3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。

『地下室のヘンな穴』

 閑静な住宅地にある一軒家の内覧に来たアラン(アラン・シャバ)とマリー(レア・ドリュッケール)夫婦。不動産屋が彼らに伝えたこの家一番の目玉は、地下室にある穴。その穴に入ると、「12時間進んで3日若返る」というのだ。この家に引っ越してきたものの半信半疑のアランとマリーだが、穴の存在が彼らの人生を変えていく。監督・脚本はカンタン・デュビュー。
 12時間進んで3日若返る、という微妙すぎな設定に味がある。時間の経過も若返りも、一見ではわかりにくいのだ。しかしこの穴にマリーが人生を賭けてしまう。彼女が穴(がもたらす効果)に取りつかれていく様はおかしくもかなしい。彼女が目指すものはそもそも、穴を使ったとしても得られそうもない。それはまた別の問題では?!と突っ込みたくなるが、使える道具があることで、諦められなくなってしまう。
 一方、アランの勤務先の社長で親しいご近所づきあいもあるジェラール(ブノワ・マジメル)は、自分の体の一部を「電子化」している。これ厳密には「電子化」ではない気がするのだが(電子タバコ的なニュアンスなのか)、原語の直訳なのだろうか。彼は自分の「電子化」された部分をやたらとアピールする。未承認の技術らしいしフランス国内では修理できないらしい(なんと日本産)し、リスクもコストも高そうなのにそれに執着するのだ。
 マリーもアランも、自分の肉体をコントロールできる、よりセクシーに世間受けよさそうな方向にカスタマイズできるという欲望に取りつかれているように見えた。しかし彼らの身近な人たちは、そのカスタマイズを特に必要としてはなさそうだし、欲望の行き先は立ち消えてしまう。見ている側を置き去りにするような終わり方なのだが、そもそも本作、おさまりのいいオチが想像できない。

ディアスキン 鹿革の殺人鬼
ロラン・ニコラス
2020-01-10


RUBBER ラバー(字幕版)
ウィングス・ハウザー
2017-07-28


『TITANE チタン』

 子供のころに交通事故に遭い、頭蓋骨にチタンプレートを埋め込まれたアレクシア(アガト・ルセル)。彼女は車に対して強い執着を持ち、人間に対してはある衝動に駆られるようになる。トラブルを起こして逃亡するアレクシアは、行方不明の息子を待ち続けていた消防士のヴィンセント(バンサン・ランドン)と出会い、奇妙な共同生活が始まる。監督はジュリア・デュクルノー。
 デュクルノー監督の『RAW 少女のめざめ』はセンセーショナルな売り出し方をされていた割には割と普通、言わずもがななことをやっているなという印象だった。今回も似た印象ではあるのだが、もっと暴投気味といえばいいのか、思い切りすぎていてかなり面白かった。前半と後半でなぜそのように接続するのか?!と突っ込みたくなるような強引さがいい。
 アレクシアは車に対して強い愛着、性欲を持ち、車とセックスして妊娠する。無茶苦茶な設定なようでいて、見ている間はあまり違和感を感じないところが面白い。アレクシアは車に対して性欲を持つが車を他者として愛しているというわけではない。別に車とコミュニケーションを取ろう、パートナーになろうというのではなく、セックスの対象は車だというだけだ。彼女にとってセックスと愛情は別物であるように見える。一方、ヴィンセントにとってもまた、愛とセックスの位置づけはアレクシスのそれと少々似たものがあるように思った。ヴィンセントの方がもっと境界線が危うい印象だが、強い愛情の対象と、セックスの対象は別であり、2人の間が性愛に発展しそうになるとぎりぎりで回避される。
 アレクシアは自分の肉体が変化していく様を忌避し、なんとか隠し通そうとする。自分の体が自分にとって忌むべきものになっていくのだ(同時に愛着を見せる瞬間もある所が厄介なんだけど…)。ヴィンセントも老いていく自分の肉体に、健康度外視で挑む。世間一般で「自然」とされていることに、様々な方向から反抗する人たちの共闘のように思えた。彼女たちにとっては自分たちがやっていることが自然だから、周囲から何を言われても変えようがないんだよな。

RAW 少女のめざめ [Blu-ray]
ローラン・リュカ
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2019-02-06


ホーリー・モーターズ [Blu-ray]
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2021-08-04


