3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

本題名あ行

『移動都市』

フィリップ・リーヴ著、安野玲訳
 60分戦争と呼ばれる化学兵器の応酬により文明が荒廃した世界。生き延びた都市は移動機能を備えるようになり、都市と都市が狩り合い食い合う、都市間自然淘汰主義が蔓延する。一方、犯移動都市同盟はテロ行為でそれに反発していた。移動都市ロンドンに住むギルド見習いのトムは、史学ギルド長で高名な探検家・歴史家であるヴァレンタインが、正体不明の少女ヘスターに襲われる所に出くわす。なりゆきでヘスターを助け、行動を共にすることになるが。
 都市が移動するというイメージがとにかく魅力的。しかし、都市と都市が食い合う弱肉強食の世界に、都市に住む人は誰も疑問を持たない、自分の都市が他の都市を捕獲すると拍手喝采という穏やかならぬ世界でもある。登場人物たちの価値観や方向性がわりとはっきりしており、その間でトムが揺れ動く。自力では資源を供給しきれずに小さい都市を食らって生き延びていくロンドンは帝国主義時代のそれを思わせる。今となっては過去の栄光(罪深くもあるが・・・)もいい所という感じだが。移動都市のおこぼれにあずかろうという怪しげな集団や、都市間を軽やかに行き来する飛空艇乗りたちなど、脇役に至るまで登場人物に活気がある。
 ロンドンはギルドによって運営されており、特に工学ギルドが力を持っている。史学ギルドは都市文明の礎となっているが、都市の強大化に力がそそがれるようになってからは蔑ろにされている。このあたり、実学が重視され本来の学問のあり方がおろそかになっている近年の日本(だけじゃないのかな?)とも重なって見えた。史学を捨てたロンドンはある方向に暴走し始める。とは言え、著者はどうも理系学問に対するヘイトが強いんじゃないかなと言う気がしなくもない(根っからの文学畑の人らしいので、自分のフィールドに対してあてこすりでもされた嫌な思い出があるんだろうか)。そんなに悪者扱いしなくてもなぁ。両方あってこその分明よ。

移動都市 (創元SF文庫)
フィリップ・リーヴ
東京創元社
2006-09-30


掠奪都市の黄金 (創元SF文庫)
フィリップ リーヴ
東京創元社
2007-12-12


『あひる』

今村夏子著
 私の家で、両親があひるを飼い始めた。あひるの「のりたま」がきてから近所の子供たちがよく遊びにくるようになり、両親は喜ぶ。段々子供たちの溜まり場のようになっていく我が家だが、のりたまが病気になり病院に連れて行かれる。帰ってきたのりたまは、以前よりも小さくなったように見えた。
 あひるをめぐるほのぼのとした日常かと思いきや、そこかしこに不穏さが顔を出す。あからさまではなく、ちらちらと奇妙さ、足元が崩れるような感じが現れる様に痺れた。あひるが入れ替わっても誰も気にしない。また、遊びに来る子供たちが入れ替わっても、両親は気にしない。そこにあひる/子供がいれば特に問題ない、入れ替え可能であり取り換えのきかない「個」の存在などそこにはないのだと言わんばかりだ。また、「私」がどうやら引きこもり気味のニートらしく、誰からも顧みられない存在らしいとわかってくる。そして両親も「私」も何かから目をそむけ続けているのではないか、家族はもはや家族として機能していないのではないかと思えてくるのだ。
 併録されている「おばあちゃん」「森の兄妹」は対になった作品。孔雀の現れ方、見え方が、それぞれの作品の立つ位置を現わしており、繋がり方が鮮やかだった。子供の目線を通した世界の不思議やそれに対する不安は、良質の児童文学を思わせる。

