3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『パーティーで女の子に話しかけるには』

 1977年のロンドン郊外。パンクロックを愛する少年エン(アレックス・シャープ)は、友人と一緒にパーティー会場らしき一軒家にもぐりこむ。そこで出会ったのは不思議な少女ザン(エル・ファニング)。エンはあっという間に恋に落ちるが、2人に残された時間は48時間だけだった。監督・脚本はジョン・キャメロン・ミッチェル。
 ボーイミーツガールであり未知との遭遇である。ザンは何と宇宙人なのだ。女の子に声をかけるだけでもエンのような子には相当な勇気がいるのに、更に宇宙人だなんて、二重の意味での異種間交流でまあ大変である。未知のもの・異文化の存在と交流する緊張感と戸惑いという点では、相手が女の子だろうと宇宙人だろうとそう変わりはないのかもしれない。エンとザンのやりとりはちぐはぐなのだが、互いの異文化(エンにとってはザン、ザンにとっては地球の文化)を知りたいという情熱によって一体化する瞬間がある。
 エンとザンの架け橋になるのはパンクロックだ。破壊と混沌(からの創造)を志向するパンクは、ザンたち異星人の文化とは真逆にあるもの。ザンらの社会は秩序と調和により維持されてきたが、滅びつつある。それをかき乱し、カオスの中から新たな息吹を与えるのがパンク。わかりやすい対比だが、エンとザンが一緒にステージに立った時の高揚感、何かがはじける感じは、確かに「生まれてくる」感ある。ただ、「生まれる」ことを母性と直結させちゃうのはちょっとどうかな、いまだにそれ使うの?って気はする。生まずとも次の世代を送り出すボディシーア(ニコール・キッドマン)のような存在も登場するが、これはこれで一つの母性の象徴だろうし。いい加減そこから離れた表現が見たいなとは思った。
 ともあれ、エル・ファニングの可愛らしさが異常かつ存在感が強烈で、それだけでも見る価値ありそう。脇とか首とか触らせられて、これはエンもたまらんよな!

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『HiGH&LOW THE MOVIE3 FINAL MISSION』

 スカウト集団DOUBTとの戦いに勝利したSWARDの面々だが、九龍グループとの全面抗争に突入し、各チームは次々と壊滅状態に追い込まれる。琥珀(AKIRA)らは政府と九龍グループが隠ぺいしたある事実を証明するべく、証拠集めに奔走する。監督は久保茂昭&中茎強。
 3部作完結編だが、また改めて続編をやるのかな?世界観としてはまだまだ広げる余地がありそう。こういう余白があって(脇ががばがばとも言う)色々アレンジしやすい所、見る側も色々想像しやすい(脳内補完しないとつじつまが合わない部分が多すぎるということでもあるのだが・・・)所が人気の要因の一つでもあるんだろうなぁ。
 私は本シリーズはアクション映画として楽しんでいるのだが、正直なところ、アクションの面白みのピークは2作目で本作はそれには及ばなかった。完結編ということで、色々とエピソードを回収しなくてはならないという都合上、仕方がないとは思う。相変わらずつじつま合わせが苦しく、そもそもつじつまらしいものはあまり想定されていなかったのではという気もするが。本シリーズは一貫して、ストーリーテリングはお粗末なので、ストーリーに比重がかかる構成だとどうしても粗ばかりが目についてしまう。コブラがいる場所どうしてわかったの?とか、資料ってそんなまるっと残っているものなの?とか、証言者の数乏しくない?とか、まあ言いだすときりがない。設定を乱発するが、その組み立て方は粗いというのが特徴のシリーズだったなと。一方で、今まで(本作でも)基本的に銃器が持ち込まれない世界観だったことへの理由がちゃんと説明されているあたり、妙な所には細かいんだよな・・・。
 今回は九龍の幹部たちのフルネームと担当部門がちゃんと紹介されるのだが、役者の人選の目の付け所が良い。なかなか木下ほうかは思いつかないわ!幹部は皆、佇まいにドラマ性があった。むしろこの人たち側の話の方を見たくなってくる。これは、俳優の力なんだろうなぁ。こういう部分の人選にしろ演出にしろ、やっつけ仕事にしないことで映画としての見栄えが各段によくなっていると思う。

