3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名あ行

『新しい名字 ナポリの物語2』

エレナ・フェッランテ著、飯田亮介訳
 1960年代ナポリ。若く美しいリラは裕福な商人と結婚したが、結婚生活は決して愉快なものではなかった。一方“私”エレナは高校に通い続け進学も考えるが、家計は厳しく将来は見えず、やはり苦しい毎日を過ごしていた。療養をかねて海辺に滞在することになったリラは、強引にエレナを同行させる。2人の女性の人生を描く世界的ベストセラーの2作目。
 前作『リラと私』では2人の子供時代が描かれたが、本作ではリラの結婚以降、2人の10代後半から20代を描く。リラの早すぎた結婚のその後の展開には、全読者があーやっぱりね!と思うだろう。リラの誇り高さや苛烈さを夫が理解していたとは全く思えないのだ。おそらくリラ自身もわかっていなかったのだろう。この時代、この地域で結婚するということが女性にとってどういうものなのか、痛感させられる部分が多々出てくる。夫の、家の所有物でしかないのだ。
 リラは何でも器用にこなし、店の経営もお手の物なのだが、このくらいじゃ収まらないんじゃないかという予感を感じさせる。エレナはそんなリナを時にもどかしく思い、時に自分の方が今は物を知っている、賢いのだと密かに優越感を抱く。しかし勉学や世の中の動きに興味を失っていたはずのリナは、時に非常に鋭い洞察を見せエレナを打ちのめす。また、大学進学後の地域的なカルチャーギャップや元々文化的資産のある家庭に育った学生たちとの格差など、彼女のコンプレックスが刺激されっぱなしで辛い。しかし彼女にもある転機が訪れる。エレナとリナの人生は、エレナが思っていたほどには隣接していないのかもしれない。リナはエレナにとってどんどん未知の人になっていくようだ。

新しい名字 (ナポリの物語2)
エレナ フェッランテ
早川書房
2018-05-17


『おばあちゃんのごめんねリスト』

フレドリック・バックマン著、坂本あおい訳
 7歳の少女エルサは大好きなおばあちゃんを亡くす。おばあちゃんは、変わり者で学校でも浮いているエルザの絶対的な味方だった。エルザはおばあちゃんの遺言に従い、様々な人に手紙を配達する。手紙の内容はおばあちゃんからの謝罪だった。
 もうすぐ8歳になるエルサは頭がよく好奇心旺盛だが、その好奇心と様々な疑問への自制がきかず、拘りが強い、大人から見たらやっかいな子、同級生から見たら「ウザい」子と言えるだろう。そんな彼女にとって、彼女同様やっかいな人であったおばあちゃんはヒーローだった。そのヒーローを失ったことでエルサは傷つく。更に、おばあちゃんのヒーローではない顔、自分のおばあちゃんではない顔を手紙を届ける過程で垣間見ていくことで、複雑な気持ちになり怒りさえ覚える。大好きな人の見たことがない、おそらく本人が見せたくなかった面や好ましくない面を見るのは大人でもちょっと気が重いから、子供だとなおさらだろう。エルサは年齢のわりには大人だが、こういった人間の複雑さを呑みこめるほどには大人ではないのだ。おばあちゃんがエルサにファンタジー物語を語るが、それが何を意味していたのかわかっていく過程は、少々苦くもある。それでも、エルサはおばあちゃん(以外の人たちも)はこういう風に語らざるを得なかったし、そういう生き方をせざるをえない人だったと納得していくのだ。そもそもおばあちゃんの物語が誰の為だったかということが明らかになると、この人たちの不器用さとままならなさがやるせない。起こってしまったことはやりなおせないが、エルサの奮闘により補修は出来たのかなと思えるのだ。


