3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名た行

『特捜部Q アサドの祈り』

ユッシ・エズラ・オールスン著、吉田奈保子訳
 キプロスの港に難民たちと見られる遺体が流れ着いた。その中の1人の老女の遺体は「犠牲者2117」として新聞で紹介された。その写真を目にしたアサドは強い衝撃を受ける。彼女は、かつてアサドと家族に力を貸した人物だったのだ。アサドは自らの壮絶な人生をカールたちに打ち明ける。
 特捜部Qシリーズが一つの節目を迎えた作品と言えるだろう。今まで謎に包まれていたアサドの正体が明らかになる。と同時に、彼の万能ぶりやちょっととぼけたユーモアがどういう経緯を経て生まれてきたものなのかと思うと、何ともやりきれない気持ちになった。そしてアサドの背後には更に大勢の人達の悲劇がある。と同時に、アサドに向けられた悪意はごく個人的なものでもある。それはもはやテロでもない。何か大きなものを口実に個人の怨念、承認欲求を満たそうという行為が、2つの事件で平行して展開していく。個人的にも人生の転機を迎えるカール、復活するローサ、そして一皮むけるゴードンらの奮闘、そして何より彼らのアサドへの思いやりにぐっとくる。いいチームだなぁ。
 なお、デンマークでも「ひきこもり」という言葉が定着しているんですね…。日本を代表する現象の一つになってしまったのか…。

特捜部Q―アサドの祈り― (ハヤカワ・ミステリ)
ユッシ エーズラ オールスン
早川書房
2020-07-07


特捜部Q―キジ殺し―
福原 美穂子
早川書房
2013-05-27



『たとえ天が墜ちようとも』

アレン・エスケンス著、務台夏子訳
 高級住宅地で女性の他殺死体が発見された。刑事マックスは、被害者の夫である弁護士プルイットに疑いをかける。プルイットとマックスの間にはある因縁があった。一方、プルイットは元同僚のボーディに弁護を依頼する。ボーディは引き受けるが、マックスは彼の親友だった。
 著者の前作『償いの雪が降る』は胸打つエモーショナルなミステリでとても面白かったが、本作はそれとはまた違った面白さだった。友情と正義、そして過去の傷の間で揺れる人たちの姿を描くが、法廷ミステリとしてはスピーディでどんでん返しもあり、一気に読ませるタイプのエンターテイメント。かなりサービス精神旺盛なのだ。旺盛すぎて最後の一盛りは若干下品になってしまったのではという気もするのだが…。急カーブを切りすぎた印象がある。
 友情と職業倫理、また職業倫理と自分にとっての正義の間で引き裂かれる人たちの姿を描くが、そういった面はそれほど胸に迫ってこない。とは言え、マックスとボーディの関係が致命的に変わってしまう瞬間は切ない。彼ら2人ともそれぞれ過去に根差す苦しみを抱いており、それ故に共感するところもあったのだろうが、その苦しみを相手を負かす為に利用するような羽目になってしまう。本作の題名の通り、そうまでして守らなければならない(と彼らが判断した)ものは何なのか。正しくその仕事をしなければならない、その為にどうすればいいかとぎりぎりまであがくある人物の姿にインパクトがあった。

