3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『きつねの遠足 石田千作文集』

石田千著
様々な本や人、物事に関わる短い文章を67編収録した「作文」集。内容は、本の解説として書かれたものであったり、誰かとの思い出や日常のこまごま、また著者の文章の中では外せない食べ物に関するものまで多岐に渡り、長さがごくごく短く中途半端なものもあるから、随筆ではなく「作文」ということなのだろう。独特のぽつりぽつりと文字を置いていくような、しかし寡黙というわけではなく、むしろコンパクトだが饒舌さを感じさせるところがユニーク。他の文章よりもボリュームがある「選句の神殿」が面白い。朝日俳壇の選句会に同席した記録なのだが、選句ってこんなに鬼気迫る瞬間があるのか・・・。大量のはがきをどんどんさばいていく(もちろんちゃんと読んでいる)選者の生き生きとした動きや、人柄、選者同士の関係性など、控えめな文なのに鮮やか。俳句に興味がなくても引き込まれた。

『消えた少年』

東直己著
ススキノの探偵「俺」は中学校教師・安西春子からの依頼で、学校では問題児だという生徒・翔一をトラブルから助ける。翔一に好感を持った「俺」だが、彼の親友が惨殺死体で発見され、翔一も行方不明に。必死で捜索を続けるうち、「俺」は障害者施設反対運動に学校も巻き込まれていたことを知る。
名無しの探偵シリーズ4作目。このシリーズ読むと、ああこの当時(1994年発行)はまだ景気が良かったんだな・・・ってしみじみしちゃって素直に楽しめない(笑)。大して稼いでなさそうな人でもそこそこの金額使ってるんだよなー。また、現代ではちょっとこれは厳しいなという描写が色々あって、特に女性の描写やセクシャリティに関しては色々ひっかかる。おもしろければ時代を越えられるかというとそうでもないんだよな・・・。犯人の設定もちょっと唐突だし、露悪的に盛り過ぎだと思う。当時の面白さであって、今の面白さではないのだ。ただ、「俺」と安西が翔一の自宅を訪ね、彼の自室に入るシーンの描写には胸を突かれるものがあった。翔一はどんな気持ちで自分の部屋を作っていたのかとやりきれなくなるのだ。この部分だけで彼がどんな人柄でどういう生活をしていたのか、家族との関係がどういうものなのかが一気に伝わる。

『傷だらけのカミーユ』

ピエール・ルメートル著、橘明美訳
 カミーユ・ヴェルーヴェン警部の恋人アンナが、強盗事件に巻き込まれ重傷を負った。カミーユは強引に事件を担当し、犯人を捜す。しかし犯人は執拗にアンナを狙ってくる。
 『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』(作中時系列順)に続く、カミーユ・ヴェルーヴェン警部三部作完結編。とうとうカミーユの名前が題名にあがるわけだが、題名が内容そのもので、もう初っ端から傷だらけである。1ページ目で、あっこれまずいやつ・・・だめだめ!と顔を覆いたくなる不吉さ。カミーユの行動も、自分で自分を泥沼に追い込んでいくような、理性的に考えたら選択ミスの連続のように思える。しかし、その非合理さ、理屈に合わなさが、彼のアンヌに対する思い、彼が抱える問題故のものなのだということもよくわかる。冷静で理知的なカミーユだが、事件が自分のことになった途端、平静ではいられなくなってしまうのだ。その傷だらけになりつつ地獄へ突っ込んでいく感じ、そしてどうしてもそうなってしまうという抗えなさが、過去2作よりも作品のノワール風味を強めている。また過去2作と同様に、ある地点でがらっと風景が変わって見える、ミステリのけれん味たっぷりな作品なのだが、その見えてくる景色が辛い。当事者も辛いことがわかっているので、大変荒涼としてやりきれない気持ちになる。とても面白いのでシリーズ続編を望む声も大きいようだが、私はカミーユの物語はこれで終わるのがふさわしいと思う。もう彼は全部やりつくしたのだろう。


