3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ポリスストーリー/REBORNE』

 2007年、香港。国際捜査官のリン(ジャッキー・チェン)は重病で入院中の娘に会えないまま、証人警護作戦に駆り出される。対象は遺伝子工学者で、犯罪組織に狙われていた。早急に作戦を開始するものの、襲撃されたリンは瀕死状態になってしまう。そして2020年、シドニー。大学生のナンシー(オーヤン・ナナ)はひどい悪夢に悩まされ、魔女と呼ばれる呪い師に助けを求めるほどだった。魔女から有名な催眠術師を紹介されたナンシーは、彼の公演会場を訪ねるが、謎の組織が彼女をつけ狙う。監督・脚本はレオ・チャン。
 ストーリー展開も設定も非常にユルく、一見SFぽいのだがSF要素が瀕死状態。遺伝子工学ってそういうことだっけ?とか、その情報どこから手に入れたの?その要塞なに?とか突っ込み所満載。基本設定がとにかく雑なのだ。悪の組織が非常に分かりやすく悪の組織っぽい恰好をしており、日曜朝の特撮タイムを連想してしまった。今時これやります?!というちょっと古びた要素だらけなのだ。2018年の作品とは思えない。
 しかし珍作ではあるかもしれないが、つまらないわけではない。ジャッキーはやっぱりスターなんだなと思える。年齢が年齢だから全盛期のようなアクションは当然できないわけだが、今のジャッキーがやるとしたらどういう「面白いアクション」が出来るのか、失われたスピードや飛距離を補う為にどうするのか、ずっと考え続けているんだろうなと思う。脇の甘い映画でも、ジャッキーの奮闘を見ていると何となく納得できてしまうのだ。
 アクションのスピードとキレは、リンの部下スー役のエリカ・シアホウが見せてくれる。軽やか、華やかでくるくる回る姿も楽しい。また、ナンシーにちょっかいをかける青年リスン(ショウ・ルオ)がコミカルさを添える。彼の的確すぎる先回りには何かすごい伏線があるのでは?!と思っていたら案外普通だったけど。
 エンドロールはちゃんとNG集。これを見ていると、珍作だと思ってみていたのに、何かいい映画を見たような気分になるのが不思議だ。

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ジャッキー・チェン
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2015-04-28


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ジャッキー・チェン
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2012-06-20




『ボーダライン:ソルジャーズ・デイ』

 アメリカで一般人15人が死亡する自爆テロ事件が起きた。犯人はカルテルの手引きによりメキシコ経由で不法入国したと政府は睨み、CIAへ任務を課す。CIA特別捜査官マット・グレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)は、カルテルに家族を殺された過去を持つアレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)に協力を仰ぐ。麻薬王レイエスの娘イザベル(イザベラ・モナー)を誘拐して敵対組織の仕業と見せかけ、麻薬カルテル同士の争いへ発展させる計画を秘密裡に実行するが。監督はステファノ・ソッリマ。
 前作はドゥニ・ビルヌーブが監督だったが、ソッリマに交代。また前作は音楽をヨハン・ヨハンソンが手がけたが、彼が亡くなったことで弟子筋のヒドゥル・グドナドッティルが担当という、引き継ぎが相次ぐ案件だった。しかしさほど前作の雰囲気から外れていない。ストーリーテリングからはビルヌーブの奇妙かつ粘着質な手癖が薄れストレートになったが、音楽の雰囲気はびっくりするほど引き継がれている。個人的にはむしろ本作の方が好きかもしれない。三部作構想だそうなので、次作もちゃんと作られると嬉しい。
 前作は捜査官が異世界に迷い込み、アレハンドロが歩む煉獄を垣間見るような構造だったが、本作でもアレハンドロは相変わらず煉獄を歩き続けている。そして課された任務のせいで地獄度がより高まっている。行っても行ってもまだ地獄!そして帰る場所などないのだ。一方、マットもまた地獄を歩むことになる。上司から責任を丸投げされ、自分の仲間も倫理も切り捨てろと迫られる。政府の高官からCIAの責任者へ、そしてエージェントへとどんどん責任を丸投げされていく過程が悪夢のようだ。投げてくる側は気楽なもんだよな!中間管理職としてのマットの苦しみが辛い。また、麻薬王の娘として生まれたイザベルは、本人の意思とは関係なく、修羅の道を歩むことになる。そもそも選択肢がないのだ。不遜な態度だった少女が、終盤で見せる抜け殻のような表情が痛ましかった。
 本作でのデル・トロはもはや人間ではないような、一度死んで何か別の者としてこの世に戻ってきたかのような、胡乱かつ不気味な存在感を放つ。ラストにはしびれた。洋画の邦題というと映画ファンからは非難されるケースが多いが、このシリーズに関しては的を得ていると思う。全員が何らかのボーダーを越える、あるいは越えない瞬間を捉え続けているのだ。そこを越えたら元には戻れない、という緊張感がみなぎっている。


