3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『悪しき狼』

ネレ・ノイハウス著、酒寄進一訳
 川で少女の死体が発見された。検視の結果、死因は溺死だが塩素水が検出されたので川で溺れたのではない、そして長期間にわたって監禁、虐待された痕跡があるとわかる。刑事オリヴァーとピアは捜査を始めるが、2週間たっても少女の身元はわからないままだった。更に人気キャスターの殺人未遂事件も発生する。事件の背後にはオリヴァーたちの想像を超えた企みがあった。
 前作『穢れた風』でのオリヴァーのへっぽこ振りにいらいらしたり心配した読者も多かったろうが、本作では大分持ち直している。仕事が忙しすぎて家族やパートナーとの約束に気が回らず、これが後々蓄積されて厄介なことになってくるのでは?とひやりとさせられるが・・・。ピアも多忙すぎて捜査上のひっかかりやひらめきをついとり逃してしまう描写が今回目立った。忙しすぎるのって何もいいことないぞ!ピアの場合はパートナーとの信頼関係、人柄の良さが安定しているのでオリヴァーみたいな危なげはないが。
 発端となる事件は痛ましいものだし、徐々に見えてくる事件の全容も嫌度が非常に高い。自分の欲望の正当化とそれを可能にしてしまう力の組み合わせは非常に性質が悪い。本作に出てくるある組織と似たようなものを、近年の翻訳ミステリの中では頻繁に見かける気がするのだが、そんなに実在しそうな実感があるのだろうか。一定量のニーズが可視化されているからフィクション内にも出てくる設定なのだろうが、だったらなおさら現実に絶望したくなるよね・・・。
 様々な形の力によって人を籠絡し操ることができる存在に、オリヴァーたち警察はどう立ち向かっていけばいいのか。なお「男」のパートがどう位置づけられるのかも本作のポイントだが、ちょっと設定を盛りすぎな気もした。生かしておくリスクが高すぎない?


悪しき狼 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2018-10-31





穢れた風 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2017-10-21


『新しい名字 ナポリの物語2』

エレナ・フェッランテ著、飯田亮介訳
 1960年代ナポリ。若く美しいリラは裕福な商人と結婚したが、結婚生活は決して愉快なものではなかった。一方“私”エレナは高校に通い続け進学も考えるが、家計は厳しく将来は見えず、やはり苦しい毎日を過ごしていた。療養をかねて海辺に滞在することになったリラは、強引にエレナを同行させる。2人の女性の人生を描く世界的ベストセラーの2作目。
 前作『リラと私』では2人の子供時代が描かれたが、本作ではリラの結婚以降、2人の10代後半から20代を描く。リラの早すぎた結婚のその後の展開には、全読者があーやっぱりね!と思うだろう。リラの誇り高さや苛烈さを夫が理解していたとは全く思えないのだ。おそらくリラ自身もわかっていなかったのだろう。この時代、この地域で結婚するということが女性にとってどういうものなのか、痛感させられる部分が多々出てくる。夫の、家の所有物でしかないのだ。
 リラは何でも器用にこなし、店の経営もお手の物なのだが、このくらいじゃ収まらないんじゃないかという予感を感じさせる。エレナはそんなリナを時にもどかしく思い、時に自分の方が今は物を知っている、賢いのだと密かに優越感を抱く。しかし勉学や世の中の動きに興味を失っていたはずのリナは、時に非常に鋭い洞察を見せエレナを打ちのめす。また、大学進学後の地域的なカルチャーギャップや元々文化的資産のある家庭に育った学生たちとの格差など、彼女のコンプレックスが刺激されっぱなしで辛い。しかし彼女にもある転機が訪れる。エレナとリナの人生は、エレナが思っていたほどには隣接していないのかもしれない。リナはエレナにとってどんどん未知の人になっていくようだ。

