3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『絞首台の黙示録』

神林長平著
 松本市で暮らす作家の「ぼく」は、父と連絡が取れないという冠婚葬祭互助会からの知らせを受け、新潟の実家へ戻る。実家で父の不在を確認したものの、そこで出会ったのは自分と同じ名前「タクミ」と名乗る自分そっくりの男だった。彼は育ての親を殺して死刑に「なってから」ここに来たというのだ。一方、父は生後3か月で亡くなった双子の兄と「ぼく」にそれぞれ「文」「工」と書いて同じ「タクミ」と読ませる名前を付けていた。
 SFでもありミステリでもあり哲学でもある。ほぼ「ぼく」と「おれ」の一人称と対話で進む「ぼく/おれ」は何者なのか、「タクミ」とはどういう存在なのかという思索。自分という存在が単一ではなくいくつものレイヤーに存在している、またある分岐から自分という存在のルートがいくつも分岐しているのではという「自分」の在り方、不確かさを辿る。宗教・哲学の領域に入っていく過程を力業で読ませる。その在り方に気付く過程が対話によるものだというのは哲学の基本なのかも。


レームダックの村
神林 長平
朝日新聞出版
2019-11-07


『小松とうさちゃん』

絲山秋子著
 大学で非常勤講師をしている小松と、そこそこ大手企業のサラリーマン宇佐美は飲み友達。小松は新幹線で出会った同い年の女性みどりに恋心を抱く。宇佐美のアドバイスで距離を縮めていくが、みどりは一風変わった仕事をしていた。
 50代の男性2人、女性1の淡い友情と恋愛が描かれる。小松と宇佐美は同年代だが、職業も年収も生活も全然違う。しかしそこでお互いひがんだりうらやんだりということはない。そんなに頻繁に会うわけでもないしお互いの生活を熟知しているわけでもないが、結構突っ込んだ相談もするし真剣に相手のことを心配もする。あっさりしているのだが、そこがいい。濃いだけが友情ではないのだ。これは小松とみどりの関係でも同様で、なんとなくいいなという程度の恋心で情熱的ではないが、ちゃんと恋愛ではある。どちらの関係性もなんだかうらやましくなった。慣れない恋にあたふたする小松、ネットゲームにはまって、ゲーム上でもほぼ仕事なみの責任を負ってしまっている宇佐美のぼやきはユーモラスかつ、ほろ苦い。そのほろ苦さはもう若くはないという彼らの自覚からくるものでもある。とは言え人生加齢したからつまらなくなるわけでは全然ないという、爽やかなラストだった。

小松とうさちゃん (河出文庫)
絲山秋子
河出書房新社
2019-12-05


薄情 (河出文庫)
絲山秋子
河出書房新社
2018-07-05




『ゴリラに学ぶ男らしさ 男は進化したのか?』

山極寿一著
 人間の男、女という存在は生物としてのオス・メスの違いだけではない。社会的・文化的に区別されたジェンダーである。いわゆる「男らしさ」、男性像とはこれまでの文化・習慣の中で形成されたもので、社会が急速に変化していく中では、段々「男らしさ」が硬直し男性も女性も苦しめることになる。そもそも男、オスの特徴とはどういうものなのか?霊長類学者であり著者が霊長類の生態から、「男」が形成される軌跡を追う。
 同じサルの仲間でもオスのふるまいやオス・メスの関係性はだいぶ違う。子育てへの参加の仕方は群れの成立(そもそもオラウータンのように群れを作らないサルもいる)の仕方によってによって変わってくる側面が強い。ただ、サルにとっての子育ては子供をかわいがる、自分の子供を愛するというものとは似ていても基本的に異なる。あくまで自分のオスとしての存在価値や群れを維持し、自分の子孫を残すためのシステムの一部だ。似ていても、やはり人間とは違う。ということは、いわゆる生物上の「男らしさ」と人間の男性に要求される「男らしさ」は離れていかないとならないのでは。


