3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『アイル・ビー・ゴーン』

エイドリアン・マッキンティ著、武藤陽生訳
 ある事件によって警察を追われたショーンに保安部(MI5)が接触してくる。彼らはIRAの大物テロリスト・ダーモットの捜索を依頼する。ダーモットはダフィの旧友だったのだ。復職を条件に仕事を引受けたショーンは、ダーモットの元妻の母に取引を迫られる。4年前の娘の死因を解明すれば、彼の居場所を教えるというのだ。娘は一家が経営するパブで事故死したとみなされていた。事件が起きた夜、パブは完全な密室だったのだ。
 ダフィシリーズ、めでたく3作目!そして1,2作とはまた違った面白さがあった。構成バランスや読みやすさでは3作中一番かもしれない。1,2作目は人物像系や時代背景、風土の表現が魅力的だったが、勢い任せな面が否めず1つの小説としてはバランスがちょっといびつだった。今回はそのあたりがだいぶ改善された気がする。正義感ゆえに不遇をかこつダフィは冒頭ではだいぶやさぐれているのだが、MI5へのわだかまりをもちつつ任務に没頭するうち、徐々に精神を持ち直していく。基本的に倫理観がしっかりしているし人情のある人なことが透けて見える。常に頭脳明晰というわけではないし勘がいまいち悪いところもあるのだが、憎めない。詩や音楽の造形深く、実は場違いともいえるインテリ。そんな彼の最後の行動は、決意のほどを感じさせる。そこは決して居やすい場所というわけではないが、それでもやるべきことがある(と彼には思われる)のだ。


『あひる』

今村夏子著
 私の家で、両親があひるを飼い始めた。あひるの「のりたま」がきてから近所の子供たちがよく遊びにくるようになり、両親は喜ぶ。段々子供たちの溜まり場のようになっていく我が家だが、のりたまが病気になり病院に連れて行かれる。帰ってきたのりたまは、以前よりも小さくなったように見えた。
 あひるをめぐるほのぼのとした日常かと思いきや、そこかしこに不穏さが顔を出す。あからさまではなく、ちらちらと奇妙さ、足元が崩れるような感じが現れる様に痺れた。あひるが入れ替わっても誰も気にしない。また、遊びに来る子供たちが入れ替わっても、両親は気にしない。そこにあひる/子供がいれば特に問題ない、入れ替え可能であり取り換えのきかない「個」の存在などそこにはないのだと言わんばかりだ。また、「私」がどうやら引きこもり気味のニートらしく、誰からも顧みられない存在らしいとわかってくる。そして両親も「私」も何かから目をそむけ続けているのではないか、家族はもはや家族として機能していないのではないかと思えてくるのだ。
 併録されている「おばあちゃん」「森の兄妹」は対になった作品。孔雀の現れ方、見え方が、それぞれの作品の立つ位置を現わしており、繋がり方が鮮やかだった。子供の目線を通した世界の不思議やそれに対する不安は、良質の児童文学を思わせる。

あひる (角川文庫)
今村 夏子
KADOKAWA
2019-01-24





星の子

今村夏子
朝日新聞出版
2017-06-07

『赤い衝動』

サンドラ・ブラウン著、林啓江訳
 25年前に起きたビル爆破事件。惨状の中救出に奔走し一躍英雄となったものの、3年前に隠遁生活に入っていた“少佐”への取材に成功したTV局リポーターのケーラ。インタビューは評判になったものの、お礼をしに訪問した少佐の自宅で何者かに襲われる。何とか脱出したものの、少佐は重傷で意識不明。少佐の息子ジョンはケーラを拉致するようにして保護する。ケーラにもジョンにも、狙われかねないある事情があった。
 本作、いわゆるロマンティック・サスペンスなのだが「スーパーチャージド・セクシャル・サスペンス」と銘打った出版社側のやってやるぜ感がすごい。ただ本作、どちらかというとサスペンス部分の方がスピーディーでどんどん転がしていく展開なので、ロマンスが取って付けたように感じられた。いちゃついている暇があったら早く真相を究明してよ!という気分になってしまう。私がケーラにもジョンにも全く魅力を感じなかったのもロマンスを楽しめなかった一因だろう。特にジョンのかっとしやすさや独りよがりな行動(多少強引なのがステキという向きもあろうが)にはイライラしっぱなし。彼のある人物に対する接し方は、長年この調子だったんじゃ大分相手は殺意が溜まっているだろうなというものなのだが、本人全く自覚がなさそう・・・。
 ロマンス部分よりもむしろジョンと父親とのわだかまりやすれ違いに、人間ドラマとしての読み所がある。こういう拗れ方をしている父息子っているよなぁと思わせるものなのだ。愛はあるのだが、お互いにその発揮の仕方がミスマッチでしんどそう。

