3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。

『トランスフォーマー ビースト覚醒』

 1994年。シングルマザーの母と持病のある幼い弟と暮らす青年ノア(アンソニー・ラモス)は就職活動中だがうまくいかない。とうとう弟の治療費の為に友人を手伝い高級車窃盗に手を染めるが、その自動車は突然勝手に動き出す。自動車の正体は異星人のオートボット、ミラージュ(ピート・デビッドソン)だった。オプティマスプライム(ピーター・カレン)率いるオートボットたちは故郷を離れ地球に身を隠していたのだ。しかしあらゆる星を食べ尽くす、巨大な敵「ユニクロン」が地球を次の標的に動き出した。ノアと考古学学芸員インターンのエレーナ(ドミニク・フィッシュバック)はオートボットたちと協力して地球の危機に立ち向かう。監督はスティーブン・ケイプル・Jr。
 マイケル・ベイ監督が長らく手掛けてきたトランスフォーマーシリーズだが、前作『バンブルビー』以降はベイ監督の手を離れている(ベイは本作では製作で参加)。結果、オートボットたちの見せ方は各段に洗練されて画面が見やすくなった。無茶さはあまりないのでケレンは薄れたが、手堅い夏休み映画になっている。オートボットの仕組み、変形という本シリーズのキモの部分はより「わかってるな~」という見せ方。これまでのシリーズ作との関連性はそれほどない、パラレルな設定なので初見の人でも安心だ。
 人間とオートボットが協力するのが本シリーズのお約束だが、今まで人間との距離感が近かったバンブルビーに代わり、本作では口達者なミラージュが活躍する。ちょっとペットみたいな要素があったバンブルビーと比べると、より「相棒」という感じはする。今までで一番人間が「一緒に戦う」感は強いかもしれない。本作、人間の2人がそこそこまともだし真面目。終盤の展開には日本のトランスフォーマーのアニメシリーズの影響もあるように思った。




トランスフォーマー超神マスターフォース DVD-SET1
森 功至
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2015-01-28


『トリとロキタ』

 少年トリ(パブロ・シルズ)と少女ロキタ(ジョエリー・ムブンドゥ)は姉弟を称しているが、実は他人。2人はアフリカから密航しベルギーのリエージュにやって来たのだが、船の中で仲良くなり、一緒に暮らそうと心を決めている。トリは現地の学校に通っているが、10代後半のロキタはビザがないため就職できず、ドラッグの運び屋をして金を稼いでいた。ロキタは偽造ビザを手に入れるため、さらに危険な仕事を始める。監督はジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ。
 ダルデンヌ兄弟の作品は、毎回その時々の社会の中で起きている問題、しかし社会の中では力を持たない為に見過ごされがちな人たちの問題を扱っている。こういう扱い方はともすると安全圏から他人事として見ているような視線になる危険があるが、本作の切迫感、トリとロキタが脅かされている感じは強烈で見ている側にも刺さってくる。サスペンス映画のようなスリリングな「面白さ」も発生しているのだが、背景が笑えなさすぎる。
 ロキタの方がトリよりも年長だが、時にトリの方がロキタの保護者としてふるまう場面もある。ロキタにはパニック障害があり、精神的なサポートが必要なのだ。トリはそれをよく理解しているから彼女から離れようとはしない。しかし2人とも子供は子供なので、自分たちを十分に守れるわけではない。こと難民という不安定な立場なので、更に危うい。2人の力の足りなさというか行き届かさなさというかが痛ましい。しかもそれは彼らの責任ではないのだ。本来なら大人の保護下にあるべき人達だから。
 トリとロキタの周囲にいる大人には、彼らを保護する福祉側の人間と、彼らを搾取する犯罪側の人間がいる。福祉のスタッフたちは恐らく2人を本気で心配し、ロキタのビザが下りないことを案じてもいるのだろう。しかし法と行政が2人を守らない限り、彼らは力になれないのだ。一方、麻薬の売人たちは2人を都合のいい労働力として使う。「仕事」の枠の中では無駄に絡んだりしないので一見フェアに見えるかもしれないが、人として扱う気はない。2人がそこから逃げ延びられるのかどうか、息が苦しくなるような緊張感と共に見た。

