3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名さ行

『殺意という名の家畜』

河野典生著
 小説家の「私」のもとに、一度だけ関係をもった星村美智から会いたいと電話がかかってきた。「私」は断ったが、相談したいことがあるという手紙を残して彼女は消息を絶つ。彼女の知人から相談された「私」は美智の行方を探り始める。
 一人の女性が失踪する、その裏には彼女の過去が関わっているという構造は『他人の城』と同じだが、本作の方がちょっと粗いように思った。過去の関係者間の繋がりがちょっと乱暴というか、そこでその人がこの人物から持ちかけられた計画に乗るか?という気がする。また、昭和30年代を舞台にしているから時代背景的にある程度しょうがないのかもしれないが、女性に対する認識、表現は老朽化しており今読むときつい。女性の生理とやらを持ち出す男にはろくなやつがいないぞ!それは都市伝説だぞ!と突っ込みを入れたくなる。本作、本編よりもむしろ山村正夫による解説の方が面白かった(双葉社文庫版)。著者が演劇(脚本)畑出身であることや、なんと谷川俊太郎にチャンドラーや高城高を読めと勧められたことなど、ハードボイルド小説を書き始めた経緯が意外だった。確かに高城高には雰囲気が似ているかもしれない(高城作品の方が圧倒的に陰影が深くて良いと思いますが!)。


街の博物誌
河野 典生
アドレナライズ
2015-06-19


『戦下の淡き光』

マイケル・オンダーチェ著、田栗美奈子訳
 「1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した」。ナサニエルと姉のレイチェルは、“蛾”とあだ名をつけられた男に預けられた。母は父の海外赴任についていくことになったのだ。“蛾”の家には得体の知れない人たちが集まっていた。そして母もまた、海外赴任についていったのではなかった。
 子供にとって、自分の親がどういう人間なのか・背景に何があるのかということは、普通の環境でも謎な部分が多いだろう。ナサニエルとレイチェルの母親についても同様だ。母親が消えた後も2人の周囲にいる大人たちは謎めいてどこか胡散臭く正体不明だ。徐々に、彼らは共通のある任務をもっていたのでは、更に母親もその一員ではないかという様子が、彼らの言動の端々から垣間見えてくる。親に対する「わからなさ」が二重になっているのだ。霧の中からふらりと現れては消えていくような大人たちは、ナサニエルたちを保護するがそれは断片的な、嘘とも本当ともつかないもので、彼らを保護者として守り育てるのには不十分だ。姉弟の人生も生活も、どこか地に足がつかない、一貫性のないものになってしまう。マラカイトとの出会いで世界がようやく「正確で信用できるものになった」というのは、地に足の着いたうつろいにくい生活をようやく知ることができたということでは。
 親が何者かという普遍的な謎と、母ローズが何をやっていたのかという個別の謎が二重になっており、更に自分たちが見てきたものは一体何なのかというナサニエルの人生の謎が重なってくる。ミステリ的な構造なのだ。更に、一種の戦争小説でもある。時制がいったりきたりする構造、更に曖昧さをはらむと同時に詩的な文章が記憶というものを表すには最適なように思った。

戦下の淡き光
マイケル・オンダーチェ
作品社
2019-09-13


名もなき人たちのテーブル
マイケル・オンダーチェ
作品社
2013-08-27


『スイングしなけりゃ意味がない』

佐藤亜紀著
 ナチス政権下のドイツ、ハンブルグ。15歳の少年エディはピアノが得意な友人のマックスや上級生のデュークと共にスウィングに熱狂していた。しかしスウィングは敵性音楽。ゲシュタポの手入れを逃れつつクラブで踊り狂うが、戦況は悪化し不穏な影が濃くなっていく。
 評判通りとても面白く、若者たちの言葉遣いの崩し方の演出が上手い。エディの父親は軍需会社の経営者でアメリカやイギリスの文化にも造詣が深い洒落もの。しかし「党員」でもある。金持ちのボンボンで悪知恵の回るエディは立ち回りが上手く、もしかしたらナチスに全面的に肩入れしてさらに成り上がっていく道もあっただろう。しかしジャズとそれが象徴する自由に対する愛が、エディらをその道には進ませない。倫理観や正義感ではなく、音楽とバカ騒ぎへの欲望によって道を切り開いていく所が、ちょっとピカレスクロマンの主人公ぽくもあるし、「立派でなさ」が魅力でもある(身近にいたら絶対好きになれなさそうだけど)。ナチスの裏をかき海賊版レコードを売りさばいていく彼らの暗躍は痛快だが、戦況が悪化するにつれ文字通り死に物狂いになっていく。空襲の描写が生々しく清算だが、エディの語り口は依然として人を食った感じで諧謔混じりなところに逆に凄みがあった。

