ジョン・ル・カレ著、加賀山卓朗訳
イギリス秘密情報部の情報員ナットは、ロシア関係の作戦でそれなりの成果を上げてきたが、引退の時期が迫っていた。イギリス国内はEU離脱で混乱しており、ナットは対ロシア活動の新しい活動を打診される。やむなく引き受けたところ、あるロシア人亡命者から連絡が入る。ロシアの大物諜報員が活動を再開するというのだ。
ブリグジットに揺れる英国を舞台に(英国での発行は2019年)描かれた作品でリアルタイム感が強い。スパイといえば冷戦下というイメージがあったが、諜報活動は形や方向性を変えて未だ現役。ナットはそれほど華々しい活動をした情報員ではなく、地味な活動をこつこつ続けてきた人で円満に結婚し子供もいて、妻は自分の仕事を理解している(というか元同業)という一種の公務員的な働き方だ。一方で娘に自分の仕事を明かして関係が悪化したり(言わなきゃいいのに…)や娘の婚約者に自分の仕事をどうごまかして説明しようと悩んだりするのが等身大でユーモラス。仕事は出来る人なのだろうが、すごく切れ者というわけでもない。普通の人が惑い知恵を巡らせていく地道さに味がある。ル・カレの小説の「スパイ」は大体地味。私はいわゆるスパイ小説はそんなに好きではないのだが、ル・カレ作品は例外なのは、この地味さも一つの要因かもしれない。
また、ル・カレ作品では登場人物が倫理的であろうとする姿が描かれる。国家の利益と人としての倫理が相反する時どちらを取るか、ちゃんと葛藤できる人たちがいる所がいいのだ。そして彼らが選ぶべき方を選ぶ所も。たとえ自分が損をする・リスクを負うことになっても人はそうあってほしいしそうでありたいと思うのだ。