3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名た行

『読書で離婚を考えた』

円城塔・田辺青蛙著
 芥川賞受賞者であるSF作家の夫と、フィールドワークを得意とするホラー作家の妻が、お互いに本を勧めあい感想文を書く、そしてまた相手へのお勧め本を提示するというリレー形式のエッセイ。
 本著、感想文、書評としてはあまり機能していないように思う。小説以外での円城の文章を読んだことがあまりなかったので、こういう軽い文も書くんだなと(すいません先入観が・・・)新鮮ではあったが、取り上げられている本を読みたくなるかというとそうでもない。本著の面白さは、感想文リレーをする夫婦の噛み合わなさ、方向性の違いがどんどん露呈していく様にある。本の好みはもちろんだが(円城はやはり論理と思念の世界の人で、田辺は実存・体験の人)、料理の作り方にしろ、観光の仕方にしろ、全くタイプが違う。本を勧め合うことによって歩み寄ろうという企画だったはずなのに、むしろどんどん乖離していくし理解が深まったというわけでもない。この2人なぜ結婚したの?!と突っ込みたくなるのだが、夫婦って往々にしてこういうものなのかもしれない。生活の上で協力し合える、一緒に暮らせることと、性格や好みの方向性は必ずしも一致しないのだろう。少なくともここだけ合っていればOK、みたいなポイントが組み合わせごとにあるんだろうな。いやー人間て本当に不思議・・・。なお私は円城が勧めている本の方が好み(既に読んでいるものもあったし)です。

読書で離婚を考えた。
円城 塔
幻冬舎
2017-06-22


『地下鉄道』

コルソン・ホワイトヘッド著、谷崎由依訳
 19世紀初頭のアメリカ南部。ランンドル農園の奴隷コーラは仲間たちから孤立し、主人の暴力に耐えていた。ある日、新入りの奴隷に誘われ、逃亡を決意する。黒人奴隷たちを南部から北部に逃がす「地下鉄道」があると言うのだ。北へ向かって逃げ続けるコーラだが、悪名高い奴隷狩り人・リッジウェイが彼女の後を追っていた。
 ピュリッツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク賞、カーネギー・メダル・フォー・フィクション受賞という華々しさだが、確かに面白いしすごくよくできてる。そして今この作品がこういった賞を取るということが、アメリカの今の空気、問題意識を反映しているのだろう。そういう意味でも面白かった。「地下鉄道」とは黒人奴隷の逃亡を助けた、実在した組織の呼び名のことだそうだ。その「地下鉄道」が文字通りの意味で存在したら、という設定。
 自由の地へと向かって地下を失踪する鉄道のイメージは力強く爽快だが、そのイメージに反し、コーラの旅路は困難で苦いものだ。確かに自由の地と思われる場所に到着しても、すぐにはわかりにくい形での差別、また黒人同士での見解の相違等により、平穏は崩れていく。特に「避妊」「診療」を隠れ蓑にした一見マイルドかつエレガントな形での、強烈な差別意識が恐い。差別している当事者にはこれが差別であり不当であるという意識はないという所が、差別の本質と克服し難さに繋がっているように思う。差別に対する違和感を上手く言いくるめられてしまいそうで恐いのだ。
 黒人奴隷、ことに黒人女性の奴隷としての生活がどのようなものか、その生活の中でどのような意識が形成されていくのかという部分が丁寧に描かれており、丁寧ゆえにしんどい。コーラはかなり意志の強い、独立した精神の持ち主だが、彼女の美点は白人たちからはないものとされ(というかあってもなくてもどうでもいいものとされ)、黒人からも厄介なものとして扱われる。彼女が逃げ切れるのかどうか、ずっと胃が痛くなりそうだった。


