3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。

『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』

 12年間、精神病院に隔離されている少女モナ・リザ(チョン・ジョンソ)。赤い満月の夜、他人の肉体を操るという特殊能力を発揮し、自由を求めて施設から逃げ出す。彼女がたどり着いたのはニューオーリンズの街。そこでストリッパーのボニー・ベル(ケイト・ハドソン)を助けたことで、彼女の家に居候することになる。監督はアナ・リリー・アミールポアー。
 モナ・リザとボニーが共闘するシスターフッド展開になるのかと思いきや、どうもそうはならない。一見2人は助け合っているがボニーの目的は金であり、対等な支え合い・連帯が成立しているわけではないのだ。しかし一方で、冒頭で靴をくれた女性や終盤でシートベルトの付け方を教えてくれる男性、何よりボニーの幼い息子のように、さして含みもなく彼女に親切にする人たちも登場する。人は欲深い一方で、特に理由もなく他人に親切にもする存在だ。前半でこれは絶対下心ありきの援助だろうと思われたDJが、予想外に本気で彼女と関わるのにはちょっと笑ってしまったのだが、こういう形の善意が世界には少しはあるのだ(と思いたい)という、作り手の優しさを感じた。雰囲気はダークな作品なのだが人間の在り方に対しては結構ポジティブなのだ。
 モナ・リザはレオナルド・ダ・ヴィンチの名画からついたニックネームで、彼女には本名がある。しかしそれは結構後まで明かされないし一貫してモナ・リザと呼ばれる。ただ、彼女はモナ・リザのようには微笑まない。彼女はいわゆる美少女でも可愛い女でもなく、概ね無表情ないしはむすっとしている。周囲に愛想を見せたりおもねるようなところがない。いわゆる空気が読めない人なのだが、そこに魅力がある。彼女の特殊能力が彼女の為だけのものであるのと同様に、彼女の笑顔は彼女だけのものだ。だからラストの表情にぐっとくるのだ。


『MONSOON/モンスーン』

 6歳の時に家族とともにベトナムを離れて英国に渡ったキット(ヘンリー・ゴールディング)は、両親の遺灰を撒くために30年ぶりにサイゴンを訪れる。街並みは当時とは様変わりしており、もうベトナム語は片言になっているキットは戸惑う。英語を話せる従兄弟のリーの助けを借り、キットはかつての思いでの場所を巡っていく。監督はホン・カウ。
 キットはベトナム生まれだがベトナム戦争後の社会混乱から逃れるために英国へ亡命しており、以来故郷には戻っていない。ベトナム語を忘れて久しく、故郷にいるのに異邦人という奇妙な状況にある。彼の行動は観光客のものとそう変わらず、リーとのやりとりもぎこちない。冒頭、リーの家を訪ねた時のお土産の出し方の気まずさが生々しかった。しかし街を歩き回り記憶を辿るうち、ベトナムも両親も、彼にとって少し身近なものに変化していく。
 キットも彼が親しくなる人たちも、ベトナム戦争を親や祖父母が経験しているが自身は「戦後」育ちという世代。ベトナムを舞台とした映画で、ベトナム人の側から「戦後」について言及されているのは初めて見たような気がする。ベトナム戦争後、海外へ亡命した人が大勢いたが、キットの両親もそうだった。リー一家はその時亡命できず、国に留まったのだ。去った者と留まったもののわだかまり、というほどではない(彼らが当時子供で記憶が鮮明ではないというのも大きいだろうが)が、微妙なしこりがあるところに、歴史の印影がうかがえる。また、ベトナムわたってきたアメリカ人青年ルイス(パーカー・ソーヤーズ)が、父親がベトナム戦争で戦ったと話すシーンも印象に残った。アメリカ人青年の父親はアメリカ兵としてベトナムで戦闘に従事し、相当悲惨な目に遭い、自身も多くのベトナム兵を殺した。父親のそういう背景を知りつつ、アメリカ人としてベトナムで生活していくことに罪悪感はないかというようなやりとりが会話の中で出てきて、結構突っ込んだことを聞くなと思った。ルイスは父親のことを恥じる様子はないが、単純に誇りに思っているというのともまた違う、複雑な思いがありそう。ベトナムの観光映画のようでありつつ、「戦後」が端々に見える。個人と歴史とは繋がり連動しているのだ。
 キットは観光客よろしく、旅先のサイゴンでワンナイトの出会いを楽しむのだが、一方でルイスとの関係は徐々に深まっていく。2人の関係はいかにも出会い系アプリやSNSで出会いましたというような会話からスタートするのだが、一夜の割り切りではなくその後も逢瀬を重ねる。最初のうちは探り合いのようなぎこちなさがあったが、ラストシーンの触れ合いはごく自然でリラックスして見えた。キットが母国と両親との関係を自分の中で捉えなおしていく過程と同時に、ルイスとの関係も変化していく所も心に残る。