赤い衝動 (集英社文庫)
サンドラ・ブラウン
集英社
2018-12-18


さまよう記憶 (集英社文庫)
サンドラ ブラウン
集英社
2015-12-17


『贖い主 顔なき暗殺者(上、下)』

ジョー・ネスボ著、戸田裕之訳
 クリスマスシーズンのオスロの街頭で射殺事件が起きた。衆人環視の環境なのに、目撃者は現れず手掛かりは乏しいままだった。捜査にあたったオスロ警察警部のハリーは、手掛かりを求め奔走する。プロの殺し屋による犯行ではないかと捜査を続けるが。
 警察側と殺人者側、そしてある形で事件に関わった人たちと、複数の側面から描かれる。『悪魔の星』でガタガタになったハリーの心身は大分持ち直しているようで、もう少しとっちらかっていない(笑)行動なのでほっとした。無軌道すぎた前作と比べると捜査の手順も順当。やはり逸脱していってしまうのは彼の特性だから仕方ないのか。とはいえ、アルコールの誘惑はなかなか断ち切れないようだが・・・。どんどん盛っていくタイプのサスペンスなのでちょっと食傷気味になる。あるトリックは本格ミステリとしては禁じ手だし(本作の場合は構わないと思う)真犯人の行動もそこまでやる必要ある?というもの。とはいえ、ハリーのメンタルが多少安定し、彼独自の倫理観、筋の通し方がわかりやすく見られる。同僚たちの成長や変化も頼もしい。信頼していた上司が去り、新しい上司とはいまいちそりが合わないのだが、意外と上司としては悪くないのでは・・・。この上司、やたらと第二次大戦時の日本軍の方針を引き合いに出すので、日本軍の顛末わかってやってるのかなーと疑問だったがちゃんとオチがつく(笑)。
 なお救世軍が登場するのだが、ノルウェーの救世軍って本当に「軍」で役職も将軍とかなのね・・・日本の救世軍とは大分雰囲気が違う。

贖い主 上 顔なき暗殺者 (集英社文庫)
ジョー ネスボ
集英社
2018-01-19





『悪魔の星(上、下)』

ジョー・ネスボ著、戸田裕之訳
同僚刑事が殺された事件を3年間追い続けていたが、手がかりは途絶え捜査に行き詰まり、酒におぼれ免職を命じられたハリー。そんな折、オスロで猟奇的な殺人事件が起きる。しかも連続殺人の恐れが出てきた。ハリーも捜査に加わり奔走するが。
とにかくハリーが一貫して具合悪そうなので、事件云々よりもアルコール依存症と不眠が心配になってしまう。ハリーは刑事としてどころか、普通の社会人としての体をなさなくなっていくのだ。近くによると凄まじい臭いがしそうなんだもんな・・・。刑事としては有能で、ある真実にもたどり着くものの、それは彼を幸せにしないし魂を救いもしない。色々片をつけていくものの、むしろこの先ハリーは地獄を歩み続けることになるのではという予感しかしない。連続殺人の陰惨さ、犯人野猟奇性は、ハリー個人の地獄と比べるとギミックのようなもので軽く感じられてしまうのだ。事件が解決しても全く安心感も爽快感もない。ハリー本人の状態が危機をひきつけているように見える。

