3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ザ・チェーン 連鎖誘拐(上下)』

エイドリアン・マッキンティ著、鈴木恵訳
 シングルマザーのレイチェルの元に、娘を誘拐したというメッセージが届く。犯人の要求は身代金だけでなく、他人の子供を誘拐すること。犯人もまた子供を人質に取られ誘拐を強要されているのだ。この連鎖犯罪システム「チェーン」は首謀者にたどり着くこともできず誰も逃れられないという。レイチェルはやむなく、元夫の兄ピートの手を借り誘拐に手を染める。
 身近な人の安全を奪いターゲットを犯罪へと追い込む「チェーン」は悪辣かつ巧妙なシステム(ちょっと巧妙すぎるぞ管理しきれるのかというツッコミどころはあるのだが)で、人の愛情に付け込むというところがなかなかに胸糞悪い。この悪意のシステムにレイチェルは翻弄されていくが、なんとか娘を救出しようとする前半から、「チェーン」からの脱出を試みる後半へとスピーディーな展開で息をつかせないクライムサスペンス。ボロボロになりながらも娘の為、自分の為にもがき続けるレイチェル、問題を抱えつつそれをささえるピートという大人2人の戦いもいいのだが、レイチェルの娘カイリーの恐れつつも冷静さを保とうとする奮闘にもぐっとくる。ものすごく秀でた何かがあるわけではない、普通の人たちが愛する者を守りたい一心で巨大なシステムに立ち向か、今自分にできる方法で戦う様は応援したくなるし目が離せない。
 とは言え、著者の作品としては刑事ショーン・ダフィシリーズの方が私は好みだった。本作はリーダビリティは高くストーリーの引きも強いが、ショーンシリーズにあった風情や風土描写の味わいが薄いんだよな…。こういう作品も書けるんだという意外性と、良くも悪くもスリルとサスペンスに特化している感じ。

ザ・チェーン 連鎖誘拐 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
エイドリアン マッキンティ
早川書房
2020-02-20


ザ・チェーン 連鎖誘拐 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
エイドリアン マッキンティ
早川書房
2020-02-20




『殺意という名の家畜』

河野典生著
 小説家の「私」のもとに、一度だけ関係をもった星村美智から会いたいと電話がかかってきた。「私」は断ったが、相談したいことがあるという手紙を残して彼女は消息を絶つ。彼女の知人から相談された「私」は美智の行方を探り始める。
 一人の女性が失踪する、その裏には彼女の過去が関わっているという構造は『他人の城』と同じだが、本作の方がちょっと粗いように思った。過去の関係者間の繋がりがちょっと乱暴というか、そこでその人がこの人物から持ちかけられた計画に乗るか?という気がする。また、昭和30年代を舞台にしているから時代背景的にある程度しょうがないのかもしれないが、女性に対する認識、表現は老朽化しており今読むときつい。女性の生理とやらを持ち出す男にはろくなやつがいないぞ!それは都市伝説だぞ!と突っ込みを入れたくなる。本作、本編よりもむしろ山村正夫による解説の方が面白かった(双葉社文庫版)。著者が演劇(脚本)畑出身であることや、なんと谷川俊太郎にチャンドラーや高城高を読めと勧められたことなど、ハードボイルド小説を書き始めた経緯が意外だった。確かに高城高には雰囲気が似ているかもしれない(高城作品の方が圧倒的に陰影が深くて良いと思いますが!)。


街の博物誌
河野 典生
アドレナライズ
2015-06-19


『サイラス・マーナー』

ジョージ・エリオット著、小尾芙佐訳
 親友と恋人に裏切られ盗人の疑いをかけられたサイラス・マーナーは、故郷を捨ててある村にたどり着く。村のはずれで機織りとして生計を立てるようになった彼は、蓄えた金貨を眺めることを唯一の楽しみにしていた。しかしある日、金貨が盗難にあう。そして嘆き悲しむ彼の元にみなしごが迷い込む。
 信頼していた人たちに裏切られ世捨て人のようになったサイラスが、養い子を媒介として愛と信仰を取り戻すという、だいぶ教条的な(1861年に発刊された作品なので時代的な背景もあるだろうし、エリオット自身が福音主義の薫陶を受け、キリスト教研究書の翻訳をしていた経緯もあるだろう)ストーリーではある。とはいえ説教くさくはない。ストーリー展開にメリハリが強く、ドラマティックで飽きない。今だったら連続ドラマ、朝の連ドラ的な王道さと引きの強さ。
 また、登場する人たちのふるまいや感情がとても生き生きとしており、古びていない。特に郷士の長男であるゴッドフリーの優柔不断さ、面倒なことや自分を脅かすことは後回しにして事態をよりこじらせてしまう臆病さは、読んでいてなかなか身に染みるものがあった。人の欠点、強くない所の表現が鋭く具体的なのだ。サイラスの隣人で、無学だが人が良く生活の知恵にたけたドリーの安定した頼もしさ、現代の自立した女性に近い、独身を貫く(父親の資産あってのこととはいえ)名家の長女プリシラのざっくばらんさなど、女性の造形も面白かった。

