3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ビッレ』

 EUフィルムデーズ2020にて配信で鑑賞。1930年代、幼い少女ビッレは貧しい家庭に育つ。両親は喧嘩が絶えず、父親はすぐにお金を使ってしまい、母親はそれにいらだっていた。ラトビアを代表する作家ビスマ・ベルシェヴィツァの自伝小説を映画化した作品。監督はイナーラ・コルマネ。2018年製作。
 主演の子役が非常にうまい、というかはまっている。変に可愛すぎない所が生々しかった。そして物語としては、子供は辛いよ、であり、大人はわかってくれない、でもあるのだが、大人からしたら子供はわかってくれない、でもある。まだ社会との接点が薄い子供の世界が映し出されていく。ビッレは「パラダイス」を目指して友人らと家出をしたりもするが、基本的に一人でいる子だ。自分の頭の中の世界があり、それは友人とも両親とも分かち合うことが難しいものだ。特に両親に自分の思いを伝えられない、伝わる言葉を持たないもどかしさが感じられた。この伝わらない感じ、子供の頃にこういうことあったなとほろ苦い気分になった。
 ビッレの家庭の暮らしぶりはかなり貧しく、両親はいつも金策にきゅうきゅうとしている。原因はよくわからないのだが、両親ともにあまり世渡りの上手い人たちではなく、何かの拍子にレールから外れてしまいそうな危うさがある。特に母親は人づきあいが下手と明言されており、ビッレに対する態度も不器用。夫や子供への愛はあるが、接し方が荒っぽくなりがちだ。一方で父親もどうも頼りなく、すぐに母親を怒らせる。貧しさと機嫌の悪さが悪循環を起こしていくようで、見ていて少々辛かった。お金のなさは気持ちの余裕のなさと直結しているのだ。
 とは言え、幸福としか言いようのない瞬間も確かにある。両親と「おばさん」にお金を無心しに行った顛末の可笑しさや、友人らと「パラダイス」を目指す高揚感など。ただ、徐々に彼女の世界と両親の世界は離れていく。学校に入ったことでそれは加速していくように思った。同時に、それにつれて家庭内の状況が徐々に良くなっていく感じが面白い。子供を学校に行かせるとその分費用がかかるから大変だと思うんだけど、経済状況が良くなるような何かがあったのだろうか(作中では言及されない)。

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『his』

 田舎でひっそりと一人暮らしをしている井川迅(宮沢氷魚)。彼の前に元恋人の日比野渚(藤原季節)が幼い娘・空を連れて突然現れる。渚は妻と離婚するため親権の協議中だった。戸惑いつつ同居を始め、周囲の人たちにも受け入れられていく。しかし渚の妻・玲奈(松本若菜)は空を東京に連れ戻してしまう。監督は今泉力哉。
 脚本・演出が非常に丁寧だと思う。迅と渚はゲイのカップルなのだが、それを例外的なものではなく普通のことであり、誰の背後にもそれぞれの普通の生活があるということがちゃんと踏まえられている。迅が暮らす町は、地方の小さい町にしては地元の人たちがかなり寛容で、実際にこういうケースがあったらもっとあれこれ干渉されたり揶揄されたりするんじゃないかと思うけど…。とはいえ、あまり苦しい面ばかりを強調したくない(そこが本筋ではない)という製作側の意図なんだろうし、セクシャリティ云々よりも若い居住者が減る一方だから居住者ゲットの方が大事なんだよ!みたいな過疎化問題もありそうだなと思ったりもした。そう思わせるくらい地に足の着いた生活感のある描写だったということだろう。セクシャリティを隠さざるを得ない環境の苦しさは、会社員時代の迅の飲み会でのエピソードで十分伝わる。表面上はセクシャリティをネタにするのはアウトだという振る舞いだが、一枚めくると「ネタ」扱いで当事者がまさにこの場にいるということ自体が想定されていない。村八分よりむしろこういうマイルドな差別というシチュエーションの方が多いのではないかと思う。
 迅と渚はゲイとして世間の偏見にさらされることを恐れるが、シングルマザーとなった玲奈に対する世間の目もまた厳しい。裁判のシーンでそれが如実に現れる。子供を育てつつ仕事に励む物理的な厳しさ、精神的な厳しさをきちんと描いており、このあたりはバランスがいい。セクシャリティに限らず、世間的に設定されている「普通」に当てはまらない人に対しての風当たりの強さ、不寛容さへの批判がある。玲奈と彼女の母親の関係性の描写を入れたのが効果的(というかこういう親子関係あるよなーという辛さがすごい)だった。母は「世間」代表なのだ。
 「世間」に糾弾される玲奈を見て、渚は彼女もまた苦しんでいることに気付く。渚は迅の元からの去り方にしろ、再会の仕方にしろ、そしておそらく玲奈との関係にしろ、甘えがにじみ出ている。おそらく相手の気持ちや立場をあまり考えない人だったんだなと窺える。そんな彼が急速に大人になっていく様が清々しい。一方で迅も、渚と空と共に生きる為に踏み出す。彼の「賭け」にはぐっときたし、それに対するある人の言葉もぐっとくる。
 子役と犬の芝居が非常に良い。あと猟師役の鈴木慶一がいい味出していたのでファンの方はぜひ。
 
