3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名さ行

『スプリット・イメージ』

エルモア・レナード著、高見浩訳
 富豪のロビン・ダニエルズは人間を撃ちたいという欲求に駆られ、あるギャングの射殺をもくろむ。ボディーガードとして雇われた元警官のウォルター・クーザは彼のアイディアに巻き込まれていく。刑事のブライアン・ハードとダニエルズに取材していたライターのアンジェラ・ノーランは、彼の異常性に気付き周囲を探り始める。
 レナードの作品は読んでいる間は軽妙で楽しいのだが、読後に強い印象が残らないというか、すっと消化されてしまう印象がある。しかし本作は深い余韻を残す。ダニエルズは自分の欲望について、何を欲するのかということは自覚していても、それが何によるものなのか、なぜ自分はそれを欲するのかを理解していない、というよりもそういう発想がない。やりたいことをやるだけなので、発言も行動もふらふら変わってしまう、そのことに疑問を持たないというパーソナリティのように思える。はたからみると不可解だし不気味。悪徳警官ではあるが常識人のウォルターは、徐々に彼についていけなくなる。ダニエルズの計画は穴だらけなのだが本人自信満々な所が、逆に怖い。
 一方、ブライアンとアンジェラは2人ともまともな常識人だが、あっという間に恋に落ちる「落ち方」が何やら可愛らしい。2人のやりとりには、軽快だがお互いへの対等な尊重が感じられる。それだけに、ブライアンが一線を越えて進む終盤が染みる。

スプリット・イメージ (創元推理文庫)
エルモア レナード
東京創元社
1993-04




追われる男 (文春文庫)
エルモア レナード
文藝春秋
1995-06

『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』

ジェームズ・R・チャイルズ著、高橋健次訳
 原子力発電所、スペースシャトル、ジャンボ機、爆薬工場、化学プラント等、科学技術の進歩と共により複雑・高エネルギーになったシステム。人員はより少なくて済むように設計されているものの、ひとたび事故が起これば被害は甚大なものになる。50あまりの事例を事故原因の性質別に章建てし、なぜ巨大な事故が起きたのか、その時制御に関わった人々に何が出来て何ができなかったのかに迫っていく。
 「信じがたいほどの不具合の連鎖」「「早くしろ」という圧力に屈する」「テストなしで本番にのぞむ」等、各章タイトルがパワーワードの連打。歴史的にかなり長いスパンで多数の事故をピックアップしているので、話題があっちにいったりこっちにいったりとせわしなく、どの事故をどの章に収録するかという分類もかなり曖昧に思える。また、文章が饒舌かつちょっと気取っていて胃もたれしそうな部分も。それでも大変面白かった。事故の形は様々だが、どのようにして生じるのかという点は、似通ったものがある。人間は学ぶ生き物だけど、何度やっても学ばない部分もあるのね・・・失敗体験こそ次世代に残すべき。本著、もうすこし書かれるのが遅かったら、福島第一原発の事故も間違いなく収録されたろうなぁ・・・。大事故の要因として、システムの巨大化に伴い全体を把握できるスタッフがいなくなったこと、人員削減に伴う尽力不足、短納期プレッシャーに伴うチェック不足の3点が一番印象に残った。特に、コストカットは往々にしてリスク増大に直結してくるという点、万事に通ずるものがあると思う。



バーニング・オーシャン [Blu-ray]
マーク・ウォールバーグ
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-09-06

『シャーロック・ホームズの栄冠』

ロナルド・A・ノックス、アントニイ・バークリー他著、北原尚彦訳
 コナン・ドイルが生み出した、世界一有名な探偵シャーロック・ホームズ。誕生から現在に至るまで約130年間、様々な作家による新たなホームズ物語が生み出されてきた。その中からホームズ研究者でもある訳者の選出による、名品から珍品まで収録したアンソロジー。
 大御所ではA・A・ミルンやロス・マクドナルド(まだロスマクが学生だった頃の作品なんだとか。流石に他愛ないです)、アントニー・バークリーら。そしてホームズ研究家やパスティーシュ作家らの作品を収録しておりバラエティに富んでいる。作品の傾向により5部構成になっており、色々な味わいのもが楽しめる。一口にパロディ、パスティーシュと言っても、あたかもコナン・ドイルが書いたようなトーンに合わせているものもあるし、名前や舞台をもじったパロディ、全くのギャグに寄せてきたナンセンスものなど、幅が広い。とは言え、すごく面白いかというと正直そうでもないんだよな・・・。原典を読んだ記憶がかなり薄れているというのもあるし、作品が経年に耐えきれなかったというのもあるだろう。私がそこまでコアなホームズファンではないというのが一番大きいんだろうけど。第5部「異色篇」収録作品が比較的面白く感じられたのも、そういう理由なんだろう。

