3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『水を抱く女』

 博物館で働く、ベルリンの都市開発研究者ウンディーネ(パウラ・ベーア)。恋人から一方的に別れを告げられショックを受けていた彼女の前に、潜水作業員のクリストフ(フランツ・ロゴウフスキ)が現れり。2人はふっかう愛し合うようになるが、ウンディーネにはある宿命があった。監督はクリスティアン・ペッツォルト。
 水の精であるウンディーネの神話をモチーフにした作品。愛する男に裏切られたらその男を殺し、水に還らなくてはないという宿命があるのだ。本作のウンディーネは人間として生活しており、人間としての倫理観もまあ持っている様子だが、その宿命からは逃れられない。自分を捨てた男を殺さないと、あるペナルティが生じるらしいのだ。
 ペッツォルト監督のこれまでの作品に比べると、かなり寓話的で男女の関係、愛の形の物語として特化している。。今までの作品では主人公の背後にある社会的な制限や圧力の元で、その人がどのように考え行動するのかという描かれ方をしていたが、本作ではウンディーネという女性以外の要素をどんどんそぎ落としていった感じだ。彼女を捨てた男もクリストフも多分に記号的だし、ウンディーネについても「どういう世界の中で生きているのか」という背景が感じられない。一応ベルリンが舞台ではあるが、それが物語に対して何らかの機能を果たしているわけではなく、どの都市・どの時代であってもでもまあまあ成立しそう。だから寓話・神話のように見えるのかもしれない。
 ただ、この人はどのように・何を決断するのか、という部分がクライマックスであると言う点は他作品と同じだ。決断の仕方、何を選ぶかという所にその人の人となりが顕著に表れるということだろうか。個人的にはシンプルすぎて物足りないし、もっと奥行きが欲しかったのだが、エッセンスを凝縮したような作品ではある。

未来を乗り換えた男 [DVD]
マリアム・ザレー
アルバトロス
2019-07-03



『ミナリ』

 1980年代、韓国系移民のジェイコブ(スティーヴン・ユアン)一家は、農業での成功を夢見てアメリカ、アーカンソー州にやってきた。トレーラーハウスを持て妻モニカ(ハン・イェリ)は失望するが、子供たちは新しい環境に馴染んでいった。毒舌なモニカの母・スンジャ(ユン・ヨジョン)も加わり、新しい生活は軌道に乗ったかに見えた。しかし畑の水は干上がり、作物の買い手も見つからず、生活は暗礁に乗り上げる。監督・脚本はリー・アイザック・チョン。
 ミナリとは韓国語でセリのこと。スンジャが川辺にセリを植えるのだ。水辺には蛇がいるから近づくなとジェイコブとモニカは子供たちに言いつけるが、スンジャはものともしない。スンジャの言動はユーモラスだが危なっかしい。モニカはスンジャに子守を頼めば自分も仕事に専念できると言って彼女を呼び寄せるのだが、スンジャは一家の役にはあまり立ってない。そういう人もメンバーとして内包してしまうのが家族という仕組みの面倒さでもあり、奥深さでもあるだろう。幼い長男デビッドはスンジャを「おばあちゃんらしくない」と言う。確かにスンジャはクッキーは作らないしプロレスと花札が大好きで下品なことも平気で口にする。しかしすべてのおばあちゃんがクッキーを作り甲斐甲斐しく孫の面倒を見るわけではないだろう。「おばあちゃんらしさ」があるからおばあちゃんになるわけではなく、色々なおばあちゃんがいるわけだ。これは「お父さん」も「お母さん」も「お姉ちゃん」も同じことだろう。ジェイコブは「お父さん」をやろうとして上手くできていない印象だった。彼は子供たちに父親が成功する姿を見せたいんだというが、父親として必要なのはそういうことではないだろう。だからモニカの心は離れていくのだ。別に「らしく」なくてもいい。家族と向き合わずに「らしさ」を演じても意味がないのだ(なお長女のみ非常に「長女らしい」振る舞いなのが気になった。出来すぎなのだ)。
 本作、個人的にはあまり響くところがなかったのだが、アメリカでは反響が大きかったというのはやはり、アメリカは移民の国ということなのだろう。ジェイコブ一家が生活費を稼ぐために苦労する姿や、教会で向けられるまなざしの冷たさ、モニカに対する「かわいい」言葉という言葉へのモヤモヤ感など、多くの人が体験してきた(している)ことなのだろうと思う。



