3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ブリグズビー・ベア』

 外の世界は大気が毒されていると教えられ、シェルターの中のみで育った25歳のジェームズ(カイル・ムーニー)。彼の最大の楽しみは毎週届く教育番組『ブリグズビー・ベア』を見ること。ある日、シェルターに警察がやってきて両親は逮捕される。彼らは赤ん坊のジェームズを誘拐し今まで育ててきた犯人だったのだ。実の両親の元に返され「外の世界」で暮らすことになったジェームズだが。監督はデイブ・マッカリー。
 ジェームズが愛する『ブリグズビー・ベア』は、実は誘拐犯であり偽の父親であるテッド(マーク・ハミル)が彼の為だけに作った番組。その番組がジェームズの行動指針であり心の支えであるというのは、かなり危うい所がある。ジェームズとの心情的な関係がどのようなものであれ、テッドがやったことは犯罪でジェームズの本来の人生、彼の実の家族の人生を破壊することだった。ジェームズがブリグズビー・ベアに拘る様は、彼の実の両親には非常に残酷だし傷つくことだろう。
 とは言え、本作はこの倫理的なラインをぎりぎりでクリアしているように思う。実の両親はジェームズに対して一見無理解に見えるが、これは仕方ないこと(何しろ20数年会ってない)だし、彼らがジェームズとの間の溝を埋めようと一生懸命だと描写されている。またテッドはユニークな人物ではあるが、彼を過剰に擁護するような視点はない。何より、ブリグズビー・ベアに対するジェームズの情熱は彼のクリエイティビティの爆発を促し、彼と周囲の人たちとをつなげるものになっていくのだ。テッドが生み出したブリグズビー・ベアが、ジェームズを外の世界に導き実の家族との絆を育てるものになるというのは皮肉でもあるのだが、創作物の不思議ってこういう所にあるんだろうなとも思わせるのだ。
 ジェームズの初めての友達になる少年(妹の同級生)はスター・トレックのファンで映像制作をかじっているのだが、彼のブリグズビー・ベアへの食いつきが良すぎて笑ってしまった。スター・トレックファンはやっぱり宇宙探索ものが好きなのかなとかシリーズ数、話数に拘るのかー等、ジェームズとのやりとりはオタク同士の幸せな会話という感じ。この2人がエンジンとなったチープな映画作りが本当に楽しそうで、『僕らのミライへ逆回転』(ミシェル・ゴンドリー監督)を思い出した。映画を一緒に作ることで何かを取り戻す、新しい何かが生まれていくという所が共通しており、そこにぐっとくる。ジェームズは最終的に、映画を作る、それを人前で披露する(これがすごく大事なのではないかと思う)ことで自分と自分のこれまでの歴史にふんぎりをつけるのだ。ラスト、ブリグズビーベアがどうなったかという所はとても象徴的。

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『ファントム・スレッド』

 1950年代ロンドン。著名なオートクチュールの仕立て屋レイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)は、若いウェイトレス・アルマ(ビッキー・クリープス)を見初めて自身のハウスにモデルとして招き入れる。ハウスはレイノルズの美学、生活様式に合わせて、姉シリル(レスリー・マンビル)が厳密に取り仕切っていた。しかしアルマがハウスで暮らすようになり、レイノルズの整然とした生活は変化していく。監督・脚本はポール・トーマス・アンダーソン。
 映像もジョニー・グリーンウッドの音楽もとてもエレガントで、往年の名画のようなルックス(タイトルクレジットなどもろにそうだ)。車中のショットも昔の映画の、車窓の外の風景だけが流れていくスタイルを彷彿とさせる。しかし、男女の関係が少々ありきたりで、特に「衝撃」というほどの展開とは思えない。あえてオールドスタイルを狙ったというのならわかるが、そういうわけでもなさそうだしな・・・。ポール・トーマス・アンダーソン監督作としてはいまひとつパンチが弱い。
 アルマのような女性が、これまで何人もいたことは冒頭で示唆される。そしてレイノルズがどの女性のことも愛さなかった、少なくとも彼女たちが望むような形では愛さなかったことも。彼女らとアルマの違いは何だったのか。アルマが結構我が強い、自分がやりたいことをやろうとする人だということは、序盤から何となくわかる。私はこう思う、という意思表示がそれとなくされている(レイノルズはそれにイラつくわけだが)のだ。レイノルズのゲームをアルマが乗っ取っていく、自分のゲームにレイノルズを乗せていくようにも見えた。レイノルズの幼児退行的な傾向は、時代に取り残されていると彼が無意識に感じていく様と平行している。もう外の世界を捨ててしまえばいいという、支配される楽さに気付いてしまったようにも。
 中盤、レイノルズとアルマが初めて共犯関係を結ぶと言ってもいいエピソードがあるのだが、私にはとても醜悪なものに見えた。レイノルズは自分のドレスの処遇に怒るわけだが、そこをなんとかするのがドレスメイカーの矜持なのでは・・・。冒頭に登場する顧客に対しては、それができていた(彼のドレスを着ると自分に自信が出ると言う)のに。彼はむしろ自分の作品が敗北したと考えるべきなのでは。