シャーロック・ホームズの栄冠 (創元推理文庫)
ロナルド・A・ノックス
東京創元社
2017-11-30





『人生の段階』

ジュリアン・バーンズ著、土屋政雄訳
 1783年に物理学者ジャック・シャルルが、初めて水素気球で空を飛んだ。1878年、女優のサラ・ベルナールはパリ中心部から気球で飛び立った。1888年、英国近衛騎兵隊大佐のフレッド・バーナビーはドーバー・ガスの工場から気球で飛び立ちイギリス海峡を越えフランスに着地した。熱気球の歴史をひもとく一部、熱気球に魅せられたサラ・ベルナールとフレッド・バーナビーの恋を描くフィクションの二部、そして、妻を突然亡くした著者自身の追想がつづられる三部から成る。
 一部、二部は明らかに「気球」という共通項があるのだが、三部には共通項がなさそうに見える。しかし、本作の中心となるのは三部に違いないだろう。妻の死への深い悲しみと、それ故の自分を励まそうとする人や、逆に妻の思い出を(著者への配慮や居心地の悪さからだろうが)避けようとする人たちへの反発。また、同じような体験をした人同士でも共感し得ない、理解できない領域があるということ等、感情的な書き方ではないだけに痛切だ。悲しみを癒すのは時間だとはよく言ったもので、数年経つうち、著者は何を見ても聞いても辛いという状況から、徐々に距離を保てるようになっていく。とは言え悲しみが消えることはなく、何かの拍子にぐっと近づく。この不安定さが、距離を保たねば地上に落ちてしまう、風向きによっては目的地以外に流されてしまう気球のあり方と著者の中では呼応したのかもしれない。

人生の段階 (新潮クレスト・ブックス)
ジュリアン バーンズ
新潮社
2017-03-30


フロベールの鸚鵡
ジュリアン バーンズ
白水社
1989-10

『小説の言葉尻をとらえてみた』

飯間浩明著
 小説のストーリーを追うのではなく、文章の中でどういう単語が使われているか、どのような使われ方をしているかに着目した、『三省堂国語辞典』編集委員である著者による用例採集コラム。
日本語用例にのみ着目したブックガイド(になっているのかな?)という珍しい1冊。小説を普通に読んでいると違和感なく流してしまうところ、辞書編集委員の手にかかるとこんなにいろいろ着目すべき所が!なかなか新鮮だった。この単語がどう使われているか、という文法上の「謎」をフォーカスしているので、いわゆる小説の内容にはさほど触れていない。しかし、この単語をこのように使う、という面から、その小説の背景、時代や場所の設定や読者層の想定等が垣間見えてくることがあり、そこが面白い。単純にこういう言葉の使い方も事例があるのか!という発見もある。本作の文章はあまりこなれていないのだが、着目の仕方が面白い。それにしても、類似の用例をよく見つけられるよなーと感心する。最初の使用例がどの作品かなんて、古典はもちろん古文書までカバーしてないとわからないよ・・・。
 なお、著者は従来の使い方からずれているような用例に対しても、即座に否定するようなことはしない。言葉は変容していくもので、柔軟性がある。この場では、この使い方が作家にとってはベストだったのだと考える。原理原則を無理強いしない姿勢には好感が持てた。





『死者と踊るリプリー』

パトリシア・ハイスミス著、佐宗鈴夫訳
様々な後ろ暗い秘密を抱えつつ、パリ郊外で妻と優雅な暮らしを続けているトム・リプリー。ある日、近所の借家にプリッチャード夫妻なるアメリカ人夫婦が引っ越してきた。プリッチャード氏はこっそりとリプリー家の写真を撮り、なぜかトムに近づこうとする。どうやらトムがかつて犯した犯罪のことを知っている様子なのだ。旅行先にまで追ってくるプリッチャードに不気味さを感じるトム。
『贋作』の展開の後日談的な作品であり、リプリーシリーズ最後の作品。これまで金や保身の為に犯罪に手を染め、その都度まんまと逃げおおせてきたトムだが、今回は過去の犯罪が彼を追いかけてくる。プリッチャードは贋作絡みの件だけでなく、ディッキーの件の真犯人もトムだと確信しているようなのだ。とは言え、プリッチャードの目的は金銭目的の強請などではない。単純にトムを追い詰め、怖がらせたいらしいのだ。サイコパスVSサイコパス的な様相も見せ、シリーズ中最も気持ちが悪い。恨みや金銭目的ならわかるが、たまたまそこにいたから(プリッチャード夫人の話によると、だが)悪意のターゲットにされるというのは、はっきりとした関係性がないからこそより得体が知れず怖い。トムが一方的にプリッチャードの中に過去の亡霊を見ているとも言えるのだが。後ろ暗さを捨てきれないところが、トムの人間らしい部分でもある。とは言え、いざとなると平気で犯罪行為に踏み切れるストッパーのゆるさもまたトムという人の面白さなのだが。

