3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『わたしは光をにぎっている』

 長野県の湖畔の町に住む20歳の宮川澪(松本穂香)は、両親を亡くして祖母と2人、民宿を切り盛りしていた。しかし祖母が入院することになり、民宿を畳むことに。父の親友だった涼介(光石研)を頼って上京するがアルバイト先をすぐにクビになってしまう。涼介が営む銭湯を手伝ううちに、澪は東京での生活に慣れていく。監督は中川龍太郎。
 澪のもったりとした動き、言わなくてはならないことを言い出せずぐずぐずしてしまう様には、ちょっとイラッとさせられる。しかし、銭湯が自分の居場所になりやらなくてはならない仕事がはっきりしてくると、おどおど感は消えてくる。ここならばいていい、という場所がある、役にたっているという手応えで人は安定していくものなんだろうな。一度そういう体験をすると、次につまづいても転ばなくてすむ、また転んでも起き上がるのに時間がかからなくなるのだと思う。銭湯を畳まなくてはならないと知らされた彼女が出す結論は清々しい。澪は実家の商売を無くして上京し、そこで新しい仕事と居場所を得るが、それもまた失っていく。それでも暗い気持ちにならないのは、彼女がまた歩き出せるしこういうことを繰り返してもたぶん大丈夫になったろうと思えるからだ。
 東京の下町(立石だったか?)のごちゃごちゃした街並みが、そういう場所に住んだことはないのに何でか懐かしい。しかしそれは再開発により失われていく風景だ。とは言え、そこに住んでいる人たちの暮らしは風景が変わっても続いていく。「続いてしまった」涼介のマンションでの暮らしがわずかに垣間見えるのだが、これが何とも切なかった。迷子のようなのだ。冒頭、文字通り迷子になっていた澪のその後とは対照的だった。
 ほのかに寂しくほろ苦いながらも、さわやかな佳作。ただ脚本はちょっと安易な所が気になった。すっぽん鍋の位置づけや、その場で処女云々持ち出すところは大分古い感覚だと思う(同性同士でもあれはセクハラだよな)。また、帰省の際に湖に入っていくシーンも月並みというか、今時このテンプレをやる人がいるのかという感じ(その後の夢の中で遊覧船に乗るシーンはすごくいいだけに残念)。また、覗き犯のおじいちゃんの処遇について澪が疑問をなげかけた時に、涼介が「お客さんのことを想像して」と言うが、じゃあ覗かれた女性客はその「お客さん」に含まれていないの?と。あれ、年齢性別関係なくやられたら怖いと思うんだよね。

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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

 1969年のハリウッド。テレビ俳優リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)はキャリアのピークを過ぎ、映画スターへの転身を図っていた。リック専属のスタントマンで付き人も兼ねるクリス・ブース(ブラッド・ピット)とは強い絆で結ばれていた。ある日リック宅の隣に、時代の寵児となった若き映画監督ロマン・ポランスキーと、その妻で女優のシャロン・テート(マーゴット・ロビー)が引っ越してくる。やがて1969年8月9日が訪れる。監督・脚本はクウェンティン・タランティーノ。
 題名の通り、昔々ハリウッドでは・・・というタランティーノ流おとぎ話で、スタイルとしては『イングロリアス・バスターズ』に連なる。実在の人物が登場し、実際にあった事件を扱っている(本作を見ようと言う人は大体シャロン・テートとマンソンファミリーのことは知っているんだろうけど、事前におさらいしておくことをお勧めする)。その上での力技だ。映画はハッピーエンドでなければ!というタランティーノの祈りと言えるのだろうが、実在の人物の関係者はどのように感じるのかは微妙な所ではないか。また、実際に起こったことに対するアプローチとして誠実なのかどうかがちょっと何とも言えないんだよな・・・。映画としてはすごくいいんだけど、当事者じゃないからそう思えるという側面がかなりあるんじゃないだろうか。クライマックスで無理やりファンタジーの勝利に持ち込む力技は清々しい。せめてここでだけは、というタランティーノの映画というフィクションに対する愛と祈りが込められているように思う(が、前述の通り関係者がどういう風に思うかはわからないよな・・・冒涜になりかねないとも思うし)。
 とはいえそれ以上に、俳優という職業の悲哀と歓びが濃い陰影を残す。リックは西部劇TVドラマのスター俳優だが既にピークは過ぎており、落ち目。思い切ってイタリアに渡り映画俳優への道を選ぶか、ハリウッドでの仕事で粘るか、俳優を引退するかという選択を迫られている。自分の人生だけではなく専属スタントマンであるクリスの人生もかかっているわけで責任重大だ。演じる役柄はタフガイが多いが当人はどこか気が弱く思い悩みがちというギャップがおかしくも哀しい。泣きごとをいいつつ、やはり演じること、俳優という仕事が好きなんだと痛烈に感じられるシーンがあり、ぐっときた。やめられないんだろうな。
 一方でクリスはいつもクールで動じず、リックが泣きついても平然としている。とはいえ、「(リックの友人であろうと)努力している」という言葉からは、リックとの関係の中でその態度が培われたとのかなとも思え、その献身に泣ける。本作のブラッド・ピットがまたえらくセクシーでちょっとびっくりした。若い頃は自分の中で全然ぴんとこなかったのに、ここにきてヒットしまくるな・・・。

