3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『素晴らしいアメリカ野球』

フィリップ・ロス著、中野好夫・常盤新平訳
老スポーツ記者は原稿の持ち込みを繰り返すが出版社には断られてばかり。しかしこれは偉大なアメリカ小説であり、隠蔽された秘密を暴くものなのだ!かつてホームグラウンドを持たない弱小球団・マンディーズはアメリカ全土を巡業していた。球団の選手は曲者揃いで更新するのは珍記録のみ、しかも反米スパイの疑いまでかけられる。新潮文庫「村上柴田翻訳堂シリーズ」にて復刊された版で読んだ。プロローグ(ここに登場するヘミングウェイはひどい)から早くも面食らうが、読み進めると更に面食らう。野球と言えばアメリカの国技といってもいいくらいの国民的スポーツだが、本作はそのアメリカ野球界にかつてあったという愛国リーグの球団・マンディーズを通し、アメリカという国と、ある時代の狂騒を描いていく。とは言え、一瞬もっともそうな話に見えるが、読み始めるとホラ話につぐホラ話。悪ノリがすぎるのではと、今となっては若干ひくところも。野球もアメリカもどちらかというとバカにしているように見える。しかし、両者に対する愛がないわけではない。巻末に村上春樹と柴田元幸の対談が収録されているが、その中でも言及されているように、著者は野球に熱狂しているわけではないが、野球好きだから書けた作品という側面はある。また、本作にはアメリカの歴史や文化、国民性を馬鹿にしたかのような表現が多々あるが、それが著者の母国との距離の取り方なのだろう。「素晴らしいアメリカ野球」という題名は壮大な皮肉ではあるのだが、どこかでやはり、野球にしろ文学にしろ、母国に「素晴らしい」ものがあると信じているように思う。ただし、本作が書かれた当時は、だが。今同じような作品を書いたとしたら、ここまでパワフルにジョークとして振り切れないかもしれない。

『スクープ』

イーヴリン・ウォー著、高儀進訳 新聞でコラム「田園便り」を連載しているウィリアムは、海外特派員に任命される。派遣されたのはアフリカの独裁国家で、政変が噂されていた。他社の記者たちも次々訪れ、スクープ合戦が始まる。ソ連のスパイや政府関係者が暗躍すると噂される中、ウィリアムはたまたまスクープをものにする。派遣されたのが同姓の作家と勘違いされて、というとんでもない発端 なのだが、ウィリアムは状況に流されっぱなし。しかし新聞社は、彼が本物だろうが偽物だろうがそのポジションにうまいことはまっていればそれでいいし、彼のレポートが的を得ているのかというよりも、スクープとして機能するのかという方が重要だ。実のところ、真実を報道するという意味での報道陣は本作には登場しない。いかにスクープをひねりだすか、いかにライバル社をだしぬくかということだけが求められているのだ。マスコミに対する皮肉とうっすらとした(いやわりとはっきりしてるか・・)悪意に満ちている。とにかく皆やっていることが適当だよ!適当なまま話が転がり続け国家の行く末すら左右しかねないという冗談みたいな話。ただ、報道、特にスクープには「作り上げる」側面がかなり強いものだとは思う。そういう点では時代を先取りしたような作品。

『須賀敦子の方へ』

松山巖著
イタリア文学の翻訳家であり、短い活動期間の中、数々の名随筆を残した須賀敦子。彼女と個人的にも親交のあった著者が、子供時代からフランス留学するまでの須賀の足跡を追い、著作の背景にあるものは何だったのかを探る。須賀の作品を読んでいると、キリスト教への信仰に対する葛藤があったこと、また父親に対する複雑な思いが垣間見えるところがあるのだが、その根っこは10代の頃に芽生えたものだった。作品を裏打ちする知性と生真面目さが培われていく過程が読んでいるうちに見えてくるので、やはり須賀の主作品を読んでから手に取った方がいい本ではある。また、著者自身の、須賀との関わり方に対する悔恨が時に洩らされるところにしみじみとする。病身の須賀と正面から向き合えなかった自身の弱さを悔やむ姿は胸に刺さった。

 
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