追憶と、踊りながら [DVD]
ナオミ・クリスティ
アットエンタテインメント
2016-02-03


コロンバス [DVD]
ロリー・カルキン
ブロードウェイ
2021-01-08



『MONOS 猿と呼ばれし者たち』

 南米の山岳地帯に潜む、ゲリラ組織の少年少女兵8人。彼らはコードネーム「モノス(猿)」と呼ばれ、人質のアメリカ人女性を監視している。厳しい訓練を続けてきた彼らだが、組織から預かった乳牛を1人が誤って殺してしまったことがきっかけで、結束に亀裂が生じていく。監督はアレハンドロ・ランデス。
 具体的な国名や都市名が説明されるわけではない(私の記憶の範囲では…)が、コロンビア内戦を背景にした作品だそうだ。しかし実在の地域というよりも、異界に入りこんでしまったような奇妙な印象を受けた。舞台が寒そうな山岳地から亜熱帯風密林へ急展開する、風景のギャップが激しいというのも一因だ。しかしそれ以上に、少年少女だけのコミュニティで、指導官らしき大人はいるがほぼ不在、ちょっと気を抜くとカオスになるという状況が異世界っぽい。少年少女たちだけだと行動がかなり荒っぽいし、自分たちの衝動をコントロールしきれない。その延長として牛を殺してしまうわけだが、「今」しかなくて、この先の計画設計みたいなものが感じられないのだ。その刹那性こそが彼らの力になっているのかもしれないが、ゲリラ戦という状況を考えると恐ろしさしかない。この先何をどうするのかわからない、事態が収拾つかないという恐怖がじわじわ広がっていく様が描かれている作品でもあると思う。題名通り猿=獣の生態になっていくのだ。舞台が密林になってからの方が混沌としていくのは、やはり寒い山岳地帯だとある程度理性的でないと死にやすいからだろうか…。
 なりふり構わなくなっていくのは少年少女たちだけではない。人質だった女性(博士と呼ばれている)も、逃げのびる為に大人としての自制を外して動き始める。生き物と生き物のガチ交戦みたいになっていくのだ。ラスト、彼らは今の環境からいわゆる普通の生活、町や村での生活に戻ったとしても、それに適応できるのだろうかという不穏さが残る。


世界のはての少年
ジェラルディン・マコックラン
東京創元社
2019-09-20


『モーリタニアン 黒塗りの記録』

 2005年、アメリカの弁護士ナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)は、アフリカのモーリタニア出身で、米国に拘束されたというモハメドゥ・スラヒ(タハール・ラヒム)の弁護を担当する。彼には9.11の首謀者の一人でアルカイダのリクルーターであるという容疑がかけられていた。しかし裁判は一度も開かれておらず、キューバのグアンタナモ収容所に何年も収容されていたのだ。ナンシーは「不当な拘禁」だとしてアメリカ合衆国を訴える。一方、米軍のスチュアート中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)は、スラヒに死刑判決を下せという命令を受け、起訴に向け調査を続けていた。しかし必要な資料の閲覧はなぜか許可されない。実際に起きた事件をドラマ化した作品で、エンドロールでは当事者ご本人も登場する。監督はケヴィン・マクドナルド。
 ホランダーとスチュアートが一つの事件を別々の方向から追い、そこにスラヒの記憶が並走する。この3方向からの展開のリズムが良く、ホランダーのスタスタした歩き方にも通じるものがあった。映画を見ている側の気分もこのリズムに引っ張られていく。事実を元にした、決して愉快とは言えない話なのだが、ストーリーの進め方の軽快さで見やすくなっていた。
 ホランダーとスチュアートは弁護士と起訴担当という真逆の立場だが、同じ壁にぶち当たる。政府・軍が資料を公開しないのだ。ホランダーに公開された資料はほぼ黒塗りで内容は不明。一方、スラヒを起訴して有罪を勝ち取りたいはずの軍も、スチュアートが起訴に必要だと要求する資料をなぜか開示しない。そしてホランダーとスチュアートは、ルートは違うが同じ結論にたどり着く。それは法に携わる人間としての判断だ。ここで問われるのはスラヒが有罪か無罪かではなく、彼の扱いが法と倫理に則ったものだったかどうかだ。これを指摘したスチュアートは軍内では一転して裏切り者扱いされるが、彼は自分は法に携わるものでキリスト教者であると、意思を曲げなかった。
 法は何の為に作られたのか、何がその目的を損なうのか。エンドロール前に提示される顛末には愕然とする。そして自国の状況を想うと更に暗鬱としてくる。

