3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『デッド・ドント・ダイ』

 アメリカの田舎町センターヴィル。警察署長のロバートソン(ビル・マーレイ)と巡査のピーターソン(アダム・ドライバー)、モリソン(クロエ・セビニー)。変哲のない平和な町だったが、ある日ダイナーで凄惨な他殺死体が発見される。なんと墓場から死者が次々と蘇り、町がゾンビだらけになってしまったのだ。謎めいた葬儀屋のゼルダ(ティルダ・スウィントン)の助けを借りて、警官たちはゾンビと戦うが。監督はジム・ジャームッシュ。
 ジャームッシュに縁の深いオールスターが登場する豪華さだが、無駄遣い感がすごい。なんなんだこの間延びした映画は…。ゾンビに刃物を振り回すアダム・ドライバーとティルダ・スウィントンというわくわく感あふれるシチュエーションなのに、全くわくわくしない。全体の流れがもったりしすぎ(まあはきはきしたジャームッシュ監督作というのも変だけど)。あえてのもったりと思えず、単に手を抜いたな、という印象を受けてしまった。
 また、それまでの文脈をぶち壊すような展開があったり、特に前振りや後々の伏線になるのでもない唐突な設定が明らかになったり、行き当たりばったり感が強すぎる。唐突なら唐突で、何かを意図した唐突さならわかるのだが、特に何かを考慮してやった形跡が見受けられないのでイライラしてしまった。出演者の技量とネームバリューに甘えすぎではないか。
 前作『パターソン』は一見変化のない日々を緻密な演出で組み立てていたので、そのギャップでよけいにがっかりしてしまった。また、正直今の時期に見るには(私にとっては)不向きな話だったという面もある。蔓延していくものに対してなすすべもなく飲み込まれていく話だから…。


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2018-12-21




『T-34 レジェンド・オブ・ウォー ダイナミック完全版』

 第二次世界大戦下、ナチス・ドイツ軍の捕虜となったソ連の士官イヴシュキン(アレクサンドル・ペトロフ)は、接収されたソ連軍の戦車T-34を操縦し、収容所内でナチス側と戦車戦演習を行えと命じられる。T-34に実弾装備はなしで実弾の砲火にさらされるという圧倒的に不利な条件だ。ナチスのイェーガー大佐(ビツェンツ・キーファー)はかつてイヴシュキンと戦った因縁の相手だった。イヴシュキンはひそかに装備を整え、仲間と共に演習中の脱走を計画する。監督はアレクセイ・シドロフ。
 2019年10月に公開され、一部の映画ファンの間でやたらと熱く燃え上がった『T-34レジェンド・オブ・ウォー』の長尺版。私は短尺版は未見なのだが、一部で熱狂的な支持を受けているので気にはなっていた。今回「ダイナミック完全版」として上映されることになったので、戦車には疎いが見に行ってみた。結果、大正解!なぜ熱狂的に支持されているのか理解した。これは燃えるし萌えるでしょう。特に前半は面白くないシーンがないくらい面白くて本当にびっくりした。こういう見せ方、こういう演出ができるのか!という新鮮さだった。アクション構成と見せ方がすごく上手い。砲弾がいちいちスローモーションで動くのはちょっとくどいが、どういう戦術、アクションが今なされているのかわかりやすく見せてくれて、親切といえば親切。こんなにすごいことが起こっていますよ、というアピールなのでわかっている方がアクションシーンは楽しめる。
 対して後半、人間ドラマが絡んでくるとちょっとかったるくなってしまう。女性捕虜とのロマンスも取ってつけたようで(とはいえこの女性も有能で頼もしいのだが!)それほど必要性は感じなかった。人間同士のエモーショナルなドラマとしては、イヴィシュキンに対するイェーガーの執着だけでおなか一杯。そもそも演習やる必要なんてないもんな!どれだけ再戦したかったんだよ!とは言え、後半の戦車戦もばっちり面白いので、大きな傷にはなっていない。何しろ前半が面白すぎるのだ。ちょっと珍しいバランスの映画だと思う。

