3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『世界のすべての朝は』

パスカル・キニャール著、高橋啓訳
 ヴィオル奏者のサント・コロンブは妻を亡くし、2人の娘と引きこもって暮らしていた。ある日、彼の元に若い青年が弟子入りする。青年はサント・コロンブの娘と愛し合うようになるが、王宮に招かれた彼は娘を捨て、彼女は絶望する。
 サント・コロンブの妻への思いは深く強烈だ。妻は死んでも、彼の世界には常に妻がいる。妻と彼を繋げるのが音楽だ。本作では死者、あの世との繋がりが音楽を導き出す。彼の娘たちもまた、その思いに巻き込まれていく。若き弟子の音楽を導くのはサント・コロンブの娘だが、彼女もまたあの世へと近づいていく存在だ。常に死の気配がまとわりついている。あちらがわとこちらがわとの境界線に芸術は生まれるのか。弟子がサント・コロンブの領域に近づけないのは、音楽は「この世」で生きる為の手段であり、あちら側へのまなざしを持たないからかもしれない。あちら側を視野に入れた時、ようやく師と並び立つことができるのだ。音楽は、芸術は何のためにあるのか、どこから生まれてくるのかという音楽論、芸術論でもある。
 親子、男女の関係の抜き差しならなさや、どろどろとした猥雑な要素が多分にあるのだが、トーンは一貫して静謐で文章の美しさがしみてくる。なお、本作を原作にしたアラン・コルノー監督による映画『めぐり逢う朝』は私にとって心に刺さり続ける一作。最後泣いた。

世界のすべての朝は (伽鹿舎QUINOAZ)
パスカル・キニャール
伽鹿舎
2017-03-23



めぐり逢う朝 Blu-ray
カロリーヌ・シオル
紀伊國屋書店
2019-04-27



『戦地からのラブレター 第一次世界大戦従軍兵から、愛するひとへ』

ジャン=ピエール・ゲノ編著、永田千奈訳
 1997年、ラジオ・フランスの呼びかけで一般から集められた、第一次世界大戦の従軍兵からの手紙およそ一万通から選ばれたものを編纂した1冊。フランス兵からのものだけではなく、ドイツ兵からのものも含む。
 映画『彼らは生きていた』『1917 命をかけた伝令』を見たのでより当時の兵士たちの状況がわかるかなと読んでみた。1914年から1918年の間に書かれた手紙の書き手は、16,17歳のまだ子供といっていいくらいの青年たちから、30代の将校らまで幅広い。軍内での地位も出自もまちまちだ。手紙の宛先も家族、親族、恋人や友人と様々。戦地へ向かう高揚や使命感を伝えるものから戦地の悲惨さや物資の乏しさが綴られる。特に農家出身の兵士のものは、季節ごとの作業の進捗や作物・家畜の具合を心配する記述が目立ち、彼らの本業は兵士ではないのだと痛感した。戦争に兵士が駆り出されるということは(第二次大戦中の日本もそうだったが)農家から労働力が取られ、生産力が下がるということなのだ。
 当時の生の声が伝わってくる貴重な1冊ではあるが、読んでいると少々もやもやともする。映画『彼らは生きていた』を見た時も似たようなことを想ったのだが、本著に収められた手紙は実在の兵士が書き、その多くは戦地で死んだ。そういう人たちが残した手紙を一種の「読み物」として消費していいのかということだ。もちろん資料としては貴重なのだが、問題は本著が読者の心を動かすことを意図して手紙の選出、編集を行っているということだ。特に、各章の前置きとして編集側が書いた文章はともすると感傷的なポエムになってしまっている。読みやすさも大事ではあるが、こういう素材に対してエモーショナルさを煽るディレクションをしていいものなのかという葛藤を感じてしまった。


