3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『回復する人間』

ハン・ガン著、斎藤真理子訳
 あなたの脚には穴がある。火傷が細菌感染を起こして深い傷になったのだ。その発端は姉の葬儀で脚をくじいたことだった。あなたと姉はずっと疎遠だった(「回復する人間」)。画家である私は事故によって手が不自由になり、作品製作ができなくなる。日常生活もおぼつかなくなり気力を失った私に、やさしかった夫はいら立ちを隠せなくなっていく。ある日、学生時代の友人が遊びにこないかと電話をかけてきた(「火とかげ」)。傷を抱えてままならない人生を生きる人たちを描く作品集。
 本著の題名にもなっている「回復する人間」という言葉は、著者の作品全体を象徴するようでもある。何らかの傷や、現在あるいは過去の痛みを抱えた人間の姿が描かれていることが多いように思う。「回復する」というのは少々うらはらというか、そのままポジティブな方向性というわけではなく、当人にその気がないのに「回復してしまう」人間の特性を表しているようにも思う。表題作の「あなた」は肉体的には脚の傷が順調に回復していくが、必ずしも精神的に回復しているというわけではない。姉の死は彼女に消えない傷を残すだろう。姉との関係が何だったのか、2人がなぜ疎遠になり姉が彼女を愛さなかったのか、今となってはもう知る手段がないということがまた、その傷を消えないものにしていく。職場の先輩だった女性を描く「明るくなる前に」は、表題作の変奏曲にも思えた。こちらは相手との間に深く通うものがある(それが間に合わなかったとしても)話だが、誰かの人生と自分の人生との関わりがはっと見える時があるのだ。「そんなふうに生きないで」という言葉が実際は発せられなかったとしても、そう思えるくらいに相手に近付いたことに心を打たれる。

回復する人間 (エクス・リブリス)
ハン・ガン
白水社
2019-05-28


そっと 静かに (新しい韓国の文学)
ガン, ハン
クオン
2018-06-25


『彼女の体とその他の断片』

カルメン・マリア・マチャド著、小澤英実・小澤身和子・岸本佐知子・松田青子訳
 私の首にはリボンが結ばれている。そのリボンに他人が触ってはいけない。でも夫はリボンが気になって仕方ないらしい…『夫の縫い目』。関係が破綻しそうな恋人が、突然私に赤ん坊を渡す…『母たち』。作家である私はアーチスト・イン・レジデンスで山の中のホテルを訪れる…『レジデンス』。女性の身体の変容、違和感、親密さとその破綻にまつわる作品集。
 快楽・苦痛を含む身体感覚は極めて個人的なものだが、それが社会的な関係性・価値観を背景に置いた時、違和感やひずみが生まれることがある。最愛のパートナーとの関係が段々不穏になっていく『母たち』、『本物の女には体がある』でドレスになっていく女性たち、摂食障害のイメージがつきまとう『八口食べる』、女性作家という存在に対する世間の先入観・イメージに対する皮肉と怒りを感じる『レジデンス』等、自分の在り方が他者・社会が一方的に持つイメージや暴力によって浸食されていく。特に『本物の女には体がある』は行くも地獄、戻るも地獄のような辛さがあった。ドレスになりきってしまえばいっそ楽なのかもしれないが。どの作品も不穏で、世界の終わりの予兆のようなものを感じさせる。特に『リスト』は世界の終わりに向かいセックスの相手をリスト化していく話なのだが、終末をもたらす要因がタイムリーすぎてぞわりとした。

