3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ついには誰もがすべてを忘れる』

フェリシア・ヤップ著、山北めぐみ訳
 ケンブリッジの川でブロンドの女性の死体が発見された。被害者の日記によると、彼女は著名な作家マーク・ヘンリー・エヴァンズの愛人。しかしエヴァンズは彼女は単なるファンの一人で日記の内容は誇大妄想だと主張する。
 一見男女関係のもつれが絡んだありきたりなミステリだが、ある設定によりひねりが加えられている。作中世界では、記憶が1日で失われるモノ、2日で失われるデュオの2種に人間が分けられている。そのためiDiary(スティーブ・ジョブズが発明したんだって・・・)に毎日日記を記録し、それがその人にとっての過去の記憶になる。SF的な設定を加えた、特殊条件下ミステリと言える。日記に書かなかったことはなかったことになってしまうし、他人によって日記を書きかえる=記憶を改ざんすることも可能だ。日記の内容は基本的に「信用できない語り」となるし、その日記に基づき考え行動する人たちの言動もまた信用できない。どこまでが本当でどこが嘘なのか?誰が誰に罠をしかけたのか?という二重三重の謎がある。こういう条件の中で容疑者たちがどのように行動するのか、警察はどのように捜査していくのか(何しろ記憶があるうちに解決しないと案件の難易度が一気に上がる)という部分も面白い。
 デュオとモノの間にある記憶格差とでもいうべき差別意識や、長期記憶があったら世界は悪化する(恨みや怒りを維持することになるから)と考えられている等、背景設定が本作のポイント。記憶があるというのは大きなアドバンテージにもなるし人を狂わせることにもなる。ただ、終盤でいきなりトンデモ度が上がるんだよな・・・。やりたくなるのはわかるんだけど、ちょっと盛り過ぎでは。

ついには誰もがすべてを忘れる (ハーパーBOOKS)
フェリシア ヤップ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-02-16






『償いの雪が降る』

アレン・エスケンス著、務台夏子訳
 大学生のジョーは、課題として身近な年長者の伝記を書くことになる。介護施設で紹介されたカールは、30数年前に少女暴行殺人事件で有罪となり、末期がんで余命わずかな為に仮釈放されたと言う。カールはインタビューに応じるが、ジョーは彼に下された有罪判決に疑問を持ち始める。
 カールは本当に犯人なのか、彼の過去に何があったのか、そして彼がなぜ裁判の後口を閉ざし、今話す気になったのか。更にジョーはなぜ課題の一環という枠を越えて事件を追い続けてしまうのか。ジョーやカールだけでなく、登場する人々それぞれの過去が現在を追いかけ続けているような構造。過去からの逃げられなさが切ない。ジョーは自分が過去に犯したと感じているある罪の償いの為に、掻き立てられ続けているように見える。その焦りが時に軽はずみな行動をとらせ、危なっかしい。頭は悪くないし意外と腕っ節も強い(バーの用心棒経験があり見た目より動ける)のに、肝心な所で思考がフリーズしているみたいだ。彼は家庭環境にも問題があって、大学進学したものの家族が足かせになり続ける。愛情故に家族を断ちきれない所がまた切ないし痛ましい。それはあなたのせいではないんだよ、とジョーにも彼の隣人ライラにも言ってあげたくなる。なお邦題は原題とはだいぶ違うのだが、翻訳がいい仕事していると思う。

