3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名さ行

『上京する文学 春樹から漱石まで』

岡崎武志著
 進学や就職・転勤、生活環境を変える為など、様々な理由で人は上京する。作家たちも同様だ。村上春樹、向田邦子、川端康成、宮沢賢治、太宰治らの上京の経緯、そしてその体験がどのように作品に昇華されたのか。「上京者」というキーワードから読み解く文学案内。
 「上京」がキーワードなので東京生まれ東京育ちの作家は含まれない(向田邦子など、子供時代に各地を転々としているが、生まれは東京だから本著に含めるのはちょっと違う気もする)のだが、東京以外の土地の育った人にとっての東京、上京という行為の意味・思い入れというのはこういうものなのか。東京は圧倒的に情報が多い場所、文化が豊かな場所だったのだ。また、東京生まれの人よりも東京らしい東京を描写していたりする。(どの土地でもそうだろうけど)その中にいるとちょっとぴんとこないところもある。しかし、それらの思い入れがどのように作品に投影されているのかという読み解きは、作家の作品紹介でもあり人生を垣間見る行為でもあり、さらっと読みやすい構成なのだが味わい深い。ちょっとノスタルジックな気分にさせられるのも、故郷と東京との距離への思いが多くの作品に見え隠れするからか。なお、特別収録の野呂邦暢の章は古本屋に造詣の深い著者ならではの内容なのだろうが、泣ける。人と人の出会いの不思議さを思った。そして解説代わりに特別寄稿された重松清による自身の章は、正直ダサい。80年代若者文化のダサさが前面ににじみ出た(あえてだろうが)文章だった。

上京する文學 (ちくま文庫)
岡崎 武志
筑摩書房
2019-09-10


昔日の客
関口 良雄
夏葉社
2010-10-01


『戦場のコックたち』

深緑野分著
 合衆国陸軍に特技兵、コックとして配属された19歳のティム。ノルマンディー降下作戦で初陣を果たすが、戦闘に参加しながら炊事をこなす任務はハードなものだった。冷静なリードー格のエド、陽気なディエゴらコック仲間と、戦地で遭遇したちょっとした謎の解明を気晴らしにするが。
 ティムは特に愛国心が強いわけでも軍人という職業に興味があったわけでもない。時代の空気に流されなんとなく志願した、ごく平凡な、どちらかというとぼーっとした青年だ。優しくお人よし、少々気弱で、到底兵隊向きとは思えないのだが、当時軍に志願した多くの青年はこういう、どちらかというと軍には場違いな人だったのかもしれないと思った。時代の空気って怖いよな…。戦争という非日常の中での「日常の謎」というわけだが、そのささやかな「日常」も徐々に戦争に飲み込まれていく。ティムと個性豊かな仲間たちとのやりとりは心温まるものだが、時に当時の社会背景が深く影を落としひやりとさせられる。ティム自身がその影を自覚していないこともあるのだが、エドが気付きを促すことも。ティムが世間知らずすぎな気もしたが、当時のアメリカの田舎から出てきた青年はこんなものだったのだろうか。ティムの地元の土地柄故に彼の心にひっかかる謎もある。この話はちょっとやりきれないものがあった。また、のんきな青年たちが戦場で過ごすうちに変化していく様も辛い。まだPTSDという概念がない時代が舞台だが、戦場での体験は確実に彼らを蝕んでいく。その中で非情になりきれないティムの性格は、甘さというよりも救いになっていくのだ。
 ある謎により、連作短編がはっきりと長編小説として立ち上がってくる。その謎は第二次世界大戦という状況下だからこそ生じたものだ。青春小説、日常の謎ミステリではあるが、やはり根底は戦争小説なのではないかと思う。戦争は人間に非人間的な行為を強いるということがそっと描かれているのだ。