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2019-03-15


『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』

 CM監督のトビー(アダム・ドライバー)はスペインの田舎で撮影中に、かつて自分が学生時代にこの地で撮影した映画『ドン・キホーテを殺した男』のDVDを見つける。当時の出演者を訪ねるが、ドン・キホーテ役だった靴屋の老人(ジョナサン・プライス)は自分が本物の騎士だと思い込み、ヒロイン役だったアンジェリカ(ジョアナ・リベイロ)は女優になろうと故郷を飛び出し富豪の愛人になっていた。監督はテリー・ギリアム。
 2000年にクランクインするも様々なトラブル、資金難によりとん挫を繰り返し、なんとかかんとか完成した本作。ギリアム監督にとっては30年来の構想だったというから、そりゃあ感無量だろう。とは言え、積年の思いが込められた作品にしては割と普通。ドン・キホーテの物語に取りつかれその中に取り込まれていく人たち、映画の魔のようなものを描いた作品だが、本作自体にはそれほど魔を感じない。構想が経年するうちにだんだん薄味になってしまったのか、様々なハードルを越えるうちにギリアム監督も物分かりがよくなったのか。
 靴屋の老人はまさにドン・キホーテ本人として振る舞い、トビーをサンチョ・パンサと思い込み彼を翻弄する。最初はツッコミ役だったトビーも、段々ドン・キホーテの世界に引きずり込まれ、老人の妄想を共に生きるようになる。妄想が他人を巻き込む、それこそが映画というものなのかもしれない。新たなドン・キホーテが生まれ、サンチョ役が自らサンチョとして相手の妄想に乗っかっていくのは意外。ただ、どちらにしろわりと予定調和的な妄想で少々物足りなかった。確かにすごく豪華なつくりのはずなんだけど、あんまりスケール感を感じないのが逆に不思議。

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『ティーンスピリット』

 ワイト島の農家で母と暮らすヴァイオレット(エル・ファニング)は歌手を夢見ている。オーディション番組「ティーンスピリット」の予選が地元で開催されると知った彼女は出場を願うが、保護者の同意が必要だという。母親は歌手になることには猛反対。ヴァイオレットはバーに居合わせた元オペラ歌手のヴラッド(ズラッコ・ブリッチ)に保護者の振りを頼む。ヴァイオレットに才能を見出したヴラッドは歌のコーチを申し出る。監督はマックス・ミンゲラ。
 エル・ファニングのエル・ファニングによるエル・ファニングの為のド直球アイドル映画。ともするとダサくなりそうなところ、話を引っ張りすぎないコンパクトさとテンポの良さですっきりと見せている。ファニングのややハスキーな声での歌唱パフォーマンスがなかなか良くて、クライマックスはぶち上げ感がしっかりあった。ヴァイオレットが好んで聞く曲、オーディションでの選曲から、彼女の音楽の趣味の方向性や人柄がなんとなくわかるような所も音楽映画として目配りがきいていると思う(単に今の音楽のモードがこういう感じなんですよということかもしれないけど…)。
 ストーリーは名もなき若者が夢を追い、努力と才能でスター街道を駆け上がるという、非常にオーソドックスなもの。この手のストーリーにありがちなイベントが盛り込まれているが、一つ一つがかなりあっさりとしている。母親との葛藤も、師匠のしごきも、調子に乗ってのやらかしも、将来への不安もさらっと触れる程度で重さはない。それが悪いというのではなく、本作はそういうドラマティックさを見る作品ではないんだろうなと思う。音楽を聴いた瞬間の世界の広がり方や、自分の中で自分の音楽が鳴り出す瞬間のあざやかさ、そういった雰囲気を楽しむものなのだと思う。
 ちょっと突っ込みたくなる部分は多々あるのだが(ワイト島って相当田舎だと思うのだが、そんなにスキルのあるバンドが都合よくいるの?!という点を一番突っ込みたかった)、エル・ファニングのアイドル映画としては大正解では。なお、前回のティーンスピリッツ優勝者が全くイケておらず、それでよくスター扱いされるなと思った。ステージ上の階段を降りる時の足元がぎこちなくて気になってしまう。

