3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『たとえ天が墜ちようとも』

アレン・エスケンス著、務台夏子訳
 高級住宅地で女性の他殺死体が発見された。刑事マックスは、被害者の夫である弁護士プルイットに疑いをかける。プルイットとマックスの間にはある因縁があった。一方、プルイットは元同僚のボーディに弁護を依頼する。ボーディは引き受けるが、マックスは彼の親友だった。
 著者の前作『償いの雪が降る』は胸打つエモーショナルなミステリでとても面白かったが、本作はそれとはまた違った面白さだった。友情と正義、そして過去の傷の間で揺れる人たちの姿を描くが、法廷ミステリとしてはスピーディでどんでん返しもあり、一気に読ませるタイプのエンターテイメント。かなりサービス精神旺盛なのだ。旺盛すぎて最後の一盛りは若干下品になってしまったのではという気もするのだが…。急カーブを切りすぎた印象がある。
 友情と職業倫理、また職業倫理と自分にとっての正義の間で引き裂かれる人たちの姿を描くが、そういった面はそれほど胸に迫ってこない。とは言え、マックスとボーディの関係が致命的に変わってしまう瞬間は切ない。彼ら2人ともそれぞれ過去に根差す苦しみを抱いており、それ故に共感するところもあったのだろうが、その苦しみを相手を負かす為に利用するような羽目になってしまう。本作の題名の通り、そうまでして守らなければならない(と彼らが判断した)ものは何なのか。正しくその仕事をしなければならない、その為にどうすればいいかとぎりぎりまであがくある人物の姿にインパクトがあった。

たとえ天が墜ちようとも (創元推理文庫)
アレン・エスケンス
東京創元社
2020-09-24


償いの雪が降る (創元推理文庫)
アレン・エスケンス
東京創元社
2018-12-20





『タイムラインの殺人者』

アナリー・ニューイッツ著、幹遙子訳
 数億年前から存在する5基の「マシン」により、過去への時間旅行が可能になっている世界。時間旅行者のテスは「ハリエットの娘たち」なる組織のメンバーとして、任務の為に1992年のライブ会場を訪れる。そこで「マシン」の閉鎖をもくろむ男達を発見し、彼らを追跡する。同じころ、1992年に生きる高校生ベスは、同じライブからの帰り道に殺人の共犯者になってしまう。
 タイムラインの編集合戦が行われる世界を舞台とした歴史改変SF。テスら「ハリエットの娘たち」は女性とノンバイナリーの尊厳を守る為、権力・権利を独占しようとする男性たちの集団と戦っているのだ。時代の各側面で女性・異文化に対する蔑視やマチズモの悪しき側面が現れるのでその都度腹が立つのだが、それを地道に、負け戦かもしれないと感じてもフェアな方向に変えていこうとするテスらの奮闘は、正に今につながるものなだけにぐっとくる。実在の人物や史実が織り交ぜられているが、「良くなった」歴史が時にフィクションであるのが何とも悔しい。現実、追いついてよ…。
 一方、ベスが直面しているのは父親の支配とそれに従うばかりの母親という、今でもありがちな家庭内ハラスメントだ。終盤、彼女がある人に自身の記憶を吐露するが、それに対する返しにはようやくここまで来られたのか!と胸が熱くなった。そして、彼女のタイムラインに賭けられたある人の思いにも胸が熱くなる。同時に、人の人生は何がどうなるかわからない、ちょっとした出会いで大きく変わることがあるとも痛感させられる。ロールモデルや理解者、サポートしてくれる人の有無で、(特に子供の)人生は大きく左右されてしまう。そこは運でしかないという所が切ない。現実ではタイムラインの編集はできないからね…。