モーリタニアン 黒塗りの記録 (河出文庫)
モハメドゥ・ウルド・スラヒ
河出書房新社
2021-10-12


誰のために法は生まれた
木庭 顕
朝日出版社
2018-07-25


『モンタナの目撃者』

 大規模な森林火災現場での事故に立ち会ったことで、トラウマを抱えるようになった森林消防隊員のハンナ(アンジェリーナ・ジョリー)は、暗殺者に父親を殺された少年コナー(フィン・リトル)を助ける。父親はコナーにメッセージを託しており、それをもみ消したい暗殺者にコナーは追われていた。ハンナはコナーを守り待ちへ送り届けようと決意する。監督はテイラー・シェリダン。
 いきなり大事が起きるのだが、その背景についてはあまり説明がされない。また一方では黒い計画がコナーと父親を追い詰め、一方では森林消防隊員たちが山火事と格闘している。クライムサスペンスと大災害という全く関係なさそうな2つの筋を絡めていく、ジャンル横断的な所が面白い。強引と言えば強引なのかもしれないが、登場人物全員が物事の決断が早くてすぐ行動に移るので、どんどん物事が展開していきストレスが薄い。これはどこへ向かっていくのかと戸惑う所もあったが、コンパクトに纏まって密度が高く面白かった。暗殺者たちの背景など、説明しなくても支障ない部分は全く説明しないという思い切りの良さもいい。見る人によってはあれは何だったんだ!と思うかもしれないが、私はこのくらい割愛してしまってもいいと思う。話の焦点はそこではないのだ。
 本作に登場する人たちは、どの人も自分はやるべきことをやっているという自負を持って行動している。その行動が非倫理的、非合法的なことであっても、その人にとってはやるべきことなのだ。コナーの父親やハンナのように、利益度外視で正しいことの為に行動する人もいるが、暗殺者たちのようにプロの手際の良さと合理性によって行動する人もいる。課された仕事だと思うと、どんなに残酷なことでもやってしまいかねないという所が人間の怖さでもあると思う。一方でそういう状況下でも倫理や正義から免除されることはないと考えるから、ハンナは罪悪感で苦しむし、コナーの父親はあることを行ったのだろう。
 なお本作の舞台はモンタナの山岳地帯なのだが、かなり保守的な土地柄なのかなと思わせる描写が何か所かあった。消防チーム内でのハンナは、男性と同じような悪ノリをすることで彼らの仲間に入れてもらっている感じがして、少々古さを感じた。ハンナは消防士としては優秀で周囲からも一目置かれているが、それでもこのノリに加わらないと仲間としては認められないのかと。また、ハンナがコナーにするキャンプファイアーの話は、ティーンのカップルのあり方としてはかなりステレオタイプ。つまりハンナはそういう環境で育ったということなのだろうが、キャンプファイアーに誘う相手が女性だと決めつけて話すのは、今の感覚だとちょっと雑かなと思った。