新しい名字 (ナポリの物語2)
エレナ フェッランテ
早川書房
2018-05-17


『あなたを愛してから』

デニス・ルヘイン著、加賀山卓朗訳
 実父を知らず、父親に関する質問を一切受け付けない辛辣な母親に育てられたレイチェル。母の死後、父親を探し始めるが、手がかりを追ってたどり着いたのは残酷な事実だった。ジャーナリストとして活躍するようになったレイチェルは、ある現場での体験により深く傷つき、結婚生活も仕事も失う。そんな中で真実の愛に巡り合ったと確信するが。
 レイチェルが夫を撃ち殺すという衝撃のプロローグから始まり、彼女の人生と愛の変遷が描かれる。彼女の人生にまとわりつくのは「あなたは誰なのか」という問いであり、「私は誰なのか」という問いでもある。「あなた」はまず父親であり、彼女の前に現れる人たちである。その人たちとの関係が偽りであるなら、その関係の上に成立していた「私」とは一体何者なのか。自分が確信していた愛とは本当に愛と呼べるものだったのか。疑念に突き動かされ止まることができないレイチェルのスピードに読者側も乗っていくようで、一気に読み終えた。ノンストップサスペンスなのに作中時間がかなり長い(レイチェルの人生全般に及んでいるのでそれこそ30年近い)という所も面白い。ルヘインてこういう作品も書くのか!と新鮮だった。題名はヒット曲「Since I Fell for You」からつけられた「Since We Fell」だが、なぜ「We」なのかつかめてくるとより味わい深い。


『IQ』

ジョー・イデ著、熊谷千寿訳
 ロサンゼルスに住む青年アイゼイア、通称“IQ”は、持ち込まれる様々なトラブルを解決する探偵。腕は抜群だが報酬は金銭とは限らず、羽振りがいいとは言えない。ある事情で大金が必要になった彼は、腐れ縁のドラッグディーラー・ドットソンの紹介で、大物ラッパーからの依頼を受ける。その内容は、自分の命を狙う殺し屋を突き止めろというものだった。
 語り口が非常に生き生きとしており、かつクール。黒人版シャーロック・ホームズとでも言いたくなるIQの現在の仕事と、なぜ彼がこの仕事をするようになったのかという過去のいきさつが交互に語られるが、そのいきさつがIQの人柄と直結している。彼の倫理観や責任のあり方がいじらしくも凛々しい。目茶目茶努力家で真面目なのだ。その真面目さには彼の兄の影響が大きい。IQにとっての兄がどのような存在だったのかが過去パート全編を使って描かれていると言ってもいいくらい。また、いけすかないジャイアンキャラとして登場するドットソンの意外な側面が見えてくる所も(彼の作る料理は本当においしそう!)面白い。とことん噛み合わないしお互い好感を持っていない(笑)ホームズとワトソン的なノリだ。アメリカでは既に続編が出ているそうだが、ぜひとも日本でも翻訳してほしい!なお表紙のデザインが作品の雰囲気とばっちり合っている。

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー イデ
早川書房
2018-06-19


沈黙のセールスマン (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マイクル・Z. リューイン
早川書房
1994-05





『あるノルウェーの大工の日記』

オーレ・トシュテンセン著、牧尾晴喜、リセ・スコウ、中村冬美訳
 ノルウェーで個人請負の大工業を営む著者が、ある屋根裏改築依頼の経緯を綴る「日記」エッセイ。
 見積もりから施主への引き渡しまで、本当に大工の仕事日記で専門用語、業界用語もぽんぽん出てくる。一応、著者による図解も掲載されているのだが、それでもこの用語はどの部分を指すのか、具体的にどのような構造になっているのか言葉による説明だけではわかりにくい所も。でも一つの仕事がどのように進んでいくかと言うレポートとして、またノルウェーの建設業界で生きる著者の生活や、ノルウェー社会のある側面を映し出すものとして、とても面白かった。やっぱり見積もりって大事だよなー!とか、顧客とどんな協力関係を築けるかで仕事のモチベーション(と現実的な作業量)が全然違うよなー!とか、他所の業界から見ても共感できるところは多々ある。何より、著者の真面目で誠実な人柄と仕事ぶりが窺えて、ユーモアのある語り口も好ましい。ノルウェーでも建設業界は厳しいらしく、人件費・材料費の削られ方は深刻な様子。低価格には低価格の理由が、それなりのお値段にはそれなりの理由があるのだという著者の主張はもっとも。とは言えイケアの家具を全否定しているわけではなく、適材適所と安全性との兼ね合いなのだ。労働の価格が安すぎるのは、やっぱり(労働者にとっても施主にとっても)危険なのね。

