エイドリアン・マッキンティ著、武藤陽生訳
富豪の夫妻が自宅で射殺される事件が起きた。家庭内の争いで一人息子が容疑者と思われたが、その息子は崖から転落した死体として発見される。オックスフォードを中退したという息子の過去に不審さを感じた警部補ショーン・ダフィは、二重殺人を疑い捜査を開始する。しかし更に関係者の死体が発見される。
ショーン・ダフィシリーズついに4作目!いやーちゃんと日本での出版が続いてよかった…ありがとうハヤカワ…。シリーズを重ねるごとにダフィの人となりへの理解が深まり、時代背景も色濃くなっていくので続けて読むと面白さがより強いのだ。訳文のグルーヴ感も徐々に増し、今回は相当ノリノリだった。アイルランドなまりの「あい」だけでなく、女性の話し言葉の語尾の処理(これは今までも上手いなと思っていたけど)の仕方など、登場人物個々のキャラクターが端的に反映されていて相当良いと思う。巻末の訳者あとがきが熱いので必読だ。
毎回徐々に事件のスケールとダフィの行動範囲が広がっていくのだが、今回もだいぶ広がり、終盤はついにそこまで広げる?!という事態に。しかしその自体への相対し方に、ダフィという人のパーソナリティ、倫理観が色濃く表れていたと思う。ダフィは決して品行方正な警官というわけではないし北アイルランドの現状にうんざりもしている。ただ、そういった現状を大きな図式の一部として捨て置く人たち、「広い視野」を持てという人たちに組することには強く抵抗する。彼が正そうとするのは今ここで行われる犯罪や不正だ。末端にいる人たちが大きなもの、組織や大義の犠牲になっていくことには率直に怒る。たとえ自分の力が到底及ばないことであっても。ダフィの時に無謀、愚かとも見える行動の底にはそういった抵抗、怒りがあるのではないか。
なお意外と文芸の素養豊かなことが垣間見えるダフィだが、今回はジャズや現代音楽の素養も見せている。武満徹とか尖っていた時代のマイケル・ナイマンとか聴いているのだ。ニューウェイブはお嫌いなようで残念ですが…。