コーマック・マッカーシー著、山口和彦訳
社会から隔絶された僻地で暮らすキュラ・ホームとリンジーの兄妹。リンジーはキュラとの近親相姦により妊娠した子供を出産するが、キュラは赤ん坊を森の中に置き去りにし、リンジーには赤ん坊はすぐに死んだと告げる。しかしリンジーはキュラの嘘に気付き、赤ん坊を取り戻そうと放浪を始める。
1968年に出版された著者の初期作品の初の邦訳になる。初期作品の『果樹園の守り手』、本作、『チャイルド・オブ・ゴッド』『サトゥリー』の4作を著者のテネシー時代の作品と呼ぶそうだ。本作の下敷きになっている著者自身の体験やキリスト教的寓意については巻末の訳者あとがき・解説に詳しく、読書の補助線になり助かった。特にキリスト教要素についてはなじみがない部分が多かったので、解説を先に読んでもよかったと思う。本作より前に書かれた『果樹園の守り手』は正直あまり冴えているとは思わなかったのだが、本作はマッカーシーの文体のスタイルが確立されつつあり、果てのない神話のように読者を引き回していくような印象を受ける。
キュラとリンジーが町から町へさ迷っていく一方で、略奪者と思しき男たちが次々と行き合う人々を殺していく。キュラとリンジーともニアミスし緊張感が途切れない。巻き込まれる側・巻き込む側の違いはあれど、この先何か不吉なことが起きるだろうという不穏な空気が彼らの旅には付きまとっているのだ。特にリンジーは、彷徨う中で彼女に力を貸すように見える人もいるが、その人たちは必ず彼女に対価を求める、ないしはいきなり手のひらを返し破断になる。見るからに風来坊なキュラとはまた別の困難を抱えたまま歩んでいかなければならない。マッカーシーの作品は人間への期待が薄いというか、人間の業の部分、原罪的な部分を常に注視していることが本作の時点ではっきりしている。