死者と踊るリプリー (河出文庫)
パトリシア・ハイスミス
河出書房新社
2003-12-07


贋作 (河出文庫)
パトリシア ハイスミス
河出書房新社
2016-05-07

『書架の探偵』

ジーン・ウルフ著、酒井昭伸訳
生前の作家の脳をスキャンし、リクローン(複生体)にした“蔵者”が図書館に収蔵されている世界。蔵者の一人である推理作家E・A・スミス(のリクローン)の元を、コレット・コールドブルックと名乗る女性が訪ねてくる。父親に続いて兄を失くした彼女は、兄にスミスの著作である『火星の殺人』を手渡されていた。この本が兄の不審死の謎を解く鍵になるのではと考え、コレットはスミスを借り出す。しかし2人は何者かに狙われていた。
人間(リクローンとは言え)がいわば生きた本となっている未来の世界。生きる著者(のコピー)に会えるなんて面白いかも・・・とちょっと思ったが冷静に考えると結構ひどいシステムだ。リクローンたちは「純正の人間」と同じような意識を持ち肉体的にも人間と変わらない。しかし図書館からの無断外出は禁じられ、貨幣も持たず、作家としての意識はあるのに著述は禁じられている。これって非人道的だよな・・・(ウルフの作品て、さらっと非人道的なシチュエーションが挿入されるよな)。更に、彼らが生きる世界(純正の人間の世界)のディストピアな様相も垣間見えてくる。人口自体が減り、人類が無気力に傾きつつあるようなのだ。そんな世界を変えるかもしれない火種を掴みつつ、スミスが最終的に着地するのが「探偵」であるところが渋い。彼が意図するのは、「彼女」の物語を完結させることであったとも言える。そういう意味では、リクローンであれ彼は作家なのだ。

書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ナイト I (ウィザード・ナイト)
ジーン・ウルフ
国書刊行会
2015-11-13


『推理作家謎友録 日本推理作家協会70周年記念エッセイ』

日本推理作家協会編
 江戸川乱歩賞の選出のほか、作家たちの交流団体という面も持つ日本推理作家協会(入会すると健康保険に入れるというのを初めて知った。フリーの仕事の人にはやっぱりありがたいのかな)。なんと今年70周年だそうだ。それに際して、会員から原稿を募った記念エッセイ集。
エッセイ集なんだけど、執筆者に対して提示したテーマが明示されていないのはなんでなのかな・・・。どうも3つくらいテーマを提示してその中から好きなのを書いてねというスタイルだったみたいだけど、読者に対してその説明がない。自分と協会との関係、あるいは自分の近状をそつなく書く人が多いけど、ここ10年でのお勧めミステリというテーマで自由闊達に書かれる方もいる。その中でも貫井徳郎のレオ・ブルース推しには吹いた。よりによってそこかよ!しかも推しているのに「ただ残念ながら、レオ・ブルースは小説がうまくないんですね」って言っちゃってるよ!いやわかる、わかるけどさぁ!なお、売れて大量に書いている人の方がボリューム、文体ともにちょうどいい感じの文章を書いているので、力量ってこういう所に出るのかなぁと。また、キャリアの長い方は健康上の問題や介護の問題に言及されている方も少なくなく、なんだかしんみりした気分にもなった。

