3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『雲を紡ぐ』

伊吹有喜著
 高校生の美緒は学校に行けなくなっていた。両親に自分の思いを言い出せず、思いつめた美緒は衝動的に、父方の祖父の工房がある盛岡へ向かった。祖父・紘治郎は羊の毛の織物・ホームスパンの職人だが、息子である美緒の父とは疎遠だった。美緒は祖父の元でホームスパンのことを学び始める。
 舞台が盛岡市ということで手に取った、逆に言うと他のどこかが舞台だったら多分手に取らなかった、自分が普段好むものとは違ったタイプの作品だが、なかなか良かった。相手の顔色を気にしすぎて自分の言葉も表情も凍り付いてしまう美緒の姿はもどかしいが、言葉が出てくるまでに時間がかかる人もいる。美緒の父・広志もそうなのだが、母・真紀は逆に言葉が達者ではっきり表明することを良しとする。母親からは、夫や娘は肝心な所で黙り込んでしまってずるいと見えるのだろう。美緒は両親を嫌いなわけではないし、両親は娘を大事に思っている。しかしお互いに接し方がわからない。前景に出ているのは美緒と家族が変化していく姿だが、家族であっても他者であり、何を考えているのかは表現しなければわからないということが背景に横たわっているのだ。彼らは歩み寄りはするが、最後まで理解しあったとは多分言えない。しかし、それぞれが自分の生き方を少し柔らかくする。その媒介になるのが紘治郎で正により糸のような存在なのだが、紘治郎もまた自分の生き方の中で家族を傷つけたこともある。だからこそ取返しがつかなくなる前に、と孫たちを促すのだ。とは言えこういう拘りの強い人が家族だったら結構面倒くさいなー。あまりに色々出来すぎて対等に向き合うのが難しいタイプだし、それが家族内の拗れを生んだようにも思えた。
 盛岡市内の描写が具体的で、実在の場所や商品名が色々出てきて楽しい。具体名が出てこない店も、多分あのあたりでは?と見当がつく。ご当地小説としてはとても良い。ただ、地元の人は「じぇじぇ」ってあまり言わない気がするんだけど…今は違うのか?また自分にとって馴染み深い絵本や児童文学のタイトルが次々出てくるのは予想外でこれも楽しかった。私も『のばらの村のものがたり』大好きで滅茶滅茶憧れた。

雲を紡ぐ (文春e-book)
伊吹 有喜
文藝春秋
2020-01-23


BAR追分 (ハルキ文庫)
有喜, 伊吹
角川春樹事務所
2015-07-11


 

『黒魚都市』

サム・J・ミラー著、中井融訳
 温暖化により海面上昇が進んだ近未来。巨大建造物クアナークは、高度なAIに管理された海上都市だが、ブレイクスと呼ばれる感染病が蔓延しつつあった。ある日、動物と精神を通わせる女性がホッキョクグマとオルカを連れてやってくるという噂が広がる。
 温暖化による環境破壊、資源の奪い合いと紛争、難民問題、拡大する経済格差、そして感染病という今の社会をそのまま投影したような要素が組み込まれている。本作が書かれたのは新型コロナ流行の前なので、感染病についてはたまたまなわけだけど…。クアナークは北極圏に近く、広く使われている言語がスウェーデン語や中国語だったりするあたり、温順だったエリアは水没し北部と強大な資本力・ネットワークを持った国だけが生き残り、あとは難民化している様子が垣間見え面白い。AIに管理されたテクノロジー都市である側面と、難民たちがひしめくスラムとの両極から成る、重層的(文字通り上へ上へ延びる構造なわけだし)な都市の姿が一つの魅力だ。街中で多くの人が「地図のない街」という作者不明の語りを耳にするが、都市そのもののであるようにも読めてくる(とはいえそこにはある人物の意図があるわけだが)。チャイナ・ミエヴィルやパオロ・バチガルピの作品を連想した。
 神秘的にも思える動物との精神の共有「ナナイト」は、実はナノマシンによるもので、非人道的な実験により生まれたので根絶されたもの。動物との意識の共有、自分の意識が拡張されるような解放感は非常に魅力的だが、功利主義的な科学技術の産物だ。こういう科学が魔法に見える様がSF小説の醍醐味の一つだと思う。一方、ブレイクスは感染者に幻影を見せ、他人の記憶やイメージに浸食されるような症状を起こす。ブレイクスが人間の社会のあり方を変えるのではという兆しが見られるが、その方向は集団無意識のような、少々スピリチュアルなものに思えた。「地図のない街」は物語の共有として、その媒介になっているのでは。