千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)
イーユン リー
新潮社
2007-07-31




『ミッドナイト・スワン』

(ストーリー後半に言及しています) 
 ショーパブのステージに立つ凪沙(草彅剛)は、養育費目的で親戚の少女・一果(服部樹咲)を預かる。最初は双方心を開かなかったものの、社会の片隅で生きてきた2人の間に気持ちが通い始める。凪沙はバレエに情熱を傾ける一果を支えたいと考えるが。監督・脚本は内田英治。
 俳優はかなり良かった。草彅の「あえてけだるげな女をわざわざ演じている女を演じる」という二重の演技性がハマっていた。凪沙は素があまりない、ほぼ「凪沙という女性」を演じている人なのだという感じがする。また新人だという服部は、序盤の寄る辺のない目つきが印象に残る。
 ただ、いい部分もあるがそれ以上に問題点が多い作品だと思う。トランスジェンダーの扱いが安易だしあまり考えてないなという印象を受けた。まず、ショーパブのステージで踊る一果を凪沙たちが見て心打たれるというエピソードだが、一果が本物、凪沙が偽物という対比になってしまっているように思う。一果が踊る前に凪沙らが踊っていて客に馬鹿にされるという流れがあるので、本物の才能にはかなわない、みたいな演出に見えてしまう。しかし凪沙が仕事で踊るのと一果がバレエに情熱を燃やすのとは全然意味合いが違うだろう(一果とバレエの才能が対比される存在として同級生も登場するが、彼女の扱いも雑だったと思う。なぜとってつけたような悲劇にしないとならないんだ…)。
 更に、「本物の女性の体」と「(トランスジェンダーという)にせものの女性の体」の対比に見えかねないのも厳しい。凪沙は「女性」と自認しており、偽物ではない。性転換手術を受けた凪沙に「本物の女性になったからあなたの母親になれる」と言わせてしまうのも問題だ。肝心なのは「親」で「母親」ではないし、女性の体をもっていれば母親になれるわけでもない。いまだに母性神話かとうんざりする。また、子供に必要なのは適切な「保護者」であって必ずしも父親・母親というわけではないだろう。
 更に、手術後の凪沙の顛末が、現代の医療水準でいきなりそれは不自然なのでは?というもの。悲劇の為の悲劇に見えてしまう。失明についても、前々から何らかの疾患があって、という前フリがあれば理解できるがいきなりぶっこんでくるので不自然。不幸に舵切りすぎで凪沙が「母親」になろうとしたペナルティにも(そんなものあるはずがないのだが)見えてしまいかねない。
 一方、素人が見てもバレエの扱いには問題がありそう。そんな短期間で劇的にうまくなるもの?!中学生で習い始めるのって世界を目指すには遅すぎない?!と突っこみ入れたくなった。全般的に、こういうシチュエーションがあったら泣けるな、盛り上がるなというものを無頓着に投入しているように思えた。この要素を盛り込むならもうちょっと勉強しては…という部分が悪目立ちしていた気がする。

