3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『私的読食録』

角田光代・堀江敏幸著
 古今東西の小説や随筆、日記などの作品に登場する様々な「食」は、なぜか読者の記憶に残るもの。「食」を作家たちがどのように描写してきたかを、同じく作家である2人が鋭く読み解き紹介していく。
 角田著と堀江著が交互に配置された食べ物エッセイ。食べ物といっても文学の中の食べ物なので、作家によっては食べ物の質感や味に全く頓着せず、便宜上料理名を出しただけ、というようなこともある。一方で読んでいるだけでよだれが出そうな、実に美味しそうな描写、またこれはいったいどういう味なんだろうと想像が膨らむ描写もある。文学の中の食って、なんでこうも興味掻き立てられるのだろうか。下手すると実際の食よりも全然面白い。特に児童文学の中の食は、食の経験値が低い子供の頃に読むからか、まだ知らない世界に対するあこがれの糸口になる。本著中でも児童文学の中の食(「甘パン」とか)が登場するが、本当にしみじみと食べたかったもんなぁ…。
 ピンポイントで食に関する記述を探し出し掘り下げていく著者2人の読者・批評家としての力量も光る。2人の傾向がちょっと違うのも面白い。角田の書き方の方がより食べたくなる、堀江の書き方はその記述の出てくる作品を読みたくなる方向性だと思う。

私的読食録(新潮文庫)
角田光代
新潮社
2020-11-30


『シカゴ・ブルース』

フレドリック・ブラウン著、高山真由美訳
 シカゴに暮らす印刷会社の植字工見習いのエドは、植字工である父親と義理の母妹と暮らしている。ある日父親が路地裏で殺された。エドは移動遊園地で働くおじのアンブローズと共に犯人を追う中で、父親の過去を知っていく。
 フレドリック・ブラウンというとSFの巨匠というイメージだが、私は実はミステリ作品の方が好きで、特に本作はベストだと思っている。青田勝による旧訳版はかなり古めかしく、アンブローズももうちょっと荒っぽハードボイルドな感じだったのだが(当時の感想はこちら)、この新訳だと理知的な側面が前面に出ている。さわやかな青春ミステリとしてよりブラッシュアップされた新訳で、読みやすかった。エドは自立心と好奇心があり賢い18歳だが、まだ大人というわけではない。彼が大人への道を進んでいく成長物語として清々しいのだが、強制的に大人への道を進まされてしまう、大人として振舞わざるを得ないという苦さも感じる。父の後妻であるマッジへの対応や、義理の妹であるガーディとの距離感など、エドが結構いっぱいいっぱいになっている感じがユーモラスでもあるのだが、少々痛ましくもあった。ともするとやさぐれてしまいそうなところ、そうはできないのがエドの魅力なのだ。

シカゴ・ブルース【新訳版】 (創元推理文庫)
フレドリック・ブラウン
東京創元社
2020-09-30


シカゴ・ブルース (創元推理文庫 146-15)
フレドリック・ブラウン
東京創元社
1971-01-01



『死んだレモン』

フィン・ベル著、足立眞弓訳
 フィン・ベルはニュージーランドの南の断崖で、車いすごと宙づりになっていた。ことの起こりは「数カ月前。酒におぼれた末、交通事故で車いす生活になり、妻とも別れたフィンは、田舎町にコテージを買い移り住んだ。26年前、コテージの前の持ち主の娘が行方不明になるという未解決事件が起きていた。隣にすむ三兄弟の関与を疑ったフィンは、当時のことを調べ始めたのだが。
 出版元(東京創元社)がやたらと持ち上げるし各所絶賛!とぶち上げてくるので逆に疑いの目で見てしまっていたのだが、確かに面白い。私はいわゆるノンストップサスペンスが苦手なのだが、本作はそれとはちょっと違う。帯の「1ページ目から主人公が絶体絶命!」という文句は確かにその通りなのだが、本作の面白さのポイントはそこではないのだ。フィンがこういう状況に至るまでの数か月間をカウントダウンのように描いていくが、意外と早い段階で伏線が張られていたり、後から振り返るとなるほどなというミスリードが設定されていたりと、ミステリとしては勢い任せではなく結構きちんと展開している。また、ニュージーランドの風土や歴史にまつわる要素が多く盛り込まれていて、ご当地ミステリ的な面白さも。恥ずかしながらアフリカ系移民が多い(というかそもそも移民が多い)ことを初めて知りました。
 本作には非常に悪い奴らが出てくるが、悪の在り方が興味深い。社会の枠組みの上にある悪と、それを全く無視した俺ルールの悪があるのだ。どちらもお近づきにはなりたくないが、社会的な損得概念を持たない悪の方が厄介かな。

