3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『あふれでたのはやさしさだった』

寮美千子著
 作家である著者は、奈良少年刑務所で「社会性涵養プログラム」を担当することになる。内容は詩と絵本の教室の講師。2007年から10年間、受刑者たちと向き合った記録。
 著者が奈良少年刑務所と関わるようになったきっかけは、明治時代の名建築である刑務所の建物に惹かれて、あの中に入ってみたいという一心のことだったというのが面白い。元々対受刑者への教育プログラム等に興味があったわけではなく、全くの門外漢だったというのだ。刑務官らと共に手探りで進められていく授業は、絵本を全員で朗読したり、文章に合わせて体を動かす芝居仕立てにしたりというもの。そして、徐々に自分で詩を作れる、つまり自分の気持ちを言葉で表せるようにしていく。社会性涵養プログラムを受ける受刑者たちは、自分がしたことへの反省や更生以前の状態にいるということにちょっとショックを受けた。感情の言語化、コミュニケーションがうまくできないことで犯罪への道を進んでしまったりもする。彼らの多くは他人からちゃんと向き合ってもらっていない、自分の言葉を聞いてもらっていない。ちゃんと向き合い、言葉が出てくるのを待つということが非常に重要で、そうしていると彼ら自身の言葉が出てくる瞬間がある。著者は、変わらなかった子はいないという。お互いに言葉を聞きあうという体験を重ねることで優しさが引き出されていくというのだ。著者のオプティミズムがすぎるようにも思うのだが、言葉(を発すること、それをじっと聞くこと)の力というのは確かにあるのだろうとも思える。

『アイネクライネナハトムジーク』

伊坂幸太郎著
 「出会い」って何なんだろうと考える会社員、妻に愛想をつかされたその先輩、電話だけでやりとりする男女、元いじめっ子への復讐を企てる女性。ごく普通の、様々な人たちの愛がある地点で交差する連作短編集。
 あの時のあれはこの人か!こことここがこうつながるのか!という著者の得意技が繰り広げられる。ちょっと仕掛けがやりすぎな感じもしてくどいといえばくどいのだが、そこが楽しくもある。予想外に直球かつかわいさのあるラブストーリー集。妻に出ていかれた男性の話が個人的には一番好きかもしれない。あーこういうものかもしれないなーというあきらめ感があって(笑)。
 ただ、登場人物の1人である織田一真の言動がどうにも受け付けなかった。特に最初に収録されている「アイネクライネ」で顕著なのだが、言動がモラハラぎりぎりだと思うんだよな…これを愛嬌とか可愛げとしてとらえているっぽい筆致には違和感がある。DVDの散らかし方とか妻が財布を落とした時のリアクションとか、私が妻ならキレてる。
 なお本作、斉藤和義小説でもある。本作映画化されたそうだが、映画の中ではちゃんと曲を使っているのかな?



『IQ2』

ジョー・イデ著、熊谷千寿訳
 亡き兄マーカスの恋人だったサリタに依頼され、高利貸しに追われる彼女の異母妹ジャニーンを助けることになったIQ。腐れ縁の相棒ドッドソンと共にジャニーンとその恋人ベニーが住むラスベガスに向かうが、ジャニーンは予想以上に厄介な状況に陥っていた。
 前作と同じく、過去と現在が交互に配置されている構成。今回はその2つのラインがある地点で合流するところにミステリの醍醐味を感じた。と言っても、いわゆる謎解きミステリ要素はあまりないんだけど・・・。クールなイメージのIQだが、今回はあまりクールではいられない。彼はサリタにずっと想いを寄せており、彼女の前でいいところを見せたいとちょっと焦っている。更にその焦りをドッドソンに見透かされてしまう。IQはとても頭がいいが人の心の機微には疎い。サリタへの自分の思いも、彼女と自分の関係がどういうものなのかも、ドッドソンが彼に対して感じている苛立ちが何故なのかもぴんときていない。だからよけいに焦るし苛立つのだ。本作のある人物の行動をIQが看破するが、実はその行動原理はIQ自身のものと被ってくる。それをIQが自覚しているのかいないのか・・・。この看破の様は相手に対してすごく残酷で、多分本来のIQの倫理観からは外れるものなのだろうが、それをやってしまう所に今回の彼の危うさが垣間見える。怒りも嫉妬も人を弱くするのだ。
 対して今回、ドッドソンの成長が目覚ましい。大人になって・・・!しかもIQに対してちょっと素直になってる!IQの危うさを補うのはドッドソンの世間慣れした部分や意外と常識的な部分(IQも常識的だし人情もあるのだが、発露の仕方がちょっと独特だし人の心の機微には疎いよね・・・)なのではないか。2人のパートナーシップが今後の展開の鍵になるのかなと。