犬の力 上 (角川文庫)
ドン・ウィンズロウ
角川書店(角川グループパブリッシング)
2009-08-25



『ボヘミアン・ラプソディ』

 世界的ロックバンド、クイーンの結成から、20世紀最大のチャリティコンサート「ライブ・エイド」での伝説的なパフォーマンスに至るまでを描く伝記映画。ボーカルのフレディ・マーキュリー(ラミ・マレック)、ギターのブライアン・メイ(グウィリム・リー)、ドラムのロジャー・テイラー(ベン・ハーディ)、ベースのジョン・ディーコン(ジョセフ・マッゼロ)から成るクイーンは、斬新な音楽とパフォーマンスで一躍スターになるものの、其々の方向性の違いやフレディへのソロ活動の誘いで分裂状態に。しかし「ライブ・エイド」への出演を決意し、再度力を合わせる。監督はブライアン・シンガー。
 クイーンというバンドの熱心なファンがどう受け止めるのかはわからないが、見ていてとても楽しかったし気分が盛り上がった。本作最大の功労は、楽曲の強さを再発見できたというところにあるのではないだろうか。全く古びていない。一緒に歌いたくなるし足を踏み鳴らしたくなるし拳を突き上げたくなる。レコーディングシーンがどれも心浮き立つのは、新しい音楽を作る楽しさ、聴く喜びが実感出来るからだ。それが最高まで極まるのがラスト20数分のライブ・エイドのシーン。この時のクイーンのパフォーマンスが神がかっていたという話は聞いたことがあるが、映画内のパフォーマンスも見ていて涙が出そうになるくらい気分がいい。不思議なもので、多分当時の実際の映像を見てもこれほどぐっとこないのではないかと思う。「お話」のクライマックスとして見ているから余計に気分が盛り上がるという面が少なからずあるのでは。
 ライブ・エイドで既に「過去の人」ポジションだったクイーンだが、演奏が始まると観客の合唱が聞こえ始める。これに鳥肌が立った。クイーンは良く知らなくてもクイーンの曲は何かしら知っていて歌える、というところが凄いのだ。クイーンのステージの選曲がちゃんとフェス向けになっているのもぐっときた。スタッフがステージセットの裏や骨組みの上部ですごく楽しそうにしているのも素敵。いい盛り上がり方させてくれるな!
 史実とは少々異なる部分もあるそうなので、以下言及するクイーンおよびメンバーはあくまで本作中のものを指す。フレディは出っ歯であることに強いコンプレックスを持っていたそうだが、本作のフレディはちょっと歯出過ぎじゃない?!というくらいに出っ歯が強調されている。平素から、口元の動きが出っ歯を気にしている人のものになってしまっているのが何だか切なかった。出っ歯など全く問題にならない声とパフォーマンスのかっこよさなのだが、癖がなかなか抜けないのだ。彼はなりたい自分になろうと努力し続ける人だったが、途中でそれを見失ってしまう。終盤、ライブ・エイドに向きあうことで、ようやく本来の自分となりたい自分とに折り合いがつくように見えた。当時、インド系でありゲイであるという属性は相当生き辛かった(世間的にもだけど、家族との関係がすごい大変そう・・・実際作中ではライブ・エイド直前まで会ってなかったし)だろうから、そのあたりちょっとさらっと描きすぎてないかなという気はする。とは言え、本作の主役はあくまでクイーンの楽曲と考えると、このくらいでいいかなとも思う。
 フレディ中心のストーリー運びだが、予想以上にバンド映画として楽しかった。この面子で音楽を作ることがなんて面白い(が時に苦しい)のか!という高揚感が伝わるレコーディングの様子がとても良かった。全員何か可愛いんだよね・・・。
 

