3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『イギリス人の患者』

マイケル・オンダーチェ著、土屋政雄訳
 第二次大戦末期、トスカーナの山腹の屋敷で看護師のハナはひどい火傷を負ったイギリス人患者をかくまっていた。ハナの父親の親友で泥棒のカラヴァッジョと、インド人で爆弾処理専門の工兵キップも屋敷にさまよいこむ。
 登場人物それぞれの視点、それぞれの語りが重層的に配置された構成だが、そのことによって描かれる事象、シチュエーションは逆に曖昧になっていく。視点が複数、かつその語りが今起きていることなのか回想なのか、それとも妄想なのか、はっきりとしない部分があるのだ。特にイギリス人患者に関しては、彼が見ている世界は彼が「見たい」世界であって、実際に起きたこととはちょっと違うのではないかという気配があちこちに散見される。それが積み重なり、彼が実は何者だったのか、実は何があったのかというミステリに繋がってくる。そのミステリの真相は、彼の主観の認識とは異なるものなのかもしれないが。
 更に固有名詞を使わず「男」と「女」のみで語られるパートが何度もあるため、いま語られている「男」と「女」はどの男女のことなのか、時に混乱させられる。あえてシームレスな表現にしてあることで、あの男女にもこの男女にも、このような瞬間があったのではと思わせ、普遍的な(ありきたりとも言う、それが悪いというのではなく)恋愛の姿が立ち現れる。

イギリス人の患者 (新潮文庫)
マイケル オンダーチェ
新潮社
1999-03


イングリッシュ・ペイシェント [DVD]
レイフ・ファインズ
東芝デジタルフロンティア
2002-09-27


『息吹』

テッド・チャン著、大森望訳
 空気から生命を得ていると言われており、空気を満たした肺を交換する種族。「わたし」は自分たちの体の仕組みを解明しようとし、あるショッキングな仮説にたどり着く。人間とは異なる世界の生命の姿を描く表題作のほか、アラビアン・ナイト的な世界でタイムトラベルSFが展開される『商人と錬金術師の門』、デジタルペットの育成の顛末を描く『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』等9篇を収録した作品集。
 『あなたの人生の物語』からなんと17年ぶりの作品集。表題作『息吹』がやはりとても良い。人類とは違う仕組みの生物、違う世界の描き方がこまやか、かつ彼らが行き着く先に悲しみが滲む。こういう仕組みの世界ならこうなるであろう、という発展のさせ方が面白い。また本作品集、最初に収録された『商人と~』をはじめ、運命の変えられなさとそれに相対する人間の姿を描いているように思った。小話的だがぞわりと怖い『予期される未来』、パラレルワールドによる幾種類もの人生が逆に自由の限界を感じさせる『不安は自由のめまい』。過去=運命は変えられないがその解釈を深めることはできるのではという諦念にも近い覚悟が、前作『あなたの人生の物語』に通じるものもあると思う。宗教が中心におかれた社会での科学的探究心の行く末を描く『オムファロス』が個人的なヒットだった。

