3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』

辻村深月著
 チエミが母親を殺して行方不明になってから半年。幼馴染でフリーライターのみずほは、チエミの行方を追い、かつての級友や恩師を訪ねる。一見非常に仲の良い親子だったチエミと母になにがあったのか。
 地元の幼馴染、かつての同級生という狭いサークル内の人間関係は、時に親密だが時に息がつまりそう。都会に出たみずほと級友との「その後」の人生のそこはかとないギャップや羨望が、感情をざらつかせる。この人は自分が思っていたような人なのかどうか、という対人関係における問いが、常に突きつけられるのだ。級友らだけでなく、みずほの家族についても、そしてチエミについても。チエミがみずほにとって、みずほがチエミにとってどういう存在だったのか、みずほ自身が自覚していく過程でもある。短い第2章がぐっと心に迫る。こういう人だったのか!とはっとするのだ。


対岸の彼女 (文春文庫)
角田 光代
文藝春秋
2007-10-10






『生か、死か(上、下)』

マイケル・ロボサム著、越前敏弥訳
 死者4人を出した現金輸送車襲撃事件の共犯として、10年の刑に服していたオーディ・パーマー。盗まれた700万ドルの行方を知る人物と見なされていた彼は、獄中で散々脅されたが、情報を漏らすことはなかった。そして刑期満了の前夜、彼は突然脱獄する。明日、合法的に出所する予定の男がなぜ脱獄を図ったのか?
 オーディはなぜこのタイミングで脱獄したのか、オーディと同房だったモスにオーディ追跡を命じたのは誰なのか、そして襲撃事件の真相は。いくつもの謎が平行して解き明かされていく過程は、正にノンストップで抜群の面白さ。オーディが守ろうとしているものは何なのか、果たして逃げ切れるのか、ハラハラドキドキが止まらない。オーディの人物造形がとてもいい。勇気がある、頭がいい、優しい、あるいは腕っぷしが強い主人公は多々いるが、高潔さ・公正さで魅了する主人公はなかなか最近見ない所だった。終盤(本当に最後の最後のあたり)オーディがある人物と再会するシーンで、彼の高潔さが自分だけでなく周囲にも厳しい状況の中で自分を保つ勇気を与え、支えたのだとわかるシーンがあり、作中最もぐっときた。

生か、死か (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マイケル ロボサム
早川書房
2018-03-06


容疑者〈上〉 (集英社文庫)
マイケル ロボサム
集英社
2006-10-01


『声優 声の職人』

森川智之著
 1987年のデビュー以降、声優として第一線で活躍し続け、アニメの他に洋画吹替えの実績も多い著者が語る自身のお仕事歴と声優という職業。
 巻末の著者出演作一覧が圧巻のタイトル数。著作というより、聞き取りを文字起こししたような、敷居の低い読みやすさ。近年、人気声優による新書が複数リリースされているが、まさか岩波新書から出るとは・・・。内容は声優という職業に多少興味がある人にとっては特に新鮮味はないのだろうが、最近の業界傾向が垣間見える所、そして事務所社長でもある著者が考えるマネージメントの役割等に言及している所は面白い。最近の若手声優は声質、演技の方向性がわりと均一だなーという印象だったが、同業ベテランから見てもそうなんだな・・・。また洋画吹替え仕事が多い、何と言ってもトム・クルーズ声優である著者ならではのエピソードも。声優志望者がまず心がけることとして、「日本語をきちんと読み・喋れること」を挙げているのは盲点だった。普通のことすぎると思っていたけど、文章を正しく読む(文字通りの読む行為でもあり、文脈を理解する行為でもある)・全部の音をむらなく発声するのが必須だと言う。国語の勉強をちゃんとしろ!というとても基本的なアドバイスがあった。
 そして帝王森川といえばBLのお仕事だが、BL関連の章に掲載された写真に対する編集者註が他の章と比べて妙に饒舌、かつBLCDは編集者私物とわざわざ但し書きがあり、えっ岩波・・・ってなった。

