3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『小説の言葉尻をとらえてみた』

飯間浩明著
 小説のストーリーを追うのではなく、文章の中でどういう単語が使われているか、どのような使われ方をしているかに着目した、『三省堂国語辞典』編集委員である著者による用例採集コラム。
日本語用例にのみ着目したブックガイド(になっているのかな?)という珍しい1冊。小説を普通に読んでいると違和感なく流してしまうところ、辞書編集委員の手にかかるとこんなにいろいろ着目すべき所が!なかなか新鮮だった。この単語がどう使われているか、という文法上の「謎」をフォーカスしているので、いわゆる小説の内容にはさほど触れていない。しかし、この単語をこのように使う、という面から、その小説の背景、時代や場所の設定や読者層の想定等が垣間見えてくることがあり、そこが面白い。単純にこういう言葉の使い方も事例があるのか!という発見もある。本作の文章はあまりこなれていないのだが、着目の仕方が面白い。それにしても、類似の用例をよく見つけられるよなーと感心する。最初の使用例がどの作品かなんて、古典はもちろん古文書までカバーしてないとわからないよ・・・。
 なお、著者は従来の使い方からずれているような用例に対しても、即座に否定するようなことはしない。言葉は変容していくもので、柔軟性がある。この場では、この使い方が作家にとってはベストだったのだと考える。原理原則を無理強いしない姿勢には好感が持てた。





『死者と踊るリプリー』

パトリシア・ハイスミス著、佐宗鈴夫訳
様々な後ろ暗い秘密を抱えつつ、パリ郊外で妻と優雅な暮らしを続けているトム・リプリー。ある日、近所の借家にプリッチャード夫妻なるアメリカ人夫婦が引っ越してきた。プリッチャード氏はこっそりとリプリー家の写真を撮り、なぜかトムに近づこうとする。どうやらトムがかつて犯した犯罪のことを知っている様子なのだ。旅行先にまで追ってくるプリッチャードに不気味さを感じるトム。
『贋作』の展開の後日談的な作品であり、リプリーシリーズ最後の作品。これまで金や保身の為に犯罪に手を染め、その都度まんまと逃げおおせてきたトムだが、今回は過去の犯罪が彼を追いかけてくる。プリッチャードは贋作絡みの件だけでなく、ディッキーの件の真犯人もトムだと確信しているようなのだ。とは言え、プリッチャードの目的は金銭目的の強請などではない。単純にトムを追い詰め、怖がらせたいらしいのだ。サイコパスVSサイコパス的な様相も見せ、シリーズ中最も気持ちが悪い。恨みや金銭目的ならわかるが、たまたまそこにいたから(プリッチャード夫人の話によると、だが)悪意のターゲットにされるというのは、はっきりとした関係性がないからこそより得体が知れず怖い。トムが一方的にプリッチャードの中に過去の亡霊を見ているとも言えるのだが。後ろ暗さを捨てきれないところが、トムの人間らしい部分でもある。とは言え、いざとなると平気で犯罪行為に踏み切れるストッパーのゆるさもまたトムという人の面白さなのだが。

死者と踊るリプリー (河出文庫)
パトリシア・ハイスミス
河出書房新社
2003-12-07


贋作 (河出文庫)
パトリシア ハイスミス
河出書房新社
2016-05-07

『書架の探偵』

ジーン・ウルフ著、酒井昭伸訳
生前の作家の脳をスキャンし、リクローン(複生体)にした“蔵者”が図書館に収蔵されている世界。蔵者の一人である推理作家E・A・スミス(のリクローン)の元を、コレット・コールドブルックと名乗る女性が訪ねてくる。父親に続いて兄を失くした彼女は、兄にスミスの著作である『火星の殺人』を手渡されていた。この本が兄の不審死の謎を解く鍵になるのではと考え、コレットはスミスを借り出す。しかし2人は何者かに狙われていた。
人間(リクローンとは言え)がいわば生きた本となっている未来の世界。生きる著者(のコピー)に会えるなんて面白いかも・・・とちょっと思ったが冷静に考えると結構ひどいシステムだ。リクローンたちは「純正の人間」と同じような意識を持ち肉体的にも人間と変わらない。しかし図書館からの無断外出は禁じられ、貨幣も持たず、作家としての意識はあるのに著述は禁じられている。これって非人道的だよな・・・(ウルフの作品て、さらっと非人道的なシチュエーションが挿入されるよな)。更に、彼らが生きる世界(純正の人間の世界)のディストピアな様相も垣間見えてくる。人口自体が減り、人類が無気力に傾きつつあるようなのだ。そんな世界を変えるかもしれない火種を掴みつつ、スミスが最終的に着地するのが「探偵」であるところが渋い。彼が意図するのは、「彼女」の物語を完結させることであったとも言える。そういう意味では、リクローンであれ彼は作家なのだ。

書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ナイト I (ウィザード・ナイト)
ジーン・ウルフ
国書刊行会
2015-11-13