『戦下の淡き光』

マイケル・オンダーチェ著、田栗美奈子訳
 「1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した」。ナサニエルと姉のレイチェルは、“蛾”とあだ名をつけられた男に預けられた。母は父の海外赴任についていくことになったのだ。“蛾”の家には得体の知れない人たちが集まっていた。そして母もまた、海外赴任についていったのではなかった。
 子供にとって、自分の親がどういう人間なのか・背景に何があるのかということは、普通の環境でも謎な部分が多いだろう。ナサニエルとレイチェルの母親についても同様だ。母親が消えた後も2人の周囲にいる大人たちは謎めいてどこか胡散臭く正体不明だ。徐々に、彼らは共通のある任務をもっていたのでは、更に母親もその一員ではないかという様子が、彼らの言動の端々から垣間見えてくる。親に対する「わからなさ」が二重になっているのだ。霧の中からふらりと現れては消えていくような大人たちは、ナサニエルたちを保護するがそれは断片的な、嘘とも本当ともつかないもので、彼らを保護者として守り育てるのには不十分だ。姉弟の人生も生活も、どこか地に足がつかない、一貫性のないものになってしまう。マラカイトとの出会いで世界がようやく「正確で信用できるものになった」というのは、地に足の着いたうつろいにくい生活をようやく知ることができたということでは。
 親が何者かという普遍的な謎と、母ローズが何をやっていたのかという個別の謎が二重になっており、更に自分たちが見てきたものは一体何なのかというナサニエルの人生の謎が重なってくる。ミステリ的な構造なのだ。更に、一種の戦争小説でもある。時制がいったりきたりする構造、更に曖昧さをはらむと同時に詩的な文章が記憶というものを表すには最適なように思った。

戦下の淡き光
マイケル・オンダーチェ
作品社
2019-09-13


名もなき人たちのテーブル
マイケル・オンダーチェ
作品社
2013-08-27


『生者と死者に告ぐ』

ネレ・ノイハウス著、酒寄進一訳
 犬の散歩中の女性が射殺された。翌日、森の脇の家で女性が窓の外から頭部を撃たれて家族の前で死亡。さらに数日後には若い男性が玄関先で心臓を撃ち抜かれた。どの狙撃も難易度が高く正確なことから、射撃のプロの犯行と思われた。そして警察署に「仕置き人」と名乗る死亡告知が届く。被害者たちはなぜ選ばれたのか。刑事オリヴァーとピアは年末の町を奔走する。
 オリヴァー&ピアシリーズ新作。性別関係なく同僚、上司と部下としての敬意と思いやりのあるコンビネーションは健在でやはり良い。ここのところ女性関係でフラフラしっぱなしで頼りなかったオリヴァーだが、本作ではだいぶ復調している。とは言えまた次の波がやってきそうなんだけど…。女性に対してはいまひとつ洞察力に欠ける。一方ピアはパートナーとのバカンス返上しての捜査。バカンスよりも捜査を選んでしまうところに彼女の人柄と仕事への誇りが窺えるし、それをパートナーが理解しており信頼関係が揺らがないというところが素晴らしい。オリヴァーもあやかれよ…。また有能すぎる(元々仕事できる人設定だからそりゃあ有能なのだが)被害者遺族も登場する。警察側の捜査よりもむしろ、彼女の奮闘がストーリーを前に進めていくのだ。
 今回は連続殺人事件で、被害者の共通点から犯人の動機をあぶりだすという所がポイントになる。終盤になってバタバタと新事実が判明するが、その原因が非常に基本的な確認の不十分にあるという所が笑えない。ご都合主義的とも言われるかもしれないけど、こういうことってチームでの仕事であろうとなかろうと本当にあるんだよなー!我が身を振り返りぞっとします。1人の手抜きで捜査が大幅に遅れるというのが怖すぎる。

生者と死者に告ぐ (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2019-10-30


悪しき狼 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2018-10-31





『生物学探偵セオ・クレイ 森の捕食者』

アンドリュー・メイン著、唐木田みゆき訳
 モンタナ山中で調査にあたっていた生物学者のセオ・クレイは、突然警察に拘束された。すぐ近くで、かつての教え子が他殺死体となって発見されたのだ。セオの嫌疑はすぐに晴れ、遺体に残された傷から熊の仕業だと判断された。しかしセオはその結論に疑問を持ち、独自の調査を始める。
 「犯人は熊ではない!」というパワーワードが帯に載っているせいでこれはコメディなのか?!と思ったが、いたってシリアス。クレイは生物情報工学という自身の専門分野に基づききわめて理論的に謎に迫っていく。が、そのモチベーションやアプローチの仕方ははたから見ると奇妙に思えるかもしれない。彼は人間として一般的な倫理観や感情を持ち、正義を行いたい一心で真相を追うのだが、行動までの経路が短すぎ、あるいは独特すぎて唐突に見える(かつての教え子の死因に疑問があるからといって、一般的にはいきなり血液サンプルを盗んだりしないだろう)。調べる為の知識とツールがあるって強いな…。彼がどのような研究をしていてどういう知識を持っているかわかると、その行動経緯もそんなに奇特には見えないんだよね。
 ヒーローというほど強くはないがユニークな思考の道筋と知識を持っている探偵の登場。本作がシリーズ一作目だそうだが、続きが気になる。