この世の外へ クラブ進駐軍 [DVD]
萩原聖人
松竹ホームビデオ
2004-06-25




『スパイたちの遺産』

ジョン・ル・カレ著、加賀山卓朗訳
 かつては「サーカス」の一員として諜報活動に奔走したピーター・ギラムは、今ではブルターニュの農場で隠居生活を送っている。しかし英国情報部からの呼び出しがかかる。冷戦期に起きた射殺事件の遺族が、諜報部とギラム、そしてギラムの上司であったスマイリーを相手取って訴訟を起こすというのだ。情報部の追求を受け、ギラムは語り始める。
 『寒い国から帰ってきたスパイ』『ティンカー、テイラ、ソルジャー、スパイ』で起こった事件の真相に言及しているので、この2作を読んでいることが前提(といっても、知らなくてもまあ大丈夫だとは思う)の作品。スパイたちの後始末、「その後」を生きてしまった元スパイがつけの取り立てを迫られる話と言える。フットワークの軽い色男というイメージだったギラムが、実はあの事件の背後でこのようなことをしていた、こういう思いを秘めていたのかという感慨深さがある。国や組織ではなく、ギラム個人の物語という側面がかなり強く、そういう意味ではスパイ小説という感じではない。スパイといっても個人の感情から逃れられない、だから苦しいのだ。スパイという職業の矛盾がむきだしになっていく(ル・カレの作品はいつもそうだと思うが)。しかしなんにせよ、ギラムはもちろんあの人とかあの人が元気でよかったよ…。そして、あの人のここぞというところでのブレのなさ、責任を引き受ける様には、著者の「こうであれ」という気持ちが強く込められていると思う。

スパイたちの遺産 (ハヤカワ文庫NV)
ジョン・ル・カレ
早川書房
2019-11-06




『生者と死者に告ぐ』

ネレ・ノイハウス著、酒寄進一訳
 犬の散歩中の女性が射殺された。翌日、森の脇の家で女性が窓の外から頭部を撃たれて家族の前で死亡。さらに数日後には若い男性が玄関先で心臓を撃ち抜かれた。どの狙撃も難易度が高く正確なことから、射撃のプロの犯行と思われた。そして警察署に「仕置き人」と名乗る死亡告知が届く。被害者たちはなぜ選ばれたのか。刑事オリヴァーとピアは年末の町を奔走する。
 オリヴァー&ピアシリーズ新作。性別関係なく同僚、上司と部下としての敬意と思いやりのあるコンビネーションは健在でやはり良い。ここのところ女性関係でフラフラしっぱなしで頼りなかったオリヴァーだが、本作ではだいぶ復調している。とは言えまた次の波がやってきそうなんだけど…。女性に対してはいまひとつ洞察力に欠ける。一方ピアはパートナーとのバカンス返上しての捜査。バカンスよりも捜査を選んでしまうところに彼女の人柄と仕事への誇りが窺えるし、それをパートナーが理解しており信頼関係が揺らがないというところが素晴らしい。オリヴァーもあやかれよ…。また有能すぎる(元々仕事できる人設定だからそりゃあ有能なのだが)被害者遺族も登場する。警察側の捜査よりもむしろ、彼女の奮闘がストーリーを前に進めていくのだ。
 今回は連続殺人事件で、被害者の共通点から犯人の動機をあぶりだすという所がポイントになる。終盤になってバタバタと新事実が判明するが、その原因が非常に基本的な確認の不十分にあるという所が笑えない。ご都合主義的とも言われるかもしれないけど、こういうことってチームでの仕事であろうとなかろうと本当にあるんだよなー!我が身を振り返りぞっとします。1人の手抜きで捜査が大幅に遅れるというのが怖すぎる。