たとえ天が墜ちようとも (創元推理文庫)
アレン・エスケンス
東京創元社
2020-09-24


償いの雪が降る (創元推理文庫)
アレン・エスケンス
東京創元社
2018-12-20





『タイムラインの殺人者』

アナリー・ニューイッツ著、幹遙子訳
 数億年前から存在する5基の「マシン」により、過去への時間旅行が可能になっている世界。時間旅行者のテスは「ハリエットの娘たち」なる組織のメンバーとして、任務の為に1992年のライブ会場を訪れる。そこで「マシン」の閉鎖をもくろむ男達を発見し、彼らを追跡する。同じころ、1992年に生きる高校生ベスは、同じライブからの帰り道に殺人の共犯者になってしまう。
 タイムラインの編集合戦が行われる世界を舞台とした歴史改変SF。テスら「ハリエットの娘たち」は女性とノンバイナリーの尊厳を守る為、権力・権利を独占しようとする男性たちの集団と戦っているのだ。時代の各側面で女性・異文化に対する蔑視やマチズモの悪しき側面が現れるのでその都度腹が立つのだが、それを地道に、負け戦かもしれないと感じてもフェアな方向に変えていこうとするテスらの奮闘は、正に今につながるものなだけにぐっとくる。実在の人物や史実が織り交ぜられているが、「良くなった」歴史が時にフィクションであるのが何とも悔しい。現実、追いついてよ…。
 一方、ベスが直面しているのは父親の支配とそれに従うばかりの母親という、今でもありがちな家庭内ハラスメントだ。終盤、彼女がある人に自身の記憶を吐露するが、それに対する返しにはようやくここまで来られたのか!と胸が熱くなった。そして、彼女のタイムラインに賭けられたある人の思いにも胸が熱くなる。同時に、人の人生は何がどうなるかわからない、ちょっとした出会いで大きく変わることがあるとも痛感させられる。ロールモデルや理解者、サポートしてくれる人の有無で、(特に子供の)人生は大きく左右されてしまう。そこは運でしかないという所が切ない。現実ではタイムラインの編集はできないからね…。

タイムラインの殺人者 (ハヤカワ文庫SF)
アナリー ニューイッツ
早川書房
2020-07-16


プリデスティネーション(字幕版)
クリストファー・カービイ








『第五の季節』

N・K・ジェミシン著、小野田和子訳
 数百年ごとに「第五の季節」と呼ばれる天変地異が起こり、文明を滅ぼしてきた世界。地球と通じ干渉する力を持つ「オロジェン」と呼ばれる人々は、その能力故に施政者に管理され、人々から差別されてきた。また大陸に「第五の季節」が近づく中、自分を同じくオロジェンである幼い息子を夫に殺され、娘を連れ去られたエッスンは旅に出る。
 冒頭からいきなり、これは誰が誰に向けた語りなのか、中心となる3人の人物それぞれのエピソードに関連性はあるのか、また独特の名称や用語(巻末に年表と用語集あり)等、文章の流れに乗っていく・どういう構造になっているのか把握していくのに少々難儀した。しかしある文明の興隆と滅亡を描いていく作品としてはとても面白い。作中、文明世界は滅亡の兆しを迎える。それは地球環境の変動によるものでもあるが、同時に人類の文明が積み重ねてきた数々の行為によって導き出されたものでもある。本編前に「ほかの誰もが無条件で受けている敬意を、戦い取らねばならない人々に」という一文が置かれている。正にそういう話なのだ。オロジェンたちのおかれた立場、彼らに向けられる世間の目は、読者が生きる現代にも未だ様々な形で存在するものだ。これらの上に築き上げられた社会システム、文明の中で生きていることとどう向きあえばいいのか、それは許されることなのか。三部作の一作目だそうで、続きが大変気になる(日本での出版は決まっているようなのでほっとしました)。

第五の季節 〈破壊された地球〉 (創元SF文庫)
N・K・ジェミシン
東京創元社
2020-06-12


所有せざる人々 (ハヤカワ文庫SF)
アーシュラ・K・ル・グィン
早川書房
1986-07-01



『特捜部Q 自撮りする女たち』

ユッシ・エズラ・オールスン著、吉田奈保子訳
 コペンハーゲン警察内の、未解決事件専門部署である特捜部Q。最近発生した老女殺人事件が未解決の女性教師殺人事件に似ているとの情報が元殺人捜査課課長のマークス・ヤコプスンから寄せられた。一方、別部署が若い女性を狙った連続ひき逃げ事件で立て込んでおり、Qのカールとアサドは2つの事件を掛け持ちで捜査することになる。しかしもう1人のQのメンバーであるローセは心身の不調に苦しんでいた。
 特捜部Qシリーズも7作目。シリーズ重ねるごとにボリュームが増していく気がするが、本作は特に詰め込みすぎで、ボリュームのためのボリュームになっているように思った。シリーズの他作品はどのように関係があるのかわからない複数の情報が真相に集約されていく構成にカタルシスがあったのだが、本作は結び付け方がかなり強引で、あまり整理されていない。更に気になったのは、「悪い女」に対する著者のうっすらとした悪意が感じられる所だ。被害者たちがともすると「殺されてもしょうがない」と思われかねないような、あさはかで愚かな描写になっているが、もし同じような条件で男性被害者だったらこういう描き方されたかな?犯人が憎しみ募らせたかな?とひっかかった。こういう女性はこういう風にずるいはず、みたいな古いステレオタイプ的な描き方で、なぜそうなっていくのか、という部分は(まあ本作の趣旨ではないからだけど)言及されない。背景を考えることは警官であるカールによってバカバカしいと一笑に付されてしまう。