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『フェイ・グリム』

 ハル・ハートリー復活祭にて鑑賞。夫ヘンリー(トーマス・ジェイ・ライアン)が行方不明となって7年。フェイ(パーカー・ポージー)はシングルマザーとして息子ネッドと暮らしていた。フェイの弟サイモン(ジェームズ・アーバニアク)は、ヘンリーの逃亡を手伝った罪で未だ服役中だ。しかし突然、フェイにCIAが接触してくる。ヘンリーのノートには国家機密が隠されているというのだ。フランス政府が保持しているというそのノートを受け取る為、フェイはサイモンの釈放を条件に、CIAの指示を受けてパリに向かう。監督はハル・ハートリー。2006年作品。
 『ヘンリー・フール』3部作の2作目。『ヘンリー・フール』(1997年)を日本公開当時に見て以来、ようやく見ることができた。ハートリーが1作目を制作した当時は3部作になるなどと考えていなかったそうで、本作は『ヘンリー~』とは大分色合いが異なる。まさかの銃撃戦や格闘シーンまで登場するスパイスリラー風で、しかもアメリカからヨーロッパに飛び中近東にまで舞台が広がる。そんな話だったの?!とびっくりした。『ヘンリー~』のノートに隠された秘密の設定も結構強引、明らかに後付っぽくて、それが真相ならば『ヘンリー~』でのヘンリーの振る舞いは大分おかしい(まあおかしな人の話ではあったけど・・・)し出版したがっていた動機が謎なことになってしまう。
 とは言え、独立した映画として面白い。ちょっとすっとこどっこいなスパイ映画でコメディぽい要素も多い。話が二転三転していき、結構スピーディーで緊張感はあるのだが、各国の工作員の手腕が微妙、かつフェイが国際情勢に大分無頓着なので、コメディ感が否めないのだ。フェイのコート姿がとてもセクシーでかっこいいのだが、なぜ下着の上に直接コートなんだろう・・・。何も説明がないままなので気になってしまった。本作、画角が全て斜めなのだがその意図が不明。2006年の時点でこの演出はちょっとダサいんじゃないかという気もするが。ラストは『ヘンリー~』と被る。逃げ続ける男に尽くすのがグリム姉弟の運命なのだろうか。周囲から見たら間違っているように見えても、当人たちの間ではこれが正しいことなんだという姿勢も引き継がれている。
 なお、本作見た後に『ヘンリー・フール』を再見したのだが、『ヘンリー~』に登場した俳優たちがほぼ続投しており、しかもあの人こんな所に出ていた!という発見も。事前に意図した伏線のように見えてしまうあたり、やっぱりちゃんと続編になっている。

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『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』