息吹
テッド・チャン
早川書房
2019-12-04


あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)
テッド・チャン
早川書房
2003-09-30


『いま、息をしている言葉で。「光文社古典新訳文庫」誕生秘話』

駒井稔著
 東西、ジャンルを問わず数々の古典文学を新訳版文庫としてリリースしてきた、「光文社古典新訳文庫」の創刊編集長だった著者による回想録。出版の世界にまだ「無頼」の空気があった入社当初から、古典の新訳の必要性を確信し、文庫創刊にこぎつけるまで。
 なんとなく、著者はずっと文芸畑の人だと思っていたので、結構下世話な記事も多い週刊宝石の編集者だったというのは意外。とは言え、この時代に学んだことは多々あるそうだ。先輩方が古典文学、哲学書をちゃんと読み通しているかというとそうでもないぞ(もちろん非常に文学哲学の素養のある人ばかりなんだけど)と気づいたことも、後の古典新訳企画に繋がっている。古典に対して読みにくいというイメージが強い(実際読みにくい)のは、中身の難解さもあるだろうが、そもそも翻訳文が日本語として読みにくい、咀嚼しきれていないのではないか。今の日本で古典の作者たちが書いたとしたらどのように書くのかをイメージする、というのがこの叢書の翻訳コンセプトになっていく。実際、古典新訳文庫はかなり読みやすい。これなら哲学書もいけるかも、という気にさせる(この「させる」という部分が大事なのだと思う)。そして、平易な文にすることと簡易化することは違うのだ。古典文学が現代に繋がっている、翻訳の歴史はイコール日本の近代史だという著者の確信が力強い。
 創刊、そして叢書を維持する為に編集者、翻訳者を始め出版社の営業や販売担当、そして書店や外部の編集者ら様々な人たちの尽力が見えて、翻訳書好きとしては胸が熱くなる。にもかかわらず、翻訳書だと「(元があるから)楽しやがって」みたいなことを言われるというのにはびっくりした。それとこれとは違うよね!
 古典新訳文庫は古典を読み切れなかった中高年を読者層に設定していたそうだが、実際には若い読者がたくさんついた。これは、文庫というフォーマット、豊富な解説文によるところが大きいのではないかと思う。書籍においてもフォーマット、価格帯は非常に大事だなと実感した。


翻訳と日本の近代 (岩波新書)
丸山 眞男
岩波書店
1998-10-20


『移動都市』

フィリップ・リーヴ著、安野玲訳
 60分戦争と呼ばれる化学兵器の応酬により文明が荒廃した世界。生き延びた都市は移動機能を備えるようになり、都市と都市が狩り合い食い合う、都市間自然淘汰主義が蔓延する。一方、犯移動都市同盟はテロ行為でそれに反発していた。移動都市ロンドンに住むギルド見習いのトムは、史学ギルド長で高名な探検家・歴史家であるヴァレンタインが、正体不明の少女ヘスターに襲われる所に出くわす。なりゆきでヘスターを助け、行動を共にすることになるが。
 都市が移動するというイメージがとにかく魅力的。しかし、都市と都市が食い合う弱肉強食の世界に、都市に住む人は誰も疑問を持たない、自分の都市が他の都市を捕獲すると拍手喝采という穏やかならぬ世界でもある。登場人物たちの価値観や方向性がわりとはっきりしており、その間でトムが揺れ動く。自力では資源を供給しきれずに小さい都市を食らって生き延びていくロンドンは帝国主義時代のそれを思わせる。今となっては過去の栄光(罪深くもあるが・・・)もいい所という感じだが。移動都市のおこぼれにあずかろうという怪しげな集団や、都市間を軽やかに行き来する飛空艇乗りたちなど、脇役に至るまで登場人物に活気がある。
 ロンドンはギルドによって運営されており、特に工学ギルドが力を持っている。史学ギルドは都市文明の礎となっているが、都市の強大化に力がそそがれるようになってからは蔑ろにされている。このあたり、実学が重視され本来の学問のあり方がおろそかになっている近年の日本(だけじゃないのかな?)とも重なって見えた。史学を捨てたロンドンはある方向に暴走し始める。とは言え、著者はどうも理系学問に対するヘイトが強いんじゃないかなと言う気がしなくもない(根っからの文学畑の人らしいので、自分のフィールドに対してあてこすりでもされた嫌な思い出があるんだろうか)。そんなに悪者扱いしなくてもなぁ。両方あってこその分明よ。