特捜部Q―自撮りする女たち― (ハヤカワ・ミステリ)
ユッシ エーズラ オールスン
早川書房
2018-01-15


特捜部Q ―檻の中の女― 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕
ユッシ・エーズラ・オールスン
早川書房
2012-10-05


『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ』

川上和人著
 時に過酷なフィールドワークにいそしみ、時に地味な採集作業に打ち込む鳥類学者。縦横無尽に語られる鳥類の生態と研究者の生態。
 軽妙なトークで人気の鳥類研究者によるエッセイ集。翼をもつ鳥の姿は、太古から人間の憧れで素敵なイメージを重ねがちだが、実際はシビアな生存競争の中で生きており、必要がなければそもそも飛ばない。鳥にとって最大の特徴は翼によって飛ぶ(飛ばない鳥もいるが)ことだが、よく見ていると飛んでいない時間の方が圧倒的に長いし、実は長距離はそんなに飛ばない。飛ぶことはコストパフォーマンスが悪いのだ。鳥の身体造形は飛ぶために機能性を突き詰めたようなものなのに、飛ぶこと自体はそんなに合理的ではないのか?鳥の世界、鳥の生態の面白さが軽妙な語りにのって伝わってくる。映画やゲーム、アニメや漫画からのネタが何の前触れもなくぽんぽん投げ込まれてくるのも楽しい。川上先生、かなり漫画読んでいません…?
 そして生態が描かれるのは鳥だけではない。鳥類研究者の生態もまた面白いのだ。南硫黄島でのフィールドワークのエピソードには、えっこんなにハードコアなの?!体を鍛える所から始まる(上陸するために崖をよじ登らなければならないし島上は徒歩移動なのであながち冗談ではない)の?!とびっくり。一応国内なのに!学問の世界の奥深さ、研究者の生態も垣間見えてとても面白かった。外来種との闘いや生態バランスを保ち続ける難しさ等、人間が立ち入ったからこそ生じる問題もあり考えさせられる。


『鳥の歌いまは絶え』

ケイト・ウィルヘルム著、酒匂真理子訳
 様々な事業を展開する裕福な一族に生まれ、生物学者を目指すデイヴィッドは、地球上のあらゆる生物が滅びに向かっていることを知る。一族は資産と人員を終結させ研究所を作り、クローン技術によって人類を存続させようとするが、クローンたちは従来の人類とは異なる性質を見せ始める。
 地球上の生命が弱体していく世界を3世代にわたって描くSF長編。滅びゆく世界、人類の知恵・生命のもろさが情感豊かに物悲しく描かれている。が、パンデミックの中で読むには少々不向きだったか…。前半は人類の英知の敗北といっていいような展開なのでちょっと辛いんだよね…。
 デイヴィッドたちはクローンを作るが、彼らには「個」という概念が薄く、兄弟姉妹で強い共感能力を持ち1つの生命体のようにふるまう。デイヴィッドら旧人類とは別の文化・別の生命として生き始める。しかしクローンたちもまた滅亡の道を歩み始める。彼らには独創性や創造力、抽象的なものを考える力がないので予想外の危機に対応できないのだ(このあたりのクローンの概念はさすがに一時代前のものだと思う)。突破口となるのは、それまで問題因子とされていた「個」。創造性と孤独がセットになっていることが人間の特性、それぞれ全く似ていないことに価値があるという人類の描き方はヒューマニズムに根差していると言えるだろうが、希望がありつつもやはり滅びの気配が漂う。美しいが儚い。

