3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名さ行

『サイレント(上、下)』

カリン・スローター著、田辺千幸訳
 田舎の大学町の湖で、若い女性の死体が発見された。ナイフで刑事を刺して逃げた若者が逮捕され、犯行を自供したものの、拘留中に両手首を刺して自殺。壁には無実を訴えるメッセージが残されていた。地元警察の不手際により招集されたジョージア州捜査局特別捜査官ウィル・トレントは、若者の自供に疑問を持ち、対処した警官たちは嘘をついているのではと疑い始める。
ウィル・トレントシリーズとしては『ハンティング』から続く作品なので、ウィルと医師サラ・リントンとの関係はまだ何とも言えない段階のもの。この後の作品を読んでいる読者からすると、ここからよくステップアップしたなというぎこちなさを感じる。本作の舞台はサラの実家がある町で、彼女の亡き夫ジェフリーの死を引き起こした(とサラが考えている)警官レナ・アダムズが今でも勤務している。サラは概ね冷静で有能なのだが、ジェフリーの思い出、そしてレナが絡むと途端に感情的になり取り乱す。彼女の傷の深さがわかるが、この先も読んでいるものからすると、そろそろこのネタ切り上げませんかという気も・・・。このシリーズ、基本的にネタの引っ張りがくどいな・・・。
シリーズの他作品に比べると、事件の真相はかなりすっきりしない。残虐度は比較的低いのだが、人間が保身のためにやってしまうこと、それがどんどん事態をこじられせていく様のスケールのしょぼさが逆にしんどい。

サイレント 上 (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-06-17






サイレント 下 (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-06-17

 
 

『ザ・マンガホニャララ 21世紀の漫画論』

ブルボン小林著
 小学館漫画賞の選考委員や手塚治虫文化賞選考委員も務めた著者による、週刊文春への連載5年分をまとめた漫画評論集。連載終了と共に、シリーズ作から版元を変えて刊行された。
 相変わらず装丁がいい。ちゃんと漫画にからめてあり、かつポップで趣味が良い。著者はもちろん漫画に造詣が深く、幅広い作品を読みこなせるわけだが、いわゆる「通」ぶらないところがいい。堅すぎず柔らかすぎず、安易すぎずマニアックすぎずという、漫画評論が見落としがちな中庸なエリアの作品をカバーしようという意欲が感じられた。いかにも漫画通が好みそうな作品も多いが、漫画通が見落としそうな作品に対する評の方が俄然面白い。評論したくなる作品と、読者にとって面白い作品とはちょっと違う。もうちょっと広く読まれてもいいはずなのに諸々の事情で知名度が低い作品がに対する、著者の嗅覚は信頼できると思う。『オーイ!とんぼ』(作・かわさき健、画・古川優)どんどん面白そうに見えてくるんだけど・・・。こういう作品を見落とさない所が、漫画家からも支持される所以では。




『スタンフォードの自分を変える教室』

ケリー・マクゴニガル著、神崎朗子訳
 心理学、神経医学から経済学、行動心理学など様々な側面から、人間の意思の働き方はどのような仕組になっているのか、それを用いて自分の行動をコントロールするにはどのようにすればいいのか解説する。
 スタンフォード大学での講義をまとめたものなので語り口調はとっつきやすい。我慢ができる/できない脳の働きの仕組みや、なぜ意思(目標)と反した行動を撮ってしまうのかなど、欲求を巡る矛盾をわかりやすく解説している。ちょっとした運動(散歩や軽い体操程度でいい)で自己コントロールをしやすくなるとか、「ご褒美効果」が足を引っ張る場合など、日々の業務をこなす上では役立ちそう。意思決断と倫理的な判断を取り違えがちだという指摘、不道徳は伝染しやすい(周囲がルール違反をしていたら自分もまあいいかとなる)という部分は気を付けたい。
 ただ、こういう授業があるということは、アメリカでは意思の強さ、自己コントロールスキルが非常に高く評価されており、一人前の大人ならできて当然、という流れがあるということだろう。これはこれで生き辛い国なのでは。依存症大国としての側面と表裏一体というところにうすら寒さを感じる(意思の弱い自分はダメな奴だ、という罪悪感から更に依存が深まるという魔のループが・・・)。また、意志力の引き合いに出される事例にダイエットが多いことも気になった。医療行為としてならともかく、単に太っているということが人格に問題あるような特徴と同一視されていないだろうか。本来、意志力と体型って別の問題だしどんな体型でも自分に肯定的であることが大事なんじゃないの?

