3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』

 悪のカリスマである恋人・ジョーカーと破局したハーレイ・クイン(マーゴット・ロビー)は、町中の悪党から狙われるようになる。いわくつきのダイヤを盗んだ少女カサンドラ(エラ・ジェイ・バスコ)を巡り、街のクラブを仕切る悪党ブラックマスクことローマン・シオニス(ユアン・マクレガー)と対立することに。クラブの歌姫ブラックキャナリーことダイナ(ジャーニー・スモレット=ベル)や殺し屋のハントレスことヘレナ(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)、そしてシオニスを追い続けてきた刑事モントーヤ(ロージー・ペレス)と結託し起死回生を図るが。監督はキャシー・ヤン。
 DCの女性主人公映画というとワンダーウーマンが評判だったが、本作はワンダーウーマンに感じたひっかかり、つまり女性主人公はセクシーで美しく男性と恋愛しないとダメなのか?という点を克服している。女性が主人公のアメコミ映画を今作るならどうやるのか、ということがすごく考えられていると感じた。ハーレイ・クインといえばジョーカーの恋人で、当人も言及するように彼の為に悪の道に入り彼に尽くすというキャラクターだった。彼女の仕事は彼の為、彼女の功績は彼の功績になる。この点は男性上司に手柄を横取りされてきたモントーヤと通じるものがある。
 しかし本作では早々にハーレイ・クインとジョーカーは破局している。最初はショック状態だった彼女だが、段々彼を思い出すこともなくなり、自分の為に行動し始める。そして新たなロマンスは生まれない。異性からの愛とか、異性に対する支えとか献身とかは投げ捨てている。更に、カサンドラに対しても母性とか「女性ならでは」の動機付けではなく行きがかり上、ひいては仲間意識や友情というスタンスで接する。また、協力関係になるダイナらとも、いわゆるファミリー的な仲間意識ではなく、たまたま目的が同じ・敵が同じだから協力するというスタンスで、ミッションが終われば意外とあっさり解散で尾を引かない。関係性の中にヒエラルキーが希薄なのだ。この困ったことがあれば助け合うが基本あっさりとしている関係性が好ましいし、実際女性同士の連帯ってこういう感じだよなという手応えがある。本当に女性たちの物語なのだ。
 対して敵のシオニスは、男性同士でつるむホモソーシャルな(多分にミソジニーを含む)関係の中におり、更にマフィアの御曹司だが一族のみそっかすという父権的ヒエラルキーから抜け出せない人物。対称的なのだ。ハーレイらの魅力は、シオニスが所属しているような格付けの世界から自由であるところ、何かに所属することを拒む所にあると思う。

ハーレイ・クイン&バーズ・オブ・プレイ (ShoPro Books)
ポール・ディニ他
小学館集英社プロダクション
2020-03-12


スーサイド・スクワッド(字幕版)
アダム・ビーチ
2016-11-23


 