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ワーナーミュージック・ジャパン
2004-11-17


『ポップ・アイ』

 バンコクで暮らす中年男タナー(タネート・ワラークンウクロ)はかつては有名建築家だったが、今では会社に居場所がなく、妻との関係も冷え切っていた。ある日、少年時代に飼っていた象ポパイ(ボン)を見かけたタナーは、思わず買い取って家に連れ帰る。しかし妻は激怒、仕事にも嫌気がさしたタナーは、ポパイを連れて田舎の故郷を目指す。監督・脚本はカーステン・タン。
 色合いがとても気持ちよく、なんだか懐かしい味わい。特に水色の色味が少々黄味がかっていて、レトロな印刷物的な風合いがある。象とおじさんという組み合わせも味わいがあって、ぱっと見てなんだか気になるルックの作品だった。ストーリー構成は少々ユルいが許せてしまう。
 異種間ブロマンスとでも言いたくなるロードムービー。エンドロールのキャスト名の一番最初に象の名前がくるのも頷ける、象のポパイの存在感が抜群だった。象の内面は人間にはわからないが、タナーへの優しさが行動に滲んでいるように見えるのだ。背中にタナーがよじ登ろうとするのを辛抱強く待ってくれる姿はユーモラスでもある。「家畜」としてすごく訓練されているということでもあるわけだけど。
 ポパイだけではなく、タナーもまた優しい。レストランでのゲイの娼婦に対する態度とか、ホームレス男性に対する声のかけ方とか、年齢の割に偏見が薄くフラットなのではないだろうか。ただ、彼の優しさは今一つ実を結ばない。結果として間の悪さに繋がってしまうというのがほろ苦かった。でも、周囲の人たちが何だかんだで優しいのは、彼の優しさに誘発されるからのように思える。「旅は道連れ、世は情け」という本作のキャッチコピーは、正に!という感じ。
 ちなみにタナーが30年前に設計して一世を風靡した高層ビルが、いよいよ取り壊されるという設定なのだが、高層ビルの寿命が30年て短くない?タイでは普通なのかな?

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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2016-01-20


光りの墓/世紀の光 Blu-ray
ジェンジラー・ポンパット・ワイドナー
紀伊國屋書店
2017-02-25


『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』

 端正な風貌と冷静沈着なプレイスタイルから、「氷の男」と呼ばれたテニスプレイヤーのビヨン・ボルグ(スベリグ・グドナソン)。20歳でウィンブルドン選手権で初優勝し、以来4連覇という偉業を成し遂げた。前人未到の5連覇に挑む彼の前に立ちはだかるのは、アメリカのジョン・マッケンロー(シャイア・ラブーフ)。苛立ちや怒りを隠さず審判に噛みつき悪態をつく彼は「悪童」と揶揄されていた。1980年のウィンブルドン選手権でついに2人は対戦する。監督はヤヌス・メッツ。
 テニス全般に非常に疎い私でも、クライマックスである決勝戦には手に汗握った。実際にあった話でどういう試合結果になるのかはわかっているのに、息をつかせぬ緊張感が続く。ボルグとマッケンローの集中と高揚がビシビシ伝わるのだ。試合シーンの見せ方はとても上手いのではないかと思う。主演2人のプレー演技の良さもあるけど、撮影・編集が冴えていた(当時のスポーツ中継ぽいレトロ感もありつつ現代的なシャープさがある)ように思う。
 少年時代のボルグの振る舞いと、マッケンローの今現在の振る舞いが似通っているところが面白い。氷と炎という対称的な存在と見なされている2人だが、資質としては近いものがあるのではと思わせるのだ。選手としてのボルグは佇まいもプレースタイルも非常に冷静でコントロールされている。しかしテニスを始めた少年時代は癇癪持ちでラフプレーも目立ち、怒りや悔しさのコントロールが出来ていなかった。その怒りや苛立ちを発散する様は、マッケンローとよく似ているのだ。少年時代のマッケンローはむしろ大人しそうな少年で得意科目は数学というあたりが意外。少年時代のボルグとはこれまた対称的で、2人が入れ替わったような不思議さがあった。ボルグは極端にルール決めした生活で、マッケンローは罵倒や毒舌で極度のプレッシャーと闘っていることがわかってくる。
 ボルグのファインプレーに感化されるようにマッケンローもファインプレーを見せていくが、作中、2人が決勝戦前に交流するシーンは一切ない。決勝戦の途中でボルグがマッケンローに言葉をかけるが、これが引き金になったというよりも、良いプレーが良いプレーを誘発していく、スポ根漫画のお約束である対戦によって語り合う感に満ちていてぐっときた。ある域に達した人にしかわからないプレッシャーや喜びが2人の間で共感を生んでいると思える。エンドロール前の「その後」のエピソードで更にぐっとくる。強敵(ライバル)と書いて友と呼ぶ、を地で行くような話。


