3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。

本題名か行

『幸運には逆らうな』

ジャナ・デリオン著、島村浩子訳
 独立記念日を向けて賑わうシンフルの町。しかし新町長にアイダ・ベルやガーティの宿敵・シーリアが就任し、町には波乱の気配が漂う。そんな折、湿地で爆発が起きる。密造酒の醸造所の事故と思われたが、現場の状況からメタンフェミンが使われていた、つまり覚醒剤が作られていたことがわかった。薬物が町に蔓延する前に食い止めようとフォーチュンたちは調査を開始する。
 「ワニの町へ来たスパイ」シリーズ6作目。無事翻訳が進んでおり何よりだ。しかし作中時間2か月ほどでこんなに事件が起きていいのか?!シンフル、敏腕エージェントとしてフォーチュンが活躍していた世界よりもよっぽど危険なのではないだろうか。今回もどたばた感と高齢女性たちのタフさは相変わらずなのだが、ガーティの魅力(と面倒臭さ)がいつになく全開になっていたように思う。彼女の自由奔放さ、今のライフスタイルは自分の資質や望みと彼女が若い当時の社会規範との相容れない部分さを飲み込んだうえでの腹の括り方なのだということが垣間見えるのだ。アイダ・ベルは彼女のそういう所を愛しているのだろう。女性たちの友情と相互理解が眩しく、フォーチュンとカーターとのロマンスは正直余分に見えてしまった。
 楽しいシリーズではあるのだが、フォーチュンたちと犬猿の仲であるシーリアの扱いが段々「悪役」テンプレ化し薄っぺらくなっている点は気になる。特に本作でのシーリアの振る舞いはいくらなんでも無茶というか、もうちょっと頭のいいキャラクターだったのでは(人望を得るための根回しとかすごくやりそうなのに)?と思った。こういう「いじっていい」キャラを配置してにぎやかすというのは正直あまり好きになれない。


どこまでも食いついて (創元推理文庫)
ジャナ・デリオン
東京創元社
2022-10-11


『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』

今井むつみ、秋田喜美共著
 人間は言語がないと日常生活を送ることができない。人間社会を成立させるための必須アイテムである言語だが、そもそも言語はどのように発生し進化してきたのか。そして子供はどのように言葉を覚えるのか。言語の成り立ちと拡大を、オノマトペとアブダクション(仮説形成推論)を鍵として紐解いていく。
 本著、内容は専門的だが結構売れているらしく意外だった。言語に興味を持つ人が多いのはやはり生きていくことと切っても切れない(音声言語にしろ手話にしろどういう形状の言語を使うかは様々だが)からだろうか。特にオノマトペの特質についての解説は興味深い。どこの国の言語にもオノマトペはあるが、互換性は薄い。ただ、特定の音が特定のイメージを思い起こさせるという作用はある程度被るところがある。言語が体の動きと連動したものであるということなのだろうが、こういう所から言語はどのように発生するのか、オノマトペを言語と言えるのはなぜか、という内容に展開していく。言語研究というのはこういう風に進めていくものなのか、こういう実験を行うのかという、片鱗を見た感じで新鮮だった。特に6章、7章あたりは、おお…人間頭いいな!と妙に感心してしまう。推論ができるというのはすごいことなんだな。


ことばと思考 (岩波新書)
今井 むつみ
岩波書店
2010-10-21


『これはわたしの物語 橙書店の本棚から』

田尻久子著
 熊本で小さな喫茶店兼書店を営む著者が、店の棚との向き合いやお客との交流、かつての自分の読書歴や今読んでいる本のことなど、様々な本との記憶を綴る書評エッセイ集。
 著者が店主を務める橙書店は、読書家の間では知っている人も多いのでは。一度行ってみたい書店の1つだ。既に何冊かのエッセイ集を出している著者だが、書評、また書物に関わるエッセイのみをまとめた本は初めてだそうで意外だった。本著に収録されている書評の多くは出版元である西日本新聞に掲載されたもので、ごく短い。しかし短い文章の中から、この本のどこに著者が惹かれたのか、またなぜ今この本を推すのかが伝わってくる。親しみやすい(選書も親しみやすい)新聞書評としてのちょうどいい感じだ。読みごたえがあるのはむしろ本著前半に収録されている、必ずしも書評というわけではない本にまつわるエッセイではないか。こちらの方が著者と本との関わりの深さが率直に表れているように思う。同時に、本を人に届けるという仕事に対する矜持が見える。本とこういう向き合い方をし ている人の作る棚は信用できるのではと思わせるのだ。
 本著内で一番心打たれたのは実はまえがきだった。本の中は隠れ家だった、しかし逃避するだけの場所ではなくそこで少しだけ強くなることができたという記述に深く頷いた。加えて、“とはいえ、いいことばかりではない。本を読むと想像力が鍛えられる。想像力が増す、ということは人の痛みに敏感になるということだ。人の痛みに気づきやすい人は心配事が増える”という一文。読書によって得られるものについて、完結に的確に表しているのでは。ここがわかっている人なら信頼できる!と思える。