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『劇場版 はいからさんが通る 前編 紅緒、花の17歳』

 大正時代の東京。花村紅緒(早見沙織)は親友の北小路環(瀬戸麻沙美)と共に女学校に通っていたが、花嫁修業は性に合わず、剣道の方が得意だった。ある日父親に、許嫁だという伊集院忍少尉(宮野真守)を紹介される。紅緒たちの祖父母の代に両家が決めたことだというのだ。紅緒は猛反発するが、花嫁修業の為に伊集院家で暮らすうち、徐々に少尉に心動かされていく。原作は大和和紀の同名漫画。監督は古橋一浩。
 前後編の前編だが、結構な長さの原作をよく100分足らずに収めたな!正直なところ、駆け足感は否めないのだが、原作を読んでいなくても問題ない纏め方だと思う。捻らず、真正面から映画化したという印象の作品。
 私が好きな「少女漫画」ってこういうのだったなぁと楽しく見た。「お嬢さん」の枠からはみ出るヒロインと、それを見守る(出来すぎな)王子様的存在という古典的な少女漫画の王道である本作だが、男女の関係は意外と現代的というか、フラットなものだ。少尉も紅緒も、好意があるにしろ反感をもつにしろ、相手を一個人として尊重している。恋愛においても、まずは尊重・敬意があって、そこに安心感があるのだ。
 また異性間だけでなく、同性同士であっても、階級の異なる同士であっても、お互いを人として尊重する態度が一貫している。男女差別が明確にあり、また身分の差、家柄の差もはっきりとしていた大正時代を舞台としているのは、この個人対個人として相手を尊重することがいかに大切かという部分をより鮮明にする為だったのかと、大人になってからの方がよくわかる。紅緒は女学生としては型破りだし、環は平塚らいてうを愛読しているくらいだから、当時の女性としてはおそらくかなりとんがっている(それこそ「はいからさん」なわけだし)タイプの人たちの話とは言え。
 原作由来の漫画的な「記号」が時に古びたものに見えるが、それも含めて楽しい作品だった。無駄に捻らない直球、誠実な造りが好ましかった。キャラクターデザインを現代風(とは言えかなりオーソドックスというか、ちょい懐かしいテイストだとは思うんだけど・・・)に寄せたのには賛否あるだろうが、動画としてはこのくらいが見やすくていいなと思う。



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『バリー・シール アメリカをはめた男』

 凄腕のパイロットとして民間航空会社に勤務しているバリー・シール(トム・クルーズ)は、ある日CIAのエージェント・ジェイファー(ドーナル・グリーソン)からスカウトされる。偵察機のパイロットとして南米・共産主義圏の航空写真を撮影しろと言うのだ。半信半疑でスカウトに応じたバリーだが、CIAの指示は徐々に危険度の高いものになり、とうとう麻薬王パブロ・エスコバルらと対面する羽目に。パブロらはバリーに麻薬の密輸を強引に依頼し、バリーはホワイトハウスやCIAの指令と麻薬密輸ビジネスで巨大な富を築いていく。監督はダグ・リーマン。
 邦題サブタイトルに「アメリカをはめた」とあるが、むしろ「はめられた」方が正しいのでは・・・。あまり深く考えずに提案に飛びついてしまうバリーもちょっとどうかと思うが、CIAのごり押しと見切った時の切り捨ての迅速さがえげつない。CIAが確固たるプランを持って立ち回っているようには見えない所も、笑ってしまうと同時にそら恐ろしくなる(実際のCIAがどうだったのかは知りませんが・・・)。
 バリーは悪人ではないが少々あさはかで、状況に流され受け入れてしまう弱さ(強さとも言えるが)がある。彼の流されやすさが、事態をとんでもないスケールにしてしまったとも言える。また、彼はとにかく飛行機、飛行機を操縦することが大好きで天才的な技術もある。そこには忠実である、というか逆らい難いものがあるんだろうなという部分が、おかしくもありもの悲しくもなる。その才能、他に使い道なかったの?!と。
 悪人ではないが調子が良く、どこか空疎なバリーを、トム・クルーズが好演している。近年の主演作の中では間違いなくベストのトム。常ににこにこニヤニヤしているのだが、実際は笑っていられるようなシチュエーションではなく、笑顔の裏に結構な悲哀と諦念が漂っていそう。トム・クルーズのセルフパロディ的な側面も感じた。多分、トム・クルーズじゃなくても出来る役ではあるんだけど、トム・クルーズが演じることで面白さ、味わいの重層さが倍増していると思う。結構陰惨な状況の話なのに、なんだか笑えてしまうのだ。逆に因果の深さを感じるわ・・・。
 なお、冒頭の制作各社のロゴのアレンジやエンドロールなど、「あの頃」感満載で芸が細かい。音楽の使い方も楽しかった。