サイラス・マーナ― (光文社古典新訳文庫)
ジョージ・エリオット
光文社
2019-09-11



『三体』

劉慈欣著、大森望・光吉さくら・ワン・チャイ訳、立原透耶監修
 物理学者の父を文化大革命で殺され、人類に絶望した科学者の葉文潔。機密扱いの軍事研究施設にスカウトされるが、そこでは人類を運命にかかわるあるプロジェクトが進行していた。数十年後、ナノテク研究者の汪淼はある会議に召集され、世界中の科学者が自殺していると知る。科学フロンティアなる団体が絡んでいるらしいのだが。汪淼は科学フロンティアへの潜入を引き受ける。
 中国で大ヒットしている作品らしいが、文革との距離感がこういう感じになったのかと時代を感じる。あの時のあれが人類滅亡の動機に…というスケールの大きさだが、その人物がやろうとしていることがまた文革みたいで皮肉。何かを盲目的に信じることで科学ではなく宗教の範疇に入っていくようだ。しかし俯瞰で見るとスケール大き目の隣の芝生は青いという話っぽい。宇宙からやってくる知的生命体というと、なんで人類よりも出来がいいと思っちゃうんだろうな…まあ科学技術力は高いんだろうけど。宇宙人が予想よりも人間からかけ離れていないのがちょっとつまらない。もっと遠く離れたところに連れて行ってほしんだよね…

三体
劉 慈欣
早川書房
2019-07-04


『ザ・ボーダー(上、下)』

ドン・ウィンズロウ著、田口俊樹訳
 メキシコの麻薬王アダン・バレーラの死は、新たな麻薬戦争の始まりだった。カルテルの後継者争い、領土争いは血で血を洗う抗争へと発展していく。一方アメリカではアダンとの死闘を繰り広げたアート・ケラーがDEA局長に就任。ニューヨーク市警麻薬捜査課と極秘作戦に着手する。
『犬の力』、『ザ・カルテル』に続く三部作完結編。シリーズとして著者の代表作と言っていいだろうし(もうライフワーク規模になっちゃったよな・・・)本作単品としても大変な力作。麻薬戦争、カルテルとの戦争だけでなくカルテル内の戦争、そして警察内、政府内での戦争が描かれている。今回はとうとう戦いの場がアメリカに移行し、ケラーが歩む道もいよいよ戻れないものになる。カルテルと戦うならまだしも、本来自分の陣営のはずのアメリカ政府、警察組織とも戦わなくてはならないという、誰も信用できない状況にげっそりとしていく。汚さ悪どさで言ったらカルテルといい勝負だ。おりしも大統領選が背景にあり、トランプっぽい人も登場する(「壁」作りたがるしツイッター大好きだし・・・)し、その親族があれこれやらかしたりしている。そんな中でケラーがどう立ちまわっていくかということになるのだが、ケラーはもはや立ちまわる、うまいことやるという意欲を失くしていくようにも見えた。彼の大きな決断は、全部ぶん投げるというか、自分のこの先のことを考えていないものとも言えるだろう。自分の未来を考えるには、彼の戦いの犠牲者は、彼に捨て石にされた人たちの数は多すぎる。
組織や警察の熾烈な争いの最末端にいる人たちの姿も描かれる。人生を踏み外し転落していく薬物依存症の女性。犯罪組織から距離を置く為アメリカに密入国したものの、貧しさからギャングへの道を歩み始める少年。カルテル(そして間接的であれ彼らの活動に加担した政府)が生み出し食い物にするのはこういう人たちなのだ。2人の進むこの先の道がとても気になる。

