3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名さ行

『その雪と血を』

ジョー・ネスボ著、鈴木恵訳
殺し屋のオーラヴ・ヨハンセンは、ボスから新しい依頼を受ける。ターゲットは浮気をしているらしいボスの妻。いつものように仕事をこなすつもりだったが、彼女の姿を見た瞬間、オーラヴは恋に落ちてしまう。
著者の作品は結構なボリュームがあるというイメージだが、本作は比較的短い。しかし濃度は高い。殺し屋とファム・ファタール的美女という古典的なノワール小説の装置だが、陰影が深くとても魅力ある作品。主人公オーラヴは難読症で、文字の読み書きは困難、かつ数字の計算が出来ない。「普通」の仕事が出来ない彼が唯一こなせるのが殺しなのだ。とは言え、読んでいるうち、オーラヴは読み書きは苦手だが小説、物語に愛着があり、文学の素養を持つことがわかってくる。オーラヴは自分の物語が欲しいのだ。何も持たなかった彼が、自分自身の物語を生きられるかもしれないと思ってしまったことで、彼の人生が大きく変わってしまうとも言える。生き方を変えられるかもしれない、別の居場所があるのかもしれないという可能性が全くない人生は、あまりにも苦しい。その可能性を追うことが自滅行為だったとしても。クリスマスの時期のノルウェーの寒々とした情景と、オーラヴの仕事の凄惨さ、そしてわずかなセンチメントが入り混じり、はかなくも印象深いノワール小説。

『人生でムダなことばかり、みんなテレビに教わった』

戸部田誠(てれびのスキマ)著
お笑い芸人、アイドル、俳優、ゆるキャラ等、テレビでよく見かける人たち100人の生きる姿勢を、その人の明言珍言から考察するコラム集。雑誌連載を書籍化したものだが、文庫でのリリースというのが内容にあっていて、これは英断だと思う。構えず手軽に手に取れる。同時代にテレビを見ている者としてとても楽しい。引用は取り上げた対象の発言(テレビ番組内にしろ雑誌等のインタビューにしろ)というところは徹底しており、著者の生粋のテレビっ子ぶりが存分に発揮されている。芸能人のテレビや雑誌における発言はある種のフィクションではあるだろう。しかしその隙間から、その人の素が垣間見える、その瞬間を著者は逃さない。テレビはくだらないと言われがちだけど、そのくだらなくてムダな部分を著者は愛しているし、そこがテレビの良さだろう。有意義なテレビってそんなに見る気にならないんだよな(笑)

『制裁』

アンデシュ・ルースルンド、ベリエ・ヘルストレム著、ヘレンハルメ美穂訳
少女連続殺人犯が、移送中に逃走した。市警のベテラン刑事であるグレーンス警部率いるチームは懸命に犯人を追う。一方、作家のフレドリックは少女連続殺人犯逃亡のニュースをテレビで見て、衝撃を受ける。その男は、娘を保育園に送っていった時に見かけた人物だった。
著者の1人であるルースルンドは、昨年日本で『熊と踊れ』(ステファン・トゥンベリとの共著)が発行され評判になった作家。本作の方が前々から書いているシリーズのようだ。本作がデビュー作だそうだが、最初から足腰しっかりとしている。プロローグからして嫌な事件の臭いがぷんぷんとするし、予想通り陰惨な事件なのだが、その結末の更に後があるというところがユニーク。普通だったらここで終了というところから、物語の焦点が移動する。題名の「制裁」が意味するところが、うすら寒くなるような形で立ち現れてくるのだ。読んでいる側を含め、誰でも一歩間違うと「制裁」に加担してしまうのではないかという怖さがある。その「制裁」が世の中を正したかのように見える、しかしそれが正当だと判断するのは誰なのか?正しさの裏付けはどこにあるのか?制裁する資格というものがあるのか?と問いかけてくる。「制裁」をした人にとってはあくまで個人的なものだったはずなのに、それが波及していく過程とその結果のねじ曲がり方が、人間のどうしようもなさを思わせ辛い。