スタンフォードの自分を変える教室 (だいわ文庫)
ケリー・マクゴニガル
大和書房
2015-10-10



『「女性活躍」に翻弄される人びと』

奥田祥子著
 管理職への昇進を拒む葛藤、やりがいと低賃金とのせめぎ合い、認められない家庭での働き。それらは女性たちを圧迫するだけでなく、男性に対するプレッシャーにもつながっていく。リサーチ対象を長年にわたって定点観測的に取材し、時代ごとの価値観が大きく変化していく中での個々人の生き辛さ、苦しさは何に根差すのか迫っていく等身大のルポルタージュ。
 著者が男性たちに取材した『男という名の絶望 病としての夫・父・息子』と同じようなインタビュースタイルのルポだが、少々構えたところがあった『男と~』に比べ、取材相手が女性だからか相手との距離感がやや近く、より細かい部分までニュアンスを拾えている感じがする。結構な年数を掛けて取材相手の変化を追うことが出来ているというのも大きい。時間の流れによって、女性の働きにくさ、生き辛さの背景にあるものが見えてくるのだ。面白いのだが、読んでいてかなり辛かった。当事者の努力だけではどうにもならない部分がある。
 女性が活躍できる社会に、と言うのは簡単だが、そもそも何をもって活躍とするのか。果たしてどういう状態を指し、誰にとっての活躍なのか。当人が望む活躍ではなく、その時々の世間が推奨する活躍に過ぎないのではないか。活躍のミスマッチが起きているのだ。本来、人によって活躍したいフィールドは違うだろうし特に活躍したくないならそれはそれで構わないはずだ。更に、仕事にしろ家事にしろ育児にしろ、どれか一つに注力したら他のパートに割くリソースは当然減るわけだが、なぜか全部フル稼働状態が要求され、しかもそのフル稼働状態をサポートするための社会的な仕組みは非常に手薄。女性たち(ひいては男性たち)の苦しさの根っこは社会構造のあり方、「世間」の価値観に根差すもので、個々の問題としてだけは解決できなさそう。もうちょっと楽に生きられればなとつくづく思う。


『そしてミランダを殺す』

ピーター・ワトソン著、務台夏子訳
 空港のバーで出発までの暇つぶしをしていたテッドは、見知らぬ女性リリーに声を掛けられる。酔った勢いと二度と会うことのない相手だという気の緩みから、テッドは彼女に妻ミランダが浮気をしていること、彼女に殺意を持っていることを打ち明けてしまう。リリーはミランダは殺されて当然と断言し、彼に殺人の協力を申し出る。計画を立て着々と準備を進めたテッドだが、結構間近になって予想外の出来事が起きる。
 多分二転三転するサプライズ系サスペンスなんだろうなと予想していたが、予想通りに驚かせ楽しませてくれる。途中までは多くの読者が予想している通りの展開だと思うのだが、その先が、あっそっちの方向ですか?!という楽しみがあった。初対面の他人と殺人計画を練るという大味な導入だし二転三転のさせ方は結構大らかではあるのだが、ピンポイントで細かい所をちゃんと詰めている印象。最後の不穏さもいい。4人の男女の一人称で語られるので、彼らが自認している自己像と、他人がどういう風に見ているかというギャップの面白さがあった。特にミランダとリリーは、自分の見え方について、当人が意図している部分としていない部分がある。狙い通り!ってこともあるし、そんなつもりじゃなかったんじゃないかなって所も。この2人はやりたいことがはっきりしており、男性陣よりもいいキャラクター造形だった。