戦場のコックたち (創元推理文庫)
深緑 野分
東京創元社
2019-08-09





世界の果てのこどもたち
中脇 初枝
講談社
2015-06-18


『三体』

劉慈欣著、大森望・光吉さくら・ワン・チャイ訳、立原透耶監修
 物理学者の父を文化大革命で殺され、人類に絶望した科学者の葉文潔。機密扱いの軍事研究施設にスカウトされるが、そこでは人類を運命にかかわるあるプロジェクトが進行していた。数十年後、ナノテク研究者の汪淼はある会議に召集され、世界中の科学者が自殺していると知る。科学フロンティアなる団体が絡んでいるらしいのだが。汪淼は科学フロンティアへの潜入を引き受ける。
 中国で大ヒットしている作品らしいが、文革との距離感がこういう感じになったのかと時代を感じる。あの時のあれが人類滅亡の動機に…というスケールの大きさだが、その人物がやろうとしていることがまた文革みたいで皮肉。何かを盲目的に信じることで科学ではなく宗教の範疇に入っていくようだ。しかし俯瞰で見るとスケール大き目の隣の芝生は青いという話っぽい。宇宙からやってくる知的生命体というと、なんで人類よりも出来がいいと思っちゃうんだろうな…まあ科学技術力は高いんだろうけど。宇宙人が予想よりも人間からかけ離れていないのがちょっとつまらない。もっと遠く離れたところに連れて行ってほしんだよね…

三体
劉 慈欣
早川書房
2019-07-04


『屍人荘の殺人』

今村昌弘著
 神紅大学ミステリ愛好会のは明智恭介とその「助手」葉村譲は、同じ大学に通う探偵少女・剣崎比留子に頼まれ映画研究部の合宿に同行する。宿泊先は山の中のペンション。しかし映画研究部の合宿にはよくない噂があり、さらに予想外の出来事が勃発する。混乱の中、部員の1人が密室で惨殺死体となって発見される。
 本格ミステリと思って読んでいたら、いきなり別ジャンルとマッシュアップし始める。しかし、その別ジャンル要素を本格ミステリの文法に落とし込んでいるあたりが見事。特殊ルール下本格の一種なのだが、本作の場合特殊ルールのジャンルがかなり強力というか、その道の方が読んだら諸々言いたくなるのかもしれないけど…作中に「その道の人」がちゃんと登場してルール説明をしてくれるあたりはジャンル初心者にも親切だ。小説としての達者さとはちょっと違うのかもしれないが(登場人物の話し言葉の「キャラ付け」感はもうちょっとこなれてもいいと思う)、捨て設定がほぼないように思う。青春ぽいほろ苦さや青年の至らなさも悪くなかった。
 ただ、本作シリーズものらしいけど、この世界観でシリーズ化するのって結構難しいと思うんだけど…毎回特殊ルールを想定しないとならないってことですよね?どこまで「あり」なのかというジャッジが厳しそう。

屍人荘の殺人 (創元推理文庫)
今村 昌弘
東京創元社
2019-09-11


『終焉の日』

ビクトル・デル・アルボル著、宮崎真紀訳
 1980年のバルセロナ。弁護士のマリアは、情報屋をリンチした殺人未遂の罪で警官セサルを刑務所送りにし、名声を得ていた。しかし今になって事件が仕組まれたものだったと知らされる。再調査の中で、血のしがらみと権力をめぐる陰謀が明らかになっていく。
 大作だが引きが強く一気に読み進めたくなる。けれん味も強いので好みはわかれそうだが面白かった。あらすじはマリアを中心に説明したが、過去のある事件から派生する陰謀と欲望が関係者をどんどん絡み取って行った過程が明らかになっていく、群像劇のような構造。それぞれの恨みや憎しみ、何より権力をめぐる欲望という負の感情がスパイラルを起こしており勢いがあるが陰鬱。軍事独裁下、そして立憲民主制になったものの未だ政権内にはフランコ派が多く残っているという歴史背景も大きな要素だ。その時代のただなかにいては見えないものもあり、その見えなさがある悲劇を生む。権力側のあくどさ、非情さと、それに対抗しようとしても次々と封じ込められてしまう無力感が強烈で怖い。権力の中毒性を垣間見た感がある。
 三世代を巻き込む大河ドラマでもある。過去をあっさり忘れる(あるいは忘れたふりをする)人、忘れられず過去に食いつぶされていく人、そして過去を知らない人、それぞれの行く道が交わっていく。過去は人を逃してくれず、どこまでも追ってくるのだ。

終焉の日 (創元推理文庫)
ビクトル・デル・アルボル
東京創元社
2019-03-20






ネルーダ事件 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ロベルト アンプエロ
早川書房
2014-05-01