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『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』

 アメリカの捜査官ルーク・ホブス(ドウェイン・ジョンソン)は、因縁浅からぬイギリスの犯罪者デッカード・ショウ(ジェイソン・ステイサム)と無理やりコンビを組まされ、ある指令を受ける。政府の研究組織から盗まれた新種のウイルスを奪還しろというのだ。ウイルスを盗んだ容疑者はイギリスのエージェントでショウの実の妹であるハッティ(バネッサ・カービー)。しかしそれはウイルスを入手しようとするテロ組織が仕組んだ罠だった。ホブス&ショウは組織が擁する強化人間ブリクストン(イドリス・エルバ)と対決する。監督はデビッド・リーチ。
 私はワイルド・スピードシリーズは好きだし、このシリーズに精緻なシナリオや細やかなドラマを求める気は毛頭ない。が、本作はそれにしてもちょっと雑すぎないか。シリーズのスピンオフ的な立ち位置ではあるが、過去作でのホブス一派とショウの因縁が(仲間を殺されているわけなのに)あるはずのなのに反目は口だけという感じで、双方深く内省しているわけではない。また、ホブスとパートナーが都合よく別居しており、これまた都合よくハッティとロマンス的雰囲気になるのもいただけない。無理やりお約束展開を持ちこもうとしているように見える。
 何より、本作で描かれる「ファミリーの絆」は、これまでのシリーズで描かれたものよりも後退し、保守的なものになっているように思った。そもそも家族という概念が保守的なんだと言えばそれまでなのだが、これまでのシリーズでは血縁による家族だけでなく、共に生きる仲間を「ファミリー」としていた。しかし本作では血縁による家族こそが帰るべき場所、という方向になってしまった。ショウのご家庭の事情は前作で既に明らかになっており、これはこれで微笑ましく楽しい(お母様最高だしな)。しかしホブスの家族はそこか?!これまでファミリーファミリー言ってたのは何なの?!と裏切られた気持ちになってしまった。彼の実家の事情がいきなり明らかになるのも苦しい展開だった。今までそんな描写あったっけ・・・?
 ホブスとショウの喧嘩するほど仲がいい、理想のケンカップルみたいな関係は確かに楽しいし可愛いのだが、あまりにテンプレすぎてちょっと気持ちが乗って行かなかった。それぞれのキャラクターは好きだし、2人の対称的なライフスタイルを画面分割で見せていく序盤もいい(かっこいいかというと微妙だが)んだけど。ただ、ステイサムのアクション演出はかなりいいシーンがあった。敵アジトでの密室1対複数名はユーモラスな演出もされており楽しかった。ステイサム、本当に体が動く人なんだな・・・。