生者と死者に告ぐ (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2019-10-30


悪しき狼 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2018-10-31





『生物学探偵セオ・クレイ 森の捕食者』

アンドリュー・メイン著、唐木田みゆき訳
 モンタナ山中で調査にあたっていた生物学者のセオ・クレイは、突然警察に拘束された。すぐ近くで、かつての教え子が他殺死体となって発見されたのだ。セオの嫌疑はすぐに晴れ、遺体に残された傷から熊の仕業だと判断された。しかしセオはその結論に疑問を持ち、独自の調査を始める。
 「犯人は熊ではない!」というパワーワードが帯に載っているせいでこれはコメディなのか?!と思ったが、いたってシリアス。クレイは生物情報工学という自身の専門分野に基づききわめて理論的に謎に迫っていく。が、そのモチベーションやアプローチの仕方ははたから見ると奇妙に思えるかもしれない。彼は人間として一般的な倫理観や感情を持ち、正義を行いたい一心で真相を追うのだが、行動までの経路が短すぎ、あるいは独特すぎて唐突に見える(かつての教え子の死因に疑問があるからといって、一般的にはいきなり血液サンプルを盗んだりしないだろう)。調べる為の知識とツールがあるって強いな…。彼がどのような研究をしていてどういう知識を持っているかわかると、その行動経緯もそんなに奇特には見えないんだよね。
 ヒーローというほど強くはないがユニークな思考の道筋と知識を持っている探偵の登場。本作がシリーズ一作目だそうだが、続きが気になる。


『サイラス・マーナー』

ジョージ・エリオット著、小尾芙佐訳
 親友と恋人に裏切られ盗人の疑いをかけられたサイラス・マーナーは、故郷を捨ててある村にたどり着く。村のはずれで機織りとして生計を立てるようになった彼は、蓄えた金貨を眺めることを唯一の楽しみにしていた。しかしある日、金貨が盗難にあう。そして嘆き悲しむ彼の元にみなしごが迷い込む。
 信頼していた人たちに裏切られ世捨て人のようになったサイラスが、養い子を媒介として愛と信仰を取り戻すという、だいぶ教条的な(1861年に発刊された作品なので時代的な背景もあるだろうし、エリオット自身が福音主義の薫陶を受け、キリスト教研究書の翻訳をしていた経緯もあるだろう)ストーリーではある。とはいえ説教くさくはない。ストーリー展開にメリハリが強く、ドラマティックで飽きない。今だったら連続ドラマ、朝の連ドラ的な王道さと引きの強さ。
 また、登場する人たちのふるまいや感情がとても生き生きとしており、古びていない。特に郷士の長男であるゴッドフリーの優柔不断さ、面倒なことや自分を脅かすことは後回しにして事態をよりこじらせてしまう臆病さは、読んでいてなかなか身に染みるものがあった。人の欠点、強くない所の表現が鋭く具体的なのだ。サイラスの隣人で、無学だが人が良く生活の知恵にたけたドリーの安定した頼もしさ、現代の自立した女性に近い、独身を貫く(父親の資産あってのこととはいえ)名家の長女プリシラのざっくばらんさなど、女性の造形も面白かった。

サイラス・マーナ― (光文社古典新訳文庫)
ジョージ・エリオット
光文社
2019-09-11



『上京する文学 春樹から漱石まで』

岡崎武志著
 進学や就職・転勤、生活環境を変える為など、様々な理由で人は上京する。作家たちも同様だ。村上春樹、向田邦子、川端康成、宮沢賢治、太宰治らの上京の経緯、そしてその体験がどのように作品に昇華されたのか。「上京者」というキーワードから読み解く文学案内。
 「上京」がキーワードなので東京生まれ東京育ちの作家は含まれない(向田邦子など、子供時代に各地を転々としているが、生まれは東京だから本著に含めるのはちょっと違う気もする)のだが、東京以外の土地の育った人にとっての東京、上京という行為の意味・思い入れというのはこういうものなのか。東京は圧倒的に情報が多い場所、文化が豊かな場所だったのだ。また、東京生まれの人よりも東京らしい東京を描写していたりする。(どの土地でもそうだろうけど)その中にいるとちょっとぴんとこないところもある。しかし、それらの思い入れがどのように作品に投影されているのかという読み解きは、作家の作品紹介でもあり人生を垣間見る行為でもあり、さらっと読みやすい構成なのだが味わい深い。ちょっとノスタルジックな気分にさせられるのも、故郷と東京との距離への思いが多くの作品に見え隠れするからか。なお、特別収録の野呂邦暢の章は古本屋に造詣の深い著者ならではの内容なのだろうが、泣ける。人と人の出会いの不思議さを思った。そして解説代わりに特別寄稿された重松清による自身の章は、正直ダサい。80年代若者文化のダサさが前面ににじみ出た(あえてだろうが)文章だった。

