3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『熊の皮』

ジェイムズ・A・マクラフリン著、青木千鶴訳
 アパラチア山脈、ターク山自然保護区の管理人として働き始めたライス。ある日、管理区域で胆嚢を切り取られた熊の死体を発見する。熊の内臓は闇市場で高値で取引される為、密猟者が狙っているのだ。ライスは密猟者を探すが地元民は非協力的。さらに前管理人のサラは何者かに暴行されていたという。
 犯人、ではなく被害者が熊!地元民の敵意の中で密猟者を追うと同時に、ライスは自分の過去の因縁とも戦わなくてはならない。ライスが過去にしたこと、ライスが現在していることが平行して語られ、彼がどういう経緯で今の生活にたどり着いたのか、今のライスを形作ったものは何なのかがわかってくる。状況的にも元々のパーソナリティとしても、あまり感情を外に出さず(出せず)善人でも悪人でもないが世渡り上手とは言い難い(だからどんどん苦境に追い込まれる)ライスの人となりが良い。
 とはいえ本作の読みどころはプロットやライスの過去の因縁よりも、彼を取り巻く山、森林、熊や鹿などの動物の描写にあると個人的には思う。植物の名前や鳥の名前などの具体性が楽しいし、何より山の中にいる時の静かさ(実際には動物や鳥の声などがするので全く静かというわけではないんだけど)、頭の中がしんとする感じの描き方が詩情豊か。この山自体が主人公で、ライスがその一部になってきている感じがするのだ。ライスの五感が一線を越えていく様なども超現実的なのだが説得力がある。

熊の皮 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ジェイムズ・A. マクラフリン
早川書房
2019-11-06


『昏き目の暗殺者(上、下)』

マーガレット・アトウッド著、鴻巣友季子訳
 1945年、「私」アイリスの妹ローラは、車ごと橋から転落し若くして亡くなった。事故だと報道されたが自殺の噂は絶えなかった。年老いて今では一人で暮らすアイリスは、釦工場で財を成した一家の歴史を振り返り綴り始める。
 アイリスの回想、ローラの著作である小説『昏き目の暗殺者』、アイリスらの親族たちについての新聞記事を織り交ぜていく構造が巧み。実は客観的な記述は新聞記事のみで、アイリスの回想は老齢の彼女の記憶違いや妄想が混ざっている、あるいは意図的に書き換えられているのではという疑いがつきまとうし、『昏き目の暗殺者』はローラの創作物と「されている」。実のところどうなっているのか、ある出来事が『昏き目の暗殺者』に投影されているように見えるが、それは何を意味するのか、はっきり見えたかと思うとまた曖昧になる。ミステリとして引き込む(ハメット賞受賞も納得)一方で、明確な答えは出さない。
 一方、はっきりと描かれているのは当時の女性のおかれていた立場、女性に対する「こうであれ」という規範の息苦しさだ。アイリスとローラは母親が早くに亡くなり父親は娘たちの教育に無頓着だったという事情から、少女時代はそういった規範から比較的解放されていた。しかし成長するにつれ、世間が考える「よき女性」像にはめ込まれていく。結婚以外の選択肢を用意されなかったアイリスの行き場のなさや、途端につまらない、何も自分で決められない人間になっていく(という言い方は現代の視点で読んでいるからできるので酷だと思うけど)感じが辛い。また、自分の意志を尊重したために苦境に追い込まれていくローラの姿もやりきれなかった。当時の女性に対する「こうであれ」とは、考える力や決断力をどんどんそぎ取っていくものだった。これは現代社会でもいまだに尾を引いていると痛感する。アイリスもローラも、時代が違えばもっと別の生き方、活躍の仕方ができたのではと思わざるを得ない。

