3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名か行

『カムパネルラ』

山田正紀著
宮沢賢治の研究者だった母の遺骨を散骨するため、花巻を訪れた16歳の僕は、気がつくと昭和8年にいた。賢治が亡くなる2日前だということに気づき宮沢家を訪ねた僕は、早逝したはずの賢治の妹・トシとその娘だというさそりに出会う。そして自分がジョバンニと間違えられており、カムパネルラが殺されたという話まで聞く。
史実に基づく宮沢賢治が生きた世界、それが改ざんされた世界、そして宮沢賢治の作品の世界が入り混じる。ファンタジーでもあり、同時にメディア教育によるディストピア社会を背景としたSFにもなっていく、更に花巻の地理を取り入れた本格ミステリ要素もあるという、重層的な構造。最初読んでいるうちに感じた違和感が、そういうことかと腑に落ちて行った。実際の賢治作品の取り込み方が上手い。宮沢賢治の作品は熱烈なファンを生む一方で、強烈な自己犠牲性などどこか危うい部分もあるが、物語の一部としてその要素を取り込むことで、賢治作品に対する批評にもなっているのだ。こういう取り入れ方を許容する所が宮沢賢治作品の奥行き、豊穣さだと思う。特に『銀河鉄道の夜』は未完成なことで多様な解釈を許すのだろうことが、作中でも指摘されている。その特質を物語の設定上に取り入れているところ、しかし原典の本質は損なわれていない所に著者の敬意が窺える。『銀河鉄道~』は先人の研究も多々ある作品だが、すごく読みこんでいると思う。

カムパネルラ (創元SF文庫)
山田 正紀
東京創元社
2019-02-28






カムパネルラ版 銀河鉄道の夜
長野まゆみ
河出書房新社
2018-12-14



『刑罰』

フェルディナント・フォン・シーラッハ著、酒寄進一訳
 参審員として裁判で被告人の供述を聞いた女性は、その内容に強く反応してしまう(『参審員』)。アルコール依存症の弁護士は夫を射殺した疑いをかけられた女性の弁護を引き受けるが、弁護の突破口となったのは意外な人物からのアドバイスだった(『逆さ』)。裁判と罪と刑罰にまつわる短編集。
 シーラッハはやはり短編の方がいい。短ければ短いほど切れがいいと言ってしまってもいいくらいだと思う。毎回、深淵を覗きこむものはまた深淵から覗きこまれているのだ・・・等とつぶやきたくなる、人間の不条理さ不可解さが突如顔を出してくるような作品ばかり。心に積み重なっていく淀みのようなものが域値を越えた時、本人でも予想しなかったような行動が現れる。周囲から見たらいきなりトチ狂ったように見えるんだろうけど、当人の中では経緯があっての発露なのだ。その経緯を他人が納得するように説明することができない、しても理解されないから辛いし救われないんだけど。
 最初に収録されている『参審員』が特に胸に刺さったのだが、何もこの場、このタイミングで直面しなくても!という間の悪さが、1人の人間の人生を決定付けてしまったやりきれなさが辛い。せめてカタリーナの共感が「彼女」に伝わっていれば願わざるを得ない。痛切な作品がある一方で、『逆さ』や『小男』のようなちょっとユーモラスな作品もある。今回は、司法のシステムや法律の隙間に落ち込んでしまったというか、本来ならやるべきだったことを司法が行えないというような、システムの穴みたいな話が多かったように思う。


刑罰
フェルディナント・フォン・シーラッハ
東京創元社
2019-06-12






ラースと、その彼女<特別編> [DVD]
ライアン・ゴズリング
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2014-02-05

『極夜の警官』

ラグナル・ヨナソン著、古田薫訳
 アイスランド最北の町シグルフィヨルズルに赴任した警官アリ=ソウル。警察署長ヘルヨウルフルの妻から連絡を受け、連絡が取れなくなったヘルヨウルフルを探していたところ、町はずれの空き家で重傷を負った彼を発見する。ヘルヨウルフルの息子によると、ドラッグ売買の捜査が関係していたらしい。更に市長やその右腕が絡んでいるのではという疑いも出てきた。
 アイスランド、しかもヘルシンキではなくちょっとしたニュースがすぐに街中に知られるような小さな社会を舞台としている所が面白い。アリ=ソウルは地道に捜査をするが、決して頭脳明晰な切れ者という感じではない。上司や同僚から見ると人づき合いが今一つ悪く面白みに欠け、妻から見ると嫉妬深くキレやすい一面を持つ。完璧ではなく、欠点も多い造形が人間くさくてなかなか良かった。しかも夫婦共にちょこっと浮気しているという生々しさ。それだけ夫婦の関係が危うくなっている、そしてアリ=ソウルはその自覚が薄いという所がポイントであり、今後のシリーズ展開の中でもどうなるのか気になる。彼はまだ成長途中で、今後警官として、パートナーとして変化していくのではないかと期待できるのだ。
 作中である人物の手記が挿入されるが、これが誰のものかわかると、事件の真相がよりやりきれなくなる。この連鎖をもっと早く止められなかったのかと。