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『テッド・バンディ』

 1969年、シアトル。バーで知り合ったテッド・バンディ(ザック・エフロン)とエリザベス・クレプファー(リリー・コリンズ)は恋に落ち、エリザベスの娘モリーと3人で暮らし始める。しかしある日、テッドは誘拐未遂事件の容疑で逮捕される。更に前年にも女性誘拐事件が起きており、その時に目撃された容疑者の似顔絵はテッドそっくりだった。監督はジョー・バリンジャー。
 30人以上の女性を惨殺した、実在の殺人鬼の話をドラマ化した作品。109分というコンパクトな尺だがみっしりと中身が詰まっており、大変面白かった。テッドがわりと臆面もなく感じが良くて「(性的に)魅力的な男性」として描かれている。映画を見る側は史実としてテッドに有罪判決が下りたことはわかっているわけだが、彼に疑いを持ちつつ愛を捨てられないエリザベスの目を通して彼を見ているので、本当に有罪なのか、実際はどうなんだと揺り動かされるのだ。あえて情報を断片的にして、見通しを悪くしている。それがエリザベスをはじめ、当時の人たちの視界だったのでは。
 裁判に対するテッドの妙な自信、自分が特権的な人物であるかのような振る舞いは不気味だ。彼は確かに弁が立つし証拠は状況証拠が主。とは言え、客観的に見たらどう考えても不利なのに、なぜ自信満々な振る舞いができるのか。また、エリザベスの愛と信頼をずっと求め続けるのも不気味だ。なぜ彼女は殺さず、永続的な関係を望むのかが謎。殺人という暴力とは違った形の暴力、精神的な影響力で彼女を縛り続けている。ではエリザベスと他の女性とは何が違ったのか。そのわからなさが不気味なのだ。
 テッドへの不信を持ちつつ彼の愛を諦められないエリザベスの心境もまた謎なのだが、初めて会った時のテッドのふるまいが、シングルマザーのエリザベスにとって完璧すぎるので、これは好きになっちゃうし離れられないわ…という納得はある。相手が尊重されていると実感できるふるまいをするのだ。そのふるまいもすべて演技かと思うとぞっとするのだが。


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マイケル・R・ペリー
東京創元社
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『ディリリとパリの時間旅行』

 ベル・エポック期のパリ。ニューカレドニアからやってきた少女ディリリ(プリュネル・シャルル=アンブロン)は配達人の少年オレル(エンゾ・ラツィト)と共に、パリで起きている少女誘拐事件に挑む。監督・脚本はミッシェル・オスロ。
 アニメーションの魅力は動き、動き方をどのように表現するかという点にあると私は思っているが、本作は決して「動き」のアニメーションではない。ではアニメーション固有の魅力がないのかというとそんなことはなく、アニメーションならではの魅力がふんだんにある。動きで魅せる活劇としてのアニメーションとは発想の起点がちょっと違っており、そこが面白い。リアルなパリの風景を、きり絵のように単純化されたアニメーションの人物が駆け抜けるというコントラストの妙がある。キャラクターの動き自体にはそれほど面白みはないのだが、画面全体がひとつの絵としての美しい。当時のパリの風景を様々な角度から見せる、観光映画のようでもあった。ディリリとオレルは三輪車でパリを駆け抜け、とても爽快なのだが、他にも馬車、ボート、飛行船等乗り物が次々と登場する。乗り物によって目線の高さや移動ルートが違うので、風景にバリエーションがあって楽しい。衣装の色合いのビビッドさも美しかった。
 パリの風景だけではなく、学者や芸術家等、歴史上の人物たちが次々と登場する。有名な絵画作品に描かれた風景がそのまま再現されていたりもする。ムーラン・ルージュで画家ロートレックと出会う時には、舞台の上も客席でも、彼の作品に登場した人たちがその姿で現れるので嬉しくなった。ロートレック本人もディリリと一緒に三輪車に乗る姿がきゅーとなのだが、ドガに作品を褒められて喜ぶ姿もまた微笑ましかった。
 ディリリ達の敵は明確に性差別主義者たちだ、女の子も自由に学び生きる権利があるということをディリリが体現しており彼らにNOを突き付けるわけだが、いまだにこれを言わないとならない世の中だというのが何とも辛い(作品の舞台は19世紀だたそのメッセージは現代の私たちに向けられているわけだから)。一方、本作の冒頭で、ディリリは「未開の民族」として、アトラクションの一部になっている。パリ万博では実際に様々な地域の先住民を見世物として「展示」(展示の中に現地の住居を再現し生活させ、来場客に見せる)していたそうだが、これは彼らを「未開人」として見世物扱いしている、同等の人間としては扱っていないということになるだろう。先住民とフランス人の間に生まれたディリリは、宣教師によりヨーロッパの教育を受け「文明化」されたというわけになる。確かにディリリの世界は教育により広がったわけで、宣教師としては彼女を「野蛮から救い出した」という意識があるのだろう。とはいえ、彼女のバックボーンはヨーロッパ側からは無視されたままなのでは。そこにある差別には本作は言及していない点にはひっかかった。