 6才の少女ムーニー(ブルックリン・キンバリー・プリンス)と母親ヘイリー(ブリア・ビネイト)は、安モーテル「マジック・キャッスル」でその日暮らしをしている。ムーニーは同じようにモーテルで暮らす子どもたちと1日中遊びまわっている。モーテルの管理人ボビー(ウィレム・デフォー)はムーニーとヘイリーに時に眉をひそめつつ気に掛けていた。監督はショーン・ベイカー。
 ムーニーとヘイリーが住むモーテルは、フロリダ・ディズニーランドのすぐ側にある。ディズニーランド効果ときらきら眩しい日差しの効果で色合いは明るくパステルカラーが広がる。ぱっと見ファンタジックで正に「夢の国」のお隣という感じ。しかし冷静に考えると親子の生活は相当苦しそうだし、ヘイリーの生計の立て方は危なっかしい。ムーニーのことをすごくかわいがっているが、適切に保護し育てているのかというと、大分微妙で、かなりネグレクトに近づいているように思う。子どもたちはひっきりなしに動き回るのだが、アメリカって子供を一人で外歩きさせない国というイメージだったので、えっ子供だけでそんなに歩き回っていいの?と心配になってきた。
 子どもたち自身は自由奔放でとても楽しそうだし、子供にとってヘイリーはきれいで楽しくて素敵なお母さんなんだろうなと伝わってくるのだが、それが逆に辛い。キラキラしたものを別角度から見たらどんよりくすんでいたというような感じだ。とは言え、ヘイリーも好んでこの状況を続けているわけではなく、努力しても次の一手に届かないのだ。モーテルは本来一時的な居場所のはずなのに、出られる目途がたたない。その届かなさ、出口の見えなさが辛い。
 そんな親子を見守るのが管理人のボビー。彼がいなければ、本作はもっと陰惨な色合いになったのではないかと思う。子供に声を掛ける不審者に猛然と近づく姿は頼もしい。とは言え、ボビーもヘイリーやムーニーを具体的に助けられるわけではない。家賃の支払いが滞れば強制的に部屋を開け空けさせなければならないし、児童福祉局からヘイリーを庇えるわけでもない。あくまで管理人と入居者の関係だ。もちろんいないよりはいてくれる方が全然ましなわけだが・・・。なおボビーの仕事量がやたらと多く、機械の修理やペンキ塗りまでやっている。モーテルの管理人てそんなに忙しいの?

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『blank13』

 コージ(高橋一生)は兄ヨシユキ(斎藤工)から、13年前に失踪した父親・雅人(リリー・フランキー)が末期がんで入院しており、余命3か月だと知らされる。コージは面会に行くが父とのやりとりはぎこちなく、その後父はあっという間にこの世を去ってしまった。葬儀の参列者たちの話から、家族が知らなかった父親の姿が立ち現れる。監督は齊藤工。
 70分という長さがちょうどいい。前半と後半でがらっと雰囲気が変わる(題名が出るのは作品中盤)所や、冒頭の導入の仕方、回想シーンへの入り方など、ちょっと映画学科の学生の自主制作作品のような演出だなと思った。が、全編見ると意外とオーソドックスな撮り方をしている。特に美術がとてもしっかりとしており、衣装のヨレ方や室内の作りこみ等説得力があった。コージ一家は雅人の借金のせいで困窮しているのだが、本当にお金ない感じがにじみ出ている(家の構造はちょっと謎だったけど・・・)。ここに説得力を持たせないと、コージとヨシユキの父親に対する憎しみ、母のわだかまりがぼやけてしまうだろう。
 スタッフと出演者に恵まれた作品だと思う。高橋一生はやっぱり上手いんだなと改めて思った。父親を見舞いに行った時に顔のこわばり方や動きのぎこちなさから、父親に対して強い葛藤があること、父親を許容できないことが伝わってくる。また母・洋子役の神野三鈴がとてもいい。生活が逼迫しすぎてちょっとおかしくなっている感じにぞわっとした。
 コージもヨシユキも父親を許せないし、雅人がろくでもない父・夫だったのは確かだろう。彼らはそんな父親を切り捨てて生きてきたわけだが、わずかな良い思い出が、コージを子供時代に引き戻す。こういうのって、すっぱり切り捨てられた方が楽なんだろうけど、なかなかそう出来ないよなぁ・・・。母親の苦労をより鮮明に覚えているであろうヨシユキとは、父親への距離感が少し違う所は、目配りがきめ細かい。葬儀での洋子、コージ、ヨシユキそれぞれの振る舞いが、彼らと雅人との関係を示しているように見えた。

