3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名さ行

『13・67』

陳浩基著、天野健太郎訳
 ある名門グループの総帥が自宅で殺害された。香港警察のロー警視は「教官」と慕うクワン元警視の元を訪れる。クワンはリタイアするまで本庁・捜査情報室に務めた名刑事だった。
2013年から1967年へと、クワン刑事が扱った事件を時間をさかのぼり追っていく連作集。それぞれ中篇本格ミステリとして面白く、謎解きの最後にもうひとひねりしてくるのもうれしい。久しぶりにいい本格読んだ!という満足感があった。犯人に対して「ギャンブル好き」と評する表現がしばしばあるのだが、著者の中でギャンブル好きのイメージって犯罪と結びついているのかな?
 時代をさかのぼっていくことで、クワンに限らず、この人はなぜこのような言動をとるようになったのか、元々どういう人だったのか見えてくる部分が面白くもあり、切なくもなる。本編最後のページの言葉が1編目に繋がり、やるせない。背景には香港という土地の変容があり、それぞれの事件はその当時の香港の情勢と結びついているのだ。そしてそれは同時に香港警察の変容でもある。「良き警官」であろうとするクワンが守ろうとしてきたものが時代の中でどう変わってきたのか、そしてその裏である人物が生き延びる為にどのように変わってきたのか、表と裏のような構造になってくる。また今現在のタイミングで読むと、この先の香港警察、そして香港という都市自体がこの先クワンが願ったようなものでいられるのかどうか、大分どんよりしてしまいますね・・・。

『自転車泥棒』

呉明益著、天野健太郎訳
 「ぼく」が幼い頃、父や母が移動に使うのは鐡馬(ティーベ)=自転車だった。当時貴重品だった自転車は度々盗まれ、しかしその度に父母は何とか次の自転車を入手してきた。やがて父は失踪し、「ぼく」は成長して故郷を離れ、作家になっていた。自転車、オランウータン、蝶、象などが紡ぐ家族、そしてある時代の記憶。
 こういう、パーソナルな記憶からある国、ある時代の記憶へと拡大されていく構造の小説が最近増えているように思う。私がたまたまそういう作品に行き当たっただけかもしれないけど。「ぼく」は父親が乗っていた自転車の記憶を追い続ける。その中で、同じような古い自転車の情報を持っているカメラマンや、その知人、そのまた知人、そして彼らの思い出の中に存在する人たちの記憶を記録していく。「ぼく」の親やそのまた親の世代くらいの話も出てくるので、当然戦争の話も出てくる。戦争の時代の話はしたくない、しかし自分のことを話す上で戦争に触れずにはいられないということをある人物が言う。忌むべきものなのだが自分の人生の一部に取り込まれている。
 日本統治下で台湾にも空襲があったこと、動物園の動物たちの処遇など、読んでいて辛いのだが初めて知ったことだ。『かわいそうなぞう』など、日本の絵本や俳優の名前等がちらほら出てくるのがちょっとおもしろいのだが、植民地化されていた故のことなので複雑・・・。植民地化されることで、その前後との世代間の断絶が深まってしまうそうだが、「ぼく」は自転車を媒介にそれらをつなぎ合わせ虚実まじえた「物語」にすることで、失踪した、自分にとって謎である父親を再構築し、ちゃんと見送ろうとしているように思えた。「ぼく」の家族の話であり、台湾の現代史でもある。

