3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『極夜の警官』

ラグナル・ヨナソン著、古田薫訳
 アイスランド最北の町シグルフィヨルズルに赴任した警官アリ=ソウル。警察署長ヘルヨウルフルの妻から連絡を受け、連絡が取れなくなったヘルヨウルフルを探していたところ、町はずれの空き家で重傷を負った彼を発見する。ヘルヨウルフルの息子によると、ドラッグ売買の捜査が関係していたらしい。更に市長やその右腕が絡んでいるのではという疑いも出てきた。
 アイスランド、しかもヘルシンキではなくちょっとしたニュースがすぐに街中に知られるような小さな社会を舞台としている所が面白い。アリ=ソウルは地道に捜査をするが、決して頭脳明晰な切れ者という感じではない。上司や同僚から見ると人づき合いが今一つ悪く面白みに欠け、妻から見ると嫉妬深くキレやすい一面を持つ。完璧ではなく、欠点も多い造形が人間くさくてなかなか良かった。しかも夫婦共にちょこっと浮気しているという生々しさ。それだけ夫婦の関係が危うくなっている、そしてアリ=ソウルはその自覚が薄いという所がポイントであり、今後のシリーズ展開の中でもどうなるのか気になる。彼はまだ成長途中で、今後警官として、パートナーとして変化していくのではないかと期待できるのだ。
 作中である人物の手記が挿入されるが、これが誰のものかわかると、事件の真相がよりやりきれなくなる。この連鎖をもっと早く止められなかったのかと。

極夜の警官 (小学館文庫)
ラグナル ヨナソン
小学館
2018-07-06





雪盲: SNOW BLIND (小学館文庫)
ラグナル ヨナソン
小学館
2017-05-09

『緊急工作員』

ダニエル・ジャドスン著、真崎義博訳
 元海軍工兵偵察隊員のトム・セクストンは、今は田舎町の工場に勤めながら、恋人ステラと平穏に暮らしていた。しかしかつての上官キャリントンから緊急メッセージが入る。かつてトムの命を救って大けがをした戦友カヒルが、激しい銃撃戦の後姿を消した、襲撃犯もいまだ不明だというのだ。トムはカヒルを捜索しろという指令を受けるが、その裏には陰謀が隠されており、トムはステラと共に事件に巻き込まれていく。
 トムは上司であるキャリントンにも、命の恩人であるカヒルにも恩義があり、同じ戦いに身を置いた者同士の絆から、彼らを信じ助けたいという気持ちがある。しかしキャリントンの行動には不審な点が多く、カヒルの行動の理由も不明なまま。またキャリントンを通じてトムに接触してきたNSAも腹に一物ありそう。トムは誰を信じていいのかわからないまま、結構なスピードで二転三転する状況に対応していかなければならない。かつての絆を信じたい気持と疑う気持ちにトムが苛まれる様に、終盤までハラハラさせられる。トムは冷静なプロとしての振る舞いを身につけているが、やはり平気ではいられないのだ。
 そんな彼を支えるのがクレアなのだが、彼女が予想外に活躍する。トムより年上で、不動産業で培った知識と生来の賢さ、人脈と度胸で難局を切り抜けトムを助ける。トムの弱点には違いないが、唯一、ストーリーの最初から信頼できる存在と言えるだろう。そんなクールでスマートな彼女でも、サブプライムローン破綻の余波からは逃げられず資産をほぼ失い、今はウィトレスをして生計を立てているというのが一番怖かったですね・・・。