第六ポンプ
パオロ バチガルピ
早川書房
2014-02-21


『暗い世界 ウェールズ短編集』

河野真太郎編
 見ず知らずの他人の葬式にもぐりこむ少年たち(「暗い世界」)、競歩の強豪選手とライバルたち(「あんたの入用」)、長閑な田園風景にも戦争が影を落とす(「失われた釣り人」)等、ウェールズ英語文学の短編小説5編を収録した作品集。
 ウェールズ小説(正確には英語で書かれたウェールズをルーツとする作家の小説)に触れるのは初めてなのだが、描かれている時代の幅(1910年代あたり~現代)から、ウェールズの社会が見えてくる。各編ごとに丁寧な解題があるので読み解きの補助線になり助かった。
 表題作「暗い世界」は、少年たちのおやつ稼ぎ兼悪ふざけの世界がある出来事から正に「暗い世界」になるという、急転のあざやかさと不吉さにインパクトがあった。先の見えなさ、不安さが漂う社会情勢だったのかもしれない。不安さという面では「失われた釣り人」の不安も重く厚い。第二次大戦下で、舞台となる田舎町にも空襲の被害が及んでくる。自然描写が生き生きとして美しくとても魅力があるのだが、その美しさは人間をそっちのけで存在しているように思えてくる。どこか陰鬱な影のある作品の中、「あんたの入用」はどぎつめのユーモラスさがあった。人間てしょーもないな!というユーモラスさではあるのだが。

暗い世界
堀之内出版
2020-08-03


『黒と白のはざま』

ロバート・ベイリー著、吉野弘人訳
 幼いころに父親をクー・クラックス・クランに殺されたボーは、彼らに制裁を加えることを目標に、町で唯一の黒人弁護士として故郷のテネシー州ブラスキに留まり続けてきた。しかし父親の45年後の命日、報復殺人の容疑で逮捕されてしまう。ボーは恩師である元ロースクール教授のトムとその元教え子リックを頼る。
 『ザ・プロフェッサー』に続くトーマス・ジャクソン・マクマートリーシリーズ第2弾。前作の展開を踏まえているので、本作を先に読むと一作目がどういう展開だったのか多少わかってしまうので注意。法廷ジェットコースターサスペンスだった前作と比べると、本作では真犯人は誰なのか、なぜ事件が起きたのかという謎が中心にある。そして前作以上にアメリカ南部のが舞台であることを意識させる。何しろプロローグでKKK登場、その後もずっと影を落とす。この土地にボーが留まり続けることがどういうことなのか、そうせざるをえない思いの強さと合わせて染みてくる。前作でもトムへの思慕の深さが垣間見えたボーだが、本作を読むと彼がなぜ「あなたしかいないんです」と言うのかわかってくる。そこまで言われてはトムも奔走せざるを得ない。
 トムが法曹界、またフットボール界での功績により尊敬されている様、OBの絆が前作では色濃く、そういった文化になじみがない読者としては違和感・若干の気持ち悪さがあった。しかし本作で登場する検事ヘレンは、法曹界での功績はともかく、トムのフットボール界における功績や知名度には全く敬意を示さない。外の世界の人からしたらそんなものだという距離感が生まれている。前作でちょっと鼻についた部分が是正sれているように思う。また、小説の構成も前作よりすっきりと読みやすくなっている(リーダビリティは相当上がっている)。難点をちゃんと直してくる作家なのかな。だとすると次作はもっと面白いはず。

黒と白のはざま (小学館文庫 ヘ 2-2)
ロバート・ベイリー
小学館
2020-01-07


ザ・プロフェッサー (小学館文庫)
ロバート ベイリー
小学館
2019-03-06


『熊の皮』

ジェイムズ・A・マクラフリン著、青木千鶴訳
 アパラチア山脈、ターク山自然保護区の管理人として働き始めたライス。ある日、管理区域で胆嚢を切り取られた熊の死体を発見する。熊の内臓は闇市場で高値で取引される為、密猟者が狙っているのだ。ライスは密猟者を探すが地元民は非協力的。さらに前管理人のサラは何者かに暴行されていたという。
 犯人、ではなく被害者が熊!地元民の敵意の中で密猟者を追うと同時に、ライスは自分の過去の因縁とも戦わなくてはならない。ライスが過去にしたこと、ライスが現在していることが平行して語られ、彼がどういう経緯で今の生活にたどり着いたのか、今のライスを形作ったものは何なのかがわかってくる。状況的にも元々のパーソナリティとしても、あまり感情を外に出さず(出せず)善人でも悪人でもないが世渡り上手とは言い難い(だからどんどん苦境に追い込まれる)ライスの人となりが良い。
 とはいえ本作の読みどころはプロットやライスの過去の因縁よりも、彼を取り巻く山、森林、熊や鹿などの動物の描写にあると個人的には思う。植物の名前や鳥の名前などの具体性が楽しいし、何より山の中にいる時の静かさ(実際には動物や鳥の声などがするので全く静かというわけではないんだけど)、頭の中がしんとする感じの描き方が詩情豊か。この山自体が主人公で、ライスがその一部になってきている感じがするのだ。ライスの五感が一線を越えていく様なども超現実的なのだが説得力がある。