『tick,tick…BOOM!チック、チック、…ブーン!』

 Netflixで鑑賞。1990年、ニューヨーク。ミュージカル作曲家を目指すジョナサン(アンドリュー・ガーフィールド)は食堂のウェイターとして働きながら、新作の製作に取り組んでいた。しかし楽曲を書いては直し書いては直しで、なかなか完成しない。もうすぐ30歳になるが安定した収入も作品への評価も得られない彼は、周囲が現実的な就職を始める中で、焦りを増していく。監督はリン=マニュエル・ミランダ。
 名作ミュージカル『RENT レント』の作曲家であるジョナサン・ラーソンの自伝ミュージカルの映画化。私はラーソンの人生については若くして亡くなったということくらいしか知らなかったのだが、彼の人生や作品を知っているかどうかで、本作の印象は大分変るのではないかと思う。ラーソンの自伝ミュージカルだから当然と言えば当然なのだが、作家の人生と作品はイコールではないわけで、作家の実際の人生に作品の鑑賞角度が引っ張られすぎるのもどうかなという気はする(批評の場合は作品のバックボーンは当然考慮するので別だが)。ラーソンの人生を知っていると、30歳になるというジョナサンの焦りが、自分の人生残り時間をあらかじめ知っているからのように見えてしまうのだ。
 ラーソンの享年は置いておいても、ジョナサンの「30歳になったらおしまいだ」と言わんばかりの焦燥感、追い詰められ方は、少々極端に見える。これは90年代当時の感覚で、現代だったらまたちょっと違うのではないかなと思った、青年時代は着実に長くなっているし、今だともうちょっと自分の夢や人生との向き合い方に色々なルートがあるのでは。また、当時まだ未知の部分が多く不治の病だったHIVは、現代ではコントロール可能な病になった。年齢にしろ病気にしろ、時代によって持つ意味が変わってくるんだなと実感した。また、『RENT』は今となっては古典的作品で、当時ラーソンの作風がどのくらい斬新で当初理解されにくかったのかということも、あまりぴんとこない。本作の原作である『tick,tick…BOOM!』の実際の公演の映像がエンドロールで流れるが、そんなに受け入れられにくいようには見えない。見る側の感覚が変わったのだ。
 アンドリュー・ガーフィールドの歌が達者で驚いた。こういうこともできる人だったのか。ジョナサンはかなり視野が狭くてあまり周囲の都合を考えないので、恋人とも別れる羽目になる。身近にいたら色々と大変そうだ。でもガーフィールドが演じていると、なんとなく人の良さがにじみ出ていてあまり嫌味にならない。

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『沈黙のレジスタンス ユダヤ孤児を救った芸術家』

 1938年、フランス。俳優を夢見るユダヤ人青年マルセル(ジェシー・アイゼンバーグ)は、兄アラン(フェリックス・モアティ)や幼馴染のエマ(クレマンス・ポエジー)らと、ナチスから逃れてきたユダヤ人孤児たちの世話をしていた。しかしナチスは日ごとに勢力を増し、1942年、フランス全土を占領した。マルセルはレジスタンスに参加し、子供たちをスイスに逃がす為、アルプスの山越えを決意する。監督・脚本はジョナタン・ヤクボウィッツ。
 パントマイムの神様と呼ばれたマルセル・マルソーのレジスタンス時代の実話を映画化した作品。ダイジェスト感が強いのは否めないが、とてもまじめに作られた作品だと思う。ナチスが人の意志をどのように挫くのかという描写(直接的な暴力描写はない)、非道なことを実行する人が他の局面ではごく普通の良き父であるという描写など、結構怖かった。
 マルセルは最初から子供たちの為に何かしたいと思っていたわけではない。冒頭では周囲から利己的だと評されるし自覚もある。しかしいざ困難な状況にある子供たちを見ると何かせざるを得ない、しなければと思ってしまう。彼は自分の芸術は息をするようなもの、自分の為だと言う。子供たちを笑わせようとしたのは、彼がパフォーマーとして観客の為に何をするか、という意識を初めて自覚した瞬間ではないかと思った。
 マルソーがレジスタンスとして大きな功績を残していたということは、恥ずかしながら初めて知った。ナチスの目を盗み子供の集団を連れてアルプス越えを成功させるというのはなかなか出来ないことだろう。更にジョージ・パットン将軍の渉外係だったというから驚いた。本作の冒頭は、パリを奪還したアメリカ軍の兵士たちの前でパットン将軍が演説する所から始まる。他の人が語るマルセルの物語、という形になっているのだ。本作、作中でメインで使われている言語は英語だ。舞台はフランス、マルセルはフランス人なので本来はフランス語のはずなのだが、歴史映画でありがちな英語吹替え的シチュエーションになっている(ナチスはドイツ度、一部のフランス人はフランス語)。個人的には全くのフィクションだとさほど気にならないのだが、実話が元になった作品でこのスタイルをやられるとかなり気になる。ある国・文化圏の史実の乗っ取りみたいにならない?と思ってしまうのだ(ラストの舞台は史実なのだろうか。やりすぎな気がするが…)。しかし本作の場合、パットン将軍が話している内容だから英語なんだよというエクスキューズがある…というところまで考えているのかどうかわからないが、そういう解釈もできる。