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『HiGH&LOW THE MOVIE 2 END OF SKY』

 拮抗する5つのチームの名前の頭文字をとってSWORD地区と呼ばれているエリア。SWORDの面々は湾岸連合軍との戦いに勝利し、再開発の波もひとまず収まる。しかし林蘭丸(中村蒼)率いる悪名高いスカウト集団「DOUBT」がSWORDのスカウトチーム「White Rascals」をつぶそうとしてくる。更にジェシー(NAOTO)を筆頭とした武闘派集団「プリズンギャング」も蘭丸に加勢し始める。一方、カジノ計画に絡んだ癒着事件を明らかにしようとする琥珀(AKIRA)雨宮兄弟らには、証拠隠滅を図る九龍グループの刺客が迫っていた。監督は久保茂昭・中茎強。
 ドラマと映画が連動する「HiGH&LOW」プロジェクトの劇場作品3作目。1作目『HiGH&LOW THE MOVIE』、2作目『HiGH&LOW THE RED RAIN』からストーリーは直接つながっているのだが、正直ストーリーに重点を置いた作品ではないので、多少あらすじやキャラクターをかじって本作をいきなり見るという形でも大丈夫ではないかと思う。1作目、2作目でも決してストーリーが面白い、良くできているという類の作品ではなく、見せたいシーンとキャラクターのつなぎの為にストーリーらしきものがあるという感じだった。しかし、本作ではエピソード間のつなぎ方がもうちょっとましになったかなという気はする。九龍の幹部らが全員(多分)登場して新たな動きが見える等、ストーリーの広がりを見せてくるところはいい。とは言え相変わらず「何やってるんすか琥珀さぁぁん!」と叫びたくはなりますが・・・。
 アクション面は前作よりも更に強化されており、演出の創意工夫が素晴らしい。冒頭、パルクールを取り入れた下方向へのアクションで一気に引き込まれる。このシーンに限らず、アクションの飛距離、スピード感が爽快。ストーリーがどんなにザルでも人体の動きを見ているだけで楽しくなってくる。体の良く動く出演者といいアクション監督(アクション監督は大内貴仁)を使うとこうも違うのかと唸った。上下左右各方向への動きがちゃんと設定されており、1作目でもそうだったが、群衆での乱闘シーンでも画面の奥のモブキャラまでちゃんと演技指導されていることがわかる。行き届いているのだ。
 また、カー&バイクアクションもこれまでの日本映画ではなかなか見られなかった領域に突入している。USBの奪い合いが車とバイクでのカーチェイス中に行われるのだが、ちょっと最近の韓国映画っぽいシーンだった。日本でもとうとう「人VS車」をやるやつが出てきたか!また九龍会からの刺客である源治(小林直己)の日本刀も使ったアクションも素晴らしかった。演じる小林の身体能力の高さあってのことだろうが。しかし、これだけキレッキレのアクションシーンにもかかわらず、その原因となっているUSBメモリに関してはなぜコピーしておかない!琥珀さん海外にUSBメモリ持ち出して何やってたんすか!何もやってなかったんすか!という突っ込みが止まらないのだった。
 なお、これをカーアクションというのか微妙だが、クライマックスの廃駅での達磨一家の登場の仕方は最高だった。いやーあれやってみたいな(笑)!