タイムラインの殺人者 (ハヤカワ文庫SF)
アナリー ニューイッツ
早川書房
2020-07-16


プリデスティネーション(字幕版)
クリストファー・カービイ








『第五の季節』

N・K・ジェミシン著、小野田和子訳
 数百年ごとに「第五の季節」と呼ばれる天変地異が起こり、文明を滅ぼしてきた世界。地球と通じ干渉する力を持つ「オロジェン」と呼ばれる人々は、その能力故に施政者に管理され、人々から差別されてきた。また大陸に「第五の季節」が近づく中、自分を同じくオロジェンである幼い息子を夫に殺され、娘を連れ去られたエッスンは旅に出る。
 冒頭からいきなり、これは誰が誰に向けた語りなのか、中心となる3人の人物それぞれのエピソードに関連性はあるのか、また独特の名称や用語(巻末に年表と用語集あり)等、文章の流れに乗っていく・どういう構造になっているのか把握していくのに少々難儀した。しかしある文明の興隆と滅亡を描いていく作品としてはとても面白い。作中、文明世界は滅亡の兆しを迎える。それは地球環境の変動によるものでもあるが、同時に人類の文明が積み重ねてきた数々の行為によって導き出されたものでもある。本編前に「ほかの誰もが無条件で受けている敬意を、戦い取らねばならない人々に」という一文が置かれている。正にそういう話なのだ。オロジェンたちのおかれた立場、彼らに向けられる世間の目は、読者が生きる現代にも未だ様々な形で存在するものだ。これらの上に築き上げられた社会システム、文明の中で生きていることとどう向きあえばいいのか、それは許されることなのか。三部作の一作目だそうで、続きが大変気になる(日本での出版は決まっているようなのでほっとしました)。

第五の季節 〈破壊された地球〉 (創元SF文庫)
N・K・ジェミシン
東京創元社
2020-06-12


所有せざる人々 (ハヤカワ文庫SF)
アーシュラ・K・ル・グィン
早川書房
1986-07-01



『ただの眠りを』

ローレンス・オズボーン著、田口俊樹訳
 72歳となった私立探偵フィリップ・マーロウ。メキシコで隠居生活をしていたが、保険会社からある依頼を受ける。溺死した不動産業者が本当に事故死だったのか調べてほしいというのだ。マーロウは妻で若く美しいドロレスと出会う。
 フィリップ・マーロウシリーズの「新作」として書かれたという本作。チャンドラー作品へのオマージュであるのはもちろんなのだが、チャンドラーの文体の模倣をちょっとやりすぎていて(笑)レトリックがくどい。妙に迂回する構造というか、どんどん足元がおぼつかなくなっていくストーリーラインも踏襲されている。ただ、読み進めていくうちにこなれていく(読む側が慣れるだけかもしれないけど)。カリフォルニアとメキシコの行き来をする話なのだが、それぞれの土地の雰囲気、異国感の描写が楽しい。また、マーロウの最晩年とまではいかないがそこそこ老化したなというちょっとした描写には、老人小説としての味わいがある。諸々の欲が薄くなっている感じだ。マーロウって若い時分のまま加齢していったら結構なクソおやじだったと思うのだが、そこはうまいこと丸くなったというか、老いに逆らっていない。ただ、弱い者を踏みにじる者への怒り、そういう行為を見逃せない所は健在。
 なお、さすがに殴られて気絶するお約束はもうやらないかなーと思ったら、気絶はちゃんとしていた。なぜか日本要素がちょいちょい出てきて(80年代が舞台なのだが流行していたのか?)、なんちゃって日本感(特に仕込み杖)に笑ってしまった。

ただの眠りを (私立探偵フィリップ・マーロウ)
ローレンス オズボーン
早川書房
2020-01-09


大いなる眠り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
レイモンド チャンドラー
早川書房
2014-07-24


『他人の城』

河野典生
 作家の高田は、医者の三村から失踪した妹を探してほしいと頼まれる。箱入り娘として育った妹・真理は外泊を重ねた後、帰宅しなくなったというのだ。方々のバーで遊びまわっていたという真理は、ケイという男と懇意にしていたらしい。ケイは真理と何をしようとしていたのか。
 バーに集う自由だが怪しげな若者たちやヤクザ、ケイが所持していた麻薬など、何か大きな陰謀があるかのようににおわせつつ、ごく小さな箱の中の悲劇に集約されていく。作中ではチャンドラーというあだ名の登場人物(そのあだ名になった経緯はチャンドラーのある作品を読んでいないとぴんとこない、サービス的なもの)がいたり、何かと引き合いに出されるし、探偵が殴られて気絶するところも踏襲されている(マーロウはだいたい1作に1回は殴られて気絶するよね)が、作品のモチーフはむしろロス・マクドナルド的。若い人や弱い人への優しさ、とまではいかないが辛辣ではないところもロスマク的か。古い価値観で自分も身近な人も押しつぶしてしまう大人が複数名登場するが、そちらに対しては少々辛辣。さすがに時代を感じさせる部分もあるが、時代風俗を含めディティールの描写がいいハードボイルド。カバー装画(講談社文庫版)が司修でちょっと驚いた。