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『チャーリーズ・エンジェル』

 国際機密組織チャーリー・タウンゼント社は通称エンジェルと呼ばれる女性エージェントを育成し、世界中で隠密に活動している。巨大企業に勤めるプログラマーのエレーナ(ナオミ・スコット)は、自分が開発した新エネルギー源“カリスト”を、会社が兵器として軍事利用しようとしていることに気付き、エンジェルに告発し助けを求める。2人のエンジェル、潜入捜査を得意とするサビーナ(クリステン・スチュワート)と元IM6で武器と格闘に長けたジェーン(エラ・バリンスカ)は、命を狙われるエレーナを守りながら調査を進める。監督はエリザベス・バンクス。
 正直な所、決してストーリーの出来がいい映画というわけではない。カリストの性能や性質の設定がだいぶ曖昧でそもそもどういうものなのか微妙だし(軍事利用するよりも普通にエネルギーとして販売する方が格段に儲かりそうなんだよね…独占できるわけじゃん…)、あの人もこの人もやることが大雑把。また、アクションシーンの見せ方があまりうまくない所は非常に残念。アクション設計自体はいいのだが、カットのつなぎ方がいまいち効果的ではないという印象。動きが細切れになってしまうのが勿体ない。やはり一連の流れを体全体の動きがわかるように見たい。
 とは言え、エンジェルたちはかっこよくチャーミングで、彼女らの活躍を見ているだけで楽しい。華やかかつセクシーな恰好もするが、「女性だから」「女性らしさが」といった見せ方にはあまりなっていない印象になっているところがいい。どんな格好にせよ、当人が好き自分の為にやっている感じなのだ。実はあからさまにセクシーだったり男性ウケがよさそうな恰好は、あまりしていないんだよな。
 サビーナとジェーンの不器用な歩み寄りがチャーミング。お互いに仕事で組んで間もなく、お互いのことをよく知っているわけではない。でも「友達ができた」と言えるようになったところにぐっときた。またボスレー(エリザベス・バンクス)の「映画好きなのよ!」という主張もかわいい。本作、実はボスレー、つまりかつてのエンジェルたちが主役といってもいいくらいなのでは。だとしたら先代エンジェルについての言及がないのはちょっと寂しい。いろいろ事情があるのだろうが出てほしかったなー。