あひる (角川文庫)
今村 夏子
KADOKAWA
2019-01-24





星の子

今村夏子
朝日新聞出版
2017-06-07

『嘘の木』

フランシス・ハーディング著、児玉敦子訳
 高名な博物学者で牧師のサンダリー師は、ある大発見を発表し評判になる。しかしその発見がねつ造だという噂が流れ、新聞報道にもなった。好奇の目にさらされることを恐れたサンダリー一家は、発掘現場での誘いがあったヴェイン島へ移住。しかしそこでも既に噂は流れており、肩身の狭い生活が始まった。しかしサンダリー師が不審な死を遂げる。島の人々は自殺と見て教会での埋葬を拒むが、娘のフェイスは父が自殺するはずないと疑問を持つ。サンダリー師は生前、「嘘の木」と呼ばれる植物を密かに栽培していた。嘘を養分とし、その実を食べたものに得難い知識を授けるというのだ。フェイスは嘘の木を使って父の死の原因を探ろうとする。
 ダーウィンの進化論によってキリスト教的な世界観が大きく揺さぶられていた時代を背景にしている。この時代背景と登場人物の行動原理が直結しており、使い方が上手い。当時の自然科学の考え方や社会的な価値観が、フェイスが抱える問題と深く関わっている。彼女は自然科学に興味を持つ聡明な少女だが、当時の社会では女性には理論的に物事を考える能力はないと考えられていた。フェイスがどんなに勉強し知識を披露しても周囲から評価されることはなく、むしろ女性としてはふさわしくない存在として扱われる。フェイスは科学者である父から認められたくてたまらないが、彼女が女性である以上、それは叶わないのだ。このフェイスの満たされなさ、父親の愛への渇望が痛いほど伝わってきて辛い。彼女の渇望が、彼女が撒く「嘘」を加速されていくが、途中からよしもっとやれ!とエールを送りたくなるくらい。
 彼女には天分の才能があるが、それはないものとされる。しかしこれは彼女に限ったことではない。女性達については「女性」というひとくくりの概念しかなく、個々がどのような能力、特性を持ち何が出来るのかという部分は男性の目にはとまらない。そこにいるがいない、不可視の存在としての一面を持つ。これが本作のミステリ部分の鍵になっているが、こんな不可視ありがたくもなんともないよな・・・。彼女ら個々の顔がはっきり見えてくる終盤は、フェイスにとっての救いでもあるか。

嘘の木
フランシス・ハーディング
東京創元社
2017-10-21


カッコーの歌
フランシス・ハーディング
東京創元社
2019-01-21


『赤い衝動』

サンドラ・ブラウン著、林啓江訳
 25年前に起きたビル爆破事件。惨状の中救出に奔走し一躍英雄となったものの、3年前に隠遁生活に入っていた“少佐”への取材に成功したTV局リポーターのケーラ。インタビューは評判になったものの、お礼をしに訪問した少佐の自宅で何者かに襲われる。何とか脱出したものの、少佐は重傷で意識不明。少佐の息子ジョンはケーラを拉致するようにして保護する。ケーラにもジョンにも、狙われかねないある事情があった。
 本作、いわゆるロマンティック・サスペンスなのだが「スーパーチャージド・セクシャル・サスペンス」と銘打った出版社側のやってやるぜ感がすごい。ただ本作、どちらかというとサスペンス部分の方がスピーディーでどんどん転がしていく展開なので、ロマンスが取って付けたように感じられた。いちゃついている暇があったら早く真相を究明してよ!という気分になってしまう。私がケーラにもジョンにも全く魅力を感じなかったのもロマンスを楽しめなかった一因だろう。特にジョンのかっとしやすさや独りよがりな行動(多少強引なのがステキという向きもあろうが)にはイライラしっぱなし。彼のある人物に対する接し方は、長年この調子だったんじゃ大分相手は殺意が溜まっているだろうなというものなのだが、本人全く自覚がなさそう・・・。
 ロマンス部分よりもむしろジョンと父親とのわだかまりやすれ違いに、人間ドラマとしての読み所がある。こういう拗れ方をしている父息子っているよなぁと思わせるものなのだ。愛はあるのだが、お互いにその発揮の仕方がミスマッチでしんどそう。

赤い衝動 (集英社文庫)
サンドラ・ブラウン
集英社
2018-12-18


さまよう記憶 (集英社文庫)
サンドラ ブラウン
集英社
2015-12-17


『贖い主 顔なき暗殺者(上、下)』

ジョー・ネスボ著、戸田裕之訳
 クリスマスシーズンのオスロの街頭で射殺事件が起きた。衆人環視の環境なのに、目撃者は現れず手掛かりは乏しいままだった。捜査にあたったオスロ警察警部のハリーは、手掛かりを求め奔走する。プロの殺し屋による犯行ではないかと捜査を続けるが。
 警察側と殺人者側、そしてある形で事件に関わった人たちと、複数の側面から描かれる。『悪魔の星』でガタガタになったハリーの心身は大分持ち直しているようで、もう少しとっちらかっていない(笑)行動なのでほっとした。無軌道すぎた前作と比べると捜査の手順も順当。やはり逸脱していってしまうのは彼の特性だから仕方ないのか。とはいえ、アルコールの誘惑はなかなか断ち切れないようだが・・・。どんどん盛っていくタイプのサスペンスなのでちょっと食傷気味になる。あるトリックは本格ミステリとしては禁じ手だし(本作の場合は構わないと思う)真犯人の行動もそこまでやる必要ある?というもの。とはいえ、ハリーのメンタルが多少安定し、彼独自の倫理観、筋の通し方がわかりやすく見られる。同僚たちの成長や変化も頼もしい。信頼していた上司が去り、新しい上司とはいまいちそりが合わないのだが、意外と上司としては悪くないのでは・・・。この上司、やたらと第二次大戦時の日本軍の方針を引き合いに出すので、日本軍の顛末わかってやってるのかなーと疑問だったがちゃんとオチがつく(笑)。
 なお救世軍が登場するのだが、ノルウェーの救世軍って本当に「軍」で役職も将軍とかなのね・・・日本の救世軍とは大分雰囲気が違う。