他人の城
河野 典生
アドレナライズ
2015-07-24


『第七の太陽(上下)』

ケント・レスター著、石垣憲一訳
想定外の大規模自然災害「ブラック・スワン事象」の予知プログラムをニューロシス社で開発していたダン・クリフォードは、社長と対立し解雇されてしまう。社長の強引な方針に何か裏があると感じたダンは、ホンジュラスの自社工場で不審な点を発見。更にダイビング中に死体を発見する。その死体の関係者である生物学者レイチェルと共に事件を追うことに。ニューロシス社の動きの背後には、更に大きな策略が潜んでいた。
海洋サスペンスに企業間の謀略、ダイイングメッセージに更に収拾つかなそうな大問題の発生という、盛りに盛ったサービスの良さ。あらゆるジャンルを詰め込めるだけ詰め込んだ感じだ。とはいえ、荒唐無稽になりすぎていない(いや荒唐無稽ではあるけどなんとなく納得させられちゃう程度の科学「ぽさ」が設定されている)匙加減がちょうどよかった。ストーリー展開は結構目まぐるしく派手なのだが、主人公であるダンは意外と普通の人で、強い個性はない。真正直でちょっと頑固なくらいだ。彼とコンビを組むことになるレイチェルの方が、冒頭の南極での一幕でもわかるように気風が良く大胆でキャラが立っている。レイチェルに限らず、脇役の方が個性がはっきりしているように思った。ただ、これは作品の難点ではなく、周囲が目まぐるしいからダンの普通さが中和剤になっているのだ。バランスがとれている。

第七の太陽(上) (海外文庫)
ケント・レスター
扶桑社
2018-07-01





第七の太陽(下) (海外文庫)
ケント・レスター
扶桑社
2018-07-01

『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』

マイクル・ビショップ著、小野田和子訳
アメリカ南部の街に住むスティーヴィ・クライは数年前に夫を亡くし、2人の子供をかかえながらライターとして生計を立てている。ある日タイプライターが故障したので修理に出したところ、戻ってきたタイプライターは勝手に文章を打ち始めた。その内容はスティーヴィの不安や悪夢、そして夫の死の背景を匂わせるものだった。スティーヴィは徐々に現実と虚構の区別がつかなくなっていく。
現実と虚構の区別がつかなくなっていくのはスティーヴィだけではなく、本作の読者もだ。これはスティーヴィの実生活なのか、彼女が書いた文章なのか、はたまたタイプライターが勝手に書いた文章なのか、タイプライターが書いたとスティーヴィが思い込んでいるだけなのか。各レイヤーの区別はあえてつきにくいようになっており、語りの信憑性は揺らぎ続ける。自分の意識を信じられなくなっていく怖さがじわじわ這い上がってくるメタホラー。そしてサル。なんでサル?と思っていたけどタイプライターとサルってそういうことね!


虚構の男 (ドーキー・アーカイヴ)
L.P. デイヴィス
国書刊行会
2016-05-25


『たったこれだけの家族 河野裕子エッセイ・コレクイション』

河野裕子著
 歌人である著者のエッセイ集『みどりの窓の家から』を全編収録、加えて未収録だった21編と共に新編纂したエッセイ集。
 家族と共に約2年間、アメリカで生活した時期の諸々を中心に綴られている。子どもたちがみるみるうちに成長していく様が随所に感じられる。英語が流暢というわけではない著者にとってアメリカでの生活は大変なものでもあったろうが、子どもたちが現地に適応していく様を面白がり、自分とのギャップに時にたじろぐ。夫と息子の距離感、自分と子どもたちとの距離感との違い、やがて子どもたちとの関係が友人のようになっていく様等、一家の生活の変遷を見ていく感も。家族が一緒にいられる時間は有限で、だからこそ輝いて見える。べたつかず素直な言葉で綴られており好感が持てた。短歌の印象とはまたちょっと違うのだ。平静な筆遣いで湿っぽくない文章だが、最後に収録された表題作からは、苦しく葛藤した時期もあった様子が垣間見える。
 なお、土地柄(ワシントンDC郊外らしい)なのかそういう時代だったのか、現代のアメリカよりも大分おおらかで開けた気質が感じられる。それでも牛乳パックに行方不明児童の写真がプリントされていたりと、ある面での治安の悪さを身近に感じさせる部分もあった。本当に外を歩くということ自体ないんだなぁ・・・。