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『荒野の誓い』

 1892年、アメリカ、ニューメキシコ。戦争の英雄で今は看守をしているジョー・ブロッカー(クリスチャン・ベール)は、かつて戦争で宿敵だったシャイアン族の酋長イエロー・ホーク(ウェス・ステューディ)とその家族をモンタナに護送する任務を受ける。イエロー・ホークは病を患い余命いくばくもないのだ。道中、コマンチ族の襲撃によって家族を殺されたロザリー・クウェイド(ロザムンド・パイク)と出会い、彼女も旅に加わるが。監督はスコット・クーパー。
 産業革命が進み、開拓地が広がっていく時代のアメリカが舞台。時代背景と場所は西部劇といえば西部劇だが、もう旧来の意味合いでの「西部劇」は成立しないんだよなと実感した。ブロッカーは土地の奪い合いのためにアメリカ先住民と熾烈な戦いを繰り広げ、その戦争で仲間を大勢亡くした。そのため、イエロー・ホークはじめ先住民らを強く憎んでいる。家族を殺されたクウェイドも同様だ。とはいえ、仲間を殺され憎しみにかられるのはイエロー・ホーク側も同じだろう。
 そもそも、この土地にとってはブロッカーら白人の方がよそ者のはずだ。ブロッカーにとっては自分たちの開拓を邪魔し生活を脅かす存在との闘いだったろうが、先住民側にとっては自分たちを追い立て迫害する存在からの自衛のつもりだろう。旅の道中、ブロッカーはシャイアン族の人たちにもそれぞれ人としての人格や尊厳があることに気付いていく。派閥同士は敵対していても、一緒に苦境を乗り越えるとその人の尊敬すべきところや信頼できるところが見えてくるのだ。それは、群れ対群れとして憎しみ一辺倒でいるよりも、心の中に矛盾や葛藤を抱えることになりしんどいかもしれない。相手の立場を想像できるようになると、自分たちの戦いに正当性があったのかわからなくなっていく。ブロッカーの友人のようにいち早くそれに気づき、自責の念に堪えられなくなる者もいる。正当性のない戦争を勝者として生き延びてしまった者はどうすればいいのか、ブロッカーの肩にも重くのしかかってくるのだ。
 クーパー監督とベールは相性がいい。私はクーパー監督作が割と好きなのだが、映画としてそんなに尖っていたり洗練されていたりするわけではない。わりとオーソドックスだ。ただ、ストーリーのハッピー度とは関係なく、毎回どこか地獄の一丁目をさまよっているような部分がある。ここはつらい、しかし他に行くところもないというような。その地獄感とベールのともすると悲壮な雰囲気がよく合っているのだ。

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ポニーキャニオン
2016-03-16



『散り椿』

 藩の不正を訴えた為に妻と共に藩を追われた瓜生新兵衛(岡田准一)。病に倒れた妻・篠(麻生久美子)は、死ぬ前に新兵衛にある願いを託す。その願いとは、新兵衛の旧友で、彼が追放された原因にも関わる榊原采女(西島秀俊)を助けてほしいというものだった。采女はかつて篠との縁談があったが、家柄の違いを理由に母親が猛反対し破談になったのだ。妻の願いをかなえるために藩へ戻った新兵衛は、過去の事件の真相に関する情報を得ていく。原作は葉室麟、監督は木村大作。
 非常にオーソドックスなメロドラマ時代劇という印象。男性2人と死んだ女性による三角関係だが、死者には勝てない、何を言ってもかなわないのだ。篠が他の登場人物と比べるとアイコン的すぎるというか、絵に描いたような幸薄く美しい妻という感じで浮いている。これは演技プランや演出のミスではなく、男性たちの記憶の中で彼女が純化されすぎ、幻想の女みたいになっているということではないだろうか。本当の彼女はどういう人だったのか、最後まで見えてこない。あくまで新兵衛の記憶の中の彼女、采女の記憶の中の彼女なのだ。
 新兵衛は篠に対して負い目があるのだが、冒頭のやりとりではお互いに非常に大事にしあっている夫婦という印象を受けるので、客観的にはそんなに負い目を感じる必要はなかったように思える。とは言え当事者としてはそうは思えないのだろう。篠の願いのみならず、新兵衛は自主的に死者による枷をどんどんしょい込んでいるように見える。こういう人は「生きろ」と言われてもそれはそれでしんどいのだろう。「生きろ」という言葉自体が呪いになってしまうという業のようなものが、話のベースにあるように思う。
 話の進め方自体は割と無骨というか平坦なのだが、随所で映される山や林等、風景が美しい。これで結構間が持つ。更に、殺陣が始まると画面が一気に凄みを増す。岡田准一はなんだかすごいことになっているなと唸った。正直アクション以外の演技はやや単調なのだが、殺陣での動きの速さ、動と静の切り替えのブレの少なさ等、メリハリの付け方が素晴らしい。新兵衛の剣術の姿勢は腰の位置がかなり低く、采女の姿勢と比べるとちょっと奇異にも見えるのだが、剣豪としての動きに説得力があった。これは、監督も撮影するのが楽しかっただろうなぁ。エンドロール、岡田が「殺陣」としてクレジットされているのにも唸った。どこへ行きたいんだ・・・。
 出演者はベテラン勢が安定しており、危なげがない。ただ、「時代劇演技」の出力に少々個別差があったように思う。「形」としての固め方がまちまちな感じ。その中で、若手の池松壮亮が少々浮いて見えてしまったのは残念。単品で見ると好演だが、周囲とそぐわないと言うか。