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『THE PROMISE 君への誓い』

 オスマン帝国の小さな村に住むアルメニア人青年ミカエル(オスカー・アイザック)は、医学学ぶためにイスタンブールの大学に入学した。親戚の家に身を寄せ都会での生活を送る中で、アメリカ人記者のクリス・マイヤーズ(クリスチャン・ベール)とそのパートナーでアルメニア人のアナ(シャルロット・ルボン)と知り合い親しくなる。第一次大戦開戦と共にトルコ人によるアルメニア人への弾圧は強まり、ミカエルたちもイスタンブールにいられなくなる。監督・脚本はテリー・ジョージ。
 最近ツイストのきいた作品ばかり見ていたからか、本作のようなストレートな作品は却って新鮮だった。王道の大河ドラマ的な味わいがある。歴史のある側面というだけではなく、現在に繋がる話なのだ。アルメニア人虐殺についてはファティ・アキン監督『消えた声が、その名を呼ぶ』にも描かれていたが、本作はほぼミカエル視点なので、なぜ迫害されるのか、虐殺に発展するのかという説明が殆どなく、心当たりがないのに一気に状況が悪化したという感じの怖さを感じた。記者のクリスの方がむしろ状況を懸念し、アナに国外への脱出を勧めたりする。元々の居住地から追い立て、列車で強制移動させる等、ユダヤ人に対するホロコーストとやっていることがほぼ同じなのもぞっとする。
 題名の「PROMISE」には、いくつもの意味が込められている。お互いパートナーがいるにもかかわらず惹かれあうミカエルとアナの、再会の約束であり、ミカエルと故郷に残した婚約者の必ず戻るという約束でもあり、何より、アルメニア人として必ず生き延びる、民族をとだえさせないという自分たちの過去と未来に対しての約束である。
 また、トルコでは「よそ者」であるアメリカ人クリスの決意にも心を打たれた。トルコ人によるアルメニア人虐殺の記事を書き続けるクリスは、軍に捕えられる。自分の記事が間違いだったと署名すれば命は助けると言われるが、彼は署名を拒む。「署名したら記者としての未来がなくなる」と言う彼に、殺されたらそもそも未来がないと友人は呆れるが、もし記事が間違いだと発表してしまったら、彼が記事に書いたアルメニア人たちはいなかったことにされてしまう。生き延びたとしても彼が今後書いた記事は信用されないし、ひいては志を同じくするジャーナリストたちがどのように見られるかというこのにも関わってくる。職責に対しての約束なのだ。

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消えた声が、その名を呼ぶ [DVD]
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『ブレードランナー2049』

 2022年、アメリカ西海岸で大規模な停電が起きたのをきっかけに、世界中で食物・エネルギー供給が混乱し、多くのデータが失われ危機的状況になった。2025年、実業家ウォレス(ジャレッド・レト)が遺伝子組み換え食品を開発し、食料供給は安定していく。更に2049年、タイレル社を買収したウォレスはより従順な最新型レプリカントを量産し、レプリカントの寿命の制限もなくなっていた。ロス市警の「ブレードランナー」K(ライアン・ゴスリング)は初期モデルのレプリカントを捕獲していたが、捜査の中でレプリカントの変化に気付く。監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ。
 前作の30年後を舞台とした正式な続編で、リドリー・スコットが製作総指揮をしている。私は『ブレードランナー』自体にはさほど思い入れはないが、それでも本作は面白かった。2時間43分という長尺だが、あまり長さを感じない。特にビジュアル面は素晴らしいと思う。ビジュアルのコンセプトは引き継ぎつつも、人類確実に衰退しているな・・・という斜陽感がそこかしこに感じられる空疎さがいい。都市部も、一見華やかだが前作にあったような猥雑な活気は感じられないし、街の様相もそこに住む人たちものっぺりとした印象だ(前作の方が様々な人がいる感はあった)。都市を囲む巨大なゴミ捨てエリアなど、ゴミを処理して環境保全をしようという意欲、環境保全出来るという見込み自体が最早ないんだなと察せられるもの。そもそも富裕層は既に地球を離脱している世界なのた。
 そんな世界の中で、Kは、30年前に失踪したデッカード(ファリソン・フォード)を探す。それはKにとって、任務として以上の重要な意味合いを持ったものになっていくのだ。Kが探し求めるのは自分が何者なのかという答えだ。レプリカントである彼は「製品」として作られ、「何者」かとしては扱われない。しかし彼の中には、大量生産品ではない個でありたいという願望が芽生えていく。Kとホログラフィーのジョイ(アナ・デ・アルマス)との恋愛めいたやりとりがどこか痛ましいのは、それが恋愛のまねごとにすぎないからだろう。恋愛は、少なくとも当事者間では特別な存在になれる、手っ取り早い方法だ。とは言え、レプリカントであるKは愛は持たない存在として作られているし、ジョイはユーザーが喜ぶように振舞うことをプログラムされたAIだ。ジョイがKを特別だと言うのは、そう振舞うようにプログラムされているからにすぎない。しかし彼らのやりとりは模倣だとしても真に迫ったもので、それは最早本物と見分けがつかない、限りなく近いものではないか。
 Kは自分を唯一無二の存在(特別な能力があるとか傑出しているとかでなく、取り換えのきかない個人であるということ)とするもの、個としての存在を裏付けする物を求めてやまない。ある望みを絶たれてもKが前進し続けるのは、誰のものでもない自分だけの記憶を上書きしていく為だろう。誰かに保証されたものでなくても、彼はそこでようやく「特別」なものとなるのだ。