彼女の体とその他の断片
カルメン・マリア・マチャド
2020-05-01



フラワーデモを記録する
フラワーデモ
エトセトラブックス
2020-04-11


『ガラスの虎たち』

トニ・ヒル著、村岡直子訳
 1970年代末、バルセロナ郊外の貧困地区で育ったビクトルとフアンペ。聡明な両親の元で育ち学校でも人気があってビクトルに対し、いじめられっ子のフアンペと母親は常に父親の暴力にさらされていた。対称的な2人だがなぜかうまが合い、常に一緒に行動するほど仲良くなっていく。しかしある事件が起き2人は離れた。そして37年後、ビクトルはホテル経営者として成功し、フアンペは罪をかぶり日陰者の人生を送っていた。2人が再会したことで、過去が甦り始める。
 ビクトルとフアンペだけではなく様々な人物の立場から描かれる群像劇的な側面が強いことに加え、過去と現在の記憶がフラットに入り混じっていく構造で、これはいつ・誰のことを指しているのか曖昧な部分がある。なかなかするっと読ませてくれないのだが、文章(というか訳文がということになるのだろうが)に詩情がある。文脈があえて混乱する、あっちにいったりこっちに行ったりする方が、曖昧なものである「記憶」を巡る作品の文体としては合っているのかもしれない。
 子供時代のビクトルとフアンペはある事件に関わってしまうのだが、そこには当時の子供たちの社会の構図が関わっている。いじめっ子に対抗する手段がなく、親や教師に訴えることは恥であり「密告」だという意識(そもそも当時は大人側にいじめや差別、障害に対する認識が薄かった)が事態を悪化させてしまうのだ。直接事件に関わったのはビクトルとフアンペだが、そこに至るまでの見て見ぬふりをしていた子供たち、そして大人たちは果たして責任がないと言えるのか。この構図は現代のパートでも、ある高校生たちの間で反復される。いじめのターゲットになった者はそれを誰にも言えず、具体的にどう助けを求めていいのかわからず一人で追い詰められてしまう。読んでいるとそこまで一人で抱える必要はないのでは、こうすればいいのに等と思う所もあるだろうが、それは大人だから思えることだ。聡明であってもそれはあくまで子供の視野・知識量での聡明さで、その枠外で対処するのは難しい。そこをフォローするために大人がいるのだ。ただ、そのフォローが間に合うとは限らない。そこに悲劇がある。過去の事件と現在の事件の大きな違いは、現在は見て見ぬふりを「しない」人がいるということだろう。そこにささやかな救いがある。
 本作は大部分がある人物の語りのよるもので、その人物が過去に何をしたのかもわかってくる。過去にしたことに関しては個人的には責められないと思う。が、現代でしていることについてはうっすらとした邪悪さを感じた。それをなぜあなたがやるのか、何の為にやるのかという点でひっかかるのだ。記されたものはあくまでその人物にとっての物語であり、登場する人たちにとってのものではない。自分の物語に(関わった当事者とは言え)他人を巻き込んでいいのかと。しかも本当に重要なことは、おそらくその人物の語りの外で起きていたのだ。

ガラスの虎たち (小学館文庫)
ヒル,トニ
小学館
2020-04-07



『ガルヴェイアスの犬』

ジョゼ・ルイス・ペイショット著、木下眞穂訳
 ポルトガルの小さな村、ガルヴェイアス。ある日、空から巨大な物体が落ちてくる。物体は硫黄のような異様な臭いを村中に撒き散らし、パンを苦くすっぱいひどい味にする。村人たちは右往左往するが、やがて物体の存在を忘れていった。
 小さな村の群像劇。浮気に不倫といった色恋沙汰のいざこざ、長年にわたる兄弟の不和、よそ者が感じる疎外感、死と新たな生。この村だけで一つの世界が形成されており、小さいのに狭さを感じない。同時に、1人1人がそれぞれ一つの世界であり、時に他の人と交わるがあくまで別々で理解はし合わない。犬ですらそうなのだ。様々な人たちが登場し交錯しているので、この人はあの人と夫婦で、あるいは兄弟で、なるほど過去にこういうことがあったのか等という人間関係も徐々に見えてくる。人物一覧と関係図を作りながら読んでも面白い(というかその方がいちいち前に戻って確認しなくてすむ)かもしれない。
 人間関係の面倒くささや感情のこじれ、そこから生じる喜悲劇には横溝正史かよ!と思わず突っこみたくなった。要するに一つの典型的な田舎の社会ということなのかもしれないけど。ただ、人々の(そして犬の)行動が結構パンチ利いていて、村社会だけどお互いにそんなに空気読まないし他人の迷惑顧みないところが日本とはだいぶ雰囲気が違っていっそ清々しい。そして「物体」は物体としてそこにあるだけなまま、人間は関与できないという所が


ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)
ジョゼ・ルイス ペイショット
新潮社
2018-07-31


溶岩の家 [DVD]
イネス・デ・メディロス
紀伊國屋書店
2010-05-29



 