昏き目の暗殺者 上 (ハヤカワepi文庫)
マーガレット アトウッド
早川書房
2019-09-19


昏き目の暗殺者 下 (ハヤカワepi文庫)
マーガレット アトウッド
早川書房
2019-09-19


『くるりのこと』

くるり、宇野継雅著
 1996年京都で結成され、メンバーを入れ替えつつも現在に至るまで走り続けるバンド、くるり。メンバーの岸田繁、佐藤征史に音楽ライターの宇野が聞き取り、くるりの山あり谷ありの旅路を追う。
 くるりがメジャーデビューしたのは1998年。京都の大学(岸田、佐藤、初代ドラマーの森は立命館大学の音楽サークル出身)からユニークなバンドが出てきたと音楽ファンの間でちょっと話題になり、実際に聴いてこれは面白いなと思った記憶がある。私はアルバムがリリースされれば聴き、ライブにも通ったのでファンと言えばファンなのだが、実はくるりというバンドがどういう成り立ちなのか、インタビューにどのように答えてきたのかということはよく知らなかった。つまり音楽そのもの以外はさほど知らなかったということになる。今回初めて、この人たちはこういうことを考えてきたのか、音楽に対する姿勢は(音楽で表現される部分以外は)こういうものだったのかと、20年越えにしてまさかの新鮮さを感じた。
 くるりといえば岸田、佐藤以外のメンバーの出入りがやたらと激しいという印象だったが、出入りそれぞれの事情と経緯にはなるほどなと納得。あの時期のドラムがいいとか、あのライブの時の体制がすごくよかったとか、個人的にそういう思い出はあるが、過去は過去。やはり今のくるりが一番面白いと思わせてほしい。彼らがデビューしたのは日本の音楽業界にかろうじてまだお金があった次期で、その後は右肩下がりな一方。業界が変化していく様とバンドがどのように「営業」していくかという様がリンクしており、ここ20年くらいの音楽業界の変容という視点からも面白かった。激動だったよな・・・。それにしても、岸田さんは結構頻繁にプライベートをこじらせそれが毎回仕事のモチベーションに響いているんですね・・・創作とはそういうものかもしれないがご自愛ください・・・。
 なお私が好きなくるりの曲は「HOW TO GO」、「ブレーメン」、「ハローグッバイ」、「Liberty&Gravity」です。

くるりのこと (新潮文庫)
くるり
新潮社
2019-04-26





ソングライン <初回限定盤A:CD+Blu-ray>
くるり
ビクターエンタテインメント
2018-09-19

『黒き微睡みの囚人』

ラヴィ・ティドハー著、押野慎吾訳
かつてドイツの有力な政治家だったウルフは、“第転落”に伴い権力を失い、ロンドンに流れ着く。探偵となった彼の元にユダヤ人富豪の娘が妹を探してほしいと依頼に来た。ユダヤ人嫌いなウルフだがお金の為に調査を始める。しかし娼婦連続殺人事件に巻き込まれ、かつての同志たちの陰謀にも近づいていく。
ユダヤ人嫌いのドイツ人で巨大な権力を有した男と言えば彼だなと察しがつくし、彼のかつての仲間や愛人らの名前も出てくる。彼が生き延びてロンドンで探偵を始めたら、という歴史改変奇想ノワール。チャンドラーやハメットを踏まえた古典的ハードボイルドの語り口で歴史改変小説を語り、更にアウシュビッツに収監された作家のパートが並走していく。探偵の物語は作家が垣間見た夢のようでもある。ホロコーストをやった側からは世界はどのように見えていたのか、悪夢混じりのパルプノワールとして展開されていくのだ。そして彼は、ロンドンでは移民であり今度はホロコーストによって追い立てられて行く立場に逆転する。ホロコーストはあの時代のあの国独自のものではなく、似たような状況、世の中の空気が醸成されればどの時代、どの国でも起こりうる。経済的な不安や政治への不満のはけ口として積極的にそういう現象を起こそうとする人達もいるのだ。クライマックスの狂乱の気持ちの悪さ!