熊の皮 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ジェイムズ・A. マクラフリン
早川書房
2019-11-06


『昏き目の暗殺者(上、下)』

マーガレット・アトウッド著、鴻巣友季子訳
 1945年、「私」アイリスの妹ローラは、車ごと橋から転落し若くして亡くなった。事故だと報道されたが自殺の噂は絶えなかった。年老いて今では一人で暮らすアイリスは、釦工場で財を成した一家の歴史を振り返り綴り始める。
 アイリスの回想、ローラの著作である小説『昏き目の暗殺者』、アイリスらの親族たちについての新聞記事を織り交ぜていく構造が巧み。実は客観的な記述は新聞記事のみで、アイリスの回想は老齢の彼女の記憶違いや妄想が混ざっている、あるいは意図的に書き換えられているのではという疑いがつきまとうし、『昏き目の暗殺者』はローラの創作物と「されている」。実のところどうなっているのか、ある出来事が『昏き目の暗殺者』に投影されているように見えるが、それは何を意味するのか、はっきり見えたかと思うとまた曖昧になる。ミステリとして引き込む(ハメット賞受賞も納得)一方で、明確な答えは出さない。
 一方、はっきりと描かれているのは当時の女性のおかれていた立場、女性に対する「こうであれ」という規範の息苦しさだ。アイリスとローラは母親が早くに亡くなり父親は娘たちの教育に無頓着だったという事情から、少女時代はそういった規範から比較的解放されていた。しかし成長するにつれ、世間が考える「よき女性」像にはめ込まれていく。結婚以外の選択肢を用意されなかったアイリスの行き場のなさや、途端につまらない、何も自分で決められない人間になっていく(という言い方は現代の視点で読んでいるからできるので酷だと思うけど)感じが辛い。また、自分の意志を尊重したために苦境に追い込まれていくローラの姿もやりきれなかった。当時の女性に対する「こうであれ」とは、考える力や決断力をどんどんそぎ取っていくものだった。これは現代社会でもいまだに尾を引いていると痛感する。アイリスもローラも、時代が違えばもっと別の生き方、活躍の仕方ができたのではと思わざるを得ない。

昏き目の暗殺者 上 (ハヤカワepi文庫)
マーガレット アトウッド
早川書房
2019-09-19


昏き目の暗殺者 下 (ハヤカワepi文庫)
マーガレット アトウッド
早川書房
2019-09-19


『くるりのこと』

くるり、宇野継雅著
 1996年京都で結成され、メンバーを入れ替えつつも現在に至るまで走り続けるバンド、くるり。メンバーの岸田繁、佐藤征史に音楽ライターの宇野が聞き取り、くるりの山あり谷ありの旅路を追う。
 くるりがメジャーデビューしたのは1998年。京都の大学(岸田、佐藤、初代ドラマーの森は立命館大学の音楽サークル出身)からユニークなバンドが出てきたと音楽ファンの間でちょっと話題になり、実際に聴いてこれは面白いなと思った記憶がある。私はアルバムがリリースされれば聴き、ライブにも通ったのでファンと言えばファンなのだが、実はくるりというバンドがどういう成り立ちなのか、インタビューにどのように答えてきたのかということはよく知らなかった。つまり音楽そのもの以外はさほど知らなかったということになる。今回初めて、この人たちはこういうことを考えてきたのか、音楽に対する姿勢は(音楽で表現される部分以外は)こういうものだったのかと、20年越えにしてまさかの新鮮さを感じた。
 くるりといえば岸田、佐藤以外のメンバーの出入りがやたらと激しいという印象だったが、出入りそれぞれの事情と経緯にはなるほどなと納得。あの時期のドラムがいいとか、あのライブの時の体制がすごくよかったとか、個人的にそういう思い出はあるが、過去は過去。やはり今のくるりが一番面白いと思わせてほしい。彼らがデビューしたのは日本の音楽業界にかろうじてまだお金があった次期で、その後は右肩下がりな一方。業界が変化していく様とバンドがどのように「営業」していくかという様がリンクしており、ここ20年くらいの音楽業界の変容という視点からも面白かった。激動だったよな・・・。それにしても、岸田さんは結構頻繁にプライベートをこじらせそれが毎回仕事のモチベーションに響いているんですね・・・創作とはそういうものかもしれないがご自愛ください・・・。
 なお私が好きなくるりの曲は「HOW TO GO」、「ブレーメン」、「ハローグッバイ」、「Liberty&Gravity」です。