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『ワイルドライフ』

 1960年代、モンタナ州の田舎町に住む14歳のジョー(エド・オクセンボールド)。父ジェリー(ジェイク・ギレンホール)は働いていたゴルフ場をクビになってしまった。母ジャネット(キャリー・マリガン)はスイミングプールで働き始め、ジョーも写真館でアルバイトするように。就職活動もしないまま、ジェリーはジャネットの反対を聞かず山火事を消化する出稼ぎに行ってしまう。ジャネットは不安と孤独にさいなまれていく。監督はポール・ダノ。
 試写で鑑賞。俳優ポール・ダノの初監督作で、脚本・制作はゾーイ・カザンと共同だそうだ。ダノは監督としてもセンスいい!奇をてらわない地味な作品だが、抑制のきいた情感があってとてもよかった。
 それにしてもしんどい話だ。ジェリーもジャネットも基本的に良い人、良い親ではあるのだが、自分達の心・環境が揺れている時もそれを維持していられるほどには強くない。14歳の子供にとって、親の弱い面を目の当たりにするのはかなり辛いし、どうしたらいいのかわからないだろう。彼にとっては愛する両親、自分を愛してくれる両親なのに、どんどんそれに当てはまらない面が見えてくる。ジョーは概ね途方に暮れたような顔をしているのだが(オクセンボールドの表情の作り方が素晴らしい)、それも無理ない。
 いわゆる「男性らしさ」に絡め取られている故の妙なプライドをこじらせ家族から離れてしまうジョー、生活の不安から裕福な男性にすがってしまうジャネット。2人とも、その気持ちわからなくはないけれどもうちょっと一人で踏ん張れないだろうか・・・という気持ちになってしまった。一人で踏ん張るのは確かに辛い。が、子供の前で見せてはならないものがあるだろう。ジョーがもうすこし年長だったら親も「親」としてではない顔を併せ持つ一個人だと受け入れられるかもしれないが、まだそれには早い。ジャネットが浮気相手の家にジョーを同行させる(そして息子の前でいちゃつく)のにはちょ、ちょっと待って・・・と。そりゃあジョーも接し方分からないだろう。ジェリーはそういう面は見せないが、その代わりに親・夫としての責任から逃避してしまう。どっちもどっちだ。
 自分を保てない人と生活する辛さをしみじみと感じさせる作品だった。家族仲の円満、不和は経済的な問題から生じることが多々あると実感させるのもかなりきつい。経済的不安は精神状態悪化させるんだよな・・・。

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『私の20世紀』

 エジソンが電球を発明した1880年。ハンガリーのブタペストで、リリ、ドーラと名付けられた双子の女の子が生まれた。孤児となって2人は生き別れ、ドーラ(ドロタ・セグダ)は華麗な詐欺師、リリ(ドロタ・セグダ二役)は不慣れな革命家になっていた。2人は偶然、オリエント急行に乗り合わせる。監督はイルディコー・エニエディ。
電気の発明は映画の発明につながっていく。が、まだ「シネマトグラフ」がまやかしと見られていた時代。2人の女性はZなる男性と出合い、Zは2人は同一人物だと勘違いして恋心を抱く。ファンタジー的な、電気の歴史をおとぎばなし化したような、シネマトグラフのいかがわしさと少女漫画の可愛らしさ、ロマンティックさが混ざり合っている。メリエスの映画など映画の原初を連想させるような演出があちらこちらにある。過去の映画のアーカイブ的でもあった。
 双子の数奇な人生が描かれるが、彼女らの人生はマッチ売りの時点で終わっており、大人になった2人の人生は彼女らが僅かな間に見た夢、ないしは並行世界のバリエーションのようにも見えた。あったかもしれない人生がモノクロの夢として再生されているようで、どこかあの世感がある。ただ、誰かのあったかもしれない人生という側面は、映画が本来持ち合わせている要素の一つでもあると思う。そういう意味ではとても映画らしい映画と言えるのでは。
 作中、女性の自我について憤懣やるかたない講義がなされる。女性は生殖と性の本能で生きており知性や論理的な判断力はないというものだ。もううんざりするようなものなのだが、当時の女性についての認識ってこういうものだったんだよなー。ドーラとリリが恋するZも、彼女らをこういった存在として扱う節がある。性愛に流されやすく弱い存在として舐めてかかっているのだ。現代からするとちゃんちゃらおかしい、という文脈で見せたかったのだと思う。が、本作ではそもそもドーラとリリがかなりテンプレート的な「女性」として描かれているような気がして、ちょっと齟齬が生じているように感じた。