『〆切本』

左右社編集部編
作家に〆切はつきものだが、その〆切に苦しめられる話ばかり94篇を集めたアンソロジー。日本の作家に限定し、テーマの性質上随筆が中心だが、これ他国のものも集めると面白いだろうなぁ・・・。わざわざ〆切について書くくらいだから〆切が迫って苦しむ作家が殆ど。期日が迫っているのに頭に何も浮かばない、時間に余裕があるうちはさっぱりやる気にならず期日が迫ってようやく着手など、作家ならずとも「あるある!」と握手をしに行きたくなるようなエピソードが目白押しだ。ただ、現代の作家の〆切話はそれほど過激ではない。皆わりとちゃんとしている。いわゆる「文豪」の方々のエピソードの方がスケールが大きいというか、(お金と時間に)おおらかで文士がある意味甘やかされている時代があったんだな・・・と世知辛い気持ちにも。特にすごいなと思ったのは内田百閒。そ、その本末転倒な資金繰りは何だよ!その時間で原稿書けよ!まあ百閒の場合、このエピソードに限らず、よくこの人生活できてたよなーという話がいっぱいあるけど・・・。

『女装して、一年間暮らしてみました。』

クリスチャン・ザイデル著、長谷川圭訳
脚の冷えに耐えかねて、試しに女性用ストッキングをはいてみた著者は、女性の世界にはこんなにいいものがあるのか!と衝撃を受ける。徐々に女性が身に着けるものに関心が向くようになり、全身女装してみたらどんな気分かという「実験」に着手する。
冷えるがモモヒキ的なやつは苦手という著者。男性用ストッキング的な物はドイツにはないのか・・・(日本にはありますよね)。それはさておき、著者は女装している間、特にメイクや着こなしに慣れてからは、男性の恰好をしている時よりも解放感を感じ、それが女装に対する愛着に拍車をかけていく。著者は、「男性」として振舞えという社会的な要求、男性同士のコミュニケーション(このあたりは、著者がTV業界で働いていたという職場環境も大きかったのかも)に大きなプレッシャーや不快感を感じていたのだと気付いていく。そして女性ってなんて自由で素晴らしいんだ!と感激するのだが、この時の「女性」とは、あくまでもヘテロ男性(著者は女装はするが性的嗜好はヘテロで妻もいる)である著者が思う所の「女性」にすぎない。女性の良い(と著者が思っている)面しか見えていないのだ。しかし、女性として振舞ううちに、徐々に女性も社会が要求する「女性」を演じているのであって決して自由ではない、やはりプレッシャーに脅かされているのだと思い当たる。著者が女装をやめると、女装時にちやほやしてくれた女友達は一斉に遠ざかっていくのだが、外見、装いによるカテゴライズって相手が同一人物だとわかっていても、なされてしまうのだ。著者のアプローチは少々一方的だし、聞き取りをする女性達の傾向にも偏りがある(全ての女性がいわゆる女性ならではの装いを好んでいるわけではないだろう)。やはり「男性」側の見方にすぎないきらいはあるのだが、自分たちが自覚している以上に「~らしさ」「~のように見える」ことに縛られているという立証実験として、著者の心身の変化も含め面白かった。自分のメンタルの変化について、ちゃんと専門医に意見を求めにいくところはジャーナリストっぽいし、医者がその問いに真面目に答えるところは誠実。冗談扱いしないのだ。

『人生でムダなことばかり、みんなテレビに教わった』

戸部田誠(てれびのスキマ)著
お笑い芸人、アイドル、俳優、ゆるキャラ等、テレビでよく見かける人たち100人の生きる姿勢を、その人の明言珍言から考察するコラム集。雑誌連載を書籍化したものだが、文庫でのリリースというのが内容にあっていて、これは英断だと思う。構えず手軽に手に取れる。同時代にテレビを見ている者としてとても楽しい。引用は取り上げた対象の発言(テレビ番組内にしろ雑誌等のインタビューにしろ)というところは徹底しており、著者の生粋のテレビっ子ぶりが存分に発揮されている。芸能人のテレビや雑誌における発言はある種のフィクションではあるだろう。しかしその隙間から、その人の素が垣間見える、その瞬間を著者は逃さない。テレビはくだらないと言われがちだけど、そのくだらなくてムダな部分を著者は愛しているし、そこがテレビの良さだろう。有意義なテレビってそんなに見る気にならないんだよな(笑)