あるノルウェーの大工の日記
オーレ・トシュテンセン
エクスナレッジ
2017-09-29




街と山のあいだ
若菜晃子
アノニマ・スタジオ
2017-09-22





『あるフィルムの背景:ミステリ短篇傑作選』

結城晶治著
 検事の笹田は、わいせつ図画販売の証拠物件のフィルムを目にする。そこに映っていた素人風の女性は自分の妻そっくりだった。笹田は他人の空似と笑い飛ばそうとし妻にもその写真を見せるが。表題作を含む全13篇。
 ラストの着地に技がきいた、職人の仕事という感じの短篇集。苦境におかれた女性の遍歴や墜落を扱った作品が多いのは著者の趣味なのか、編者(日下三蔵)の趣味なのか。この点も含めさすがに古さは否めない。いわゆる「忘れられた作家」になってしまっていたのは、このあたりにも原因があるのでは。女性の扱いだけでなく、「孤独なカラス」で描かれる子供の不気味さ等、現代からしてみると既に陳腐だろう。レイプされた女性が周囲からさらに追い詰められていく様は現代になってもろくに変わっておらず、(作品ではなく世の中に対して)ため息が出る。とは言え、ミステリの構成、短編小説としての構成は手堅い。表題作や「温情判事」で情念や運命の残酷さ・取り返しのつかなさが描かれる一方で、「葬式紳士」のようなブラックユーモア的な乾いた作品もあるあたり、作風の幅の広さが窺える。








『アルテミス(上、下)』

アンディ・ウィアー著、小野田和子訳
 月面都市アルテミスでは、5つのドームに総勢2000人が暮らしている。観光都市の側面が強いこの街では、一部の富裕層の他は、サービス業や住環境のメンテナンス業に従事する労働者。合法、時には非合法の荷物を運ぶポーターとして働くジャズ・バシャラは、密輸入を通じて懇意にしている大物実業家のトロンドからある依頼を受ける。それはある利権の行方を左右する陰謀に繋がっていた。
 映画化もされたサバイバルSF小説『火星の人』のウィアーの新作。今度の舞台は月、そして主人公はアラブ系女性。主人公が頭を使うことを止めない、事態を好転させることを諦めない所は共通している。ただ一人ぼっちで奮闘する前作に対し、ジャズは自主独立ではあるものの、仲間の手を借り事態を打開していく。女性であるということを過剰に感じさせないフラットな語り口(~だわ、~よという口語の語尾処理はもっと少なくていいと思うけど)と周囲との関係性がいい。月面都市の市民性がちょっと開拓民的というか、ローカルルールが強い自治区みたいで、よく言えばおおらか。ジャズが密輸でお金を稼いでいるのも、きわどい依頼をさせるのもそういう風土ならではのものだし、彼女が仲間の助けを得られるのもその気風故でもある。
 物理的な制約、システム上の制約、そして利権の真相等、月面という舞台設定がジャズの前に立ちはだかる問題と直結しており、一気に読ませる。既に映画化決定しているそうだが、確かに映像化向き。ある程度知識のある人だったら書かれている状況がすんなり理解できる(描写自体は平易だし、かなり工夫されていると思う)んだろうけど、宇宙開発素人には具体的にイメージしにくい部分もあるので。