極夜の警官 (小学館文庫)
ラグナル ヨナソン
小学館
2018-07-06





雪盲: SNOW BLIND (小学館文庫)
ラグナル ヨナソン
小学館
2017-05-09

『緊急工作員』

ダニエル・ジャドスン著、真崎義博訳
 元海軍工兵偵察隊員のトム・セクストンは、今は田舎町の工場に勤めながら、恋人ステラと平穏に暮らしていた。しかしかつての上官キャリントンから緊急メッセージが入る。かつてトムの命を救って大けがをした戦友カヒルが、激しい銃撃戦の後姿を消した、襲撃犯もいまだ不明だというのだ。トムはカヒルを捜索しろという指令を受けるが、その裏には陰謀が隠されており、トムはステラと共に事件に巻き込まれていく。
 トムは上司であるキャリントンにも、命の恩人であるカヒルにも恩義があり、同じ戦いに身を置いた者同士の絆から、彼らを信じ助けたいという気持ちがある。しかしキャリントンの行動には不審な点が多く、カヒルの行動の理由も不明なまま。またキャリントンを通じてトムに接触してきたNSAも腹に一物ありそう。トムは誰を信じていいのかわからないまま、結構なスピードで二転三転する状況に対応していかなければならない。かつての絆を信じたい気持と疑う気持ちにトムが苛まれる様に、終盤までハラハラさせられる。トムは冷静なプロとしての振る舞いを身につけているが、やはり平気ではいられないのだ。
 そんな彼を支えるのがクレアなのだが、彼女が予想外に活躍する。トムより年上で、不動産業で培った知識と生来の賢さ、人脈と度胸で難局を切り抜けトムを助ける。トムの弱点には違いないが、唯一、ストーリーの最初から信頼できる存在と言えるだろう。そんなクールでスマートな彼女でも、サブプライムローン破綻の余波からは逃げられず資産をほぼ失い、今はウィトレスをして生計を立てているというのが一番怖かったですね・・・。

緊急工作員 (ハヤカワ文庫NV)
ダニエル・ジャドスン
早川書房
2019-01-10





図説 銃器用語事典
小林 宏明
早川書房
2008-04-10

『こうして誰もいなくなった』


有栖川有栖著
 小さな孤島に招待された7人の男女。島のホテルで出迎えたのは使用人の夫婦のみで、主は姿を見せない。残されたボイスメッセージは、悪人たちを裁くためにこの島に集めたと告げる。そして第一の殺人が起きた。アガサ・クリスティの代表作へのオマージュかつ王道の本格ミステリである表題作の他、ファンタジーにホラー、日常の謎系ミステリにショートショート等、幅広いノンシリーズ短編集。
 見本市的なバリエーションがあって、気軽に楽しめた。こういうのも書く人なんだ、という意外さも。とは言え、やはり表題作が一番すわりがいい。著者の文章のお作法は、本格ミステリを書くことに最適化されているのではないかと思う。状況説明するのに適した文体なんだろうなー。とは言え、自分でも意外だったのだが、一番ツボにはまったのはパロディファンタジー「線路の国のアリス」。題名の通り、鉄道の国に迷い込んだアリスの物語だが、スイッチバックがちゃんとスイッチバック文になってるー!とかループがちゃんとループ文になってるー!(何のことだかわからないだろうが、本文を見ると一目瞭然なのです)という喜びがあった。著者の鉄道ファンとしての面が色濃く、どころではなくあからさまに出ていて微笑ましい。線路の国での不思議な現象と鉄道ネタがちゃんと一体になっている。