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『ひつじのショーン UFOフィーバー!』

 イギリスの田舎の牧場に暮らすひつじのショーンの前に、宇宙人が現れる。ルーラという名前らしいその宇宙人はUFOで遠い星からやってきたが、牧場に迷い込んでしまったようだった。ショーンはルーラをUFOに送り届けようとするが。監督はリチャード・フェラン&ウィル・ベッカー。
 条件反射的にカワイイー!と思ってしまうが、よく考えるとアードマンスタジオのキャラクターはわかりやすく記号的に可愛いデザインなわけではない。むしろちょっと不細工あったり不気味だったりする。眼かっぴらいて歯茎むき出しにして、なんて表情も頻繁にみられる。わかりやすい可愛さに落とし込まないように(特に人間と犬)配慮されており、かつそれでも動き出すと可愛く見えるという絶妙なデザイン。相当テクニックがいるよなと毎回うなる。
 ストップモーションアニメとしての精度は毎度のことながらすさまじく、特殊効果も使えるし多少は使っているのだろうが、あくまでストップモーションアニメでやるという意地と執念を感じる。どこまでを実写でやるのかという線引きみたいなものがどのへんにあるのか気になった。今回も映画ネタはちょいちょい入れられており、往年の名作SF映画のあれこれはもちろん、Xファイル音楽付きというのには笑ってしまった。1フレーズであれだ!と思い出せる音楽って強いよな。
 宇宙人のルーラはまだ小さい子供なのだが、そういえばショーンも子供という設定だったなと思いだした。ショーンとルーラがいたずらに夢中で悪ノリをしていく様は、楽しいが危なっかしい。そこに「大人」として牧羊犬(牧場主は全く大人ではない!)がダメ出しするのには、少々うざったくもほっとするのだ。子供のバックアップをするのが大人なんだよなと。また本作、いわゆる悪役として登場する人物が、悪役のままにされないところにもほっとする。彼女にある救いが訪れるシーンにはぐっときてしまった。


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『ひとよ』

 小さなタクシー会社を営む稲村家で、こはる(田中裕子)が夫を殺した。夫の暴力から子供たちを守る為と信じての犯行だった。15年後に必ず会いに来ると子供たちに告げ、こはるは逮捕される。そして15年後、長男・大樹(鈴木亮平)、次男・雄二(佐藤健)、長女・園子(松岡茉優)は事件によって人生を狂わされ、ひっそりと人生を送っていた。そんな彼らの前にこはるが帰ってくる。原作は桑原裕子。監督は白石和彌。 
 白石監督、どんどん座りがいいというか、きちんと折り目正しい映画を撮るようになってきているな。長くなりがちだった映画の尺自体もだんだんコンパクトになっているように思う(が、本作ももうちょっと短くできると思う…)。職人的な腕の良さ、手堅さを感じる。本作は殺人を犯した母と子供たちというシリアスな要素が中心にあるし、語りのトーンもシリアス。しかし、つい笑ってしまうような部分、なんだかユーモラスな部分がちょこちょことある。こっちをもっと膨らませてもよかったのになという気もした。こはるの「万引き」など元々笑いの要素として入れられているシーンだろうがその割には笑いが盛り上がらない。また、千鳥の大悟の登場の仕方など出オチに近いパーフェクトさだった。そこ、素直に笑わせてよという気分がなくもない。笑いを投げ込みつつ深刻な話をしてもいいと思うのだが。
 こはるの行為は子供たちを守りたい一心からのものだろう。これで子供たちは自由になれる、好きなことをできると彼女は信じた。しかし、子供たちにとって父親の死は決して自由をもたらすものではなく、むしろ世間の誹謗中傷や嫌がらせにさらされ、不自由なばかりだ。親の心子知らず、子の心親知らずとでも言うのか、お互いのすれ違いが苦い。とは言え、それでもお互いに大切に思う心を捨てることはできず、だからこそよい一層切ない。そもそも、本当に嫌ならこの土地を捨てていけばよかったのだ。家族を捨て食い物にするつもりだった雄二も、結局戻ってきてしまう。切り捨てることができれば
いっそ楽なのにそうできないという家族の情の厄介さ。
 出演者が皆とてもよかった。佐藤は「ちょっと賢い」かつ荒んだ雰囲気がよく出ている。ドロップキックの決まり方も抜群だった。鈴木が醸し出す不器用な生真面目さと危うさ、松浦の可愛いのか可愛くないのかよくわからない微妙なふるまいなど、兄妹3人がはまっている。そして何より田中の怪物性とでもいいたくなる存在感。普通のことをやっているはずなのにあの違和感は何なんだろうか。くどくなる直前でトーンを抑えるところがうまい。脇役も、訳ありドライバーの佐々木蔵之介の豹変ぶりと父親としての無力さにはぐっとくる。また、タクシー会社社長の丸井役の音尾琢真が本作の良心的なたたずまいで素晴らしかった。「良い人」として出来すぎなんだけど、それでもこういう「良い人」はいるに違いないと思わせるものがある。