ナチュラルウーマン [DVD]
ニコラス・サヴェドラ
アルバトロス
2018-08-03



『mid90's ミッドナインティーズ』

 1990年代、ロサンゼルスに暮らす13歳のスティーヴィー(サミー・スリッチ)は母ダブニー(キャサリン・ウォーターストン)と年の離れた兄イアン(ルーカス・ヘッジズ)と暮らしている。スケートボードに魅せられたスティーヴィーは、町のスケートボードショップに通いつめ、常連の少年たちと親しくなっていく。監督・脚本はジョナ・ヒル。
 冒頭、スティーヴィーがイアンにボコボコに殴られるシーンがある。カメラはやや引いた位置なのだが、殴られる音は間近に聞こえる。むしろ自分が殴られているような、頭の中に響くような音の設計だ。スティーヴィーがスケートボードに出会ってから感じる高揚感や、ボードで滑走し宙に舞う少年たちの姿はきらきらしていて軽やかなのだが、本作の底辺に流れるのはこの暴力の音であったように思う。
 スティーヴィーはイアンに日常的に暴力を振るわれているが、兄が所属する「大人」(イアンもまだ子供だが、スティーヴィーから見たら大人だ)の世界に憧れ、彼が愛好する音楽やゲームに興味津々だ。スティーヴィーはイアンと世界を共有したいのだろうが、イアンは取り合わない。そんなスティーヴィーを仲間として受け入れてくれる年長者たちが、スケートボード店にたむろうレイ(サケル・スミス)たちだ。ただ、レイたちがスティーヴィーのことを対等に扱っているかというとそうでもない。傍から見ると、レイたちとの関係は安定性があるものにも安心できるものにも見えないのだが、スティーヴィーはそこにはまっていってしまう。自分をバカにする人にニコニコついて行ってしまうメンタリティというのは何なんだろう。
 イアンもレイたちもいわゆる不良ということになるのだろうが、子供がワルぶっている年長者に惹かれていくのは何故なんだろうと不思議だった。素行の悪さや粗暴さがかっこいいという価値観はいつ頃から定着したのだろうか。本作でスティーヴィーが感じる「かっこよさ」は、「男らしさ」の負の側面の要素がかなり強い。強くあらねば、という価値観が暴力や粗暴さの方向にシフトしてしまっているようで、結構きつかった。また、性的な体験の共有、異性への嘲りで仲間意識を強める(これは性別問わず)というのもホモソーシャルの悪しき慣習という感じ。最後にはそういった世界の脆弱さが露わになるが、なぜそういう方向を選んでしまうのかという不可解さがずっと付きまとった。

ロード・オブ・ドッグタウン (字幕版)
ジョニー・ノックスビル
2013-11-26


スケート・キッチン(字幕版)
ジェイデン・スミス
2020-04-01


『ミッドサマー』

 突然家族を失ったダニー(フローレンス・ピュー)は、大学で民俗学を研究している恋人のクリスチャン(ジャック・レイナー)、彼の友人ジョシュ(ウィリアム・ジャクソン・ハーパー)、マーク(ウィル・ポールター)らと、スウェーデンのとある村を訪ねる。この村では90年に一度の祭りが行われるというのだ。その村、ホルガの人びとはダニー達をやさしく迎え入れ歓迎するが、祭りの儀式は彼女らにとって予想外のものだった。監督はアリ・アスター。
 まさかの盛り上がりで大ヒット中だが、個人的にはそれほどでも…。いわゆるホラー的に怖い映画ではないので割と平常心で見られたが、ちょっと長すぎて飽きてしまった。何が起こるか最初からある程度想定内だし、ダニーとクリスチャンとの関係やホルガの村のロッジ内に書かれている壁画の内容からも儀式の顛末は大体予想がつく。「まあそうなりますよね」としか思えないのだ。ただ、すごく拘りをもってきちんと演出されている作品だということはわかる。特にドラッグ類でハイになっているときの描写が、客観的にも当人の主観的にもすごく上手いと思った。芝生の上で全員間の抜けた表情になっている所とか笑ってしまうし、ホルガの食卓の上がぐねぐねしていたり花冠が常に動いていたりというほんのりとした不気味さがいい。ダニーが手足末端に感じる違和感の表現も説得力がある。
 ダニーとクリスチャンとの関係は、この2人なんでまだ別れていないの?というレベルに冷えている。冷えているというよりも、噛み合っていないといった方がいいか。ダニーは元々精神的に不安定だったことに加え、家族を失ったことで更に悪化しており一人になりたくない欲求が強まっている。クリスチャンには依存気味なのだ。対してクリスチャンは、ダニーとの関係は冷えているものの、傷ついている彼女を放っておくこともできず、中途半端な責任感でずるずる付き合っているように見える。クリスチャンはちょっと物事にだらしがない、身勝手な所があるということが友人に対するある態度でもわかるのだが、基本的に良い人なのだろう。とは言え、支えきれない人と安易に関わり続けるというのは双方にとって不幸な気がするし、一緒に異文化圏への旅行なんてもっての外だろう。別れられない、という所にこのカップルの最大の問題があるのだ。
 ホルガの民は迷いや葛藤が薄くて幸せそうだ。何かに所属しており、役割がはっきり決まっており存在を肯定されているという環境は、背景を失ったダニーにとって魅力的なのだろう。その安心感はクリスチャンは与えてくれないものだ。クリスチャンや彼の友人と一緒にいる時のダニーは、大麻を勧められた時のように本意に沿わなくても「私なら大丈夫だから」「気にしないから」と受け入れる。クリスチャンは、最初はダニーに寄り添おうとはするが、途中で止めちゃうし理解を諦めちゃうのだ。ホルガの人たちに対してはダニーは忖度する必要がない。彼らはダニーに共感してくれるのだから。