『高い窓』

レイモンド・チャンドラー著、村上春樹訳
 私立探偵フィリップ・マーロウは、裕福な老女エリザベス・マードックから、高価な金貨を持ち逃げしたという息子の妻リンダを探してほしいと依頼を受ける。マードックは元々息子とリンダとの結婚には反対で、離婚させたがっていたのだ。マーロウはリンダの友人や、金貨について問い合わせをしてきた古銭商を訪ねて回るが、リンダが金貨を持ち逃げしたというマードックの主張に疑問を持ち始める。
 村上春樹によるチャンドラー新訳。清水俊二訳は以前読んだが、改めて新訳を読むと、こんな話だったっのかという新鮮さ(単にストーリーを忘れているだけでもあるが・・・)。村上訳は、何が起きているのかという状況がより平明に分かりやすい。本作の場合、終盤で一気に「これまでのおさらい」的な説明をされるので、より分かりやすい印象が強くなるのだと思う。他のチャンドラー作品と比べると今一つ印象が薄いと言われがちな本作、最後に一気に解決しすぎなきらいはあるが、謎解きものとして意外といけた。
 本作、マードックという女性の一筋縄ではいかないキャラクターに味がある。マーロウをして「タフ」と評される彼女とマーロウのやりとりは、ぎすぎすしつつもお互いを舐めていない感じが面白い。秘書マールに言わせると「黄金の心を持つ」優しさも備えた人だと言うのが、果たして。彼女の人物像が事件そのものに関わっている。

高い窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
レイモンド チャンドラー
早川書房
2016-09-08


高い窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
レイモンド チャンドラー
早川書房
1988-09-01

『太陽がいっぱい』

パトリシア・ハイスミス著、佐宗鈴夫訳
 トム・リプリーは富豪のグリーンリーフ氏から、イタリアに行ったきりもどってこない息子・リディッキーを連れ戻してほしいと頼まれる。イタリアへ赴いたトムはディッキーと会うが、彼は女友達のマージと自由な生活を謳歌しており、アメリカに戻る気などさらさらなかった。トムはディッキーに近づこうと画策する。
 アラン・ドロン主演の映画化作品(後にマット・デイモン主演で『リプリー』として再映画化)が有名すぎて原作である本作を読みそびれていたが、ラストが映画と違うってこういうことか!ひとつ謎が解けました。トムはある犯罪を計画し、彼自身は完全犯罪と自負するが、実際の所あちらこちらにほころびがあり、今にも破綻しそうだ。その破綻の原因は、ほぼリプリー自身の振る舞いにあるところが面白い。余計なことをしなければそんなにヒヤヒヤしないで済むんだよ!と突っ込みたくなる。彼が余計なことをしてしまうのは、彼の願望が金を得ることそのものではなく、元の自分よりも優れた何者か=ディッキーになり認められたいという所にあるからだろう。観客がいなければ成り立たないのだ。やっている行為と動機が矛盾している。トムは元々俳優志望だったと作中で少しだけ言及されているのが示唆的だ。作中でも頻繁に一人芝居をしているが、屈折したナルシズムを感じる。自分自身ではなく自分が演じている役柄に対して過剰な自信があるという。
 また、今読むと明らかに、リプリーのリッキーに対する感情は恋であり、ディッキーがトムを疎んじるのはゲイフォビアと自分の中の同性愛的傾向への戸惑いとの入り混じったものであろうとわかる。結構あからさまに描かれてると思うけど、当時はそういう価値観自体ないことにされてたってことかな。

太陽がいっぱい (河出文庫)
パトリシア ハイスミス
河出書房新社
2016-05-07


リプリー [DVD]
マット・デイモン
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2015-03-04

ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