ひとよ (集英社文庫)
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2019-09-20


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『ピータールー マンチェスターの悲劇』

 1819年、ナポレオン戦争の後、不景気が続き庶民は困窮していた。深刻化する貧困問題の改善、庶民代表の義会参加の権利を売った、マンチェスターのセント・ピーターズ・フィールド広場に6万人が集まった。しかし鎮圧の為に政府の騎馬隊が出動する。監督、脚本はマイク・リー。
 人権の為の戦いを始めた人々を描くが、カタルシスは全くない。セント・ピーダーズ・フィールドでの集会とそこでの衝突に至るまでの数年間、様々な人たちが何をしていて、どのように変化していくのかといううねりを描く群像劇。ナポレオン戦争の悲惨な戦場から始まり、かろうじて生き残った人にもまた辛い展開が待ち受けるラストへ進む。大惨事により何がどう変わったのかということもはっきりとは提示されない。
 民衆は生活も尊厳も奪われる一方であるように見える。織物工場で働くネリー(マキシン・ピーク)が、ストライキに参加したものの結局殴られ賃金も払われなかったと言うように。とは言え、誰かが声をあげ、その声がおおきくなって行かないと、そういう声がある、そういう人達がいると言うこと自体、他の階層では知られないままになってしまう。長い道のりのまだ初期の段階で、この後に続く人たちが必要なのだ。作中、集会を主催する地元の新聞社や、ロンドンや各地の記者たちマスコミが登場する。彼らはそんなに「立派」には見えないし、野次馬根性で来たような記者もいる。しかし民衆の声が広く伝わるかどうかは彼らにかかっているわけで、マスコミの必要性が見えてくる。また、弁論家のヘンリー・ハント(ロリー・キニア)は自己顕示欲が強く保身に走っているようにも見えるし、実際、口がうまい山師という印象は否めない。しかし彼の立ち回りは、とにかく自分の声を広く遠くまで届ける為のもの(なので逮捕されないように日和見も辞さない)ではあるのだ。
 国王をはじめ貴族、政治家、聖職者、軍人、商人など権力者層が登場するが、彼らの(富裕層以外の)「国民」理解は実に表層的で、血肉を持った、意思も知性もある存在としての「国民」はイメージされていない。具体的に庶民がどういう生活をしていて、どの程度の金銭や物資があれば困窮していないと言えるのかという実感がないのだ。まだ「人間らしい生活」という概念がない時代だったことが、工場経営者の言葉からありありとわかる。こういう人たちに対して基本的人権を訴えていかなければらなないわけだから、道のりは長い。また、声が届かないのは上の層だけではない。演説の言葉、報道の言葉には独自の文法があり、同じ階層であってもその文法の外にいる人には通じないこともある。婦人会に出席したネリーは議長が「何を言っているのかわからない」と何度も訴える。ハントの演説の時も彼の言葉は物理的に(遠すぎて)ネリーには届かないというのが象徴的だった。世の中を変えようという言葉はこういう人たちにも届けなくてはならないし、またその言葉を理解しない人であっても(主張の趣旨により)すくい上げるものでないとならないのだろう。
 作中、具体的な年月日や経年数にはあまり言及されないので、はたと気づくと数年経過していたりする。それでも、見ていてそんなに混乱することはなかった。控えめに見えるが、結構丁寧な演出がされている。権力者は醜悪に描かれているが、庶民が善良かと言うとそうでもない、どちらもほどほどに愚かでほどほどに知恵があるという描き方がいい。