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『若おかみは小学生!』

 小学6年生の関織子、通称おっこ(小林星蘭)は交通事故で両親を亡くし、祖母・峰子(一龍斎春水)が経営する老舗旅館「春の屋」に引き取られる。旅館には少年の幽霊ウリ坊(松田颯水)や子鬼の鈴鬼(小桜悦子)が住みついており、おっこだけは彼らを見て、話をすることができた。若女将を目指して宿の手伝いを始めたおっこは、幽霊たちやライバル旅館の跡取り娘・秋野真月(水樹奈々)と接するうちに少しずつ成長していく。原作は令丈ヒロ子・亜沙美(絵)による児童文学シリーズ。監督は高坂希太郎。
 やたらと評判がいい割には上映規模がすぐに縮小されそうなので、慌てて見に行った。見てよかった!子供はもちろん、大人も楽しめる良作アニメーション。吉田玲子による脚本が大変しっかりしており、物語の軸がぶれない。題名から、小学生が女将として働く!働くことで居場所が出来るような話だとちょっと嫌だなぁと思っていたのだが(こと子供に関しては、労働と居場所・自己肯定がトレードされてはいけないと思うので)、そういった側面はそれほど強くない。おっこが旅館の仕事の大変さや面白さに気付いていくという要素はあるが、仮におっこが女将を継ぐと宣言しなくても、彼女の居場所は周囲と接するうちに出来ていくだろうと思える作りなのでほっとした。
 本作のキモは働くことよりもむしろ、おっこが家族の死とどう向き合い、受け入れていくかという所にある。おっこと不思議な友人たちのドタバタは楽しいのだが、ずっと伏線として事故の記憶がある。いわゆる喪の仕事と言えるだろう。そして、おっこにとっての喪の仕事の裏側には祖母にとっての喪の仕事もある。彼女もまた、娘夫婦の死に深く傷ついているのだ。おっこの(ウリ坊に強要されたものとはいえ)若女将発言を受け入れてしまうのも、彼女自身が何かよすがになるものを切実に必要としていたからではないかと感じた。
 物語のスタートが意外とヘビー、かつちょっと生々しいので、子供にはショックかもしれないなと思った。同時に、死者との近しさは子供(小学校中学年くらいまで)にはあまりぴんとこないのかもしれないとも(劇場内の反応を見ていて)思った。子供にとっては、具体的に側にいてくれないというのは一人ぼっちにされるのと同じことなのではないかなと。おっこも多分、当初はそう感じていたのかもしれない。ある程度成長したからこそ、いなくなった人達と自分との関係を捉えなおすことができるのだろう。
 なお、おっこの同級生でありライバル的存在の真月のキャラクターが最後までブレない、デレないところがとても良かった。彼女は自分の主義主張としてあの服装なのであり、おっこ言うところの「普通」におもねる必要はないだろう。
 脚本がしっかりしており、作画も非常によい。オーソドックスな演出がきちんとされており、かつカメラの動かし方がアニメーションとしてはユニーク(つまり作画がすごく大変そう・・・)なシークエンスが目立った。ただ難点として、キャラクターデザインの方向性が統一されていない印象を受けた。おっこやウリ坊、祖母や旅館の従業員達は同じ方向性のデザインと思えるが、おっこの両親はいわゆるジブリ系、幽霊のみよは90年代の萌えキャラ風テイストが入っており、ベクトルがちょっとちぐはぐ。特にみよのデザインは少々古い印象を受けた。