贖い主 上 顔なき暗殺者 (集英社文庫)
ジョー ネスボ
集英社
2018-01-19





『悪魔の星(上、下)』

ジョー・ネスボ著、戸田裕之訳
同僚刑事が殺された事件を3年間追い続けていたが、手がかりは途絶え捜査に行き詰まり、酒におぼれ免職を命じられたハリー。そんな折、オスロで猟奇的な殺人事件が起きる。しかも連続殺人の恐れが出てきた。ハリーも捜査に加わり奔走するが。
とにかくハリーが一貫して具合悪そうなので、事件云々よりもアルコール依存症と不眠が心配になってしまう。ハリーは刑事としてどころか、普通の社会人としての体をなさなくなっていくのだ。近くによると凄まじい臭いがしそうなんだもんな・・・。刑事としては有能で、ある真実にもたどり着くものの、それは彼を幸せにしないし魂を救いもしない。色々片をつけていくものの、むしろこの先ハリーは地獄を歩み続けることになるのではという予感しかしない。連続殺人の陰惨さ、犯人野猟奇性は、ハリー個人の地獄と比べるとギミックのようなもので軽く感じられてしまうのだ。事件が解決しても全く安心感も爽快感もない。ハリー本人の状態が危機をひきつけているように見える。

悪魔の星 上 (集英社文庫)
ジョー ネスボ
集英社
2017-02-17





悪魔の星 下 (集英社文庫)
ジョー ネスボ
集英社
2017-02-17

『奥のほそ道』

リチャード・フラナガン著、渡辺佐智江訳
 太平洋戦争中の1943年、日本軍はビルマ戦線への物資輸送の為、タイ側のノンブラドッグとビルマ側のタンビュザヤまで、415キロの鉄道線路を建設していた。労働力として駆り出されていたのは連合国軍捕虜とアジア各国から徴用された労務者たち。捕虜の待遇は劣悪で死者が続出し、「死の鉄路」と呼ばれるほどだった。」オーストラリア陣捕虜で軍医のドリゴ・エヴァンズは地獄のような環境を生き延びようとするが、1通の手紙が彼の希望を砕く。
 捕虜としてなすすべもない日々、人妻であるエイミーとの激しい恋、そして戦争を生き延びたその後と、ドリゴの人生がランダムに語られていく。エイミーと過ごした日々はごくわずかなのだが、焼きつきそうに強烈に輝いている。全く助かりそうな目が見えない、どん詰まりなビルマの状況とあまりにも対照的で、双方の印象をより強めていく。エミリーとのロマンスも、捕虜としての悲惨な経験も、ドリゴにとってはそれを知らなかった頃には戻れない、深い楔を打つような体験だった。全く別種の体験ではあるのだが、どちらの体験も彼の上を過ぎ去らない、出来事としては終わってもじわじわとむしばんでいく。晩年の彼の姿からは、何が残って何が失われたのか見えてしまうところが何だか痛ましいのだ。全てがこぼれおちていくようなこころもとなさ、はかなさが増していくあたりは、芭蕉の句と呼応しているようにも思う。
 捕虜の境遇の劣悪さの描写がなまなましく、体の壊疽した部分を切断し続けざるを得ない所とか、特に肛門が飛び出ている(尻の肉が削げ落ち切ってしまっているということだろう)ところとか、かなりきつい。また、日本軍人たちの描写は戦犯を免れた人たちの典型とでもいうもの。戦犯になるのを恐れながら、経年するうちに当時の記憶を徐々に繭でくるんでごまかしていく、ごまかしたものが自分にとっての真実となってくナカムラや、自身の行いに全く疑いを持たないその部下。また在日朝鮮人として上官の指示に従い戦犯として処刑されるチェ・サンミンら。責任の度合いの大きい者たちは最終的に責任を問われず、処罰しやすい所から処罰されていくという本末転倒が、歴史として既に知っていることではあるが苦々しい。