アズールとアスマール [Blu-ray]
シリル・ムラリ
スタジオジブリ
2007-12-19





世界を変えた100人の女の子の物語
エレナ・ファヴィッリ
河出書房新社
2018-03-24

『鉄道運転士の花束』

 鉄道運転士のイリヤ(ラザル・リストフスキー)は列車の運行中、線路を歩いていた少年をひき殺しかける。その少年は自殺したいから構わないのだと言う。そして10数年後、イリヤの養子となったその少年シーマ(ペータル・コラッチ)は自分も定年間近のイリヤの跡を継ぎ鉄道運転士になりたいと考える。しかしイリヤは猛反対。事故で人を殺してしまうことは避けられない、その重みをシーマに負わせたくないのだ。反対を押し切りシーマは鉄道運転士になるが。監督・脚本はミロシュ・ラドビッチ。
 イリヤは鉄道事故で累積28人を殺しており、その中には最愛の女性も含まれていた。自分のような苦しみを子供には味わせたくないというと良い話みたいだけど、「人をひいたら一人前」「一人ひいたら気が楽になる」等イリヤも運転士仲間もぽんぽん言うので信用できない。無事故無違反ありきではなく、事故も違反もあることが前提なのだ。日本だったら不謹慎!と怒られそうなセリフだ。
 早く人をひいて楽になりたい!と訴えるシーマ(その訴えもどうなんだと思うが)に対するイリヤの行動は、予想は出来るが結構極端。子供への愛情の示し方がちょっといびつだし、良くも悪くも融通がきかない。イリヤはシーマが自分を愛しすぎないように、自分もシーマを愛しすぎないようにずっと気をつけているように見えた。その試みは結局のところ失敗していることがわかってくるが、イリヤの愛は屈折しているのだ。その屈折を補うのが、同僚夫婦。ストレートな愛情をシーマに示す姿は心温まるし、とてもいい「近所のおじさんとおばさん」という感じ。おばさんが作るズッキーニの肉詰め、イリヤ達には不人気なのだが食べてみたくなった。
 一見牧歌的でハートウォーミングな印象だが、かなりブラックユーモアが強い。題名の「花束」の意味だって、えっそっち?!という方向でまずは見せてくる。運転士たちが引き殺した人数を出し合うのといい、この人をひくのはまずいけどあいつならOKという差別化も、あっけらかんと黒い。
 イリヤの自宅が列車車庫の中にあったり、同僚夫婦やカウンセラーの自宅は車輛を改装したものだったりと、舞台がとても楽しい。特にカウンセラー女性の自宅は、一面が本棚になっていてアンティークっぽい内装で素敵だった。車輛に住むというシチュエーション、子供の頃に大分憧れたので、映画の中で見られて嬉しいしうらやましくなってしまった。