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『若い女』

パリで暮らす31歳の女性ポーラ(レティシア・ドッシュ)は10年付き合った恋人に振られて家を追い出され、お金も仕事もない。恋人の飼い猫ムチャチャを道連れに安宿や友人の家を渡り歩いていた。ようやく住込みのシッターの仕事を見つけ、ショッピングモールの下着店でも働き始めるが。監督・脚本はレオノール・セライユ。第70回カンヌ国際映画祭カメラドール受賞作品。
 ポーラのじたばたする様、自分をコントロールしきれずあとからあとからボロが出る様はかっこ悪いしみっともないのだが、何だか嫌いになれない。むしろ映画の女性主人公としては新鮮で引きつけられた。お友達にはあまりなりたくないタイプだが、どうかすると応援したくなってしまう。
 この嫌いになれなさ、ポーラの行動が「この年齢の女性ならこうするべき」「この年齢の女性ならこうあってしかるべき」という社会規範をガン無視しているところに所以するのかもしれない。ポーラは31歳で、世間的には仕事もし社会性も常識も備えているはずの立派な大人と言えるだろう。でも恋人に締め出されて泣きわめくし、猫は勝手に連れて行くし、まともに働いたことがない(学生時代に講師だった恋人と出会い、実家が裕福、かつプロカメラマンとしてブレイクした彼に養ってもらっていたらしい)。採用面接での彼女の受け答えは挙動不審かつ嘘ばかりだし、シッターのアルバイト先では「もっと若い人かと思ったわ」と雇い主に言われてしまう。シッター先の子供からも大人というよりも仲間扱い。やりたくないことはやりたくない、出来ないことは出来ない、欲望には忠実でいるという彼女の生き方は、正直と言えば正直。周囲には嘘ばかりつくが、自分には正直だ。
 恋人は彼女に成長しろ、成熟しろと言うのだが、そもそも成長や成熟って何だ?というのが彼女の言い分ではないか。彼女の行動には計画性はなく行き当たりばったりで、この手の話にありそうな「成長」や「気付き」を得る気配も希薄。唯一、疎遠だった母との関係が気持ち改善されるが、それも修羅場を経てだし(31歳はなかなか親と物理的に格闘ってしないから・・・)、結果も曖昧。そのなるようにしかならない、「大人」というカテゴリーでひとつにくくれない感じが時代の気分と合ってたように思う。

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『ワンダー 君は太陽』

 10歳の少年オギー(ジェイコブ・トンブレイ)は生まれつきの障害のせいで、人とは違う顔のつくりをしている。その為長らく母親イザベル(ジュリア・ロバーツ)を教師に自宅学習をしていたが、小学5年生から学校に通うことになった。最初のうちは周囲から奇異の目で見られ、いじめにも遭うが、徐々に友達もでき、周囲の目も変わり始める。原作はR・J・パラシオのベストラー小説『ワンダー』、監督・脚本はスティーブン・チョボウスキー。
 オギーが環境に適応するというよりも、周囲が彼がどういう人間なのか知り接し方が変化していくことで、オギーが学校内での立ち位置を確保できるようになるという面が大きい。校長が言うように、私たちが知ろうとしないと、変わらないとということなのだろう。いじめられるのはオギーの責任ではないのだ。色々な人がおり、それが普通のこととして対応する世の中がいいんだという姿勢は、教師として正しい。若さ故にもうちょっとぎこちない新任教師にも、やはりそういう姿勢がある。オギーの周囲にいる大人が、教師も両親もちゃんとした人たちで理解があるので、安心して見ていられる。
 とは言え、オギーが周囲から好かれるようになった、評価されるようになったのは、彼が頭が良く、性格も良く、ユーモアを持っているからだろう。「普通」の小学5年生よりはもうちょっと出来る子、「持ってる」子なのだ。この「持ってる」部分が若干盛られすぎなように思った。それって「普通」なの?とも、そりゃああれだけ才能あって性格良ければ好かれるでしょ、とも。本人の生まれ持っての才能や努力で障害を克服しているように見えちゃうのは、ちょっと違う気がする。突出した才能がなくても、人柄が秀でているわけではなくても、障害や見た目に関係なく「普通」にお互い接することが出来るというのが正しいあり方なんじゃないかな・・・。
 オギーの視点だけではなく、家族や友人の視点から順番に物語が描かれ、オギーと家族との関係や、学校での人間関係がよりよくわかる。体が弱くケアが必要だった弟がいることで、良い子でいざるをえないオギーの姉のパートが切ない。彼女は元々弟が欲しかったのでオギーのことを大好きだし姉弟仲は良いのだが、時々両親に自分の方を見てほしいのだ。彼女の友人が、オギーと家族のことを太陽系みたいだと言うのだが、言い得て妙だ。自分以外の誰かが常に家族の中心で、自分の番は回ってこないというのは、ちょっときついと思う。