『円卓』

西加奈子著
 小学校3年生の「こっこ」こと琴子は、三つ子の姉、両親、祖父母という大家族。家族は優しく理解があり、学校の同級生たちとも仲良くやっている。しかしこっこは不満だ。彼女が憧れているのは孤独と理解“されなさ”。こっこは自由帳に発見や思いつきを書き綴っていく。
 西加奈子って小説上手かったんだな!初めて分かった気がする(笑)!小学3年生の子供の視点と言葉の操り方が非常に上手い。こっこには世界はどのように見えているのか、更にその見え方を俯瞰するような視点も平行して維持する。こっこの同級生の朴くんは在日韓国人で、ぽっさんは吃音がある。彼女にとって、それは「かっこいい」部分なのだが、当人にしてみたらいじられたら嫌な部分かもしれない。自分の価値観と相手の価値観や気持ちの相違が、こっこにはまだぴんとこないのだ。聡明なぽっさんが彼女をたしなめつつ彼女の良さは認めている所が微笑ましい。ぽっさんとの話し合いや、ぽっさんの尊敬を得ているこっこの祖父らとのやり取りの中で、こっこは自分の言葉を獲得していく。
 大阪弁による台詞の数々は何となく『じゃりん子チエ』(はるき悦巳)あたりを思い出すが、同級生の多種多様なカラフルさは現代的。また、三つ子の姉らのあっけらかんとした自由さも魅力があった。

円卓 (文春文庫)
西 加奈子
文藝春秋
2013-10-10


『悪しき狼』

ネレ・ノイハウス著、酒寄進一訳
 川で少女の死体が発見された。検視の結果、死因は溺死だが塩素水が検出されたので川で溺れたのではない、そして長期間にわたって監禁、虐待された痕跡があるとわかる。刑事オリヴァーとピアは捜査を始めるが、2週間たっても少女の身元はわからないままだった。更に人気キャスターの殺人未遂事件も発生する。事件の背後にはオリヴァーたちの想像を超えた企みがあった。
 前作『穢れた風』でのオリヴァーのへっぽこ振りにいらいらしたり心配した読者も多かったろうが、本作では大分持ち直している。仕事が忙しすぎて家族やパートナーとの約束に気が回らず、これが後々蓄積されて厄介なことになってくるのでは?とひやりとさせられるが・・・。ピアも多忙すぎて捜査上のひっかかりやひらめきをついとり逃してしまう描写が今回目立った。忙しすぎるのって何もいいことないぞ!ピアの場合はパートナーとの信頼関係、人柄の良さが安定しているのでオリヴァーみたいな危なげはないが。
 発端となる事件は痛ましいものだし、徐々に見えてくる事件の全容も嫌度が非常に高い。自分の欲望の正当化とそれを可能にしてしまう力の組み合わせは非常に性質が悪い。本作に出てくるある組織と似たようなものを、近年の翻訳ミステリの中では頻繁に見かける気がするのだが、そんなに実在しそうな実感があるのだろうか。一定量のニーズが可視化されているからフィクション内にも出てくる設定なのだろうが、だったらなおさら現実に絶望したくなるよね・・・。
 様々な形の力によって人を籠絡し操ることができる存在に、オリヴァーたち警察はどう立ち向かっていけばいいのか。なお「男」のパートがどう位置づけられるのかも本作のポイントだが、ちょっと設定を盛りすぎな気もした。生かしておくリスクが高すぎない?


悪しき狼 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2018-10-31





穢れた風 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2017-10-21


『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』

ケン・リュウ編、中原尚哉他訳
 巨大都市・北京は貧富の差により三層に分割されている。24時間ごとに世界が回転・交替し、建物は空間に折りたたまれるのだ。各層間の行き来は厳しく規制されているが、第三スペースに暮らす労働者・老刀(ラオ・ダオ)は第二スペースから第一スペースへ密かに届け物をするという仕事を請け負う。郝景芳による表題作を含む、7人の作家による13作品を収録したアンソロジー。ケン・リュウが選出・英訳した。
 中国SF、幅広いし奥深いな!俄然興味がわいてきました。収録されている作家のうち6人が1980年代生まれという若さなのだが、巻末に収録されたエッセイを読むと、「中国の」という独自性に囚われない若いSF読者・作家層が育ってきたことで一気にSFの土壌が豊かになった様子。収録作はハードSFから幻想譚寄りのものまで、バラエティに富んでいる。収録作は社会階層が固定化されたディストピアものとしての息苦しさを感じさせつつ、「折りたたみ都市」という奇想が鮮やか。同じディストピアものでも、オーウェル『1984』へのオマージュである馬伯庸『沈黙都市』はもっと救いがない。異界ファンタジー風で美しいが寂寥感漂う夏笳『百鬼夜行街』、一見王道SFかと見せかけ途中からバカミスならぬバカSFか?と思い始めた所、ある人物の血みどろの戦いでもあり、そういう面では中国戦国ドラマ感ある劉慈欣『円』も面白かった。


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