自転車泥棒
呉明益
文藝春秋

『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』

ドニー・アイカー著、安原和見訳
 1959年、ソ連のラウル山脈で奇妙な遭難事故が起きた。大学生らからなる9人の登山チームは、テントから1キロ半近く離れた場所で、凄惨な死にざまで発見された。氷点下の中でろくな防寒具や靴を身につけず、服からは異常な濃度の放射線が検出された。いまだに真相不明な事件に、アメリカ人ドキュメンタリー映像作家の著者が挑む。
評判通り面白い!そして不可解!事件の謎解明は、これが正解かどうかは実際のところわからないが、そこそこ妥当なものが終盤でばたばたと説明される。著者が提示する回答は、事件が起きた当時は(作中で指摘されるように)概念としてまだなかったものだ。だからこそ政府や軍の陰謀論、はたまたUFO論などが沸き起こったのだろう。
  とはいえ、本作の面白さは、遭難した登山チームの道筋を丁寧に追った所にある。チームの登山経路を実際に体験することによる、街の様子や自然の描写により、より具体的な景色が見えてくる。更に、チームメンバーがそれぞれどういう人柄でどういう言動をとって何を考えていたのか、周囲とはどういう関係だったのか、人物像が立ちあがってくる。若者たちの群像劇としての描写がとても生き生きとしており、だからこそ事件の痛ましさがまた切実なものになる。
 著者自身が作中で自省するように、自分とまったく関係ない、過去の異国の事件に現地で不慣れな登山に挑戦する(これ本当に無謀だと思うんだよな・・・登山経験がろくない上に言葉も通じないんだから・・・)ほどに入れ込むのは、解けない謎に対する下世話な好奇心とも言える。ただ、亡くなった人たち、そして遺族の人間像をしっかりつかみ描くことが、本作の誠実さになっていると思う。

『指名手配』

ロバート・クレイス著、高橋恭美子訳
 私立探偵のエルヴィス・コールは、シングルマザーのデヴォン・コナーから息子タイソンの身辺調査をしてほしいと依頼される。タイソンが高級腕時計やスーツを身につけるようになり、妙に金回りがいいのだという。調査を始めたコールは、タイソンが仲間と共に裕福な家に空き巣に入っているらしいことを突き止める。警察より先にタイソンを確保し自首させようとするが、コール以外の何者かもタイソンらを追っており、しかもコールより一足先を行き、タイソンの仲間を殺害していた。
 コール&パイクシリーズ、だそうだが実は読むのは初めて。スコット&警察犬マギーシリーズとのクロスオーバー『約束』で2人の存在を知った。洒脱で減らず口が止まらない探偵コールと、無口でタフで特殊能力にチート感あるパイクのコンビネーションは、本作ではさほど目立たないのだが、最後の最後の方で長年培ったであろう安心と信頼が垣間見えるよね!
 本作でコンビネーションを発揮しているのは、むしろ悪役のハーヴェイとステムズ。プロの殺し屋で有能かつ冷徹な2人組で、老若男女隔てなく容赦ない、わかりやすい「悪人」なのだが、相棒に対するお互いの信頼と尊敬が垣間見える。過去のバーでのエピソード等ぐっときてしまう。愛があるんだよな・・・。また、ちょこっとではあるが、姿をくらますタイソンと、彼の友人、というより悪友であるハッカーのカールの関係もちょっといい。ティーンエイジャーらしく自尊心や劣等感が入り混じって、お互い素直でない接し方なのだが、終盤、これまたぐっとくるシーンがある。これぞ友情。男性たちのハグが心に残る作品だった。

指名手配 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス
東京創元社
2019-05-11





約束 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス
東京創元社
2017-05-11

『種の起源』

チョン・ユジョン著、カン・バンファ訳
 大学生のユジンは自室で目覚めたが、全身血まみれなことに気づく。床の血痕を辿ると階下には喉を切り裂かれた母親の死体が横たわっていた。ユジンは時々発作による記憶障害や幻覚があり、昨晩の記憶もない。母親が自分を呼んだことはかすかに覚えているがが・・・。彼女を殺したのは自分なのか?
 ユジンがいわゆる「信用できない語り手」として昨晩の記憶、そして子供の頃の記憶から現在に至るまでを辿り、はたして何があったのか、記憶のピースを埋めていく。ユジンの主観は偏っており、彼自身が意図せず物事を正確に見えていない、かつ発作薬の副作用で頻繁に幻覚を見る。これは彼の思いこみなのでは?という疑惑が常につきまとうのだ。彼がどうしてこうなったのか、「彼」がどのように目覚め、完成したのかという話なのだが、ユジンの意識の曖昧さ故に、真相判明したとされるラストまで、今一つすっきりしない。「彼」は自分の行動を計算しきっているようでしきれていない、コントロールできていないのだ。そういう意味ではサイコパスとしては不完全。ただある「種の起源」ではあるのかもしれない。