くるりのこと (新潮文庫)
くるり
新潮社
2019-04-26





ソングライン <初回限定盤A:CD+Blu-ray>
くるり
ビクターエンタテインメント
2018-09-19

『黒き微睡みの囚人』

ラヴィ・ティドハー著、押野慎吾訳
かつてドイツの有力な政治家だったウルフは、“第転落”に伴い権力を失い、ロンドンに流れ着く。探偵となった彼の元にユダヤ人富豪の娘が妹を探してほしいと依頼に来た。ユダヤ人嫌いなウルフだがお金の為に調査を始める。しかし娼婦連続殺人事件に巻き込まれ、かつての同志たちの陰謀にも近づいていく。
ユダヤ人嫌いのドイツ人で巨大な権力を有した男と言えば彼だなと察しがつくし、彼のかつての仲間や愛人らの名前も出てくる。彼が生き延びてロンドンで探偵を始めたら、という歴史改変奇想ノワール。チャンドラーやハメットを踏まえた古典的ハードボイルドの語り口で歴史改変小説を語り、更にアウシュビッツに収監された作家のパートが並走していく。探偵の物語は作家が垣間見た夢のようでもある。ホロコーストをやった側からは世界はどのように見えていたのか、悪夢混じりのパルプノワールとして展開されていくのだ。そして彼は、ロンドンでは移民であり今度はホロコーストによって追い立てられて行く立場に逆転する。ホロコーストはあの時代のあの国独自のものではなく、似たような状況、世の中の空気が醸成されればどの時代、どの国でも起こりうる。経済的な不安や政治への不満のはけ口として積極的にそういう現象を起こそうとする人達もいるのだ。クライマックスの狂乱の気持ちの悪さ!

黒き微睡みの囚人 (竹書房文庫)
ラヴィ・ティドハー
竹書房
2019-01-31






革命の倫敦(ロンドン) (ブックマン秘史1)
ラヴィ・ティドハー
早川書房
2013-08-23

『砕かれた少女』

カリン・スローター著、多田桃子訳
 高級住宅地にある邸宅で、少女の遺体が帰宅した母親によって発見された。母親はその場にいた血まみれの少年と鉢合わせし、乱闘の末、彼を刺殺してしまう。捜査担当になったジョージア州捜査局特別捜査官のウィル・トレントは少女の父親・ポールと面識があった。遺体を見たポールはこれは娘のエマではないと断言する。遺体は誰なのか、そしてエマはどこにいるのか。ウィルは地元の警官フェイスと組んで捜査を開始する。
 凄惨、かつタイムリミットが刻一刻と迫るタイプの事件で緊張感は強い。その割には話があっちに行ったりこっちに行ったりする印象があり(犯行を複雑にしすぎな気が・・・)、いよいよ終盤というところでちょっと集中力が途切れてしまった。各登場人物の造形に膨らみ・背景があり、行動原理に不自然さがないのだが、その造形の膨らませ方が仇になっている気もする。ディスクレイシア(読字障害)を抱えているウィルには虐待を受けていた過去もあり、本作の事件の背景にあるような事象は、単なる事件の背景以上の意味合いを持ってくる。彼には婚約者や仕事のパートナーもいるが、彼の背景・過去について分かち合えるわけではなく(当人もそれを望まず)孤独であるように見える。その孤独さが事件の解明につながってくるというのが皮肉だ。

砕かれた少女 (マグノリアブックス)
カリン・スローター
オークラ出版
2017-04-25


罪人のカルマ (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-06-16


『暗い越流』

若竹七海著
 凶悪な殺人犯に、ファンレターが届いた。「私」は弁護士の依頼を受け、差出人は何者か調べ始めたが、その女性は5年前に失踪していた。表題作の他、探偵・葉村晶シリーズ2編を含む中短編集。
 表題作の題名が象徴的だが、人の心の暗い部分が浮き上がってくる話ばかり。暗さの度合いや経緯を書き込める長編とは異なり、作為が目立ちすぎ、ちょっと露悪的なように思った。短編ミステリだとどうしてもまとまりのいいインパクトやトリッキーさが強調されがちだからだろう。面白いことは面白いけど、後味の悪い短編ミステリという枠から出てこない。

暗い越流 (光文社文庫)
若竹 七海
光文社
2016-10-12


御子柴くんの甘味と捜査 (中公文庫)
若竹 七海
中央公論新社
2014-06-21

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