IQ2 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー イデ
早川書房
2019-06-20





IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー イデ
早川書房
2018-06-19

『あとは切手を、一枚貼るだけ』

堀江敏幸・小川洋子著
 「私」と「ぼく」とが交互に綴る、お互いに向けた手紙。ドナルド・エヴァンズの架空の切手、箱に封じ込められたジョセフ・コーネルの世界、そしてアンネ・フランクが身をひそめた小部屋。小さな世界に留まりつつも彼方まで飛距離を伸ばしていくような、様々な文学や映画、音楽がちりばめられたリレー小説。
堀江敏幸と小川洋子という、知と洗練の極みみたいな組み合わせ。どちらがどのパートを書いているのか、わかりやすく表示はされていないのだが、読めばすぐにわかる。どんな形態であれ、文章がしっかりと顔を持ち続けている。自分の文体が確立されているってやっぱりすごいことなんだなと実感した。どう読んでも堀江敏幸の文だし小川洋子の文なんだもんな・・・。
 ドナルド・エヴァンズ、ジョセフ・コーネル、ロベール・クートラスらの名前が次々出てくるだけで無性にうれしくなる。「彼らは独自の境界線の内側に潜んでいますが、孤立しているわけではありません」という彼らの作品の核心を突いた表現。他にもソローであったり宮沢賢治であったり、まど・みちおであったり、大声ではないがずっと静かに話し続けているような作家たちが登場する。著者2人の美学、ものの見方が垣間見え、フィクションとはいえこれらの文学(だけではない)を紹介していく随筆的な側面が強い。が、その一方で、強く小説を意識させる瞬間もある。瞳を自ら閉ざした人と光を失いつつある人の対話であるかのようだが、ある地点で風景がぐらりと揺らぐ。そこかしこにあった不穏さ、悲劇の気配のようなものはここに集約、伏線回収されるのかと。ペダントリィに徹するようでいて、ちゃんと「私」と「ぼく」の物語だったのだ。


『アイル・ビー・ゴーン』

エイドリアン・マッキンティ著、武藤陽生訳
 ある事件によって警察を追われたショーンに保安部(MI5)が接触してくる。彼らはIRAの大物テロリスト・ダーモットの捜索を依頼する。ダーモットはダフィの旧友だったのだ。復職を条件に仕事を引受けたショーンは、ダーモットの元妻の母に取引を迫られる。4年前の娘の死因を解明すれば、彼の居場所を教えるというのだ。娘は一家が経営するパブで事故死したとみなされていた。事件が起きた夜、パブは完全な密室だったのだ。
 ダフィシリーズ、めでたく3作目!そして1,2作とはまた違った面白さがあった。構成バランスや読みやすさでは3作中一番かもしれない。1,2作目は人物像系や時代背景、風土の表現が魅力的だったが、勢い任せな面が否めず1つの小説としてはバランスがちょっといびつだった。今回はそのあたりがだいぶ改善された気がする。正義感ゆえに不遇をかこつダフィは冒頭ではだいぶやさぐれているのだが、MI5へのわだかまりをもちつつ任務に没頭するうち、徐々に精神を持ち直していく。基本的に倫理観がしっかりしているし人情のある人なことが透けて見える。常に頭脳明晰というわけではないし勘がいまいち悪いところもあるのだが、憎めない。詩や音楽の造形深く、実は場違いともいえるインテリ。そんな彼の最後の行動は、決意のほどを感じさせる。そこは決して居やすい場所というわけではないが、それでもやるべきことがある(と彼には思われる)のだ。