黒猫・白猫 [DVD]
バイラム・セヴェルジャン
キングレコード

『田園の守り人たち』


 1915年、第一次世界大戦中のフランスの田園。未亡人オルタンス(ナタリー・バイ)は、長女で夫が出征中のソランジュ(ローラ・スメット)と農園を取り仕切っていた。人手不足の中、身寄りのない若い娘フランシーヌ(イリス・ブリー)を雇うが、彼女は働き者で家族同然になっていく。ある日、前線から二男ジョルジュが一時休暇で帰ってくる。ジョルジュとフランシーヌは惹かれあっていくが。監督はグザヴィエ・ボーヴォワ。  音楽が何だかいいなと思っていたらミシェル・ルグランだった。最晩年の仕事ということになるのか。全般的には控えめな音楽の使い方なのだが、エピソードの節目節目で印象に残る。また、四季を通して描かれるフランスの田舎の風景が美しい。ジョルジュが農場の周りの森に拘るのもわかる。  女性ばかりの農園が舞台ということで、大地母神神話的に母性賛歌みたいな方向だとちょっと困るなと思っていたら、あまりそういう側面は感じられずほっとした。農園のあり方はむしろ、経営、経済活動という側面が目についた。男性は出征していて働いているのは女性と老人ばかりなのだが、耕運機など農耕器具が改良され(作中描かれているのは3,4年程度なのだが、その中でも結構進化している)、生産量が上がっていると言及されるシーンがある。技術が発展すると労働力としての男性のアドバンテージはそれほど高くなくなっていくのだ。ソランジュが帰郷した夫に得意げな顔で農耕器具を見せるシーンが印象に残った(夫が君すごいな!的リアクションなのもいい)。農場主であるオルタンスの個性は、母性よりもむしろ経営者、事業者としての有能さに象徴されている。  とはいえ、オルタンスは経営者であると同時に娘、息子たちの母親であることは間違いない。彼女の「母」としての側面が強く出るのは、特に息子に対してだ。それまで冷静でフェアだった人が、息子の為には急にひとりよがりで卑怯なことをしてしまう。母親の業みたいなものなのかもしれないが、息子に対する執着が見え隠れしてちょっと怖かった。  女性たちの強さ、有能さが印象に残るが、女性故に我慢しなくてはならない側面は依然としてある。「女」として扱われる不愉快さが、主にアメリカ兵相手に漂う。あるシーンで、ジョルジュはフランシーヌが立場上そうせざるを得ないということが多分わからないのだろう。その時彼もフランシーヌが感じる不愉快さに加担していることになるのだが、その自覚もないのだろう。オルタンスはそれがわかっていて、やはり加担してしまうというのが辛い。



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紀伊國屋書店
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『天気の子』

 16歳の帆高(醍醐虎汰朗)は、離島から家出し東京にやってくるが、すぐに資金が尽き仕事もみつからず途方に暮れていた。船で出会ったライターの須賀(小栗旬)を頼り、彼の事務所で住み込みのアシスタントを始める。ある日であった少女・天野陽菜(森七菜)は「100%の晴れ女」だった。2人は晴れを届ける商売を始めるが。監督・脚本は新海誠。
 プロデュース川村元気、キャラクターデザイン田中将賀、音楽RADWIMPSという『君の名は。』の布陣を引き継いだ布陣。まさかのメガヒット作の次にどんな作品を作るのかと思っていたら、基本毎回同じネタというかブレがないというか。もう自分はこのネタ一本でいきます!という開き直りを感じた。好き嫌いは別として、この度胸と作家性はやっぱり強みなんだろうなぁ・・・。10代少年のメンタルを維持し続けるというのが、
 天候の描写は本当に美しく見応えがあるのだが、本作を好き、面白いと思えるかというとちょっと微妙だった。今に始まったことではないのだが、「特殊能力ゆえに悲劇から逃れられない少女を僕が助けたい」という新海誠監督作に頻繁に出てくる願望がモロに表出しており、いまだにこれなのかと辟易した。それが作家性というものなんだろうけど、延々とやるのか…。少女に色々なものを仮託しすぎだし、主人公の少年は何も出来ないのに彼女に全面的に受け入れられすぎで、まあ都合がいい話だよなという面は否めない。ラストを、「特別な少女」を犠牲にしがちなオタクコンテンツへのアンチテーゼと見る向きもあるようだが、どちらかというと世界に対して何か決定的な影響力を持ちたい!という少年の独りよがりな願望に見えてしまった。そもそも、なぜいつも特殊能力を持ち負荷をかけられるのが「少女」という設定にするんだという話だからな・・・。自分に何もないから少女に託すんだろうけど、もうちょっと何か引き受けようよと思ってしまう。
 帆高にしろ陽菜にしろ、大人への不信感、大人のサポートを拒否する感じは何なんだろうなと不思議だった。少年少女が身を寄せ合う状況にしたいというストーリーの建てつけ上の都合とはいえ、彼らの行動原理の説明がないので不自然に感じた。ぱっと見楽しそうでもすぐに破綻しそうな生活で、ボーイミーツガール以前に大人が保護しろよと思ってしまった。本来なら、帆高と「ちょっと(不完全な)大人」である須賀たちとの生活のエピソードの方が、帆高の成長過程では重要なんじゃないかと思うんだけど・・・。女子とまともに関わるのはそのあとでいい。

