3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』

エイドリアン・マキンティ著、武藤陽生訳
 フォークランド紛争の余波で、さらなる治安の悪化が懸念される北アイルランド。スーツケース入った切断された死体が発見される。捜査を開始したショーン警部補は、スーツケースの持ち主だった軍人も何者かに殺害されたことを突き止める。当時の捜査ではテロの犠牲になったと考えられていたが、ショーンは現場の状況に不自然さを感じる。
 『コールド・コールド・グラウンド』に続くシリーズ第二弾。最初に派手な死体が登場、手掛かりも人員も時間も乏しいなか中盤すぎるまでショーンたち捜査陣が右往左往し、後半急展開するというパターンは著者の手くせなのか。面白いけど、あまり細部まで詰めて書くタイプの作家じゃない気がする(笑)。今回とうとうショーンは独断でアメリカでの捜査に踏み切るが、彼の責任感や正義感を屁とも思わない強固な背景が立ち現れる。この歯牙にもかけられない感じ、大国にとってのアイルランドの存在とダブるようで、ショーンの悔しさと諦めが苦い。またテロが常態化している地域で警官を続けることのプレッシャーと無力感も前作よりもより強くにじみ、ある悲劇が辛い。原因はそれだけではないだろうにしろ、もう耐えられなくなっちゃうんだろうな・・・。なお今回も時代背景を色濃く感じさせる音楽や映画等サブカルチャー情報の入れ方が楽しい。ショーンの音楽や読書の趣味がよくわかる。ショーン、前作でも披露されていたけど文学の素養が相当ある人だよね。カソリックだということを差し引いても警察内では異色なんだろうな。

『三人目のわたし』

ティナ・セスキス著、青木千鶴訳
 エミリーはある日、家族の前から姿を消した。愛する夫ベンと可愛がっているチャーリー、両親、そして双子の妹キャロラインを捨て、名前も変え、別人として新生活を始めたが、過去の出来事は彼女を苛み続ける。
 ミステリとしての巧みさというよりも、エミリーの語りは主観による断片的なものなので、とにかく彼女に何が起きたのか知りたいという好奇心によって先が読みたくなる。とは言え彼女に起きた悲劇の内容は割と早い段階で何となくわかってしまうし、多分ここで語りによるミスリードをしたいんだろうな、という部分もわかってしまう。触れ込み程には「衝撃」はない。とは言え飽きさせない作品ではある。そして飲酒とドラッグには本当に気を付けないと・・・特にエミリーのように決して強いわけではない人は。

三人目のわたし (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ティナ セスキス
早川書房
2017-01-24


シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)
セバスチャン・ジャプリゾ
東京創元社
2012-02-29







『三連の殺意』

カリン・スローター著、多田桃子訳
 団地の階段で売春婦の他殺死体が発見された。被害者の体は残忍に痛めつけられ、舌を噛み切られていた。アトランタ警察の刑事マイケルは事件の担当になるが、ジョージア州捜査局から特別捜査官のトレントが派遣されてくる。トレントは警官としては風変りだが、捜査官としては切れ者らしい。トレントは過去にも3件、同じように舌を切り取られる暴行事件があったことを突き止めていた。
 ウィル・トレントシリーズ1作目とのことで、主人公はマイケルではなくトレント。マイケル、トレントそして他にも複数名の視点でストーリーが進行するが、途中であっと驚いた。そうくるのか!この仕掛け以降、一気に緊迫感が増し、本作の主軸がどこにあるのかはっきりしてくる。真犯人のクソさ、そいつがどのような類のクソであるのかも際立ってくるのだ。スリリングで面白いのだが、ちょっと盛りがよすぎて逆に途中で飽きてきてしまう。事件そのものもボリューム感があるのだが、個々のキャラクターの設定を盛りすぎ。シリーズものとは言え、この段階でそんなに盛らなくてもいいのよ・・・もうちょっとストイックにいこうか・・・。