鳥の歌いまは絶え (創元SF文庫)
ケイト・ウィルヘルム
東京創元社
2020-04-30


ナインフォックスの覚醒 (創元SF文庫)
ユーン・ハ・リー
東京創元社
2020-03-12



『天使は黒い翼をもつ』

エリオット・チェイズ著、浜野アキオ訳
 ホテルで抱いた娼婦・ヴァージニアとなぜか共に旅に出たティム。道中で彼女を捨てるつもりだったが、欲望に忠実で度胸がある彼女と離れがたくなる。ティムは獄中で仲間と立てたある計画があり、その相棒としてヴァージニアを同行させる。
 ティムの現金強奪計画はなかなかのスケールで、着々と準備を進めていく様や特別仕様のトレーラーをこしらえる様は愉快。だが実際の犯行の瞬間は予想外にあっさりしている。ティムが囚われ悶々とするのはヴァージニアの存在だ。とは言え、犯罪の相棒としてのヴァージニアは頼もしい。予想外のドライビングテクニック、「悪い金なんてない」と言い放つ様など魅力的だ。いわゆるファム・ファタルと言えるのだろうが、ティムを破滅させるというよりも一緒に奈落の底まで突っ走っていく、何ならティムを置き去りにしていくような勢いの良さがある。彼女の方が欲望がはっきりいているのだ。ティムの方が無自覚で、それゆえヴァージニアに振り回される。ティムとヴァージニアの間にあるものがわかりやすい愛や信頼ではなく、理屈を越えた離れがたさなところに、クライムノベルとしてよりもノワールとしての個性が際立っていた。彼らはこういうふうにしか生きられないという強烈さがある。

天使は黒い翼をもつ (海外文庫)
エリオット・チェイズ
扶桑社
2019-12-27







『ただの眠りを』

ローレンス・オズボーン著、田口俊樹訳
 72歳となった私立探偵フィリップ・マーロウ。メキシコで隠居生活をしていたが、保険会社からある依頼を受ける。溺死した不動産業者が本当に事故死だったのか調べてほしいというのだ。マーロウは妻で若く美しいドロレスと出会う。
 フィリップ・マーロウシリーズの「新作」として書かれたという本作。チャンドラー作品へのオマージュであるのはもちろんなのだが、チャンドラーの文体の模倣をちょっとやりすぎていて(笑)レトリックがくどい。妙に迂回する構造というか、どんどん足元がおぼつかなくなっていくストーリーラインも踏襲されている。ただ、読み進めていくうちにこなれていく(読む側が慣れるだけかもしれないけど)。カリフォルニアとメキシコの行き来をする話なのだが、それぞれの土地の雰囲気、異国感の描写が楽しい。また、マーロウの最晩年とまではいかないがそこそこ老化したなというちょっとした描写には、老人小説としての味わいがある。諸々の欲が薄くなっている感じだ。マーロウって若い時分のまま加齢していったら結構なクソおやじだったと思うのだが、そこはうまいこと丸くなったというか、老いに逆らっていない。ただ、弱い者を踏みにじる者への怒り、そういう行為を見逃せない所は健在。
 なお、さすがに殴られて気絶するお約束はもうやらないかなーと思ったら、気絶はちゃんとしていた。なぜか日本要素がちょいちょい出てきて(80年代が舞台なのだが流行していたのか?)、なんちゃって日本感(特に仕込み杖)に笑ってしまった。

ただの眠りを (私立探偵フィリップ・マーロウ)
ローレンス オズボーン
早川書房
2020-01-09


大いなる眠り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
レイモンド チャンドラー
早川書房
2014-07-24


『他人の城』

河野典生
 作家の高田は、医者の三村から失踪した妹を探してほしいと頼まれる。箱入り娘として育った妹・真理は外泊を重ねた後、帰宅しなくなったというのだ。方々のバーで遊びまわっていたという真理は、ケイという男と懇意にしていたらしい。ケイは真理と何をしようとしていたのか。
 バーに集う自由だが怪しげな若者たちやヤクザ、ケイが所持していた麻薬など、何か大きな陰謀があるかのようににおわせつつ、ごく小さな箱の中の悲劇に集約されていく。作中ではチャンドラーというあだ名の登場人物(そのあだ名になった経緯はチャンドラーのある作品を読んでいないとぴんとこない、サービス的なもの)がいたり、何かと引き合いに出されるし、探偵が殴られて気絶するところも踏襲されている(マーロウはだいたい1作に1回は殴られて気絶するよね)が、作品のモチーフはむしろロス・マクドナルド的。若い人や弱い人への優しさ、とまではいかないが辛辣ではないところもロスマク的か。古い価値観で自分も身近な人も押しつぶしてしまう大人が複数名登場するが、そちらに対しては少々辛辣。さすがに時代を感じさせる部分もあるが、時代風俗を含めディティールの描写がいいハードボイルド。カバー装画(講談社文庫版)が司修でちょっと驚いた。

他人の城
河野 典生
アドレナライズ
2015-07-24


ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