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『ピクニック・アット・ハンギングロック』

ジョーン・リンジー著、井上里訳
 寄宿学校・アップルヤード学院の生徒たちは、ハンギングロックへピクニックへ出かけた。しかし巨礫を見に出かけた4人の少女と、彼女らとは別行動していた教師1人が行方不明になってしまう。必死の捜索が行われたものの手掛かりは得られず、事件は迷宮入りに。事件の噂は広まり、以来、学院では歯車が狂い始める。
 舞台は1900年のオーストラリア。いかにも良家の子女が通っている風の箱庭的なアップルヤード学院の世界と、だだっ広く人間を拒むような土地・風土の独特さが強いコントラストを生んでおり、不思議な雰囲気。これがたとえばヨーロッパを舞台にしていたら、全然違う雰囲気だったろう。人がいきなりいなくなっても不思議ではない、人間の入る隙がない感じなのだ。
 少女たちだけの世界は閉鎖的、箱庭的な親密さがあり、そこが魅力だと感じる人もいるだろう。箱庭は徐々に崩壊し、学院の人たちは外の世界にさらされていく。生徒からも教師からも今一つうとまれている学院長が、頻繁に亡き夫のことを思い出すのがなんだか切なかった。彼女にとっては夫といた時間こそ箱庭的な安心しているられる場所だったのではないかと。
 中心的な、美しく聡明な少女たちがいなくなったことで美しい小さな世界は終わりを迎える。崩壊のイメージもまた美しいかもしれないが、姿が美しい少女は心も美しく聡明で、見た目がぱっとしない少女は中身もぱっとせず人柄にも愛すべき部分が少ないという描写は、見た目偏重すぎて少々辟易した。なお百合の文脈で語られがちな作品だと思うが、貴族の青年マイケルと、彼の叔父の御者であるアルバートとの関係は微妙にBL感が・・・。この2人も少女たちの失踪に影響を受けるが、「崩壊」には至らず、むしろそれまでの身分や立場から自由になっていくという所が面白い。



『秘密(上、下)』

ケイト・モートン著、青木純子訳
 国民的女優のローレルは、50年前にある光景を目撃した。母が見知らぬ男性をナイフで刺殺したのだ。あれはいったい何だったのか?既に介護施設に入居し記憶もおぼつかなくなってきている母。彼女の過去には何があったのか?ローレルは過去への手がかりを探し始める。
 面白いという評判は聞いていたが、本当に面白い!続きが気になって上下巻を一気に読んでしまった。とは言え、ミステリというよりはロマンス小説的な面白さだ。2つの側面で2人の女性の対比が描かれているという構造。本作のミステリはいわゆるミステリ小説のトリック(これは結構すぐにわかっちゃう)にあるのではなく、自分の親がどのような人間なのかという謎だろう。そして、他人への憧れや思い入れ、別の人生への憧憬が生むものの計り知れなさという謎でもあるか。
 第二次大戦中をはさんだ母の過去パートと、母の謎を追うローレルの現在パートが交互に配置される。ローレルが既に壮年というところが面白い、というか親の若いころが気になってくるのは自分が年を取ってから、というところに妙な説得力があった。若いころは親は親であり、親にも青春時代、若い時代があったということがいまひとつぴんとこないんだよなと。自分もそういった通過しきってから、親が親になる前の時代を客観視できていくのかも。