声優 声の職人 (岩波新書)
森川 智之
岩波書店
2018-04-21


声優魂 (星海社新書)
大塚 明夫
講談社
2015-03-26

『生姜 センガン』

千雲寧(チョン・ウニョン)著、橋本智保訳
 拷問の技術に絶対の自信を持つ男、安。組織の中核で「アカ」を取り締まる彼は、拷問の痕跡を残すことなく、多くの市民に肉体的、精神的苦痛を与えてきた。しかしそれまでの独裁政権が打倒されると同時に、それまでの罪を問われ指名手配犯として追われることに。安は妻が経営する美容院の屋根裏に身をひそめる。一方、安の娘ソニは父親の罪を全く知らず、大学に進学していた。
 1980年代、全斗煥による軍事政権下では民主化運動は暴力によって統制されていた。反政府活動弾圧機構の中枢に実在し、長らく潜伏した後1999年に自首した李根安という男が本作の安のモデルだそうだ。しかし他の部分は殆どがフィクションで時代背景や場所も明言されることはない。ある組織に忠実に仕え、自分にとっての精神的「父」を守り続ける男と、父親の実像を知り人生を狂わされていくその娘の物語。
 父親は自分がやったことは組織を守るため、正義の為であると信じ、自分を取り囲む状況や組織が自分を切り捨てたことを認めようとしない。彼はどんどん自分の妄想の世界に入っていく。対して娘は父親の真実を知ろうとし、彼を拒む。お互い反対のベクトルに進んでいく2人の姿が、安のパートとソニのパートと交互に語られていく。父親が自分が思っていたような立派な人ではなかった、残酷で恥ずべき行いをした犯罪者だったと知り、苦しみつつも父親の呪縛から逃れようとし続けるソニの姿は、時に弱く愚かだが、徐々に力強さを増していく。彼女は父親の行為、その行為の被害者と向き合ってく勇気があったが、肝心の安にはそれはなかった。そして案の妻にもそれはなかったのかもしれない。夫婦で同じ夢を見ていたのか、その夢が2人を繋いでいたのか。ごく短い最終章にはソニならずとも勘弁してと思うだろう。
生姜(センガン)
千 雲寧
新幹社
2016-05



ペパーミント・キャンディー [DVD]
キム・ヨジン
アップリンク
2001-03-23

『星群艦隊』

アン・レッキー著、赤尾秀子訳
 ブレク率いる艦隊が滞在していたアソエク星系にも、ラドチの絶対的支配者である皇帝アナーンダが引き起こした戦火が及ぶ。無人のはずの隣接星系に謎の艦が現れ、更に強力な異星種族プレスジャーがコンタクトしてくる。数々の問題にブレクは捨て身で立ち向かっていく。
 『叛逆航路』3部作の完結編。このシリーズ、面白いが非常に読みづらかった。世界観がわかりにくいというよりも、対立している集団同士の関係性と、現在何が進行しているのか、世界のスケール感がどの程度のものなのかが把握しにくいのだ。ストーリーの説明が難しい!アナーンダの権力の及ぶ範囲が、今まで聞いていたのと本作で描写されているのと何か違わない?と微妙な気分になった。ただ、艦隊に附属する“属躰”(身体を持つAIのようなもの)であったブレクが、一個人としての意識を持つようになる、更に彼女に感化され、他のAIたちも“個”に目覚めていく、加えてAIたちにとっての“個”は、人間のそれとは少々違うという様が面白い。ここにきて大きく設定が動いたな!という感じ。また新しい種族が誕生していく予感がするのだ。