黒き微睡みの囚人 (竹書房文庫)
ラヴィ・ティドハー
竹書房
2019-01-31






革命の倫敦(ロンドン) (ブックマン秘史1)
ラヴィ・ティドハー
早川書房
2013-08-23

『砕かれた少女』

カリン・スローター著、多田桃子訳
 高級住宅地にある邸宅で、少女の遺体が帰宅した母親によって発見された。母親はその場にいた血まみれの少年と鉢合わせし、乱闘の末、彼を刺殺してしまう。捜査担当になったジョージア州捜査局特別捜査官のウィル・トレントは少女の父親・ポールと面識があった。遺体を見たポールはこれは娘のエマではないと断言する。遺体は誰なのか、そしてエマはどこにいるのか。ウィルは地元の警官フェイスと組んで捜査を開始する。
 凄惨、かつタイムリミットが刻一刻と迫るタイプの事件で緊張感は強い。その割には話があっちに行ったりこっちに行ったりする印象があり(犯行を複雑にしすぎな気が・・・)、いよいよ終盤というところでちょっと集中力が途切れてしまった。各登場人物の造形に膨らみ・背景があり、行動原理に不自然さがないのだが、その造形の膨らませ方が仇になっている気もする。ディスクレイシア(読字障害)を抱えているウィルには虐待を受けていた過去もあり、本作の事件の背景にあるような事象は、単なる事件の背景以上の意味合いを持ってくる。彼には婚約者や仕事のパートナーもいるが、彼の背景・過去について分かち合えるわけではなく(当人もそれを望まず)孤独であるように見える。その孤独さが事件の解明につながってくるというのが皮肉だ。

砕かれた少女 (マグノリアブックス)
カリン・スローター
オークラ出版
2017-04-25


罪人のカルマ (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-06-16


『暗い越流』

若竹七海著
 凶悪な殺人犯に、ファンレターが届いた。「私」は弁護士の依頼を受け、差出人は何者か調べ始めたが、その女性は5年前に失踪していた。表題作の他、探偵・葉村晶シリーズ2編を含む中短編集。
 表題作の題名が象徴的だが、人の心の暗い部分が浮き上がってくる話ばかり。暗さの度合いや経緯を書き込める長編とは異なり、作為が目立ちすぎ、ちょっと露悪的なように思った。短編ミステリだとどうしてもまとまりのいいインパクトやトリッキーさが強調されがちだからだろう。面白いことは面白いけど、後味の悪い短編ミステリという枠から出てこない。

暗い越流 (光文社文庫)
若竹 七海
光文社
2016-10-12


御子柴くんの甘味と捜査 (中公文庫)
若竹 七海
中央公論新社
2014-06-21

『空白を満たしなさい(上、下)』

平野啓一郎著
 勤務先の会議室で目覚めた土屋徹生は、自分が3年前に社屋の屋上から転落死したことを知らされる。世間では「復生者」と呼ばれる死者の生き返り現象が起きていたのだ。徹生は自殺と見なされていたが、妻子を愛し新商品の開発にも成功していた自分が自殺するなど信じられず、死の直前の失われた記憶と死の真相を突き止めようとする。
 著者の小説を読んだのは本当に久しぶりなのだが、あれ?こんなに小説の下手な作家だったっけ・・・。いやいやそんなことないはずと思いつつ文庫の上巻を読み、巻き返しがないまま下巻に突入、最後まで上手くなかった。えっ平野先生に何が起きたの・・・。ちょっとびっくりするくらいの小説としての味わいのなさ、スカスカ感である。本作、著者の考案する「分人」という考え方(これ自体は悪くないが当たり前と言えば当たり前のことを言っているなと思った)を組み入れた作品なのだが、「分人」を説明しようとする側面が強すぎて、登場人物の行動と状況の説明文のようになっており、出来の悪い学習漫画みたいだ。小説には、作家の考えを表現するという側面はあるが、それだけでは貧しい小説になる。作家が予想できなかった部分が膨らんでくる、作家の意図を離れた部分が生じてくることにこそ豊かさがあると思う。