おばあちゃんのごめんねリスト
フレドリック バックマン
早川書房
2018-03-20


幸せなひとりぼっち (ハヤカワ文庫NV)
フレドリック バックマン
早川書房
2016-10-21



『いっぴき』

高橋久美子著
 元チャントモンチーのドラマーであった著者が、バンド脱退後、文筆家として綴った6年間分の文章をまとめた一冊。
 私はエッセイ、随筆等を読むとき、著者がどのような人なのかということはあまり考えずに読むし、文章を読んで書き手に対してこういう人なのかと思うようなことはあまりない。ただ本作の場合は、ああこういう人だったのか!と感慨深く感じた。私にとって著者はまだ文筆家ではなく、元チャットモンチーのドラマーとしての高橋久美子なんだろうなぁ・・・(著者にとっては不本意だと思うが)。部活への打ち込み方や大学での奮闘、バンド脱退後の仕事のやり方、妹との海外旅行など、思い切りが良すぎかつ常にフルスイングで、なんだか台風のような人だ。各地でのアート展開催までのてんやわんやなど危なっかしすぎて読んでいてハラハラする。所々で登場する家族のおおらかさと温かみ(特に母、妹)、結婚後の「一人と一人」という感じの生活のあり方等、周囲の人の様子から著者の人柄が浮き上がってくる感じもする。好ましいエッセイ集だった。

いっぴき (ちくま文庫)
高橋 久美子
筑摩書房
2018-06-08


太陽は宇宙を飛び出した
高橋久美子 白井ゆみ枝
フォイル
2010-07-16




『あなたを愛してから』

デニス・ルヘイン著、加賀山卓朗訳
 実父を知らず、父親に関する質問を一切受け付けない辛辣な母親に育てられたレイチェル。母の死後、父親を探し始めるが、手がかりを追ってたどり着いたのは残酷な事実だった。ジャーナリストとして活躍するようになったレイチェルは、ある現場での体験により深く傷つき、結婚生活も仕事も失う。そんな中で真実の愛に巡り合ったと確信するが。
 レイチェルが夫を撃ち殺すという衝撃のプロローグから始まり、彼女の人生と愛の変遷が描かれる。彼女の人生にまとわりつくのは「あなたは誰なのか」という問いであり、「私は誰なのか」という問いでもある。「あなた」はまず父親であり、彼女の前に現れる人たちである。その人たちとの関係が偽りであるなら、その関係の上に成立していた「私」とは一体何者なのか。自分が確信していた愛とは本当に愛と呼べるものだったのか。疑念に突き動かされ止まることができないレイチェルのスピードに読者側も乗っていくようで、一気に読み終えた。ノンストップサスペンスなのに作中時間がかなり長い(レイチェルの人生全般に及んでいるのでそれこそ30年近い)という所も面白い。ルヘインてこういう作品も書くのか!と新鮮だった。題名はヒット曲「Since I Fell for You」からつけられた「Since We Fell」だが、なぜ「We」なのかつかめてくるとより味わい深い。


『オールドレンズの神のもとで』

堀江敏幸著
 私の一族の頭には小さな正方形の穴が空いている。一生に一度、激しい頭痛と共に無名の記憶がなだれ込んでくるのだ。祖父の言葉を手がかりに、私は「色」呼ばれる現象に思いを馳せる。18編の小説を収録した短編集。
 これまでの著者の短編小説集とはちょっと色合いが異なる。抑制された語り口はいつも通りだが、幻想的な色合いが濃い。そしてどの短編も、どこか死の匂いがする。特に表題作はその傾向が顕著だ。一度終わった世界、更に縮小し終わりつつある世界を描いているように思えるし、言及されている内容からすると明らかに震災以降の世界と呼応している。失われたものの記憶の受けてが“私”の一族なのかもしれないが、彼らには自分たちが受け取ったものが何を意味するのか正確にはわからない。読者にはその記憶はあの時代のあの場所、あの出来事だと察しが付くのだが、その歴史は儚く失われていく。世界の黄昏を感じさせる、陰影深い作品集。

