3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『歌仙はすごい 言葉がひらく「座」の世界』

辻原登・永田和宏・長谷川櫂著
 五・七・五の長句と七・七の短句を互い違いに組み合わせて順番に詠み、三十六句の連句で一巻を作る歌仙。作家、歌人、俳人の3人が競演し、出来上がった歌仙を講評する。
 恥ずかしながら歌仙というものを具体的には知らず、本著を読んで初めて接した。本著は8巻の歌仙とその歌仙がどのように出来ていくのかを実況中継的に収録している。前の句を受けて次の句を作るわけなので、対談のようでもある。実際、句についてもそれ以外のことについても3人が色々とおしゃべりしており、厳しくも楽しい、和やかだが鬼気迫るというその場の雰囲気が伝わってくる。遅刻している人やぎっくり腰で動けなくなった人が、メールや電話で句を伝え連句していくという珍妙な展開も。それも含めて、即興で句を繋いでいく行為の面白さを実感できた。意外性があるところがいい。なお著者3人ともおじさんだからか恋の歌はちょっと時代錯誤というか、セクハラまがいで気持ち悪い部分が・・・(やたらと教え子との恋愛というパターンが出てくるんですけど・・・)。せっかく連句なんだからそれを受けてのカウンター作品を繋げてくれればよかったのになー。

歌仙はすごい-言葉がひらく「座」の世界 (中公新書)
辻原 登
中央公論新社
2019-01-18







とくとく歌仙
丸谷 才一
文藝春秋
1991-11-01

『顔のない男 刑事ファビアン・リスク』

ステファン・アーンヘム著、堤朝子訳
 刑事ファビアン・リスクは関係がぎこちなくなっていた妻と2人の子供と再出発するため、故郷の街の警察に移動し、家族と共に引っ越してきた。しかし両手を切断された男の死体が街の学校で発見される。死体の傍らには30年近く前のクラス写真が残されており、続いて写真に乗っていた同級生が殺される。彼らはリスクの同級生だった。休暇中にも関わらず捜査にのめり込んでいくリスク。そして容疑者は当時ひどいいじめを受けていた人物に絞り込まれる。
 著者はヘニング・マンケル原作の刑事ドラマ“ヴァランダー”シリーズの脚本家だったそうで、確かに文章は映像的、構成も次章への引きが強い連続テレビドラマっぽさがある。読者の興味をそらさない派手な演出の事件の連続なのだが、ちょっとやりすぎ感があった。映像で見ると飽きずに面白いんだろうけど、文章で読むと逆に単調に思えるというところに、自分の鑑賞者としての体感の差異が感じられた。
 リスクは刑事としては有能なのだが、報・連・相!と新入社員向けの説教をしたくなるような展開が多々あり、これは上司は大変だろうな(実際、地元警察の上司は彼を庇うのに苦慮している)と同情してしまった。また、リスクは家族との関係を立て直そうと心機一転したのだが、夫として、父親としての責任が正直気が重い、何となく避けたがっているという描写が随所にみられる。彼が事件にのめり込むのは、捜査を言い訳にして家族と距離を置けるからでもあるだろう。そのちょっとした姑息さ、嫌なことは後回しにしていまう部分の造形が上手い。
 なお本作、音楽の趣味が自分と結構合って楽しかった。リスクがボン・イヴェールは最初気に入らなかったけど次に聴いたとき時にはすごくいいと思ったとか、その次に聞くアルバムがケイト・ブッシュのものだとか、わかるわー!と。

刑事ファビアン・リスク 顔のない男 (ハーパーBOOKS)
ステファン アーンヘム
ハーパーコリンズジャパン
2016-10-25


刑事ファビアン・リスク 零下18度の棺 (ハーパーBOOKS)
ステファン アーンヘム
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-11-16