『初恋』

 将来有望志されているボクサーの葛城レオ(窪田正孝)は、試合で予想外のKO負けをした。病院へかつぎこまれた彼は、余命わずかと告げられ呆然とする。歌舞伎町をふらついていた彼は、男に追われる少女モニカ(小西桜子)を助けるが、彼女はヤクザに追われていた。レオはなりゆきでモニカと共にヤクザに追われることになる。監督は三池崇史。
 三池監督、久々の快作ではないだろうか。アバンの流れの良さと題名が出るタイミング、全般的なテンポの軽快さ、ブラックユーモアとアクションとバイオレンスのバランスがいい。血肉とおかしみの過剰さで見落としがちだが、手堅くオーソドックスな映画の作法を守っている監督なんだよなと再確認した。ショットのつなぎ方とか、ちょっと懐かしい「映画」(本作は東映映画なのだが、本当に東映ぽい)だ!と実感させるものがある。ちょっと古臭いのではと思われそうな演出をきちんとやっていくという、律儀な作品とも言える。
 ブラックユーモアや盛りの良いアクションが前面に出ているものの、本作はちゃんと「初恋」の話で、ど直球なボーイミーツガール。茶化さず大真面目にラブストーリーをやっており、その一方でゲラゲラ笑えるところがいいのだ。ラブストーリーといってもいわゆる恋というよりも、もうちょっと幅の広い意味合いの愛情がレオとモニカの間にあるように思えた。そもそも2人の関係は、たまたまそこに居合わせただけというものだ。しかしレオが彼女の為に何かをしようと決意し、モニカがレオに助けを求めようと決めた時、関係が動き出す。
 この人でないと絶対駄目だ、という情熱的な関係は、むしろやくざの頭・権藤(内野聖陽)とチャイニーズマフィアのタン・ロン(三元雅芸)の間にあったように見える。こいつは必ず俺が殺すというお互いへの執着はもはや恋。また、ジュリ(ベッキー)の暴走特急のような愛による復讐劇はもはや清々しい。ベッキーは本作中ベストアクト、彼女のフィルモグラフィーにおいてもベストアクトではというくらいの切れの良さだった。こんなに体の動く人だったのかという発見があってすごくうれしくなった。
 俳優が皆好演している。いまだに初々しさを失わない主演の窪田、小西(新人だそうだが役柄にすごくはまっており良い)はもちろんだが、その他も豪華。若手ヤクザ役の染谷将太の軽さ・コミカルさはもちろん、昔気質の渋いヤクザを演じる内野がちょっとしたところで見せるユーモラスさ(スマホの使い方教えてもらうところとか)もいい味が出ている。またヤクザの親分代行役の塩見三省はちょっと間が抜けているのにやたらと色気がある。あの手袋の外し方、漫画でしか見たことがないやつだよ!


ケータイ捜査官7 Blu-ray BOX
バンダイナムコアーツ
2020-01-28


『ハスラーズ』

 祖母と一緒に暮らし、生活の為にストリップクラブで働き始めたデスティニー(コンスタンス・ウー)は、店の稼ぎ頭ラモーナ(ジェニファー・ロペス)と親しくなる。ラモーナからストリッパーとしての稼ぎ方を学び、安定した稼ぎを得ることができるようになった折、2008年にリーマンショックが起きた。経済は冷え込み、クラブにも閑古鳥が鳴くようになる。ラモーナは経済危機を起こした張本人であるウォール街のエリートたちから、大金をだまし取る計画を立てる。監督はローリーン・スカファリア。
 タフでゴージャスなラモーナに導かれてデスティニーが自信をもって輝いていく様も、彼女らが疑似家族のようになっていく様もキラキラしている。ジェニファー・ロペスのかっこよさ、頼もしさと相まって見ていてエンパワメントされるという評判も納得。ただ、そのキラキラも高揚感もつかの間のものだ。
 ラモーナらは金融街の「悪どい」エリートたちから金をだまし取ろうとする。リーマショックの経緯を知らなくても彼女らが景気良くミッションをこなしていく様は爽快だ。彼らのゲームではなく自分たちのゲームに彼らを引きずり込み、勝つのだから。しかし彼女たちがやっていることは、「奪い取る」という点では彼らと同種のゲームだと言えるだろう。そして景気がまだ良い時ならともかく、獲物を選べなくなってきたら、情も倫理も切り捨ててより弱い者から奪い取っていかないと生き残れなくなってくる。彼女らが始めたゲームは結局そういうゲームなのだ。生き残る、勝ち組になる為にはそういうゲームに乗らざるを得ないという所がとても辛かった。それ以外の生き残り方ってないのだろうかと。
 ラモーナとデスティニーの友情と思いやりにはぐっとくる。それだけに、ラストはほろ苦い。「私たちは最強だった」という言葉がなんだかやりきれなかった。