これはわたしの物語 橙書店の本棚から
田尻久子
西日本新聞社
2023-07-31


橙書店にて
久子, 田尻
晶文社
2019-11-06





『鋼鉄紅女』

シーラン・ジェイ・ジャオ著、中原尚哉訳
 宇宙から来訪した機械生物・渾沌(フンドゥン)により人類の文明が壊滅してから約2000年経った世界。人類は渾沌の死骸から霊踊と称する巨大ロボットを製造し、男女1組の搭乗者が気によって操縦、渾沌と闘い文明を回復しつつあった。辺境の村で育った娘・則天(ゾーティエン)は姉の敵を取る為に搭乗者に志願する。
 中華ファンタジーSF的な世界で巨大ロボット(三段階変形あり)と怪獣が激突する華やかなSF小説だが、本作の魅力・強さは、主人公が戦わなければならないのが異生物だけではなく、むしろ自分が今生きている人間の社会だという所にある。則天が生きる社会は強固な家父長制にあり、女性の社会的地位は低く、教育も満足に受けられない。則天が纏足をされているのが象徴的だ。そういう社会の中で男女1組の搭乗者が必要とされるというのはどういうことか、なぜ女性搭乗者は気を吸いつくされ死ぬ運命にあるのか、そしてそういう社会の中で女性としてどうやって生き延びるのか。則天が「悪女」扱いされつつ、それを逆手にとって生き残りを図る様は危なっかしくもあり爽快でもある。ただ、逆手に取るという手段は則天の体と魂を削っていくものでもあるとはっきり示されており、アイコン的な「悪女」像を否定している。「悪女」はどういう社会構造下で生まれるのか、ジェンダーとセクシャリティを描くという姿勢が徹底しており、そこが本作をビビッドなものにしていると思う。
 著者は本作の着想を日本のアニメ『ダーリン・イン・ザ・フランキス』に得たと明言しているそうだが、ロボットの構造からそれはよくわかる。が、恐らく著者は『ダーリン~』には途中で失望したのではないかとも思う。そっちにできないなら自分でやるわ!という奮闘なのでは。終盤の展開はかなりごちゃごちゃしているのだが、続編があるようなので(というかこのラストでなかったら読者は怒るだろう)続きに期待する。

鋼鉄紅女 (ハヤカワ文庫SF)
シーラン ジェイ ジャオ
早川書房
2023-05-23


グレイス・イヤー 少女たちの聖域
キム リゲット
早川書房
2022-11-16


『吸血鬼ハンターたちの読書会』

グレイディ・ヘンドリクス著、原島文世訳
 アメリカ南部の住宅地に暮らす主婦パトリシアは、夫と2人の子供の世話に加え痴呆が進む義母を引き取り多忙な毎日を送っていた。息抜きは近所の主婦仲間との読書会。ある夜、パトリシアは血まみれでアライグマの死骸にかぶりつく近所の老婦人に遭遇し襲われる。その後老婦人の甥だというジェイムズと知り合うが、彼はどこか謎めいていた。同じころ、町の低所得家庭の間では幼い子供や女性の失踪が相次いでいた。
 題名はその通りと言えばその通りなのだが、題名が成立するタイミングがかなり後で、これ本当にちゃんと終わるの?!と思ってしまった。更に、本作の中で最も恐ろしいのは吸血鬼そのものではないと思う。パトリシアは自分の懸念や恐怖を周囲に訴えるが、信じてもらえず追い詰められていく。特に夫が率先して彼女の言動の信憑性を落とすことに加担する、しかも悪意があるわけでもないという所が怖いのだ。女性の訴えは男性の訴えと比べると軽く扱われがちという残念ながら未だにあるやつだ。更に女性同士の連帯があるにはあるが、常を筆頭にボーイズクラブ的な繋がりが邪魔をする。女性の力を削いでいく典型的な社会構造がホラージャンルに組み込まれている所が二重にホラーだった。ただこの社会構造をストーリーに組み込む為に少々冗長・饒舌になりすぎている気はした。饒舌なのは作者の手癖なのかもしれないが。

