3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名か行

『啄木鳥探偵處』

伊井圭著
 明治42年9月。日本一高い建物と評判の浅草十二階で幽霊が目撃されたと、僕こと金田一京助の元に、親友の石川啄木が話を持ち込んできた。生活費を稼ぐ為、石川は探偵業を始めていたのだ。石川の才能にほれ込んでいる金田一は、探偵業の助手として現場に同行するが。実在の歌人と国文学者を探偵役にした連作ミステリ。
 石川啄木と言えば歌人にして希代の借金王、そして彼に多額の貸付(ほぼ返済されなかったとの話だが)をしていたのが友人で国文学者の金田一京助だったというのは、日本文学史に興味がある人にとってはお馴染みのエピソードだろう。よくまあそれだけ面倒見たなと感心するというかあきれるというか。その、つい面倒見てしまう様が本作の中でも存分に描かれている。広義の惚れた弱みっぽい、こいつの為なら仕方ないなという腹のくくり方(というほど器の大きいものでもないのだが)がコミカルでもあった。ミステリとしてはどの話もちょっと構成が似ているのが難、かつ犯人および関係者像が少々薄っぺらい(記号的すぎる)感はあるが、時代背景が色濃く見えて楽しい。石川の立ち居振る舞いがちょっとスマートすぎる気がするんだけど(笑)、彼の人生の短さを知っていると遊び人風振る舞いも何だか物悲しい。

啄木鳥探偵處 (創元推理文庫)
伊井 圭
東京創元社
2008-11-22


文豪たちの友情 (立東舎)
石井 千湖
立東舎
2018-04-13


『きのこのなぐさめ』

ロン・リット・ウーン著、枇谷玲子・中村冬美訳
 交換留学生としてノルウェーにやってきたマレーシア人の著者は、エイオルフと出会い恋に落ち結婚。しかしある日、エイオルフが急死してしまう。喪失感に苛まれる中、著者はふと参加したきのこ講座できのこの世界の魅力に出会い、魅了されていく。
 ちょっと風変わりとも言える随筆。題名の通り、スポットが当てられているのはきのこだ。北欧(ロシアもかな?)の小説を読んでいると頻繁に「きのこ狩り」が出てきて、子供の頃には随分と憧れたものだが、本著を読む限り、ノルウェーの人たちは頻繁にきのこ狩りをするしよくきのこを調理して食べている。気軽に参加でき奥の深いレジャーとして一つの定番になっているようだ。本著に登場するのは主に食べられるきのこ。きのこ狩りの醍醐味はやはり食べることにある。少々危険なきのこでも試しに食べてみるという好奇心を発揮したり、トガリアミカサダケの風味の絶品さ(ものすごくおいしいらしい…気になる…)に思いをはせたりと、きのこの世界が広がっていく。そして、きのこへの造詣が深まるうちに、夫を亡くした深い喪失感から回復していくのだ。きのこと喪の仕事に関連があるというより、きのこについて知る時間が、自分の感情や思い出と向き合う時間になっていくのだろう。作業として著者が置かれた状況にはまった、ちょうどよかったのかなと。喪失感がなくなることはないが、夫との記憶が収まるべきところに収まったように思えるのだ。

きのこのなぐさめ
ロン・リット・ウーン
みすず書房
2019-08-20


『ガルヴェイアスの犬』

ジョゼ・ルイス・ペイショット著、木下眞穂訳
 ポルトガルの小さな村、ガルヴェイアス。ある日、空から巨大な物体が落ちてくる。物体は硫黄のような異様な臭いを村中に撒き散らし、パンを苦くすっぱいひどい味にする。村人たちは右往左往するが、やがて物体の存在を忘れていった。
 小さな村の群像劇。浮気に不倫といった色恋沙汰のいざこざ、長年にわたる兄弟の不和、よそ者が感じる疎外感、死と新たな生。この村だけで一つの世界が形成されており、小さいのに狭さを感じない。同時に、1人1人がそれぞれ一つの世界であり、時に他の人と交わるがあくまで別々で理解はし合わない。犬ですらそうなのだ。様々な人たちが登場し交錯しているので、この人はあの人と夫婦で、あるいは兄弟で、なるほど過去にこういうことがあったのか等という人間関係も徐々に見えてくる。人物一覧と関係図を作りながら読んでも面白い(というかその方がいちいち前に戻って確認しなくてすむ)かもしれない。
 人間関係の面倒くささや感情のこじれ、そこから生じる喜悲劇には横溝正史かよ!と思わず突っこみたくなった。要するに一つの典型的な田舎の社会ということなのかもしれないけど。ただ、人々の(そして犬の)行動が結構パンチ利いていて、村社会だけどお互いにそんなに空気読まないし他人の迷惑顧みないところが日本とはだいぶ雰囲気が違っていっそ清々しい。そして「物体」は物体としてそこにあるだけなまま、人間は関与できないという所が


ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)
ジョゼ・ルイス ペイショット
新潮社
2018-07-31


溶岩の家 [DVD]
イネス・デ・メディロス
紀伊國屋書店
2010-05-29



 

『黒と白のはざま』

ロバート・ベイリー著、吉野弘人訳
 幼いころに父親をクー・クラックス・クランに殺されたボーは、彼らに制裁を加えることを目標に、町で唯一の黒人弁護士として故郷のテネシー州ブラスキに留まり続けてきた。しかし父親の45年後の命日、報復殺人の容疑で逮捕されてしまう。ボーは恩師である元ロースクール教授のトムとその元教え子リックを頼る。
 『ザ・プロフェッサー』に続くトーマス・ジャクソン・マクマートリーシリーズ第2弾。前作の展開を踏まえているので、本作を先に読むと一作目がどういう展開だったのか多少わかってしまうので注意。法廷ジェットコースターサスペンスだった前作と比べると、本作では真犯人は誰なのか、なぜ事件が起きたのかという謎が中心にある。そして前作以上にアメリカ南部のが舞台であることを意識させる。何しろプロローグでKKK登場、その後もずっと影を落とす。この土地にボーが留まり続けることがどういうことなのか、そうせざるをえない思いの強さと合わせて染みてくる。前作でもトムへの思慕の深さが垣間見えたボーだが、本作を読むと彼がなぜ「あなたしかいないんです」と言うのかわかってくる。そこまで言われてはトムも奔走せざるを得ない。
 トムが法曹界、またフットボール界での功績により尊敬されている様、OBの絆が前作では色濃く、そういった文化になじみがない読者としては違和感・若干の気持ち悪さがあった。しかし本作で登場する検事ヘレンは、法曹界での功績はともかく、トムのフットボール界における功績や知名度には全く敬意を示さない。外の世界の人からしたらそんなものだという距離感が生まれている。前作でちょっと鼻についた部分が是正sれているように思う。また、小説の構成も前作よりすっきりと読みやすくなっている(リーダビリティは相当上がっている)。難点をちゃんと直してくる作家なのかな。だとすると次作はもっと面白いはず。

黒と白のはざま (小学館文庫 ヘ 2-2)
ロバート・ベイリー
小学館
2020-01-07


ザ・プロフェッサー (小学館文庫)
ロバート ベイリー
小学館
2019-03-06


『絞首台の黙示録』

神林長平著
 松本市で暮らす作家の「ぼく」は、父と連絡が取れないという冠婚葬祭互助会からの知らせを受け、新潟の実家へ戻る。実家で父の不在を確認したものの、そこで出会ったのは自分と同じ名前「タクミ」と名乗る自分そっくりの男だった。彼は育ての親を殺して死刑に「なってから」ここに来たというのだ。一方、父は生後3か月で亡くなった双子の兄と「ぼく」にそれぞれ「文」「工」と書いて同じ「タクミ」と読ませる名前を付けていた。
 SFでもありミステリでもあり哲学でもある。ほぼ「ぼく」と「おれ」の一人称と対話で進む「ぼく/おれ」は何者なのか、「タクミ」とはどういう存在なのかという思索。自分という存在が単一ではなくいくつものレイヤーに存在している、またある分岐から自分という存在のルートがいくつも分岐しているのではという「自分」の在り方、不確かさを辿る。宗教・哲学の領域に入っていく過程を力業で読ませる。その在り方に気付く過程が対話によるものだというのは哲学の基本なのかも。