秘密〈上〉 (創元推理文庫)
ケイト・モートン
東京創元社
2019-01-30






忘れられた花園〈上〉 (創元推理文庫)
ケイト・モートン
東京創元社
2017-05-21

『ビューティフル・ボーイ』

 ニック(ティモシー・シャラメ)は成績優秀でスポーツも得意、大学への進学も決まり、父デヴィッド(スティーヴ・カレル)はじめ、家族は彼の将来に期待していた。しかしニックはドラッグに手を出し、どんどんのめり込んでいく。更生施設に入っても繰り返し抜け出し、再発を繰り返す。スティーヴとニックの8年間の格闘を描く。監督はフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン。
 時系列をシャッフルすることで依存症の一進一退なこと、ドラッグを断って再発してというループを何度も何度も繰り返す、その中で本人も家族も摩耗していくが、それを乗り越えていかないとならないということがわかってくる。とはいえ、ちょっと長すぎるし、長さに対して起伏が乏しいように思った。エンドロールも、気持ちはわかるけど5分越えはちょっとなぁ・・・。全体的に間延びしている感は否めない。
 スティーヴはニックのことを心から愛しているし、ニックも父親を慕っている。仲のいい父息子ではあるのだ。しかし、スティーヴは長らく、ニックについて自分は理解していると過信しているのではないかという思いがぬぐえなかった。宣伝でうたわれるほど美しい親子愛の物語とは思えないのだ。スティーヴはニックが厭世的な文学ばかり読んでいる、それよりも外に出よう、そういう趣味は一時的なものだと言う。これにとても違和感があった。ニックはスポーツも好きだが、一方でグラムロックやグランジロック、ブコウスキー等アウトサイダー寄りの文学を愛好している。人の好みに対して一時的なものだとか、ダメ出しするとか、親子であってもずいぶん失礼なことだろう。ニックにとってそれらが一時的なものだというのはスティーヴが勝手に思っているだけであって、実際のニックのことをちゃんと見ていないのではないか。ずっとまっすぐな道を歩んできた人には、陰の中にいる人のことはわからないんだよな・・・。
 スティーヴは息子の心の「穴」について多分本当には理解できない。愛していることと理解することとは違うのだ。また、愛しているから救えるというわけでもないだろ。スティーヴはドラッグを断てないニックとのやりとりに疲労困憊し、自分には救えないと一度は投げ出してしまう。それに対して彼の妻(ニックにとっては義母)が「救えないわよ!」とばっさりと切る。家族にできるのは救うことではなくそっと支え続けることだけ。それが延々と続くから本当にしんどいんだろうけど・・・。
 ニックがどういう経緯でドラッグに手を出したのか、具体的な原因があったのかどうかは明言されない。ニックは自分の中の「穴」を埋めたくて、と言うがそれがどういうことなのか自分でもはっきりとはわからない。当然、家族にもわからない。いい家庭環境でも、家族に愛されていても、依存症になってしまうことはあるのだ。なぜやめられないのか、という部分が父親にとってずっと謎なままで、それを受け入れていくことでしか親子の関係は前進しないのだ。

ビューティフル・ボーイ (マグノリアブックス)
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オークラ出版
2019-04-03


ダブル・ファンタジー(紙ジャケット仕様)
ジョン・レノン
ユニバーサル ミュージック
2014-12-03




『ビリーブ 未来への大逆転』

 ハーバード法科大学院に入学したルース・ギンズバーグ(フェリシティ・ジョーンズ)は女性への偏見や夫マーティ(アーミー・ハマー)の闘病を乗り越えて主席で卒業。しかし女性であるルースを雇う弁護士事務所はなかった。やむなく大学教授になったルースは、ある訴訟記録を目にし、それが歴史を変える裁判になると考える。監督はミミ・レダー。
 ルースがハーバードのお茶会で入学の動機を聞かれ、「(同じく弁護士を目指す)夫の仕事を理解する為」と言う。これは皮肉でありブラックジョークなわけだが、男性達には全く通じておらずウケるのは女性だけ。お茶会も質問もアホらしいのだが、ルースの前に自分に向いているからと回答した女性を「くだらない」とまともにとりあわない。すごく失礼なのだ。そしてその失礼さに自覚がない。これは現代でもあまり変わっていない気がする。ルースの採用を断った弁護士の言い訳も、「妻たちが嫉妬するから」というんでバカバカしい!それ自分の努力の問題じゃないの?!
 とはいえ、作中では時代は確実に変わっていく様子もわかる。ルースのハーバード時代は女性学生はごくわずかだったが、教授になったルースのゼミは女性の方が多く人種も様々。大学の校風の違いは確実にあるのだろうが、世の中も変わっている。ルースの娘がからかってくる男たちを怒鳴り付け、「怒らなきゃだめよ!」と彼女に言う。ここでルースは、時代は変わった、変革的であろうとした自分も過去の時代の慣習に縛りつけられていたのだと気付く。この瞬間が実に鮮やか。そして法もまた、時代の影響を受けないわけはない。ころころ変わったら困るだろうけど、世の中の価値観が変わったのに法はずっと過去の価値観に据え置きのままというのはやはりおかしい、というのがルースの意図だろう。過去の法律が差別の歴史になっているというスピーチは正にそのことなのだ。国が変わるチャンスを与えたい、というルースの言葉が重い。
 ルースの夫、マーティの存在がすごくいい。当時の男性としては異例なくらいのフェアさと家事分担意欲と能力。料理が上手いというのもポイント高い。彼はルースの理想ややろうとしていることを深く理解し、彼女の能力を高くかっている。しかし、良き理解者である彼でも、彼女が世の中でどういう立場に立たされているのか、彼女の怒りが何に由来しているものなのか、ぴんとこない部分がある。地位と収入のある白人男性という立場からは見えないものがあるのだ。とは言え、彼は理解できなくともルースの怒り自体を尊重している。それがすごく大事なのだ。

