3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『素晴らしい新世界』

オルダス・ハクスリー著、大森望訳
世界を破壊した“九年戦争”終結後、暴力を排除し共生・個性・安定をスローガンとした新しい社会が築かれた。人間は受精卵の段階で選別され所属階級と能力を決められ、階層間の人口比は徹底的にコントロールされていた。完全な調和を保つ社会の中で、上層階級に所属するものの上手く馴染めず孤独を感じるバーナードは、ガールフレンドとの休暇で出かけた保護区で、“野人”ジョンに出会う。
1932年に刊行された元祖ディストピア小説だが、驚くほど古びていない。これは、近年も様々な作品に影響を与えているというのも納得。翻訳文のノリの軽やかさや擬音の使い方のコミカルさもあいまって、とても読みやすかった。
本作で描かれる「新世界」は、多分そのシステムに乗っかってしまえば楽で快適だろう。しかし個人を尊重しているようでいて「こうであれ」が刷り込まれているマイルドな全体社会であることも明白だ。それのどこが悪いんだ、と問われると、現代の価値観で見ていると非倫理的というあやふやな言い方しかやりようがないのだが。悲しみや苦しみがあるから文学や芸術が、深い思索が生まれると作中で言及されるが、いや安定した生活環境の方が重要だよ苦痛と引き換えの文学芸術なんていらないよという意見も当然あるわけだしな・・・そのへんが本作への表現しがたいもやもやの一因だろう。そして一度システム化されたものはそうそう崩れず異物も回収していく。ラストの脱力感たるや。

すばらしい新世界〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)
オルダス・ハクスリー
早川書房
2017-01-07



『スプリット・イメージ』

エルモア・レナード著、高見浩訳
 富豪のロビン・ダニエルズは人間を撃ちたいという欲求に駆られ、あるギャングの射殺をもくろむ。ボディーガードとして雇われた元警官のウォルター・クーザは彼のアイディアに巻き込まれていく。刑事のブライアン・ハードとダニエルズに取材していたライターのアンジェラ・ノーランは、彼の異常性に気付き周囲を探り始める。
 レナードの作品は読んでいる間は軽妙で楽しいのだが、読後に強い印象が残らないというか、すっと消化されてしまう印象がある。しかし本作は深い余韻を残す。ダニエルズは自分の欲望について、何を欲するのかということは自覚していても、それが何によるものなのか、なぜ自分はそれを欲するのかを理解していない、というよりもそういう発想がない。やりたいことをやるだけなので、発言も行動もふらふら変わってしまう、そのことに疑問を持たないというパーソナリティのように思える。はたからみると不可解だし不気味。悪徳警官ではあるが常識人のウォルターは、徐々に彼についていけなくなる。ダニエルズの計画は穴だらけなのだが本人自信満々な所が、逆に怖い。
 一方、ブライアンとアンジェラは2人ともまともな常識人だが、あっという間に恋に落ちる「落ち方」が何やら可愛らしい。2人のやりとりには、軽快だがお互いへの対等な尊重が感じられる。それだけに、ブライアンが一線を越えて進む終盤が染みる。

スプリット・イメージ (創元推理文庫)
エルモア レナード
東京創元社
1993-04




追われる男 (文春文庫)
エルモア レナード
文藝春秋
1995-06

『推理作家謎友録 日本推理作家協会70周年記念エッセイ』

日本推理作家協会編
 江戸川乱歩賞の選出のほか、作家たちの交流団体という面も持つ日本推理作家協会(入会すると健康保険に入れるというのを初めて知った。フリーの仕事の人にはやっぱりありがたいのかな)。なんと今年70周年だそうだ。それに際して、会員から原稿を募った記念エッセイ集。
エッセイ集なんだけど、執筆者に対して提示したテーマが明示されていないのはなんでなのかな・・・。どうも3つくらいテーマを提示してその中から好きなのを書いてねというスタイルだったみたいだけど、読者に対してその説明がない。自分と協会との関係、あるいは自分の近状をそつなく書く人が多いけど、ここ10年でのお勧めミステリというテーマで自由闊達に書かれる方もいる。その中でも貫井徳郎のレオ・ブルース推しには吹いた。よりによってそこかよ!しかも推しているのに「ただ残念ながら、レオ・ブルースは小説がうまくないんですね」って言っちゃってるよ!いやわかる、わかるけどさぁ!なお、売れて大量に書いている人の方がボリューム、文体ともにちょうどいい感じの文章を書いているので、力量ってこういう所に出るのかなぁと。また、キャリアの長い方は健康上の問題や介護の問題に言及されている方も少なくなく、なんだかしんみりした気分にもなった。