悪魔の星 上 (集英社文庫)
ジョー ネスボ
集英社
2017-02-17





悪魔の星 下 (集英社文庫)
ジョー ネスボ
集英社
2017-02-17

『悪しき狼』

ネレ・ノイハウス著、酒寄進一訳
 川で少女の死体が発見された。検視の結果、死因は溺死だが塩素水が検出されたので川で溺れたのではない、そして長期間にわたって監禁、虐待された痕跡があるとわかる。刑事オリヴァーとピアは捜査を始めるが、2週間たっても少女の身元はわからないままだった。更に人気キャスターの殺人未遂事件も発生する。事件の背後にはオリヴァーたちの想像を超えた企みがあった。
 前作『穢れた風』でのオリヴァーのへっぽこ振りにいらいらしたり心配した読者も多かったろうが、本作では大分持ち直している。仕事が忙しすぎて家族やパートナーとの約束に気が回らず、これが後々蓄積されて厄介なことになってくるのでは?とひやりとさせられるが・・・。ピアも多忙すぎて捜査上のひっかかりやひらめきをついとり逃してしまう描写が今回目立った。忙しすぎるのって何もいいことないぞ!ピアの場合はパートナーとの信頼関係、人柄の良さが安定しているのでオリヴァーみたいな危なげはないが。
 発端となる事件は痛ましいものだし、徐々に見えてくる事件の全容も嫌度が非常に高い。自分の欲望の正当化とそれを可能にしてしまう力の組み合わせは非常に性質が悪い。本作に出てくるある組織と似たようなものを、近年の翻訳ミステリの中では頻繁に見かける気がするのだが、そんなに実在しそうな実感があるのだろうか。一定量のニーズが可視化されているからフィクション内にも出てくる設定なのだろうが、だったらなおさら現実に絶望したくなるよね・・・。
 様々な形の力によって人を籠絡し操ることができる存在に、オリヴァーたち警察はどう立ち向かっていけばいいのか。なお「男」のパートがどう位置づけられるのかも本作のポイントだが、ちょっと設定を盛りすぎな気もした。生かしておくリスクが高すぎない?


悪しき狼 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2018-10-31





穢れた風 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2017-10-21


『新しい名字 ナポリの物語2』

エレナ・フェッランテ著、飯田亮介訳
 1960年代ナポリ。若く美しいリラは裕福な商人と結婚したが、結婚生活は決して愉快なものではなかった。一方“私”エレナは高校に通い続け進学も考えるが、家計は厳しく将来は見えず、やはり苦しい毎日を過ごしていた。療養をかねて海辺に滞在することになったリラは、強引にエレナを同行させる。2人の女性の人生を描く世界的ベストセラーの2作目。
 前作『リラと私』では2人の子供時代が描かれたが、本作ではリラの結婚以降、2人の10代後半から20代を描く。リラの早すぎた結婚のその後の展開には、全読者があーやっぱりね!と思うだろう。リラの誇り高さや苛烈さを夫が理解していたとは全く思えないのだ。おそらくリラ自身もわかっていなかったのだろう。この時代、この地域で結婚するということが女性にとってどういうものなのか、痛感させられる部分が多々出てくる。夫の、家の所有物でしかないのだ。
 リラは何でも器用にこなし、店の経営もお手の物なのだが、このくらいじゃ収まらないんじゃないかという予感を感じさせる。エレナはそんなリナを時にもどかしく思い、時に自分の方が今は物を知っている、賢いのだと密かに優越感を抱く。しかし勉学や世の中の動きに興味を失っていたはずのリナは、時に非常に鋭い洞察を見せエレナを打ちのめす。また、大学進学後の地域的なカルチャーギャップや元々文化的資産のある家庭に育った学生たちとの格差など、彼女のコンプレックスが刺激されっぱなしで辛い。しかし彼女にもある転機が訪れる。エレナとリナの人生は、エレナが思っていたほどには隣接していないのかもしれない。リナはエレナにとってどんどん未知の人になっていくようだ。