『スペース金融道』

宮内悠介著
人類が最初に移住・開拓に成功した太陽系外の星、通称、二番街。新生金融の二番街支社に勤務する“ぼく”は、上司ユーセフと共に債権回収に励んでいる。顧客の多くは大手があまり相手にしないアンドロイド。アンドロイドだろうがコンピュータウイルスだろうがバクテリアだろうが返済能力がある奴には貸す、そして核融合炉内だろうと零下190度の惑星だろうと地獄の底だろうと追いかけて取り立てるというのが会社のモットーだ。要領のいいユーセフとは違い、ぼくは貧乏くじばかりをひいていく。
取り立て屋コンビが活躍する連絡短篇集。先日読んだ著者の『彼女がエスパーだったころ』はしっとりとした中にミステリ的なトリックを織り込んでいたが、本作は著者初といっていいくらいの軽いノリ、かつガチなSF。アンドロイドが人間と同じように生活する、しかし人間と対等とは言い難い世界が舞台で、ロボット三原則ならぬアンドロイド三原則も登場する。債務者はアンドロイドだけではなく、それどうやって取り立てるんだよ!そもそも何に金使ったんだよ!という存在ばかり。どういう存在の仕方なら金を貸せる=取り立てられるのか、という問いが、何を持って独立した人格を持つ存在と言えるのか、という問いに繋がっていく。終盤、小説としてはこれは禁じ手なのでは?という演出もあるのだが、アンドロイドがこの先どう進化していくのか、不穏さと期待を感じさせる。

『シャム双子の秘密』

エラリー・クイーン著、越前敏弥・北田恵里子訳
カナダでの休暇から車で帰る途中、エラリー親子はデービス山地で道に迷い、山火事に遭遇してしまう。なんとか脇道を辿り、山頂の屋敷にたどり着いた2人は助けを求める。使用人はいい顔をしなかったが、屋敷の主人である医学博士ゼイヴィアの好意で宿と食事にありついた2人だが、翌朝、書斎で博士の死体が発見された。死体の右手には半分に破られたトランプが。一方、山火事は収まる気配がなく、屋敷の人たちを追い詰めていく。
昔、旧訳で読んだ時にはダイイングメッセージの真偽を突き止めていくロジックがよくわからなかったんだけど、新訳で読んだらわかりやすくより面白かった。前に読んだとき何か変な話だなと思ったのは、ロジカルな部分を読み取りきれなかったからなんだな。改めて読むと、手がかり、ダイイングメッセージが孕んでしまうある問題に挑戦し始めた作品だったということがわかる。山火事の絡ませ方も、緊迫感を高めることに加え、時間的なリミットを設定してこの問題に強制的にけりをつける為だったのかとも。なお、クイーン親子はどの作品でも結構仲良いが、本作では特にいちゃいちゃ感というか、ぶーぶー文句いいつつもお互い好きなんだなーという感じが出ている。エラリーがお父さんはしょうがないなぁ!的に振舞いつつもやっぱりパパ大好きな感じ、微笑ましいです。こういう父息子関係(子供成人済み)ってアメリカの小説ではあんまり見ない気がするんだけど・・・。私が陰惨なものばかり読んでいるからでしょうか・・・。
 

『自生の夢』

飛浩隆著
 天才詩人アリス・ウォンが生み出した「詩」とその後の変遷を描く「#銀の匙」「曠野にて」「野生の詩藻」、言葉の力で大量殺人を行った殺人犯が“忌字禍”を滅ぼす為に召喚される「自生の夢」等を収録した、著者10年ぶりの作品集。
 twitterで著者のアカウントを発見した時にまず思ったのが「生きてたんだ・・・」、あとがきの最後の文章を読んで思ったことが「普通に生活している人だったんだ・・・」なので、新作が出て本当にほっとしました。『グラン・ヴァンカンス』シリーズ2作はプログラムにより造られた仮想現実世界を描いたが、本作収録作の多くでは「言葉」による世界の変容が描かれる。情報が物理を変容させるというイメージは似ているように思う。10年ぶりに著者の作品を読むせいか、こんなに情動的だったかなという意外性はあるが、その世界のイメージがあふれ出てくる感じは、「変容」に対するフェティッシュな感覚は変わっておらず、そうそうこれだとうれしくなった。ただ、当時ほど最先端のとんがった感じはしないが、それは読者としての慣れによるものかもなぁ(ここ10年間で書かれたものを収録しているので、SF小説シーン自体の変化もあるだろうし)。アリス・ウォンが生み出したものを巡るシリーズと表題作では、言葉を書く主体と書かれた言葉との、書く/書かれる関係の反転に、足元を危うくするような不安が迫る(何しろ小説だって「書かれる」ものだし)。また、「灰洋」が襲ってくる「海の指」は記憶との戦いのようでもありぞわりと怖くもの悲しい。