移動都市 (創元SF文庫)
フィリップ・リーヴ
東京創元社
2006-09-30


掠奪都市の黄金 (創元SF文庫)
フィリップ リーヴ
東京創元社
2007-12-12


『インド倶楽部の謎』

有栖川有栖著
 クラブ“マハラジャ”の経営者を始めとするインド好き7人から成る定期的な会食の場に、インドからの客人が招かれた。前世から死ぬ日まで、その人の運命全てが記されているというインドに伝わる予言の文書「アガスティアの葉」の読み手を呼び、7人のうち3人の運命を教えてもらおうというのだ。しかしこのイベントに立ち会った者が相次いで殺される。アガスティアの葉の預言は本物だったのか?臨床犯罪学者・火村英生と推理小説作家・有栖川有栖は死の謎を追う。
 神戸を舞台にしたお久しぶりの国名シリーズ。いつになくトラベルミステリ的な側面も強いが、これは著者の趣味なんだろうなぁ(笑)。刑事が電車とバスを乗り継いで辺鄙な温泉を訪ねるエピソード、作中で言及されているバスのダイヤを見る限り、自家用車で行った方がいくらか便利なのでは・・・とつい気になってしまった(とは言え、兵庫県からではちょっと大変かな)。
 近年の著者の作品は、「本格ミステリビンゴ」のコマを順次埋めるような意図で書かれているような印象がある。プロ野球選手がバラエティ番組で投球によるパネル落とし(碁盤の目状のパネルに狙い通りボールを当てて落としていくあれです)にも似ている。今回はこの手段とこの手段の組み合わせでやるぞ!という課題設定、更には本格ミステリ作家としてやれることには何が残っているか、というコマ埋めのようにも思える。個々の作品のクオリティというよりも(クオリティが低いというこではないです!いつも一定水準以上は維持していると思う)本格ミステ作家であることを全うしようとし続ける姿勢に頭が下がる。今回はある意味特殊ルール下における事件、かつ探偵側にはそのルールが開示されていないというパターンではないだろうか。職人の仕事だよなー。


マレー鉄道の謎 (講談社文庫)
有栖川 有栖
講談社
2005-05-13


『いっぴき』

高橋久美子著
 元チャントモンチーのドラマーであった著者が、バンド脱退後、文筆家として綴った6年間分の文章をまとめた一冊。
 私はエッセイ、随筆等を読むとき、著者がどのような人なのかということはあまり考えずに読むし、文章を読んで書き手に対してこういう人なのかと思うようなことはあまりない。ただ本作の場合は、ああこういう人だったのか!と感慨深く感じた。私にとって著者はまだ文筆家ではなく、元チャットモンチーのドラマーとしての高橋久美子なんだろうなぁ・・・(著者にとっては不本意だと思うが)。部活への打ち込み方や大学での奮闘、バンド脱退後の仕事のやり方、妹との海外旅行など、思い切りが良すぎかつ常にフルスイングで、なんだか台風のような人だ。各地でのアート展開催までのてんやわんやなど危なっかしすぎて読んでいてハラハラする。所々で登場する家族のおおらかさと温かみ(特に母、妹)、結婚後の「一人と一人」という感じの生活のあり方等、周囲の人の様子から著者の人柄が浮き上がってくる感じもする。好ましいエッセイ集だった。

いっぴき (ちくま文庫)
高橋 久美子
筑摩書房
2018-06-08


太陽は宇宙を飛び出した
高橋久美子 白井ゆみ枝
フォイル
2010-07-16




『偽りの銃弾』

ハーラン・コーベン著、田口俊樹・大谷瑠璃子訳
 元特殊部隊パイロットのマヤは、銃撃事件より夫を失った。友人からの勧めで、幼い娘の安全の為に隠しカメラを居間に取り付けるが、カメラの画像に映っていたのは死んだはずの夫だった。ジョーは本当に死んだのか。謎を追ううち、マヤは4か月前に殺された実姉クレアの死と、ジョーの事件との関連性に気付く。
 これは事前情報なしで一気に読んでほしいやつ!訳文の読みやすさも手伝い、ラストまで息をつかせず読ませる。マヤは非常に有能な軍人だったが、ある事件により深いトラウマを負っており、周囲からはジョーの映像は彼女の妄想ではとも疑われる。しかしマヤは迷いはするもののブレない。彼女のブレのなさの根拠は何なのかと言う所も含め、一転また一転と言う感じなので先を予想せず読んだ方が楽しめるだろう。マヤは母親であり(元)妻であるわけだが、それ以上にアイデンティティが一貫して軍人であり、軍人としての考え方、行動の仕方だというところも好みは分かれそうだが(つまりマヤを好きでない人もいるだろうなと)面白かった。優秀な軍人だったにしてはその行動間が抜けていない?という部分もちゃんと理由がある。