『境遇』

湊かなえ著
政治家の妻であり、絵本『あおぞらリボン』がベストセラーとなった高倉陽子。彼女の親友で新聞記者の相田晴美。2人は幼い頃親に捨てられ、養護施設で育ったという共通点を持つ。ある日、陽子の息子が姿を消し、「息子を返してほしければ真実を公表しろ」というメッセージが届いた。「真実」とは何のことなのか。とにかく続きを読ませるぞ!と言わんばかりに急展開で話を転がしていく。たしかに先を先をと読んでしまうが、結構運転粗いなという印象。あれっ、そこでそういう理解にしちゃうには材料少なすぎない?この人何か隠してない?って読者はすぐに思っちゃうだろう。多分、著者的に全力投球ではなさそうな・・・。

『きょうだいコンプレックス』

岡田尊司著
かけがえのない同胞であると同時に、永遠のライバルでもあるきょうだい。一歩間違うと親の愛情の奪い合いや遺産争いといった問題に発展し、双方の人生を狂わせてしまうこともある。なぜ「きょうだいコンプレックス」は生じるのか、どういった影響があるのかを解説した入門書的新書。ごくごく平易でわかりやすく、実在の人物の事例(トーマス・マンやドストエフスキーのエピソードはなかなか強烈である)も引き合いに出していて、さらりと読める。きょうだいコンプレックスがこじれるか否かは親との関係、更に言うと親の自己愛の在り方により大きく左右されるそうだ。特定の子供を贔屓する、あるいは冷たくせずにはいられない親がおり、その態度はゆがんだ自己愛によるものだと言う。これだと子供側から出来ることってあんまりないよなぁ、そもそも自分のせいではなく親に原因があること自体に気付かないんじゃ・・・と思っていたら、実際、自分と親との関係がおかしいと大人になるまで気づかず(他の家庭との比較って案外できないので)、拗れてしまうケースが多いようだ。親との関係、兄弟との関係の在り方を家族以外の人との関係にも投影してしまい人間関係に失敗することも多々あるそうだ。解決の糸口は自分の育ち方や両親、きょうだいとの関係を見つめなおすほかないというが、それもしんどいだろう。自分や家族の病気、不幸が契機になって関係を再構築できることがあるというのは、そのくらい追い詰められないと難しい(著者はもっと気持ちが優しい言い方をしているけど(笑))んじゃないだろうか。

『キャパの十字架』

沢木耕太郎著
カメラが発明されて以降、最も有名な戦場カメラマンと言えるロバート・キャパ。彼の代表作であり、彼を著名にした傑作「崩れ落ちる兵士」は、その見事さ故に長く真贋論争が続いていた。若い頃からキャパの著作『ちょっとピンぼけ』を愛読していた著者は、写真の真相に迫るべく、写真の現場となったスペイン南部を4度に渡って旅する。地道な取材と検証から、著者はある仮説に至る。地道な仮説・検証の繰り返しには、ノンフィクションを書くとはこういうことかと納得。NHKで特集番組も組まれた内容だが、作品自体は決して華やかではない。一つずつ、トライ&エラーの積み重ねで構成され、むしろ地味もいいところだ。しかし、それを一つ一つちゃんとやるというのが、本当に大事なんだろうな。正直、著者の仮説は、真相と断定するには弱い感じもあるのだが、今までわからなかった部分が色々と明らかになったのは確かだろう。著者のキャパに対するまなざしはどこか優しい。キャパが背負った「十字架」が、ノンフィクションに従事するものは多かれ少なかれ背負う類のものではないだろうか。むしろ、そこに十字架があると感じない人は、ノンフィクションをやるべきではないのかも。