散り椿 (角川文庫)
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KADOKAWA/角川書店
2014-12-25


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バンダイビジュアル
2006-11-24


『蝶の眠り』

 人気作家の松村淳子(中山美穂)は、母親同様に50代で遺伝性のアルツハイマー病に侵されていた。自分の思考がはっきりしているうちに小説以外のこともしようと、大学講師として教壇に立つことにする。ある日、学生らと行った居酒屋で、韓国人留学生チャネ(キム・ジェウク)と知り合い、犬の散歩や原稿の文字起こしを手伝ってもらうことに。監督・原案・脚本はチョン・ジェウン。
 監督自ら原案・脚本も手掛けており、結構力を入れたやりたかった作品なのだと思うが、日本公開された『子猫をお願い』の印象が強い身からすると、えっこういうのやりたかったの・・・?と、戸惑いを隠せない。キュートでありつつも苦味の強かった『子猫~』に対して、本作は多分に少女漫画的なメロドラマで、とてもロマンチック。主演の中山がまた妙に可愛らしくて、言動からもあまり貫禄、落ち着きがある女性という役柄に見えないのも一因か(衣装を含め、本当に可愛いのよ・・・)。全体的にふわふわしている。作中小説がこれまた典型的メロドラマのようで(そういう作品主体に書いている人気作家という設定みたいだからしょうがないんだけど)、あまり面白そうじゃないのがちょっと痛い。朗読される小説の文には、特に魅力がないんだよね。
 ただ、美しくオブラートでくるんだ中にも、文章を書く、自分の思考を整理していくことが生業の人がそれをできなくなっていく、無秩序な世界に突入していくことに対する怖さは滲んでいる。当人には徐々に何が起きているかすらわからなくなっていくという所が残酷だ。また、トイレから出てきた淳子のボトムのファースナーをチャネがそっと上げるシーンが堪えた。いつも身ぎれいにしている人がそういう風になるというのが辛い。淳子がやがてチャネを遠ざけようとするのも無理ない。一方的な行為に見えるかもしれないけど、やっぱりそういう姿を若い恋人には見られたくないし、介護させたくないよな・・・。愛があればなんとかなるってものじゃないから・・・。