ウルフ・オブ・ウォールストリート [Blu-ray]
レオナルド・ディカプリオ
パラマウント
2019-04-24


マネー・ショート 華麗なる大逆転 [Blu-ray]
クリスチャン・ベール
パラマウント
2017-02-08


『パラサイト 半地下の家族』

 全員失業中のキム一家。ある日、長男ギウ(チェ・ウシク)がIT企業CEOのパク氏(イ・ソンギョン)宅で長女の家庭教師として働くことになる。更にギウの妹ギジョン(パク・ソダム)は幼い長男の美術教師としてパク家に出入りすることに。監督はポン・ジュノ。2019年第72回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。
 先行上映で見たのだが大変面白かった!早く見てよかった!しかし先行上映場所がきらびやかな日比谷のTOHOシネマだったというのは、本作の内容を見た後では悪い冗談みたいだし、カンヌというセレブのリゾート地で開催される映画祭で最高賞を受賞するというのも皮肉。つまり、カンヌに来る人とか日比谷ミッドタウンに来て本作を見て高く評価するような層(イメージ)が踏みつけにしている層があるんだけどそんなこと気付かないんですよね、ということを描いているという皮肉があるのだ。
 パク一家はギウやギジョンに対してあからさまに下に見るような態度は慎んでいるし、対応は丁寧。しかしふとしたところで差別意識が垣間見える。ラインを相手が踏み越えそうになると、思い違いをするなよと牽制してくる。自分たちとお前たちは別の世界の人間なんだぞと。特にきつかったのが「臭い」への言及。リアルさというよりも、自分たちではあまり意識しない、変えようがない要素が染みついていて「この階層」であることの印のようにされるというのが非常に辛い。決定的な言葉を言われた瞬間の、ギテク(ソン・ガンホ)の表情の微妙な変化に凄みがあった(ソン・ガンホはやはり上手い!)。すーっと何かが抜けていく感じがするのだ。差別的な言葉を向けられるというのはそういうことで、決定的に人を損なうこともあるのだと。キム一家は無能というわけではなく、それぞれそれなりの技術があり知恵がある。しかし個々の力では這い登れない格差があり、一度貧困側に落ちてしまうと挽回するのはかなり難しい様子が垣間見える。空前の就職難という現代韓国の世相だけではなく、世界的な傾向が反映されている。作中、坂道の行き来シーンが度々挿入されるが、坂の上=富裕層から坂の下=貧困層への移動が映像イメージとして焼き付く。
 ただ、キム一家が被差別側でのみあるのかというとそうではなく、差別する対象があれば、自分たちより更に弱い存在を差別してしまう。無間地獄のようなのだ。これを絶ちきるものは何も見えない(断ち切ろうと思ったら社会の枠組みの外に出るしかない)というのが本作の最もきついところだろう。パルムドール受賞を決めた人たちが、この救いのなさをどの程度実感しているのか、ちょっと気になった。