未来を花束にして [DVD]
キャリー・マリガン
KADOKAWA / 角川書店
2017-07-28






スタンドアップ [DVD]
シャーリーズ・セロン
ワーナー・ホーム・ビデオ
2011-12-21

『ビール・ストリートの恋人たち』

 1970年代、ニューヨーク。幼馴染のティッシュ(キキ・レイン)とファニー(ステファン・ジェームス)は深く愛しあうようになり、結婚の約束をする。しかしファニーは身に覚えのない婦女暴行罪で逮捕、投獄されてしまう。ティッシュと家族たちはファニーの冤罪を晴らそうと奔走するが。原作はジェームズ・ボールドウィンの小説、監督はバリー・ジェンキンス。
 ラブストーリーとして、2人の関係、距離の描き方がすごく丁寧。何となく流れとしてキスをしてセックスをして、というのではなく、ここまで近づいても大丈夫か、触れても大丈夫かという躊躇を孕みつつ関係を勧めている。他の部分(ファニーが逮捕された経緯とか、裁判の経緯とか)は結構省略されているのだが、ティッシュとファニーの関係は省略されない。本作の主軸はあくまで2人の関係にある。ティッシュとファニーが初めてセックスする時、服を脱いだティッシュにファニーが一旦毛布を掛けてあげる所や、その後の「俺を怖がらないでくれ」という言葉が印象に残った。つまり怖がられているかもしれないという想像力、相手への配慮があるということだから。ジェンキンス監督は前作『ムーンライト』でも、2者間の関係の描き方がすごく丁寧だったし、他人に対する配慮、思いやりの表現の仕方にぐっとくるものがあった。距離感が繊細なのだ。
 2人の関係だけでなく、2人の家族との関係、家族の人となりの描き方もいい。ティッシュの家族が親密であること、お互いに理解と信頼があることがやり取りの中で自然にわかる。特に母親の立ち居振る舞いが気持ち良い。彼らはファニーのことも信頼し親身になっている。2人の関係を否定するファニーの母親姉妹への毅然とした(大分毒舌な)態度は小気味よかった。ファニーの母親は非常に信心深く、ファニーの為に出来ることは神に祈る事だけと信じている。未婚でファニーの子供を妊娠したティッシュのことは当然許さないのだが、その許せなさを彼女の弱さとして見せている。彼女の信仰は実際問題として役に立っていないのだが、そこを否定するべきではないんだろうな。
 不運な若い2人のラブストーリーだが、その不運の背景には黒人が根強く差別されている社会がある。ファニーはとある出来事で白人警官に因縁を付けられ投獄に至るが、もし彼が白人だったらこのようなことになっただろうか。また、ファニーとティッシュがアパートを探すやり取りの中でも、黒人が部屋を借りることの難しさがわかる。終盤、「自分たちが地道に働けば子供たちは自由になれる」というモノローグ(特定の登場人物の言葉ではなく、そういうことが一般的に言われてきたという文脈で)が流れる。しかし実際はそうではない。地道に働いて色々積み重ねてきたとしても、社会がそれをないものにする。そもそもフェアではないのだ。ティッシュもファニーもその家族も真面目に生きている人たちだが、彼らが困難を抱えているのは彼らのせいというわけではない。2人の父親たちはファニーを助ける金を稼ぐ為に不法な商売に手をつける。黒人が、移民が不法なことばかりする、風紀を乱すという時には、その背景に何があるのか、何が彼らをそうさせるのかということを見落としてはならないのだ。

ビール・ストリートの恋人たち
ジェイムズ・ボールドウィン
早川書房
2019-01-22


ムーンライト スタンダード・エディション [Blu-ray]
トレヴァンテ・ローズ
TCエンタテインメント
2017-09-15


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