ウィンブルドン (創元推理文庫)
ラッセル・ブラッドン
東京創元社
2014-10-31


『ぼくの名前はズッキーニ』

 母親が死亡し、施設に入ることになった9歳のズッキーニ(カスパール・シュラター)。施設にはリーダー格でちょっと意地悪なシモン(ポーラン・ジャワー)を始め、それぞれ異なる事情を持つ子どもたちが集まっていた。ズッキーニは新たに入居してきた少女カミーユ(シクスティーヌ・ミュラ)に一目惚れする。監督はクロード・バラス。
 丁寧に作られたストップモーションアニメで、単なる可愛らしさからちょっとはみ出すキャラクターのデザインが、決して甘くない物語とマッチしている。冒頭、ズッキーニの母親の死に方がいきなりヘビーなのだ。ズッキーニが背負っているものがあまりに重い。しかしそこを取り立ててクローズアップするわけではない。ズッキーニ以外の子どもたちも、親に健康上の問題があったり、子供に性的暴力を振るったり、犯罪者であったり、不法入国者として強制送還されたり(これは正に現代の話だなと実感した)とそれぞれに問題を抱えている。親の難点がかなりシビアでぼかさず言語化されるが、彼らに対しても、そこを深堀するわけではない。一貫して退いた目線がある。この施設に入所している、という点では子どもたちは皆同じなのだ。
 子どもたちの保護者には色々と問題があり、彼らを守る存在になり得ていない。しかし一方で、子どもたちを大人として支えようとする人たちもいる。ズッキーニを施設に連れてきた警官は、その後も度々、彼との面談に訪れ、遊びに連れ出したりもする。警官にも息子がいるが、家を出て断絶状態だ。彼とズッキーニは家族に見捨てられた者同士とも言える。また、施設の職員たちも子どもたちの為に尽力していることがよくわかる。ステレオタイプ的な「施設のいじわるな大人」ではない。ベタベタした優しさではないし、実の親の代わりにはなれない、それでもプロとしての愛と責任感を持って子どもたちと接しているのだ。雪山のロッジでの「クラブ」の光景にはちょっとぐっときてしまった。子どもたちを教える、育てるだけでなく、ちゃんと生活を楽しませようとしているんだなと。
 施設はやがて出ていく場所だが、いつ、どのような形で出ていけるのかはわからない。望んでいた形では出られない、あるいは大人になるまで出られない子もいるかもしれない。楽観視はさせないながらも、それでも人生には可能性があり、あなたは一人ではないと思わせるラストのさじ加減に誠実さを感じた。