『こうして誰もいなくなった』


有栖川有栖著
 小さな孤島に招待された7人の男女。島のホテルで出迎えたのは使用人の夫婦のみで、主は姿を見せない。残されたボイスメッセージは、悪人たちを裁くためにこの島に集めたと告げる。そして第一の殺人が起きた。アガサ・クリスティの代表作へのオマージュかつ王道の本格ミステリである表題作の他、ファンタジーにホラー、日常の謎系ミステリにショートショート等、幅広いノンシリーズ短編集。
 見本市的なバリエーションがあって、気軽に楽しめた。こういうのも書く人なんだ、という意外さも。とは言え、やはり表題作が一番すわりがいい。著者の文章のお作法は、本格ミステリを書くことに最適化されているのではないかと思う。状況説明するのに適した文体なんだろうなー。とは言え、自分でも意外だったのだが、一番ツボにはまったのはパロディファンタジー「線路の国のアリス」。題名の通り、鉄道の国に迷い込んだアリスの物語だが、スイッチバックがちゃんとスイッチバック文になってるー!とかループがちゃんとループ文になってるー!(何のことだかわからないだろうが、本文を見ると一目瞭然なのです)という喜びがあった。著者の鉄道ファンとしての面が色濃く、どころではなくあからさまに出ていて微笑ましい。線路の国での不思議な現象と鉄道ネタがちゃんと一体になっている。


『こびとが打ち上げた小さなボール』

チョ・セヒ著、斎藤真理子訳
 1970年代、軍事政権下の韓国。大規模な都市開発により土地は買い占められ、高層マンションが次々に建築されていた。急速な経済発展に伴い、土地を追われやすい労働力として使いつぶされる人々がいた。彼らの苦しみと呪詛の声、そして祈り。
 70年代に書かれた作品だが、現代の日本でおそらく全く当時と同じように通用している、いやより深刻に響いてきて辛い。この格差と搾取の構造は延々と続くのかと暗澹たる気持ちになるのだ。「こびと」や「いざり」は豊かになっていく社会から取り残されていく人たちだ。彼らにしろ工場で働く若者たちにしろ、何か壮大な野望や夢を抱いているわけではない。彼らはただ人間らしく生きたいだけなのだ。世の中の豊さが誰かの人間としての尊厳を損なうことによって成立しているということがやりきれない。末端の人間だけでなく、彼らよりも経済力はあるが労働者の置かれた状況に怒りを感じ改革を目指す人間、同情はするが何もできない人間、そして豊さを享受することが当たり前で、自分たちが搾取している等とは考えない人間も描かれる。それぞれの層は接触はあっても交わらず理解し合うこともなさそう。現状を変えられるきざしは見当たらない。それが結構辛いのだが、弱いものに寄り添った視点で描かれており、そこにほのかな希望がある。

こびとが打ち上げた小さなボール
チョ・セヒ
河出書房新社
2016-12-23


カステラ
パク ミンギュ
クレイン
2014-04-19


『この世にたやすい仕事はない』

津村記久子著
 10数年働いた仕事で燃え尽きてしまった「私」は、職業安定所で「簡単な仕事」を紹介してもらう。紹介してもらったのはどれも「簡単な仕事」だが、少々風変りなものばかり。働くことを描く連作集。
 特定の人を観察する仕事、路線バス車内の広告アナウンスを作る仕事、豆知識について原稿を作る仕事・・・。こんな仕事実際にありそう、というものかこんな仕事ないだろう!というものまで、ちょっと不思議なお仕事小説。と言っても本作の焦点は仕事そのものではなく、仕事と人との関係、働くという状態の不思議さ、奇妙さにある。特定の場所に来て特定の作業を行う(そうでない仕事ももちろんあるが、本著に出てくる仕事はそういうものなので)、その対価をもらうという行動はもしかすると大分奇妙なのではと思えてくる。仕事にどの程度責任を持てばいいのか「私」が見失っていく様子は、少々ホラー的でもあった。また、仕事場での人間関係も奇妙だ。同僚という状況で出会わなければまず交流しなさそうな人たちと何となく付き合いが出来ていく。その人間関係が苦しくなることもあるし、親密「ではない」からこそ気楽なこともある。「私」がどういう人なのか、過去に何があったのか、徐々に見えてくる構成が上手い。仕事の中で壊れていく人もいるが、仕事の中で再生していく部分もある。でも、個人的には出来れば働きたくないですよ・・・正に「この世にたやすい仕事はない」のだから。