地下鉄道
コルソン ホワイトヘッド
早川書房
2017-12-06


私はあなたの二グロではない [DVD]
語り:サミュエル・L・ジャクソン
オデッサ・エンタテインメント
2018-11-02





『血のペナルティ』

カリン・スローター著、鈴木美朋訳
 刑事フェイスの母親で、元麻薬捜査課を率いていたイブリンが何者かにさらわれた。フェイスの相棒の特別捜査官ウィル・トレントは上司でイブリンとは長年の付き合いのアマンダと共に捜査を開始する。4年前、イブリンが率いる麻薬捜査課の刑事たちが汚職により刑務所に送られたが、イブリンは無罪放免となった。ウィルはイブリンも関与していたと疑っており、誘拐の動機もそこに根差すのではと考えるが。
 ウィル・トレントシリーズの時系列としては『ハンティング』の後になるのかな?ウィルと医師サラとの関係の変化やフェイスの身辺の変化も描かれている。誘拐事件そのものと平行して、彼らの人生、人間関係の推移を追っていくのがファンの楽しみなのだろう。ただ、多分著者の登場人物それぞれへの思い入れが強くなりすぎたのか、この人とこの人の関係引っ張りすぎじゃない?とか、このくだりそんなに文字数いります?みたいな部分が目立つようになってきてしまった。事件の展開を早く知りたいんですけど・・・。
 邦題の「ペナルティ」とはなかなか皮肉というか、ある人たちにとっては酷な言葉だと思う。それをペナルティというのなら重すぎるだろう。客観的に見たらだれが悪いというわけではないんだろうけど、当事者としてはあいつが悪いと責め立てずにおれない/自分が悪いと自責せずにはいられないようなものなのだ。このシリーズ、払わなくていいはずの(一方的に課された)ペナルティを払う話ばっかりな気もするけど。

血のペナルティ (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-12-16


ハンティング 上 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-01-25


『月の文学館 月の人の一人とならむ』

和田博文編
 『星の文学館』と対になるちくま文庫のアンソロジー。『星の~』はこんな人も?!という幅の広さが楽しいアンソロジーだったが、本著はプロ作家率が高い。そして案の定どちらのアンソロジーにも収録されている稲垣足穂。月や星といったらやはりこの人というイメージが固定されてしまっている気がする。でもやっぱり外せないよなぁ。月の方が文学のモチーフとして幅広く使われそうだしイメージがわきそうなのだが、不思議なことに文豪の作品であってもあまりぱっとしない。この人こんなにぼんやりした作品も書いていたのかと逆に意外だった。正岡子規が収録作『句合の月』で月を題材にした句を読もうとうんうん悩むように、月にまつわるイメージははっきりしているようで幅が広すぎ掴まえ所がない、それで逆に平凡な所に落ち着いてしまいがちなのかもしれない。それでも編者の素養の豊かさが感じられる良いアンソロジー。個人的には草野心平『月の出と蛙』、多和田葉子『鏡像』、千家元麿『月』が気に入った。

月の文学館 (ちくま文庫)

筑摩書房
2018-07-06






『曇天記』

堀江敏幸著
 曇りの日には散歩をする。ぼんやりとした空の下、歩く速度で見る世界を綴る。
 随筆とも小説ともつかない短文集。晴天というわけでも悪天候というわけでもなく、曇り空を題名にしているだけあって、明でも暗でもなく、何かを断定するわけでもない、曖昧さに徹する姿勢が一貫している。どこが入り口でどこが出口なのかわからなくなってくるが、散歩とはそもそもそういうものだったか。明言しなさは作中で言及される土地や人物、文学作品などにも及んでいる。素養のある人にはこれがどこなのか、誰なのかわかるのだろう書き方だが残念ながら私にはわからないものが殆ど・・・。しかし曖昧さに貫かれた作風の中に時折、言葉が強くなる部分がある。本作は雑誌『東京人』の連載をまとめたものだが、連載期間中に東日本大震災があった。震災後、怒りを覚えること、それを表明しなければならない状況が増えたのだろう。その部分に著者の倫理観が見える。