ウインド・リバー スペシャル・プライス [Blu-ray]
ジョン・バーンサル
Happinet
2021-03-03


オンリー・ザ・ブレイブ [Blu-ray]
ジェニファー・コネリー
ギャガ
2019-10-02


『モータルコンバット』

氷を操るビ・ハン(ジョー・タスリム)が最強の忍・ハンゾウ(真田広之)を殺害してから数千年経った現代。格闘家のコール・ヤング(ルイス・タン)は孤児として生まれ育ち、今は妻子との生活の為リングに上がっていた。ある日、魔界の刺客となったサブ・ゼロことビ・ハンがコール殺害の為姿を現す。コールは特殊部隊少佐ジャックス(メカッド・ブルックス)に助けられ、同じく特殊部隊出身のソニア・ブレイド(ジェシカ・マクナミー)と合流。ブレイドは太古から繰り広げられていた魔界と人間界の格闘トーナメントと、トーナメントに選ばれた戦士の存在を探っていた。コールには戦士の証である龍の形のあざがあった。監督はサイモン・マッコイド。
 対戦型格闘ゲーム「モータルコンバット」の映画化。私はゲームについてはタイトルしか知らないのだが、知らなくても全く差支えなかった。真田広之と浅野忠信がそこそこ大事な役で出演しているアクション映画、かつ真田のアクションがそこそこボリュームあるらしい、という情報のみで見に行ったのだが、アバンまるまる真田広之じゃないですか!微妙な出方ではなくちゃんとパーソナリティのある役柄で重要なエピソードがあってアクションがしっかり長尺!殺陣も組手もしっかり見せてくれる。日本(と思しきどこか)パートの日本語台詞がちゃんと日本語として聞き取れるのもポイント高い。日本のわらべ歌が正しく使われているハリウッド映画は初めて見たかもしれない。なお、作中なんちゃって中世ぽいシーンでも多言語になっている(日本語・中国語の使い分けがされているし話者はお互い言っていることがわからない設定)ので、そのあたりは結構真面目に作っている印象。
 ストーリーは大変大味。登場人物同士のバトルは基本タイマン、飛び道具なしなので、格闘ゲームの映像化としては正しいのだろう。トーナメントに神の介入は禁止されているといいつつ、浅野忠信演じるライデンはがっつり介入しているし、つっこみは満載なのだがこのおおらかさは嫌いではない。90年代のなんちゃってファンタジーアクション映画ってこういう感じのものが色々あったよなと懐かしい気持ちになった。見ていて感情が全く揺らがないので娯楽としてとても楽。

モータル・コンバット [Blu-ray]
ブリジット・ウィルソン
ワーナー・ホーム・ビデオ
2011-04-21

Mortal Kombat XL (輸入版:北米) - PS4
Warner Bros(World)
2016-03-01


『モキシー 私たちのムーブメント』

 Netflixで鑑賞。ヴィヴィアン(ハドリー・ロビンソン)は親友のクラウディア(ローレンス・サイ)と共に目立たない学生として高校生活を送っていた。転校生のルーシー(アリシア・パスクアル=ペーニャ)がアメフト部主将のミッチェル(パトリック・シュワルツネッガー)から嫌がらせをされているのを目撃しても何もできなかった。しかしいじめや嫌がらせに屈さないルーシーの姿を見て、ヴィヴィアンは校内の性差別等を問題提起する冊子を「モキシー」とい匿名で作って校内で配布した。学生の間でも徐々に「モキシー」に賛同する動きが起きる。原作はジャニファー・マチューの小説、監督はエイミー・ポーラー。
 学内のムーブメントがするっとうまくいってしまうあたりも含め、ティーンムービーとして元気が出る作品。これはおかしいのではないか、と日々ひっかかっている若い世代の背中を押してくれそうだ。
 ヴィヴィアンが通う学校は特に荒れているわけでもなく、むしろ教員や保護者から見たら学内の動きは無難に見えているだろう、ごくごく普通の環境だ。そういう環境の中で、あからさまな嫌がらせやセクハラが「あたりまえ」のこととしてまかり通っているということに、この手の問題の根深さがあるなとつくづく思った。ルーシーに対する校長の態度は「気にしすぎ、あなたにも問題がある」という非常にありがち、かつ非常に腹立たしいものだ。ルーシーが異議を唱えるのは当然なのだが、それをいちいち言われても迷惑だという空気がある。日本だとこの空気がもっと抑圧的なんだろうけど、アメリカでもこんなものか(ヴィヴィアンの高校が割と田舎で、ルーシーはリベラルな西海岸から転向してきたという要素もあるだろうが)とがっくりくる。
 学生たちが管理側やヒエラルキー上位の集団に対して反撃するというストーリーは珍しくないだろうが、本作が現代的だなと思ったのは、ハラスメントを受ける女性が特定のカテゴリーではなく、様々あという所だ。見た目がどうであれ、文系であれ理系であれ体育会系であれ、女性であるという一点で様々な嫌な思いを強いられる。学内ヒエラルキーの上下とセクハラは関係ないという指摘は今までなかなかされなかったのではないかと思う。胸の大きい女性が「キャミソールを着るな」と言われるのだが、それは見る側の問題で彼女に言うことではない、と明言するあたりも時代に即している。
 ヴィヴィアンたちが起こしたムーブメントだけではなく、10代故の至らなさや、そういうムーブメントに急には乗れない人の辛さにも言及している所がいい。ヴィヴィアンはフェミニズム運動をしていた母親に倣って活動するが、母親が一人の女性として恋人を作って家庭外で楽しむことには反発する。また非常にコンサバな家庭(家庭環境については子供に選択肢がないという辛さもちらっと見える)で育ったクラウディアはルーシーの価値観に急にはついていけないが、そこがヴィヴィアンにはわからず、2人の仲にも亀裂が入る。ただ、それぞれのスピードで前進・共闘することはできるのだ。
 なお、ヴィヴィアンのボーイフレンドが出来すぎているのだが、男性主役の学園ラブコメにおけるヒロインの存在ってこんな感じかなという裏返し感があってちょっと面白かった。彼の方がセックスに慎重かつロマンチストという所も。

ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー 通常版 [Blu-ray]
モリー・ゴードン
TCエンタテインメント
2021-02-26


エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ[DVD](特典なし)
ルーク・プラエル
ポニーキャニオン
2020-04-15


『燃ゆる女の肖像』

 18世紀のフランス。画家のマリアンヌ(ノエミ・メルラン)はブルターニュの孤島に暮らす貴族の婦人から、娘エロイーズ(アデル・エネル)の縁談用肖像画の製作を依頼される。エロイーズは結婚を望んでおらず、マリアンヌは彼女の「散歩係」として屋敷に入り、密かに絵を完成させる。エロイーズに真実を告げ肖像画を見せるが、彼女は絵の出来栄えを否定。描き直しを決意したマリアンヌに、エロイーズはモデルを務めると申し出る。監督・脚本はセリーヌ・シアマ。
 映像が素晴らしい。全体的に青みがかった寒色の色調なのだが、その中でマリアンヌの赤い服や草原の黄色があざやかに映える。また、全体のトーンといい特定のショットといい、ハマスホイの絵画を意識しているのかな?という印象を受けた。ピアノ(チェンバロか?)を弾く女性のバックショットなど、あっハマスホイのあの絵だ!と思わせる。ワンショットに強烈な魅力がある作品で、絵力の強さみたいなものを感じた。女性3人が台所で並んで作業しているショットとか、草原で薬草探しをしている3人が同時にほこっと上半身を上げるショットとか、はっとさせるがわざとらしくない所が素晴らしい。また、ショットとショットのつなぎ方にもいい意味でのひっかかりがあって、この人の中ではあの動作とこの動作は繋がっているんだなと印象付けられた。観客の目の掴みが上手いのだ。
 当時の社会では同性愛は認められない。また女性が経済的に自立して生きる道も限られており(マリアンヌは父親の名前でサロンに出展している。女が描いた絵は売れないのだ)、エロイーズは結婚せざるを得ないだろう。2人がこの先の人生を共にする道はない。終わりが見えている関係なのだ。とは言え、悲しみはあっても悲壮感はそれほどない。あの数日間はなくならず、その時の関係があったからその先の人生を生きることができる。オルフェの神話が引き合いに出されるのが面白い。冥府から妻を連れだす時に振り返ってしまったオルフェにメイドは憤慨するが、エロイーズは愛ゆえに見るのだと解釈する。画家であるマリアンヌもまた見る人だ。
 マリアンヌはエロイーズの肖像画を描く。そのためにはエロイーズのことを見る・観察するわけだが、最初に描いた肖像画は、マリアンヌが一方的に見て描いたものだ。肖像画の用途も、見合い用という一方的に見られる為のもの。エロイーズはこの肖像画を否定する。彼女がモデルをすると申し出たのは、描く者と描かれる者がお互いに見合う、対等であろうとするからだ。自分と向き合え、自分がどうう人物であるか(どう見られることが望ましいのかではなく)を見ろという要求だ。個対個であろうとする強烈な意志があり、そこがマリアンヌと呼応するのだろう。マリアンヌが手元に残した作品「燃ゆる女の肖像」がすごくいいのだが、あれこそがエロイーズの姿なのだと思った。対等さはマリアンヌとエロイーズの恋愛関係だけでなく、2人とメイドの間の友愛にも成立している。当時の社会の中では3人の間には階級差があるが、島の中では対等だ。越境しているシスターフッドが清々しかった。