ザ・ボーダー 上 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-07-17





ザ・ボーダー 下 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-07-17

『罪人のカルマ』

カリン・スローター著、田辺千幸訳
 若い女性の失踪事件が発生した。特別捜査官ウィル・トレントは捜査から外される。40年以上前に凶悪な連続殺人事件を起こし終身刑になったウィルの実の父親が仮釈放されたのだ。やがて発見された女性の遺体には凄惨な傷跡があった。その手口はウィルの父親のものと酷似していた。
1975年の娼婦連続失踪事件と、現代の連続失踪事件、2つの事件を交互に追っていく構成。そして75年の事件が現在にどのように繋がっているのか、彼/彼女が何者なのか、今に至るまで何を抱えてきたのかわかった瞬間、戦慄する。シリーズのクライマックスとしてとても上手い。そして次作への(少々強引かつしつこい)引きも。ウィルとアンジーの関係にはそろそろ決着をつけないとならないのではと思うのだが・・・。サラがちゃんと独立した、かつ思いやりのある大人なのでなおさらそう思う。
 現代のパートももちろんスリリング出面白いのだが、1975年パートでの若きアマンダとイヴリンの活躍には胸が熱くなる。まだ女性警官はおろか、女性が社会で活躍することが白眼視されていた時代だ。2人に対する同僚からの妨害はあまりに理不尽で腹立たしい。更にアマンダの父親の設定は結構ショッキングだ。彼女らが被害者女性達の無念を晴らそうとするのは、女性に対するいわれのない差別や憎しみと戦う、人間としての尊厳を取り戻そうとすることでもある。彼女が元々どういう性格、振る舞いの人だったのか、何が彼女を現在の人格に作り替えたのか、これまでの彼女の立ち居振る舞いを思い返すと感慨深いものがある。自分の意志で強くなった人なのだ。

罪人のカルマ (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-06-16






血のペナルティ (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-12-16

『ザ・プロフェッサー』

ロバート・ベイリー著、吉野弘人訳
 トム・マクマートリーは、元フットボールの全米王者で、弁護士として活躍した後、母校アラバマ大学で法学教授に就任していた。しかし学生との暴力沙汰、恋愛沙汰の汚名を着せられ退任を余儀なくされる。妻は既に亡くなり、更に自身も癌に冒されていることが発覚。生きる気力を無くしていたところ、昔の恋人から相談を受ける。娘一家をトレーラーとの交通事故で亡くしたが事故の真相が知りたいというのだ。元教え子の若手弁護士リックに橋渡しをするが、事故の裏には企業の陰謀が潜んでいた。
 利益ばかりを追及する企業にすりつぶされた人たちの無念を晴らす為、まだ若くて先走り気味なリックが奔走する様は、危なっかしいが清々しい。トムとリックの間にはある因縁があるのだが、わだかまりが溶けるの早すぎない?という気が・・・。真実と正義を求めて若者と老人が奔走する様は清々しいし、悪者は潔く悪者だし、追い詰められて腹をくくり逆襲する人たちの行動にカタルシスはあるのだが、なんとなくもやもやが残る。このもやもや、主にトムの序盤での振る舞いによるものだ。自分の講義で学生たちの姿勢を試すのだが、そのやり方がちょっとモラハラっぽい。不真面目な学生に注意するのは当然のことだろうが、相手の人格を貶めるようなやり方に思えた。また教え子の女性に対する対応も、教員として大分脇が甘いのでは。スキャンダルをでっち上げられるのは気の毒だけど、距離を詰めすぎな面はあったと思うんだよね・・・。師事したコーチに対するトムの尊敬や忠実さも、トムに対するかつての教え子たちの死簿や団結心も、ちらっと見える程度なのだが、マッチョ感漂い若干気持ち悪い。アメリカ南部のノリってこういう感じなんだろうか・・・。何より、法廷での闘いは正義や人権の為である以上に、トムにとってはゲームとしての側面が強いのではないかと思わずにいられなかった。敵とやりあうのが本当に好きな人なんだなと。


ザ・プロフェッサー (小学館文庫)
ロバート ベイリー
小学館
2019-03-06





もう年はとれない (創元推理文庫)