新しい名字 (ナポリの物語2)
エレナ フェッランテ
早川書房
2018-05-17


『あなたを愛してから』

デニス・ルヘイン著、加賀山卓朗訳
 実父を知らず、父親に関する質問を一切受け付けない辛辣な母親に育てられたレイチェル。母の死後、父親を探し始めるが、手がかりを追ってたどり着いたのは残酷な事実だった。ジャーナリストとして活躍するようになったレイチェルは、ある現場での体験により深く傷つき、結婚生活も仕事も失う。そんな中で真実の愛に巡り合ったと確信するが。
 レイチェルが夫を撃ち殺すという衝撃のプロローグから始まり、彼女の人生と愛の変遷が描かれる。彼女の人生にまとわりつくのは「あなたは誰なのか」という問いであり、「私は誰なのか」という問いでもある。「あなた」はまず父親であり、彼女の前に現れる人たちである。その人たちとの関係が偽りであるなら、その関係の上に成立していた「私」とは一体何者なのか。自分が確信していた愛とは本当に愛と呼べるものだったのか。疑念に突き動かされ止まることができないレイチェルのスピードに読者側も乗っていくようで、一気に読み終えた。ノンストップサスペンスなのに作中時間がかなり長い(レイチェルの人生全般に及んでいるのでそれこそ30年近い)という所も面白い。ルヘインてこういう作品も書くのか!と新鮮だった。題名はヒット曲「Since I Fell for You」からつけられた「Since We Fell」だが、なぜ「We」なのかつかめてくるとより味わい深い。


『IQ』

ジョー・イデ著、熊谷千寿訳
 ロサンゼルスに住む青年アイゼイア、通称“IQ”は、持ち込まれる様々なトラブルを解決する探偵。腕は抜群だが報酬は金銭とは限らず、羽振りがいいとは言えない。ある事情で大金が必要になった彼は、腐れ縁のドラッグディーラー・ドットソンの紹介で、大物ラッパーからの依頼を受ける。その内容は、自分の命を狙う殺し屋を突き止めろというものだった。
 語り口が非常に生き生きとしており、かつクール。黒人版シャーロック・ホームズとでも言いたくなるIQの現在の仕事と、なぜ彼がこの仕事をするようになったのかという過去のいきさつが交互に語られるが、そのいきさつがIQの人柄と直結している。彼の倫理観や責任のあり方がいじらしくも凛々しい。目茶目茶努力家で真面目なのだ。その真面目さには彼の兄の影響が大きい。IQにとっての兄がどのような存在だったのかが過去パート全編を使って描かれていると言ってもいいくらい。また、いけすかないジャイアンキャラとして登場するドットソンの意外な側面が見えてくる所も(彼の作る料理は本当においしそう!)面白い。とことん噛み合わないしお互い好感を持っていない(笑)ホームズとワトソン的なノリだ。アメリカでは既に続編が出ているそうだが、ぜひとも日本でも翻訳してほしい!なお表紙のデザインが作品の雰囲気とばっちり合っている。

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー イデ
早川書房
2018-06-19


沈黙のセールスマン (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マイクル・Z. リューイン
早川書房
1994-05





『あるノルウェーの大工の日記』

オーレ・トシュテンセン著、牧尾晴喜、リセ・スコウ、中村冬美訳
 ノルウェーで個人請負の大工業を営む著者が、ある屋根裏改築依頼の経緯を綴る「日記」エッセイ。
 見積もりから施主への引き渡しまで、本当に大工の仕事日記で専門用語、業界用語もぽんぽん出てくる。一応、著者による図解も掲載されているのだが、それでもこの用語はどの部分を指すのか、具体的にどのような構造になっているのか言葉による説明だけではわかりにくい所も。でも一つの仕事がどのように進んでいくかと言うレポートとして、またノルウェーの建設業界で生きる著者の生活や、ノルウェー社会のある側面を映し出すものとして、とても面白かった。やっぱり見積もりって大事だよなー!とか、顧客とどんな協力関係を築けるかで仕事のモチベーション(と現実的な作業量)が全然違うよなー!とか、他所の業界から見ても共感できるところは多々ある。何より、著者の真面目で誠実な人柄と仕事ぶりが窺えて、ユーモアのある語り口も好ましい。ノルウェーでも建設業界は厳しいらしく、人件費・材料費の削られ方は深刻な様子。低価格には低価格の理由が、それなりのお値段にはそれなりの理由があるのだという著者の主張はもっとも。とは言えイケアの家具を全否定しているわけではなく、適材適所と安全性との兼ね合いなのだ。労働の価格が安すぎるのは、やっぱり(労働者にとっても施主にとっても)危険なのね。

あるノルウェーの大工の日記
オーレ・トシュテンセン
エクスナレッジ
2017-09-29




街と山のあいだ
若菜晃子
アノニマ・スタジオ
2017-09-22





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