曇天記
堀江敏幸
都市出版
2018-03-24


坂を見あげて (単行本)
堀江 敏幸
中央公論新社
2018-02-07



『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』

マイクル・ビショップ著、小野田和子訳
アメリカ南部の街に住むスティーヴィ・クライは数年前に夫を亡くし、2人の子供をかかえながらライターとして生計を立てている。ある日タイプライターが故障したので修理に出したところ、戻ってきたタイプライターは勝手に文章を打ち始めた。その内容はスティーヴィの不安や悪夢、そして夫の死の背景を匂わせるものだった。スティーヴィは徐々に現実と虚構の区別がつかなくなっていく。
現実と虚構の区別がつかなくなっていくのはスティーヴィだけではなく、本作の読者もだ。これはスティーヴィの実生活なのか、彼女が書いた文章なのか、はたまたタイプライターが勝手に書いた文章なのか、タイプライターが書いたとスティーヴィが思い込んでいるだけなのか。各レイヤーの区別はあえてつきにくいようになっており、語りの信憑性は揺らぎ続ける。自分の意識を信じられなくなっていく怖さがじわじわ這い上がってくるメタホラー。そしてサル。なんでサル?と思っていたけどタイプライターとサルってそういうことね!


虚構の男 (ドーキー・アーカイヴ)
L.P. デイヴィス
国書刊行会
2016-05-25


『ダ・フォース(上、下)』

ドン・ウィンズロウ著、田口俊樹訳
 ニューヨーク市警内でも最もタフで優秀で悪辣なことで知られるマンハットン・ノース特捜部、通称「ダ・フォース」を率いるデニー・マローン刑事は、銃や麻薬の取り締まりにより地域の安定を図る刑事の王だった。しかしドミニカ系麻薬組織の手入れでのある行動をきっかけに、彼の転落が始まる。
 マローンは非常に優秀な刑事だが、本作における優秀さは悪辣さと一体となっている。額面通りの正義では麻薬組織や武器商人には対抗できない。しかし、彼らは闘ううちに後戻りできない領域に入ってしまう。越えてはならない一線があったのではなく、一歩一歩自主的に泥沼にはまっていったことに自分でも呆然とするのだ。特に後半はマローン転落の一途といった感じで実に陰鬱だが、マローンに同情して陰鬱になるのではない。最初まっとうな志を持っていても、力を持つと人は堕落していく、警官だろうが政治家だろうが犯罪者だろうが同じだと突きつけられるからだ。マローンは街の為、正義の為に行動しているつもりでいるが、彼の行動ははたからみたらギャングとたいして変わらない。街や正義の為だという言い訳がきかない所まで彼は来てしまったのだ。マローンが愛した街、愛した人たちが彼を逃げ場のない所に追いやってしまうというのが辛い。そこから逃げ出せるくらい彼が悪人だったら、もっと軽い話になっていたのだろう。

ダ・フォース 上 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-03-26


ダ・フォース 下 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-03-26

『たったこれだけの家族 河野裕子エッセイ・コレクイション』

河野裕子著
 歌人である著者のエッセイ集『みどりの窓の家から』を全編収録、加えて未収録だった21編と共に新編纂したエッセイ集。
 家族と共に約2年間、アメリカで生活した時期の諸々を中心に綴られている。子どもたちがみるみるうちに成長していく様が随所に感じられる。英語が流暢というわけではない著者にとってアメリカでの生活は大変なものでもあったろうが、子どもたちが現地に適応していく様を面白がり、自分とのギャップに時にたじろぐ。夫と息子の距離感、自分と子どもたちとの距離感との違い、やがて子どもたちとの関係が友人のようになっていく様等、一家の生活の変遷を見ていく感も。家族が一緒にいられる時間は有限で、だからこそ輝いて見える。べたつかず素直な言葉で綴られており好感が持てた。短歌の印象とはまたちょっと違うのだ。平静な筆遣いで湿っぽくない文章だが、最後に収録された表題作からは、苦しく葛藤した時期もあった様子が垣間見える。
 なお、土地柄(ワシントンDC郊外らしい)なのかそういう時代だったのか、現代のアメリカよりも大分おおらかで開けた気質が感じられる。それでも牛乳パックに行方不明児童の写真がプリントされていたりと、ある面での治安の悪さを身近に感じさせる部分もあった。本当に外を歩くということ自体ないんだなぁ・・・。