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青白い炎 (岩波文庫)
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『ブルーム・オブ・イエスタデイ』

 ナチス戦犯の祖父を持ち、その事実と向き合う為にホロコースト研究に打ち込んできた研究者のトト(ラース・アイディンガー)の元に、インターンのザジ(アデル・エネル)がやってくる。ザジの祖母はホロコーストの犠牲になったユダヤ人で、その無念を晴らすために研究に打ち込んでいた。全く逆の方向からながらも同じ目的を持つ2人は、アウシュビッツ会議実現の為に奔走する。監督はクリス・クラウス。
 トトもザジも少々エキセントリックで、感情のふり幅が大きい。2人のテンションは見ていてちょっとしんどかった。感情の内圧が強いのではなく、全部外に出ていくタイプの人が自分は苦手なんだな・・・。映画としては面白いけど、体力のある時に見ればよかったかも。特にトトの(おそらく祖父がしたことへの罪悪感からくる)融通のきかない潔癖さや激高しやすさには、研究も大事だけどカウンセリング受けて!アンガーマネジメント大事よ!と言いたくなる。ザジもザジで、処方された薬はちゃんと飲んで!と言いたくなるんだけど。
 トトとザジはかつての加害者と被害者の子孫だが、2人のぶつかり合いはそこに根差すものではなく、例えばトトの頑固さや短気さであったり、ザジのとっぴょうしもない行動やトトからしたらポジティブすぎる発想からであったりする。歴史的な背景は、2人とも自分なりに飲み込んでいるように見えるのだ。しかし、彼らが研究にのめり込みすぎて実生活が時に破綻しそうに見えるのは、やはり歴史が彼らに課したものが重すぎるからでもあるだろう。
 また、祖父母の代の話だからそこそこ平静に振舞えるのであって、自分とより直結するような、距離感の近い話になっても平静に振舞えるだろうか。歴史と個人の背景の書き割りではなく直結しているんだということを突き付けられるようでもあった。いきなり他人事ではなくなる衝撃のようなものがある。
 トトとザジは強く惹かれあうようになるのだが、トトの舞い上がりっぷりはちょっとどうかなと思った。そもそも、祖父母の事情以前に、研究者が自分が担当しているインターンに手を出すというのはまずいのでは・・・。また、セックスの成功と相互理解をトトはいっしょくたにしているきらいがあり、そこも気になった。そういう所だけ楽天的なのかと。

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『ブレンダンとケルズの秘密』

 9世紀のアイルランド。バイキングの襲来を恐れる修道院長は、修道院の周囲に高い壁を築いていた。そこに、優れた写本士として高名な僧エイダン(ミック・ライリー)が逃げ込んでくる。院長の甥である少年僧ブレンダン(エバン・マクガイア)は、エイダンが持つ「ケルズの書」に興味津々で、彼を手伝おうとする。インクの材料の木の実を取に、危険だからと禁じられていた森に入るが、そこで精霊アシュリン(クリステン・ムーニー)に出会う。監督はトム・ムーア。
 『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』のムーア監督の長編デビュー作。『ソング~』と比べるとストーリーの運び方が少々荒っぽく、話の焦点が絞り切れていない。キャラクターデザインも、『ソング~』の方がより洗練されているように思う。本作は、キャラクターの動きがちょっとカートゥーン寄りで、他の部分と少々ミスマッチを起こしているように思った。
 しかし、美術面はとてもユニークで美しい。「ケルズの書」の文様をそのまま動かせないかという試みをしているのだが、よくまあこれを動かそうと思ったな!と唸った。他の部分でもケルト文様が多用されており、あらゆるところがうごめいているような印象を受ける。ブレンダンには絵の才能があり、様々な文様を幻視するのだが、世界は図像で満ちており、それを見る目を持った人が「ケルズの書」のような作品を残したのではないかと思えてくる。ブレンダンが闇のものと闘う際に白墨で線を引き、図像を描く。良く見ること、それを記すことが闇を払うことになるのだ。
 ケルズの書は福音書で、ブレンダンたちは修道士だ。にもかかわらず、意外なほど神の名が出てこないし、宗教色も薄いように思った(宗教色については、クリスチャンが見るとまた違うのかもしれない)。ブレンダンを助けるのは、彼の信仰対象の神ではなく、おそらくキリスト教にとっては異教であろう土着の存在たちだ。この2つが両立しているように見えるところが、とても面白かった。ブレンダンにとっての祈りは描く行為そのものなのかもしれない。