グエムル-漢江の怪物- コレクターズ・エディション [DVD]
ソン・ガンホ
ハピネット・ピクチャーズ
2007-01-26





『パリの恋人たち』

 ジャーナリストのアベル(ルイ・ガレル)は、3年間同棲したマリアンヌ(レティシア・カスタ)から妊娠を告げられた。父親はアベルの親友ポールだという。アベルとマリアンヌは別れ、彼女はポールと結婚。3年後、ポールの告別式で2人は再会する。更にポールの妹イヴ(リリー=ローズ・デップ)がポールへの恋心を告白してくる。監督は主演も兼ねているルイ・ガレル。
 フィリップ・ガレルの息子のルイ・ガレル監督作だが、父親よりも作風は身軽でユーモラス。男女のすったもんだを描いても悲壮感がない。もはやそれは自虐ギャグなのか?という感じで男性が右往左往する様が描かれる。ナルシズムが薄いところがいい。
 アベルはマリアンヌの言うこともイヴの言うことも基本的に真に受け、よく言えば素直、悪く言えば騙されやすい。笑っちゃうくらいの人の好さなのだが、優しいと言えば優しい。結構翻弄されているのだが、マリアンヌに対してもイヴに対してもあまり怒らない。逆に彼女に対する自分の愛を再確認しちゃったりするから、基本的に善人なんだろうな…。本作、女性たちは癖が強いが悪意ある人間は基本的にいない。ちょっとやりすぎちゃったりひねくれていたりする、困った人たちだがどこか可愛げがあった。マリアンヌの行動が許せないという人はいそうだけど、個人的にはあまり責める気になれない。自分本位だか他人任せなのかわからない行動だけど、自分でもどうにもできないことってあるんじゃないかなと。
 恋のしょうもなさ、フェアではなさとユーモラスに描くが、本作の真の主人公はマリアンヌの息子ではないかと思う。こまっしゃくれた美少年で母親の恋人であるアベルに敵意を見せるが、同時に親の愛情を切実に欲している。マリアンヌはしっかりとした母親だが、万事において子供が最優先かというとそうでもない(それを普通のこととして描いている、マリアンヌを責めない描き方はとても良いと思う)所もある。少年が自分にとっての家族の形、大人との関係を掴みなおすという側面もあったのかなと、ラストシーンを見て思った。

愛の誕生[VHS]
ルー・カステル
2000-08-24


グッバイ・ゴダール! [DVD]
ルイ・ガレル
ギャガ
2020-01-08


『パピヨン』

 金庫破りのパピヨン(チャーリー・ハナム)は殺人の濡れ衣を着せられ、終身刑を言い渡される。投獄先は南米ギアナの孤島にある刑務所で、過酷な強制労働が待ち受けていた。脱獄を決意したパピヨンは、紙幣の偽造で投獄され金を持っていると噂のルイ・ドガ(ラミ・マレック)を仲間に引き入れる。刑務所内でドガを守る代りに逃走資金を提供してもらおうというのだ。やがて2人の間には奇妙な友情が生まれていく。原作はアンリ・シャリエールの手記。監督はマイケル・ノアー。1973年に制作された脱獄映画の名作のリメイク。
 先日原作本を読んだのだが、映画は原作を大幅にアレンジしていたんだなと再認識した(リメイク元作品は見たことあるけど、記憶が大分薄れている)。ドガは原作で登場するパピヨンの囚人仲間を総合したような造形だ。映画の最後にパピヨン=リシャールと同じように投獄された男たちへの献辞が出てくるが、ドガはその男たちの代表とも言える。パピヨンとドガ、一対一の関係を長期的に描いている所が、映画の改変。これは成功しているように思う。2人の間には囚人であること以外共通項がない。最初は打算ありきの取引関係だったのが、段々本物の友情になっていく。独房への差し入れについてパピヨンが口を割らずに耐えきる、また一人で逃げることもできるのにドガを連れに戻ってしまう(同じく囚人仲間のマチュレットのことはスルーするのに)。ドガに対する振る舞いが損得抜きになっていく所に、パピヨンにとっての人間の尊厳がある。ドガとの絆を守ることは、パピヨンにとっては極めて個人的なことであり、非人間的な刑務所というシステムに対する反抗でもあるのだ。
 原作との大きな違いは、看守や署長らが一貫して非人間的で、「システム」の象徴だという所だろう。原作だと囚人に対して非人道的な振る舞いをする看守がいる一方、一定の敬意を払う所長や看守もいる。囚人同士の関係も同様だ。それが本映画だと、囚人から徹底して個人の尊厳をはく奪していく。所長たちもまた、個人としての顔の見えない存在として描かれる。パピヨンが何度も脱獄を試みるのは、殺人罪が濡れ衣であること以上に、非人間性、個人の尊厳を奪うものへの怒り故なのだとより浮き彫りになる。独房のパートが妙に長いのも、刑務所の非人道さを強調する為だろう。

