・ハーディ著、河野一郎訳
村の乳搾りの女ローダは、かつて農場主のロッジと恋仲にあり子供もいたが、ロッジは彼女を捨て、若く美しいガートルードと結婚した。ローダはガートルードを倦厭していたものの、とあるきっかけで親しくなっていく。ある晩ローダは夢の中で女性の腕を掴む。しばらくするとガートルードの腕に原因不明の痣が出来、悪化していった。19世紀末、ヴィクトリア時代のイギリスを代表する作家の傑作短篇集。新潮文庫の「村上柴田翻訳堂」シリーズから復刊・改題された。小説の原型みたいな短篇集だ。ここから更に、色々な形状の小説に発展していきそうな、人の感情や物語の型が出揃っているように思った。その分、ちょっとそっけない、骨っぽすぎるという印象もあるが。また、人と人の心、あるいは人生のタイミングのすれ違いを描いた作品が多い。運命のいたずら、みたいなシチュエーションを好む作家だったのか。個人の力ではどうにもコントロールできないものとの対峙には、どこか諦念もにじむ。
ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