『キャロル』

パトリシア・ハイスミス著、柿沼瑛子訳
デパートの店員テレーズは、クリスマス前でにぎわう店頭で、娘の為に人形を買いに来た1人の女性客と出会う。その女性キャロルに惹きつけられたテレーズは、思わず彼女にクリスマスカードを送るが、キャロルは返事を返し、2人は親しくなっていく。キャロルはテレーズを自動車旅行に誘うが、彼女は夫と離婚訴訟中で、子供の親権を争っていた。ハイスミスといえばいわゆる“イヤミス”の名手というイメージだったので、恋愛小説を書いたらどんなふうになるのかと思っていたら、やっぱり読んでいると陰鬱になるな・・・。テレーズの心理に沿った描き方なのだが、テレーズは若く、孤児という身の上もあって足元が定まらない。何者かでありたいが何者にもなれないかもしれないと恐れ、ボーイフレンドとの関係もあやふやといったように、常に揺らいでいる人物なのだ。テレーズの思い悩み方は目まぐるしく、キャロルと出会ってからは彼女の一挙一動に翻弄される。それでも、キャロルが自分の想像していたような完璧な存在ではないとわかっていくにつれ、テレーズはキャロルのことも、自分のことも、より真剣に考えていく。それはおそらく(ともすると身勝手にも見える)キャロルも同じだろう。誰かを深く愛することで(その結末はどうあれ)成長する、というと大変陳腐だが、やはりそういうことなんだろうなと余韻を噛みしめた。「着古すまで着る」という言葉の意味合いが深く印象に残った。

『究極の純愛小説を、君に』

浦賀和宏著
文芸部の合宿で山梨県の湖畔にやってきた高校生の八木と部員たち。しかし何者かが部員たちを次々と殺していく。八木は思いを寄せている美優を守ろうとするが、殺人鬼は容赦なく迫ってくる。一方、保険調査員の琴美は失踪した「八木剛」の安否を調査していた。著者の作品をずっと読んできた読者には、あっそうきたか!とうれしいサービス(なのか?)が満載で、一種のファンアイテム的な作品でもあると思う。これまでに使ってきたトリック全部乗せ!みたいな盛りの良さであると同時に、なぜ盛りがいいのか、というところまでロジックとして作品に取り込んでいるという、正に浦賀作品の集大成。人を食った趣向だが、これ真摯だよなぁ。色々ネタバレになりそうで語れないのが辛い!

『岸辺の旅』

湯本香樹実著
瑞希が白玉を作っていると、3年前に失踪した夫・優介がふいに現れた。優介の体は既に海の底で朽ちたと言う。その後、帰ってくるのに時間がかかったというのだ。瑞希は優介とともに、彼が死後にたどった道筋を逆にたどる旅に出る。死んだものが戻ってくることにすっと馴染む瑞希も、やはり死の傍、生と死の際にいるのだと思う。おそらく優介がいなくなってからの3年間、彼女は生きているけど生きていないというような、宙ぶらりんの状態だったのだろう。一見、死者である優介に瑞希がひっぱられているように見えるが、実は瑞希に優介がひっぱられ、双方が生と死の際で再会しているのだ。優介との旅はその際を辿り続けることであり、お互いがあるべき場所にまた戻る為のもの、長いお別れの儀式なのだ。常に霧がまとわりついているような、薄暗い雰囲気がひたひたと満ちている。

『銀の森へ』

沢木耕太郎著
朝日新聞で長年連載されている映画エッセイ90篇をまとめたもの。『銀の街』からとセットになっているが、本作の収録作の方が1999年~2007年と、古いものになる。こちらに収録されたものの一部は、実は著者の他の著作に収録されている(著者のあとがきにその旨についてのお詫びの言葉があった)。私は既に読んでいるはずなのだが、再度読んでも損した気にならない、というか全て初めて読むかのように読んだ。大分記憶が薄れているな・・・。ともあれ、あっさりとしていて後口のいいエッセイばかりなので、ふらっと立ち寄って一杯お茶を飲む、みたいな感覚で楽しめた。珍しく否定的な評を寄せている『ロスト・イン・トランスレーション』に関して、その批評の是非というよりも、著者の倫理観、人となりが垣間見えてなるほどと興味深かった(私は、映画を見た時にはそんなに目くじら立てることじゃないかなと思った)。著者のノンフィクションに長らく従事してきた人としての見方なのかなとも思った。多分、そこで見方を止めちゃったら思考停止みたいなものでしょってことなんだろう。また、クリント・イーストウッド監督『ミスティック・リバー』に関して、イーストウッドの傑作でこれ以上のものは(年齢考えても)難しいのでは、なんて言及していたけど、イーストウッドは今に至るまでハイペースで監督作更新(しかも高クオリティで)しているわけで、恐ろしいと思った。確かに『ミスティック・リバー』の後でこんなにぼんぼん生産してくると思わないよな。

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