『あひる』

今村夏子著
 私の家で、両親があひるを飼い始めた。あひるの「のりたま」がきてから近所の子供たちがよく遊びにくるようになり、両親は喜ぶ。段々子供たちの溜まり場のようになっていく我が家だが、のりたまが病気になり病院に連れて行かれる。帰ってきたのりたまは、以前よりも小さくなったように見えた。
 あひるをめぐるほのぼのとした日常かと思いきや、そこかしこに不穏さが顔を出す。あからさまではなく、ちらちらと奇妙さ、足元が崩れるような感じが現れる様に痺れた。あひるが入れ替わっても誰も気にしない。また、遊びに来る子供たちが入れ替わっても、両親は気にしない。そこにあひる/子供がいれば特に問題ない、入れ替え可能であり取り換えのきかない「個」の存在などそこにはないのだと言わんばかりだ。また、「私」がどうやら引きこもり気味のニートらしく、誰からも顧みられない存在らしいとわかってくる。そして両親も「私」も何かから目をそむけ続けているのではないか、家族はもはや家族として機能していないのではないかと思えてくるのだ。
 併録されている「おばあちゃん」「森の兄妹」は対になった作品。孔雀の現れ方、見え方が、それぞれの作品の立つ位置を現わしており、繋がり方が鮮やかだった。子供の目線を通した世界の不思議やそれに対する不安は、良質の児童文学を思わせる。

あひる (角川文庫)
今村 夏子
KADOKAWA
2019-01-24





星の子

今村夏子
朝日新聞出版
2017-06-07

『赤い衝動』

サンドラ・ブラウン著、林啓江訳
 25年前に起きたビル爆破事件。惨状の中救出に奔走し一躍英雄となったものの、3年前に隠遁生活に入っていた“少佐”への取材に成功したTV局リポーターのケーラ。インタビューは評判になったものの、お礼をしに訪問した少佐の自宅で何者かに襲われる。何とか脱出したものの、少佐は重傷で意識不明。少佐の息子ジョンはケーラを拉致するようにして保護する。ケーラにもジョンにも、狙われかねないある事情があった。
 本作、いわゆるロマンティック・サスペンスなのだが「スーパーチャージド・セクシャル・サスペンス」と銘打った出版社側のやってやるぜ感がすごい。ただ本作、どちらかというとサスペンス部分の方がスピーディーでどんどん転がしていく展開なので、ロマンスが取って付けたように感じられた。いちゃついている暇があったら早く真相を究明してよ!という気分になってしまう。私がケーラにもジョンにも全く魅力を感じなかったのもロマンスを楽しめなかった一因だろう。特にジョンのかっとしやすさや独りよがりな行動(多少強引なのがステキという向きもあろうが)にはイライラしっぱなし。彼のある人物に対する接し方は、長年この調子だったんじゃ大分相手は殺意が溜まっているだろうなというものなのだが、本人全く自覚がなさそう・・・。
 ロマンス部分よりもむしろジョンと父親とのわだかまりやすれ違いに、人間ドラマとしての読み所がある。こういう拗れ方をしている父息子っているよなぁと思わせるものなのだ。愛はあるのだが、お互いにその発揮の仕方がミスマッチでしんどそう。

赤い衝動 (集英社文庫)
サンドラ・ブラウン
集英社
2018-12-18


さまよう記憶 (集英社文庫)
サンドラ ブラウン
集英社
2015-12-17


『贖い主 顔なき暗殺者(上、下)』

ジョー・ネスボ著、戸田裕之訳
 クリスマスシーズンのオスロの街頭で射殺事件が起きた。衆人環視の環境なのに、目撃者は現れず手掛かりは乏しいままだった。捜査にあたったオスロ警察警部のハリーは、手掛かりを求め奔走する。プロの殺し屋による犯行ではないかと捜査を続けるが。
 警察側と殺人者側、そしてある形で事件に関わった人たちと、複数の側面から描かれる。『悪魔の星』でガタガタになったハリーの心身は大分持ち直しているようで、もう少しとっちらかっていない(笑)行動なのでほっとした。無軌道すぎた前作と比べると捜査の手順も順当。やはり逸脱していってしまうのは彼の特性だから仕方ないのか。とはいえ、アルコールの誘惑はなかなか断ち切れないようだが・・・。どんどん盛っていくタイプのサスペンスなのでちょっと食傷気味になる。あるトリックは本格ミステリとしては禁じ手だし(本作の場合は構わないと思う)真犯人の行動もそこまでやる必要ある?というもの。とはいえ、ハリーのメンタルが多少安定し、彼独自の倫理観、筋の通し方がわかりやすく見られる。同僚たちの成長や変化も頼もしい。信頼していた上司が去り、新しい上司とはいまいちそりが合わないのだが、意外と上司としては悪くないのでは・・・。この上司、やたらと第二次大戦時の日本軍の方針を引き合いに出すので、日本軍の顛末わかってやってるのかなーと疑問だったがちゃんとオチがつく(笑)。
 なお救世軍が登場するのだが、ノルウェーの救世軍って本当に「軍」で役職も将軍とかなのね・・・日本の救世軍とは大分雰囲気が違う。