ディス・イズ・ザ・デイ
津村記久子
朝日新聞出版
2018-06-07


『これなら書ける!大人の文章講座』

上阪徹著
 広告制作からスタートし、実用書から有名人への取材まで様々な著作を送り出してきた著者が、「人に読んでもらえる」という1点に絞り、文章を書く際の秘訣を解説。
 文章はほぼほぼ既存のデータで構成されている(だからこまめに観察とメモ、形容詞はいらない)、上手い文章を書こうとしなくていい、話すように書けばいい、まずはざっくり書通してみて後から調整する等のアドバイスは執筆素人にとって実用的。いわゆる美文や新聞記事のようなかっちり構成された文章が「いい文章」というわけではなく、プロではない人が書くのなら内容が正確に伝わる、読みやすいものが「いい文章」という意味。まずはそちらを目指した方がいいという方向の指南書だ。文章は情報を伝えるもの、という点に徹している。情報を伝える道具である文章の怖さについても言及されており、題名の通り「大人の文章講座」入門としてはとっつきやすい。
 何を書くのかという点についても、感想ではなく見たことあったことを、という指摘は、文章を書きなれていない人にとって目安になっていいのでは。メールやSNSでの文章の書き方アドバイスも盛り込まれており、対象年齢はやや高めな印象(でも若い人にももちろん役に立つと思う)。とは言えビジネス文書やレポート向けの文章の書き方指導というわけでもないし、何の為の文章を想定しているのか?と思っていたら、最後に「自分史」の書き方というオチがついてずっこけましたね。そこかよ!



文章読本さん江 (ちくま文庫)
斎藤 美奈子
筑摩書房
2007-12-10



『コールド・コールド・グラウンド』

エイドリアン・マッキンティ著、武藤陽生訳
 12980年代の北アイルランド。片腕を切断された男性の死体が発見された。無くなった片腕の代わりに現場には別人の片腕が残され、更に体内からはオペラの楽譜が見つかる。刑事ショーンはテロ組織の粛清に見せかけた殺人事件ではないかと疑う。彼の疑いを裏付けるように、「迷宮」と記された犯人からの挑戦状と思しき手紙が届く。
 80年代北アイルランドではIRAを筆頭に武装勢力が乱立、紛争が日常茶飯事になっており、殺人と言えばテロや組織間の抗争、粛清によるものと相場が決まっていた。ショーンが遭遇したような政治的背景が見えない「普通」の殺人事件の方が優先順位が低いという、特殊な時代背景が本作の肝。テロの脅威の前には殺人犯逮捕という正義の執行は霞んでしまう。捜査に慣れていないショーンたちの捜査はかなり危なっかしいし、警察としてもそこに労力を割きたくないという本音が見え見えなのだ。また、ショーンはカソリックなのだが、周囲がプロテスタントの中カソリックとして生きる、しかも警官であるということがどういうことか、緊張感が肌感覚で伝わってくる。当時を舞台にした映画で、車を出す前に底を確認する(爆弾が取り付けられていないか確認する)という動作を見たことがあったが本当に毎回やってるんだな・・・。
 ショーンは聡明とは言い難く(最近のミステリ小説ではなかなか見なくなった推理のへっぽこさ)、どこかふらふらと定まらなくて暴走しがち、様々な面でゆらぎの大きい人物なので、読んでいる間中心もとない。本作単体でというよりも、シリーズとしての展開が期待できそう。音楽や映画などサブカルチャーへの言及も多く、当時を体験した人ならより楽しめるのでは。