『シャム双子の秘密』

エラリー・クイーン著、越前敏弥・北田恵里子訳
カナダでの休暇から車で帰る途中、エラリー親子はデービス山地で道に迷い、山火事に遭遇してしまう。なんとか脇道を辿り、山頂の屋敷にたどり着いた2人は助けを求める。使用人はいい顔をしなかったが、屋敷の主人である医学博士ゼイヴィアの好意で宿と食事にありついた2人だが、翌朝、書斎で博士の死体が発見された。死体の右手には半分に破られたトランプが。一方、山火事は収まる気配がなく、屋敷の人たちを追い詰めていく。
昔、旧訳で読んだ時にはダイイングメッセージの真偽を突き止めていくロジックがよくわからなかったんだけど、新訳で読んだらわかりやすくより面白かった。前に読んだとき何か変な話だなと思ったのは、ロジカルな部分を読み取りきれなかったからなんだな。改めて読むと、手がかり、ダイイングメッセージが孕んでしまうある問題に挑戦し始めた作品だったということがわかる。山火事の絡ませ方も、緊迫感を高めることに加え、時間的なリミットを設定してこの問題に強制的にけりをつける為だったのかとも。なお、クイーン親子はどの作品でも結構仲良いが、本作では特にいちゃいちゃ感というか、ぶーぶー文句いいつつもお互い好きなんだなーという感じが出ている。エラリーがお父さんはしょうがないなぁ!的に振舞いつつもやっぱりパパ大好きな感じ、微笑ましいです。こういう父息子関係(子供成人済み)ってアメリカの小説ではあんまり見ない気がするんだけど・・・。私が陰惨なものばかり読んでいるからでしょうか・・・。
 

『自生の夢』

飛浩隆著
 天才詩人アリス・ウォンが生み出した「詩」とその後の変遷を描く「#銀の匙」「曠野にて」「野生の詩藻」、言葉の力で大量殺人を行った殺人犯が“忌字禍”を滅ぼす為に召喚される「自生の夢」等を収録した、著者10年ぶりの作品集。
 twitterで著者のアカウントを発見した時にまず思ったのが「生きてたんだ・・・」、あとがきの最後の文章を読んで思ったことが「普通に生活している人だったんだ・・・」なので、新作が出て本当にほっとしました。『グラン・ヴァンカンス』シリーズ2作はプログラムにより造られた仮想現実世界を描いたが、本作収録作の多くでは「言葉」による世界の変容が描かれる。情報が物理を変容させるというイメージは似ているように思う。10年ぶりに著者の作品を読むせいか、こんなに情動的だったかなという意外性はあるが、その世界のイメージがあふれ出てくる感じは、「変容」に対するフェティッシュな感覚は変わっておらず、そうそうこれだとうれしくなった。ただ、当時ほど最先端のとんがった感じはしないが、それは読者としての慣れによるものかもなぁ(ここ10年間で書かれたものを収録しているので、SF小説シーン自体の変化もあるだろうし)。アリス・ウォンが生み出したものを巡るシリーズと表題作では、言葉を書く主体と書かれた言葉との、書く/書かれる関係の反転に、足元を危うくするような不安が迫る(何しろ小説だって「書かれる」ものだし)。また、「灰洋」が襲ってくる「海の指」は記憶との戦いのようでもありぞわりと怖くもの悲しい。

『幸せなひとりぼっち』

フレドリック・バックマン著、坂本あおい訳
偏屈で無愛想な59歳のオーヴェは、妻を亡くし、長年務めた仕事も辞めることになり、自殺を考えていた。しかし向いの家に引っ越してきた若い一家がやたらと関わってくる。なりゆきで近所の野良猫の世話もするようになり、オーヴェの日常は変化していく。
オーヴェはルールを厳守し、昔からのやり方を変えるのは大嫌い、頑固で無口という、なかなか付き合いにくい人間だ。オーヴェの過去と現在を行き来する公正で、彼の人生、彼に何があって現在に至ったのかということが見えてくる。オーヴェにとって妻がどのくらい大切な存在だったか、彼の妻が彼の美点をいかに的確に見抜いていたかがわかってくるのだ。彼の人生を思いじんわりし、現在のドタバタ劇を見て笑ってしまう。オーヴェが死のうとするたびになんらかの横やりが入ると言うお約束ギャグも。そして猫がいい!やがて、妻だけが熟知していたオーヴェの優しさや正義感が、周囲の人たちを助け、理解されていく様に心温まる。映画化作品ももうすぐ公開されるので楽しみ。

『死体は笑みを招く』

ネレ・ノイハウス著、酒寄進一訳
動物園で人間の左腕と左足、そして左腕と左足が切り落とされた死体が発見された。死体は高校教師で環境保護活動家のパウリーと判明。刑事オリヴァーとピアは捜査を開始するが、パウリーは過激な活動により様々な人の恨みを買っていた。
オリヴァー&ピアシリーズの2作目だが、日本では最後に翻訳されることになった。確かに、シリーズの他作品と比べるとちょっとパンチが弱めでミステリとしても粗い(というか他作品の精度が高いってことなんですが)。腕足の切断がある登場人物をシリーズに引き入れる為だけに使われているような気もする。とは言え、この後の作品にも登場する人物や、オリヴァーやピアの生活背景がはっきりわかる部分を含む作品なので、シリーズのファンなら必読だろう。今回、オリヴァーはしばしば私情に目がくらんであまりかっこよくなく、ピアもプライベートの問題で心が揺れている。仕事は出来るが万能ではないし常にクールなわけではないという、人間味のある部分がいい。同僚たちとの仲が良すぎない感じも、職場の実感が出ている。

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