子猫をお願い [DVD]
ベ・ドゥナ
ポニーキャニオン
2005-01-19




『沈黙 サイレンス』

 17世紀、キリスト教が禁じられ信者が弾圧されている日本で、ある宣教師が棄教したという噂がポルトガルに届く。その宣教師の弟子である若い宣教師ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)とガルペ(アダム・ドライバー)は真相を確かめる為に日本への密入国を試みる。中継地のマカオで、遭難していたという日本人漁師のキチジロー(窪塚洋介)を案内人にし、ようやく日本にたどり着くが、日本でのキリシタン弾圧は2人の想像を超えるものだった。原作は遠藤周作の小説『沈黙』、監督はマーティン・スコセッシ。
 3時間近い長尺の作品だが、見ている間はあまり長さを感じなかった。今更ながら、スコセッシってやっぱり映画作り上手いんだな・・・。私は彼の監督作はあまり好きではないのだが、本作はとても面白かったし、自分にとって2017年のベスト入りしそうな作品だった。スコセッシがキリスト教信仰について真剣に悩み、考え続けた結果生み出されたことがよくわかる。映像も美しい。空の空撮や、霧に包まれた山海の美しさ等どこかエキゾチックな雰囲気もあり、昔の日本映画にオマージュを捧げるようなシーンも(夜の海を小船で行くシーンとか、あっこれ見たことあるけど何だったっけと気になった)。主なロケ地は台湾だが、さほど違和感はない。原作では長崎近辺が舞台だったと思うので、もうちょっと南下した土地の雰囲気になっている。そのせいか、全体的に空気がしっとりとした感触。また、音楽は抑制されており、冒頭とエンドロールで虫の声と風や波の音だけが響く様が印象に残った。「沈黙」というのは、言葉が聞こえない・人の中に入ってこないということであって、世界自体には音が満ちている。人間が繰り広げる物語は過酷なのだが、それを取り巻く風景は依然として美しくしいのだ。
 信仰心の篤いキリシタンたちは踏み絵を踏むことを拒み、拷問され、処刑されていく。また、ロドリゴが信仰を守っている限り彼らも信仰を貫こうとするのだと、キリシタンを弾圧する大名・井上(イッセー尾形)は「お前(ロドリゴ)が彼らを不幸にしている」と言う。井上の言葉はロドリゴの隙につけこむ詭弁(そもそも彼らを迫害することにしたのは幕府、大名だし命令を下しているのは井上だ)なのだが、ロドリゴはその言葉に揺さぶられてしまう。そもそも、元々キリスト教がなかった土地で布教をすること自体、一種の暴力的な行いとも言える。通訳の武士(浅野忠信)は「お前たちが来なければ(農民たちは)こんな目に遭うこともなかった」と言う。それは言いがかりなのだが、ロドリゴは反論できない。信仰は弱い者を支え、救済する為のものだったのに、彼らを却って過酷な目にあわせてしまう。では何の為の信仰なのか。踏み絵を踏んだら棄教者としてキリスト教会からは蔑まれるが、そこまで強いることが教会に出来るのか。最初は信仰と正義に燃えていたロドリゴだが、自分達の信仰が日本のキリシタンたちを救ったのか、また日本で土着化した信仰はキリスト教として正しいと言えるのか、自信を無くしていく。
 一方、キチジローはキリシタンだが信仰を捨てなかった家族のようにはなれず、何度も踏み絵を踏み「転ぶ」。彼の信仰はもろくいい加減なように見える。しかし、その度にロドリゴを追い、聖職者としての赦しをこうのだ。そのしつこさにロドリゴは嫌悪感も示すが、切実に信仰と赦しを必要としているのは、キチジローのように「良き信徒」になりきれない心の弱い人たちではないのか。一貫して揺るがない信仰、その果てとしての殉教を求めるのは、弱い人たちを切り捨てることになりかねないのではと思えてくるのだ。
 終盤の「その後」のエピソードは、ロドリゴが教会に所属する神父ではなく、個人として神と向き合い続けた結果であるように思う。個人対神という構図が大元にある以上、教会から離れても彼はクリスチャンであり続けたと言えるのではと。ただそれだと、教会の存在意義とは何かという疑問が出てきてしまうが・・・。こういう作品を、クリスチャンであるスコセッシ監督が撮った(そもそも原作小説に強く感銘を受けたということ)ということがとても面白い。

『父を探して』

 親子3人で暮らしていた少年は、出稼ぎに行った父親を捜して家を飛び出す。旅の先には大規模な農場や工場、豊かだが独裁政権が力を伸ばしつつある大都市等が現れる。監督はアレ・アヴレウ。
 クレヨンや水彩絵の具で描いたようなタッチのアニメーション。キャラクター等個々の造形は一見シンプルだが、その重なり合いや色のカラフルさが素晴らしい。また、ナナ・ヴァスコンセロらによる音楽が大きな要素になっている。少年が父親から教わった笛のメロディが、様々なバージョンで繰り返される。どこか懐かしく、祝祭感がある音楽は、独裁政権下の楽団が奏でる重苦しいリズムとは対称的だ。
 ブラジル(本作はブラジル映画)社会の変遷が背景にあるのだろうが、固有名詞的なものは出てこないので、むしろ神話や寓話を思わせる。少年が故郷を飛び出していく「行きて帰りし」物語であるところも、やはり神話的だ。冒頭のどんどんカメラが引いていくような映像は、この為にあったのか。
 少年が「帰る」先が、両親との思い出にまつわる場所であるということが、やたらと心に迫った。子供時代の体験って、以降の体験とはまた別の意味を持つものだと思う。マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィッドの短編アニメーション『岸辺のふたり』を思い出した。あの痛切さに似たものが本作にもある。
 少年は世界の美しさを見ると同時に、社会の矛盾、貧富の格差や権力の暴走といった社会の暗い面も見ていく。彼は世界、自分の人生に失望したのかもしれない。終盤の寂寥感と、本作の構造が明らかになる流れには思わず涙した。しかしそれでもなお、世界は美しいのだ。子供の頃の記憶が、彼の人生を支えていたのではないかと思える。

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