ウィッカーマン [Blu-ray]
ダイアン・シレント
KADOKAWA / 角川書店
2017-04-28


『見習い警官殺し(上下)』

レイフ・GW・ペーション著、久山葉子訳
 バカンスシーズンのスウェーデン、ヴェクシェー。警官見習いの若い女性・リンダの遺体が、母親のマンションで発見された。彼女は強姦され絞殺されていた。県警本部長は国家犯罪捜査局に応援を要請、エーヴェルト・ベックストレーム警部が派遣されることになった。捜査チームが早速捜査を開始するが。
 CWA賞やガラスの鍵賞を受賞した著者の『許されざる者』を読んだ後に本作を読むと、あれ?だいぶ雰囲気違うな?と思うかもしれない。『許されざる者』の主人公は超切れ者の元警察官ヨハンソン(本作にも現役警官としてちょっと登場する)だが、本作の主人公といえるベックストレームは相当問題がある。セクハラ、モラハラ、経費の使い込みは日常茶飯事。かつ、警官としてあまり有能でない!そしてその自覚がない!普通の警察小説だったら素行は悪いが能力はあるというのがセオリーなのに、ベックストレームはそもそも捜査能力が低いのだ。これが逆に新鮮だった。ほんとに頭悪いんだ…と。
 彼だけでなく、バカンスシーズン故にたまたま手が空いていた人の寄せ集め的な構成の捜査班はお世辞にも腕がいいとは言い難い。まあ普通なのだ。そんな普通の警官たちが右往左往しつつ、地道に事実を拾い上げていくところが本作の読みどころなのだろう。容疑者特定もいきなり出てきたな!って感じの唐突さ。ただ、その唐突さとそこから先の決定打の出せなさがリアル。時に誇張された登場人物の描写とはうらはらだ。文章が少々大げさで鼻につくところがあったが、警察群像小説としてはむしろ地味な展開だろう。

見習い警官殺し 上 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2020-01-22


見習い警官殺し 下 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2020-01-22




『宮本から君へ』

 文具メーカーの営業マン、宮本浩(池松壮亮)は不器用だが正義感が強い熱血人間。会社の先輩である神保(松山ケンイチ)の仕事仲間である中野靖子(蒼井優)と恋に落ちる。しかし靖子の元彼・裕二(井浦新)が現れる。靖子に暴力を振るった裕二に対し、宮本は「この女は俺が守る」と言い放つが。原作は新井英樹の同名漫画。新井は宮本の父親役として出演もしている。監督は真利子哲也。
 宮本の熱血バカ、スポーツできないのに体育会系気質な所(というよりもそういう環境に投げ込まれている)は、受け付けない人はとことん受け付けないだろう。宮本という男性の造形にしろ、本作における男女の関係の在り方にしろ、かなり古さを感じることは否めない。そもそも原作がそこそこ以前に描かれたものだから仕方ないのかもしれないが。私も宮本のようなキャラクターは本来苦手なはずなのだが、なぜかするっと見ることができたし不快感もさほど感じなかった。真利子監督のタッチがかなり乾いているからか。また、宮本の行動を全面的に肯定・共感するわけではない、彼にしろ靖子にしろちょっと引いた目線で撮られているというのもよかったのかもしれない。登場人物たちはかなりストレートに感情をぶつけ合い、激情を示す。俳優たちも熱演しているのだが、池松と蒼井の演技がすごくいいかというと、いいことはいいが突出していいという感じではない。むしろ、ふっと力が抜けたようなシーンの瞬間的な表情の方に、はっとする良さを感じた。これは演じる側と撮る側の力のバランスが取れているからだろうなと思う。路上のキスで柄にもなくぐっときた。
 宮本の「頑張り」は実は具体的に何か・誰かの役に立っているわけではない。靖子になじられるように自分の為だ。むしろ、一番肝心な時に彼は何もできず気付きもしない。ただ、自分が納得するために悪あがきして、空回りで何が悪い!という突き抜けた感じがする。この人はこうすることしかできない人、考えるよりとにかく動いた方が前に進める人なのだと納得できる見せ方になっていた。現代的ではないのだろうが、現代でも確かにこういう人はいるよなと。
 宮本の取引先のお偉いさん方と靖子とを交えたシーンが、本作中一番きつかった。前時代的なパワハラ・モラハラの嵐なのだが、今でもこういう関係性は間違いなくそこかしこにあるし、こういう営業がまだまだあるんだよなー。待ち合わせに遅れてきた靖子が、赤の他人である宮本の取引先の真淵(ピエール瀧)に勢いよく頭を下げる、それを聞いた真淵が気をよくして「ついてこい!」と飲みの席に彼女を同席させるという流れがたまらなく嫌だった。真淵らが勝手に来てるんだから謝る筋合いないんだけど、そうやって場を収めるのがベストという判断が靖子の身に付いてしまっているというのが辛い。

