寿司店でバイトをしながら会計士になるため学校に通っている青年アントワーヌ(MB14)は、夜になると地元の仲間とラップバトルに挑んでいた。ある日寿司の配達のためオペラ座ガルニエ宮を訪れたアントワーヌは、オペラ教室で自分に絡んできた学生に対抗し、オペラの真似事で歌声を披露する。その声を聴いたオペラ教師マリー(ミシェル・ラロック)に才能を見込まれて、強引にレッスンに参加させられることに。アントワーヌは自分とは世界が違うと思いつつもオペラの魅力に取りつかれていく。監督はクロード・ジディ・Jr。
アントワーヌがオペラに魅せられる瞬間の説得力が強かった。私はそれほどオペラ全般に魅力は感じないのだが、アントワーヌの表情で、この人は今自分が知らなかった世界と出会ってしまったんだという衝撃が伝わってくるのだ。アントワーヌを演じたMB14(実際にビートボックスの世界チャンプの人なんですね)の力なのだろうな。全般的にアントワーヌが音楽に触れる時の表情が良くて、ラストシーンについても彼が自分の表現、自分がいるべき場所にいるという確信をつかみ取った瞬間だということが表情でわかる。ここに至るまでのエピソードの積み重ねがきちんとなされていることでも、説得力が生まれている。このラストの先を見たいという人もいるだろうが、アントワーヌの自己発見の物語としてはこのラストでよかったと思う。
対してマリーのキャラクターも魅力的だった。自分の欲望に忠実でチャーミングだ。そして家族とは縁を切ったことを後悔していないと言い切る所が清々しい。彼女を満たす「愛」は家族やパートナーの存在によるものではなく、音楽そのものと音楽を共に作る仲間から得られるものだ。こういう形の「愛」で生きる人もいる。彼女の生き方は家族との愛故に不自由になるアントワーヌの生き方とは大分違うのだが、そういう2人の人生が重なり合うという所が本作の魅力。一歩間違うとマリーがアントワーヌを「導いてあげる」的な上から目線になりそうな階層格差があるところ、割とうまくクリアしている印象だった。
アントワーヌは兄や友人を愛しているが、何かと派閥でぶつかり合う荒っぽい地元文化の中では若干無理をしないとならない。ヒップホップは好きだがヒップホップのマチズモには馴染めない感じが滲んでいた。なお作中で披露されるラップはかっこいいのかどうか今一つわからず。韻の踏み方等は字幕にはあまり反映されていなかったように思う(そういう面では『クリード 過去の逆襲』のライム翻訳はうまかったんだな…)。