死んだレモン (創元推理文庫)
フィン・ベル
東京創元社
2020-07-30


アニマル・キングダム [DVD]
ルーク・フォード
トランスフォーマー
2012-09-07




『消滅世界』

村田沙耶香著
 人工授精で子供を産むことが定着し、セックス自体が減少している世界。夫婦間のセックスは「近親相姦」としてタブー視されていた。両親が愛し合ったうえのセックスで生まれたと母親から教え込まれた雨音は、母親に嫌悪感を抱き続けてきた。夫との結婚生活は清潔で、夫以外の人間やキャラクターとの恋愛を重ねていくが、出産を計画し実験都市「楽園」に移住する。
 小説単体としては「こういう世界ですよ」という説明に偏りがちな書き割りっぽさがあり、『コンビニ人間』に比べると物足りなかった。とは言え、ディストピアかはたまたユートピアかという世界の造形は面白い。セックスと出産が切り離されている世界は女性にとってはある意味ユートピアだが、「楽園」のように全て一律に「子供ちゃん」「おかあさん」という役割をあてはめられるとディストピア感が一気に増す。雨音は人間の恋人もキャラクターの恋人(フィクション内の登場人物への思慕も一律に恋愛も途切れず、性愛志向も強い。かなりの恋愛体質と言えるのだが、「楽園」に移住した後、徐々に恋愛への欲求は減っていく。恋愛は極めて個人的なもので、一律に「おかあさん」をやる社会とは真逆ということなのか。
 恋愛はほぼ娯楽として扱われており必ずしもセックスを伴わないというのも、ユートピアと言えるのかもしれない。社会的なしがらみ、肉体のしがらみなく恋愛の楽しい所だけ味わえるのだから。ただ、恋愛というタスク自体はなくならないという所に、何かの限界みたいなものを感じた。雨音にしろ母親にしろ、人間は本来こういうものなはず、恋愛感情の伴うセックスは自然なものなはず、性愛は人間に欠かせず出産はセックスを経たものが自然なはず等々の考えをもっているが、本作で描かれるのはその「はず」のうつろう様、人間がいかようにも適応していく様だ。一見異端な雨音は実のところどこにいても「正常」だという反転が皮肉だ。

消滅世界 (河出文庫)
村田沙耶香
河出書房新社
2018-08-10


コンビニ人間 (文春文庫)
沙耶香, 村田
文藝春秋
2018-09-04


『植物はそこまで知っている 感覚に満ちた世界に生きる植物たち』

ダニエル・チャモヴィッツ著、矢野真千子訳
 資格、聴覚、嗅覚、位置感覚、記憶などの感覚を駆使し、生存戦略を図る植物たちの世界。動物の知能とは異なるが、彼らは生存の手段を「知っている」。科学により明らかになってきた植物の世界を紹介する一冊。
 植物が持つ光に対する感度や、化学物質の変化により仲間・環境の異変を受信する能力、空間把握能力は、人間のそれと一見似ており、いわゆる知能があるかのように感じてしまう。葉が害虫に荒らされると発せられる化学物質を感知して自衛するとか、重力に反応して一定方向に根を張れるとか、そんな機能あるんだ!と新鮮だった。あまりによくできているので、つい人間の五感になぞらえたくなる。本著内でも植物の音楽の好みを研究した疑似科学論説について言及されていた(いつの時代もスピリチュアルは大衆受けするのだな…)。が、著者は植物を擬人化することを注意深く避けている。植物の感覚は植物の生態に即して進化したもので、人間が言う所の知能は持たない。別の生物として考察・研究し理解していくことが科学のやり方なのだ。研究方法の発展や新しい概念・知識の獲得(電気信号も化学物質もDNAも、人間が「知った」のは植物の歴史に比べると全然細菌だ)によって植物の生態が解明されていくという、科学史としての側面もある。