『慈雨』

柚月裕子著
 警察官を定年退職した神場は、妻と共に四国遍路の旅に出ていた。その途中、16年前に捜査に参加した事件に酷似した少女誘拐事件が起きたことを知る。神場は過去の事件に深い後悔を抱いており、今起きている事件の捜査を行っている後輩に密かにアドバイスしていく。
 新聞か雑誌連載だったのかな?と思わせる構成で、同じ説明が何度も繰り返されたり、過去と現在が小刻みに行き来したりする。連載で読んだら引きが強くて面白かったのかもしれないが、1冊の小説としてはちょっと微妙。過去と現在の行ったり来たりがあわただしいように思う。何より、神場は過去のある出来事で深く葛藤し続け、そのけりをつけようとするのだが、それ葛藤しっぱなしで退職しちゃったの?!というひっかかりがある。警察(だけではないだろうが)という組織のおかしな所、嫌な所はこういう所なんだろうなと。何の為の警察なのかという存在意義が本末転倒になっており、それを是正しようとすることにそんなに何年も葛藤しなくてはならないということがそもそもおかしいんだよね・・・。

慈雨 (集英社文庫)
柚月 裕子
集英社
2019-04-19






孤狼の血 (角川文庫)
柚月裕子
KADOKAWA
2017-08-25

『ザ・ボーダー(上、下)』

ドン・ウィンズロウ著、田口俊樹訳
 メキシコの麻薬王アダン・バレーラの死は、新たな麻薬戦争の始まりだった。カルテルの後継者争い、領土争いは血で血を洗う抗争へと発展していく。一方アメリカではアダンとの死闘を繰り広げたアート・ケラーがDEA局長に就任。ニューヨーク市警麻薬捜査課と極秘作戦に着手する。
『犬の力』、『ザ・カルテル』に続く三部作完結編。シリーズとして著者の代表作と言っていいだろうし(もうライフワーク規模になっちゃったよな・・・)本作単品としても大変な力作。麻薬戦争、カルテルとの戦争だけでなくカルテル内の戦争、そして警察内、政府内での戦争が描かれている。今回はとうとう戦いの場がアメリカに移行し、ケラーが歩む道もいよいよ戻れないものになる。カルテルと戦うならまだしも、本来自分の陣営のはずのアメリカ政府、警察組織とも戦わなくてはならないという、誰も信用できない状況にげっそりとしていく。汚さ悪どさで言ったらカルテルといい勝負だ。おりしも大統領選が背景にあり、トランプっぽい人も登場する(「壁」作りたがるしツイッター大好きだし・・・)し、その親族があれこれやらかしたりしている。そんな中でケラーがどう立ちまわっていくかということになるのだが、ケラーはもはや立ちまわる、うまいことやるという意欲を失くしていくようにも見えた。彼の大きな決断は、全部ぶん投げるというか、自分のこの先のことを考えていないものとも言えるだろう。自分の未来を考えるには、彼の戦いの犠牲者は、彼に捨て石にされた人たちの数は多すぎる。
組織や警察の熾烈な争いの最末端にいる人たちの姿も描かれる。人生を踏み外し転落していく薬物依存症の女性。犯罪組織から距離を置く為アメリカに密入国したものの、貧しさからギャングへの道を歩み始める少年。カルテル(そして間接的であれ彼らの活動に加担した政府)が生み出し食い物にするのはこういう人たちなのだ。2人の進むこの先の道がとても気になる。

ザ・ボーダー 上 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-07-17





ザ・ボーダー 下 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-07-17

『13・67』

陳浩基著、天野健太郎訳
 ある名門グループの総帥が自宅で殺害された。香港警察のロー警視は「教官」と慕うクワン元警視の元を訪れる。クワンはリタイアするまで本庁・捜査情報室に務めた名刑事だった。
2013年から1967年へと、クワン刑事が扱った事件を時間をさかのぼり追っていく連作集。それぞれ中篇本格ミステリとして面白く、謎解きの最後にもうひとひねりしてくるのもうれしい。久しぶりにいい本格読んだ!という満足感があった。犯人に対して「ギャンブル好き」と評する表現がしばしばあるのだが、著者の中でギャンブル好きのイメージって犯罪と結びついているのかな?
 時代をさかのぼっていくことで、クワンに限らず、この人はなぜこのような言動をとるようになったのか、元々どういう人だったのか見えてくる部分が面白くもあり、切なくもなる。本編最後のページの言葉が1編目に繋がり、やるせない。背景には香港という土地の変容があり、それぞれの事件はその当時の香港の情勢と結びついているのだ。そしてそれは同時に香港警察の変容でもある。「良き警官」であろうとするクワンが守ろうとしてきたものが時代の中でどう変わってきたのか、そしてその裏である人物が生き延びる為にどのように変わってきたのか、表と裏のような構造になってくる。また今現在のタイミングで読むと、この先の香港警察、そして香港という都市自体がこの先クワンが願ったようなものでいられるのかどうか、大分どんよりしてしまいますね・・・。