パピヨン [Blu-ray]
スティーヴ・マックィーン
キングレコード
2018-07-04






パピヨン 上 (河出文庫)
アンリ・シャリエール
河出書房新社
2019-04-19

『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』

 ブルックリンでレコードショップを営むフランク(ニック・オファーマン)は店を閉めることにした。娘のサム(カーシー・クレモンズ)は医者を志しUCLAへの進学が決まっているので、いい頃あいだと考えたのだ。しかしフランクがサムを一緒にレコーディングした曲をネットにアップロードしたところ予想外に人気が出て、レコード会社からも声がかかる。かつてバンドマンだったフランクは浮かれるが。監督・脚本はブレット・ヘイリー。
 フランクはシングルファーザーとしてサムを育ててきたが、どこか子供っぽい。今ではサムの方が地に足がついて大人っぽく見える。自分たちの曲が注目されたことに対しても、ツアーはどこにいこうかなんてはしゃぐフランクに対して、サムは進学の準備に余念がない。進学を1年延ばせないかと言いだす父親に彼女がキレるのも無理はないのだ。入学は決まってるし奨学金だって受けている、何よりフランクの都合で振り回されてはたまらないだろう。彼女も心底音楽好きで、多分フランクよりも音楽の才能はあるので心が揺れないわけではない。それでも彼女が選らんだ道があるのだ。
 フランクのふるまいはなかなかイラっとさせられる所があるのだが、ぎりぎりで嫌な感じにはならない。子供っぽいが父親としての役割はちゃんと果たしてきた、親として役割を果たすため、断念しなければならないことがあると受け入れてきた様子が垣間見られるのだ。更に、彼がサムにはサムの人生があり、フランクとは別の意思をもっていること、彼女の選択を尊重しなければならないということを本当はわかっているからだろう。同じものを愛していても、2人は別の人間なのだ。
 2人が歌う歌の歌詞にもあるように「大切なものを置いて」旅に出ることは、決して悲しいことではない。これは親子の間だけではなく、サムとガールフレンドのローズとの関係において同じだろう。愛し合うことと、共にいることは必ずしも一致しない。それぞれ別の人格、別の生き方だというスタンスが一貫している。
 音楽に溢れた作品で既存楽曲の使い方も良いのだが、特にライブシーンの多幸感が素晴らしかった。クレモンズのパフォーマンスが本当にチャーミングで見ていて嬉しくなる。また、まさかトニ・コレットのカラオケを聞けるとは思わなかった(上手い!かわいい!)ので得した気分になる。

はじまりへの旅 [DVD]
ヴィゴ・モーテンセン
松竹
2017-10-04





シング・ストリート 未来へのうた [DVD]
フェルディア・ウォルシュ=ピーロ
ギャガ
2017-12-22

 