そしてミランダを殺す (創元推理文庫)
ピーター・スワンソン
東京創元社
2018-02-21


見知らぬ乗客 (河出文庫)
パトリシア・ハイスミス
河出書房新社
2017-10-05


『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』

エイドリアン・マキンティ著、武藤陽生訳
 フォークランド紛争の余波で、さらなる治安の悪化が懸念される北アイルランド。スーツケース入った切断された死体が発見される。捜査を開始したショーン警部補は、スーツケースの持ち主だった軍人も何者かに殺害されたことを突き止める。当時の捜査ではテロの犠牲になったと考えられていたが、ショーンは現場の状況に不自然さを感じる。
 『コールド・コールド・グラウンド』に続くシリーズ第二弾。最初に派手な死体が登場、手掛かりも人員も時間も乏しいなか中盤すぎるまでショーンたち捜査陣が右往左往し、後半急展開するというパターンは著者の手くせなのか。面白いけど、あまり細部まで詰めて書くタイプの作家じゃない気がする(笑)。今回とうとうショーンは独断でアメリカでの捜査に踏み切るが、彼の責任感や正義感を屁とも思わない強固な背景が立ち現れる。この歯牙にもかけられない感じ、大国にとってのアイルランドの存在とダブるようで、ショーンの悔しさと諦めが苦い。またテロが常態化している地域で警官を続けることのプレッシャーと無力感も前作よりもより強くにじみ、ある悲劇が辛い。原因はそれだけではないだろうにしろ、もう耐えられなくなっちゃうんだろうな・・・。なお今回も時代背景を色濃く感じさせる音楽や映画等サブカルチャー情報の入れ方が楽しい。ショーンの音楽や読書の趣味がよくわかる。ショーン、前作でも披露されていたけど文学の素養が相当ある人だよね。カソリックだということを差し引いても警察内では異色なんだろうな。

『紳士と猟犬』

M・J・カーター著、高山真由美訳
 1837年、東インド会社はインドの大半を支配していた。読書好きの若き英国軍人ウィリアム・エイヴリーは、ジェレマイア・ブレイクという英国人に親書を届ける任務を命じられる。ブレイクはインドに精通し何か国語も操る有能な男だというが、東インド会社には反抗的で、隠遁生活を送る変人だと言う。ブレイクへの指令は、失踪した著名な詩人ゼイヴィア・マウントスチュアートの捜索。それにエイヴリーも同行することになった。大ファンであるマウントスチュアートの後を追う任務とは言え、現地に馴染んだブレイクの振舞いはエイブリーには理解できず、不満はつのるばかりだった。
 英国植民地下のインドが舞台だが、エイヴリーは現地の言葉は理解できないし文化にも無知で、インドに嫌気がさしこの国を見下している。野蛮な生活様式を英国文化で近代化できるのだから、英国が統治するのは妥当、むしろ良いことだというわけだ。これは当時の一般的な英国人の価値観で、エイヴリーが特に無知で愚かというわけではない(エイヴリーは決して頭のいい人ではないけど・・・)だろう。時代小説として、当時の植民地を巡る考え方、価値観が描かれている部分が(その嫌さを含め)面白い。自分たちの正しさを疑わないということは、どんな形であれちょっと恐ろしいのだ。その疑わなさをり
 エイヴリーとブレイクのバディシリーズ(日本では未翻訳だが続編がある)だが、本作ではまだバディとは言い難い。少々浅はかな若者であるエイヴリーの行動はブレイクをイラつかせ、インド文化を尊重するブレイクの言動はエイヴリーに不信感を持たせる。そんな状態が長いので、双方が少しずつ相手を認めていく様にはちょっとホロリとさせられた。またバディという面では、ブレイクとマウントスチュアートの「かつてのバディ」感を匂わせるやりとりにはニマニマしてしまう。続編が出たら読みたい。

紳士と猟犬(ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・J・カーター
早川書房
2017-03-09