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『パターソン』

 ニュージャージー州の街パターソンで暮らす、バス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)。毎日定時に出勤してバスを運転し、帰宅後は愛犬マービンの散歩に出て、バーに立ち寄りビールを1杯だけ飲む。詩人である彼は毎日ノートに少しずつ詩を綴る。監督はジム・ジャームッシュ。
 パターソンの1週間を追うドラマだが、冒頭、ベッドから出た彼がキッチンでシリアルを食べているシーンで、ガラスの器が素敵なことや、部屋は狭いけどインテリアのコーディネートはユニークで住みやすいようにコーディネートされていることに気付く。ここで何だかほっとした。パターソンと妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)は、自分たちの生活を心地よくしようとする意欲があるし、生活を楽しんでいるんだとわかるのだ。
 パターソンが住む町はどうということもない、むしろさびれた地方の小さな町だ。しかし、彼の出勤風景は妙に美しい。煉瓦造りの古い工場跡のような建物や、同じく古びたバス会社の操車場が、なんだかかけがえのないものに見えてくる。これは、パターソンが自分が住む世界を愛しており、その彼の目を通して見た風景だからだろう。随所で挿入されるパターソンの詩(少しずつ修正しながら書く為、これもまた反復の一種にも見える)は、彼にとっての世界に対する驚き、美しさの記録でもある。
 パターソンの生活は反復を重ねているように見える。仕事である路線バスの運転も、同じルートをぐるぐると回る行為だ。しかし、乗客の会話はその日によって違うように、日々は似ているようでいて一日一日が全然違う。彼の日々はささやかかもしれないが驚きに満ちている。映画を観ている側も、なんだか彼と一緒にびっくりしているような気分になってきた。
 パターソンとローラは、性格のタイプとしては大分違うように見える。パターソンは内向的で詩の発表をする気もあまりない。対してローラは彼に作品を発表するよう勧めるし、彼女自身の表現活動も外へ外へと向かっていくものだ。行動力にあふれ、ぱっと思いつきで実行できる人なのだ。それでも、お互いに相手が何を大切にしているかを理解しており、そこは尊重している。2人の愛情、信頼関係も本作を見ていて安心できた要因の一つだ。パターソンが何らかのトラブル(終盤でトラブルどころではない大事件が起きるのでびっくりした)が起きてもローラやマービンに八つ当たりしない所も、とてもよかった。彼は人間がすごくできている人だと思う。
 翻訳された詩はレインコートを着てシャワーを浴びるようなもの、という台詞が出てくるのだが、本当にそうなんだろうなぁと思う。思いつつも、でもレインコートがないと私は他国の詩を読めないのに!ともどかしくなった。翻訳業の人たちは、より良いレインコートを作る為に尽力してくれているわけだな。