水の中のつぼみ [DVD]
ルイーズ・ブラシェール
ポニーキャニオン
2009-02-04


アデル、ブルーは熱い色 [DVD]
アルマ・ホドロフスキー
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2014-11-26




『門司の幼少時代』

山田稔著
 フランス語翻訳家であり随筆家である著者が、福岡県の門司(現在の北九州市門司区)で過ごした少年時代を綴った随筆集。
 1930年生まれの著者は市の最盛期に育っており、港町に活気があった様子が端々からうかがえる。比較的裕福だったと思われる著者の家は、行商人からちょっといいお菓子を買ったり百貨店への母親の買い物にお供して、食堂でアイスクリームを食べるのが楽しみだったりと、ちょっと華やいだイベントの描写が楽しい。また、都会からの転校生にあこがれつつも距離を縮められなかったり、持ち回り制のように仲間外れになったりまた何もなかったように一緒に遊んだりという子供の世界を、ちょっと距離を置いたクールな視線でつづる。基本乾いた、あまり感傷的にならない書き方なのだが、両親や姉妹についての文章の方が親密さがあり、近所の遊び仲間や学校の同級生との関係の描写の方が、ちょっと冷徹といってもいいくらいの突き放したものを感じた。肉親か否かということよりも、幼少時の遊び友達というのは案外感傷的ではない、あっさりとしたものなのではと思う。
 なお本作、装丁が素晴らしいので手にとってみてほしい。造本自体にノスタルジック(下手すると文章よりも)な雰囲気がある。

こないだ
山田 稔
編集工房ノア
2018-06-01


天野さんの傘
山田 稔
編集工房ノア
2015-07-18


『〈山〉モンテ』

 中世のイタリア。山麓の村のはずれで暮らすアゴスティーノ(アンドレ・サルトレッティ)とニーナ(クラウディア・ポテンツァ)夫婦は幼い娘を亡くし、悲しみにくれていた。過酷な環境に耐え兼ね、仲間たちは山を去っていくが、アゴスティーノは留まり続ける。しかし町に行商に出ると、山の民に対する厳しい差別が待っていた。追い詰められていくアゴスティーノは、1人岩山をハンマーで叩き始める。監督・脚本はアミール・ナデリ。
 何かに取りつかれた人、異様な情熱に突き動かされていく人を描くという点ではナデリ監督が西島秀俊主演で撮った『CUT』と同様と言えるが、本作では更にクレイジーさを極めている。そして更にパワフル。山が動くって、そういう方向か!と唖然とする。ナデリ監督は(結果の出る出ないは別問題として)人間の意思の力に対して信頼感がある、あるいはこうでなければならないという信念を持ち続けているように思える。アゴスティアーノは情念に取りつかれて動いているという一面はあるが、同時にその動きは、自分を縛り付けるもの(の象徴)を打ち砕く為のもの、自由を手にする為のものでもある。おかしいのは世界の方だ!だからそれを変える!という強い怒りと意志がある。
 ナデリ監督作はどれも音の使い方がとてもいいのだが、本作も同様。山の底の方から響いてくるような、低い不協和音に満ちている。また、山の中にいるとよく聞こえる、虫や動物の声っぽいが正体がよくわからない音。これが聞こえると、すごく山っぽい。ほぼほぼ何の音かわかるのだが、たまにえっ何?!という音が混じってくるのだ。
 アグスティーノは、町ではいわゆる被差別民として扱われ、不吉な存在として忌み嫌われている。しかし、町の人たちのそういった態度が、彼を本当に「邪眼持ち」、理解しがたい存在にしてしまうのではないかとも思えた。祭壇前のロウソクを逆さにして火をもみ消すシークエンスには凄みがあった。ああこちら側とのつながりを全部捨てちゃったんだなと。

CUT [DVD]
西島秀俊
Happinet(SB)(D)
2012-07-03


駆ける少年 [DVD]
マジッド・ニルマンド
紀伊國屋書店
2013-09-28


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