『傍らにいた人』

堀江敏幸著
 慣れ親しんだ文学の中で、何かの拍子に思い起こされる登場人物や情景。日本文学を中心に、そんな「傍点を打たれた」風景を紹介していく52篇。
 「その折の景色のなかに目立たない見えない傍点が打たれていたのだと気づかされるような影たちと、何度も遭遇してきた」という著者の一文があるのだが、読書を続けているとこういう体験があるのだと最近分かるようになってきた。初めて読んだその時ではなく、再読した時や全く別の書物を読んだ時に、ふいにあの時読んだあれはそういうことだったのか、と腑に落ちることがあるのだ。本作はそんな、附に落ちる瞬間をいくつも掬い上げている。更に本作、一つの章から次の章へとリレーのように橋渡しがされている。新聞連載だったという側面もあるだろうが、このように一つの文学から他の文学へと記憶と知識が飛び石のように繋がっていくと言うのが、教養があるということなんだろうなとつくづく思った。優れた批評集でもあり、取り上げられている作品は有名なものが多いのだがまた読みたくなる。シャルル=ルイ・フィリップ『小さな町で』が取り上げられているのが嬉しかった。

傍らにいた人
堀江 敏幸
日本経済新聞出版社
2018-11-02


その姿の消し方 (新潮文庫)
堀江 敏幸
新潮社
2018-07-28


『カササギ殺人事件(上、下)』

アンソニー・ホロヴィッツ著、山田蘭訳
 1955年7月、イギリスのとある田舎町で、お屋敷の家政婦が階段から転げ落ちて死亡した。本当に事故死だったのか?盗まれた毒薬、燃やされた肖像画、屋敷での盗難事件や村の人々の不審な行動等、怪しい要素だらけ。しかもパイ屋敷の主人は決して村人たちから尊敬されていたわけではなかった。名探偵アティカス・ピュントは病を圧して謎に挑む。
 アガサ・クリスティへのオマージュに満ちた作品だが、読み始めるとなるほどこういう構造なのか!と。ネタバレではないと思うのが、入れ子構造になっている。上記のあらすじは、作中作の『カササギ殺人事件』。作中作内の謎と、それを読んでいる編集者が直面する謎との二本立てという盛りの良さなのだ。最近の文庫はこのページ数でなぜ?と言いたくなる上下巻ものも多いのだが、本作は上下巻になるべくしてなっており、その点でも納得度は高い。作中作の謎も編集者側の謎も、終盤の謎解きでなるほど!と思わせ(特に作中作は謎の作りや手がかりもクリスティぽい)上手い。ただ、こういうメタミステリ的な要素を取り入れるなら、もう一工夫、一仕掛けあっても良かったんじゃないかなという勿体なさも感じた。作中作を全文(独立した小説として)掲載する意味が、このトリックだと今一つ弱い(サービス以外の必然性がない)気がする。二つの位相ががっつりリンクし合い相互作用し合うメタミステリであったらなぁというのは、ないものねだりだろうか。ミステリ小説愛に溢れる作品ではあるので、もっと冒険できたんじゃないの?と思ってしまう。

カササギ殺人事件〈上〉 (創元推理文庫)
アンソニー・ホロヴィッツ
東京創元社
2018-09-28


カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)
アンソニー・ホロヴィッツ
東京創元社
2018-09-28




『元年春之祭』

陸秋槎著、稲村文吾訳
 前漢時代、天漢元年(紀元前100年)の中国。楚の国の山中にある貴族・観一族の館を訪ねてきた長安の富豪の娘・於陵葵。観家に伝わる古礼を学ぼうとしていた葵だが、観家の娘・露申から、過去にこの家で起きた殺人事件のことを聞く。そして新たな連続殺人が起きる。どちらの事件も犯人が逃げられないような不可解な状況で起きていた。
 中国発、しかも時代物の本格ミステリということで結構話題になっていたが、いわゆるオープンスペースなのに密室状態、更に読者への挑戦を2度もいれるという力の入り方。葵が博学という設定なので、中国の古典に関する情報がどんどん出てきてこの分野に不慣れな身としてはついていくのが大変だった。ただこの古典に関する部分が本作の肝でもある。読み飛ばしてはトリック(というか世界観の構築の仕方)に辿りつけない・・・!そういう意味では読者を選ぶ(そもそも、このあたりを理解していないと「読者への挑戦」に挑戦できない気がする・・・)。ただ、本格ミステリとしては真っ向勝負のフェアなものなので、ちゃんと読めば文脈は掴める。物理的な部分はちょっと弱いが、なぜそういうことが起きたのかという動機部分の作りは良かったと思う。この世界、こういう価値観が背景にあるからこういうことになる、という構造がぱーっと見えてくるところがいいし、それこそ本格ミステリの醍醐味だと思う。
 ただ、訳の問題なのか地の分の問題なのかわからないが、文章はいまひとつ。古典文学的な雰囲気に寄せたいのか、ラノベ的な面白みを出したいのか方針がブレていたように思う。登場人物への思い入れは強いのだろうが、それが今一つ文章に投影されていないのも惜しい。