 

『女性のいない民主主義』

前田健太郎著
 日本の政治家は先進国の中では異例といっていいほど男性が大多数で、男性に政治権力が集中していると言える。女性が政治に参加しにくい原因はどこにあるのか。女性が参加していない「民主主義」はそもそも民主主義と呼べるのか。ジェンダー視点から日本の政治を読み解く。
 何しろ日本はジェンダーギャップ121位(2019年)なので、男女ともに(まあ主に男性にでしょうが)必読な1冊では。女性政治家が少ない状況について、女性には向いていないからということが往々にして言われるが、資質の問題ではない。社会が女性に要求してくるもの、社会的な通念が何重にも妨害してくるのだ。そしてその妨害は、男性からは見えないのだ。この男性からは見えないということこそ、男性主体で社会の仕組みが作られているということだ。それは適切な民主主義とは言えないだろう。世の中の片側からだけの見方なのだから。クォーター制のように半強制的に女性を増やしていくしかないのか(男性から見ると不公平に見えるのかもしれないが、そういうことではない)。
 本著では各国の政治における女性参画の経緯や民主主義の定義から日本の政治の問題を紐解いていく。しかし日本の場合、政治以前に慣習的な性的役割観が今だ根強く、これを払しょくしていかないとならないかと気が遠くなる…。切実に辛くなってきちゃうよ…。

女性のいない民主主義 (岩波新書)
健太郎, 前田
岩波書店
2019-09-21


『11月に去りし者』

ルー・バーニー著、加賀山卓朗訳
 1963年。ニューオリンズのギャング・ギドリーは、ケネディ大統領暗殺のニュースに嫌な予感を覚える。数日前に依頼された仕事は暗殺に絡んでいるにちがいない、そして口封じのために自分は狙われているに違いないと。因縁のある人物を頼って西へ向かう道中、夫から逃げてきた母娘と知り合う。ギドリーは家族連れに見せかけたカモフラージュに利用するため、その女性シャーロットに声を掛ける。
 正直、前半はあっちこっち迂回するような展開がかかったるくて、気分が乗らないなと思いつつ読んでいたのだが、ギドリーの人生とシャーロットの人生が交錯した時点から、ぐっと面白くなってきた。人生を「変えられた」のがギドリーで、「変えた」のがシャーロットなのだ。シャーロットがおそらく本来彼女が持っていた資質をどんどん発揮していく、ある意味開き直っていく様が清々しいのだ。ケネディ暗殺という史実を背景にしているが、それはさほど大きな要素には感じられなかった。自分の人生に自信満々だった男が陰謀に巻き込まれたこと、1人の女性に出会ったことで大きく揺さぶられていく。彼が大きく人生の方向性を変える瞬間もまた清々しいが、同時に物悲しくもある。

11月に去りし者 (ハーパーBOOKS)
ルー バーニー
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-09-17


ガットショット・ストレート
ルー・バーニー
イースト・プレス
2014-08-20


『上京する文学 春樹から漱石まで』

岡崎武志著
 進学や就職・転勤、生活環境を変える為など、様々な理由で人は上京する。作家たちも同様だ。村上春樹、向田邦子、川端康成、宮沢賢治、太宰治らの上京の経緯、そしてその体験がどのように作品に昇華されたのか。「上京者」というキーワードから読み解く文学案内。
 「上京」がキーワードなので東京生まれ東京育ちの作家は含まれない(向田邦子など、子供時代に各地を転々としているが、生まれは東京だから本著に含めるのはちょっと違う気もする)のだが、東京以外の土地の育った人にとっての東京、上京という行為の意味・思い入れというのはこういうものなのか。東京は圧倒的に情報が多い場所、文化が豊かな場所だったのだ。また、東京生まれの人よりも東京らしい東京を描写していたりする。(どの土地でもそうだろうけど)その中にいるとちょっとぴんとこないところもある。しかし、それらの思い入れがどのように作品に投影されているのかという読み解きは、作家の作品紹介でもあり人生を垣間見る行為でもあり、さらっと読みやすい構成なのだが味わい深い。ちょっとノスタルジックな気分にさせられるのも、故郷と東京との距離への思いが多くの作品に見え隠れするからか。なお、特別収録の野呂邦暢の章は古本屋に造詣の深い著者ならではの内容なのだろうが、泣ける。人と人の出会いの不思議さを思った。そして解説代わりに特別寄稿された重松清による自身の章は、正直ダサい。80年代若者文化のダサさが前面ににじみ出た(あえてだろうが)文章だった。