『幸せなひとりぼっち』

フレドリック・バックマン著、坂本あおい訳
偏屈で無愛想な59歳のオーヴェは、妻を亡くし、長年務めた仕事も辞めることになり、自殺を考えていた。しかし向いの家に引っ越してきた若い一家がやたらと関わってくる。なりゆきで近所の野良猫の世話もするようになり、オーヴェの日常は変化していく。
オーヴェはルールを厳守し、昔からのやり方を変えるのは大嫌い、頑固で無口という、なかなか付き合いにくい人間だ。オーヴェの過去と現在を行き来する公正で、彼の人生、彼に何があって現在に至ったのかということが見えてくる。オーヴェにとって妻がどのくらい大切な存在だったか、彼の妻が彼の美点をいかに的確に見抜いていたかがわかってくるのだ。彼の人生を思いじんわりし、現在のドタバタ劇を見て笑ってしまう。オーヴェが死のうとするたびになんらかの横やりが入ると言うお約束ギャグも。そして猫がいい!やがて、妻だけが熟知していたオーヴェの優しさや正義感が、周囲の人たちを助け、理解されていく様に心温まる。映画化作品ももうすぐ公開されるので楽しみ。

『死体は笑みを招く』

ネレ・ノイハウス著、酒寄進一訳
動物園で人間の左腕と左足、そして左腕と左足が切り落とされた死体が発見された。死体は高校教師で環境保護活動家のパウリーと判明。刑事オリヴァーとピアは捜査を開始するが、パウリーは過激な活動により様々な人の恨みを買っていた。
オリヴァー&ピアシリーズの2作目だが、日本では最後に翻訳されることになった。確かに、シリーズの他作品と比べるとちょっとパンチが弱めでミステリとしても粗い(というか他作品の精度が高いってことなんですが)。腕足の切断がある登場人物をシリーズに引き入れる為だけに使われているような気もする。とは言え、この後の作品にも登場する人物や、オリヴァーやピアの生活背景がはっきりわかる部分を含む作品なので、シリーズのファンなら必読だろう。今回、オリヴァーはしばしば私情に目がくらんであまりかっこよくなく、ピアもプライベートの問題で心が揺れている。仕事は出来るが万能ではないし常にクールなわけではないという、人間味のある部分がいい。同僚たちとの仲が良すぎない感じも、職場の実感が出ている。

『世界の終わりの七日間』

ベン・H・ウィンタース著、上野元美訳
 小惑星が地球に衝突し、人類がほぼ滅亡すると予測される日まであと1週間に迫った。元刑事のパレスは、小惑星の衝突を止められると信じ飛び出した妹ニコともう一度会う為に、元警官たちのコミュニティーを抜け出し、元犯罪者のコルテス、犬のフーディーニと共に旅を続けている。パレスはニコの仲間たちの痕跡を辿り、ある場所に目星をつけるが。
 滅亡間近な世界で「警官」として振る舞うパレスを主人公とした三部作の完結編。小惑星は容赦なく地球に近付いており、社会は崩壊している。もうすぐ人類がいなくなるであろう世界で、殺人事件を解決し犯人を罰する意味はあるのか?パレスはあくまで法を守り警官として振る舞い続ける。それが彼にとって人間らしさを全うするということなのだろう。そしてニコもまた、その行きつく先が痛ましいものだとしても、彼女なりに人間らしさを全うしようとしたのかもしれない。パレスはニコを頑固だと言うが、パレスも結構頑固なのだ。最後の最後までまっとうに生きようとするパレスの姿は、絶望的な状況の中でもほんのりと明るい。余韻がとても深いシリーズだった。
 

『ザ・サン 罪の息子(上、下)』

ジョー・ネスボ著、戸田裕之訳
 オスロの刑務所に服役中の麻薬中毒者サニーは、他の囚人からの「告解」を聞き許しを与える聖人のように扱われていた。しかし、サニーはある日脱獄し姿を消す。その後オスロ市内で殺人事件が相次いで起こる。オスロ警察殺人課のシモン・ケーファス警部は、殺人事件の連続性に気付き、サニーとの関連にも気づいていく。
 序盤はそれほどでもないのだが、序盤を過ぎると急にアクセル踏み込んでスピードを落とさない。物語の視点も場所・時系列も次々と変わり目まぐるしく、急展開に次ぐ急展開で一気に読んだ。題名からも推測できる通り、サニーがある人物の息子であり、父親が背負っていた荷を息子が肩代わりしけりをつけるという、濃厚な復讐譚としての側面がある。加えて、その人物とシモンの関係、シモンが背負っている問題が思わぬところで結びつき開示されていく。この人の罪に対する制裁、あるいは許しがどういう形で現れるのか、あるいは許しなどありえないのか、重苦しく密度が高いが滅法面白い。
 本作、登場人物数は結構多いのだが、一人一人の造形がしっかりと立ち上がっており、下っ端のギャングや麻薬中毒者に至るまで、使い捨て感がない。それぞれの視点の切り替え方、どこでどの登場人物の視点にするかという部分が抜群にうまいと思う。サニーを乗せるタクシーの運転手など、わずかな出番なのに人となりとここに至るまでがよくわかるキャラクターになっている。

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