星群艦隊 (創元SF文庫)
アン・レッキー
東京創元社
2016-10-29


エコープラクシア 反響動作〈上〉 (創元SF文庫)
ピーター・ワッツ
東京創元社
2017-01-28

『戦争と平和 (1~6)』

トルストイ著、藤沼貴訳
 フランスから帰国した後莫大な遺産を相続する貴族のピエール、その親友の士官アンドレイ、アンドレイの妹で傲慢な父親に尽くし敬虔なキリスト教徒のマリア、ロストフ伯爵の長男で少々頼りないニコライ、その妹で美しく奔放なナターシャ、ニコライとソーニャの従弟でニコライを深く愛するソーニャ。貴族階級の若者たちを中心とした大勢の登場人物が、ナポレオンによるロシア侵攻とその失敗という歴史上の出来事を背景に、1805年から1813年にかけて繰り広げる大河ドラマ。岩波文庫版で読んだ(岩波版は全6巻で訳者のコラムが途中に挿入されている所が特徴)。
 言わずと知れたトルストイの大長編小説。とにかく長いというイメージがあり今まで手に取るのをためらっていたのだが、思い切って読み始めてみた。予想外だったのは、いわゆるドラマとしての小説以外の部分がかなり多いということ。本作、ピエールらを中心とした人間ドラマであるのはもちろんなのだが、ナポレオンら実在の人物たちによる史実を元にした歴史ドラマパートがあり、更にトルストイの「俺史観」的なものが相当な熱量で展開されているのだ。訳者の解説によると本当はもっと「俺史観」パートが多かったところ、家族や友人の反対により削ったのだとか。家族と友人、反対してくれてありがとう・・・もっと強く言ってくれても良かったのよ・・・。歴史を動かすのは特定の重要人物(それこそナポレオンのような)の動向ではなく、突出した人物はあくまでパーツの一つ、人民個々の動きの呼応から生じる流れの総体が歴史なのだというトルストイの歴史観は当時は斬新だったのかもしれないが、今読むと特に面白みがあるものではないので、大変申し訳ないが所々読み飛ばさせて頂きました。
 とは言え、リーダビリティは意外と高い。ピエールらによる大河ドラマ部分はそれこそ連ドラのように引きが強く、ドラマティックな要素をどんどん盛ってくる。そこそこ下世話なメロドラマとしてつい先へ先へと読んでしまう。当時のロシアの貴族階級の生活が垣間見えるという面白さもあるのだが、人間の心性は100年、200年程度だと大して変わらないという事実を目の当たりにした感がある(それを捉えて如何なく表現したトルストイがすごいということなのだろうが)。登場人物の誰もが立派になりきることもできず、かといって邪悪というわけではなく、ほどほどに情けなく頼りなく、それでも成長していく。人間の一様でなさ、一人の人間の中に起こる変化を長いスパンで見ていくことが出来る。それにしてもトルストイ、人の欠点の設定の仕方が上手い!善人でもつい意地悪さが出てしまう所や、外見上の残念さの表現が丹念で底意地が悪いなぁと思った。

戦争と平和〈1〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-01-17

戦争と平和〈2〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-02-16

戦争と平和〈3〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-03-16

戦争と平和〈4〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-05-16

戦争と平和〈5〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-07-14

戦争と平和〈6〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-09-15

『制裁』

アンデシュ・ルースルンド、ベリエ・ヘルストレム著、ヘレンハルメ美穂訳
少女連続殺人犯が、移送中に逃走した。市警のベテラン刑事であるグレーンス警部率いるチームは懸命に犯人を追う。一方、作家のフレドリックは少女連続殺人犯逃亡のニュースをテレビで見て、衝撃を受ける。その男は、娘を保育園に送っていった時に見かけた人物だった。
著者の1人であるルースルンドは、昨年日本で『熊と踊れ』(ステファン・トゥンベリとの共著)が発行され評判になった作家。本作の方が前々から書いているシリーズのようだ。本作がデビュー作だそうだが、最初から足腰しっかりとしている。プロローグからして嫌な事件の臭いがぷんぷんとするし、予想通り陰惨な事件なのだが、その結末の更に後があるというところがユニーク。普通だったらここで終了というところから、物語の焦点が移動する。題名の「制裁」が意味するところが、うすら寒くなるような形で立ち現れてくるのだ。読んでいる側を含め、誰でも一歩間違うと「制裁」に加担してしまうのではないかという怖さがある。その「制裁」が世の中を正したかのように見える、しかしそれが正当だと判断するのは誰なのか?正しさの裏付けはどこにあるのか?制裁する資格というものがあるのか?と問いかけてくる。「制裁」をした人にとってはあくまで個人的なものだったはずなのに、それが波及していく過程とその結果のねじ曲がり方が、人間のどうしようもなさを思わせ辛い。

『世界の終わりの七日間』

ベン・H・ウィンタース著、上野元美訳
 小惑星が地球に衝突し、人類がほぼ滅亡すると予測される日まであと1週間に迫った。元刑事のパレスは、小惑星の衝突を止められると信じ飛び出した妹ニコともう一度会う為に、元警官たちのコミュニティーを抜け出し、元犯罪者のコルテス、犬のフーディーニと共に旅を続けている。パレスはニコの仲間たちの痕跡を辿り、ある場所に目星をつけるが。
 滅亡間近な世界で「警官」として振る舞うパレスを主人公とした三部作の完結編。小惑星は容赦なく地球に近付いており、社会は崩壊している。もうすぐ人類がいなくなるであろう世界で、殺人事件を解決し犯人を罰する意味はあるのか?パレスはあくまで法を守り警官として振る舞い続ける。それが彼にとって人間らしさを全うするということなのだろう。そしてニコもまた、その行きつく先が痛ましいものだとしても、彼女なりに人間らしさを全うしようとしたのかもしれない。パレスはニコを頑固だと言うが、パレスも結構頑固なのだ。最後の最後までまっとうに生きようとするパレスの姿は、絶望的な状況の中でもほんのりと明るい。余韻がとても深いシリーズだった。
 