上京する文學 (ちくま文庫)
岡崎 武志
筑摩書房
2019-09-10


昔日の客
関口 良雄
夏葉社
2010-10-01


『屍人荘の殺人』

今村昌弘著
 神紅大学ミステリ愛好会のは明智恭介とその「助手」葉村譲は、同じ大学に通う探偵少女・剣崎比留子に頼まれ映画研究部の合宿に同行する。宿泊先は山の中のペンション。しかし映画研究部の合宿にはよくない噂があり、さらに予想外の出来事が勃発する。混乱の中、部員の1人が密室で惨殺死体となって発見される。
 本格ミステリと思って読んでいたら、いきなり別ジャンルとマッシュアップし始める。しかし、その別ジャンル要素を本格ミステリの文法に落とし込んでいるあたりが見事。特殊ルール下本格の一種なのだが、本作の場合特殊ルールのジャンルがかなり強力というか、その道の方が読んだら諸々言いたくなるのかもしれないけど…作中に「その道の人」がちゃんと登場してルール説明をしてくれるあたりはジャンル初心者にも親切だ。小説としての達者さとはちょっと違うのかもしれないが(登場人物の話し言葉の「キャラ付け」感はもうちょっとこなれてもいいと思う)、捨て設定がほぼないように思う。青春ぽいほろ苦さや青年の至らなさも悪くなかった。
 ただ、本作シリーズものらしいけど、この世界観でシリーズ化するのって結構難しいと思うんだけど…毎回特殊ルールを想定しないとならないってことですよね?どこまで「あり」なのかというジャッジが厳しそう。

屍人荘の殺人 (創元推理文庫)
今村 昌弘
東京創元社
2019-09-11


『終焉の日』

ビクトル・デル・アルボル著、宮崎真紀訳
 1980年のバルセロナ。弁護士のマリアは、情報屋をリンチした殺人未遂の罪で警官セサルを刑務所送りにし、名声を得ていた。しかし今になって事件が仕組まれたものだったと知らされる。再調査の中で、血のしがらみと権力をめぐる陰謀が明らかになっていく。
 大作だが引きが強く一気に読み進めたくなる。けれん味も強いので好みはわかれそうだが面白かった。あらすじはマリアを中心に説明したが、過去のある事件から派生する陰謀と欲望が関係者をどんどん絡み取って行った過程が明らかになっていく、群像劇のような構造。それぞれの恨みや憎しみ、何より権力をめぐる欲望という負の感情がスパイラルを起こしており勢いがあるが陰鬱。軍事独裁下、そして立憲民主制になったものの未だ政権内にはフランコ派が多く残っているという歴史背景も大きな要素だ。その時代のただなかにいては見えないものもあり、その見えなさがある悲劇を生む。権力側のあくどさ、非情さと、それに対抗しようとしても次々と封じ込められてしまう無力感が強烈で怖い。権力の中毒性を垣間見た感がある。
 三世代を巻き込む大河ドラマでもある。過去をあっさり忘れる(あるいは忘れたふりをする)人、忘れられず過去に食いつぶされていく人、そして過去を知らない人、それぞれの行く道が交わっていく。過去は人を逃してくれず、どこまでも追ってくるのだ。

終焉の日 (創元推理文庫)
ビクトル・デル・アルボル
東京創元社
2019-03-20






ネルーダ事件 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ロベルト アンプエロ
早川書房
2014-05-01
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