緊急工作員 (ハヤカワ文庫NV)
ダニエル・ジャドスン
早川書房
2019-01-10





図説 銃器用語事典
小林 宏明
早川書房
2008-04-10

『消えた子供 トールオークスの秘密』

クリス・ウィタカー著、峯村利哉訳
 トールオークスは、深刻な犯罪とは無縁の小さな町だった。しかし3歳のハリー・モンローが自宅から突然疾走したことで、全米の注目を集める事件の現場となってしまう。住民総出の捜索と警察署長のジム・ヤングを筆頭とする警察の捜査が行われたものの、手がかりすら出てこないままだった。ハリーの母親ジェシカは諦めずに手がかりを探し続けるが、精神は擦り切れ徐々に崩れていく。ジムは高校の同級生だったジェシカの憔悴を気に掛けていたが。
 一見何のへんてつもなく穏やかに見える町だが、そこに暮らす人たちにはそれぞれ人には言えない秘密や苦しみがある。ハリーの失踪が触媒になり、隠れていた部分が段々表面化していく。トールオークスはおそらく地方の町なのだが、田舎というよりもこぎれいな郊外の町といった雰囲気に描かれている。いわゆるサバービア小説の一種とも言える。個人的には、エンターテイメント度を高くした『ワインズバーグ・オハイオ』というイメージ。人はそれぞれ奇妙で独特で他人とは分かち合えないものがある、でもそれが普通なのだ。住民の一人一人の姿がどんどん立ち上がり変容していく。特に高校生の少年マニーが印象深い。イタリアマフィアぶった振る舞いはとんちんかんで「何か」になりたくてたまらずあがく姿はどこかピントがずれている。しかしジェシカに対するある態度に率直な思いやりと共感が垣間見えた。他の人たちがやらなかった(できなかった)ことをすっとやる姿が印象深い。
 ミステリとしてもしっかりオチがあり、英国推理作家協会賞新人賞に当たるCWAジョン・クリーシー・ニュー・ブラッド・ダガーを受賞したというのも納得。


子供たちは森に消えた (ハヤカワ文庫NF)
ロバート・カレン
早川書房
2009-01-06


『兄弟の血 熊と踊れⅡ(上、下)』

アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ著、ヘレンハルメ美穂&鵜田良江訳
 連続銀行強盗で逮捕、収監されたレオは殺人の罪を負うサムと出会う。彼はレオを逮捕したヨン・ブロンクス警部の兄だった。ヨンへの憎しみ、そして「兄」であるという共通項で繋がった2人は、「存在しないものを奪う」強奪事件を計画し、出所と同時に実行へと踏み出す。レオの動きはヨン・ブロンクス警部の知るところとなるが、そこにはレオの仕掛けた罠があった。
 ノンフィクションだった前作『熊と踊れ』の続編だが、本作は完全なるフィクション。「存在しないものを奪う」というプラン、そしてその中のある仕掛けの派手さはなるほどフィクションぽい。しかし「絆」に対するレオの執着と情念は前作から引き継がれているものだ。レオの家族への拘りは、最早妄執に見えてくる。弟たちの心は父からもレオからも、彼らの稼業からも離れつつあることが彼にはわからない。その傾向は子供の頃からあったが、レオは自分が見たいものしか見ないのだ。犯罪者としては非常に冷静で明晰なのに自分と兄弟のことについては目が開かれていないというのが、ちょっと怖い所でもあるし痛ましい所でもある。弟たちの心は彼から離れつつあるのに・・・。
 兄弟に対して目が開かれていないという点では、実はヨンも同様だと言える。冷静な刑事だったヨンが情念に駆られてどんどん逸脱していく様はこれまたちょっと怖い。レオもヨンもあったはずの何かを取り戻そうとしているのだが、それは本当にあったものなのか?あったつもりになっているだけではないのか?と思わずにいられない。それこそ「存在しないもの」だったのではと。そして情念に飲み込まれていく彼らと相対する、新登場人物の刑事エリサの怜悧さが光っていた。

兄弟の血―熊と踊れII 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ ルースルンド
早川書房
2018-09-19


兄弟の血―熊と踊れII 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ ルースルンド
早川書房
2018-09-19