『くるりのこと』

くるり、宇野継雅著
 1996年京都で結成され、メンバーを入れ替えつつも現在に至るまで走り続けるバンド、くるり。メンバーの岸田繁、佐藤征史に音楽ライターの宇野が聞き取り、くるりの山あり谷ありの旅路を追う。
 くるりがメジャーデビューしたのは1998年。京都の大学(岸田、佐藤、初代ドラマーの森は立命館大学の音楽サークル出身)からユニークなバンドが出てきたと音楽ファンの間でちょっと話題になり、実際に聴いてこれは面白いなと思った記憶がある。私はアルバムがリリースされれば聴き、ライブにも通ったのでファンと言えばファンなのだが、実はくるりというバンドがどういう成り立ちなのか、インタビューにどのように答えてきたのかということはよく知らなかった。つまり音楽そのもの以外はさほど知らなかったということになる。今回初めて、この人たちはこういうことを考えてきたのか、音楽に対する姿勢は(音楽で表現される部分以外は)こういうものだったのかと、20年越えにしてまさかの新鮮さを感じた。
 くるりといえば岸田、佐藤以外のメンバーの出入りがやたらと激しいという印象だったが、出入りそれぞれの事情と経緯にはなるほどなと納得。あの時期のドラムがいいとか、あのライブの時の体制がすごくよかったとか、個人的にそういう思い出はあるが、過去は過去。やはり今のくるりが一番面白いと思わせてほしい。彼らがデビューしたのは日本の音楽業界にかろうじてまだお金があった次期で、その後は右肩下がりな一方。業界が変化していく様とバンドがどのように「営業」していくかという様がリンクしており、ここ20年くらいの音楽業界の変容という視点からも面白かった。激動だったよな・・・。それにしても、岸田さんは結構頻繁にプライベートをこじらせそれが毎回仕事のモチベーションに響いているんですね・・・創作とはそういうものかもしれないがご自愛ください・・・。
 なお私が好きなくるりの曲は「HOW TO GO」、「ブレーメン」、「ハローグッバイ」、「Liberty&Gravity」です。

くるりのこと (新潮文庫)
くるり
新潮社
2019-04-26





ソングライン <初回限定盤A:CD+Blu-ray>
くるり
ビクターエンタテインメント
2018-09-19

『黒き微睡みの囚人』

ラヴィ・ティドハー著、押野慎吾訳
かつてドイツの有力な政治家だったウルフは、“第転落”に伴い権力を失い、ロンドンに流れ着く。探偵となった彼の元にユダヤ人富豪の娘が妹を探してほしいと依頼に来た。ユダヤ人嫌いなウルフだがお金の為に調査を始める。しかし娼婦連続殺人事件に巻き込まれ、かつての同志たちの陰謀にも近づいていく。
ユダヤ人嫌いのドイツ人で巨大な権力を有した男と言えば彼だなと察しがつくし、彼のかつての仲間や愛人らの名前も出てくる。彼が生き延びてロンドンで探偵を始めたら、という歴史改変奇想ノワール。チャンドラーやハメットを踏まえた古典的ハードボイルドの語り口で歴史改変小説を語り、更にアウシュビッツに収監された作家のパートが並走していく。探偵の物語は作家が垣間見た夢のようでもある。ホロコーストをやった側からは世界はどのように見えていたのか、悪夢混じりのパルプノワールとして展開されていくのだ。そして彼は、ロンドンでは移民であり今度はホロコーストによって追い立てられて行く立場に逆転する。ホロコーストはあの時代のあの国独自のものではなく、似たような状況、世の中の空気が醸成されればどの時代、どの国でも起こりうる。経済的な不安や政治への不満のはけ口として積極的にそういう現象を起こそうとする人達もいるのだ。クライマックスの狂乱の気持ちの悪さ!