推理作家謎友録 日本推理作家協会70周年記念エッセイ (角川文庫)
今野 敏
KADOKAWA

『素晴らしいアメリカ野球』

フィリップ・ロス著、中野好夫・常盤新平訳
老スポーツ記者は原稿の持ち込みを繰り返すが出版社には断られてばかり。しかしこれは偉大なアメリカ小説であり、隠蔽された秘密を暴くものなのだ!かつてホームグラウンドを持たない弱小球団・マンディーズはアメリカ全土を巡業していた。球団の選手は曲者揃いで更新するのは珍記録のみ、しかも反米スパイの疑いまでかけられる。新潮文庫「村上柴田翻訳堂シリーズ」にて復刊された版で読んだ。プロローグ(ここに登場するヘミングウェイはひどい)から早くも面食らうが、読み進めると更に面食らう。野球と言えばアメリカの国技といってもいいくらいの国民的スポーツだが、本作はそのアメリカ野球界にかつてあったという愛国リーグの球団・マンディーズを通し、アメリカという国と、ある時代の狂騒を描いていく。とは言え、一瞬もっともそうな話に見えるが、読み始めるとホラ話につぐホラ話。悪ノリがすぎるのではと、今となっては若干ひくところも。野球もアメリカもどちらかというとバカにしているように見える。しかし、両者に対する愛がないわけではない。巻末に村上春樹と柴田元幸の対談が収録されているが、その中でも言及されているように、著者は野球に熱狂しているわけではないが、野球好きだから書けた作品という側面はある。また、本作にはアメリカの歴史や文化、国民性を馬鹿にしたかのような表現が多々あるが、それが著者の母国との距離の取り方なのだろう。「素晴らしいアメリカ野球」という題名は壮大な皮肉ではあるのだが、どこかでやはり、野球にしろ文学にしろ、母国に「素晴らしい」ものがあると信じているように思う。ただし、本作が書かれた当時は、だが。今同じような作品を書いたとしたら、ここまでパワフルにジョークとして振り切れないかもしれない。

『スクープ』

イーヴリン・ウォー著、高儀進訳 新聞でコラム「田園便り」を連載しているウィリアムは、海外特派員に任命される。派遣されたのはアフリカの独裁国家で、政変が噂されていた。他社の記者たちも次々訪れ、スクープ合戦が始まる。ソ連のスパイや政府関係者が暗躍すると噂される中、ウィリアムはたまたまスクープをものにする。派遣されたのが同姓の作家と勘違いされて、というとんでもない発端 なのだが、ウィリアムは状況に流されっぱなし。しかし新聞社は、彼が本物だろうが偽物だろうがそのポジションにうまいことはまっていればそれでいいし、彼のレポートが的を得ているのかというよりも、スクープとして機能するのかという方が重要だ。実のところ、真実を報道するという意味での報道陣は本作には登場しない。いかにスクープをひねりだすか、いかにライバル社をだしぬくかということだけが求められているのだ。マスコミに対する皮肉とうっすらとした(いやわりとはっきりしてるか・・)悪意に満ちている。とにかく皆やっていることが適当だよ!適当なまま話が転がり続け国家の行く末すら左右しかねないという冗談みたいな話。ただ、報道、特にスクープには「作り上げる」側面がかなり強いものだとは思う。そういう点では時代を先取りしたような作品。

『須賀敦子の方へ』

松山巖著
イタリア文学の翻訳家であり、短い活動期間の中、数々の名随筆を残した須賀敦子。彼女と個人的にも親交のあった著者が、子供時代からフランス留学するまでの須賀の足跡を追い、著作の背景にあるものは何だったのかを探る。須賀の作品を読んでいると、キリスト教への信仰に対する葛藤があったこと、また父親に対する複雑な思いが垣間見えるところがあるのだが、その根っこは10代の頃に芽生えたものだった。作品を裏打ちする知性と生真面目さが培われていく過程が読んでいるうちに見えてくるので、やはり須賀の主作品を読んでから手に取った方がいい本ではある。また、著者自身の、須賀との関わり方に対する悔恨が時に洩らされるところにしみじみとする。病身の須賀と正面から向き合えなかった自身の弱さを悔やむ姿は胸に刺さった。

 
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