3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『テロ』

フェルディナント・フォン・シーラッハ著、酒寄進一訳
 ドイツ上空で旅客機がハイジャックされ、犯人は7万人の観客が集まっているサッカースタジアムに旅客機を墜落させようとしていた。犯行声明を受けて緊急発進した空軍少佐は、独断で旅客機を狙撃、無人の土地に墜落させる。乗客164人は即死だった。164人を殺し7万人を救った彼は英雄か?犯罪者か?参審議裁判所(ドイツでは一般人が審議に参加する参審制度が採用されている)で下される判決とは。
 法廷劇の戯曲仕立てで、検察官の論告、弁護人の最終弁論に加え、結末は「有罪」「無罪」の2パターン用意されている。戯曲の形式をとってはいるが、本作、実際に戯曲として演じても面白くはないだろう。テーマを強調し、読者を巻き込む為にこの形式を採用した、あくまで「読む」用の作品なのだと思う。そしてそのテーマも巻き込み方も、著者の他作品に比べるとかなり直接的。テーマしかないと言ってもいいくらいだ。著者にとっては、そのくらい切羽詰まったテーマだったということだろうか。テロは、多数の被害者を出すというだけでなく、モラルや法律が引き裂かれるジレンマを引き起こす。裁かれるのがテロリストではなく、それを(他の乗客もろとも)狙撃した側だという所がポイント。有罪判決を読んでも無罪判決を読んでも、どちらも一理あると思ってしまう。ただ、著者としては「(中略)しかし憲法はわたしたちよりも賢いのです。わたしたちの感情、怒りや不安よりも賢いのです。私たちが憲法を、そして憲法の原則、人間の尊厳をいついかなる場合でも尊重するかぎり、わたしたちはテロの時代に自由な社会を存続できるのです」という言葉の方により近いのでは。テロリストの襲撃を受け12人の犠牲者をだした『シャルリー・エブド』誌がMサンスーシ・メディア賞を授与された際の、著者による記念スピーチが併録されているのだが、むしろこちらの方が著者渾身の文章という感じがした。著者はいわゆる社会的モラルや良心を(もちろん重要なものだと考えてはいるだろうが)過信していない、それが移ろいやすいものだということを踏まえているんじゃないかと思う。

『天国でまた会おう(上、下)』

ピエール・ルメートル著、平岡敦訳
第一次大戦下のフランス。前線に送られた青年アルベールは、上官のある策略に気付いてしまった為に殺された・・・かと思った所、戦友エドゥアールに助けられた。しかし今度はエドゥアールが重傷を負い、アルベールはつきっきりで彼を看病する。そして戦後。アルベールとエドゥアールは無事帰還するが、世間は帰還兵たちには冷たかった。そんな時、エドゥアールはある計画を思いつく。日本でも『その女アレックス』が大ヒットしたと思ったら、とうとう本作でゴンクール賞受賞!すごいなー。強運もあるんだろうけど、確かに大変面白かった。現代を舞台としたミステリから一転して、第一次世界大戦後が舞台の歴史小説だが、視点の切り替え、作中時間の省略のキレがよく、そこそこ長いが一気に読んだ。えっこうなるの?!って展開が次々に訪れ、どんどん引き込まれる。そしてやはり、登場人物の造形がいい。特にアルベールの気の弱さ、優柔不断さはなかなかここまで書かないぞ!ってくらいで笑ってしまう。世間知らずでどこか浮世離れしているエドゥアールと対称的。性格も育ちも共通項がなく、戦場を共にしたという特殊な事情がなければ、この2人が友情を築くことはなかっただろうというのは皮肉でもある。戦争は彼らには不運、またある人物には幸運をもたらす。そこからどう転がるかというところが見ものだ。また、ある役人が見せる意地には喝采したくなった。一見全く魅力的ではない人物の中にある倫理や気高さを、ここぞという所で見せるところに作家の技(あざとくもあるが)がある。

『帝国のベッドルーム』

ブレット・イーストン・エリス著、菅野楽章訳
脚本家の「わたし」は新作映画の企画の為、ロサンゼルスに帰ってきた。若手女優のレインにひかれ、自分が脚本を手掛ける映画に出演させることを条件に彼女と懇意になっていく。一方、「わたし」の友人が殺された事件の噂が仲間内でも廻っていた。『アメリカン・サイコ』の著者による作品だが、これ『レス・ザン・ゼロ』の続編だったのね・・・。著者の他作品を読んでいないと流れ、というか言わんとすることがわからない部分があって、読み始めてからしまったなーと思った(単品で読めないということではないが)。「わたし」にしろ友人たちにしろ、自分が何者かに見張られている、脅されているという疑いと恐れに翻弄されるが、その見張っている主体は判然としない。友人の死についても、はっきりとした情報の出所はわからず、噂と疑いだけが広がっていく。お互いにメールやSNSで気持ちや状況を確認するが、更に疑心暗鬼に陥っていく。全員がぼんやりとした恐怖に追い回され自滅していくようだった。その相手の見えなさが、現代的ではある。

『手紙と秘密』

キャロリン・G・ハート著、長野きよみ訳
第二次大戦中のアメリカ。男性たちが兵士として徴兵された為、どこも人手不足だった。女性達が工場や警察で働き始める中、13歳の少女グレッチェンは新聞記者として働くことになる。ある日、近所に住む同級生バーブの母親が殺され、父親が容疑者として指名手配された。バーブの母親には不倫の噂があったが、グレッチェンは信じられず、真相を突き止めようとする。老年になったグレッチェンがある手紙を受け取るという導入部分から、少女時代と老年時代、そして送られてきた手紙の内容を行き来するという構成。悲劇の気配がそろりそろりと忍び寄ってきて緊張感がある。実はミステリとしてはちょっと変な構成(というか、事件自体を謎にしようという工夫はあんまりないという感じ)なのだが、ミステリとしての真相解明以上に、グレッチェンが成長していく過程が読ませる。自分の「仕事」に対する手ごたえと責任感を持つようになり、祖母の老いに気付き、母親も1人の女性だということに気づく。苦さは深いが、グレッチェンが次の一歩に踏み出す様は清々しい。それにしても、この時代の女性(男性もかもしれないけど)はつくづく不便だよな・・・ダンスくらい自由にやらせてよ・・・

ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