マンハッタンで創業100年を超える老舗ロシア料理店「ウィンター・パレス」。今では料理もサービスもひどい古いだけの店になっていた。店の立て直しの為マネージャーとして雇われたマーク(タハール・ラヒム)には訳ありの過去があった。常連客のアリス(アンドレア・ライズボロー)は救急病棟の看護師として働く傍ら自助グループの支援活動もしていたが、過酷な仕事に疲れ切っている。ある日、2人の息子を連れたシングルマザーのクララ(ゾーイ・カザン)が店に逃げ込んでくる。監督・脚本はロネ・シェルフィグ。
優し気な題名だが、クララと子供たちの逃避行が洒落にならない深刻さでなかなか辛い。「親切なロシア料理店」にたどり着くまでに結構時間がかかるのだ。クララの夫は子供に暴力を振るい、彼女のことも恐怖で支配している。典型的なDV夫で、しかも警官なので逃げた妻子の後を追うのも簡単という性質の悪さだ。クララは専業主婦でお金も夫に管理されているので、手持ちの現金はわずかだしクレジットカードもない。子供たちには「旅行」と称してマンハッタンをぐるぐる回り、パーティーに潜り込んで食糧調達し図書館で暖を取る様は危なっかしく、この親子はいつまで持ちこたえられるんだろうとハラハラが止まらない。彼女のような境遇だといわゆる「自助」で出来ることはすぐ尽きてしまい、支援団体や行政等「公助」であるセイフティネットがないとどうにもならない。そして「公」たる警官である夫に知られることを恐れるクララは、公助になかなかたどり着けないのだ。
個人ができることはわずかという面は、彼女が助けを求める人たちついても同様だ。ホテルのフロントがお金が足りないが空き室を使わせてくれと頼み込むクララに、それをやったら私が仕事も住み家も保険も失うと言うが、それも責められない。お互いに余力がないのだ。しかし一方で、自分を削って彼女を助ける人たちもいる。その人たちは決して自分に余裕があるわけではないし、彼女に手を貸すことで自分が困った立場に立たされることにもなる。でもやるのだ。この、ぱっとやれる人とそうでない人との違いは何なんだろうとずっと考えてしまった。他人の辛さに対する瞬発力みたいなものが違うんだよなと。ジェフ(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)のように自分が失敗続きで結構な困った状態であっても、とっさの思いやりと行動を示せる人の姿にはっとする。
自分が辛いからこそ人の辛さを顧みることができるということ、一人で出来ることは限られていて誰かの助けがないと乗り越えることは難しいということが、自分のこととして実感できているからかもしれない。そして本作に登場する人たちは助けた側もまた、その行為によって自分を立て直しているように見えた。アリスはクララを助ける為に一線を踏み越え自分の仕事と向き合い直すし、マークにはもう一度他人と関わろうとするきっかけになる。アリスが運営しているのは「自助グループ」だが、自助って自分一人で自分を、というだけではなくお互いに助け合う中で自分も支えられるということだろう。支え合いの中で、クララも自力で夫から逃げ出す力を蓄えていく。いきなり一人でやるのは無理なのだ。人間の善意、支え合いへの信頼が作品の底辺にあり、今見てよかった一作だった。