『渇きと偽り』

ジェイン・ハーパー著、青木創訳
 連邦警察官のフォークは、20年ぶりに故郷に帰ってきた。旧友のルークが妻子を道連れに自殺したというのだ。ルークの両親から真相究明を依頼されたフォークは巡査部長のレイコーと共に調査を始めるが、町の人々は彼を敵視する。フォークには故郷を去らざるを得なかった理由があったのだ。
 英国推理作家協会賞、ゴールド・ダガー賞受賞作だそうだが、この2つを受賞している作品はやっぱり打率が高い。故郷で事件を追うと同時に過去の因縁と向き合うというよくあるパターンではあるのだが、ディティールが丁寧。狭い地域社会ならではの噂の広まりの速さと払拭の難しさ、家庭内の事情のうかがい知れなさ。そして深刻な干ばつにより町の人たちがかなり追い詰められており、物理的にも精神的に炎上寸前というあたりにオーストラリアという土地柄が感じられる。フォークとルークが過去に何をしたのか、そして何をしなかったのかが徐々にわかってくる。現在の語りの中に過去の出来事が挿入されるという構成が、起きてしまったことの取返しのつかなさを強めてやりきれなくなる。

渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジェイン ハーパー
早川書房
2018-07-19


潤みと翳り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジェイン・ハーパー
早川書房
2019-08-06


『カナダ金貨の謎』

有栖川有栖著
 男性の絞殺死体が発見された。第一発見者は同棲相手の女性。物取りの犯行とも思われなかったが、男性がいつも身に着けている金貨のペンダントがなくなっていた。犯人の視点から語られる事件の顛末は。表題作を始め全5編を収録した中短編集。
 国名シリーズも10作目。次はどの国なのか楽しみにしているが、結構スタンダードなところがきたな(笑)。表題作は半分以上が犯人一人称の語りなのだが、彼が何をして、何をし損ねたのかはぎりぎりまで伏せられている、そこが謎解きのポイントの一部になっているというところが面白い。精緻な本格ミステリとしては、タイムテーブルを突き詰める「トロッコの行方」が読み応えあり。地味だが著者の持ち味は一番濃いのでは。被害者に浴びせられた「集り」という言葉は実は犯人にも跳ね返ってくるのでは。ファンにはおなじみの火村とアリスのファーストコンタクトのその後を描く「あるトリックの蹉跌」はまあ甘酸っぱい(笑)。アリスの原稿に向けられた火村のダメ出し、著者が実際に受けたものなのでは…小説教室の生徒さんとかはこういう指摘を受けるんだろうなーという具体的なもの。


『カムパネルラ』

山田正紀著
宮沢賢治の研究者だった母の遺骨を散骨するため、花巻を訪れた16歳の僕は、気がつくと昭和8年にいた。賢治が亡くなる2日前だということに気づき宮沢家を訪ねた僕は、早逝したはずの賢治の妹・トシとその娘だというさそりに出会う。そして自分がジョバンニと間違えられており、カムパネルラが殺されたという話まで聞く。
史実に基づく宮沢賢治が生きた世界、それが改ざんされた世界、そして宮沢賢治の作品の世界が入り混じる。ファンタジーでもあり、同時にメディア教育によるディストピア社会を背景としたSFにもなっていく、更に花巻の地理を取り入れた本格ミステリ要素もあるという、重層的な構造。最初読んでいるうちに感じた違和感が、そういうことかと腑に落ちて行った。実際の賢治作品の取り込み方が上手い。宮沢賢治の作品は熱烈なファンを生む一方で、強烈な自己犠牲性などどこか危うい部分もあるが、物語の一部としてその要素を取り込むことで、賢治作品に対する批評にもなっているのだ。こういう取り入れ方を許容する所が宮沢賢治作品の奥行き、豊穣さだと思う。特に『銀河鉄道の夜』は未完成なことで多様な解釈を許すのだろうことが、作中でも指摘されている。その特質を物語の設定上に取り入れているところ、しかし原典の本質は損なわれていない所に著者の敬意が窺える。『銀河鉄道~』は先人の研究も多々ある作品だが、すごく読みこんでいると思う。

カムパネルラ (創元SF文庫)
山田 正紀
東京創元社
2019-02-28






カムパネルラ版 銀河鉄道の夜
長野まゆみ
河出書房新社
2018-12-14



『歌仙はすごい 言葉がひらく「座」の世界』

辻原登・永田和宏・長谷川櫂著
 五・七・五の長句と七・七の短句を互い違いに組み合わせて順番に詠み、三十六句の連句で一巻を作る歌仙。作家、歌人、俳人の3人が競演し、出来上がった歌仙を講評する。
 恥ずかしながら歌仙というものを具体的には知らず、本著を読んで初めて接した。本著は8巻の歌仙とその歌仙がどのように出来ていくのかを実況中継的に収録している。前の句を受けて次の句を作るわけなので、対談のようでもある。実際、句についてもそれ以外のことについても3人が色々とおしゃべりしており、厳しくも楽しい、和やかだが鬼気迫るというその場の雰囲気が伝わってくる。遅刻している人やぎっくり腰で動けなくなった人が、メールや電話で句を伝え連句していくという珍妙な展開も。それも含めて、即興で句を繋いでいく行為の面白さを実感できた。意外性があるところがいい。なお著者3人ともおじさんだからか恋の歌はちょっと時代錯誤というか、セクハラまがいで気持ち悪い部分が・・・(やたらと教え子との恋愛というパターンが出てくるんですけど・・・)。せっかく連句なんだからそれを受けてのカウンター作品を繋げてくれればよかったのになー。