冬の小鳥 [DVD]
キム・セロン
紀伊國屋書店
2011-06-25


小鳥はいつ歌をうたう (Modern & Classic)
ドミニク・メナール
河出書房新社
2006-01-11



『ポリーナ 私を踊る』

 ロシア人少女ポリーナ(アナスティア・シェフツォワ)は厳格な恩師ボジンスキー(アレクセイ・グシュコフ)の元でバレエを学び、ボリショイバレエ団への入団を果たす。しかしコンテンポラリーダンスと出会い、ボリショイでのキャリアを捨てフランスのダンスカンパニーへ入団するが、自分の踊りに行き詰まりを感じ始める。原作はバスティアン・ビベスのグラフィックノベル。監督はバレリー・ミュラー&アンジェラン・プレルジョカージュ。
 ポリーナは何かと行動が速い(悩む部分を省略した演出でもあるわけだが)。踊りの方向性を変えるのも、パリやアントワープへ拠点を移すのも、特に貯金があるわけでもなさそうだし、誰かに相談したわけでもなさそう。それでも自分にとってきっとこれが必要だからやる、という感じで、決して人嫌いではなさそうだが、自分の中で完結する思考方法の人に見える。特にダンスの場合、(素人考えだが)自分自身と向き合わざるを得ない内容だろうから、他人に相談してどうこうなるものでもないのかなと思った。パリへ向かう際、娘がボリショイでプリマになることを夢見ていた母は泣く。また、アントワープで彼女と会った父親は、バーでバイトをする為に来たのかと彼女をなじる。ポリーナは反論はするが、強くぶつかり合うことはない。自分がやろうと思ってやったことだから、今更ぶつかり合う必要もないのだろう。両親と仲が悪いわけではない(むしろ良さそうだ)が、両親とは言え自分の領域に立ち入るべきではないという態度がはっきりしていた。これはその時々の恋人に対しても同様で、休みだしもうちょっとベットにいようと引き留められてもレッスンしたいからとさっさと出かける姿が印象に残った。こういう時に揺れない人なんだなと。
 彼女は基本的に自分本位で行動するが、そうであっても自分のダンスがどのようなものなのか、何が向いているのかは掴みきれずにいる。古典を踊っても何かが足りず、かといって古典からはみ出すほど個性が強いという感じでもない。一方、コンテンポラリーの師であるリリア(ジュリエット・ビノシュ)から見ると「古典向き」。そもそも、ポリーナがダンサーとしてどの程度傑出しているのか、才能があるのか、いまひとつはっきりとしない描き方なのだ。いわゆる天才の話ではない。天才ではないから、もがくしかない。自分のスタイルが掴みきれないからこそ、次のスタイル、次のスタイルへと模索していくのだ。じっと考えるのではなく、移動しつつ動きつつ考えている感じが、ダンサーっぽいなと思った。まず身体ありきなのだ。
 ポリーナは最後にあるスタイルを掴むが、その元となるイメージが子供の頃見た幻影のようなものである所が面白い。そこから更に、最初の師であるボジンスキーと向き合う。彼女にとってのボジンスキーはそういう存在なんだなと腑に落ちた。原風景に立ち返ることが、自分の核を掴むことに繋がるのだ。

ポリーナ (ShoPro Books)
バスティアン・ヴィヴェス
小学館集英社プロダクション
2014-02-05




『僕のワンダフル・ライフ』

 ゴールデン・レトリバーの子犬ベイリーは、自分を助けてくれた少年イーサンと固い絆で結ばれていた。やがてイーサンは成長し、ベイリーとはなかなか会えなくなる。ベイリーは寿命を終えるが、イーサンに会いたい一心で生まれ変わりを繰り返すようになる。原作はW・ブルース・キャメロンの小説。監督はラッセ・ハルストレム。
 犬の輪廻転生ってスピリチュアル系にしても大分うさんくさいなー大丈夫かなーと思っていたが、手堅くまとめており老若男女、子供連れでも大丈夫そう。さして犬好きでない私も面白く見た。犬視点のモノローグで話が進むのは一歩間違うとあざとすぎ、人間化しすぎで下品になりそうだが、ぎりぎりのラインで踏みとどまっている。また、冒頭でいきなり「犬生」が一回終了し、あっ野良犬に生まれるってそういうことなんだ・・・とシビアさをさらっと見せてくる。このあたりのさじ加減が上手い。ハルストレムは大概手堅い作品を撮るが、職人気質なのかな。1960年代~現代という時代の動きがそれとなく感じられるあたりも、目配りがきいており手堅い印象だった。
 シビアという面では、人間たちの人生も実はそこそこシビアである。ベイリーはイーサンが大好きなので、ベイリーの目を通して見たイーサンはいつも輝いているように見える。が、ベイリーには理解できなくても、人間である観客の目から見ると不穏な気配が見え隠れする。ベイリーの父親は仕事に不満があり、徐々に酒が手放せなくなってくるのだ。ベイリーや母親への接し方も、特にひやりとするものがある。その顛末は予想通りだが、さらにやりきれない出来事も起きる。結構容赦ないのだ。
 また、転生したベイリーの飼い主になる警官(これは警察犬としてのつきあいなのでペットとは違うが)や黒人女性のエピソードも、犬と人間の関係にぐっとくるもの。それぞれが1本の映画になりそうなのだ。私は動物を飼ったことはないが、犬を飼っている(いた)人ならよりぐっとくるし人間側に共感するんではないかなと思う。
ただ、イーサンとの存在がベイリーにとって特別すぎて、他の飼い主がちょっとかわいそうでもある。どうしても二番手ないしはそれ以下の存在に見えちゃう。まあ愛は平等ではないものなんでしょうが・・・。特に警官とのエピソードなどなかなか渋くて良かったので、勿体ない。

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松竹
2010-01-27


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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2016-11-25