ある子供(字幕版)
オリヴィエ・グルメ
2015-06-03


サンドラの週末 [DVD]
オリヴィエ・グルメ
KADOKAWA / 角川書店
2015-11-27


『ドリーム・ホース』

 ウェールズの谷間にある小さな村で、夫ブライアン(オーウェン・ティール)と2人暮らしのジャン(トニ・コレット)。ブライアンは無職で、ジャンは昼間はスーパー、夜はパブで働き、その傍ら実家の両親の介護をしている。ある日、パブで共同馬主をやっていたという税理士・ハワード(ダミアン・ルイス)の話を聞いたジャンは、自分たちも競走馬を育てたいと思い立つ。彼女は貯金をはたいて血統の良い牝馬を購入、資金を集めるため村の人々に馬主組合の結成を呼びかける。やがて産まれた子馬は「ドリームアライアンス(夢の同盟)」と名付けられる。監督はユーロス・リン。
 シンプルだが爽やかで気持ちのいい作品だった。ジャンは単調な毎日にうんざりしているが、元々ドッグコンテストや伝書鳩のコンテストでの受賞歴があり、動物の飼育自体には慣れているし、交配に関する知識もそれなりにあるらしいことがわかる。ドリームアライアンスをプロの調教師に預けてからロス状態になるのも、動物に対する愛情の深さ故だ。彼女の目的は馬主として一発当てることではなく、動物を育てる喜びと、自分たちの馬が活躍するかもしれないという人生におけるわくわく感、何か起きるかもしれないというときめきを得ることなのだ。
 この「一発当てることが目的ではない」ということが、馬主組合でも早い段階で明言されている所が良心的というか面白い所なのだが、ジャン以外の馬主にとっても、儲けよりも大切なものが生まれてくる。皆の人生がよりカラフルなものになっていくのだ。もしかしたら儲かるかもという期待はもちろんあるだろうが、それ以上に何か夢中になれるもの、わくわくするもの、そしてそれを分かち合える仲間がいることが生きる上でいかに大切か、生活を支えるものなのかということが伝わってくる。馬主組合が職場でも家庭でもない、彼らの居場所の一つになっていくのだ。馬を媒介に、性別も年齢も職業・社会階層も越えて彼らが繋がっていく、コミュニティが生まれるという所がいい。そもそも馬主というのは富裕層の娯楽みたいなものだろう。それを庶民がやるというのが小気味よいのだ。クライマックスのレースには思わず手に汗握ってしまった。
 私は地元・自国のチーム・選手だからという理由でスポーツ等が盛り上がる現象があまり好きではないのだが、本作を見ていると一概に否定できなくなってきた。ナショナリズムは嫌だし、そもそもえらいのは競技に挑む当事者(馬・騎手や選手)なんだけど、自分の所属する地域を代表する何か、自分のバックグラウンドを託せる象徴みたいなものがあると勇気づけられるのかもしれない。


シービスケットBlu-ray
ウィリアム・H・メイシー
ポニーキャニオン
2016-09-21



 

『ドライビング・バニー』

 40歳のバニー(エシー・デイビス)は路上で車を洗う仕事をしつつ、妹夫婦の家に居候している。幼い娘とティーンエイジャーの息子は一時的に里子に出されており、児童相談所職員の同席でしか面会しかできないが、バニーが新居を確保して条件を満たせば、また親子で暮らせる。娘の誕生日に新居でパーティーをすることを夢見てバニーは必死に働いていた。ある日、妹の再婚相手が継娘トーニャ(トーマシン・マッケンジー)にセクハラしている様を目撃したバニーはビーバンに立ち向かうが、家を追い出されてしまう。監督はゲイソン・サバット。
 子供と再び一緒に暮らしたい一心で突き進むバニーの奮闘は、たくましくユーモラスでもある。難所を機転と度胸で半ば無理やり突破する彼女のやり方は、時にイリーガルではあるのだが彼女なりの生活の知恵と言える。ただ、彼女の奮闘の愉快さは、生活の絶望と紙一重のように思えた。バニーは警察の取り締まりをかいくぐりながら低賃金の仕事をし、居候先の妹の家でも家事に奔走し、休む暇がない。働けないから金がないのではなく、働いても働いても金にならないのだ。家事が無賃労働である、女性の労働は安く扱われていると割とはっきり見せている作品だと思う。
 バニーの働く環境は不安定すぎて先が見えてこない。まして子供2人を養って安定した衣食住を与え続けられるかというと、微妙だろう。バニーが子供たちを大切に思っているのはわかるのだが、彼女と生活するよりも里親の元にいるほうが、子供たちの将来にとってはいいのではないかと思ってしまう。バニーは必死なのだが、その必死さが時に明後日の方向に暴走していく。
 ただ、それはバニーのせいというわけではなく、社会の中に彼女のような人が安定して暮らせる、家庭を築いていける仕組みがないからという側面の方が大きいと思う。バニーは社会の「こうであれ」という規範からはずれがちな人だが、そういう人でもそれなりに生活を維持できるようにするのが社会というものだろう。これはバニーの妹についても同じで、へとへとになるまで働いても「私の家じゃない」、夫の経済力がないと生活できないというのはおかしいだろう。夫に頼っているという負い目と経済的な問題があるから、娘への加害に目をつぶってしまう。女性の経済問題が如実に現れているシチュエーションだった。