ブロークンフラワーズ [DVD]
ビル・マーレイ
レントラックジャパン
2006-11-24


パタソン―W・C・ウィリアムズ詩集
ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ
沖積舎
1988

『ハートストーン』

 アイスランドの漁村で暮らす少年ソール(バルドル・エイナルソン)とクリスティアン(ブラーイル・ヒンリクソン)。ソールは大人びた少女ベータに夢中だった。クリスティアンはソールの後押しをしつつも、彼に対する特別な思いをもてあましつつあった。監督はグズムンドゥル・アルナル・グズムンドン。
 思春期の少年少女らの、同性の友人との濃密な関係、自分のセクシャリティに対する戸惑いを描いた作品だが、何よりも強く印象に残ったのは、小さな町の息苦しさだ。ソールとクリスティアンが暮らしているのはいわゆる田舎の小さな漁村で、周囲は海と山ばかり。隣の家まで何キロ離れているんだと言うような地域だ。当然人口は少ないので、村人はほぼ全員顔見知り。更に人数が少ない子供は全員顔と名前が知られており、子供たちのたまり場になる場所も限られているので、カフェに行けば同級生がいるし、クラブにもぐりこむと母親が地元の男性と踊っている。人づきあいが苦手な人、周囲から浮いている人にとってはかなりしんどい環境だろう。誰にも会わずに一人でふらふらしたいなと思ったら、野山をふらつくくらいしかやることがない。安心して自宅にいられる環境ならいいのだろうが、ソールは姉2人と同室、クリスティアンは父親と折り合いが悪く、家にも居辛い。2人は度々、つるんで外を歩き回っているのだが、要するに行く場所がないんだなぁと。2人の仲の良さは村の子供たちからも揶揄されており、他の子供たちと顔を合せるのも面倒くさいのだ。
 小さいコミュニティの息苦しさを感じると同時に、外部からの情報が入ってきにくいことの息苦しさ、世界の狭さも強く感じる。子供達だけでなく、ソールの母親のように大人でも息苦しく感じる人がいる。本作の時代設定は現代よりも少し前、まだインターネットが普及しておらず、携帯電話も登場していない頃。子供が「外の世界」の情報を得るにはテレビや雑誌しかなく、セクシャリティに関する情報等はなかなか入手できない。自分のように悩んでいる人は他にもいるのか、どういう受け止め方をすればいいのかという判断材料が乏しいのだ。舞台となる風景は広大なのに(アイスランドの地形ってやっぱり独特だよなーと思う)のに、描かれる世界は閉塞的で風景の広さと反比例していく。ロケーションが開けているだけよけいに「ぼっち感」が強まるのだ。
 クリスティアンはソールよりもやや大人で、自分のセクシャリティにも、周囲がそれになんとなく気付いていることも自覚的だ。それに比べてソールの悩み方はまだまだ子供っぽく単純(女の子とセックスした翌朝のすがすがしく達成感漂う表情、ほんと腹立つわ・・・)。2人の気持ちの並走できない感が辛い。冒頭から破局への予感に満ちていてハラハラしっぱなしだった。2人とも、自分の心を持て余して自爆してしまいそうなのだ。

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2015-06-02


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『パワーレンジャー』

 それぞれの事情から補習クラスに通う羽目になった高校生のジェイソン(デイカー・モンゴメリー/吹替:勝地諒)、キンバリー(ナオミ・スコット/広瀬アリス)、ビリー(RJ・サイラー/杉田智和)、同じ高校に通うが欠席がちなトリニー(ベッキー・G/水樹奈々)、ザック(ルディ・リン/鈴木達央)は偶然、同じ場所に居合わせ不思議なコインを手に入れる。しかしそのコインのせいで彼らに超人的なパワーが生まれた。不思議に思いコインを発見した場所に戻った彼らは、かつて世界を守った「パワーレンジャー」の1人ゾードン(ブライアン・クラストン/古田新太)と、機械生命体アルファ5(ビル・ヘイダー/山里亮太)に出会う。ゾードンがかつて戦った悪の戦士リタ・レバルサ(エリザベス・バンクス/沢城みゆき)を阻止する為、ジェイソンらが新たなパワーレンジャーに選ばれたと言うのだ。監督はディーン・イズラライト。
 日本のスーパー戦隊シリーズをアメリカ向けにローカライズしたテレビドラマを、映画としてリブートした作品。当然日本では東映が配給しているのだが、洋画の前に東映のロゴが表示されるのって何か新鮮だわ・・・。作品自体はとてもお金がかかってブラッシュアップされたやや年長向けの戦隊ものといった感じなのだが、今回吹替え版で見たので、自分が馴染のある「戦隊もの」感をより味わえたように思う。ジェイソン役の勝地はアニメ吹替えの実績があるので特に心配はしていなかったが、キンバリー役の広瀬が達者とはいかないまでもなかなか頑張っていて、好感が持てた。本業声優の皆さんに関しては当然全く心配ないので、吹替え版も結構お勧めできる。特に沢城みゆきの沢城みゆき感はあーこれこれ!って感じで素晴らしかった。安心感ばっちり。
 パワーレジャーとなる5人の少年少女それぞれが、家庭や自分自身の問題を抱えていたり、学校に馴染めなかったりという背景が設定されている。自閉症やセイクシャルマイノリティという設定も盛り込まれているあたりは現代的だ。5人が何事もなく学校に通っていたら、同級生であっても特に仲良くはならない「別ジャンル」の人同士(ジェイソンとキンバリーはアメフトの花形選手とチアリーダーだから接点あるだろうけど)というあたりは、特撮版『ブレックファスト・クラブ』とも言える。全然「別ジャンル」の相手であっても協力し合えるし話してみたら面白いかもしれないし仲良くなれるかもしれないよ、という示唆はティーン向け映画として真っ当。5人の造形はなかなか良く、通り一遍から若干ずらした感じなので、むしろTVシリーズをこのキャラクターで見てみたくなった。映画だと、やはり5人の背景までちゃんと見せるのは時間的に難しいんだろうな。映画だから当然全員それなりのルックスではあるが、いわゆる美男美女、スタイル抜群という感じではない所も良かった。年齢相応な雰囲気が出ていて、女の子たちも、意外と寸胴だったりする。
 5人がパワーレンジャーに変身するのが大分後半で、しかも1度のみというあたりも、彼ら個人のドラマを見せようという意図だろう。変身や巨大メカというガジェットはあるものの、ベースは思春期の少年少女たちの青春ドラマだ。そこが間口の広さでもあるが、大人が見るには若干物足りないかなという気もする。戦隊もののお約束的カットや音楽の特徴もちゃんと踏まえているが、それに興ざめする人もいるだろうしなぁ。