偽りの銃弾 (小学館文庫)
ハーラン コーベン
小学館
2018-05-08

ステイ・クロース (ヴィレッジブックス)
ハーラン・コーベン
ヴィレッジブックス
2013-09-20


『いなごの日/クール・ミリオン:ナサニエル・ウエスト傑作選』

ナサニエル・ウエスト著、柴田元幸訳
仕事を得る為にハリウッドにやってきた青年画家が、夢を追ってハリウッドにやってきた女優の卵や怪しげなセールスマンらと交流する『いなごの日』、立身出世を目ざし上京する青年の暗黒アメリカン・ドリームを描く『クール・ミリオン』他短編2編を収録。
 『いなごの日』の題名は本編終盤の暴動の様相と、黙示録のいなごのくだりからなのだろうが、何とも不吉な雰囲気を醸し出す。アメリカでいなごと言ったら、嵐のように大群がやってきて作物を食いつくして去っていく、という悪夢のようなイメージが自分の中であるからだろうか。しかし本作に登場する人たちはハリウッドのセレブなどではなく、何とか夢を掴みたいと集ってき、しかし夢潰えそうになっている貧しい人たちだ。食いつくすのではなく食いつくされる側だろう。食いつくのはむしろ、ハリウッドそのものだ。夢がかなうかもしれない、と思い続けてしまうことの残酷さを感じる。
 また、『クール・ミリオン』はアメリカン・ドリーム的な立身出世物語の悪意しかないパロディ。青年が成功を目指す度に失敗し、様々なものを奪われ文字通り全て無くしていく様を、笑いのめしていく。ブラックジョーク的おとぎばなしのようだ。主人公をはじめ登場人物の運命は悲惨なものなのだが、本人が徹底した善人でその悲惨さを自覚していないところがまたおかしくも哀しい。2編ともアメリカン・ドリームに中指立てて全否定している。夢を持つことに異を唱えているのではなく、それが叶うかのように思わせてしまうものに対してのアンチテーゼだ。


イナゴの日 [DVD]
ドナルド・サザーランド
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2010-11-26

『インヴィジブル・シティ』

ジュリア・ダール著、真崎義博訳
ブルックリンのスクラップ置き場で、全裸で髪をそり上げた女性の死体が見つかった。記者のレベッカは遺体が警察ではなく黒衣の男たちに引き渡され、検死もされていないらしいことに驚く。被害者は正統派ユダヤ教徒のコミュニティに所属するユダヤ教徒だった。レベッカは真相を探ろうとするが、閉鎖的なコミュニティの壁にぶつかる。
ユダヤ教徒のコミュニティの特異さや、その中で生きる女性たちの複雑な心情が描かれるものの、こういったコミュニティを全否定しているわけではない。外部からはわかりにくい安心感や支え合いの姿勢があることにも言及されている。とはいえ、女性にとっては生き方の選択肢が極端に少ない世界ではあるよな・・・。レベッカは記者としての気概で事件を追っているのはもちろんなのだが、実はもっとプライベートな理由がある。レベッカ自身がユダヤ系であり、ユダヤ教徒だった母親は彼女が幼い頃に家出をして以来音信不通なのだ。彼女の中では、死んだユダヤ人女性の背景を調べることが、自分の母親の背景を知ることに重ねられている。母親への愛憎をひきずりながら事件を追うレベッカの姿はどこか危うい。そんな彼女のルームメイトであるアイリスの、ほどよい距離感を保った寄り添い方が印象に残った。

『いとしのおじいちゃん映画 12人の萌える老俳優たち』

ナイトウミノワ著
映画の中に登場する素敵な、愛すべきおじいちゃん俳優12人をピックアップし、俳優としての仕事とその出演作を紹介するコラム集。各章の最後が、次の章へのおじいちゃんへのリレーのような締めになっているところがいい。こういうつなぎ方好きなんだよな。おじいちゃんと言っても、おじいちゃんなら誰でもいいわけではなく、まえがきできちんとおじいちゃん規定をしているのだが、これはなかなか納得できる。性を感じさせ過ぎない(全くないのではなく、ほのめかす程度)というのは重要だよな。おじいちゃんには素敵さと同時に安心感を感じたい。イアン・マッケランで始まりクリストファー・リーで締めるという、ですよね!な構成だが、個人的にはテレンス・スタンプがエントリーされているのに満足。あんまり主演作多くないからネタに乏しいのではないかと思っていたが、そんなことなかった。また、クリストファー・ウォーケンの癖、パーソナルスペースに関する言及にはなるほどなと。軽やかかつどこかとぼけたようなスタイルの語り口だが、取り上げられている作品の肝の部分については率直、かつ配慮のある言及がされていて、読み流させない良さがあった。

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