黒き微睡みの囚人 (竹書房文庫)
ラヴィ・ティドハー
竹書房
2019-01-31






革命の倫敦(ロンドン) (ブックマン秘史1)
ラヴィ・ティドハー
早川書房
2013-08-23

『こびとが打ち上げた小さなボール』

チョ・セヒ著、斎藤真理子訳
 1970年代、軍事政権下の韓国。大規模な都市開発により土地は買い占められ、高層マンションが次々に建築されていた。急速な経済発展に伴い、土地を追われやすい労働力として使いつぶされる人々がいた。彼らの苦しみと呪詛の声、そして祈り。
 70年代に書かれた作品だが、現代の日本でおそらく全く当時と同じように通用している、いやより深刻に響いてきて辛い。この格差と搾取の構造は延々と続くのかと暗澹たる気持ちになるのだ。「こびと」や「いざり」は豊かになっていく社会から取り残されていく人たちだ。彼らにしろ工場で働く若者たちにしろ、何か壮大な野望や夢を抱いているわけではない。彼らはただ人間らしく生きたいだけなのだ。世の中の豊さが誰かの人間としての尊厳を損なうことによって成立しているということがやりきれない。末端の人間だけでなく、彼らよりも経済力はあるが労働者の置かれた状況に怒りを感じ改革を目指す人間、同情はするが何もできない人間、そして豊さを享受することが当たり前で、自分たちが搾取している等とは考えない人間も描かれる。それぞれの層は接触はあっても交わらず理解し合うこともなさそう。現状を変えられるきざしは見当たらない。それが結構辛いのだが、弱いものに寄り添った視点で描かれており、そこにほのかな希望がある。

こびとが打ち上げた小さなボール
チョ・セヒ
河出書房新社
2016-12-23


カステラ
パク ミンギュ
クレイン
2014-04-19


『この世にたやすい仕事はない』

津村記久子著
 10数年働いた仕事で燃え尽きてしまった「私」は、職業安定所で「簡単な仕事」を紹介してもらう。紹介してもらったのはどれも「簡単な仕事」だが、少々風変りなものばかり。働くことを描く連作集。
 特定の人を観察する仕事、路線バス車内の広告アナウンスを作る仕事、豆知識について原稿を作る仕事・・・。こんな仕事実際にありそう、というものかこんな仕事ないだろう!というものまで、ちょっと不思議なお仕事小説。と言っても本作の焦点は仕事そのものではなく、仕事と人との関係、働くという状態の不思議さ、奇妙さにある。特定の場所に来て特定の作業を行う(そうでない仕事ももちろんあるが、本著に出てくる仕事はそういうものなので)、その対価をもらうという行動はもしかすると大分奇妙なのではと思えてくる。仕事にどの程度責任を持てばいいのか「私」が見失っていく様子は、少々ホラー的でもあった。また、仕事場での人間関係も奇妙だ。同僚という状況で出会わなければまず交流しなさそうな人たちと何となく付き合いが出来ていく。その人間関係が苦しくなることもあるし、親密「ではない」からこそ気楽なこともある。「私」がどういう人なのか、過去に何があったのか、徐々に見えてくる構成が上手い。仕事の中で壊れていく人もいるが、仕事の中で再生していく部分もある。でも、個人的には出来れば働きたくないですよ・・・正に「この世にたやすい仕事はない」のだから。


ディス・イズ・ザ・デイ
津村記久子
朝日新聞出版
2018-06-07


『消えた子供 トールオークスの秘密』

クリス・ウィタカー著、峯村利哉訳
 トールオークスは、深刻な犯罪とは無縁の小さな町だった。しかし3歳のハリー・モンローが自宅から突然疾走したことで、全米の注目を集める事件の現場となってしまう。住民総出の捜索と警察署長のジム・ヤングを筆頭とする警察の捜査が行われたものの、手がかりすら出てこないままだった。ハリーの母親ジェシカは諦めずに手がかりを探し続けるが、精神は擦り切れ徐々に崩れていく。ジムは高校の同級生だったジェシカの憔悴を気に掛けていたが。
 一見何のへんてつもなく穏やかに見える町だが、そこに暮らす人たちにはそれぞれ人には言えない秘密や苦しみがある。ハリーの失踪が触媒になり、隠れていた部分が段々表面化していく。トールオークスはおそらく地方の町なのだが、田舎というよりもこぎれいな郊外の町といった雰囲気に描かれている。いわゆるサバービア小説の一種とも言える。個人的には、エンターテイメント度を高くした『ワインズバーグ・オハイオ』というイメージ。人はそれぞれ奇妙で独特で他人とは分かち合えないものがある、でもそれが普通なのだ。住民の一人一人の姿がどんどん立ち上がり変容していく。特に高校生の少年マニーが印象深い。イタリアマフィアぶった振る舞いはとんちんかんで「何か」になりたくてたまらずあがく姿はどこかピントがずれている。しかしジェシカに対するある態度に率直な思いやりと共感が垣間見えた。他の人たちがやらなかった(できなかった)ことをすっとやる姿が印象深い。
 ミステリとしてもしっかりオチがあり、英国推理作家協会賞新人賞に当たるCWAジョン・クリーシー・ニュー・ブラッド・ダガーを受賞したというのも納得。


子供たちは森に消えた (ハヤカワ文庫NF)
ロバート・カレン
早川書房
2009-01-06


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