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『ハクソー・リッジ』

 敬虔なキリスト教徒で、人を殺してはならないという信念を持ち、宗教上の理由で銃を手にすることも忌避している青年デズモンド・ドス(アンドリュー・ガーフィールド)は、衛生兵として軍に志願するものの、武器を持たない彼は仲間からは疎んじられ上官からは理解されない。彼の所属部隊が派遣されたのは沖縄。ハクソー・リッジと呼ばれる断崖絶壁がアメリカ軍を拒んでおり、そこは激戦地となっていた。監督はメル・ギブソン。
 第二次世界大戦中、沖縄戦で武器を使わず75人の命を救った米軍衛生兵、デズモンド・ドスの実話を映画化した作品。第89回アカデミー賞で編集賞と録音賞を受賞している。録音賞受賞は納得。音の距離感や奥行がはっきりと感じられる。銃を撃つ際の、引き金を引く作動音、火薬の爆発音、薬莢が落ちる金属音まで音の粒が立っていると言えばいいのか、音のひとつひとつがクリアでインパクトがある印象だ。音の設計や画面上の構成が3D映画ぽい(本作は2D上映のみ)気がした。
 メル・ギブソンてこんなにテンポのいい映画を撮る人だったっけと驚いた。映画の段取が良く、必要な情報を順次開示していくという感じの、よく整理されている話の運び方だと思う。少年時代のエピソードでドスの信念の根っこの部分を提示し、更に父親との関係が銃を忌避する伏線として後からきいてくる。子供の頃の遊びから、岩山を走り回る体力と敏捷さが身についたんだなという情報も得られる。父親(ヒューゴ・ウィービング)の造形もいい。彼は第一次世界大戦で従軍したが、その時の体験により人が変わってしまった。今ならPTSDと名前がつくのだろうが、当時はそういう概念はなかっただろう。戦中を舞台にした物語だが、父親のあり方は戦争の後に生じること、戦争の後には彼のような人たちが大勢現れるであろうことも提示しているのだ。
 新兵の訓練では、当然銃を扱う課題がある。課題をすべてクリアしないと一人前の兵士としては認められないのだが、ドスは宗教上の主義としてこれを拒む。上司や同僚からすると戦場で武器を持たないというのは理解しがたい。ドス本人が危機にさらされるだけでなく、無力な隊員を守らなくてはならないという「手間」は隊全体にとってリスクとなるからだ。ドスは上官に逆らったことで軍法会議にかけられるのだが、ある手紙によって窮地を救われる。この手紙の内容が、なるほどアメリカは腐っても立憲主義国ということなんだなと納得させられるものだ。憲法は信仰の自由を守る、軍は憲法を守る為に存在するというスタンスなのだ。ダンを疎んじていた上官や同僚も(表面上とは言え)この指摘に納得するし、映画を観ている観客も納得するはずと思われているのだろう。ダンの行動は理にかなっているとは言い難いだろうし、上官も同僚も理解はしていないと思う。とは言え、彼には信仰を持ち続ける権利も、信仰を持ちつつ兵士になる権利もある。理解は出来ないがその権利は認める、ということなのだろう。