『戦場のコックたち』

深緑野分著
 合衆国陸軍に特技兵、コックとして配属された19歳のティム。ノルマンディー降下作戦で初陣を果たすが、戦闘に参加しながら炊事をこなす任務はハードなものだった。冷静なリードー格のエド、陽気なディエゴらコック仲間と、戦地で遭遇したちょっとした謎の解明を気晴らしにするが。
 ティムは特に愛国心が強いわけでも軍人という職業に興味があったわけでもない。時代の空気に流されなんとなく志願した、ごく平凡な、どちらかというとぼーっとした青年だ。優しくお人よし、少々気弱で、到底兵隊向きとは思えないのだが、当時軍に志願した多くの青年はこういう、どちらかというと軍には場違いな人だったのかもしれないと思った。時代の空気って怖いよな…。戦争という非日常の中での「日常の謎」というわけだが、そのささやかな「日常」も徐々に戦争に飲み込まれていく。ティムと個性豊かな仲間たちとのやりとりは心温まるものだが、時に当時の社会背景が深く影を落としひやりとさせられる。ティム自身がその影を自覚していないこともあるのだが、エドが気付きを促すことも。ティムが世間知らずすぎな気もしたが、当時のアメリカの田舎から出てきた青年はこんなものだったのだろうか。ティムの地元の土地柄故に彼の心にひっかかる謎もある。この話はちょっとやりきれないものがあった。また、のんきな青年たちが戦場で過ごすうちに変化していく様も辛い。まだPTSDという概念がない時代が舞台だが、戦場での体験は確実に彼らを蝕んでいく。その中で非情になりきれないティムの性格は、甘さというよりも救いになっていくのだ。
 ある謎により、連作短編がはっきりと長編小説として立ち上がってくる。その謎は第二次世界大戦という状況下だからこそ生じたものだ。青春小説、日常の謎ミステリではあるが、やはり根底は戦争小説なのではないかと思う。戦争は人間に非人間的な行為を強いるということがそっと描かれているのだ。

戦場のコックたち (創元推理文庫)
深緑 野分
東京創元社
2019-08-09





世界の果てのこどもたち
中脇 初枝
講談社
2015-06-18


『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』

辻村深月著
 チエミが母親を殺して行方不明になってから半年。幼馴染でフリーライターのみずほは、チエミの行方を追い、かつての級友や恩師を訪ねる。一見非常に仲の良い親子だったチエミと母になにがあったのか。
 地元の幼馴染、かつての同級生という狭いサークル内の人間関係は、時に親密だが時に息がつまりそう。都会に出たみずほと級友との「その後」の人生のそこはかとないギャップや羨望が、感情をざらつかせる。この人は自分が思っていたような人なのかどうか、という対人関係における問いが、常に突きつけられるのだ。級友らだけでなく、みずほの家族についても、そしてチエミについても。チエミがみずほにとって、みずほがチエミにとってどういう存在だったのか、みずほ自身が自覚していく過程でもある。短い第2章がぐっと心に迫る。こういう人だったのか!とはっとするのだ。


対岸の彼女 (文春文庫)
角田 光代
文藝春秋
2007-10-10






『生か、死か(上、下)』

マイケル・ロボサム著、越前敏弥訳
 死者4人を出した現金輸送車襲撃事件の共犯として、10年の刑に服していたオーディ・パーマー。盗まれた700万ドルの行方を知る人物と見なされていた彼は、獄中で散々脅されたが、情報を漏らすことはなかった。そして刑期満了の前夜、彼は突然脱獄する。明日、合法的に出所する予定の男がなぜ脱獄を図ったのか?
 オーディはなぜこのタイミングで脱獄したのか、オーディと同房だったモスにオーディ追跡を命じたのは誰なのか、そして襲撃事件の真相は。いくつもの謎が平行して解き明かされていく過程は、正にノンストップで抜群の面白さ。オーディが守ろうとしているものは何なのか、果たして逃げ切れるのか、ハラハラドキドキが止まらない。オーディの人物造形がとてもいい。勇気がある、頭がいい、優しい、あるいは腕っぷしが強い主人公は多々いるが、高潔さ・公正さで魅了する主人公はなかなか最近見ない所だった。終盤(本当に最後の最後のあたり)オーディがある人物と再会するシーンで、彼の高潔さが自分だけでなく周囲にも厳しい状況の中で自分を保つ勇気を与え、支えたのだとわかるシーンがあり、作中最もぐっときた。