推理作家謎友録 日本推理作家協会70周年記念エッセイ (角川文庫)
今野 敏
KADOKAWA

『最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』

ケイト・サマースケイル著、日暮雅通訳 
 1860年、イギリスのカントリーハウスで3歳の男児が惨殺死体となって発見されるという事件が起きた。屋敷の中には両親、兄姉ら、そして使用人たちがいた。多数の容疑者がいる中、当時創設まもなかったスコットランド・ヤードのウィッチャー警部の捜査は難航を極める。そして新聞や雑誌はあることないことを書きたてて大衆の好奇心を煽っていった。
 実際に起きた事件を当時の報道や裁判資料等により再構築したノンフィクション。とはいえ1860年の話なので、読んでいる方の感覚としては小説に近い。当時の警察の捜査方法はまだ手探りなので、ああー初動捜査がもっとうまくかみ合っていれば・・・ともどかしくなる。ウィッチャーは当時のヤードの中でも有能な警部だったそうだが、色々なものが上手くかみ合わない。地元の警察のやっかみにも足を引っ張られるし、被害者家族の非協力的な態度も足かせになる。警察の権限がまだ少ない世界だったことがわかる。当時のマスコミと世間の過熱も興味深い。過熱するのは現代と同じではあるが、事件のディティールを勝手に作ってしまいどんどんフィクション化していく。当時は家庭内なプライベートな領域、外からの目にさらしてはならないものという意識が非常に強くなっていたそうだが、その一方で他人の家庭で起きた事件に興味しんしんで家庭の事情を探りだしさらしものにしたいという欲求が増大していたという、うらはらさがとても面白い。ゴシップ好きにしてもいきすぎでなんでこんなに加熱したのかと思うくらい。容疑者の絞れなさ、まさかの自白等事実は小説より奇なりとは本当なんだなと。ただ、ノンフィクションである本作を読むと、人がなぜ殺人事件を扱うミステリ小説をこのんで読むのかわかってくる気がする。不条理な出来事にもかならず合理的な解決があると信じたくなるんだよな。




刑事たちの三日間 上 (創元推理文庫)
アレックス・グレシアン
東京創元社
2013-07-27

『戦争と平和 (1~6)』

トルストイ著、藤沼貴訳
 フランスから帰国した後莫大な遺産を相続する貴族のピエール、その親友の士官アンドレイ、アンドレイの妹で傲慢な父親に尽くし敬虔なキリスト教徒のマリア、ロストフ伯爵の長男で少々頼りないニコライ、その妹で美しく奔放なナターシャ、ニコライとソーニャの従弟でニコライを深く愛するソーニャ。貴族階級の若者たちを中心とした大勢の登場人物が、ナポレオンによるロシア侵攻とその失敗という歴史上の出来事を背景に、1805年から1813年にかけて繰り広げる大河ドラマ。岩波文庫版で読んだ(岩波版は全6巻で訳者のコラムが途中に挿入されている所が特徴)。
 言わずと知れたトルストイの大長編小説。とにかく長いというイメージがあり今まで手に取るのをためらっていたのだが、思い切って読み始めてみた。予想外だったのは、いわゆるドラマとしての小説以外の部分がかなり多いということ。本作、ピエールらを中心とした人間ドラマであるのはもちろんなのだが、ナポレオンら実在の人物たちによる史実を元にした歴史ドラマパートがあり、更にトルストイの「俺史観」的なものが相当な熱量で展開されているのだ。訳者の解説によると本当はもっと「俺史観」パートが多かったところ、家族や友人の反対により削ったのだとか。家族と友人、反対してくれてありがとう・・・もっと強く言ってくれても良かったのよ・・・。歴史を動かすのは特定の重要人物(それこそナポレオンのような)の動向ではなく、突出した人物はあくまでパーツの一つ、人民個々の動きの呼応から生じる流れの総体が歴史なのだというトルストイの歴史観は当時は斬新だったのかもしれないが、今読むと特に面白みがあるものではないので、大変申し訳ないが所々読み飛ばさせて頂きました。
 とは言え、リーダビリティは意外と高い。ピエールらによる大河ドラマ部分はそれこそ連ドラのように引きが強く、ドラマティックな要素をどんどん盛ってくる。そこそこ下世話なメロドラマとしてつい先へ先へと読んでしまう。当時のロシアの貴族階級の生活が垣間見えるという面白さもあるのだが、人間の心性は100年、200年程度だと大して変わらないという事実を目の当たりにした感がある(それを捉えて如何なく表現したトルストイがすごいということなのだろうが)。登場人物の誰もが立派になりきることもできず、かといって邪悪というわけではなく、ほどほどに情けなく頼りなく、それでも成長していく。人間の一様でなさ、一人の人間の中に起こる変化を長いスパンで見ていくことが出来る。それにしてもトルストイ、人の欠点の設定の仕方が上手い!善人でもつい意地悪さが出てしまう所や、外見上の残念さの表現が丹念で底意地が悪いなぁと思った。

戦争と平和〈1〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-01-17

戦争と平和〈2〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-02-16

戦争と平和〈3〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-03-16

戦争と平和〈4〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-05-16

戦争と平和〈5〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-07-14

戦争と平和〈6〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-09-15

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