種の起源 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
チョン・ユジョン
早川書房
2019-02-06





チェイサー [DVD]
キム・ユンソク
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2015-12-16

『罪人のカルマ』

カリン・スローター著、田辺千幸訳
 若い女性の失踪事件が発生した。特別捜査官ウィル・トレントは捜査から外される。40年以上前に凶悪な連続殺人事件を起こし終身刑になったウィルの実の父親が仮釈放されたのだ。やがて発見された女性の遺体には凄惨な傷跡があった。その手口はウィルの父親のものと酷似していた。
1975年の娼婦連続失踪事件と、現代の連続失踪事件、2つの事件を交互に追っていく構成。そして75年の事件が現在にどのように繋がっているのか、彼/彼女が何者なのか、今に至るまで何を抱えてきたのかわかった瞬間、戦慄する。シリーズのクライマックスとしてとても上手い。そして次作への(少々強引かつしつこい)引きも。ウィルとアンジーの関係にはそろそろ決着をつけないとならないのではと思うのだが・・・。サラがちゃんと独立した、かつ思いやりのある大人なのでなおさらそう思う。
 現代のパートももちろんスリリング出面白いのだが、1975年パートでの若きアマンダとイヴリンの活躍には胸が熱くなる。まだ女性警官はおろか、女性が社会で活躍することが白眼視されていた時代だ。2人に対する同僚からの妨害はあまりに理不尽で腹立たしい。更にアマンダの父親の設定は結構ショッキングだ。彼女らが被害者女性達の無念を晴らそうとするのは、女性に対するいわれのない差別や憎しみと戦う、人間としての尊厳を取り戻そうとすることでもある。彼女が元々どういう性格、振る舞いの人だったのか、何が彼女を現在の人格に作り替えたのか、これまでの彼女の立ち居振る舞いを思い返すと感慨深いものがある。自分の意志で強くなった人なのだ。

罪人のカルマ (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-06-16






血のペナルティ (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-12-16

『ザ・プロフェッサー』

ロバート・ベイリー著、吉野弘人訳
 トム・マクマートリーは、元フットボールの全米王者で、弁護士として活躍した後、母校アラバマ大学で法学教授に就任していた。しかし学生との暴力沙汰、恋愛沙汰の汚名を着せられ退任を余儀なくされる。妻は既に亡くなり、更に自身も癌に冒されていることが発覚。生きる気力を無くしていたところ、昔の恋人から相談を受ける。娘一家をトレーラーとの交通事故で亡くしたが事故の真相が知りたいというのだ。元教え子の若手弁護士リックに橋渡しをするが、事故の裏には企業の陰謀が潜んでいた。
 利益ばかりを追及する企業にすりつぶされた人たちの無念を晴らす為、まだ若くて先走り気味なリックが奔走する様は、危なっかしいが清々しい。トムとリックの間にはある因縁があるのだが、わだかまりが溶けるの早すぎない?という気が・・・。真実と正義を求めて若者と老人が奔走する様は清々しいし、悪者は潔く悪者だし、追い詰められて腹をくくり逆襲する人たちの行動にカタルシスはあるのだが、なんとなくもやもやが残る。このもやもや、主にトムの序盤での振る舞いによるものだ。自分の講義で学生たちの姿勢を試すのだが、そのやり方がちょっとモラハラっぽい。不真面目な学生に注意するのは当然のことだろうが、相手の人格を貶めるようなやり方に思えた。また教え子の女性に対する対応も、教員として大分脇が甘いのでは。スキャンダルをでっち上げられるのは気の毒だけど、距離を詰めすぎな面はあったと思うんだよね・・・。師事したコーチに対するトムの尊敬や忠実さも、トムに対するかつての教え子たちの死簿や団結心も、ちらっと見える程度なのだが、マッチョ感漂い若干気持ち悪い。アメリカ南部のノリってこういう感じなんだろうか・・・。何より、法廷での闘いは正義や人権の為である以上に、トムにとってはゲームとしての側面が強いのではないかと思わずにいられなかった。敵とやりあうのが本当に好きな人なんだなと。