歌仙はすごい-言葉がひらく「座」の世界 (中公新書)
辻原 登
中央公論新社
2019-01-18







とくとく歌仙
丸谷 才一
文藝春秋
1991-11-01

『顔のない男 刑事ファビアン・リスク』

ステファン・アーンヘム著、堤朝子訳
 刑事ファビアン・リスクは関係がぎこちなくなっていた妻と2人の子供と再出発するため、故郷の街の警察に移動し、家族と共に引っ越してきた。しかし両手を切断された男の死体が街の学校で発見される。死体の傍らには30年近く前のクラス写真が残されており、続いて写真に乗っていた同級生が殺される。彼らはリスクの同級生だった。休暇中にも関わらず捜査にのめり込んでいくリスク。そして容疑者は当時ひどいいじめを受けていた人物に絞り込まれる。
 著者はヘニング・マンケル原作の刑事ドラマ“ヴァランダー”シリーズの脚本家だったそうで、確かに文章は映像的、構成も次章への引きが強い連続テレビドラマっぽさがある。読者の興味をそらさない派手な演出の事件の連続なのだが、ちょっとやりすぎ感があった。映像で見ると飽きずに面白いんだろうけど、文章で読むと逆に単調に思えるというところに、自分の鑑賞者としての体感の差異が感じられた。
 リスクは刑事としては有能なのだが、報・連・相!と新入社員向けの説教をしたくなるような展開が多々あり、これは上司は大変だろうな(実際、地元警察の上司は彼を庇うのに苦慮している)と同情してしまった。また、リスクは家族との関係を立て直そうと心機一転したのだが、夫として、父親としての責任が正直気が重い、何となく避けたがっているという描写が随所にみられる。彼が事件にのめり込むのは、捜査を言い訳にして家族と距離を置けるからでもあるだろう。そのちょっとした姑息さ、嫌なことは後回しにしていまう部分の造形が上手い。
 なお本作、音楽の趣味が自分と結構合って楽しかった。リスクがボン・イヴェールは最初気に入らなかったけど次に聴いたとき時にはすごくいいと思ったとか、その次に聞くアルバムがケイト・ブッシュのものだとか、わかるわー!と。

刑事ファビアン・リスク 顔のない男 (ハーパーBOOKS)
ステファン アーンヘム
ハーパーコリンズジャパン
2016-10-25


刑事ファビアン・リスク 零下18度の棺 (ハーパーBOOKS)
ステファン アーンヘム
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-11-16


『傍らにいた人』

堀江敏幸著
 慣れ親しんだ文学の中で、何かの拍子に思い起こされる登場人物や情景。日本文学を中心に、そんな「傍点を打たれた」風景を紹介していく52篇。
 「その折の景色のなかに目立たない見えない傍点が打たれていたのだと気づかされるような影たちと、何度も遭遇してきた」という著者の一文があるのだが、読書を続けているとこういう体験があるのだと最近分かるようになってきた。初めて読んだその時ではなく、再読した時や全く別の書物を読んだ時に、ふいにあの時読んだあれはそういうことだったのか、と腑に落ちることがあるのだ。本作はそんな、附に落ちる瞬間をいくつも掬い上げている。更に本作、一つの章から次の章へとリレーのように橋渡しがされている。新聞連載だったという側面もあるだろうが、このように一つの文学から他の文学へと記憶と知識が飛び石のように繋がっていくと言うのが、教養があるということなんだろうなとつくづく思った。優れた批評集でもあり、取り上げられている作品は有名なものが多いのだがまた読みたくなる。シャルル=ルイ・フィリップ『小さな町で』が取り上げられているのが嬉しかった。

傍らにいた人
堀江 敏幸
日本経済新聞出版社
2018-11-02


その姿の消し方 (新潮文庫)
堀江 敏幸
新潮社
2018-07-28


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