3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『めぐりあう日』

 理学療法士のエリザ(セリーヌ・サレット)は幼い頃に養子に出され、生みの親を知らずに育った。今では夫と息子がいるが、自分の出生を調べる為、息子ノエを連れ、パリから港町ダンケルクに引っ越してきたのだ。ある日、ノエが通う学校の職員アネット(アンヌ・ブノワ)が患者としてエリザの診療室に来た。2人はどことなく親密さを感じるようになっていく。監督はウニー・ルコント。
 エリザは育ての親との関係は上手くいっているらしい(電話等ちょっと鬱陶しがっているが、そこがむしろ本当の親子っぽい)が、自分が誰から生まれたのかというのは、どうしても気になるものなのか。彼女が苦しんでいるのは、自分の生が呪わしいものだった(レイプによる妊娠等ではなかったか)のではないかということだ。それを気にするならなおさら知らない方がいい気もするのだが、やっぱり知ろうとせずにはいられないんだろうなぁ。そうではない人もいるんだろうけど、エリザはどうしても知りたく、役所で粘り、当時自分を取り上げた助産婦などにも会いに行く。ただ、事実を知ったら知ったで、それが穏当なものであっても「思っていたのと違う」という気分にもなるかもしれない。自分を手放した母親に会いたい、いや会いたくない、幸福であってほしい、いや幸福なのは許せないといったような、相反する気持ちに苛まれているように見えた。
 ドラマは静かに進み、エリザも口数は多くない。しかし穏やかな表面の下では、様々なわりきれないものが渦巻いており、今にも噴出しそうでひやひやする。その渦をノエが察知してぎこちなく、あるいは不機嫌になる、それを見たエリザが更に不機嫌になるという悪循環。実際、エリザの行動は特に衝動的で、それがノエとのトラブルにつながったりもする。ノエの年齢的なものもあるのだろうが、序盤から母息子の間はぎすぎすしており、そこにもひやひやした。エリザはダメな母親というわけでは全くないのだが、自分の問題が大きすぎて処理できず、ノエに疎外感を感じさせてしまうのかもしれない。問題に光明が見えた後、ノエとの関係も自然と落ち着いていくのだ。
 本作の原題は『Je vous souhaite d'être follement aimée』。アンドレ・ブルトンの『狂気の愛』の最終章に出てくる、娘宛の手紙の最後の一文だそうだ。日本語訳では、「あなたが狂おしいほどに愛されることを、私は願っている」。どんな形であれ、エリザもノエも、そしてエリザの実母もそう思われたのではないだろうか。

『メニルモンタン 2つの秋と3つの冬』

 ボルドーの美大を卒業したアルマン(ヴァンサン・マケーニュ)は、職を転々とし、学生時代からの友人のバンジャマン(バスティアン・ブイヨン)とつるみつつ、パリのはずれのメニルモンタンで暮らし続けていた。33歳の誕生日に、思い立ってタバコをやめジョギングを始めた彼は、同じく公園でジョギングをしていた27歳のアメリ(モード・ウィラー)に恋をする。監督はセバスチャン・ベベデール。
 冒頭、アルマンによるナレーション内に「33歳の青年」という言葉が出てくるのだが、ああフランスでもか・・・!としみじみし、一気に親近感がわいてきた。今の33歳は社会的には立派な成人だが、当人はまだ「大人」であることに自信が持てない人も多いのではないか(それを言ったら40歳になっても50歳になっても私は自身が持てそうにないけど・・・)。パリといえば昔からおしゃれで恋の都でパリジャンたちは皆シュッとしていて・・・というイメージだが、本作にはおしゃれでシュっとしている人は出てこないし、恋多き人たちでもないし、恋愛の手練れでもない。人生に迷いつつ地味に生きている、ごく普通の人たちだ。
 アルマンとアメリはドラマティックな事件により近づくが、2人はヒーローにもヒロインにも見えない。なんとなくぱっとしないままだし、かっこつかないのだ。アルマンの友人(作中主人公というわけではない)バンジャマンとその恋人の方が、まだしも「主人公カップル」的な属性があるように見える。本作は主にアルマンとアメリのモノローグで進行するのだが、2人ともメタ視線というか、自分たちに対して距離を置いた語りをする。それがまた、あんまり主人公ぽくないのだ。でも、そういう人たちも、自分の人生の上では主人公だし、自分たちでなんとかやっていくしかない。
 アメリが、とある状況に泣いてしまい、あることでアルマンとの関係がこじれてしまうのだが、この感じ、自分で処理しなければいけないが処理しきれない感じはすごくよくわかるなと思った。ドラマみたいにかっこよくはできないのだ。それでも、関係を築き直したかったら相手に働きかけるしかない。アルマンとアメリが話し合おうとする時、彼らがまた少し大人になっていくように見えた。

『名探偵群像』

シオドー・マシスン著、吉田誠一訳
歴史に名を残した偉人たちなら、生涯のうち1度くらいは難事件に遭遇して推理の腕を披露したに違いない、というアイディアから生まれた短篇集。アレクサンダー大王、レオナルド・ダ・ヴィンチ、クック船長にセルバンテス、ナイチンゲールらが事件を解決する短篇集。当時(1961年)の創元推理文庫だと「セオドー・マシスン」表記なのだが、「セオドア」表記のこともあるのかな?エラリー・クイーンが絶賛したという(序文をクイーンが書いている)だけあって、歴史上の偉人が探偵役というアイディアだけではなく、ミステリとしてロジックの部分も(わりと)きっちり詰めてくる。ただ、歴史ものでもあるので当時の風俗や習慣を思い浮かべにくくてぴんとこないというものもあったが・・・。それだけ時代背景も踏まえているということだろうから、マシスンは多分勉強熱心でよく調べる人だったんじゃないかな。

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