『きみの鳥はうたえる』

佐藤泰志著
 郊外の書店で働く「僕」は友人・澄夫と同居している。同僚の佐知子と「僕」が付き合うようになり、澄夫を交えて3人で夜通し遊び、飲み歩く日々はいつまでも続くように思えた。
 書き出しがすごくいい。ある時期の夏の感覚にぴったりとはまる。映画化作品(三宅唱監督)を見てから読んだが、映画はラストを大きく改変していたことがわかった。私は映画のラストの方が好きなのだが、原作小説(本作)の方が若者たちの切羽詰った感じや真摯さ故にぎりぎりのところまで行ってしまう余裕のなさは強く、より不器用な人たちの姿として描かれているように思う。時代背景の不自由さみたいなものを感じた。現代の方が自由というよりも、現代の方が
 「僕」と佐和子、澄夫の関係はいわゆる三角関係ということになるのだろうが、あまりそういう感じはしない。一つの「仲間」(というほど熱気はないしベタベタしていないが)としての配慮でお互いバランスを取っており、そこはかとない愛はあるが恋情はあまり感じないのだ。彼らはふらふらしているように見えるが、すごく真面目。真面目故にこのラストに辿りついてしまったようにも思う。

きみの鳥はうたえる (河出文庫)
佐藤 泰志
河出書房新社
2011-05-07


移動動物園 (小学館文庫)
佐藤 泰志
小学館
2011-04-06




『君の名前で僕を呼んで』

アンドレ・アシマン著、高岡香訳
 17歳の夏、両親と過ごす北イタリアの家で、エリオは24歳のオリヴァーと知り合う。オリヴァーは大学教授である父が招いたアメリカ人研究者だった。エリオはオリヴァーから目を離せなくなり、話をすれば幸せに、目をそらされるとひどく傷つくようになっていく。
 本作を原作にした同名映画を見た後、原作も気になって読んでみた。映画を見た段階では、てっきり中短篇くらいのボリュームかと思っていたら、結構な長編小説。あの人と話したい、触れたい、セックスしたいというのみの内容でこの文字数を費やす、しかも美しくきらきらとしている所が、正に青春のまぶしさと高揚感という感じ。エリオの思いと言葉が迸り、前のめりになっているような勢いがある文章。映画ではいまひとつニュアンスがつかみにくかったオリヴァーの「あとで!」という言い回しや、半熟卵の食べ方が下手な件など、小説では文字数を費やしており、こういうことかと腑に落ちた。そして研究者であるオリヴァーはもちろん、エリオも目茶目茶教養あるよな・・・。
 映画との最大の違いは、2人のその後だろう。小説の方が「それでも人生は続く」的な方向で、映画の方が「今、ここ」の思いが凝縮されている。ただどちらにおいてもエリオにとってのオリヴァー、オリバーにとってのエリオは消えない痣のように自身の中に焼き付けられた存在なのだとわかる。

君の名前で僕を呼んで (マグノリアブックス)
アンドレ・アシマン
オークラ出版
2018-04-20



『機龍警察 狼眼殺手』

月村了衛著
 新たな通信事業として、経産省と中国のフォン・コーポレーションが進める日中合同プロジェクト「クイアコン」に大きな疑惑が生じていた。特捜部は捜査一課、二課と合同で捜査に着手するが、クイアコン関係者が次々と殺されていく。予想をはるかに上回る事態に、沖津特捜部長は大きな決断を下す。
 異色の部署である特捜部は一課、二課からは白眼視され、警察内部の縄張り争いだけでなく検察や国税局との折衝も迫られる。向かうところ敵だらけという状況なのだが、本作では真の「敵」の巨大さ、チートさが徐々に姿を見せ始める。もう大変だよ!警察組織だけでなく各省庁「組織」というものの嫌な部分を見続けるようなシリーズになってきたなぁ。厚顔無恥な奴ばかりが出世し、いい思いをする世界なんておかしいだろう!という末端の叫びが響く。今回、特捜部以外の人たちも結構動くし機龍は活躍しないので、今までになく「警官」としての矜持が見られる。
 世界が変わってしまった感じ、「上の人」がこんなに厚顔無恥だとは思わなかったよ!という感じ、現実社会と呼応していて実にげんなりとします。しかし特捜部のこの先の闘い(小説としての落としどころも)が非常に厳しそう・・・。