生か、死か (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マイケル ロボサム
早川書房
2018-03-06


容疑者〈上〉 (集英社文庫)
マイケル ロボサム
集英社
2006-10-01


『声優 声の職人』

森川智之著
 1987年のデビュー以降、声優として第一線で活躍し続け、アニメの他に洋画吹替えの実績も多い著者が語る自身のお仕事歴と声優という職業。
 巻末の著者出演作一覧が圧巻のタイトル数。著作というより、聞き取りを文字起こししたような、敷居の低い読みやすさ。近年、人気声優による新書が複数リリースされているが、まさか岩波新書から出るとは・・・。内容は声優という職業に多少興味がある人にとっては特に新鮮味はないのだろうが、最近の業界傾向が垣間見える所、そして事務所社長でもある著者が考えるマネージメントの役割等に言及している所は面白い。最近の若手声優は声質、演技の方向性がわりと均一だなーという印象だったが、同業ベテランから見てもそうなんだな・・・。また洋画吹替え仕事が多い、何と言ってもトム・クルーズ声優である著者ならではのエピソードも。声優志望者がまず心がけることとして、「日本語をきちんと読み・喋れること」を挙げているのは盲点だった。普通のことすぎると思っていたけど、文章を正しく読む(文字通りの読む行為でもあり、文脈を理解する行為でもある)・全部の音をむらなく発声するのが必須だと言う。国語の勉強をちゃんとしろ!というとても基本的なアドバイスがあった。
 そして帝王森川といえばBLのお仕事だが、BL関連の章に掲載された写真に対する編集者註が他の章と比べて妙に饒舌、かつBLCDは編集者私物とわざわざ但し書きがあり、えっ岩波・・・ってなった。

声優 声の職人 (岩波新書)
森川 智之
岩波書店
2018-04-21


声優魂 (星海社新書)
大塚 明夫
講談社
2015-03-26

『生姜 センガン』

千雲寧(チョン・ウニョン)著、橋本智保訳
 拷問の技術に絶対の自信を持つ男、安。組織の中核で「アカ」を取り締まる彼は、拷問の痕跡を残すことなく、多くの市民に肉体的、精神的苦痛を与えてきた。しかしそれまでの独裁政権が打倒されると同時に、それまでの罪を問われ指名手配犯として追われることに。安は妻が経営する美容院の屋根裏に身をひそめる。一方、安の娘ソニは父親の罪を全く知らず、大学に進学していた。
 1980年代、全斗煥による軍事政権下では民主化運動は暴力によって統制されていた。反政府活動弾圧機構の中枢に実在し、長らく潜伏した後1999年に自首した李根安という男が本作の安のモデルだそうだ。しかし他の部分は殆どがフィクションで時代背景や場所も明言されることはない。ある組織に忠実に仕え、自分にとっての精神的「父」を守り続ける男と、父親の実像を知り人生を狂わされていくその娘の物語。
 父親は自分がやったことは組織を守るため、正義の為であると信じ、自分を取り囲む状況や組織が自分を切り捨てたことを認めようとしない。彼はどんどん自分の妄想の世界に入っていく。対して娘は父親の真実を知ろうとし、彼を拒む。お互い反対のベクトルに進んでいく2人の姿が、安のパートとソニのパートと交互に語られていく。父親が自分が思っていたような立派な人ではなかった、残酷で恥ずべき行いをした犯罪者だったと知り、苦しみつつも父親の呪縛から逃れようとし続けるソニの姿は、時に弱く愚かだが、徐々に力強さを増していく。彼女は父親の行為、その行為の被害者と向き合ってく勇気があったが、肝心の安にはそれはなかった。そして案の妻にもそれはなかったのかもしれない。夫婦で同じ夢を見ていたのか、その夢が2人を繋いでいたのか。ごく短い最終章にはソニならずとも勘弁してと思うだろう。
生姜(センガン)
千 雲寧
新幹社
2016-05



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2001-03-23

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