友達以上探偵未満
麻耶 雄嵩
KADOKAWA
2018-03-30



『家族シアター』

辻村深月著
 “真面目な子”=イケてない姉に対する反発、娘との価値観の違いへの戸惑い、不本意な保護者会、帰国子女の孫に対する距離感のわからなさ。家族を巡るとまどいを描く7編を収録した短編集。
 家族とは一番身近な他人であるということが、どの短編にも描かれている。家族なのに分かり合えないのではなく、他人だから分かり合えないのだ。家族だからと油断するわけにはいかない。と同時に、家族「なのに」仲が悪い、わからないと悲観することもないということでは。だって他人だもん!わからなくて当然!本作に登場する家族たちは、特に仲が悪いわけでも理想的に仲が良いわけでもない。時にイラつくし腹は立つが、なんとなく一緒に暮らしている。そんな中で、この人本当はこういう人だったんだ!こういうことを考えていたんだ!とはっとするような瞬間がある。そういう瞬間を受け入れていく、積極的に探していくと、なんとなく家族を維持しやすくなるのではないだろうか。

家族シアター (講談社文庫)
辻村 深月
講談社
2018-04-13




『勝手にふるえてろ』

綿矢りさ著
 26歳の江藤良香は経理担当の会社員。中学校の同級生(だが卒業以来会ったことがない)イチに延々と片思いを続け、恋愛経験はない。会社の同僚に熱烈なアプローチをされて付き合い始めるが、イチのことが忘れられない。良香は理想の恋と現実の恋との間で右往左往する。
 映画化されたものがとても面白かったのだが、原作はこういう感じだったのか!「映像化するとこうなるのか!」じゃなくて「文字化するとこうなるのか!」という本来とは逆の面白さを味わってしまった。とは言え良香の一人称で、彼女の妄想と現実に読んでいる側も振り回されていく所は同じ。小説の方が映画よりも客観的な感じがするのは、映画を見るより小説を読むほうが没入感が薄い(私にとっては)からかな。題名でもある「勝手にふるえてろ」という言葉の使い方が映画とは全然違うところも面白かった。そしてニがニでなく呼ばれる瞬間にはっとする。2人の関係がはっきり変わったことがわかるのだ。

勝手にふるえてろ (文春文庫)
綿矢 りさ
文藝春秋
2012-08-03


勝手にふるえてろ [DVD]
松岡茉優
Sony Music Marketing inc. (JDS) = DVD =
2018-06-06


『回避性愛着障害 絆が希薄な人たち』

岡田尊司著
 人間関係、親密さや信頼の度合いは人によって異なる。その根底にあるのが愛着スタイルの違いと考えられている。近年、人間関係の希薄さを指向する人が増加しているが、その典型は回避性パーソナリティと呼ばれるもので、これも愛着スタイルの一つのケース。愛着スタイルにはどのような分類があり、個人の性格・行動にどのような影響を及ぼすのか、愛着障害による問題にどのように対応するのか解説する。
 愛着スタイルは幼少時の母親との関係で形成されるというのが定説で、母子関係に適切な密着が保たれないと、成長過程で他人との深い関係を避ける傾向、新しいものへの挑戦等を避ける傾向が出てくるとのこと。愛着スタイルの差異、パートナーとの愛着スタイルとの相性により補完できるケースがあるというのは、対人上の問題が対人の中で解消されていくケースとして面白いなと思った。
 ただ、母子密着の必要を強調しすぎな気がした。その重要さは事実としてあるのだが、現代社会でそれを要求するのは酷だと思う。逆に母親のメンタルに問題出てきそうだし・・・。また、近代以前は母子の密着期間がもっと長かったという指摘については、本当にそうかな?と。確かに同じ場にいる時間は長かっただろうけど、母親は母親で家事や農作業に奔走していたんじゃないの?と。著者は近代以前に回帰しろとか母親は就業せず育児に専念すべきと言っているわけではないが、愛着障害の原因を母子関係に帰結させすぎると、母親に対する不要なプレッシャーになりそう。そもそも、人間てそんなに情愛豊かな生物なんだろうかという疑問もある。元々絆指向が希薄な人は一定数いて、これまで集団生活の中で生存出来ず淘汰されていったのが生存出来るようになったという面もあるんじゃないかなー。