三連の殺意 (マグノリアブックス)
カリン・スローター
オークラ出版
2016-02-25


血のペナルティ (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-12-16



『坂を見あげて』

堀江敏幸著
 身近な出来事から時に文学、時に花、また自然科学に言及する随筆集。思考の飛距離の長さ、知識と知識の結びつきの幅広に毎回唸るし憧れる。またそれを直接的な書き方ではなく、中心を迂回し続けるような、一見して趣旨がわかりにくい(というか趣旨を定めないような)書き方なところに著者の芸風のぶれなさを感じる。「養蚕と書道教室」で描かれたある事態は、その迂回する芸風故に生じたものだろう。当事者には運が悪かった、お気の毒ですとしか言いようがないんだが・・・。そういう目的に向いた文章ではないですよね・・・。著者の文章ではなく引用部分で非常にインパクトがあったのは「恋の芽ばえる場所」で言及された白洲正子の青山二郎を表する文。平静なようでいて容赦がない。この文章だけでも白洲のすごさがよくわかる。著者の文章はその凄さを端的に提示しているのだ。

坂を見あげて (単行本)
堀江 敏幸
中央公論新社
2018-02-07






雪沼とその周辺 (新潮文庫)
堀江 敏幸
新潮社
2007-07-30


『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』

ジェームズ・R・チャイルズ著、高橋健次訳
 原子力発電所、スペースシャトル、ジャンボ機、爆薬工場、化学プラント等、科学技術の進歩と共により複雑・高エネルギーになったシステム。人員はより少なくて済むように設計されているものの、ひとたび事故が起これば被害は甚大なものになる。50あまりの事例を事故原因の性質別に章建てし、なぜ巨大な事故が起きたのか、その時制御に関わった人々に何が出来て何ができなかったのかに迫っていく。
 「信じがたいほどの不具合の連鎖」「「早くしろ」という圧力に屈する」「テストなしで本番にのぞむ」等、各章タイトルがパワーワードの連打。歴史的にかなり長いスパンで多数の事故をピックアップしているので、話題があっちにいったりこっちにいったりとせわしなく、どの事故をどの章に収録するかという分類もかなり曖昧に思える。また、文章が饒舌かつちょっと気取っていて胃もたれしそうな部分も。それでも大変面白かった。事故の形は様々だが、どのようにして生じるのかという点は、似通ったものがある。人間は学ぶ生き物だけど、何度やっても学ばない部分もあるのね・・・失敗体験こそ次世代に残すべき。本著、もうすこし書かれるのが遅かったら、福島第一原発の事故も間違いなく収録されたろうなぁ・・・。大事故の要因として、システムの巨大化に伴い全体を把握できるスタッフがいなくなったこと、人員削減に伴う尽力不足、短納期プレッシャーに伴うチェック不足の3点が一番印象に残った。特に、コストカットは往々にしてリスク増大に直結してくるという点、万事に通ずるものがあると思う。



バーニング・オーシャン [Blu-ray]
マーク・ウォールバーグ
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-09-06

『最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』

ケイト・サマースケイル著、日暮雅通訳 
 1860年、イギリスのカントリーハウスで3歳の男児が惨殺死体となって発見されるという事件が起きた。屋敷の中には両親、兄姉ら、そして使用人たちがいた。多数の容疑者がいる中、当時創設まもなかったスコットランド・ヤードのウィッチャー警部の捜査は難航を極める。そして新聞や雑誌はあることないことを書きたてて大衆の好奇心を煽っていった。
 実際に起きた事件を当時の報道や裁判資料等により再構築したノンフィクション。とはいえ1860年の話なので、読んでいる方の感覚としては小説に近い。当時の警察の捜査方法はまだ手探りなので、ああー初動捜査がもっとうまくかみ合っていれば・・・ともどかしくなる。ウィッチャーは当時のヤードの中でも有能な警部だったそうだが、色々なものが上手くかみ合わない。地元の警察のやっかみにも足を引っ張られるし、被害者家族の非協力的な態度も足かせになる。警察の権限がまだ少ない世界だったことがわかる。当時のマスコミと世間の過熱も興味深い。過熱するのは現代と同じではあるが、事件のディティールを勝手に作ってしまいどんどんフィクション化していく。当時は家庭内なプライベートな領域、外からの目にさらしてはならないものという意識が非常に強くなっていたそうだが、その一方で他人の家庭で起きた事件に興味しんしんで家庭の事情を探りだしさらしものにしたいという欲求が増大していたという、うらはらさがとても面白い。ゴシップ好きにしてもいきすぎでなんでこんなに加熱したのかと思うくらい。容疑者の絞れなさ、まさかの自白等事実は小説より奇なりとは本当なんだなと。ただ、ノンフィクションである本作を読むと、人がなぜ殺人事件を扱うミステリ小説をこのんで読むのかわかってくる気がする。不条理な出来事にもかならず合理的な解決があると信じたくなるんだよな。