レディバード・レディバード(字幕版)
レイ・ウィンストン
2014-12-01


『ドライブイン探訪』

橋本倫史著
 一般道沿いにたたずみ、ドライバーに食事と休憩所を提供するドライブイン。かつて昭和時代には建設工事に携わる人たちや運送トラックのドライバー、観光客たちで賑わったが、その後徐々に消えつつある。著者はそんな日本各地のドライブインに通い、店主に話を聞き取る。店の歴史の背後には日本の戦後史が見えてくる。
 ドライブインという存在は、私が子供のころにはもう廃れてきていたように思う。著者は1982年生まれだそうなので、やはりドライブインが盛況だった頃のリアルタイムの記憶はないだろう。そのせいかドライブインへのスタンスに、ノスタルジーに溺れるような色合いはあまり感じられない。真摯な向き合い方だが過剰な情緒は廃されている。その姿勢が店主らから話を引き出し、本著を優れたノンフィクションにしているのだと思う。時代背景や地域史のリサーチがされていることで、単なる聞き書きに留まらず、日本の戦後現代史としての奥行が出ている。
 高度経済成長期に各地で大きな建設工事が行われており、国道も高速道路も今ほど充実していなかった時代の産物だったのだと思う。各ドライブインの店主の話からは、仕事にしろ観光にしろ、当時の人の流れの勢いが感じられる。店主の方も、飲食店経営や調理の経験もなくいきなり商売始める人が少なくない(手ごろな物件があるから店でもやったらどうか、くらいの始め方が多い)。昔の人(といっても私の祖父母くらいの年代の方々だが)は思い切りがいいし勇気があるな…。勢いにのって始めてしまえば何とかなる時代だったという側面もあるのかもしれない。店主たちの個性や店に対するそれぞれの思いにぐっとくる。やはり店を愛しており、やれるところまではやりたいんだなと。

ドライブイン探訪 (ちくま文庫)
橋本 倫史
筑摩書房
2022-07-11


東京の古本屋
橋本倫史
本の雑誌社
2021-09-28


 