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2017-07-26





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2006-11-17

『天国でまた会おう』

 第一次世界大戦の終結目前。ドイツ軍との停戦が成立するかに見えたが、“戦争好き”なフランス軍のプラデル中尉(ローラン・ラフィット)は理不尽な攻撃命令を下す。戦場でフランス軍兵士のアルベール・マイヤール(アルベール・デュポンテル)は、若い兵士エドゥアール・ペリクール(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)に助けられる。アルベールを助けたことで、エドゥアールは顔の下半分に重症を負う。エドゥーアールは名門銀行家の息子だったが家族とは絶縁状態で、自分は死んだことにしてくれとアルベールに頼み込み、断りきれないアルベールは戦後も彼を引き取り同居するようになった。エドゥアールには絵の才能があり、その才能を活かした詐欺計画を思いつく。原作はピエール・ルメートルの同名小説。監督はアルベール・デュポンテル。
 原作は結構なボリュームなのだが、ダイジェスト感強いとは言え意外と忠実に映像化されている。時代劇としての美術の面白さやエドゥアールが自作する仮面の美しさ等、ビジュアル面に魅力がある。俳優も皆ハマっており良かった。ビスカヤートは物語中盤以降、ほぼ顔を隠して出演しているが、体の動きのしなやかさや、目の表情の豊かさに魅力がある。多分、目でどれだけ演技が出来るかという部分で役が決まったのではないかなと思う。
 アルベールとエドゥアールは、彼らにとっての戦後を生きているわけだが、彼らの人生から戦争の影が消えることはない。エドゥアールの顔には修復しようのない傷が残っているし、アルベールは元の仕事(銀行の簿記係)に戻れず給料の安い半端仕事を転々としている。何より同じ兵士として戦地に赴いた若者たちが無残に死ぬ様を見てしまっている。そして、彼らを戦地に送り込んだ政治家や指揮する上官たち、そして戦争で儲ける資本家たちは安泰なままだ。エドゥアールが思いつきアルベールを巻き込んでいく詐欺計画は、自分たちの運命を翻弄した戦争そのもの、そして戦争で儲けた、自分たちを食い物にした者たちへの復讐だ。そして、自分たちの正当な分け前を取り返すという意味合いもあるのだろう。ピカレスクロマンであると同時に、広義の戦争映画なのだ。社会的な「終戦」が訪れても個人の中の戦争は終わらないということに、最後の最後まで言及されている。
 更にエドゥアールにとっては、絵にかいたような資本家であり自分とは相いれなかった父親への意趣返しでもある。映画では、エドゥアールと父親との関係が原作小説よりもクロースアップされており、この部分はよりエモーショナルだった。関係がいくばくか修復されることと、取り返しのつかなさが一体となっており切ない。エドゥアールがあの瞬間の為に生きていたように見えてしまうのは、ちょっと感傷的すぎないかとは思うが。

天国でまた会おう(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピエール ルメートル
早川書房
2015-10-16


天国でまた会おう(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピエール ルメートル
早川書房
2015-10-16


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