『自転車泥棒』

呉明益著、天野健太郎訳
 「ぼく」が幼い頃、父や母が移動に使うのは鐡馬(ティーベ)=自転車だった。当時貴重品だった自転車は度々盗まれ、しかしその度に父母は何とか次の自転車を入手してきた。やがて父は失踪し、「ぼく」は成長して故郷を離れ、作家になっていた。自転車、オランウータン、蝶、象などが紡ぐ家族、そしてある時代の記憶。
 こういう、パーソナルな記憶からある国、ある時代の記憶へと拡大されていく構造の小説が最近増えているように思う。私がたまたまそういう作品に行き当たっただけかもしれないけど。「ぼく」は父親が乗っていた自転車の記憶を追い続ける。その中で、同じような古い自転車の情報を持っているカメラマンや、その知人、そのまた知人、そして彼らの思い出の中に存在する人たちの記憶を記録していく。「ぼく」の親やそのまた親の世代くらいの話も出てくるので、当然戦争の話も出てくる。戦争の時代の話はしたくない、しかし自分のことを話す上で戦争に触れずにはいられないということをある人物が言う。忌むべきものなのだが自分の人生の一部に取り込まれている。
 日本統治下で台湾にも空襲があったこと、動物園の動物たちの処遇など、読んでいて辛いのだが初めて知ったことだ。『かわいそうなぞう』など、日本の絵本や俳優の名前等がちらほら出てくるのがちょっとおもしろいのだが、植民地化されていた故のことなので複雑・・・。植民地化されることで、その前後との世代間の断絶が深まってしまうそうだが、「ぼく」は自転車を媒介にそれらをつなぎ合わせ虚実まじえた「物語」にすることで、失踪した、自分にとって謎である父親を再構築し、ちゃんと見送ろうとしているように思えた。「ぼく」の家族の話であり、台湾の現代史でもある。

自転車泥棒
呉明益
文藝春秋

『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』

ドニー・アイカー著、安原和見訳
 1959年、ソ連のラウル山脈で奇妙な遭難事故が起きた。大学生らからなる9人の登山チームは、テントから1キロ半近く離れた場所で、凄惨な死にざまで発見された。氷点下の中でろくな防寒具や靴を身につけず、服からは異常な濃度の放射線が検出された。いまだに真相不明な事件に、アメリカ人ドキュメンタリー映像作家の著者が挑む。
評判通り面白い!そして不可解!事件の謎解明は、これが正解かどうかは実際のところわからないが、そこそこ妥当なものが終盤でばたばたと説明される。著者が提示する回答は、事件が起きた当時は(作中で指摘されるように)概念としてまだなかったものだ。だからこそ政府や軍の陰謀論、はたまたUFO論などが沸き起こったのだろう。
  とはいえ、本作の面白さは、遭難した登山チームの道筋を丁寧に追った所にある。チームの登山経路を実際に体験することによる、街の様子や自然の描写により、より具体的な景色が見えてくる。更に、チームメンバーがそれぞれどういう人柄でどういう言動をとって何を考えていたのか、周囲とはどういう関係だったのか、人物像が立ちあがってくる。若者たちの群像劇としての描写がとても生き生きとしており、だからこそ事件の痛ましさがまた切実なものになる。
 著者自身が作中で自省するように、自分とまったく関係ない、過去の異国の事件に現地で不慣れな登山に挑戦する(これ本当に無謀だと思うんだよな・・・登山経験がろくない上に言葉も通じないんだから・・・)ほどに入れ込むのは、解けない謎に対する下世話な好奇心とも言える。ただ、亡くなった人たち、そして遺族の人間像をしっかりつかみ描くことが、本作の誠実さになっていると思う。

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