ソング・オブ・ザ・シー 海のうた [Blu-ray]
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2017-04-05


ケルズの書
バーナード ミーハン
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『ブラザーズ・クエイの世界 Fプログラム 21世紀のクエイ兄弟』

 特集上映『ブラザーズ・クエイの世界』のうち、Fプログラムを鑑賞。2000年代の作品をセレクトした以下のラインナップだった。現在、渋谷区の松濤美術館で開催中の企画展「クエイ兄弟 ファントム・ミュージアム」(私は神奈川県立近代美術館葉山別館で開催した際に見た)と連携した特集上映。

『ソングス・フォー・デッド・チルドレン』(2003)
 以前のブラザーズ・クエイ特集上映で鑑賞したことがある。当時の感想はこれ。ブラザーズ・クエイ作品の中でもかなり好きな作品になる。コーラスとマリンバを多用した音楽と相まって、異様な高まりを感じる。チョークと子供の手の鬼ごっこのような円環運動等、中毒性が高い。クエイ・ブラザーズの作品て、実部を見るとわかるのだが決して人形やセットが大きいわけではない。それをさも奥行があるように見せるのは、撮影技術が高いからなんだなとよくわかる。また(本作に限ったことではないが)同じ映像を何度も反復しても手抜き感とか使い回し感が出ないところは、編集センスの良さなんだろうなぁ。やや強迫神経症的な作風との相性の良さかもしれないが。

『ファントム・ミュージアム』(2003)
 ロンドン科学博物館の医学コレクションを取り上げた作品。今回初見かと思っていたら、以前の特集上映でこれも見ていた。コレクション自体はいたって真面目なもので、過去の医療機器や人体模型等を収集したものなのだが、フェティッシュさを強く感じる。対象物自体がフェティッシュさをまとっているというよりも(そもそも大半は実用の「道具」だから)、自分の中にあるフェティシズムを喚起させられるような撮り方をされている、と言った方がいいかもしれない。ただし、女性型の人体内臓模型(人体内臓の模型で、横たわった女性の「蓋」を開けると内臓が見える)には作った人の執念というか、強いこだわりみたいなものを感じた。素朴とは言え胎児とへその緒まで再現してある。この女性型内臓模型、当時同じようなものが流行したという話をどこかで読んだことがあるのだが、何か一部の人の心に訴えるものがあるのだろうか・・・。クエイ・ブラザーズの手腕というより、対象物の強烈さが印象に残る。

『ワンダーウッド』(2013)
 題名の通り木材を使ったアニメーション。研磨された木材の質感、木目を活かしたビジュアルは、クエイ・ブラザーズ作品の中では異色かもしれない。他の作品に比べると世界観が明るくクリアというか、アクがないなと思っていたら、コム・デ・ギャルソンからの発注だったのね・・・(同名の香水の発売に合わせて制作されたらしい)。予想外のヘルシーさだったが、松ぼっくりや蓮の根のアップは少々禍々しく、朽ちて液体化するイメージも付きまとう。

『涙を流すレンズを通して』(2011)
 フィラデルフィア医師会内にある医学コレクションを取り上げた作品で、『ファントム・ミュージアム』の発展形とも言える。フェティシズムが更に加速しているが、これはコレクションの内容にもよるのかな。個々の死亡背景まで伝えられる大量の頭蓋骨や、骨外性骨形成の少年の骨格標本は、その標本の背後にある死者の物語込みで妙に人を引きつける美しさがある。それは死者の尊厳、死者との思い出を冒涜することなのかもしれないが・・・。収集した人の妄執みたいなものは、『ファントム・ミュージアム』よりも強く感じられた。同じタイプのものを大量に、というのが(それこそがコレクターということなのだろうが)何となく怖いのだ。

『正しい手:F.Hへの捧げもの』(2103)
 ある貴婦人を巡る短編。ラテン文学のマジックリアリスムのような味わい。ナレーションがついているのだが、何か原作となった小説等があるのかな?水辺を舞台に、蒸し暑さ、湿度、夜の風みたいなものに満ちている。熱気をはらんだ空気感は、クエイ・ブラザーズ作品としては珍しいかもしれない。夢の中で感じるような水の気配の再現度が高かった。自分を映し出すものとしての水=鏡と、自分を(船で)運んでいくものとしての水の存在感が大きい。




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