上京する文學 (ちくま文庫)
岡崎 武志
筑摩書房
2019-09-10


昔日の客
関口 良雄
夏葉社
2010-10-01


『戦場のコックたち』

深緑野分著
 合衆国陸軍に特技兵、コックとして配属された19歳のティム。ノルマンディー降下作戦で初陣を果たすが、戦闘に参加しながら炊事をこなす任務はハードなものだった。冷静なリードー格のエド、陽気なディエゴらコック仲間と、戦地で遭遇したちょっとした謎の解明を気晴らしにするが。
 ティムは特に愛国心が強いわけでも軍人という職業に興味があったわけでもない。時代の空気に流されなんとなく志願した、ごく平凡な、どちらかというとぼーっとした青年だ。優しくお人よし、少々気弱で、到底兵隊向きとは思えないのだが、当時軍に志願した多くの青年はこういう、どちらかというと軍には場違いな人だったのかもしれないと思った。時代の空気って怖いよな…。戦争という非日常の中での「日常の謎」というわけだが、そのささやかな「日常」も徐々に戦争に飲み込まれていく。ティムと個性豊かな仲間たちとのやりとりは心温まるものだが、時に当時の社会背景が深く影を落としひやりとさせられる。ティム自身がその影を自覚していないこともあるのだが、エドが気付きを促すことも。ティムが世間知らずすぎな気もしたが、当時のアメリカの田舎から出てきた青年はこんなものだったのだろうか。ティムの地元の土地柄故に彼の心にひっかかる謎もある。この話はちょっとやりきれないものがあった。また、のんきな青年たちが戦場で過ごすうちに変化していく様も辛い。まだPTSDという概念がない時代が舞台だが、戦場での体験は確実に彼らを蝕んでいく。その中で非情になりきれないティムの性格は、甘さというよりも救いになっていくのだ。
 ある謎により、連作短編がはっきりと長編小説として立ち上がってくる。その謎は第二次世界大戦という状況下だからこそ生じたものだ。青春小説、日常の謎ミステリではあるが、やはり根底は戦争小説なのではないかと思う。戦争は人間に非人間的な行為を強いるということがそっと描かれているのだ。

戦場のコックたち (創元推理文庫)
深緑 野分
東京創元社
2019-08-09





世界の果てのこどもたち
中脇 初枝
講談社
2015-06-18


『三体』

劉慈欣著、大森望・光吉さくら・ワン・チャイ訳、立原透耶監修
 物理学者の父を文化大革命で殺され、人類に絶望した科学者の葉文潔。機密扱いの軍事研究施設にスカウトされるが、そこでは人類を運命にかかわるあるプロジェクトが進行していた。数十年後、ナノテク研究者の汪淼はある会議に召集され、世界中の科学者が自殺していると知る。科学フロンティアなる団体が絡んでいるらしいのだが。汪淼は科学フロンティアへの潜入を引き受ける。
 中国で大ヒットしている作品らしいが、文革との距離感がこういう感じになったのかと時代を感じる。あの時のあれが人類滅亡の動機に…というスケールの大きさだが、その人物がやろうとしていることがまた文革みたいで皮肉。何かを盲目的に信じることで科学ではなく宗教の範疇に入っていくようだ。しかし俯瞰で見るとスケール大き目の隣の芝生は青いという話っぽい。宇宙からやってくる知的生命体というと、なんで人類よりも出来がいいと思っちゃうんだろうな…まあ科学技術力は高いんだろうけど。宇宙人が予想よりも人間からかけ離れていないのがちょっとつまらない。もっと遠く離れたところに連れて行ってほしんだよね…

三体
劉 慈欣
早川書房
2019-07-04


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