『ポルト』

 ポルトガル第2の都市ポルト。26歳のアメリカ人ジェイク(アントン・イェルチェン)とフランスから留学にきた32歳のマティ(ルシー・ルカース)は、考古学調査の現場でお互いを見かける。たまたま再開した2人は一夜の関係を結ぶ。監督はゲイブ・クリンガー。
 時系列はバラバラ、というよりもやや逆回転に近い構成で、2人の出会いへとさかのぼる。冒頭、マティにつきまとうジェイクの必死さと不穏さに、この2人の間に一体何が?とハラハラする。随所で挿入されるレストランのシーン、また後日そのレストランを個別に眺めるシーンからは、2人それぞれにとってそれなりにこの出会いは特別だったと察せられるのになぜ?と。
 見ているうちに、そもそも関係が破綻するほどの「何か」などなかったのではないかなと思えてきた。確かに2人の間に特別な出来事はあったが、それはあくまで劇的な瞬間があったにすぎず、後々まで継続するようなものではなかったのではないか。おそらくマティはそれに気付くが、ジェイクは気付かない。出会いのインパクトにずっと引きずられているのだ。そこを掘っても多分もう何も出ないよ、と言いたくなるが、特別な瞬間を味わってしまうとそうは思えないし思いたくないんだろうなぁ。
 人恋しさ、孤独さは人間の判断力を鈍らせるなと、見ていて辛くなる。ジェイクの寂しさはおそらく、マティのものよりもよりせっぱつまっているのだ。とは言え、あんな付きまとい方されたら、多少好意があっても怖くてもう会いたくなくなるよな・・・。ちょっと洒落にならない感じがした。
 全体としては良くできた学生の自主映画みたいな手作り感あふれる雰囲気で、初々しい。2人の関係をこのように描けた(臆面もなく一晩のアバンチュールって、最近なかなか見ないなと)のも、若さ故という気もする。

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2015-12-02

コロンブス永遠の海 / わが幼少時代のポルト [DVD]
リカルド・トレパ
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2012-02-24


『僕とカミンスキーの旅』

 売れない美術評論家ゼバスティアン(ダニエル・ブリュール)は一山当てようと、スイスの山村で隠遁生活を送る伝説的画家マヌエル・カミンスキー(イェスパー・クリステンセン)を訪問する。カミンスキーは視力を失いつつ製作を続けたことで、1960年代に「盲目の画家」としてスターダムになったのだ。スキャンダルを掴もうと画策するゼバスティアンだが、カミンスキーに振り回されていく。監督はボルフガング・ベッカー。
 冒頭、実際の当時のニュース映像や実在のアーティストの映像を取り入れた疑似ドキュメンタリーパートの出来が良くて、そのもっともさに笑ってしまった。カミンスキーのやっていること、立ち居振る舞いが見るからに「あの時代のアーティスト」然としている。彼は才気あふれるアーティストだが、同時にいかにもアーティストぽい振る舞いによる自己演出で、より自分の伝説化を図っていたきらいもある。ゼバスティアンは彼が当時失明しつつあったというのも演技ではないかと疑い、「大ネタ」を掴もうと企んでいるのだ。
 高齢になったカミンスキーは、物忘れは激しく少々痴呆も始まっているのか、最初は偏屈なおじいちゃんといった雰囲気だ。気にするのは食事と昼寝の時間と、娘の目を盗んでの喫煙。ゼバスティアンは彼をかつての恋人に会わせて自作のネタにしようとするが、マイペースなカミンスキーに妨害されてばかり。珍道中ロードムービー的な側面を見せてくる(からっけつのはずのゼバスティアンがどんどん身銭を切らなければならないので見ていてヒヤヒヤした・・・)。
 しかし、徐々にカミンスキーが芸術、絵画やその制作について言及するようになる。芸術に人生を賭けた人としての矜持や腹のくくり方が垣間見えるのだ。そういう時に限ってゼバスティアンは彼の話をよく聞いておらず、女性関係等スキャンダラスな話題ばかり引き出そうとしているのが皮肉だ。彼が批評の対象として取り上げてきた芸術家としてのカミンスキーが目の前にいるのに、批評の本来の趣旨ではないはずの「おまけ」的話題の方にばかり目がいってしまい、見るべきものを見逃してしまう残念さ。それは、批評家ではなくスクープ屋の仕事だよ・・・。
 なお、エンドロールの名画パロディ風アニメーションがとても楽しい。本編はちょっと長すぎでダレるのだが。

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