レームダックの村
神林 長平
朝日新聞出版
2019-11-07


『外科医の世紀 近代医学のあけぼの』

ユルゲン・トールヴァルト著、小川道雄訳
 まだ麻酔がなく、細菌という概念もなかった時代から、医学はどのように発展してきたのか。ドキュメンタリー仕立てで近代医学がどのように発展してきたのか、19世紀を駆け抜け医療の現場を追っていく。
 著者の祖父の手記という体で、体験記仕立てなので読みやすく当時の雰囲気が伝わってくる。近代医学の歴史と前述したが、ほぼ外科医療の発展だ。麻酔の発明が近代医学にとっていかに大きかったのかということがよくわかる。昔の小説を読んでいると麻酔なし(あってもモルヒネ程度)で手術というシーンがあって猛烈に痛そうなのだが、それに加え、衛生状態を清潔に保たなければならないという概念自体がなかったんだよなと本著を読んで再認識した。たまたま室内が清潔だったから手術が成功した、なんてケースが紹介されていて、なかなかにぞっとする。細菌を発見したことで医療にパラダイムシフトが起きたのだ。しかし不潔な状態が症状悪化を招くという認識から、細菌という存在にたどり着くまでがまた長い。細菌という概念への反発も相当強かったようで、見えないものを証明するのがいかに難しいかと痛感した。世界の見え方を変えるということだもんな。

近代医学のあけぼの―外科医の世紀
ユルゲン トールヴァルド
へるす出版
2007-05-01


『渇きと偽り』

ジェイン・ハーパー著、青木創訳
 連邦警察官のフォークは、20年ぶりに故郷に帰ってきた。旧友のルークが妻子を道連れに自殺したというのだ。ルークの両親から真相究明を依頼されたフォークは巡査部長のレイコーと共に調査を始めるが、町の人々は彼を敵視する。フォークには故郷を去らざるを得なかった理由があったのだ。
 英国推理作家協会賞、ゴールド・ダガー賞受賞作だそうだが、この2つを受賞している作品はやっぱり打率が高い。故郷で事件を追うと同時に過去の因縁と向き合うというよくあるパターンではあるのだが、ディティールが丁寧。狭い地域社会ならではの噂の広まりの速さと払拭の難しさ、家庭内の事情のうかがい知れなさ。そして深刻な干ばつにより町の人たちがかなり追い詰められており、物理的にも精神的に炎上寸前というあたりにオーストラリアという土地柄が感じられる。フォークとルークが過去に何をしたのか、そして何をしなかったのかが徐々にわかってくる。現在の語りの中に過去の出来事が挿入されるという構成が、起きてしまったことの取返しのつかなさを強めてやりきれなくなる。

渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジェイン ハーパー
早川書房
2018-07-19


潤みと翳り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジェイン・ハーパー
早川書房
2019-08-06


『小松とうさちゃん』

絲山秋子著
 大学で非常勤講師をしている小松と、そこそこ大手企業のサラリーマン宇佐美は飲み友達。小松は新幹線で出会った同い年の女性みどりに恋心を抱く。宇佐美のアドバイスで距離を縮めていくが、みどりは一風変わった仕事をしていた。
 50代の男性2人、女性1の淡い友情と恋愛が描かれる。小松と宇佐美は同年代だが、職業も年収も生活も全然違う。しかしそこでお互いひがんだりうらやんだりということはない。そんなに頻繁に会うわけでもないしお互いの生活を熟知しているわけでもないが、結構突っ込んだ相談もするし真剣に相手のことを心配もする。あっさりしているのだが、そこがいい。濃いだけが友情ではないのだ。これは小松とみどりの関係でも同様で、なんとなくいいなという程度の恋心で情熱的ではないが、ちゃんと恋愛ではある。どちらの関係性もなんだかうらやましくなった。慣れない恋にあたふたする小松、ネットゲームにはまって、ゲーム上でもほぼ仕事なみの責任を負ってしまっている宇佐美のぼやきはユーモラスかつ、ほろ苦い。そのほろ苦さはもう若くはないという彼らの自覚からくるものでもある。とは言え人生加齢したからつまらなくなるわけでは全然ないという、爽やかなラストだった。