HUNGER/ハンガー 静かなる抵抗 [Blu-ray]
マイケル・ファスベンダー
ギャガ
2014-10-02





『壊れた海辺』

ピーター・テンプル著、土屋晃訳
 刑事キャシンは心身共に傷を負い、海辺の故郷に戻って地元の警察署で働き始めた。ある日、慈善事業等でも知られた資産家が自宅で殺される。物取りの仕業と思われ、容疑者として浮上したのは、高価な時計を売りに来たアボリジニの青年たちだった。彼らを追い詰めた警察は、2名を射殺、1名を逮捕。事件は終わったかに見えたが、警察の対応に疑問を感じたキャシンは捜査を続ける。
 オーストラリアを舞台にした作品で、都市部ではないオーストラリアの風土、文化が色濃く見られる。特にオーストラリア先住民であるアボリジニ(作中ではこの表記だが、近年は差別的な響きがある為に殆ど使われない。アボリジナル、アボリジナル・ピープル等と称するそうだ)に対していまだに差別が色濃く時にぎょっとさせられる(本作の舞台は現代)背景、また観光地化に伴う自然破壊問題等も、作中の事件とも関わってくる。やたらと広大で乾燥しており、雄大な大地というよりも荒涼とした土地という感じ。
 本作、文章に独特の読みづらさがある。基本キャシン視線の文章だが、急に過去の事件に言及したり(しかもそれが伏線になっているとは限らない)、キャシンの思考に空白が出来たかのようにシチュエーションが飛躍したりする。物語の主線上でのジャンプが多い感じだ。ただ、このスタイルが本作の持ち味になっている。キャシンは同僚を、そして自分のことも傷つけた過去の事件にことあることに引き戻されるが、この過去に引き戻されるという行為が、本作の中心にある事件の背景にもあるのだ。

壊れた海辺 (ランダムハウス講談社文庫 テ 3-1)
ピーター テンプル
武田ランダムハウスジャパン
2008-10-10




『声』

アーナルデュル・インドリダソン著、柳沢由実子訳
 クリスマス目前でにぎわうヘルシンキのホテルの地下で、ホテルの元ドアマンの死体が発見される。クリスマスパーティーにサンタクロース役で登場するはずだった男は、サンタの衣装のままめった刺しにされていた。捜査官エーレンデュルは捜査を進めるうち、男の意外な過去を知る。
 クリスマスシーズンで世の中が浮き立っているが、妻とはかなり前に離婚して独り身、娘とはぎこちなく(シリーズ1,2作目で経緯が描かれる)息子とは疎遠なエーレンデュルは所在なさげ。部下に気を使われ、各方面から「クリスマスはどう過ごすんですか?」と何度も聞かれるというもはや反復ギャグのようなやりとりがおかしい。エーレンデュル、自宅に帰るのも気が進まず事件現場のホテルにそのまま泊まってしまうのだからよっぽどである。でも自分では絶対所在なさを認めないのだろう。彼の頑固さと独特の陰気さが魅力となっている奇妙なシリーズだ。
 彼の感じる自分とクリスマスとの無縁さは、被害者が感じていたものでもあるのかもしれない。また、エーレンデュルの過去の傷と、被害者の過去、そしてもうひとつの事件とが呼応していく。共通するのは家族の繋がりの危うさと断ち切れなさだ。すっぱりと諦められれば楽なのに、何で手放せないのかという。登場人物それぞれを、過去から続く傷がすこしずつ浸食し続けているようで痛ましい。

声 (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2018-01-12


緑衣の女 (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2016-07-10

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