『バースデーワンダーランド』

 誕生日の前日、小学生のアカネ(松岡茉優)は母の友人・ちぃ(杏)ちゃんの雑貨店にお使いに行く。そこに突然、錬金術師のヒポクラテスと弟子のピポが現れた。彼らの世界をアカネに救ってほしいというのだ。雑貨店の地下室の扉からもう一つの世界に向かったアカネとチィは、世界に「色」を取り戻す為の冒険に旅立つ。原作は柏葉幸子『地下室からのふしぎな旅』、監督は原恵一。
 アニメーションのテクニック、動きの見せ方は流石に安定感ありきめ細やか。かわいすぎない、流行に左右されにくく普遍性ありそう、かつセクシャルさを抑制したキャラクターデザインは秀逸だと思う。日本のアニメーションだと意外とこの方向性はなかったなという気がする。異世界の風景も美しい。最近のアニメーションの背景美術は細部までリアルに描き込む表現が主流になっている印象だったが、本作はそのあたりほどほどで、適度にデフォルメし情報量をコントロールしているように思う。童画っぽい雰囲気だ。色や植物の質感等はとても美しく、眺めているだけで楽しい。
 とはいえ、脚本はいまひとつ。ストーリーを前に進めていくエンジンみたいなものが弱いのだ。主人公であるアカネがちょっと臆病で、自分から動けるキャラクターではないというのも一因だろうが、それ以上に、ストーリーテリングの下手さ、脚本の技術的な不備であるように思う。主人公が消極的でもストーリーテリングが巧みでどんどん読ませる小説・映画はいくらでもあるもんね。むしろちぃちゃんの方がいわゆる主人公的な、自分からどんどん動いていく好奇心旺盛なキャラクターなのだが、ストーリー上いまいち上手く機能していないように思った。ただ、大人の方が自由で融通がきくという見せ方は現代っぽいのかなという気もする。子供は案外頭固いし応用きかないよなと。
 現代のファンタジーというよりも、私が子供の頃に読んでいたファンタジー児童文学の世界。実際、原作小説は子供の頃に読んだ作品だ。それはそれで懐かしく楽しいのだが、今ファンタジー作品を作る上で、これでいいのかという疑問は付きまとう。当時の「ファンタジー」の異世界は大体中世ヨーロッパ風で、その世界の住民もカタカナ名前でどうも白人ぽくて、なんていう英語圏の作品の影響の強いものが多かった(翻訳ファンタジーはほぼ英米からのものだったから)。しかし現代では様々な国、人種、文化圏があることがフィクションにおいても大前提になっている。本作の異世界はやはりヨーロッパ風味が強く、出てくる人たちも西洋風でアジアンやアフリカンはいなさそう。なぜその表現を選んだか、という部分にもっと自覚的になる必要があるのではないかなと思った。ファンタジーってこんな感じだろう、という記憶と慣れで作ってしまっているという印象を受けた。
 また、農耕や素朴な商業と魔法とで成り立つ異世界と、科学によって発展したアカネたちの世界との対比が単純すぎる。アカネが、自分達の世界では星空や花々の美しさを忘れがちと言うのだが、むしろ忘れがちと言われることに驚いた。私、結構頻繁に星空や花の美しさに驚いてますよ!逆に素朴な世界だから皆幸せというわけでもないし、魔法の力は科学の力と同じような機能になりうる。そんなに対称的か?という気がするのだ。ファンタジーは現実を相対化したものだ。だから現実が複雑なら複雑であるはずだし、その複雑さに作り手も鑑賞者も耐えなければならないのではないか。


『ハンターキラー 潜航せよ』

 ロシア近海でアメリカ海軍原子力潜水艦が消息を絶った。近くでロシアの潜水艦も狙撃されたらしい。捜索に向かったジョー・グラス(ジェラルド・バトラー)率いる攻撃型原潜ハンターキラーは、現場付近に沈んでいたロシアの原潜から生存者を救出。一方、米軍特殊部隊はロシア内部の動きを探るために潜入作戦を開始するが、世界を揺るがすクーデターが起こっていると判明。ハンターキラーには絶対不可侵のロシア海域へ潜入するミッションが課せられる。原作はドン・キース&ジョージ・ウォーレスによる小説。監督はドノバン・マーシュ。
 アメリカ軍にしろロシア軍にしろ、艦長の慕われ方がすごい!人生の明暗をわけるのは人徳だ!ぶっきらぼうだが有能でリーダーシップのあるグラスに部下達、特に副艦長がデレる様が圧巻である。そりゃあジェラルド・バトラーについていけば絶対死ななさそうだし頼りがいありすぎるくらいありそうだんもんな・・・。グラスがどのように経験豊富で有能であるかということは様々なシチュエーションで示唆されるのだが、何よりもまずバトラーが演じているという点で説得力が出ている。対してロシア艦長の方は、この人は本当に部下のことを大事にし、部下から信頼されていたんだなと納得させられる良いシーンがある。ベタはベタなんだがやはりぐっとくる。上司はかくありたいものよ・・・。良き上司として徳を積んでおくといざという時命が救われるのか。アメリカとロシア、立場は違うが潜水艦乗りであるという共通項で共感・理解し合うという「ライバルと書いて友と読む」な少年漫画的要素にも燃えた。
 私は元々、飛行機内とか船・潜水艦内などの降りたら死ぬ密閉空間で展開するサスペンスが苦手なのだが、本作は楽しく見ることができた。ストーリーが潜水艦内だけでなく、特殊部隊が作戦を遂行中の地上でも展開されるので、閉そく感が薄いのだ。そして特殊部隊サイドでもひねくれ上司とちょっと頼りない新人隊員の絆が発揮される。こちらは上司のデレになかなかぐっときた。更にロシアサイドでもまさかの上司と部下の深い絆が。プロ意識のたまものではあるのだが、双方大分個人的な思い入れがありません?!と注視してしまった。