小松とうさちゃん (河出文庫)
絲山秋子
河出書房新社
2019-12-05


薄情 (河出文庫)
絲山秋子
河出書房新社
2018-07-05




『熊の皮』

ジェイムズ・A・マクラフリン著、青木千鶴訳
 アパラチア山脈、ターク山自然保護区の管理人として働き始めたライス。ある日、管理区域で胆嚢を切り取られた熊の死体を発見する。熊の内臓は闇市場で高値で取引される為、密猟者が狙っているのだ。ライスは密猟者を探すが地元民は非協力的。さらに前管理人のサラは何者かに暴行されていたという。
 犯人、ではなく被害者が熊!地元民の敵意の中で密猟者を追うと同時に、ライスは自分の過去の因縁とも戦わなくてはならない。ライスが過去にしたこと、ライスが現在していることが平行して語られ、彼がどういう経緯で今の生活にたどり着いたのか、今のライスを形作ったものは何なのかがわかってくる。状況的にも元々のパーソナリティとしても、あまり感情を外に出さず(出せず)善人でも悪人でもないが世渡り上手とは言い難い(だからどんどん苦境に追い込まれる)ライスの人となりが良い。
 とはいえ本作の読みどころはプロットやライスの過去の因縁よりも、彼を取り巻く山、森林、熊や鹿などの動物の描写にあると個人的には思う。植物の名前や鳥の名前などの具体性が楽しいし、何より山の中にいる時の静かさ(実際には動物や鳥の声などがするので全く静かというわけではないんだけど)、頭の中がしんとする感じの描き方が詩情豊か。この山自体が主人公で、ライスがその一部になってきている感じがするのだ。ライスの五感が一線を越えていく様なども超現実的なのだが説得力がある。

熊の皮 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ジェイムズ・A. マクラフリン
早川書房
2019-11-06


『昏き目の暗殺者(上、下)』

マーガレット・アトウッド著、鴻巣友季子訳
 1945年、「私」アイリスの妹ローラは、車ごと橋から転落し若くして亡くなった。事故だと報道されたが自殺の噂は絶えなかった。年老いて今では一人で暮らすアイリスは、釦工場で財を成した一家の歴史を振り返り綴り始める。
 アイリスの回想、ローラの著作である小説『昏き目の暗殺者』、アイリスらの親族たちについての新聞記事を織り交ぜていく構造が巧み。実は客観的な記述は新聞記事のみで、アイリスの回想は老齢の彼女の記憶違いや妄想が混ざっている、あるいは意図的に書き換えられているのではという疑いがつきまとうし、『昏き目の暗殺者』はローラの創作物と「されている」。実のところどうなっているのか、ある出来事が『昏き目の暗殺者』に投影されているように見えるが、それは何を意味するのか、はっきり見えたかと思うとまた曖昧になる。ミステリとして引き込む(ハメット賞受賞も納得)一方で、明確な答えは出さない。
 一方、はっきりと描かれているのは当時の女性のおかれていた立場、女性に対する「こうであれ」という規範の息苦しさだ。アイリスとローラは母親が早くに亡くなり父親は娘たちの教育に無頓着だったという事情から、少女時代はそういった規範から比較的解放されていた。しかし成長するにつれ、世間が考える「よき女性」像にはめ込まれていく。結婚以外の選択肢を用意されなかったアイリスの行き場のなさや、途端につまらない、何も自分で決められない人間になっていく(という言い方は現代の視点で読んでいるからできるので酷だと思うけど)感じが辛い。また、自分の意志を尊重したために苦境に追い込まれていくローラの姿もやりきれなかった。当時の女性に対する「こうであれ」とは、考える力や決断力をどんどんそぎ取っていくものだった。これは現代社会でもいまだに尾を引いていると痛感する。アイリスもローラも、時代が違えばもっと別の生き方、活躍の仕方ができたのではと思わざるを得ない。

昏き目の暗殺者 上 (ハヤカワepi文庫)
マーガレット アトウッド
早川書房
2019-09-19


昏き目の暗殺者 下 (ハヤカワepi文庫)
マーガレット アトウッド
早川書房
2019-09-19


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