『クロコダイル路地Ⅰ』

皆川博子著
 民衆がバスティーユ監獄を襲撃し、フランス革命の口火となった1789年7月14日。パリで起きた争乱は徐々にフランス全土に広がっていき、農民が暴動を起こし貴族や領主を襲い始める。反革命軍に加わった貴族の嫡男フランソワと従者ピエール、裕福なブルジョアの嫡男ローラン、日雇い労働で食いつなぐ貧しい平民のジャン=マリと幼い妹コレット。身分も立場も違う彼らの運命は革命により大きく変わっていく。
 Ⅰ、Ⅱと2部構造の作品だそうで、本作はフランス編(舞台は主に貿易都市であったナント)。登場人物たちは「革命」の当事者となっていくわけだが、革命側にしろ反革命側にしろ、実際に自分達が何に加担していて、どういう経緯でこうなっているかわかっていた人など、当時はごく一部だったろう。この「わかっていない」部分の描き方が上手い。なりゆきでついていった側がどちらだったかで運命は大きく変わり、かつ自分が何に加担しているのかも理解しないまま事態は転がっていく。一口に革命といっても、それぞれ見えている景色は全然違うのだ。ばらばらで先の見えない群像劇として、スリリングで面白い。そして、事態に流されるうちそれぞれの中に徐々に鬱積していくものが、今後の展開に影を落としていくことが予想される。その人の表面化していなかった資質が、非日常的な状況の中で開花していくのだが、それが良き資質とは限らないのだ。

『黒い犬と逃げた銀行強盗 見習い探偵ジュナの冒険』

エラリー・クイーン著、中村佐千江訳
友人のトニーとクリントンの町に遊びに来たジュナは、銀行強盗の現場に出くわしてしまう。ジュナにカナダへの道を聞いた男は犯人の一味だったのだ。警察は犯人を取り逃がすが、ジュナは犯人たちは脇道に入ったのではと考える。
クイーンによる児童向けミステリシリーズ(クイーンはかなりゴーストライターも使っていたそうだが、本作はどうなのかな?)が角川つばさ文庫に登場してびっくりしていたのだが、無事続刊が出てありがたい。この調子で全巻復刊するといいなぁ。子供向けなことに加え時代背景も相まって牧歌的、とは言えミステリの楽しさは保持されている。かつ、子ども扱いされて自説を聞いてもらえない苛立ちや、子供故に大人の機微まではわからない所など、一貫して子供目線の物語である所は、正しく児童文学ぽい。ミステリのトリックはかなり単純なのだが、サスペンス要素に注力しており、当時の少年少女はハラハラしつつ読んだんじゃないかな。なお、当然クイーンが現役だった時代が舞台なのだが、作中では時代への言及がない。解説か何かで一言言及があってもいいかなと思った。馬車と自動車が普通に公道を走っているってことが、今の子供にはぴんとこないかも。電話も村に1つだけとかなんだよね。

『熊と踊れ(上、下)』

アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ著、ヘレンハルメ美穂 羽根由訳
 レオ、フェリックス、ヴィンセントの三兄弟と幼馴染のヤスペルは、緻密な計画によって武器強奪、そして銀行強盗を企て、成功させる。彼らの間には家族としての強い絆があった。しかし同時に、レオの中には父親によって植えつけられた暴力への志向があった。一方、ストックホルム市警のブロンクス警部は銀行強盗事件の捜査を進めていた。
 家族の絆と言うと聞こえはいいが、それが「家族」を不自然にゆがめてしまうこともある。レオたちの父親は、他人を信じず暴力で他者と渡り合う生き方しか出来ない人物で、その分「家族」には絶対的な忠誠を要求する。幼かったレオたちはそれに従う他なく、そのために大きな傷を負ってしまう。そして成長してからも、父親の呪縛から逃れることができない。妻子を物理的・精神的な暴力でコントロールしようとする父親の姿は読んでいて腹立たしいし怖い。どんなにひどい親でも、子供にとっては親であり頼り愛されようとせざるを得ないというのも腹立たしいし辛い。そして、父親の支配の仕方をレオが無意識に踏襲している、父親から逃れようとしてまた出戻ってしまうことが更に怖いのだ。スリリングでとても面白いのだが、暴力による支配の連鎖は読んでいてストレスが溜まる。レオたちだけでなく、ブロンクスもまた同じような暴力にさらされてきた。生き方のどこで道が分かれてしまうのか、2人の対峙はやるせない。
 なお、本作は実話が元になっているそうだ。それだけなら珍しくはないが、著者の1人が事件の当事者というケースはかなり珍しいのでは。暴力により他者を支配しようとする言動の生々しさが際立っていた。

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