『トップガン マーヴェリック』

 華々しい戦果を残してきた伝説のパイロット、マーヴェリック(トム・クルーズ)は、自身も学んだアメリカ海軍のエリートパイロット養成学校トップガン教官として赴任することになる。訓練生たちはまもなく非常に困難なミッションに参加する予定だった。マーヴェリックは彼らを生還させる為に自身の知識と技術を伝えようと厳しい訓練を繰り返す。しかし訓練生の中に、かつてマーヴェリックとの訓練飛行中に命を落とした相棒グースの息子ルースター(マイルズ・テラー)がいた。ルースターはマーヴェリックを恨んでおり、彼と対立する。監督はジョセフ・コジンスキー。
 前作はほぼ知らない(大昔にTV放送で見たような気がするが)状態でWikipedia情報だけ読んで鑑賞した。前作を見ておくにこしたことはないのだろうが、Wiki情報程度の前知識でも十分面白いし話の展開にも全然ついていける新設設計が素晴らしい。すごくシンプルな話なのだが、パーツのひとつひとつをとても丁寧に作っており、変な引っ掛かり方をさせない。戦闘機による空中アクションはもちろん華やかでインパクトがあるし、登場人物たちのドラマもきちんと見せている。とにかく様々な面で「ちゃんとやる」ので、ストレスフリーに見られる娯楽作だと思う。
 トップガンというとザ・80年代!みたいなチャラいイメージがあったのだが、本作のマーヴェリックは予想外に教官としてまともだし有能なので、逆に戸惑う。と同時に、こういう造形にしたから安心して見られたのだと思う。マーヴェリックは軍人という組織に属する人間としては型破りで、現場にこだわるという点では上司も部下も一緒にはやりづらいだろう。多分困った人ではあるんだろうけど、教官としては訓練生に対してフェアだし説明の仕方も上手い。どこが問題児だったんだ?と思ってしまうくらい。変に体育会系な、パワハラ的な空気を出さないのも見やすさの一因だった。何だったら訓練生同士の方がマウント・パワハラ感ある。
 マーヴェリックは自分はずっとパイロット、現場の人間というメンタリティで生きてきた。そんな彼が次のステージに移ることを強いられていく、立ち位置を変える時期がきたことを受け入れていく(…が、結局そうするのかよ!というちゃぶ台返しがあるけど…)物語なので、前作をリアルタイムで見てトム・クルーズと共に人生を歩んできたファンには、より染みるのでは。
 とても楽しく見たが、全く引っ掛かる所がなかったというわけではない。これは映画そのものの難点というわけでは全くないし、本作に限ったことではないのだが、生々しい戦争の報道が日々入ってくる時に戦闘機をエンターテイメントの道具として見ていいのだろうかという、罪悪感をほんのりと感じるのだ。野暮と言えば野暮なのだが、フィクションを楽しむうえでの責任みたいなものがあるのではないかとも思う。

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『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』

 『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』でピーター・パーカーの頼みに応えてマルチバースの扉を開いてしまったストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)。マルチバースへの扉を開く力を持つ故に何者かに追われる少女アメリカ(ソーチー・ゴメス)を助け、混乱していく世界を元に戻すため、スカーレット・ウィッチことワンダ・マキシモフ(エリザベス・オルセン)に協力を仰ぐ。しかし、事態は更に悪化していく。監督はサム・ライミ。
 スパイダーマン三部作以来のライミ監督によるマーベル映画。映像のテンションはかなり高く、3Dで見たらかなり映えそう(私は通常上映で見た)。中盤からどんどんホラー映画的な演出、しかもホラーに疎い私でも「あっこれホラー映画でよく見るやる」とわかる相当ベタなもの。それでもシチュエーションは
「今」のものだというちぐはぐ感が不思議な感じだった。マーベル映画の一環という体は保ちつつ、かなりキッチュで趣味的な作品になっているように思う。そもそも序盤で出てくるクトゥフ的なモンスターからして、2020年代に堂々とこのデザイン!?と予告編時点でびっくりした。
 マルチバースへの扉を開いてしまったストレンジ、というかマーベル映画だが、マルチバース設定を使うとシリーズ作品を延々と作れそうな一方、収集つかなくなりそう。諸刃の刃ではないか。本作でもちょっと収集つかないのでは?という雰囲気は出ていたように思う。マルチバースの定義が意外とふわっとしているので、今後のマルチバース作品によって微妙に意味合いが違ってきそうな気がする。
 新キャラクターとして登場するアメリカは、マルチバースへの扉を開けるという能力以外はルックスも言動もすごく「普通」の少女に見える所が却って新鮮だった。彼女に対するストレンジの態度が、意外とちゃんと大人としての役割を果たそうと努めるものだったところも新鮮。ストレンジはいけすかない人ではあるのだが、『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』でもピーターに対しては案外大人としてふるまっていた。年少者の前では「大人」をやらなければならないという認識を持っているのだろうが、そういう認識を持つに至った背景(まあ普通のことなんだけど、他の言動があまり大人げない人なので)があるのかどうかが今後気になる。