『彼女が家に帰るまで』

ローリー・ロイ著、田口俊樹・不二俊子訳
 1958年、デトロイトの小さなコミュニティで若い白人女性エリザベスが失踪した。コミュニティあげての捜索が行われるが、彼女は見つからない。同じころ若い黒人女性が撲殺される事件が起きていたが、殆どの白人はこれには無関心だった。ただ一人、マリーナを除いては。
 時代背景や土地の雰囲気が感じられとても面白い。舞台はデトロイトでそんなに田舎というわけではないが、舞台となるコミュニティはお互いが顔なじみのごく小さく緊密なもの。しかし、それぞれの家庭には外には出せない事情があり、表面上の和やかさとはうらはらに主婦たちには秘密がある。家の中のことが意外と外に漏れない、だからこそ密室状態で不穏さが膨らんでいく。マリーナにしろグレースにしろ、夫の影が濃くそれが彼女らの問題をどんどん悪化しているように思う。夫の機嫌を損ねてはいけない、夫を満足させなくてはいけないというプレッシャーが常にある。本作は妻たちの視点でほぼ描かれ夫らの内面はさほど見えてこないので、妻側が感じているギャップがより強く感じられる。しかしそのギャップは、人に言ってはいけないものとされているのだ。この「言えない」ことがある人にとってもあまりに重荷だったのではないか。唐突に明かされる真実はやりきれない。

彼女が家に帰るまで (集英社文庫)
ローリー ロイ
集英社
2016-04-20



ベント・ロード (集英社文庫)
ローリー ロイ
集英社
2014-09-19


『海岸の女たち』

トーヴェ・アルステルダール著、久山葉子訳
 フリージャーナリストのパトリック・コーンウェルから連絡が途絶え、10日あまりが過ぎた。妻のアリーナは、夫が自宅に郵送してきた手帖と写真を手がかりに、彼を探す為にニューヨークからパリへ飛ぶ。パトリックは海を渡ってくる不法移民問題を取材していたらしい。彼の足跡を追うアリーナは、大きな闇と対峙していく。
 アリーナは舞台美術監督で、記者の仕事とは縁がなかった。そんな彼女が手さぐりで闇の中を進んでいく。彼女の道もまた、パトリック同様に引き返せないものになっていくのだ。パリで垣間見るのは安い労働力として使い捨てにされる不法移民たちの境遇と、それを食い物にする「奴隷商人」たちの姿だ。日本でも近年同じような問題が表面化しているが、本作のそれは更に大規模なもの。アリーナの身にも危険が迫りスリリングな展開で読ませる。
 社会問題を描く意図はあるものの、アリーナ個人の事情から軸足がぶれず、読みやすい。彼女の過去に関する情報の挿入の仕方など、読者からしたらちょっと反則的ではあるのだが当人からしてみたら当たり前のことだから、こういう書き方になるよなと納得はできる。彼女が過去に培ってきた(そして封印していた)ものがどんどん前面に出てい来る物語とも言える。そして書き方と言えば、一か所あっと思った所があった。これは著者が意図的に仕組んでいるのだろうが、自分の中の自覚のない先入観や偏見があぶりだされる。

海岸の女たち (創元推理文庫)
トーヴェ・アルステルダール
東京創元社
2017-04-28


リガの犬たち (創元推理文庫)
ヘニング マンケル
東京創元社
2003-04-12



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