償いの雪が降る (創元推理文庫)
アレン・エスケンス
東京創元社
2018-12-20





さよなら、シリアルキラー (創元推理文庫)
バリー・ライガ
東京創元社
2015-05-10

『月の文学館 月の人の一人とならむ』

和田博文編
 『星の文学館』と対になるちくま文庫のアンソロジー。『星の~』はこんな人も?!という幅の広さが楽しいアンソロジーだったが、本著はプロ作家率が高い。そして案の定どちらのアンソロジーにも収録されている稲垣足穂。月や星といったらやはりこの人というイメージが固定されてしまっている気がする。でもやっぱり外せないよなぁ。月の方が文学のモチーフとして幅広く使われそうだしイメージがわきそうなのだが、不思議なことに文豪の作品であってもあまりぱっとしない。この人こんなにぼんやりした作品も書いていたのかと逆に意外だった。正岡子規が収録作『句合の月』で月を題材にした句を読もうとうんうん悩むように、月にまつわるイメージははっきりしているようで幅が広すぎ掴まえ所がない、それで逆に平凡な所に落ち着いてしまいがちなのかもしれない。それでも編者の素養の豊かさが感じられる良いアンソロジー。個人的には草野心平『月の出と蛙』、多和田葉子『鏡像』、千家元麿『月』が気に入った。

月の文学館 (ちくま文庫)

筑摩書房
2018-07-06






『ツバメ号とアマゾン号 (上、下)』

アーサー・ランサム著、神宮輝夫訳
ウォーカー家の4兄弟は、小さな帆船「ツバメ号」を操り、湖の無人島に赴く。夏休みの間、この無人島で子供だけで過ごそうというのだ。しかし無人島にはかつて誰かが生活していた痕跡が。そして彼らの前に「アマゾン号」を操る“海賊”姉妹、ナンシイとペギーが現れる。「ランサム・サーガ」と呼ばれる12巻から成るシリーズの1作目。長年愛されている児童文学の名作だというが、実は子供の頃に手にとったものの、すぐに飽きて1冊読み切れなかった。しかし、いい大人になった今読み直すと、とても面白い!むしろ大人になってからの方が私にとっては面白い。多分、子供の頃には船のパーツの名称とかどういう操縦をするのかとか、島に何を持っていくのかとかに興味が湧かなかったんだろうなぁ。大きな物語というよりも、細部の描写に魅力を感じた。いちいちちゃんとご飯食べようとするところとか、いいんだよなー。子供の「ごっこ」遊びの世界と普段の生活(「ごっこ」中は普段の生活こそが非日常になる)との行き来の描き方が鮮やか。子供たちが、遊びと普段の生活とのバランスをちゃんと取っている様子に健やかさを感じた。また、この遊びに乗ってくる母親や、ナンシイ&ペギーの叔父である“フリント船長”がとてもチャーミング。母親は“原住民”だし“フリント船長”はその名の通り海賊だが、子供たちを心配すると母親と叔父に戻ってしまう。子供にとっては”原住民”や”フリント船長”でいてほしいから、母や叔父ではちょっとうっとおしいのだが、心細くなると母や叔父との接し方にもどってしまったりする。その行き来の感じがすごく出ているし、母も叔父も子供の頃のことをよく覚えている大人なんだなという感じがする。おそらく、ランサム自身がそういう大人だったのだろう。

『月の部屋で会いましょう』

レイ・ヴクサヴィッチ著、岸本佐知子・市田泉訳
皮膚が宇宙服化していく病が蔓延する世界、自転車を「狩る」子供たち、手編みのセーターの中で迷子、寄生生物に乗っ取られた母親等、奇妙な設定が次々と現れる、ユーモラスでどこか悲哀漂う短編集。33編を収録しており、どれもごくごく短く読みやすい。が、描かれている世界は奇妙奇天烈だ。2001年度のフィリップ・K・ディック賞候補になったそうだが、SFというには不条理ギャグ的すぎる気もする。ただ、へんてこな話ばかりだが、どれもどこかしら哀愁が漂っている。表出の仕方は変なのだが、愛する人、親しい人、あるいは自分が属する世界そのものとコミュニケーションが取れなくなってしまう、他者との間に厚い壁が落っこちてくるようなシチュエーションが多発しているのだ。笑えるけど笑えない。人と人との関係への諦念が滲む。そんな中に、表題作のような話があると(つかの間の夢だとしても)妙にホロリとする。全体のバランスのいい短篇集だと思う。
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