ハンターキラー 潜航せよ〔上〕 (ハヤカワ文庫NV)
ジョージ・ウォーレス
早川書房
2019-03-06






ハンターキラー 潜航せよ〔下〕 (ハヤカワ文庫NV)
ジョージ・ウォーレス
早川書房
2019-03-06

『バイス』

 1960年代半ば、酒癖が悪く大学を中退した青年ディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)は、恋人リン(エイミー・アダムス)に態度を改めないと縁を切ると迫られ、一念発起し大学を卒業、政界へ進む。下院議員ドナルド・ラムズフェルド(スティーブ・カレル)の下で働くうち、政界の裏と表を知り権力に取りつかれていく。ジョージ・W・ブッシュ大統領の副大統領として9・11後のアメリカをイラク戦争に導いたディック・チェイニーを描く。監督はアダム・マッケイ。
 非常にキレがよく人を食った作風で、マッケイ監督の腕の良さを実感した。登場する人たちは全員実在の人物、そして全員をdisりブラックユーモアで笑い飛ばす度胸の良さ。チェイニーとリンのカップルは正にマクベス夫妻(実際、シェイクスピア風セリフでやってみよう!というくだりがある)といった感じで、二人三脚で権力の階段を駆け上がる。何しろトップがボンクラ(全米公認でボンクラキャラの大統領ってすごいよな・・・これが民主主義の凄み・・・)なのでやりたい放題。マクベスみたいに人を殺さずに済むしな。イラク戦争へのかじ取りの動機がそんなことなのか!とぞっとさせられる。人間、簡単にモンスター化してしまうのだ。
 当初、頭が切れてスピーチが上手く、政治のセンスがあるのはリンの方だった。当時は女性の政治家の活躍など望めない時代だったので、リンは自分の望みをかなえる為にディックを一人前に仕立てあげるのだ。もしもうひと世代でも後に生まれていたら、リンはディックと結婚することなく自分が政治家として出馬したのではないだろうか。ディックは色々な点で運のいい人物だが、あの時代に生まれてリンと結婚できたことが最大の幸運だったのでは。夫婦2人で欲望を膨らませていく様は、おしどり夫婦と言えばおしどり夫婦。
 ディックにしろリンにしろ個人としては野心強すぎて全く好きになれないし自分の野望の為に手段は問わない卑怯さ、冷酷さを持ち合わせているが、よき夫、よき妻、よく親であると言う所が面白い。政治活動に後に娘も加わり、ファミリービジネス的になっていく。基本的に家族仲がいいのだ。同性愛者である娘を、自分の支持基盤から反感をかうとわかっていても受け入れ守っていく。妻の父親に対して家族を守るとはっきり表明するのも、親としてちゃんとしている。政治家としての顔との違いが人間の複雑さを感じさせる。とは言え、娘との関係は最後の最後で損なわれてしまうのだが・・・。ある一線を越えると政治家としての側面を選んでしまうのか。
 ナレーションが誰によるものか判明すると、「他人を食い物にする」ことをディックとリンが一貫してやってきたことがより明瞭に浮き上がる。本作に登場するのはそういう人間ばかりだ。まさにクズなのだが、彼らはクズであることを全然気にしない。ラムズフェルドじゃないけれど、理念なんて笑っちゃうぜというわけだ。

マネー・ショート 華麗なる大逆転 [DVD]
クリスチャン・ベール
パラマウント
ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