吸血鬼ハンターたちの読書会
グレイディ ヘンドリクス
早川書房
2022-04-20


良妻の掟 (集英社文芸単行本)
カーマ・ブラウン
集英社
2022-12-15




『カラー版 名画を見る眼Ⅱ 印象派からピカソまで』

高階秀爾著
 1つの絵画をその構造・構成やモチーフの意味、時代文化の背景や作家のプロフィール等から読み解いていく、西洋美術史入門の定番書。本巻では印象はから抽象絵画までの代表的な作品を取り上げる。1巻に引き続き1971年に発刊されたものを、図版をカラー化し参考図版を追加、更に最新の研究成果を注で加えた決定版。
 「名画」と主語は大きいが西洋絵画史のシリーズなので、本著で取り上げられているのももちろんヨーロッパ圏の作品だ。モネにはじまりカンディンスキーに終わるという19世紀末から20世紀初頭を駆け抜ける、絵画の概念が急速に変化・多様化していく美術史激動の時代と言える。しかしその舞台はほぼフランス、フランスに集中している。本著で取り上げられている作家のうち、フランスないしはパリにいた(関係した)ことがない人がいない(ムンクですら一時期パリに滞在している)。当時のパリがいかに文化の最先端だったのかが実によくわかる。著者による恣意的な選出の要素もあるのだろうが、とにかく芸術やるならパリにいかないと!みたいな空気があったんだろうなと。シャガールは実際そういう理由でパリに出てくるのだが、作品の題材はロシアの故郷の村であるというところがユニークさなのだということもあらためてわかった。
 日本でもよく知られている人気作家・作品がそろっており、1巻より更に馴染みが深いと言う読者が多いのでは。印象派が何を試みようとしていたのか(更にナビ派やフォーヴィズムが印象派を受けてどのような絵画表現解釈を生み出したのか)等、あらためて解説されると勉強になる。結構ふわっとした理解のままだったなと反省した。




『警視ヴィスティング カタリーナ・コード』

ヨルン・リーエル・ホルスト著、中谷友妃子訳
 カタリーナ・ハウゲンの失踪から24年経った。当時事件を担当したラルヴィク警察のヴィリアム・ヴィスティング警部は今も事件を追い続けており、カタリーナの夫マッティンとも休日を共に過ごすほど親しくなっていた。事件が起きた10月10日は毎年ハウゲン宅を訪問していたが、今年はマッテンは留守にしており、異例の事態にヴィスティングは心配になる。翌日、国家犯罪捜査局のアドリアン・スティレルがやってくる。カタリーナ事件の2年前に起きた誘拐事件の再調査を始めることになり、その被疑者としてマッティンが浮上したのだ。
 ノルウェーの人気警察小説シリーズの12作目にあたる。日本では本作が2作目の翻訳で全部が翻訳されているわけではないそうだ。1作完結で本作単品でも問題なく読めるが、スティレルはこの先また登場するのかなという気配を残している。
 本作、いわゆる展開が意外で息もつかせないというタイプのミステリではない。むしろ怪しい人がちゃんと最後まで怪しいし、派手なアクションや謎解きがあるわけでもない。事件の背景にあるものは何だったのか、この人は何を抱えてきたのか、ヴィスティングの中で何がひっかかっていたのかをゆっくりと、一つ一つ辿っていく。スティレルが指揮する作戦のスリリングさはあるものの、むしろヴィスティングの警官としての知性、そして人としての真面目さが印象に残る。序盤、ヴィスティングが預かっていた孫娘がボールペンをいじってインクを口にしてしまい、彼が大いに焦るエピソードがある。その時、ボールペンは自分が出しっぱなしにしていたものだと娘に言おうかどうか迷い、結局言うという流れにヴィスティングの人柄が見て取れて印象に残った。