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『パトリオット・デイ』

 2013年4月15日。愛国者の日(パトリオット・デイ)に開催されるボストンマラソンの警備の為、ボストン警察殺人課に所属する刑事トミー・サンダース(マーク・ウォールバーグ)は現場に駆り出されていた。会場には50万人の観衆が集まっており、マラソン参加者が次々にゴールしていく中、2度にわたって爆発が起きる。ボストン警察の警官たちは状況を把握できないまま必死に救護活動を行う。現場に到着したFBI捜査官リック・デローリエ(ケビン・ベーコン)は事件をテロと判断。多数の街中の監視カメラが撮影した、膨大な画像を解析する中で、「黒い帽子の男」と「白い帽子の男」が容疑者として浮上する。監督はピーダー・バーグ。
 2013年に起きたボストンマラソン爆弾テロ事件を題材にしたドラマで、実際に事件に関わった捜査関係者や市民たちが本人名(もちろん俳優が演じているが、関係者本人の名前が役名)で登場人物になっている。主人公格のサンダースは完全にフィクションだそうだが、彼がいることで物語としての動線整理がされている。とは言え、あまり出しゃばる主人公ではなく、基本的には群像劇だ。
 パニック映画としても、警察ドラマとしても、アクション映画としても面白い。事件直後の現場の混乱ぶりと視界の悪さは臨場感たっぷりだし、警察側も状況を把握しきれておらず指揮系統も乱れているあたりが生々しい。FBIが到着してからの捜査本部の作り方とか捜査の進め方など、どの程度事実に基づいているのかはともかく、なるほどなぁという説得力がある。監視カメラに残った断片的な映像から、容疑者の動きを推測し遡っていく流れは、「町の刑事」であるサンダースの能力がFBIの捜査力と噛み合った見せ場でありわくわくする(このエピソードが一番フィクショナリーではあるのだが)。また、中盤の銃撃戦は(これまたどの程度事実に基づいているのかはわからないが)車両と住宅地内というロケーションを活かしたユニークさがあった。民家のすぐ脇で銃撃戦プラス爆弾というとんでもないシチュエーションではあるのだが。
 とても面白かったのだが、同時にもやもやするものが残る。本作、FBIと警察、そして市民の総力戦で迅速なテロリスト逮捕に至るという物語だが、捜査の大きな手がかりとなるのは、町中に取り付けられた監視カメラなのだ。前述の、サンダースがカメ映像から犯人の行動経緯を推測していくシーンだが、犯人の動きが数分(本当に1,2分)ごとに記録できるくらいの台数のカメラがあるということに他ならない。これらの映像をFBIが一挙に収集することができ、かつ市民が積極的に撮影した映像を提供する。アメリカはここまで監視社会になっているのかと驚いたが、この監視状態がすんなりと受け入れられている所に、違和感を感じた。慣れていないからと言えばそれまでなのだが、本当にいいのか?という疑問は付きまとう。また、容疑者の画像を公開して市民の協力を仰ぐと言えば聞こえはいいが、(作中でデローリエが懸念するように)密告大会、リンチ大会になりかねない危うさもある。本作、ボストン市民が真の主役であり英雄であるというスタンスの地元愛映画でもあるのだが、「我が町」「我が国」に対する愛は、それ以外の排斥と繋がりかねない。色々と紙一重な感じだと思うのだが、それに対する自覚を(意図的なのか無意識なのか)見せないのだ。そういう意図の作品じゃないからしょうがないといえばしょうがないのかもしれないが、やはり気になる。犯人たちの英語以外の会話には字幕(英・日ともに)がつかない演出も、彼らを「他所の人」として分別しているように思った。彼らもボストン市民ではあるのだろうが(中国系男性が話す中国語には字幕がついていたので余計に)。

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マーク・ウォールバーグ
ポニーキャニオン
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