宮本から君へ DVD-BOX 
池松壮亮
ポニーキャニオン
2018-10-03


定本 宮本から君へ 1
新井 英樹
太田出版
2009-01-17


『港の兄妹』

 ちいさな港町で自閉症の妹・真理子(和田光沙)と2人暮らしをしている良夫(松浦祐也)。工場の仕事を解雇されて食事にも事欠く状況になった良夫は、真理子に売春をさせ日銭をかせごうとする。妹を斡旋することに罪悪感を持ちつつ、今まで知らなかった彼女の一面を目にしていくが。監督・脚本は片山慎三。
映像にはっとするような部分があるし、俳優の鬼気迫る演技はすごい。人間のかっこわるい、みっともない表情を赤裸々に見せている。しかしその赤裸々さが大分古臭い、昔のテンプレートっぽいなと思った。貧しい兄妹というのも、妹に体を売らせるという設定も、セックスによって違った面が見えてくるというのも、今これをやる必要があるのかな?という気がした。
 妹が売春をするというくだりにはイ・チャンドン監督『オアシス』に似通ったものを感じた。障害者の性を描くことが危ういというのではなく、当事者である女性の真意がどういうものであるか確認しようがないというシチュエーション、にも関わらず本人が意欲的であるという風に作劇されているところの無頓着さがどうも気になった。
気になると言えば、兄妹の世界がすごく内向きだという所も気になった。社会からどんどん乖離していく。ある程度抽象的な描き方を意図しているのだろうとは思うが、具体的にどういう仕事をしてきた人でどういう生活をしていてという部分が(食生活の貧しさ等が具体的に見せられているにも関わらず)あまり迫って来ない。貧しさと社会とが乖離している感じが気になった。
 本作に限らず日本映画で貧困を描く時、当事者の外側がないというか、どういう社会に所属していて公的な支援があるのかないのかといった視点があまりないように思う。本作の場合、貧しさを具体的に描くことが目的というわけではないだろうが、あまりに抽象的になのも不自然。貧しさが観念的すぎるし、当事者の内面の問題に帰結しているように見えてしまう。