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『わたしはあなたのニグロではない』

 アメリカ黒人文学を代表する作家、ジョームズ・ボールドウィン。彼が残した文章を元に、1960年代から現代にいたるまでのアメリカの人種差別と暗殺の歴史に迫る。監督はラウル・ペック。
 作中にはボールドウィン本人が語っている映像も多数使われているのだが、(文学者だから当然と言えば当然なのだが)トークの言葉にも非常に力がある。話している時の立ち居振る舞いも含め、魅力のある人だったことがわかる。スピーチの巧みさでは、盟友であった公民権運動のリーダー、マドガー・エヴァースやマルコムX、キング牧師には及ばないのだろうが、強靭な知性を感じる。
 公民権運動真っ只中の1960年代から、現代に至るまでの報道、トークショー、また映画の映像等を繋ぎ合わせたドキュメンタリー。アメリカにおける黒人差別はどういうものなのか、どういう歴史があるのかを提示するが、60年代と現代とが交互に配置されていることで、人種差別の構造があまり変わっていないことがわかってくる。もちろん法律上の整備は各段に進んだし、現代の方が目に見える差別は減っている(はず)だろう。しかし、人間が他の人間を差別する時の構造は根強くある。なぜ差別をするのか、自分たちより下位とされる存在をねつ造してしまうのか、ボールドウィンの言葉は鋭く突いてくる。言葉の古びなさはびっくりするくらいだ。ボールドウィンの文学が普遍性を持つということと同時に、彼が指摘した問題がいまだ現役であるということなので、少々複雑ではあるが。
 作中、あるトークショーの中で、大学教授がボールドウィンの著作・主張に対して反論をする。人間は個々で異なり、人種はその内の要素の一つではない、私は無知な白人よりも教養ある黒人に共感する、人種間問題に拘りすぎだと。これに対するボールドウィンの返事は痛烈かつ切実なものだ。この教授の反論は、人種差別だけでなく様々な差別に対して言われがちなものだと思うのだが、彼の言葉は当事者にとっては全く的外れだろう。当事者にとって差別は今ここにある危機、生命を脅かすようなものであって、見方の問題とかそういうことではない。おそらくボールドウィンらも何度となく、「そういうことじゃないんだよ!」と叫びたくなったのだろう。

地図になかった世界 (エクス・リブリス)
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2011-12-21


To Pimp a Butterfly
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『ワンダーストラック』

 1977年ミネソタ。母親を交通事故で亡くした少年ベン(オークス・フェグリー)は、会ったことのない父親の手がかりを見つけ、ニューヨークに向かう。1927年ニュージャージー。聴覚障害を持つ少女ローズ(ミリセント・シモンズ)は厳格な父親に反発し、女優リリアン・メイヒュー(ジュリアン・ムーア)に会う為ニューヨークへ向かう。原作はブライアン・セルズニックの同名小説、監督はトッド・ヘインズ。
 2つの時代、2人の子供の親を求める旅路が平行して進行される。お互いのパートへの呼応の仕方、その呼応に合わせたもう一方の時パートへの切り替え方は、それほど洒脱というわけではないのだが、違和感はなくわかりやすい。ローズがここを通った50年後にベンが!というような時間を越えていく盛り上がりがある。舞台になるのが博物館や美術館、古本屋など、自分のツボをついてくる場所ばかり。博物館にこっそり寝泊まりするなんて、やってみたかったなー!本作、いつになくロマンチックで可愛らしい作品だ。子供が主人公で、子供が見ることも前提に作られているからだろうが、この先の人生に対するポジティブさを感じた。今は居場所がないかもしれないが、いつかきっと居場所が見つかる、あなたを待っている人がいるんだ(それは今期待しているものとは違うかもしれないけど)と語りかけてくるような優しさがある。
 ローズが映画を見に行くシーンがあるが、当時の映画はまだサイレント映画だ。サイレント映画であればローズは他の人たちと同じように楽しめる。しかし映画館にはトーキー映画到来のポスターが貼られている。この先、ローズは映画という世界からはじき出されてしまうのだ。彼女は旅の中でしばしば、この世界からはじき出されてしまうような体験をする。彼女にとって世界とはそういうもので、そういう世界を自分のものにしていく為の格闘があったんだろうなと、「その後」の彼女の姿を見て思った。ベンもまた、彼女とは違う形かもしれないが、そういう格闘を重ねていくのだろうかと。

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