ザ・プロフェッサー (小学館文庫)
ロバート ベイリー
小学館
2019-03-06





もう年はとれない (創元推理文庫)

ダニエル・フリードマン
東京創元社
2014-08-21

『そして、バトンは渡された』

瀬尾まいこ著
 17歳の優子は7回家族が変わっている。父親が3人、母親が2人。今の父親「森宮さん」は3人目の父親だ。高校3年生になって進学のことも考え始めるが。歴代の「親」達と優子の17年を描く。
 血縁による親子だけが親子の形ではない、という題材を扱う小説や映画、ドラマなどが近年増えているように思うが、本作もまさにその題材。ただ本作の場合、実の両親もちゃんとした人たちで優子を愛し親としての責任を全うしようとする。愛と責任のない実の親<愛と責任のある他人、という図式ではなく、並列されているのだ。そのことで、子供にとって必要なのは適切な保護者であって、そこに血のつながりはあまり関係ない、適切さを保っていれば血縁者でもそれ以外でもいいという側面が強まっている。歴代の親の優子に対する責任の負い方、愛情の在り方はそれぞれ方向性が違う。ある人から見たらとんでもないという親もいるかもしれない。しかし彼らは皆、他人の人生・未来を背負う覚悟をしており、そこにベストを尽くそうとしている点で、ちゃんと「親」だったと思う。基本良い人ばかり登場する悪者のいない優しい小説だが、さらっと読めすぎなきらいも。優子の同級生女子たちのつるみ方や悪意の発露の仕方が少々類型的な所も気になった。2番目の母親・梨花が優子に「女の子はにこにこしていないと」と教える処世術も、梨花がそういう人だ(そして本人はにこにこしているだけではない)という設定なのはわかるが今これ言う?という気がした。そういうのはもう時代錯誤だと思うんだけど・・・。

『その情報はどこから? ネット時代の情報選別力』

猪谷千香著
 産経新聞、ニコニコニュース、ハフィントンポスト日本版で記者を経験してきた著者が、あふれる情報の中から何をどう選べばいいのか、疑わしい情報に惑わされない為にどうすればいいのかを解説する。
 WEBちくまに連載されていたコラムだが、インターネットニュースのヘビーユーザーには言うまでもない内容も多いだろう。ヘビーユーザーちくまぷりまーブックスから出ている本なので、どちらかというと若い人向けではあるが、逆にそんなにネットになじみがない高齢者に向けても良いかもしれない。さらっと読める。ネットニュースやウィキペディア、まとめサイトの性質を説明しており、インターネットで情報収集する際の入門書的。インターネットは確かに情報が豊かではある。が、自分が目にする情報は既に様々な方法でフィルタリング・マッチングされているものであり、基本的に自分にとって不快・都合の悪い情報は目に触れにくくなっているというのが現在のネットだということは常に忘れないようにしたい。
 なお、情報収集・調査における図書館の重要性にちゃんと言及されている。ネットは図書館の代替物にはならないんだよね・・・。


『すべての、白いものたちの』

ハン・ガン著、斎藤真理子訳
 チョゴリ、白菜、産着、餅、骨などの白いものたちのイメージを繋ぎ、どこかにいる彼女、あなた、わたしの物語が紡がれる。
 白い色は清らかなもの、まだ何にも染まっていないものというイメージを引き起こすが、同時に、死のイメージとも結びつく。死に装束の白、焼いた骨の白でもあるのだ。本著はこれから生まれる無垢なものというより、他の色を得る前にこの世を去ってしまったもの、あるいは自身の色を持っていたものの漂白されきってこの世を去っていくものたちの為の鎮魂の文学という印象を受けた。ある死産のイメージが反復されるが、「しなないで しなないでおねがい」と繰り返される母親の言葉がずっと響き続けているのだ。静かで重い。
 なお本著、非常に凝った造本なのでぜひ紙の本で手に取ってみてほしい。「白」のイメージのバリエーションを味わうことが出来る。

すべての、白いものたちの
ハン・ガン
河出書房新社
2018-12-26


ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