オアシス [DVD]
ソル・ギョング
バンダイビジュアル
2004-12-23




海炭市叙景 Blu-ray (通常版)
加瀬亮
ブロードウェイ
2011-11-03

『未来を乗り換えた男』

 ファシズムの嵐から逃れ、祖国ドイツからフランスへやってきたゲオルグ(フランツ・ロゴフスキー)。しかしパリもドイツ軍に占領されつつあり、南部の港町マルセイユへ向かった。パリのホテルで自殺していた作家ヴァイデルのパスポートをたまたま手に入れた彼は、ヴァイデルに成りすましてメキシコへ渡ろうとする。しかしたまたま知り合ったヴァイデルの妻マリー(パウラ・ベーア)に心奪われてしまう。原作はアンナ・ゼーガースの小説『トランジット』。監督・脚本はクリスティン・ペッツォルト。
 第二次大戦下のヨーロッパのような社会情勢で描かれているが、舞台となっているのは明らかに現代(スマホも出てくる)。しかし登場人物の服装はどこかレトロで時代の特定はしにくい。どこでもありどこでもない、いつでもありいつでもないという不思議な雰囲気がある。この特定できなさ、逆に言うとどこでも・いつでもありうる普遍性を醸し出す美術面の匙加減が上手いと思った。マルセイユという町の風景も効果的。
 ゲオルグの行動はマリーに魅せられてのものではあるのだろうが、それ以上に彼の人となりから来るもののように思えた。汽車で同乗した相手にしろ難民の子供にしろ、困っている・傷ついている人がいたらとりあえず助けようとはするのだ。見込みが甘かったり自分の都合が優先させられたりはするが、基本的に善意がある。人間には善意があるはず、窮地の中でも人として正しいことをする瞬間があるはずという、オプティミズムのようなものを感じる。同監督の『東ベルリンから来た女』でも、自分の処遇はともかく「正しいことをした、これが私にとっては勝利だ」という話だった。人間は利他的になれるという希望を常に持っているように思える。本作は三角関係を含んだロマンス映画でもあるが、ロマンス以上に人間のこういった部分の方が強く印象に残った。善意は中途半端な形で発揮されるかもしれない。ゲオルグの手助けは概ね中途半端なものだ。でも、やるんだよ!というのが本作の方向性では。
 
 一方で、ゲオルグを引き留めているのは土地そのものでもあるように思えた。この土地に辿りついた人は土地の呪縛に絡み取られ、ずっとこの地でさまよい続けるのではないかと。マリーが夫を探し続けるのも、彼を愛し続けているからというよりも、この地を出られないような呪いをかけられたように見える。彼女の気持ちがふわふわしているように見えるのも、そのせいではないだろうか。

東ベルリンから来た女 [DVD]
ニーナ・ホス
アルバトロス
2013-07-03





『ミッション:インポッシブル フォールアウト』

 盗まれた3つのプルトニウムを回収するミッションを命じられたイーサン・ハント(トム・クルーズ)だが、何者かに回収目前で横取りされてしまう。秘密組織シンジケートの関連組織、アポストルが関係しているらしい。手がかりとなるジョン・ラークなる人物を確保しようとするイーサンとIMFだが、CIAはイーサンの目付け役としてエージェントのオーガスト・ウォーカー(ヘンリー・カヴィル)を送り込んできた。監督はクリストファー・マッカリー。
 MIシリーズって、見ているうちに「あれ?これそもそも何が目的のミッションなんだっけ?」と思う瞬間があるのだが、本作はほぼ全編にわたってその思いが頭を離れなかった・・・。前評判の通り、アクションはまあバカみたいにすごくて、トム・クルーズは撮影中に死にたいのかなーと不安になるくらいなのだが、それ以外の部分の印象がおしなべてぼんやりしている。あれ、どういう話だったっけ・・・と思う頻度はシリーズ中一番高かった。アクションシーンとアクションシーンを繋ぐ為に無理矢理ストーリーのパーツをはめ込んでいるような印象。前作『ローグネイション』が大変面白かったので、大分がっかりしてしまった。登場人物の造形や立て方も、前作には及ばなかったように思う。また、ストーリーに行き当たりばったり感が強いので、登場人物が上手く機能していない。新規投入されたオーガストも再登場のイルサも、もっと活かし方があったんじゃないかなという中途半端さだ。イーサンのキャラクターがシリーズ重ねるごとに変化してきているのだが、その変化にストーリー構築が追い付いていない感じもした。行動が唐突過ぎるように思える。
 とは言え、アクションは確かに前評判通りの迫力。予告編でも使われていたヘリコプターのアクションは無茶すぎて笑ってしまうくらい。個人的にはパリでのカーチェイスがとても楽しかった。バイクと乗用車とを使ったカーチェイスだが、車体間隔が非常に狭かったり、音の響かせ方にひねりがあったりとわくわくする。古い町並みが背景というのも味わい深くいい。




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