『1945年のクリスマス 日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝』

ベアテ・シロタ・ゴードン著、平岡麻紀子訳
第二次世界大戦後の日本、日本国憲法GHQ草案の作成に22歳で参加した著者の自伝。著者のことが一般的に知られたのはごく最近だと思うが、草案作成後にスタッフ全員に緘口令が布かれており、近年まで公表することができなかったからだそうだ。著者はオーストリアで生まれ、ピアニストだった父親が日本の音楽学校に招かれたのに伴い、日本で育った。幼い頃から日本で育った為に、日本語は堪能で日本文化への理解も深く、人材不足だった終戦直後に、GHQに採用されたそうだ。当時、どういう風に草稿作りが進められていたのか、どういう人たちが携わっていたのか、時代の空気感(アメリカから見た日本のものではあるが)も伝わり面白い。少なくとも草稿を作ったスタッフたちは、日本一国がどうこうというよりも、理想としての憲法を作ろうとして奔走していたように思う(アメリカによる「宣伝」という側面は当然あるのだが)。日本国憲法はGHQからの押しつけだと考える人もいるだろうが、こと人権に関しては、この人たちが従事していなかったらもっと立ち遅れていたのではないだろうか。特に男女平等に関する事項は、著者のおかげで成立した部分も大きいと思う。著者は草案を練っていた当時から、日本では個人の人権という概念がなかなか理解されない、定着しないのではと危惧し、草案段階で出来るだけ人権に関する条項を盛り込んだそうだが、それ正解だったなと思う。いまだに定着しているのか不安な所もあるもんな・・・。むしろ、GHQがこれだけ強引に押し切っても現状こんなものかというがっかり感すらある。しかも現在、更に後退しようとしていて著者が生きていたら何と言っただろうかと考えてしまう。ただ、著者は当時としては先進的な考え方の持ち主だったが、それでも時代や環境による限界はある。家族に関する価値観には古さが否めないし、本作後半で取り上げられている海外文化のアメリカへの紹介事業等は、本来の文脈と切り離した海外の伝統芸能の紹介は果たしてベストなのか気になった。

『誠実な詐欺師』

トーベ・ヤンソン著、冨原眞弓訳
海辺の小さな村。ベストセラー絵本を何冊も出しており親の遺産も持つ、裕福な画家アンナは、「兎屋敷」と呼ばれる屋敷で1人暮らしている。弟マッツと暮らすカトリは数字を扱った事務処理が得意で、村人が苦手とする税金や相続の問題にアドバイスし頼りにされていたが、普段は周囲から煙たがられていた。カトリは自分の望みをかなえる為にアンナに近づき、彼女の生活に入り込む。ムーミンシリーズで知られる著者による、子供向けではない小説だが、真骨頂はこちらだったか。簡潔な文体で切り込んでくる。曖昧さを許さないカトリの性格にもどこか似ている。カトリは狡猾でもあるがある種の誠実さをもっており、人間関係の円滑剤としての欺瞞や偽善を解せず、非常に公正だ。彼女の話は正論・正直だが、それゆえに村人同士に疑心暗鬼を生み、関係をぎこちなくさせてしまったりもする。大してアンナは人を疑うことを知らず、損得にも無頓着。そこにカトリが介入することで、アンナはお金のことを考えざるを得なくなり猜疑心が生まれ、無邪気ではいられなくなってしまう。しかし、カトリもまたアンナに影響されていく。徐々にアンナに振り回され、冷静な計算にもほころびが生じていくのだ。女性2人が相互に支配しあうような息苦しさが、冬の北欧の陰鬱な気候と響きあい、大変どんよりとして寒々しい。その関係の根底にあるのがお金だというのも辛い。豊かではないカトリにとって、お金に無頓着なアンナは苛立たしい存在。お金がないと心も世界も縮こまっていく感じ、身にしみる・・・が、多少損しても人を疑いたくないし諸々頓着したくないというアンナのスタンスもわかる。その間で読んでいる方も引っ張り合われ揺れる。

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