『きつねの遠足 石田千作文集』

石田千著
様々な本や人、物事に関わる短い文章を67編収録した「作文」集。内容は、本の解説として書かれたものであったり、誰かとの思い出や日常のこまごま、また著者の文章の中では外せない食べ物に関するものまで多岐に渡り、長さがごくごく短く中途半端なものもあるから、随筆ではなく「作文」ということなのだろう。独特のぽつりぽつりと文字を置いていくような、しかし寡黙というわけではなく、むしろコンパクトだが饒舌さを感じさせるところがユニーク。他の文章よりもボリュームがある「選句の神殿」が面白い。朝日俳壇の選句会に同席した記録なのだが、選句ってこんなに鬼気迫る瞬間があるのか・・・。大量のはがきをどんどんさばいていく(もちろんちゃんと読んでいる)選者の生き生きとした動きや、人柄、選者同士の関係性など、控えめな文なのに鮮やか。俳句に興味がなくても引き込まれた。

『消えた少年』

東直己著
ススキノの探偵「俺」は中学校教師・安西春子からの依頼で、学校では問題児だという生徒・翔一をトラブルから助ける。翔一に好感を持った「俺」だが、彼の親友が惨殺死体で発見され、翔一も行方不明に。必死で捜索を続けるうち、「俺」は障害者施設反対運動に学校も巻き込まれていたことを知る。
名無しの探偵シリーズ4作目。このシリーズ読むと、ああこの当時(1994年発行)はまだ景気が良かったんだな・・・ってしみじみしちゃって素直に楽しめない(笑)。大して稼いでなさそうな人でもそこそこの金額使ってるんだよなー。また、現代ではちょっとこれは厳しいなという描写が色々あって、特に女性の描写やセクシャリティに関しては色々ひっかかる。おもしろければ時代を越えられるかというとそうでもないんだよな・・・。犯人の設定もちょっと唐突だし、露悪的に盛り過ぎだと思う。当時の面白さであって、今の面白さではないのだ。ただ、「俺」と安西が翔一の自宅を訪ね、彼の自室に入るシーンの描写には胸を突かれるものがあった。翔一はどんな気持ちで自分の部屋を作っていたのかとやりきれなくなるのだ。この部分だけで彼がどんな人柄でどういう生活をしていたのか、家族との関係がどういうものなのかが一気に伝わる。

『傷だらけのカミーユ』

ピエール・ルメートル著、橘明美訳
 カミーユ・ヴェルーヴェン警部の恋人アンナが、強盗事件に巻き込まれ重傷を負った。カミーユは強引に事件を担当し、犯人を捜す。しかし犯人は執拗にアンナを狙ってくる。
 『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』(作中時系列順)に続く、カミーユ・ヴェルーヴェン警部三部作完結編。とうとうカミーユの名前が題名にあがるわけだが、題名が内容そのもので、もう初っ端から傷だらけである。1ページ目で、あっこれまずいやつ・・・だめだめ!と顔を覆いたくなる不吉さ。カミーユの行動も、自分で自分を泥沼に追い込んでいくような、理性的に考えたら選択ミスの連続のように思える。しかし、その非合理さ、理屈に合わなさが、彼のアンヌに対する思い、彼が抱える問題故のものなのだということもよくわかる。冷静で理知的なカミーユだが、事件が自分のことになった途端、平静ではいられなくなってしまうのだ。その傷だらけになりつつ地獄へ突っ込んでいく感じ、そしてどうしてもそうなってしまうという抗えなさが、過去2作よりも作品のノワール風味を強めている。また過去2作と同様に、ある地点でがらっと風景が変わって見える、ミステリのけれん味たっぷりな作品なのだが、その見えてくる景色が辛い。当事者も辛いことがわかっているので、大変荒涼としてやりきれない気持ちになる。とても面白いのでシリーズ続編を望む声も大きいようだが、私はカミーユの物語はこれで終わるのがふさわしいと思う。もう彼は全部やりつくしたのだろう。


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