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『ドント・ルック・アップ』

 天文学者のランドール・ミンディ(レオナルド・ディカプリオ)教授は、教え子の大学院生ケイト(ジェニファー・ローレンス)から巨大彗星を発見したと告げられられる。しかしその巨大彗星の軌道を予測すると、地球に衝突するのは間違いない。2人はアメリカ政府に彗星の脅威を訴えるが、選挙を間近にした大統領(メリル・ストリープ)には相手にされず刻一刻と地球の危機が迫る。監督はアダム・マッケイ。
 Netflixにて鑑賞。マッケイ監督らしくおかしくも悲しいブラックユーモア。しかし今回は、あーこういうシチュエーションだったら本当にこうなりそう~!という度合いが強すぎてもはや笑えない。大統領の造形からして、性別は変えてあるが支持層の傾向といいこれはトランプのパロディだろうし、スティーブ・ジョブズもどきも出てくる。現実の底抜け度合いがフィクションを追い越してしまった感がある。ランドールとケイトは地球の危機を訴えるが、政府が彗星の存在を信じないのではなく、「事実を発表したら(選挙前に)支持率が下がる」とか、「彗星にレアメタルが含まれているから破壊はせず回収したい」とか、目先の損得で方針を決めてしまうのだ。見上げようが目をそらそうが関係ないのか!巨大企業が政府に強い影響力を持っていたり、株価のアップダウンで一喜一憂したりと、とにかくお金事情に事態が翻弄されていく、そして富裕層だけが生き残りを図るというのが辛い。今の世の中、本当にこういう感じになりそうな気配が濃厚なだけに。損得勘定している間に人類滅びそうなんですけど…。
 科学者として自分の本分に誠実なランドールとケイトが世間に翻弄されていくのが気の毒。ランドールはメディアの寵児になったりもするが、やはりこの世界の人ではないんだよなぁという雰囲気が言動の一つ一つににじみ出ていて、見ていて少々いたたまれないところも。早い時点で自分の我を通してしまったケイトのほうがいくらか楽そうだ。最後によりどころになるのが漠然とした、しかし真摯な祈り、信仰であるというのが意外であると同時に、なんともやりきれない。信仰がない身だからそう思うのかもしれないが、物理的にどうこうできる領域ではなくなってしまうのかと。
 ディカプリオがでっぷりとしたさえない中年男を演じるようになったと思うと感慨深い。全然ハンサム感がないのだ。ただ、ジェニファー・ローレンス演じる学生との距離感がちょっとセクハラ的にならないか?教員として大丈夫?と気になってしまった。


バイス [Blu-ray]
スティーヴ・カレル
バップ
2019-10-09


『TOVE/トーベ』

 第二次大戦中のフィンランド、ヘルシンキ。画家のトーベ・ヤンソンは、不思議な生き物・ムーミントロールの物語を描き始める。戦後、アトリエを借りて本業の絵画制作に取り組んでいくが、著名な彫刻家である父親は彼女の作品を認めない。ある日、舞台演出家のヴィヴィカ・バンドラーと出会ったトーベは激しい恋に落ちる。監督はザイダ・バリルート。
 今も世界中で愛されている「ムーミン」の作者、トーベ・ヤンソンの伝記映画。彼女の半生をいヴィヴィカとの関係を軸にして描いている。直接的なムーミン制作秘話というわけではないので、ムーミンファンには少々物足りないかもしれないが、トーベがムーミンのキャラクターたちに投影したもの、そして自分の作品に対する複雑な思いがあったことが垣間見える。何よりトーベという人がとても魅力的で、友達になりなくなった。なかなか気難しい所もあるのだが、自分の気持ちに正直で思い切りがいい。意外と「高い服が好き」というのも面白かった。作中で着ている服はきれいめだったりざっくりしていたり様々なのだが、どれも自身の個性が良く出たものだと思う。フォーマルなパーティーにサロペットを着て行ったりするあたり、いい!
 トーベは自分の感情に正直で、こと恋愛に関しては情熱的。前々から妻帯者であるアトス・ヴィルタネン(シャンティ・ローニー)と交際し、ヴィヴィカと出会った後も関係は続き後に結婚する。アトスに「男はあなた、女はヴィヴィカだけ」という言葉が不誠実には聞こえないというのが面白い。当時のフィンランドでは同性愛は違法だったが、トーベとヴィヴィカの関係は特異なものとしては描かれていない。現代の価値観、また当時のトーベの心情(トーベにとっては自然なことだから)に沿った描き方だと思う。本作ほど実際に開けっ広げだったかどうかはわからないが、あるコミュニティの中では暗黙の了解的な扱いだったのかなとは思った。ヴィヴィカがトーベ以上に自由奔放で、ヴィヴィカへの愛に忠実なトーベはそこから逃れられず苦しむのだが、トーベも相当自由な方だろう。
 しかし、自由そうに見えるトーベがなかなか自由になれない分野がある。自分の仕事、芸術についてだ。トーベはいわゆる絵画、古典を踏まえた芸術が正統派でそれ以外には価値がないという価値観から逃れられない。彼女の父親は権威主義的で、トーベのムーミン作品は認めず、なぜ「本業」の絵画に力を入れないのかと責める。トーベはそれに対して反論できない。仕事をムーミン作品一本に絞ることは、彼女にとっては敗北でもあったかもしれない。絵画の道を断念しアトリエで油絵具を片付ける姿はやけっぱちにも見えた。児童文学やムーミンのコミックで大成功をおさめた後も、彼女の敗北感はぬぐえなかったのではないか。トーベの小説や挿画は素晴らしいし高く評価されているが、彼女は父親からの評価を求め続けてしまうのだ。
 トーベが自分は画家なのか作家なのか漫画家なのかわからないと漏らすと、ヴィヴィカは全部やればいいじゃないと言う。ヴィヴィカはそういう人なのだ。しかしトーベはそうは言えない人だった。2人が別れた理由はこのあたりにもあったのだろうと思わせるシーンだった。
 なお、トーベの後のパートナーになるトゥーリッキ・ピエティラは、ムーミン作品内のトゥーティッキ(おしゃまさん)のモデル。本作中でトゥーリッキを演じるヨアンナ・ハールッティが、本当にトーティッキっぽい姿なので、おおっと声を上げそうになった。よくこの人をキャスティングしたな!

トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉
ボエル・ヴェスティン
フィルムアート社
2021-10-26


 

『トムボーイ』

 夏休み、家族と共に新しい町に引っ越してきた10歳の子供(ゾエ・エラン)。「ミカエル」と名乗り、同じアパートに住む少女リザや他の子供たちと遊ぶようになる。更にリザとの間では特別な関係が深まっていく。一方、家庭では6歳の妹と妊娠中の母親、父親がミカエルのことを「ロール」と呼ぶ。監督はセリーヌ・シアマ。
 フライヤーや各種作品案内では明らかにされているので特にネタバレではない(映画本編でも序盤で明らかにされる)が、ミカエル=ロールは肉体的には女児で、ロールと言う名前は、両親が女の子として付けた名前だ。ロールがミカエルという男児になりすますという話だが、その過程はいたずらや出来心レベルには見えない。いたって真剣で、ミカエルが「男の子」として見られるように容姿を変える、振舞う努力には涙ぐましいものがある。まだぎりぎり上半身裸でも性別がわからない年齢ではあるのだが、子供同士の付き合いは荒っぽく、肉体的な接触も多いので見ていてひやひやした。
 この年代の子供だと政治人がまだあいまいという場合もあるだろうが、ミカエルの場合はかなりはっきり、男性として自認しているように見えた。アイデンティティーは「ミカエル」であり、「ミカエル」としてリザに好かれたいのだと思われた。妹はそのあたりを幼いながらに察する。両親の前での「ミカエル」の話など、子供の苦肉の策という感じでいじらしい。
 しかし夏休みが終われば学校が始まり、出生証明上の性別と名前で扱われるようになる。肉体的にもどんどん変化していく。他の子供たちには当然バレるだろう。長く続けられることではないのに、ミカエルはそうせざるを得なかった。それくらい真剣なことなのだ。一方で、事の次第に気付いた母親の反応を見ると、ミカエルのこの先は相当困難だろうことが予測される。夏休みのキラキラ感とは裏腹に何とも気が重い幕引きだった。子供大抵学校と家庭しか居場所がないから、双方で否定されると存在自体が危うくなってしまう。本作、約10年前の作品だそうだが、10年前の時点から現在まで、多少は歩みがあったろうか。
 なお本作、ミカエルの両親など大人のキャストも多少出ているが、ほぼ子供たちのみのシーンが多い。この年齢の子供複数から、よくこういう演技を引き出した、群像として演出したなと感心した。フランス映画は子供の撮り方・演技の引き出し方が上手いという印象があるのだが、本作もその系列に連なる。また、冒頭の車運転シーンにしろ、子供同士の取っ組み合いにしろ、これ大丈夫?と思うシーンがそこそこあったのだが、もし現在同じようなシチュエーションを撮るとしたら、何か変化はあるのだろうか。ちょっと気になった。 

ぼくのバラ色の人生 [DVD]
エレーヌ・ヴァンサン
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2013-07-12


Etre et avoir ぼくの好きな先生 [DVD]
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2004-04-07


 
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