アルテミス(上) (ハヤカワ文庫SF)
アンディ・ウィアー
早川書房
2018-01-24


アルテミス(下) (ハヤカワ文庫SF)
アンディ・ウィアー
早川書房
2018-01-24

『悪魔のソナタ』

オスカル・デ・ミュリエル著、日暮雅道訳
 1888年、スコットランド・ヤードの若き敏腕警部イアン・フレイは、不本意ながら密命を受けエジンバラへ赴任する。切り裂きジャックを彷彿とさせる事件が起きたので内密に捜査しろと言うのだ。現地で彼と組むことになったのは、剛腕だがオカルトマニアのマグレイ警部だった。2人は反発しながら捜査を開始するが、あるバイオリンとの関係が浮かび上がってきた。
 フレイの一人称による語りだが、やたらと饒舌。饒舌な語りは聡明だが気取り屋で落ち着きがない彼のキャラクターを表現してはいるのだが、少々うるさい。国内外問わず、あまり上手くない小説は饒舌な一人称によるものが多いような気がするんだが、気のせいか。とは言え、本作がつまらないというわけではなく、フレイのスコットランドdisとマグレイのイングランドdisの応酬、つんけんしながら共闘していく様等、キャラクター小説としてはそこそこ楽しめる。マグレイがフレイを小娘扱い(フレイは身だしなみにうるさくやや神経質で、マグレイは無頓着なので)するあたりや、マグレイの身ぎれいにすればそれなりにイケメン設定等、何か狙っているんですか・・・という気がしなくもない。どちらかというとラノベ的なノリなのだろうか。オカルトめいた雰囲気は悪くないのだが、色々持ちだしてきた割にはあまり機能していない気がする。真犯人解明の際、急に現れたな感が出てしまった(伏線がもうちょっとあればなーと)感も残念。ミステリとしてはちょっと反則的じゃないかなと思う。犯人当てを読者にさせようという意図がない作品だと思うので、反則的もいいと言えばいいんだろうけど。

悪魔のソナタ (角川文庫)
オスカル・デ・ミュリエル
KADOKAWA/角川書店
2016-03-25

刑事たちの三日間 上 (創元推理文庫)
アレックス・グレシアン
東京創元社
2013-07-27






『あなたを選んでくれるもの』

ミランダ・ジュライ著、岸本佐知子訳
新作映画の脚本執筆に行き詰っていた著者は、地元のフリーペーパーの売買広告を目にする。様々な個人が、様々な物品を「売ります」と提示している。著者は広告主を訪ね、彼らの話を聞くことにする。
本作中で著者が脚本に行き詰っている映画は『ザ・フューチャー』(日本では2013年公開)。公開当時に見たが、正直、それほど自分の心にはヒットしなかった。著者の小説についても同様なのだが、ノンフィクションである本作はじわじわと染みてきた。著者が会いに行く人たちは全くの初対面の他人、しかも、普段著者(とおそらく読者)が生活している圏内ではあまり行き会わない異文化の人だ。彼らは著者の予想・世界の外から言葉を投げかけてくる。決して愉快な人たちばかりというわけではないが、全くの他者と向き合うことで、頭の風通しが良くなるような気持ちになる。著者がスランプから脱したのも、自分の頭の外にある予想外のものに揺さぶられたからではないだろうか。
 

『アックスマンのジャズ』

レイ・セレスティン著、北野寿美枝訳
 1919年のニューオリンズで、連続殺人事件が起きる。凶器が斧と見られたことから「アックスマン」と呼ばれるようになった犯人は新聞社に予告状を送り付け、「ジャズを聴いていない者は殺す」と宣言する。タある事情から警察内では嫌われ者のタルボット警部補はこの事件の捜査にあたる。一方、マフィアに犯人探しを依頼された元刑事のルカ、ピンカートン探偵社で事務をしているが探偵志望のアイダもこの事件を追っていた。
 実際に起きた未解決事件を題材にしているそうだ。1919年のニューオリンズが舞台ということで、様々な人種のコミュニティが共存しているが差別意識は強く、それがタルボットを苦しめ、アイダの足を引っ張る。タルボットには黒人の妻と子供がいるが、この時代、白人と黒人との結婚は許されないどころか、パートナーとしていることがわかっても周囲からのバッシングはもちろん、実際に暴力を振るわれかねない。自分が家族だと見なしている人たちを世間からは隠しておかなければならないのだ。また、アイダは白人として通用するくらい肌色が明るいが、それでも出自を知られると黒人として差別され、暴力を受ける。登場人物たちの背後、そして事件の背後には常に人種差別が横たわっており、これがあの時代の「普通」だったことを痛感させる。この「普通」に個人が対抗することがいかに難しいか、折々で感じさせるのだ。
 タルボット、ルカ、アイダはそれぞれ別個に事件を追い、それぞれがある結論を得る。彼らにとって見えるのは事件のある側面のみというところが小説の構造としては面白いが、事件を追う側にしてみたらなんか不消化だよな。・・・と思っていたら最後に思わぬ展開があり、これはうれしかった。続編も発行予定のようなので、今から楽しみ。
 なお、題名にジャズとつくが、ジャズが本筋に絡んでくるのは最初だけで予告状の内容も立ち消えになってしまうのには拍子抜けした。多分、実際に送られてきた予告状がそういう内容だったんだろうけど。

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