角田光代訳
須磨・明石から帰京し政に復帰した光源氏。一方で藤壺の宮との不義の子は新たな帝になり、明石の女君は女児を出産し上洛。光源氏は勢力を取り戻し、広大な六条院が落成する。新訳文庫3巻は「澪標」から「玉鬘」までを収録。
明石での左遷生活に一区切りがつき都に返り咲く光源氏だが、文庫版あとがきで言及されているように、単に美しく才能あふれる主人公というアイコン的な造形からはみ出し、人間臭さが増しているように思う。欲望に負けやすい意志の弱さ(主に女性に惑わされやすいという点だが)や、執着の捨てられなさがよりはっきりと描かれる。また周囲の女性たちの造形も陰影が深い。田舎育ちで自分の身分に引け目を感じ、自己評価の低い明石の君の人となりは、等身大の人間としての魅力を感じさせる。その明石の君を尊重しつつも、彼女や玉鬘への執着に心穏やかではない紫の上は、振り回されて気の毒に思えてくる。人間の機微がより生々しく迫ってくるのだ。また、スピンオフ的な若君たちの幼い恋を綴った「少女」の章、逃亡劇と再会劇という大イベントで盛り上がる「玉鬘」等、ちょっと違った味わいの章もありメリハリがあって楽しい。「玉鬘」は本当にザ・エンターテイメント!という感じで新鮮だった。