贖い主 上 顔なき暗殺者 (集英社文庫)
ジョー ネスボ
集英社
2018-01-19





『悪魔の星(上、下)』

ジョー・ネスボ著、戸田裕之訳
同僚刑事が殺された事件を3年間追い続けていたが、手がかりは途絶え捜査に行き詰まり、酒におぼれ免職を命じられたハリー。そんな折、オスロで猟奇的な殺人事件が起きる。しかも連続殺人の恐れが出てきた。ハリーも捜査に加わり奔走するが。
とにかくハリーが一貫して具合悪そうなので、事件云々よりもアルコール依存症と不眠が心配になってしまう。ハリーは刑事としてどころか、普通の社会人としての体をなさなくなっていくのだ。近くによると凄まじい臭いがしそうなんだもんな・・・。刑事としては有能で、ある真実にもたどり着くものの、それは彼を幸せにしないし魂を救いもしない。色々片をつけていくものの、むしろこの先ハリーは地獄を歩み続けることになるのではという予感しかしない。連続殺人の陰惨さ、犯人野猟奇性は、ハリー個人の地獄と比べるとギミックのようなもので軽く感じられてしまうのだ。事件が解決しても全く安心感も爽快感もない。ハリー本人の状態が危機をひきつけているように見える。

悪魔の星 上 (集英社文庫)
ジョー ネスボ
集英社
2017-02-17





悪魔の星 下 (集英社文庫)
ジョー ネスボ
集英社
2017-02-17

『悪しき狼』

ネレ・ノイハウス著、酒寄進一訳
 川で少女の死体が発見された。検視の結果、死因は溺死だが塩素水が検出されたので川で溺れたのではない、そして長期間にわたって監禁、虐待された痕跡があるとわかる。刑事オリヴァーとピアは捜査を始めるが、2週間たっても少女の身元はわからないままだった。更に人気キャスターの殺人未遂事件も発生する。事件の背後にはオリヴァーたちの想像を超えた企みがあった。
 前作『穢れた風』でのオリヴァーのへっぽこ振りにいらいらしたり心配した読者も多かったろうが、本作では大分持ち直している。仕事が忙しすぎて家族やパートナーとの約束に気が回らず、これが後々蓄積されて厄介なことになってくるのでは?とひやりとさせられるが・・・。ピアも多忙すぎて捜査上のひっかかりやひらめきをついとり逃してしまう描写が今回目立った。忙しすぎるのって何もいいことないぞ!ピアの場合はパートナーとの信頼関係、人柄の良さが安定しているのでオリヴァーみたいな危なげはないが。
 発端となる事件は痛ましいものだし、徐々に見えてくる事件の全容も嫌度が非常に高い。自分の欲望の正当化とそれを可能にしてしまう力の組み合わせは非常に性質が悪い。本作に出てくるある組織と似たようなものを、近年の翻訳ミステリの中では頻繁に見かける気がするのだが、そんなに実在しそうな実感があるのだろうか。一定量のニーズが可視化されているからフィクション内にも出てくる設定なのだろうが、だったらなおさら現実に絶望したくなるよね・・・。
 様々な形の力によって人を籠絡し操ることができる存在に、オリヴァーたち警察はどう立ち向かっていけばいいのか。なお「男」のパートがどう位置づけられるのかも本作のポイントだが、ちょっと設定を盛りすぎな気もした。生かしておくリスクが高すぎない?


悪しき狼 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2018-10-31





穢れた風 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2017-10-21


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