猟犬
ヨルン リーエル ホルスト
早川書房
2015-03-31


『陽炎の市(まち)』

ドン・ウィンズロウ著、田口俊樹訳
 1988年、イタリアンマフィアとの抗争に敗れたダニー・ライアンは数名の仲間と共に西へ逃亡する。マフィアとFBIの双方に追い詰められていくダニーに、麻薬取締局がある取引を持ち掛けてくる。ある危険な仕事をすれば自由になれるというのだ。ダニーは賭けに出てその取引に乗るが。
 『業火の市』に続く3部作2作目。物語の展開は更に加速する印象でぐいぐい読んだ。ただ前作からなんとなくそうじゃないかとは思っていたが、ダニー、実は頭が悪いというか相当愚かなのでは。商才も人心掌握術もあるのだが、ここぞという所で必ず間違った方を選択するという才能がある。殺すべき時に殺さず、関わってはいけない相手と深い中になってしまう。ハリウッドでの活躍には目立っちゃいけないのに何やってるんだ!と全読者が突っ込むだろう。ダニーは基本的に色々有能なのだがマフィアとしては致命的に欠点がある。自分がマフィアだと認めていない所だ。はたから見たらやっていることは立派なマフィアだしとっくに引き返せない所まで来ているのに…。煮え切らない優しさがダニーの良さでもあるのだろうが、自身の寿命を縮める資質にしかなっていないのでは。
 こういった傾向はダニーだけではなく、登場人物の誰もが多かれ少なかれ持っている。まだ大丈夫と思いたいが実際のところ大丈夫ではない、越えてはいけない一線だとわかっているのに越えてしまう。こういった人間の救い難さが物語の大きなモチーフになっているように思う。

陽炎の市 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ジャパン
2023-06-15


業火の市 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ジャパン
2022-05-18




『帰れない山』

パオロ・コニェッティ著、関口英子訳
 ミラノに住んでいる少年ピエトロは、夏の休暇になると両親に連れられ北イタリアの山岳地帯、グラーナ村に滞在していた。やがて村の少年ブルーノと友情を育むが、成長するにつれ疎遠になってしまう。2人の交流が再会したのはピエトロの父の急逝がきっかけだった。父親は山に土地を買っており、その土地をピエトロに残した。ピエトロはブルーノと共にその土地に山小屋を建て始める。
 本作を原作にした映画『帰れない山』がとても良かったので原作小説も読んでみた。原作も山の情景の描写や夏になるごとに山に焦がれる感じのみずみずしさがとても良いのだが、意外と映画よりも駆け足で進行される印象。そして、同じ一人称語りではあるがもっと詳しく説明している。映画を見た時、少年時代のピエトロと両親のブルーノに対する思い入れは少々傲慢ではないかと思ったのだが、小説だとはっきりとそれは傲慢なことだったと、大人になったピエトロの語りとして言及されている。映像だと「行間を読む」演出だったところが、小説だと行間がなくなっているというのはちょっと面白い。また父親との関係、父親がどういう人間だったのかという部分もより具体的だ。ただ、子供の頃は自分の親がどういう人間なのかわからない。大人になったピエトロの語りであるから、父親の人間像が浮かび上がるのだ。そして一個人としての彼らのことがわかってきたとしても、再度関係を結びなおすことは最早できない。全て過ぎ去ってしまったこととして、郷愁と後悔が漂う。ただ、ブルーノとの関係、そして山との関係は、遠く離れてしまってもずっと続いているように思う。こういう楔のような関係性もあるのだ。もはや会うことがなくても繋がりが続いてしまうことへの切なさを感じた。邦題の「帰れない」という言葉はこの部分をすくい上げるものではないかと思う。

帰れない山 (新潮クレスト・ブックス)
コニェッティ,パオロ
新潮社
2018-10-31


フォンターネ 山小屋の生活 (新潮クレスト・ブックス)
パオロ・コニェッティ
新潮社
2022-02-28


『カラー版 名画を見る眼Ⅰ 油彩画誕生からマネまで』

高階秀爾著
 1つの絵画をその構造・構成やモチーフの意味、時代文化の背景や作家のプロフィール等から読み解いていく、西洋美術史入門の定番書。本巻ではルネサンスから19世紀までの代表的な作品を取り上げる。1969年に発刊されたものを、図版をカラー化し参考図版63点を新たに収録、更に最新の研究成果を注で加えた決定版。
 元本は大分昔に読んだ記憶があるが、カラー図版でリニューアルされたのは大正解。やはり色がちゃんとわかると理解度が格段に高まる。冒頭にカラーページをまとめるのではなく、それが扱われる各章に組み込まれているのもとてもよかった。元本は西洋美術史入門として大定番、サイズも価格も手に取りやすく内容的にも初心者向け。多くの人が手に取ることを考慮した意義のあるリニューアルだと思う。基本に立ち返って楽しく読めた。
 美術鑑賞の時、自由にその人なりの見方をすればいいという意見もあるしそれはそれで素敵だが、美術作品、こと古典作品では主題もモチーフも明確な意味を持っており、その意味は当時の鑑賞者にとっては共通認識だったろう。現代の人が作品を鑑賞するのとはだいぶ違う意味合いで鑑賞していたかもしれない。そういった背景を踏まえた鑑賞とはどういうものかを捉える手助けとなる一冊。




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