ジャングル・ブック (新潮文庫)
ラドヤード キプリング
新潮社
2016-06-26


『ソロ』

ラーナー・ダスグプタ著、西田英恵訳
 ブルガリアの首都ソフィアでうらぶれたアパートに暮らす盲目の老人ウルリッヒは、貧しく、家族も親族もいない。ご近所の厚意に助けられて暮らしている彼は、自分の子供の頃からの記憶をひもといていく。一方、ブルガリアの田舎町に生まれた少年ボリスは幼い頃に両親を亡くすが、音楽の才能を開花させていく。更にグルジアの首都トビリシで豊かな家に生まれたハトゥナとイラクリ姉弟は、共産主義の崩壊と共に没落の一途をたどる。
 第一楽章「人生」ではウルリッヒの、第二楽章「白昼夢」ではボリスとハトゥナ、イラクリの人生が描かれる。第一楽章と第二楽章は語り口のテイストやリアリティラインが微妙に異なり、なぜ一見ウルリッヒとは関係なさそうな人たちの話を?と思うかもしれない。しかし第二楽章は第一楽章の変奏、つまりウルリッヒの人生の変奏曲なのだ。第一楽章を読む限りでは、ウルリッヒの人生は何者にもなれなかった、全て徒労に終わったようなものと捉えられるかもしれない。ウルリッヒ自身も、そう思ってきただろう。しかし、彼の内的世界の豊かさは別の物語を作り上げる。それは決して徒労ではないし、みじめな行為ではない。自分の人生を受け入れる為の作業なのだ。第一楽章での様々な局面、要素が第二楽章に織り込まれており、ボリスもハトゥナもイラクリも、あったかもしれないウルリッヒの人生の一部だ。人間はなぜ物語を必要とするのか、物語の効用とはどんなものなのかを体現する作品だと思う。
 読み終わると、題名『ソロ』正にその通りの内容なのだと納得するだろう。また各楽章内の章タイトルは、メイン登場人物の属性や指向を象徴するのだろうが、時に彼らの人生との矛盾を感じさせ切なくもある。なお、功利と精神性を理解しない物質主義を体現したようなハトゥナの造形が、少々ミソジニーを感じさせるものなのは気になった。

ソロ (エクス・リブリス)
ラーナー・ダスグプタ
白水社
2017-12-23



東京へ飛ばない夜
ラーナ ダスグプタ
武田ランダムハウスジャパン
2009-03-12


『三人目のわたし』

ティナ・セスキス著、青木千鶴訳
 エミリーはある日、家族の前から姿を消した。愛する夫ベンと可愛がっているチャーリー、両親、そして双子の妹キャロラインを捨て、名前も変え、別人として新生活を始めたが、過去の出来事は彼女を苛み続ける。
 ミステリとしての巧みさというよりも、エミリーの語りは主観による断片的なものなので、とにかく彼女に何が起きたのか知りたいという好奇心によって先が読みたくなる。とは言え彼女に起きた悲劇の内容は割と早い段階で何となくわかってしまうし、多分ここで語りによるミスリードをしたいんだろうな、という部分もわかってしまう。触れ込み程には「衝撃」はない。とは言え飽きさせない作品ではある。そして飲酒とドラッグには本当に気を付けないと・・・特にエミリーのように決して強いわけではない人は。

三人目のわたし (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ティナ セスキス
早川書房
2017-01-24


シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)
セバスチャン・ジャプリゾ
東京創元社
2012-02-29







『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』

辻村深月著
 チエミが母親を殺して行方不明になってから半年。幼馴染でフリーライターのみずほは、チエミの行方を追い、かつての級友や恩師を訪ねる。一見非常に仲の良い親子だったチエミと母になにがあったのか。
 地元の幼馴染、かつての同級生という狭いサークル内の人間関係は、時に親密だが時に息がつまりそう。都会に出たみずほと級友との「その後」の人生のそこはかとないギャップや羨望が、感情をざらつかせる。この人は自分が思っていたような人なのかどうか、という対人関係における問いが、常に突きつけられるのだ。級友らだけでなく、みずほの家族についても、そしてチエミについても。チエミがみずほにとって、みずほがチエミにとってどういう存在だったのか、みずほ自身が自覚していく過程でもある。短い第2章がぐっと心に迫る。こういう人だったのか!とはっとするのだ。


対岸の彼女 (文春文庫)
角田 光代
文藝春秋
2007-10-10






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