オールドレンズの神のもとで
堀江 敏幸
文藝春秋
2018-06-11


堀江 敏幸
新潮社
2018-07-28




『IQ』

ジョー・イデ著、熊谷千寿訳
 ロサンゼルスに住む青年アイゼイア、通称“IQ”は、持ち込まれる様々なトラブルを解決する探偵。腕は抜群だが報酬は金銭とは限らず、羽振りがいいとは言えない。ある事情で大金が必要になった彼は、腐れ縁のドラッグディーラー・ドットソンの紹介で、大物ラッパーからの依頼を受ける。その内容は、自分の命を狙う殺し屋を突き止めろというものだった。
 語り口が非常に生き生きとしており、かつクール。黒人版シャーロック・ホームズとでも言いたくなるIQの現在の仕事と、なぜ彼がこの仕事をするようになったのかという過去のいきさつが交互に語られるが、そのいきさつがIQの人柄と直結している。彼の倫理観や責任のあり方がいじらしくも凛々しい。目茶目茶努力家で真面目なのだ。その真面目さには彼の兄の影響が大きい。IQにとっての兄がどのような存在だったのかが過去パート全編を使って描かれていると言ってもいいくらい。また、いけすかないジャイアンキャラとして登場するドットソンの意外な側面が見えてくる所も(彼の作る料理は本当においしそう!)面白い。とことん噛み合わないしお互い好感を持っていない(笑)ホームズとワトソン的なノリだ。アメリカでは既に続編が出ているそうだが、ぜひとも日本でも翻訳してほしい!なお表紙のデザインが作品の雰囲気とばっちり合っている。

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー イデ
早川書房
2018-06-19


沈黙のセールスマン (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マイクル・Z. リューイン
早川書房
1994-05





『オカルト化する日本の教育 江戸しぐさと親学にひそむナショナリズム』

原田実著
 偽書・偽史の研究者として教育現場や企業研修で持ち出される「江戸しぐさ」なるものに着目、それが実際の江戸時代の文化とは殆ど接点がなく、昭和生まれの現代人の創作であることを『江戸しぐさの正体』『江戸しぐさの終焉』で論じた著者。しかし江戸しぐさの教育現場への普及は、本来の江戸しぐさ考案団体ではなく親学なるものを媒介にしていることに気付く。
 親学と言えば発達障害は予防できる、完治できると言った科学的根拠のない発言で大批判されたことが記憶に新しいが、未だ根強い支持があるそうだ。現政権の教育行政に大きな影響を与えている思想でもある。著者は親学の歴史、そして何が問題なのかを一つ一つ挙げていく。親学の言う「伝統的な子育て」は実は近代に創作されたもので、伝統的なものではない。ねつ造された歴史や非科学的なデータを前提にしたものを根拠にしていたらそもそも問題解決にならないと思うのだが、親学支持者はそのあたりに頓着しないようだ。提唱者・支持者自身の理想のストーリーが先にあり、後付で歴史や伝統を創作していく。このストーリー付けがオカルトと相性がいいのではないか(オカルトに流れる傾向は右派左派関係ないあたりが面白い)。学問じゃなくて情念の世界なんだよな・・・。自分のバックボーンをそんな根拠のないものに託して怖くはないのだろうか・・・。日本のこれまでの教育の敗北を見た感がある。


『偽りの銃弾』

ハーラン・コーベン著、田口俊樹・大谷瑠璃子訳
 元特殊部隊パイロットのマヤは、銃撃事件より夫を失った。友人からの勧めで、幼い娘の安全の為に隠しカメラを居間に取り付けるが、カメラの画像に映っていたのは死んだはずの夫だった。ジョーは本当に死んだのか。謎を追ううち、マヤは4か月前に殺された実姉クレアの死と、ジョーの事件との関連性に気付く。
 これは事前情報なしで一気に読んでほしいやつ!訳文の読みやすさも手伝い、ラストまで息をつかせず読ませる。マヤは非常に有能な軍人だったが、ある事件により深いトラウマを負っており、周囲からはジョーの映像は彼女の妄想ではとも疑われる。しかしマヤは迷いはするもののブレない。彼女のブレのなさの根拠は何なのかと言う所も含め、一転また一転と言う感じなので先を予想せず読んだ方が楽しめるだろう。マヤは母親であり(元)妻であるわけだが、それ以上にアイデンティティが一貫して軍人であり、軍人としての考え方、行動の仕方だというところも好みは分かれそうだが(つまりマヤを好きでない人もいるだろうなと)面白かった。優秀な軍人だったにしてはその行動間が抜けていない?という部分もちゃんと理由がある。