ダニエル・フリードマン
東京創元社
2014-08-21

『サイレント(上、下)』

カリン・スローター著、田辺千幸訳
 田舎の大学町の湖で、若い女性の死体が発見された。ナイフで刑事を刺して逃げた若者が逮捕され、犯行を自供したものの、拘留中に両手首を刺して自殺。壁には無実を訴えるメッセージが残されていた。地元警察の不手際により招集されたジョージア州捜査局特別捜査官ウィル・トレントは、若者の自供に疑問を持ち、対処した警官たちは嘘をついているのではと疑い始める。
ウィル・トレントシリーズとしては『ハンティング』から続く作品なので、ウィルと医師サラ・リントンとの関係はまだ何とも言えない段階のもの。この後の作品を読んでいる読者からすると、ここからよくステップアップしたなというぎこちなさを感じる。本作の舞台はサラの実家がある町で、彼女の亡き夫ジェフリーの死を引き起こした(とサラが考えている)警官レナ・アダムズが今でも勤務している。サラは概ね冷静で有能なのだが、ジェフリーの思い出、そしてレナが絡むと途端に感情的になり取り乱す。彼女の傷の深さがわかるが、この先も読んでいるものからすると、そろそろこのネタ切り上げませんかという気も・・・。このシリーズ、基本的にネタの引っ張りがくどいな・・・。
シリーズの他作品に比べると、事件の真相はかなりすっきりしない。残虐度は比較的低いのだが、人間が保身のためにやってしまうこと、それがどんどん事態をこじられせていく様のスケールのしょぼさが逆にしんどい。

サイレント 上 (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-06-17






サイレント 下 (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-06-17

 
 

『ザ・マンガホニャララ 21世紀の漫画論』

ブルボン小林著
 小学館漫画賞の選考委員や手塚治虫文化賞選考委員も務めた著者による、週刊文春への連載5年分をまとめた漫画評論集。連載終了と共に、シリーズ作から版元を変えて刊行された。
 相変わらず装丁がいい。ちゃんと漫画にからめてあり、かつポップで趣味が良い。著者はもちろん漫画に造詣が深く、幅広い作品を読みこなせるわけだが、いわゆる「通」ぶらないところがいい。堅すぎず柔らかすぎず、安易すぎずマニアックすぎずという、漫画評論が見落としがちな中庸なエリアの作品をカバーしようという意欲が感じられた。いかにも漫画通が好みそうな作品も多いが、漫画通が見落としそうな作品に対する評の方が俄然面白い。評論したくなる作品と、読者にとって面白い作品とはちょっと違う。もうちょっと広く読まれてもいいはずなのに諸々の事情で知名度が低い作品がに対する、著者の嗅覚は信頼できると思う。『オーイ!とんぼ』(作・かわさき健、画・古川優)どんどん面白そうに見えてくるんだけど・・・。こういう作品を見落とさない所が、漫画家からも支持される所以では。




『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』

エイドリアン・マキンティ著、武藤陽生訳
 フォークランド紛争の余波で、さらなる治安の悪化が懸念される北アイルランド。スーツケース入った切断された死体が発見される。捜査を開始したショーン警部補は、スーツケースの持ち主だった軍人も何者かに殺害されたことを突き止める。当時の捜査ではテロの犠牲になったと考えられていたが、ショーンは現場の状況に不自然さを感じる。
 『コールド・コールド・グラウンド』に続くシリーズ第二弾。最初に派手な死体が登場、手掛かりも人員も時間も乏しいなか中盤すぎるまでショーンたち捜査陣が右往左往し、後半急展開するというパターンは著者の手くせなのか。面白いけど、あまり細部まで詰めて書くタイプの作家じゃない気がする(笑)。今回とうとうショーンは独断でアメリカでの捜査に踏み切るが、彼の責任感や正義感を屁とも思わない強固な背景が立ち現れる。この歯牙にもかけられない感じ、大国にとってのアイルランドの存在とダブるようで、ショーンの悔しさと諦めが苦い。またテロが常態化している地域で警官を続けることのプレッシャーと無力感も前作よりもより強くにじみ、ある悲劇が辛い。原因はそれだけではないだろうにしろ、もう耐えられなくなっちゃうんだろうな・・・。なお今回も時代背景を色濃く感じさせる音楽や映画等サブカルチャー情報の入れ方が楽しい。ショーンの音楽や読書の趣味がよくわかる。ショーン、前作でも披露されていたけど文学の素養が相当ある人だよね。カソリックだということを差し引いても警察内では異色なんだろうな。

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