刑事たちの三日間 上 (創元推理文庫)
アレックス・グレシアン
東京創元社
2013-07-27

『ザ・サン 罪の息子(上、下)』

ジョー・ネスボ著、戸田裕之訳
 オスロの刑務所に服役中の麻薬中毒者サニーは、他の囚人からの「告解」を聞き許しを与える聖人のように扱われていた。しかし、サニーはある日脱獄し姿を消す。その後オスロ市内で殺人事件が相次いで起こる。オスロ警察殺人課のシモン・ケーファス警部は、殺人事件の連続性に気付き、サニーとの関連にも気づいていく。
 序盤はそれほどでもないのだが、序盤を過ぎると急にアクセル踏み込んでスピードを落とさない。物語の視点も場所・時系列も次々と変わり目まぐるしく、急展開に次ぐ急展開で一気に読んだ。題名からも推測できる通り、サニーがある人物の息子であり、父親が背負っていた荷を息子が肩代わりしけりをつけるという、濃厚な復讐譚としての側面がある。加えて、その人物とシモンの関係、シモンが背負っている問題が思わぬところで結びつき開示されていく。この人の罪に対する制裁、あるいは許しがどういう形で現れるのか、あるいは許しなどありえないのか、重苦しく密度が高いが滅法面白い。
 本作、登場人物数は結構多いのだが、一人一人の造形がしっかりと立ち上がっており、下っ端のギャングや麻薬中毒者に至るまで、使い捨て感がない。それぞれの視点の切り替え方、どこでどの登場人物の視点にするかという部分が抜群にうまいと思う。サニーを乗せるタクシーの運転手など、わずかな出番なのに人となりとここに至るまでがよくわかるキャラクターになっている。

『三の隣は五号室』

長嶋有著
とある2階建てアパートの1室。この部屋には、1人暮らしの学生も、老夫婦も、幼い子供を持つ夫婦も、単身赴任の会社員も、傷心の女性も、怪しげな男も暮らしていた。1960年代から2000年代に渡る歴代の入居者たちの日常を、アパートの一室を舞台にコラージュしていく。本作、表紙をめくって本編を読み始めてから、あれ?と思った。題字と目次ページがない。読み進んで行くと、こうきたか!と思わず笑ってしまった。変に凝った造本になってしまっているが、納得した。最近の著者の作品を読むと、日常のささいな行動の描写がより具体的、丹念になっており、大きな出来事は、一見全然起きない。が、心にずっとひっかかっているようなことは、案外どうでもいいようなことだったりする。また、大きなことが起きた時には気付かず、後になってからあれがそうだったかと思い当たる(ないしはそれすら思い出さない)ということは多々あると思う。こういう、その時はわからない、流してしまようなことを一つ一つ拾っていく方向が強まっている。そういうものの積み重ねで、人の人生は出来上がっていくのだろう。歴代入居者同士が行き会うことはないが、彼らの人生はここを出ても続いていくし、アパートがなくなっても続く(だろう)ということが、何となく頼もしい。