『天国の南』

ジム・トンプスン著、小林宏明訳
 1920年、テキサス。大規模なパイプライン工事で職を得る為、放浪者、浮浪者、前科者等様々な人々が流れ込んでいた。ホーボーとしてこの地に流れ着いた21歳のトミーもその1人。かつて仕事で相棒だった30代の男フォア・トレイと再会しまた共に働くことになる。そして謎めいた女性キャロルと出合い、恋に落ちる。しかしフォア・トレイはキャロルには構うなとトミーを説得する。
 トンプスンはこういう作品も書いていたのかと新鮮に読んだ。ある犯罪が絡んだストーリーではあるものの、さほど血なまぐさくも強迫神経症ぽくもない。本作がはらむ焦燥感や落ち着きのなさは、語り手であるトミーの若さゆえのぐらつきや気短さから発せられるものだ。トミーが若くて未熟であることはそこかしこから感じられるし、トミー自身も言及する。本作はトミーが過去を思い返し語っている形式なので、あの時あんなことをしたのは自分が至らなかったからだ、という自省がからむのだ。しかしそこがみずみずしく、青春物語的な味わいになっている。若いトミーに対しある程度経験を積んだ過去のある男としてフォア・トレイが位置する。彼はトミーの兄貴分、導き手のような存在だが、トミーをどのように導きたいのか、彼は何をしに来たのかということがずっと伏せられている。本作の終わり方はある意味清々しいのだが、フォア・トレイが抱えるミステリ要素の端的な答えでもあるのだ。

天国の南
ジム・トンプスン
文遊社
2017-08-01




ゼア・ウィル・ビー・ブラッド [Blu-ray]
ダニエル・デイ=ルイス
ワーナー・ホーム・ビデオ
2012-02-08


『ドクター・マーフィー』

ジム・トンプスン著、高山真由美訳
 アルコール依存症専門療養所「エル・ヘルソ」の経営者であり主治医のドクター・マーフィーは、患資金難で八方ふさがりだった。患者は双子の映画界の重鎮や脚本家、元女優や元軍人などアクの強い人たちばかりだが、アルコールと縁が切れそうな人はいない。皆何かにつけてアルコールをちょろまかしていく。最近入院した裕福な患者の親族から資金を引き出せなければ、療養所は閉鎖するしかない。
 冒頭でいきなり入水自殺しようとする(が、やめる)ことからもわかるように、マーフィーはかなり追い詰められている。経営者としても医者としてもこの危機を抜け出せるほどには敏腕ではない、かといって経済的理由だからと割り切って施設を閉鎖するには使命感がありすぎる。マーフィーには父親のアルコール依存症で苦しんだ過去があり、それが彼をこの仕事に縛り付けているのだ。マーフィー、看護師たち、患者たちと章ごとに視点は変わる。読んでいると視点がどこへ向かっているのかわからなくなるような酩酊感があり、皆堂々巡りを続けているようで明確な答えや出口は見えず、段々混沌としてくる。そもそも患者たちは治りたいとも療養所から出たいとも思っていないし、マーフィーも本当はこの世界を壊したくないのではとも思えてくる。最後の方は地獄と紙一重のユートピアのように思えてくるのが不思議。

ドクター・マーフィー
ジム・トンプスン
文遊社
2017-11-01


おれの中の殺し屋 (扶桑社ミステリー)
ジム・トンプスン
扶桑社
2005-05-01



ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