偽りの銃弾 (小学館文庫)
ハーラン コーベン
小学館
2018-05-08

ステイ・クロース (ヴィレッジブックス)
ハーラン・コーベン
ヴィレッジブックス
2013-09-20


『あるノルウェーの大工の日記』

オーレ・トシュテンセン著、牧尾晴喜、リセ・スコウ、中村冬美訳
 ノルウェーで個人請負の大工業を営む著者が、ある屋根裏改築依頼の経緯を綴る「日記」エッセイ。
 見積もりから施主への引き渡しまで、本当に大工の仕事日記で専門用語、業界用語もぽんぽん出てくる。一応、著者による図解も掲載されているのだが、それでもこの用語はどの部分を指すのか、具体的にどのような構造になっているのか言葉による説明だけではわかりにくい所も。でも一つの仕事がどのように進んでいくかと言うレポートとして、またノルウェーの建設業界で生きる著者の生活や、ノルウェー社会のある側面を映し出すものとして、とても面白かった。やっぱり見積もりって大事だよなー!とか、顧客とどんな協力関係を築けるかで仕事のモチベーション(と現実的な作業量)が全然違うよなー!とか、他所の業界から見ても共感できるところは多々ある。何より、著者の真面目で誠実な人柄と仕事ぶりが窺えて、ユーモアのある語り口も好ましい。ノルウェーでも建設業界は厳しいらしく、人件費・材料費の削られ方は深刻な様子。低価格には低価格の理由が、それなりのお値段にはそれなりの理由があるのだという著者の主張はもっとも。とは言えイケアの家具を全否定しているわけではなく、適材適所と安全性との兼ね合いなのだ。労働の価格が安すぎるのは、やっぱり(労働者にとっても施主にとっても)危険なのね。

あるノルウェーの大工の日記
オーレ・トシュテンセン
エクスナレッジ
2017-09-29




街と山のあいだ
若菜晃子
アノニマ・スタジオ
2017-09-22





『お前らの墓につばを吐いてやる』

ボリス・ヴィアン著、鈴木創士訳
 青年リーは兄の知人から本屋の仕事を紹介され、店に出入りする若者らと乱痴気騒ぎを繰り返すようになる。しかし彼にはある目的があった。白い肌の黒人である彼は、白人に殺された弟、虐げられる兄の復讐をしようとしていたのだ。彼は裕福な白人の姉妹に目を付ける。
 著者がアメリカ人を偽装して執筆、出版しベストセラーになった(訳者解説を読むと炎上商法ぽいな・・・)ものの発禁処分になった作品。過激な性描写(さすがに11,12歳の子供とセックスするのは糾弾されるだろう)が発禁の理由だったのだろうが、黒人が復讐の為に白人を殺すという内容が物議をかもしたという面もあったのだろう。その物議は、著者を本作執筆に駆り立てた差別への怒りと並行しているものだ。リーは軽妙で人あしらいが上手いが、その愛想の良さの下には、肌の色で他人を分別する者たちへの怒りと侮蔑が渦巻いている。お前ら間に入り込み、裏をかき、全て奪ってやるという意気込みと冷酷があり、罪悪感などは見せずに突き進む。疾走感のある悪漢小説として読める所もベストセラーになった一因か。

お前らの墓につばを吐いてやる (河出文庫)
ボリス ヴィアン
河出書房新社
2018-05-08


白いカラス Dual Edition [DVD]
ニコール・キッドマン
ハピネット・ピクチャーズ
2004-11-05


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