『ザ・カルテル(上、下)』

ドン・ウィンズロウ著、峯村利哉訳
麻薬王アダン・バレーラは脱獄し、自分を刑務所に送り込んだDEA捜査官アート・ケラーの首に賞金をかける。バレーラは抗争を続けるカルテルを纏めあげ自身の王国を拡大しようと動き出すが、アメリカもバレーラ打倒すべく動き出す。カルテルから身を隠し続けてきたケラーも戦場の最前線に復帰する。『犬の力』の続編だが、本作のみを読んでも、本作を読んでから『犬の力』を読んでもいいと思う(私は『犬の力』は読んだが細部を殆ど覚えていない・・・)。質量共に一大叙事詩のようだ。カルテルとアメリカとの戦い、カルテル間の戦いは凄まじく情け容赦がない。カルテルが強大になっていくにつれ、その組織だけではなく、地域や国家ぐるみで麻薬抗争に巻き込まれていく、その地に生まれたというだけでもう逃れられなくなっていく様が悪夢か悪い冗談のよう。悪夢というには惨状が生々しすぎるが。カルテルが生み出す悪夢の連鎖に呑みこまれまいとする人たちもわずかにおり、その姿勢は清々しいが、死と隣り合わせであり、彼ら/彼女らの顛末もまたやりきれない。バレーラとケラーの奇妙な結びつきは、おそらくこれ(ないしは類似したもの)しか落としどころがないだろうというところに落ちるが、その因縁もカルテルが生み出す混沌と破壊を垣間見た後では、ささやかなものに見えてしまう。彼らは各陣営の有力者だが、一部に過ぎないのだ。本作はフィクションだが、最近相次いで公開されているカルテル関係のフィクション、ノンフィクションと合わせて読むと説得力が増すかもしれない。私は数年前に見た映画『ゴモラ』(原作は同名のノンフィクション)を思い出した。『ゴモラ』はナポリのマフィアを取り上げており麻薬取引が主業というわけではないのだが、マフィアやカルテルの金が世界の金融・不動産に流れ込んでおり最早どうしようもない(カルテル/マフィアの金を引き上げてしまうと世界経済に多大な影響が出る)ということに暗鬱とした。本作中でも、カルテルの金は世界を駆け巡り影響を与え続けている。

『殺人者たちの王』

バリー・ライガー著、満園真木訳
“ものまね師”事件解決の2ヶ月後、ジャスパー、通称ジャズのもとをニューヨーク市警の刑事が訪ねてきた。ニューヨークで起きている連続殺人事件の捜査を手伝ってほしいというのだ。刑事に同行したジャズは事件現場をめぐるが、新たに発見された被害者の遺体には、「ゲームにようこそ、ジャスパー」というメッセージが遺されていた。21世紀最悪の殺人犯を父親に持つ高校生・ジャズが、持ち前の知識を活かして殺人事件を追う、『さよなら、シリアルキラー』に続くシリーズ2作目。父親のようになりたくないジャズは殺人から距離を置き、父親が仕掛けたゲームを無視しようとするが、否応なくひきこまれていく。父親のようにはなるまいと思いつつも、父親がしていたようなやり方で人の心をコントロールしてしまう所は危うくヒヤヒヤする。私はこういう人の心をコントロールしようという行為がすごく嫌いなんだなということに改めて気づいた(笑)。もう読んでてぞわーっとするもんね。ジャズは自分で思っているよりも危なっかしい。その危なっかしさをジャズ自身よりも察知しているのはガールフレンドのコニーと親友のハウイーだろう。今回は2人が大活躍するし、ジャズへの思いやりにはほろりとさせられる。が、こちらはこちらでより危なっかしいので読んでいて心臓に悪いのだが・・・。なお、本作は間tく持って3作目へのつなぎでええっここで終わるの!?ってところで終わるので、そういう締めが苦手な人は3作目が発行されてからまとめて読むことをお勧めする。なお来年5月発行予定だそうです。

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